魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
猿の下級悪魔ムシラは貧弱ながらも数に物を言わせてリュティスのあらゆる場所で暴れ回り、破壊と殺戮をもたらさんとしている。
警邏の衛兵達によって次々と容易に、ネズミ狩りのごとく仕留められてはいくものの数の多さから未だに全てを処分しきれないでいた。
「カーッ!!」
大通りの真っ只中で、オスマンは気合いと共に杖を突きだす。
放たれた突風の槌はムシラの大群を容易く蹴散らし、石畳や街灯へと次々に叩きつけた。
「ギエッ! ギエッ!」
奇声と共にムシラ達はその口から毒々しく彩られた液体を小さな礫にして吐き出す。
顔、腕、胸――まともにそれを浴びた衛兵達は悲鳴を上げてのたうち回った。濃度は低いながらも、魔界の瘴気が凝縮された毒液は服を溶かし皮膚を醜く焼け爛れさせてしまう。
「貫け! マジック・アロー!」
対してオスマンは風の障壁をもってムシラ達の毒液を阻み、お返しに魔力の矢をその口目掛けて放つ。
「グギャアアアッ……!!」
次々に仕留められ、息絶えていくムシラ達はその身をドロドロに溶かして跡形もなく消えていった。
「まだ来るというのか……年寄りを張り切らせおってからに!」
倒しても倒しても、次々に姿を現すムシラ達にオスマンは渋い顔で呻く。
ちらりと、肩越しに背後を見やれば二人のうら若き乙女達――シエスタとティファニア――が恐怖と戸惑いの色を浮かべた顔で身を寄せ合っている。
しばらく前にスパーダと別れた後、宿屋へと向かった三人であったが到着する寸前でこの脆弱な悪魔達の大群に襲われることになってしまった。
当初はオスマンが二人をかばいつつ孤軍奮闘していたものの、少しすると集まりだした衛兵達にもムシラの矛先が向かったために少しだけだが負担は軽くなっていた。
しかし、数が多すぎるためにいくら蹴散らしてもキリがないばかりか、逃げる隙もない。
「已むを得ん……お主の出番じゃ、破壊の箱よ!」
オスマンは足元にずっと置いていたトランクへと視線を落とし、杖先で軽く小突く。
同時に10体以上ものムシラ達が一斉に飛び掛かってきた。
「伏せるのじゃ! 二人とも!」
勢いよく箱の蓋が開き、中から溢れ出る眩い光が瞬く間に膨れ上がる。シエスタとティファニアは思わず顔を背けてさらに目も瞑っていた。
「……っ。すごい、光……」
「眩しい……」
二人が怯む中、光を浴びるムシラ達の肉体は次々と塵と化し、音も立てずに蒸発していく。
スパーダから万が一のためと預かっていた破壊の箱――災厄兵器パンドラはかつてオスマンが拾った代物だった。
使い方が分からなかった当時は襲ってきたワイバーンをこのように開かれた箱の光によって撃退したが、一歩間違えばオスマン自身も消し炭と化していたかもしれない。
スパーダから扱い方を口頭で軽く伝えられたオスマンは今度は同じ轍を踏みはせず、その破壊の力を制御することができた。
さすがに変形させることはできないものの、周りには被害を出さず標的である悪魔達だけを滅ぼすようにしていたのである。
「またお主に助けられたのう」
オスマンはしたり顔でパンドラの箱を閉じて破壊の光を中へと収める。
光が晴れるとそれまでムシラの大群が蔓延っていたはずの大通りは、綺麗に清掃されたかのように悪魔達が影も形も無くなっていた。
「ひとまずはこれで安心じゃのう」
魔法で浮かべたパンドラの箱を運びつつオスマンは二人の少女達に歩み寄る。
「あの、本当に大丈夫ですか? シエスタさん?」
「はい……もう平気です……」
ティファニアに肩を抱かれるシエスタは自分の胸を押さえたまま答える。
ムシラ達に襲われるずっと前、スパーダと別れようとしていた頃からシエスタは激しい動悸に襲われ続けていた。
悪魔の血を引き、先祖返りを起こしていた彼女は本能から悪魔達の気配を敏感に感じ取り、胸騒ぎを起こしてしまうのだ。
街中に悪魔達が現れだしたのを感じ始めた時には少し緊張する程度であったが、一行の前にはっきり姿を見せるようになるとはっきり胸が高鳴りだしてしまう。
特に少し前にはどこかでより強力な悪魔までもが現れていることも感じ取っていたために、より激しいものになってしまったほどだ。
自分を落ち着かせるべく深呼吸をするシエスタは辺りを見回した。
既に強大な悪魔の気配も消えており、街に残っているのは弱小の悪魔達だけである。しかも全てが駆逐されるのは時間の問題だろう。
(もうこれで大丈夫……えっ?)
再度一息をついて安堵しかけたその時だった。
今までとは別の気配をはっきり感じ取り、突如心臓が跳ね上がりだしたのは。
「な、何?」
大通りに突如、不気味な色をした薄い霧が次々と湧き出し、ティファニアが困惑する。
「……ええい、新手か! 小癪な!」
オスマンが再び杖を手に身構えると共に、霧の中から無数の影がその姿を現しだしたのだ。
ムシラがいなくなったはずの大通りには瞬く間に、新たに別の悪魔達が群れを成していた。
それらは大まかに二種類に分かれている。
一方は2メイルほどの高さをした石像で、台座の上に二つの剣を胸に交差させる甲冑兵の上半身らしきものが乗っている。もう一方はティファニア達とほぼ同じ大きさの不気味な目玉が宙に浮き、それを棘の生えた無数の殻が球状に包み込んでいる奇怪な姿をしていた。
双方ともに、ムシラ達のように大群を成している。
「おなごには指一本触れさせぬぞ! 悪魔どもめ!」
遊弋する目玉の悪魔が数体、近寄ってくるのでオスマンは呪文を唱えて迎撃を試みる。
「ダメです! オールド・オスマン! その悪魔から離れて!」
シエスタは目玉の悪魔――スピセーレと呼ばれる亡者の魂の驚愕のエネルギーが凝縮した下等生命体――を目の当たりにするなり、必死にオスマンに向かって叫ぶ。
あの悪魔には下手に手出ししてはいけない。本来、シエスタには知り得ないはずの悪魔の生態が突如として脳裏をよぎったのだ。
◆
「きゃあああああっ!」
だが、手遅れだった。オスマンが突風の魔法を叩きこんだ途端、スピセーレは瞬時に風船のように膨れ上がって爆発したのである。
さらにその爆発に巻き込まれた別のスピセーレも同じように破裂し、次々に誘爆して巨大な爆発の連鎖が続いたのだ。
爆風に煽られるシエスタとティファニアの体に飛び散ったスピセーレの破片が次々と当たり、服や体を傷つけていく。
「学院長先生!」
「オールド・オスマン!」
爆発に巻き込まれて吹き飛ばされ、街灯に叩きつけられたオスマンに二人は慌てて駆け寄った。
「お……おおおお……こ、腰が……」
腰を上げて立ち上がるのはおろか、上半身を起こそうとすることさえ困難でオスマンは激痛に顔を歪めてしまう。
愛用の杖もパンドラも遠くに転がってしまい、拾いに行くことすらできない。
「何をやっとるんじゃ、こいつらは?」
オスマン達は目の前で起きている出来事に呆気に取られた。
身動きの取れない今の三人は悪魔達にとって恰好の餌食のはずだが、彼らには眼中になく互いに争っているのだ。
正確にはスピセーレが石像の悪魔へ積極的に近寄っては自爆し、石像の悪魔は交差させている二つの剣を目の前で振るってスピセーレを斬りつけ弾いていた。
石像の悪魔も小さく跳ねながら機械的に動き回り、衛兵達はムシラとの戦いで疲弊してしまってかオスマン達と同様に隅で動けないままだ。
「だが、ちょうどええわい……! 今のうちに早く二人で逃げるんじゃ……!」
この悪魔達が種族同士で敵対をしている様子なのは明らかである。
「でも……」
「あやつらがいつワシらに牙を剥いてくるか分からん。それにうかうかしておったら、あやつらの争いに巻き込まれてしまうわい……あたたっ」
杖が無いメイジはただの人でしかなく、魔法で傷を治すこともできない。
腰と背中を痛めて――骨にヒビまで入って――しまったオスマンは苦悶し、それが余計にシエスタ達を躊躇わせる。
だがどの道、この二人には目の前で苦しんでいる人間を置き去りするなどという非情な選択はできなかった。
「ぬおおおっ……! もうちっと、優しくしとくれんかのう……!?」
「「う~~ん……!」」
シエスタとティファニアは二人でオスマンの服を掴んでその体を引き摺ることにしたのだ。
そうこうする間にも悪魔達の争いは激化するばかりで、巻き込まれてしまってはただではすまない。乱暴であるが、こうするしか他に手がない。
宿はすぐ近くなので、せめて建物の中に入りさえすれば悪魔達の蔓延る外よりは安全のはずである。
それに吹き飛ばされていたパンドラの箱も途中に落ちており、そこまで辿り着けば……。
「もうちょっと……あっ! 駄目……!」
一行の進む先に薄い霧と共に新たな石像の悪魔達が現れ、一列に並んで立ち塞がり道を阻んでくる。
「あ……う……」
明確に殺意や敵意を向けられている訳ではないもののシエスタの悪魔の本能が刺激され、恐怖に震えてしまう。
「……ティファニアさん?」
石像達がじりじりと近づいてくる中、オスマンから手を離していたティファニアがいつの間にか前に進み出ていた。
「お主……?」
ティファニアは細く小さな杖を掲げるなり、呪文を唱えだしていた。
自分の秘書であるロングビルの義妹という話はスパーダより聞いていたオスマンは、彼女もメイジなのだろうと察してはいた。
だが彼女が今、緩やかに歌うように紡いでいるそのルーンはオスマンでさえ聞いたことのない調べだ。
魔法学院でとことん教え込む系統魔法――火でも、風でも、水でも、土のいずれにも当たらない。
詠唱はメイジの系統魔法にしては長く、石像達はその間にも距離を詰めてきている。もはや2メイルもなかった。
「いかん……! ぬうっ……」
「オールド・オスマン……!」
しかもスピセーレ達までもが集まりだしてきている。このままでは奴らの爆発に巻き込まれてしまう。
焦るオスマンが激痛に顔を歪めたその時、眩い閃光が弾けた。
音もなく瞬いた光はほんの一瞬でしかなかったものの、老メイジはシエスタに支えられながら共に呆然としていた。
「こ、これは……」
正面に立ち塞がっていた石像や集まってきたスピセーレ達が次々と光の粒へと変わり、塵のように崩れ散っていく。
やがて辺りには大量の光の粒子だけが舞い散り、火の粉のように舞い上がりながら消え失せていった。
「なんと……」
オスマンもシエスタも唖然としていた。ティファニアが行使した力はあの恐ろしい悪魔達を跡形もなく消し去ってしまったのだ。
火の魔法で焼き尽くすでもなく、風の魔法で吹き飛ばし切り裂くでもない、神秘的なものであり、思わず見惚れてしまう。
「あ……ぁ……」
「……ティファニアさん?」
だがその神秘の場面を見せてくれた当人の声はシエスタ以上に震えていた。
杖を降り下ろしたティファニアは悪魔達が消滅したのを見届けた直後、何故か力無くその場にへたり込んでしまう。
「わたし……わたし……」
何かに怯えるように自分の両肩を抱き締める彼女の背中を二人は余計に呆然としつつも眺めていた。
「ティファ――」
オスマンから離れて声をかけようとシエスタが立ち上がったその時――二人の少女の間に突如、妖しい色をした濃い霧が湧き出した。
◆
「……きゃあっ!」
その霧は瞬く間に形を成し、ティファニアの背後から襲い掛かった。
「ティファニアさん!」
ヒトデかタコのような軟体動物に似た奇怪な生物――死んだ悪魔の怨念の集合体、ソウルイーター――は無数の触手を伸ばしてティファニアの両腕に巻き付き、そのまま宙へと浮き上がっていた。
「んっ……ううっ……うぐっ……」
さらに触手は彼女の全身に絡みついていき、その細い首をも締め上げていく。
苦痛に悶えるティファニアはソウルイーターに吊るされたまま脱力してしまう。
地上からそれを見上げるシエスタにはソウルイーターが彼女の生命力ばかりか、魂までも喰らおうとしていることが見て取れた。
「おのれ、不意打ちとは卑劣な奴め……! ぐぐぐ……」
「ど、どうしよう……」
咄嗟に立ち上がろうとしたオスマンだが、激痛に呻くばかりでどうにもならない。
シエスタもどうにかしなければとまごつくが、10メイル近くもの高さにいられては手出しができなかった。
そうこうする間にもティファニアが悪魔の餌食にされてしまう。ソウルイーターはさらに触手を蠢かせてティファニアの体を撫で回していく。
「シエスタ君……! 破壊の箱じゃ……!」
「は……はい……!」
オスマンに促され、シエスタは転がっていたパンドラの箱の元まで駆けだした。
この箱の力を使えばあの程度の脆弱な悪魔なら即座に倒せるはずだ。
「石よ。彼の者を仇なす敵を穿ちたまえ」
辿り着いたパンドラの箱を手にして振り返ったその時、澄んだ声が響いた。
直後、そこらに転がる無数の石片が浮き上がるなり、ティファニアを捕らえるソウルイーターへ殺到していく。
まるで弾丸のような勢いで触手はもちろん中心の本体にも次々に直撃し、ソウルイーターは悲鳴を上げながらその身をドロドロに溶かしながら落下し消滅した。
「ティファニアさん!」
解放されたティファニアは気を失ったまま、真っ逆さまに落ちてくる。このままでは地上に激突だ。
「風よ。柔らかき手となりて、彼の者を掴みたまえ」
パンドラを放り捨て慌てて駆けだそうとしたシエスタだったが、ティファニアの体は途中でピタリと停止し、空中で横たえられていた。
またどこからか聞こえてきたのは女の声で、それが何であるかを意識する前に宙に浮いたままのティファニアの体はそのまま静かに移動していく。
「あれ……?」
地上に残された二人は何処かへと遊弋する彼女の姿を目で追い、その先にあるものを凝視した。
建物の屋上には人影があり、その細い姿から女性であることが窺えたが月明りの逆光のせいで薄暗くなってしまいよく見えない。
ティファニアの体はその女の元へと吸い寄せられるように向かっていき、彼女の腕の中へと収まっていく。
「こ、これ……! 待たんかい!」
オスマンが叫ぶものの、女は聞こえないとばかりに踵を返して去ってしまう。
残された二人の元には、ティファニアの杖と身に着けていたはずのチョーカーだけが転がり落ちていた。
◆
大通りで争いを続ける石像の悪魔――その名はダムドチェスメンだとスパーダはタバサ達に語った。
魔界で製造されたチェス遊戯にして、生きた兵器でもあるそれは魔帝ムンドゥスが戦力の一つとして生み出したものだという。
他の悪魔達と違い石像に魔力を注ぎ込んで疑似的な命を与えられたものであり、意思を持たずただ機械的に命令を実行し、敵を倒すだけの存在である。
そしてその種類はチェスゲームの駒のように複数が存在しており、役割もそれぞれ違う。今、ここに蔓延っているのはダムドチェスメンの中でも一般的なダムド・ポーンと呼ばれるもので文字通りの尖兵のようなものだそうだ。
「石だけあって硬いわね……」
「ウィンディ・アイシクル!」
キュルケの炎魔法では石を焼き尽くすことは難しく、タバサの氷魔法がその硬い躯を少しずつ砕いていく。
ダムドチェスメン達は実際のチェスの駒と同じ行動をするため、このポーンは接近さえしなければ安全に倒せる。
だが、こちらの攻撃が有効なのはその石の色が明るく、白くなった時だけだ。ダムドチェスメンは明確に行動を行う時以外は自らを防御のために強固に硬質化させており、その時は色が暗く灰色になっている。
こうなっていてはスパーダの攻撃も生半可な手段では傷つけることも難しいそうで、敵が攻撃を仕掛けてくるタイミングを見計らって逆撃をしなければならないという。
スパーダより助言を与えられたタバサは相手の行動を観察し、色が変わって動かなくなったら動き出すまで待つか、その間に別の悪魔――スピセーレを迎撃しているキュルケの援護に入る。
「……来るわよ!」
「フライ!」
自分達の足元に薄っすらと光の線が刻まれるのを見て、タバサはキュルケの服を掴み真上に飛び上がる。
――ケケケケケケケ……!
直後、狂ったような笑い声を響かせながらその光の直線の上を一体の石像が猛然と突っ切っていったのだ。
石像はその先に存在するあらゆるものを物ともせず破壊していき、やがて停止する。
だがすぐに小さく浮き上がりながらその身を着地したタバサ達へと向き直らせると、その姿が煙のように掻き消える。
――ケケケケケケケ……!
「おっと!」
頭上からけたたましい声が轟き、二人は咄嗟に左右へ分かれると今まで立っていた場所へ叩きつけられるように巨躯が落下して地響きを立てた。
角を生やした女性の悪魔の姿を象ったその石像はダムド・クイーンと呼ばれるもので、チェスの中でも最強の駒に相応しい能力を有している。
この駒は自在に浮き上がりながらクイーンらしくあらゆる方向へスムーズに移動し、標的がどこへ逃げようとも亜空間を通って即座に追いついてくるという。
スパーダはこのクイーン達の他、別の悪魔とも同時に戦っている真っ最中だった。
数体のクイーンの内、二体だけは他のものとは全く姿が異なっている。行動している最中は白くなるはずが逆に禍々しいほどに黒く変色し、しかも不気味に脈打っている。
特に目に付くのは、その後頭部に巨大な目が一つ剥いていることである。
――キシャアアアッ!
その異質なクイーンの足元を這っていた奇怪な生物の一体が、奇声を上げながらスパーダに飛び掛かってくる。
鋭い銃声が轟き、ルーチェの銃弾を食らった悪魔は空中で釘付けられる。さらに立て続けに銃弾を浴びては衝撃に跳ね上がり、微塵の肉片へと変えられていった。
クモのような足を生やす不気味な虫のような姿に尻尾と巨大な顎を有したその生物は、インフェスタントと呼ばれる。
人間はもちろん、悪魔などあらゆる生物に憑りついて自在に操る能力を持つ魔界の寄生生物だ。
しかもその対象は生物に留まらず、無機物にさえ寄生して融合することができ、寄生された対象はこのクイーンのようにインフェスタントの口の中に見えた巨大な目が浮き出てくる。
――ギャアアアアッ!!
上空から無数の幻影剣を雨のように降らせ、インフェスタント達を串刺しにしていく。
クイーンに浅く突き刺さった幻影剣は他のものと異なり、紅蓮のオーラが炎のように揺らめいていた。
――ケケケケケケケ……!
スパーダの攻撃に反撃しようとするクイーンだが、哄笑を合図に刺さったままの幻影剣が次々に爆ぜる。
魔力を練り、通常よりも密度を高くした幻影剣を自爆させたのだ。
この爆発でクイーンの躯は所々を砕かれ、顔の半分が崩れてしまう。寄生されたクイーンに至っては露出する目を潰されて本体のインフェスタントが悶えているのがよく分かる。
だが、たとえ半壊したところで怯むことなく敵を倒すために突進を仕掛け、それをスパーダは真上に高く跳躍することでかわしていた。
◆
「もうこんなもので良いわね。行きましょ」
スピセーレもポーン達もかなりの数を減らして道を開くとタバサ達は大通りを駆けていく。
悪魔達の標的は今、クイーンを相手にしているスパーダへと集中している。彼は二人が先に行けるように考慮して引き付けてくれているのだ。
「あの娘たちは無事かしら」
「彼がああ言ってたから大丈夫」
「ま、オールド・オスマンだっているんだしね」
元々、この大通りまで辿り着いた時、スパーダはずっと先にオスマン達がいることを告げていた。どうやら破壊の箱――パンドラが使われたことも発せられた光から看破したらしい。
それはつまりあの三人も悪魔達に襲われていることを意味しており、スパーダの発言からまだ無事であると同時に一刻も早く保護をしなければならないことを意味していた。
「あ、いたいた!」
やがて二人は大通りの真ん中で街灯に寄り掛かる老人の姿を見つける。
「おお……君達は……」
「ご無事のようですわね。オールド・オスマン」
オスマンは現れたタバサ達を目にして朗らかに笑みをこぼす。
「ホッホッ……ちと張り切り過ぎたかのう……腰をやってしまったわい……ふう……」
溜め息を漏らしてオスマンは心地良さそうにしていた。見ればその後ろではシエスタが彼の背中を擦っている。
「シエスタ」
「良いんです……ミス・タバサ」
怪我を負ったオスマンに触れるシエスタの手からは淡い緑の光が溢れている。
ブラッドという中級悪魔の血を引き、先祖返りを起こした彼女はその力を行使することができるようになっていた。
だがその力は他者を傷つけるためのものではなく、かつて悪魔の不意打ちで傷を負ったタバサも治した癒しの力だ。
およそ悪魔らしくないシエスタの力にオスマンはすっかり安楽の様子である。
「ティファニアって娘はどうしたの?」
「ごめんなさい。その……誰かに連れて行かれてしまって」
「すまんのう。ワシが付いていながらな……」
キュルケに謝罪する二人だが、そこへ一匹の小さなネズミがオスマンの膝の上に姿を現した。
「おお、戻ったか。モートソグニルよ。……して、あの娘たちはどこにおる?」
自分の使い魔の頭を指で小さく撫で尋ねるオスマン。使い魔は主の目と耳になり、その五感を通して情報を共有できる。
オスマンは自らの使い魔を使って追跡させたのだ。
「うむ……そうか。どうやらティファニア君は無事なようじゃ。誘拐した者と今も一緒にこの街の東の屋上におる。何も危害は加えられておらんらしい」
「わたしが行く。二人をお願い」
キュルケにそう言い残し、タバサは指笛を吹く。
上空で待機していたシルフィードは傷を負っていたのと、悪魔達が蔓延っていた今までは呼ぶこともできなかったが、今ならそれができる。
「これ、待たんか! ミス・タバサ! あたたたっ…」
「駄目ですよ、まだ動いては」
立ち上がろうとしたオスマンだがやはりまだ歩くことさえ儘ならなかった。
降下してきたシルフィードに颯爽と乗ったタバサはオスマンの制止も聞かずに高く舞い上がり、飛び去って行った。
「だから、いかんっちゅうに……相手はエルフじゃぞい……」
呻きながら絞り出すオスマンの言葉に残されたキュルケは一瞬、耳を疑い彼の方を振り向いた。
治療を続けるシエスタまでもが同様に目を見開いて手を止めてしまう。
「今、何と仰ったの?」
「エルフって、あのエルフですか?」
その名はハルケギニアの人々にとって、今この街で暴れ回る悪魔並に恐怖に値する存在であった。
作品の良かったところはどこですか?
-
登場人物
-
世界観
-
読みやすさ
-
話の展開
-
戦闘シーン
-
主人公の描写・設定
-
悪魔の描写
-
脚色したオリジナル描写・設定