魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 59 <妖精の涙-Sins of Legacy>

 

スパーダ達が一泊するのは平民向けの安宿だ。とはいえガリア王国の首都リュティスともなればトリスタニアの魅惑の妖精亭などよりもかなり上等なもので、内装もベッドも一流貴族が使ってもおかしくないほどに立派なものである。無論、その分値は張るのだが。

悪魔達との戦いで腰を痛めたオスマンは既に自室で安静にしている状態で、衰弱したティファニアも同様であった。

現在はシエスタがティファニアの元についており、他の三人は別の部屋に集まっている。

「ティファニアは本当に大丈夫なの?」

「一晩休めば動けるようにはなる。心配いらん」

窓際の壁に寄り掛かりながら腕を組むスパーダにベッドに腰掛けるキュルケが嘆息する。

スパーダの連れである二人の少女の素性をキュルケは知ることになったのだ。

戻ってきたスパーダが抱えていたティファニアのエルフの血筋の証である耳、重傷を負ったオスマンを癒すシエスタが発揮する悪魔の魔力。

それらは秘密を知らないキュルケを内心ながらも驚かすには充分だった。

幸いにも街で勃発した悪魔の騒動によって二人が隠す秘密が第三者に知れ渡ることは無かった。

「でも、まさか本物のエルフがこの街に来ていたなんてね」

オスマンの使い魔、モートソグニルを通じてキュルケもティファニアを救出したスパーダ達の顛末を見届けていた。

とはいえ、使い魔の目と耳を共有できたオスマンは直接見れたがキュルケはその実況を聞くしかなかった訳だが。

「砂漠からどうしてわざわざガリアにまで来ているのかしら。王宮に用事があるみたいだけど」

「知らん。遊びで来ている訳ではないのだろう」

「それにしても、よくもまあ悪魔達に襲われなかったものね。やっぱりエルフの力ならザコ程度の悪魔なら平気なのかしら」

凄腕のメイジであるタバサをも一蹴したほどの恐ろしい先住魔法を操る異種族達はハルケギニアの人間達にとって恐怖の対象だ。

だがそんな彼らも強大な悪魔であるスパーダの前では赤子も同然だという。

その場面を目にしたタバサは改めてスパーダの力を実感し、オスマンの実況を通していたキュルケもぜひ直接自分も見たかったと惜しんでいた。

オスマンをして、「砂漠の悪魔と呼ばれる彼らも真の悪魔には敵わぬか」と称している。

 

「タバサ、エルフに負けたのがそんなに悔しいの?」

キュルケは隣でぼんやりとしているタバサに視線を移す。

表情こそいつも通りの無表情ではあったものの膝の上に置かれた拳は強く握り締められたままで小さく震えていた。

悔しい――ただそれだけの感情がタバサの中で渦巻いている。

先住魔法の使い手と戦うのは決して初めてではない。これまでにも様々な任務の中でその力を操る亜人達と幾度も相まみえてきたのだ。

だがエルフはやはり今までの先住魔法の使い手とは遥かに次元が違う。生半可な悪魔を敵に回すより厄介かもしれない。

そして何より、その恐ろしい敵が王宮に――恐らくは憎き仇である伯父王に謁見をしているというのだ。

ジョゼフの元へ辿りつくのは今のタバサでは決して叶わない。それをあっさりと成しているエルフ達がどうにも羨ましい。

何の用でジョゼフに謁見しているのか……想像することもできなかった。

「今は放っておけ。アルビオンが済んだら、どうせ次はこの国だからな」

タバサの意を酌んだらしいスパーダの言葉に二人は彼の方を振り向く。

 

「覇王アルゴサクスとかいう奴のことね?」

「奴もムンドゥスと同じくこの世界への侵攻を企てている。このガリアを足掛かりにしているかもしれん」

取り出したルーチェの銃をスパーダは指先で回して弄ぶ。

「で、その二人が小競り合いをしてるって訳ね。とんだ迷惑だわ」

魔界の三大勢力全てがこの異世界を蹂躙しようと暗躍している。そして、それを機会に邪魔者である敵対者をも潰そうとしているのだ。

アビゲイルが一番先に退けられて脱落した以上、ムンドゥスとアルゴサクスは遠慮なく自分達の手駒を用いてこの異世界の裏で争いを続けている。

どちらが先に潰され、ハルケギニアを侵略する資格を手に入れるか。いずれにせよその過程でこの異世界には災いがもたらされることだろう。

「アルゴサクスってどんな奴なの? 覇王っていうんだから、この間のアビゲイルみたいに恐ろしい奴なのよね」

「少なくともアビゲイルよりは利口だ」

大兵力による力押ししかしない愚直なアビゲイルと違い、アルゴサクスはムンドゥスと同様に力だけでなく策略も用いるほどに狡猾な悪魔だ。

数多くの力ある悪魔を平伏させる強大な力を持ちながらも、自らの敵を蹴落とすためならありとあらゆる卑劣極まりない手段を用いることも躊躇わない。

その残酷さと狡猾さはある意味ではムンドゥス以上に苛烈だ。

「お前達も心しておけ。アルゴサクスの手勢も奴の影響を受けているからな。単純な力技では来ない」

二人の少女は息を呑みつつ小さく頷く。

ムンドゥス、アビゲイルに続く第三の大悪魔。その手下である悪魔と今日初めて邂逅したのだ。

タバサにとっても強敵との戦いは自らの力を高める絶好の機会とはいえ、これからもあのような強力な敵が現れるのだと思うと、今からでも気苦労してしまいそうだ。

しかも彼らは互いに敵対し合っており、魔剣士スパーダも含めれば三つ巴の壮絶な戦いになるだろう。

 

「タバサ。手を出せ」

唐突にそう言いだしてきたスパーダにタバサは一瞬、呆然としたもののすぐに右手を差し出す。

彼は壁に寄り掛かったままタバサを凝視し続けており、微動だにしなかったのだが……。

「……っ」

澄んだ音色と共に頭上から落ちてきたものがタバサの前に突き立てられる。

赤い光――幻影剣はタバサの手を掠め、浅い傷と共に血が僅かに飛び散った。

「ちょっと。いきなり何するのよ」

抗議するキュルケを無視し、タバサの元へ歩み寄るスパーダは懐から二つの品を取り出し始める。

それらは手の中に収まるほどに小さい。

「ガリア王家の血筋とやらを少し調べておきたい」

右手にする小瓶にタバサの手から滴る血を垂らし、一杯に満たしていく。

それが済むと左手のバイタルスターをかざし、タバサの傷を癒していた。

「タバサの血でどうしようって言うのよ」

「猿の戯言であれば良いのだがな」

「まさかガリアの王様と悪魔が裏で繋がってる……なんてこと考えてるの?」

「さてな」

蓋を閉めた瓶を収めるスパーダの言葉にタバサ本人は僅かに顔を顰める。

 

――覇王はいつでも貴様を見ているぞ……。

 

耳から離れないその言葉にタバサは不気味な不吉を感じていた。

何故、あのオラングエラという悪魔は――覇王アルゴサクスはタバサのことを知っているのか。

考えられるのは先ほどキュルケが予想したように、ジョゼフとアルゴサクスが裏で繋がっているということだ。

もしかしたらあの男は悪魔の力を借りて弟を――タバサの父を手にかけ、そして母までも狂わせて弄んでいる。

それが事実である可能性は極めて高い。むしろそうだと信じたくなるほどにタバサのジョゼフに対する憎しみは強くなっていく。

悪魔に魂を売り渡してまで肉親を手にかけ、王位を簒奪し、身内までも弄び続けるなど断じて許されざる所業だ。

ならば憎きジョゼフを、手を結ぶ悪魔もろともこの手で滅ぼすまでだ。

 

 

「それじゃあ、あなたの曾お爺さんが……?」

「はい。だから顔も見たことがないんです」

隣の部屋ではスパーダの連れである少女が二人だけで語り合っている。

ソウルイーターに喰われた体力と精神の衰弱が激しいティファニアはスパーダからバイタルスター、デビルスターによって応急処置を施され、多少は気が楽になったとはいえ、ベッドから起き上がることはできずにいた。

「でも曾お爺ちゃんが悪魔だったなんて、何だか信じられません」

ベッドの横まで持ってきた椅子に腰を下ろすシエスタは僅かに苦笑している。

先刻、ティファニアを奪還したスパーダが戻ってきた時に少女二人はお互いの有様を目にして困惑していた。

 

癒しの力でオスマンの手当てをするシエスタ――ティファニアの人とは異なる耳――

 

少女達はお互いを他の人間達とは異なる不思議な存在として認識することになったのである。

その場はスパーダとオスマンの取り成しで軽く流されたが、ティファニアの看病を任されたシエスタはまず自分のことから明かすことにしたのだ。

自分の曽祖父が悪魔であり、故郷のタルブ村で人に危害を加えることなく穏やかに過ごしていたこと――その悪魔の力は子孫であるシエスタにも受け継がれ、先祖返りを起こして使うことができるようになったことも。

「それでもスパーダさんはわたしを人間として認めてくださいました。たとえわたしの中に悪魔の血が流れていても、その心は人間だと……」

「シエスタさんは……とっても優しいんですね」

嬉しそうにうっとりとするシエスタを見てティファニアは目を丸くする。

悪魔であるスパーダはシエスタを従者でも同胞としてではなく、一人の人間として扱っている。

そして彼女は己の素性が周りにバレるのも構わず、誰に言われるでもなく傷ついた他者を助けるために自分の力を遠慮なく使ったのだ。

 

「わたしは、エルフの母に言われたんです……『困った人を見つけたら必ず助けてあげなさい』って」

今は身内以外から正体を隠すためスパーダのマジックアイテムを身に着けており、ティファニアの耳はシエスタと同じである。

「ティファニアさんもわたし達を助けてくださいました。本当にありがとうございます」

感謝の言葉を口にするシエスタだが、ティファニアは小さく首を振った。その表情は弱々しく、そして心憂い。

「わたしはシエスタさんとは違います……わたしは、人殺しなんですから」

「え?」

悠然とティファニアは語った。自分の両親のことも――母が娘を庇って命を落とした出来事のことを――

父が管理していた王家の財宝のオルゴールは普段は何の音も発さなかった。しかし、別の財宝の指輪をはめた時だけそのオルゴールからは不思議な曲が奏でられた。

その曲に混じっていた呪文により発せられた魔法は窮地に陥ったティファニアを救ってくれたが……。

「母も、誰も救えなかった……わたしが出来たのは、他人の命を奪うことだけ……あの人達にだって家族や大切な人達はいたはずなのに……」

悲しげに話すティファニアをシエスタもまた苦い顔で聞き入っていた。

「だからもうあのオルゴールから聞こえた呪文は使わないって決めたのに……突然思い出してしまったんです。あの時も、さっきも……忘れてしまいたかったのに……まるで、この呪文を今使えって誰かが言うみたいに……」

ウェストウッドの村に孤児達と隠れ住んでいた時には恩人のマチルダが何処からか持ってきてくれたマジックアイテムを使って野盗などを対処していたものだ。

だが先刻のように何か危険な場面になると、決まって頭の中にオルゴールから聞こえた呪文が響いてくるのだ。

何もかも跡形も無く消してしまう恐ろしい魔法の呪文だけではない――別の呪文までもが聞こえてくるのである。

 

だがそれでもティファニアは子供達は守ることはできなかった。今もアルビオンを脅かす悪魔達にマジックアイテムも通じず誘拐されてしまったのだ。

その呪文を使えば相手がどうなってしまうのか。またこの世から消して抹殺してしまうのではないか。そんな恐れと戸惑いが魔法を使わせることを躊躇わせた。

結果、孤児達は一人残らず殺されてしまうことになってしまったのである。

「さっき使った時は、もういっぱいいっぱいでした……使わないとシエスタさん達が悪魔達に殺されてしまう……あの子達を失った時と同じことは繰り返したくないって思って……」

静かに自分の胸元に両手を添えるティファニアの呼吸は忙しなく、表情はさらに恐怖に彩られていた。

シエスタは黙って彼女を見守り続けている。

「でも駄目です……やっぱり初めて命を奪ったあの時のことがとっても怖くて……」

ティファニアの心には自分が初めて人殺しになった時の記憶と恐怖で溢れていた。

自分の使った魔法をかけられた相手は最初から存在しなかったかのように消えてしまう。その恐ろしい光景は永遠にティファニアの中に刻み付けられ続けているのである。

「わたしの力はシエスタさんとは違う……誰も守れず、命を奪うことしかできない……」

「でも、あの石像達はただの血も涙もない、偽りの命を与えられたガーゴイルみたいなものなんですよ。ティファニアさんがいなければ、オールド・オスマンもみんな殺されてました。ティファニアさんも他の人の命を助けることができたんです」

「分かってます……分かってるんですけど……」

相手が何だろうと、いざ使ってみれば忘れることのできない悪夢と恐怖、後悔と様々な負の念だけが濁流のように湧き出すのである。

 

目元から滲み出る一滴の涙と共に――

 

「母を殺した騎士の人達も、エルフの人達にも言われました。『災いをもたらす悪魔』だって。きっとその通りなんですね……あんな恐ろしい力を使うなんて……わたしは……」

「Devils never cry.(悪魔は泣かない)」

突如、聞こえた別の声に二人はハッとして視線を向けた。

 

「スパーダさん」

いつの間にそこにいたのだろうか。スパーダは部屋に設けられている小さなテーブルに添えられた椅子に腰かけ平然と頬杖を突いているのだ。

それはつまり、ティファニア達の話を彼も聞いていたことを意味している。

驚く二人をよそにスパーダは一枚のコインを親指で小さく真上に弾いては掴むのを繰り返していた。それは先刻潰したカジノを出る際に拝借したものだった。

「心を持たない悪魔は決して涙を流すことはない。悪魔はどれだけ他者を傷つけようと、罪悪感もなければ恐怖すら抱きはしない」

ずっとそっぽを向いたままだったスパーダはコインを掴み取ると全身を二人の方に向け直す。

「その涙は他者を想う心を持つ人間の証だ。他人を傷つけてショックを受けない者はただの狂人に過ぎん。罪悪感の無い殺戮はまた新たな殺戮を生む。……少なくとも、君は他者を傷つけることの恐怖を感じ、罪を恥じることができる。まずはそれで良い」

恐らく、ティファニアが初めて人の命を奪ったのには肉親を目の前で殺されたことに対する憎しみもあったはずだろう。

その憎しみに身を任せ続けるようならまさに生ける災いと化していたかもしれないが、彼女のそれは衝動でもあり、すぐに鎮火させることができたのだ。

「その行為の先に何があるのかが分かるというなら、最低限人間らしく生きることはできる――私などと違ってな」

「え……」

二人はスパーダの言葉の一部が気になったものの、彼は立ち上がりさらに話を続けていく。

 

「誰かを救うためにはまた別の誰かを傷つけることもあり得る。その行為事態は本来許されないものだ。それがどれだけ小さかろうと、たとえ善行であったとしても罪は存在する。完全に正当化する理由にはならん」

ベッドの横を通り過ぎ、窓辺にまで達するとその縁に寄り掛かる。

「君は自らを守るために罪を犯した。それはもはや覆せん。だからこそ、君の罪も他者への尊重も、シャジャルの言葉も忘れるな。そして……自分自身を信じろ」

亡き母の名を口にしたスパーダにティファニアの表情は徐々に生気の色が満ち始めていく。

「たとえ他者を傷つける力を持とうとも、それは君自身の一部だ。恐れ続ける必要はない。その力を正しく使うことの意味もこれから学んで考えていけば良い。頼りにできる者は周りに大勢いるのだからな。一人で抱えようなどと考えるな」

スパーダはふと足元に視線を落とし、小さな白い獣を睨む。

オスマンの使い魔、ハツカネズミのモートソグニルは悪魔であるスパーダを間近にしても平然としたまま見返していた。

あの老人もこのネズミを通してずっと二人の少女の話を盗み聞きしていたのである。そのことを咎める気は別にない。

「来い、シエスタ。オスマンの方も見てやれ」

「は、はい」

一礼するシエスタはスパーダに続いて出入り口の方へ向かっていく。

「あ……」

惜しむようにティファニアは手を伸ばしかけるが、体に力が入らないせいで持ち上げることもできなかった。

もっとスパーダと話をしたい。ただそれだけの願いは届かず、彼は出て行ってしまった。

 

(自分を、信じる……)

ティファニアはずっと恐れていたのだ。得体の知れない力を使い、それによって罪を犯した自分自身を。

だが不思議なことにスパーダの話を聞いているうち、満ちていたはずの負の念は徐々に薄れていた。

スパーダはティファニアを肯定してくれた。善行も、犯した罪も、恐怖と後悔も……シエスタと同じく人の心を持つことも。

自分の恐ろしい力が他者を救うことになったこともまた事実。そのためにシエスタやオスマン達の命を守る善行となった。……だがその善行に浮かれすぎてもいけないと彼は警告もしたのだ。

……彼は悪魔だ。だが詭弁によって罪の意識を誤魔化し、堕落させようとするのではない。

ティファニアがこれから道を踏み外すこともないように道を示し、歩みだすための勇気を授けてくれたのかもしれない。

(母さん……)

亡き母の形見である指輪を愛おしそうに触れる彼女の顔から恐怖の色は消え去り、安堵だけが仄かに彩られていた。

その安らぎに身も心も委ねるうちに、静かな眠りへと落ちていったのである。

 

 

ガリア王国首都リュティスより遥か彼方――トリステイン王国ラ・ヴァリエール公爵の邸宅の地下には大浴場がある。

ヴァリエール一家だけが使うことを許される家族風呂には現在、三人が入浴していたものの……。

「あら、エレオノール姉様。もう上がられるんですか? のぼせちゃいました?」

「……あなた達も、いつまでもそんなもの見てないでさっさと出なさいよ……特にカトレア、あなたは……」

顔を上気させて湯の中から立ち上がったエレオノールは湯気で曇った眼鏡を拭ってかけるとフラフラした足取りで浴場を後にしていく。

浴槽の淵に腰掛けるカトレアは見送った後、隣に座るルイズとの間に置かれた彼女のアミュレットの方を見やる。

「あの姉ちゃん、意外に(やわ)いのな」

「エレオノール姉様はあれでも長風呂は苦手な人ですもの」

デルフリンガーの毒舌にカトレアはくすくすと笑う。

カトレアも本来ならば長湯などできない身であったが病の原因を取り去り、母・カリーヌより与えられたブルーオーブに宿る生命力のおかげで今までは不可能だったこともできるようになっていた。

 

『ほう。ではティファニア君を魔法学院に?』

『彼女にも話をつけてからになるがな』

『まあ、転校生という扱いにすりゃ何とかなるじゃろうて。しかし問題はやはりあれじゃな……』

『それはこちらで何とかする。ロングビルにも協力してもらう』

『ま、ええじゃろう』

アミュレットの宝玉からは二つの小さな人影が浮かび上がっていた。

それは一ヵ月も前にルイズ達と別れた悪魔と魔法学院の長で、座りながら向かい合っていた。

ルイズに託されたデルフリンガーのアミュレット。それにはスパーダが仕込んでいた特別な力が宿っている。

伝説の使い魔・ガンダールヴのルーンが発揮する武器を操る能力、主であるルイズを守るために幻影の魔人を形作る能力――

そしてさらに使い魔の基本中の基本、主の目となり耳となる能力だ。

スパーダは切り離したルーンの力を全てデルフに移植した訳ではなかった。僅かではあるものの、お互いの感覚を共有し合える部分だけは残していたのである。

故にスパーダの身に起きている出来事はデルフにも遠く伝わっており、それを幻影という形で映し出しているのである。

 

とはいえ、デルフがこの能力を発揮したのは今日が初めて。昼間はカトレアの部屋で入り浸っていた時、スパーダが遠出してガリアのカジノで遊んでいるのを「面白いことしてやがる」と突然言い出し、こうして映し出したのだ。

こんな便利な能力があるなら何故、早く言わなかったのかとルイズはデルフに問い詰めたが「聞かれなかったから」とか「それまでスパーダは面白いことをしてなかった」等と返してきたのでルイズは憤慨したほどである。

とにかく、途中で休憩などを挟みつつもルイズ達はデルフが映し出すスパーダのガリアでの出来事をずっと目の当たりにしてきたのだ。

 

違法カジノを潰したことも――街に現れた悪魔達をタバサ達と駆逐したことも――そして、ティファニア達のことも――

 

「まあ。あのハーフエルフの子が魔法学院に? ふふっ、ルイズの新しいお友達が増えるのね」

ティファニアがハーフエルフ、しかもアルビオン王家に連なる者であることを知った時にカトレア、特にエレオノールは湯船に眼鏡を落として愕然としたほどである。

エルフは本来、ハルケギニア人にとっては恐怖の存在ではあるもののエレオノールは露骨に嫌悪したりすることはなく、カトレアもそんな世間での悪評など全く気にしていない。

何より、スパーダという絶大な信頼できる存在と共にあることが不安を掻き消してしまうのである。

「どうしたの? そんな顔したりして」

カトレアはルイズが何やらとても不機嫌そうにデルフが映し出す幻影を見つめていることに気が付いた。

「娘っ子もあのティファニアがハーフエルフだってことも、メイドの娘のことは知らなかったもんな。それをスパーダが教えてくれなかったのが気に入らないってか」

「うるさいわよ……」

『ところで、ミス・ヴァリエールはティファニア君がハーフであるのは知っているのかね?』

『まだ知らん』

顔を背けるルイズだがスパーダ達の会話を聞いてさらに気分を害してしまう。

ティファニアのことだけではない。あのシエスタというメイドが悪魔の血を引いているということさえもルイズは全く知らなかった。

スパーダはずっと前から知り得ていた重大な秘密を何一つルイズに伝えてくれなかったのが不満であり、ショックだったのである。

 

「……何よ。スパーダったら……隠し事はもうしないって約束だったのに……あたし達はパートナーのはずなのに……いじわる……」

「それは違うわ。ルイズ」

恨めしそうに呟くルイズの傍まで近づいてきたカトレアはデルフのアミュレットを彼女の首にかけてくる。

「あの人は自分が考えていることを言葉ではなく、行動によって周りに伝えようとする人なんだわ。だからデルフさんを通してこうして私達にちゃんと伝えてくれているのよ」

「ま、正直あいつが直接口にすりゃ済むんだけどよ。無口なりに手は打ってるってことさ」

二人の言葉にルイズは首にかけられたアミュレットから真正面に映し出されるスパーダの幻影を見つめていた。

彼と話し合うオスマンの背中をシエスタの幻影が擦っている。その手からは光が漏れており、オスマンはとても心地良さそうにしているのが見て取れる。

確かにスパーダは寡黙でつっけんどんで必要以上のことは話さないものの、結果としてこのような形で秘密を知ることができた。

デルフにわざわざこのような能力を与えているのも考えてみればそうかもしれない。別れている間でも自分の周りで起きた重要な出来事を後で自分が話す手間を無くして直接伝えようとしているのだ。

(口があるんなら初めからちゃんと話しなさいよね……)

そもそも彼があまり喋らないからこんな気分になってしまう訳だが、逆に言えばあまりに饒舌すぎるスパーダというのも何となくイメージが湧き難いように思える。

それこそ必要以上に無駄口を叩くような人物だったら、ルイズは容赦なく彼に反発してお仕置きしたり不満を思いきりぶつけていただろう。

それだったら今の方がまだマシである。

 

「そして、あの人はとても可哀相な人なんだわ……」

「え?」

スパーダの幻影を見つめるカトレアの表情は何故か悲しげであった。

「スパーダさんはやっぱり自分が涙を流せないことをずっと気にしてるのよ。きっと、ティファニアさんのことを羨ましがっているはずだわ。あの子は心を震わせて涙を流すことができるんですもの」

ルイズも同様に苦い顔でスパーダを見つめる。

「あんなに誰よりも人間らしく生きているのに、悪魔としか認めないなんて……」

「スパーダは頑固なのよ……」

多くの人間の命だけでなく心までも救済するなど、悪意と災いしかもたらさない悪魔になど決して不可能なことだ。

にも関わらず、彼は自分が人間であることを認めない。――涙を流せない者は人間ではない、等と言って。

「しかし、あの悪魔がどうすりゃ泣けるもんかねえ。想像できねえな」

「そう。わたしと同じなの……だから……」

デルフの言葉に続いて囁かれた呟きをルイズははっきりと耳にすることはできなかった。

「ちい姉さま?」

「さ、もう出ましょう」

しかし、ルイズが見やれば彼女はいつもと変わらない慈愛に満ちた表情を浮かべていたのだ。

少し怪訝そうにしたもののデルフの幻影を消して彼女と共に浴場を後にしていく。

 

(それにしてもあのハーフの娘っ子の魔法とやら……間違いねえな……)

黙り込んだデルフは密かに考える。直接見ていないとはいえ、ティファニアが恐れているという未知の魔法は明らかにメイジの系統魔法とは異なるものであるのに違いなかった。

聞けばアルビオン王家に伝わる二つの秘宝を揃えた時、彼女にだけ呪文はオルゴールより聞こえたという。

その呪文によってもたらされた悪魔のごとき恐るべき力と同じ系統をデルフは知っている。

たった今、自分の前で着替えているこの娘もまたティファニアと同じく王家の秘宝を手にし、伝説と呼ばれる魔法を宿しているのだ。

 

 

ラ・ヴァリエールの城より目と鼻の先に位置する街道において、一人の騎士は堂々と立ち尽くしている。

口元を鉄のマスクで覆い、時代遅れな衣装に身を包むのはラ・ヴァリエール公爵夫人ことカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール――そして今は世界を仇なす魔を滅する『絶風』カリン。

背後には城へと続く跳ね橋が控え、これから来訪するであろう客人達を迎えるべく一時間も前から待ち構えている。

使い魔のフクロウ、トゥルーカスからの報告によればその数はおよそ10にもなり、真っ直ぐにこの城へ向かってきているらしい。

 

(あの悪魔の一族……ね。確か、兄弟がいるとか言っていたかしら)

トゥルーカスからの報告で招かれざる来訪者達が何者であるかをカリンは察していた。

先日、このヴァリエール領と旧ワルド子爵の領地との境で起きた悪魔絡みの事件。100人ほどの衛兵達では手も足も出なかった強力な悪魔を急行したカリンはあっさりと片付けることに成功していた。

だが、その悪魔は死の間際にこんなことを呟いていた。

 

――これで勝ったと思うなよ……ワシの兄弟が仇を討ちに……。

 

カリンは最後まで聴かず問答無用で仕留めてしまったために気にも留めなかったが、ようやく合点がいった。

その悪魔のまだ見ぬ同族達が仲間を殺された報復のためにカリンの元へ襲来しようとしているのだ。執念深い悪魔であれば憎き相手の居所を探るなど容易いのだろう。

悪魔達が下手に暴れられれば余計な被害が出る。ならば敵の標的である自分が責任をもってあの悪魔達を残らず駆逐するのみだった。

 

(来たわね)

夜風だけが静かに通り過ぎていく中、カリンは僅かに目を細めた。

街道の遥か先から流れてくる空気は真夏の季節の夜には似つかわしくないほどに冷たい。そして、思わず鼻がもげてしまいそうなほどの刺激と悪臭に満ちている。

マスクで遮れきれない嫌悪しか感じられない異臭と冷気はますます近づき、その強さを増していく。

 

「あいつか!」

「そうらしいな!」

「ぶっ殺してやるぞ!」

赤と青、無数の光が揺れ動きながら巨大な影が彼方に見えた途端、獣のような呻きと共に野卑な声がはっきりと響いてくる。

地響きを鳴らしながら闊歩し、近づいてくるのは人ではなかった。

カリンは沈黙を保ったまま、目前にまで迫ってくる異形の客人達を待ち続けていた。

「ようやっと見つけたぞ! 人間!」

「いつぞやはワシの兄弟が世話になったようだな!」

「兄弟がやられた礼参りに来てやったぞ!」

縦横に列を成しながら姿を現した巨体は全てがほぼ同じ姿をしていた。

肥えたカエルのような上級悪魔、バエルとダゴン――姿形は同じでも白色と褐色の二種に分かれた悪魔達はカリンを取り囲んでいく。

 

「よくもワシらの兄弟を殺してくれたな!」

「たっぷりと落とし前をつけてやる! 覚悟しろ!」

極めて聞き取り辛く口汚い声を発する悪魔達は喋る度にその口から濁った液体をまき散らす。

唾液かどうかも分からない汚物はカリンも顔を顰めるほどに酷い悪臭を放っている。以前に仕留めた時は一体だけだったのに、10体ともなるとその激しさは比較にならない。

嗅覚に優れた動物や幻獣など瞬く間に気を失ってしまうだろう。

「何とかいいやがれ! このアマが! 丸飲みにして消化してやるぞ!」

「その前に、氷漬けにして粉々に砕いてやるわ!」

「いいや、ワシの娘たちにたっぷりと甚振らせてからだ! 存分に可愛がってやる!」

バエルの一体が額から伸びる細い触覚を激しく振るい、先端の疑似餌が揺れ動く。

それは裸体の少女の姿をした妖精のようなもので、バエルは青、ダゴンは赤とそれぞれ異なる淡い光を放っていた。

下品でしかないバエル達とは反対に悪魔とは思えないほど優雅で官能的な雰囲気で満ち溢れている。

本体とは独立した意識をもっているらしく、小さな笑い声を漏らしながらカリンを挑発するようなポーズで手招きをしていた。

 

「行け!」

一体のバエルの叫びと共に触覚がさらに伸び、妖精ルサルカ達が宙を踊るように舞いながら左右に分かれてカリン目掛けて突っ込んでくる。

広げた両手の先端を細く鋭い刃へと変えて斬りつけようとしたが……。

「ウオオオオッ!?」

突如、吹き荒ぶ突風にバエル達はたじろぐ。ルサルカ達はあっさりと吹き飛ばされて本体の元へと戻されていた。

「ア!?」

「どこ行きやがった!?」

巨体を揺るがすほどの嵐に怯んだバエル達が気が付けば、目の前にいたはずのカリンの姿はいつの間にか掻き消えていたのだ。

「ワ、ワシの娘が!?」

ダゴンの一体は自分の侍らすルサルカの片方が触覚から消えていることに気付き呻く。

 

「ユビキタス・デル・ウィンデ――」

直後、響いてきた唱和にバエルは後ろを振り返りだす。

そこにはいつの間にやら、優雅な動作で杖を構えるカリンが立っていたのである。さらに片手で力なくへたれる赤い妖精ルサルカの足を無造作に掴んでいた。

しかもその全身を包む風景がぼんやり揺らぎだすと彼女の姿が左右に分かれだし、次々と列を成しながら数を増やしていく。

瞬く間にバエル達と同じ数の騎士達が立ち並んだのだ。

「下手な分身なぞ出しおって!」

「数だけ揃えて粋がるなよ! ボケが!!」

風の偏在による分身を前にしてバエル達も次々に前に出て横に並びだし、罵詈雑言を浴びせかけてくる。

 

『I'm gonna kill you now!!(野郎、ぶっ殺してやるぁ!!)』

 

氷蛙魔の群れは一斉に聞くに堪えない暴言と共に攻撃を仕掛けてきた。

 

息を大きく吸い込み、風船のようにその身を膨らませると咆哮と共に巨大な口から極寒の冷気と氷塊の波が地面を這い突き進む。

 

頭から背中にかけて連なる氷山より上空に打ち上げられた塊がカリンの頭上目掛けて雨あられとなって降り注ぐ。

 

宙を舞う妖精ルサルカ達が笑い声を響かせながら襲い掛かる。

 

その巨体に似合わない俊敏な跳躍力でカリン目掛けて飛び掛かり、一口に喰らいかかろうとする。

 

10体それぞれが異なる手段でカリンを――ルサルカを握る本体のみをなぶり殺しにしようと己が有する暴力を情け容赦なく発揮してくるのだ。

だがカリンはまるで動じることなく突き付ける杖から魔法を放ち、迎え撃つ。

魔法を発動するための呪文以外に絶風カリンがかける言葉はたった一つだけ。

 

『You shall die. Devil's.(消えなさい。悪魔どもめ)』

 

悪魔達に対する死刑宣告だった。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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