魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 60 <宵闇の再会> 前編

 

ガリア王国の首都リュティスにて勃発した悪魔達の騒動はたちどころに他国にも知れ渡っていた。

先頃、トリステインに侵攻してきた神聖アルビオン共和国の裏に強大な悪魔の存在があることは周知の事実である以上、この事件も同様に彼らの仕業であると誰もが確信するほどである。

ハルケギニア最大の大国であるガリア王国は中立の表明を出しているのにも関わらず、全く意に介さない暴虐はハルケギニア中の民衆はもちろん、貴族達までも恐怖させた。

次はいつ、どこで新たな悪魔達が姿を現し、破壊と殺戮を招くのか分からない。

現在、アルビオンはトリステイン・ゲルマニア共同の制裁による空海封鎖で完全に孤立している状態だがそれでも悪魔達の存在そのものが人々の不安と恐怖を煽っていた。

 

ガリアでの騒動の翌日の夕刻過ぎ、トリステインへ引き上げてきたスパーダ達は王都トリスタニアへ足を運んでいた。

負傷してまだ本調子ではないオスマンはタバサ達にシルフィードに乗せられ魔法学院へと送られ、ガリアを発つ際に一足先に別れている。

乗ってきたゲリュオンを駅で預けたスパーダはティファニアを修道院へ帰す前に、一つ寄り道をすることにした。

「何だか兵隊がいつもよりたくさんいる気がします」

「出かけていた間に、何かあったんでしょうか?」

ブルドンネ街の大通りを進む中、しきりにシエスタとティファニアは辺りを見回している。

確かに普段よりも多く衛兵達の姿が目に付き、やけに物々しい雰囲気であるのも覗える。

「王宮の仕事だ。気にするな」

だがスパーダは気にした風もなく足も止めずに歩を進め、チクトンネ街へと向かっていく。

しかし、二人はトリスタニアで何か良からぬ出来事が起きているのではと不安に駆られる。

事実、衛兵達はやたらと道行く人達を呼び止めては顔を改めるなどして熱心に検分をしているのだ。

悪魔絡みでなかったとしても、何かが起きているということは二人でもはっきりと感じることができる。

本来、ハーフエルフであるティファニアは耳を隠さねば出歩くことすらできず、修道服で変装しているだけでは却って怪しまれて頭巾を剥がされ正体が知れ渡り大騒ぎになったことだろう。

そうならないのはスパーダから授けられたマジックアイテムのチョーカーのおかげなのだ。

 

スパーダはそんな中でも平然と城下町を進み、目当ての店へ直行していく。

「はぁ~い! いらっしゃいませぇ……あら、スパーダ君じゃないの! それにシエちゃんも!」

行きつけの酒場である魅惑の妖精亭へ足を踏み入れた一行は店の主であるスカロンに出迎えられ、そして驚かれた。

「ご無沙汰してます。スカロン叔父さん」

「本当に心配してたわよぉ。タルブでは大変な目に遭ったんですってねぇ……」

「いえ、そんな……もうすっかり村は元通りになりましたし、大丈夫ですよ」

「困ったことがあったらいつでもあたし達にも相談してね! 力になるから!」

ちらりとシエスタはスパーダの方を見やる。店内を見回す彼は何やら店員の娘達をちらちらと眺めているようだった。

隣ではティファニアが自分のチョーカーをいじっており、外れないように整えている。

「……あらいやだ! あたしったら、急に呼び止めちゃったりして! ごめんなさいね! テファちゃんも今日はゆっくりしていってちょうだいね!」

「は、はい……」

「それじゃあ三名様、お席にごあんな~い!」

三人はスカロンに招かれたテーブルにつくが、シエスタだけ二人より後に座っていた。

一応、今はスパーダの従者という立場であるために主が座る椅子を引く仕事をしっかりこなすのだった。

直後、颯爽と現れた給仕が慣れた手付きでグラスに盛られたデザート……ストロベリーサンデーをテーブルに置いていく。

「えへへ、そろそろ来るかなぁって思って用意してたのよ。でもシエシエも一緒なんて驚いたな」

看板娘のジェシカは盆を抱きながらしたり顔を浮かべていた。

悪魔であるスパーダが来店するのをピンポイントで察知できるのは、薄いながらも悪魔の血を引く者の成せる業なのだろう。

「あなたが教えてくれたこのデザート、彼のお気に入りなのよ。シエシエ達もいる?」

「それじゃあお願いするわ。どんな味になってるかちゃんと見てあげる」

「オッケー。ちょっと待っててね」

厨房の方へ消えていくジェシカを尻目にスパーダは黙々と好物のストロベリーサンデーを食し始めていた。

 

「ここの人達はシエスタさんの親戚なんですね」

「はい。スカロン叔父さんはちょっと変わってるかもしれないですけど、ジェシカもみんな良い人達ばかりですよ」

シエスタは言う。何でもスカロンがあのような変わった口調をしているのは妻、すなわちジェシカの母が早くに亡くなったために、その分も娘を可愛がろうとした結果だそうだ。

父であり、同時に母代わりでもあるスカロンは一人娘に精一杯の愛情を注いでいるのだろう。

話を聞かされたティファニアは精力的に働いているスカロンとジェシカの双方を見比べる。家族を失ったようにはとても見えない明るさだった。

「……母は故郷のことを色々話してくれました。エルフはいくつもの部族に分かれて、広い砂漠の中で精霊の力を借りながら暮らしているって……」

遠い目をするティファニアにシエスタは思わず唸る。

昼間は灼熱の太陽が照り付けるという過酷な世界で一体どのようにして生活ができるのか、想像できないことだ。

「スパーダさん。またルクシャナさん達と会えるでしょうか?」

「きっかけがあればな。だが会えた所で、他の連中があのルクシャナのような者ばかりとは限らん。それは知っているはずだ」

それはティファニア自身が思い知った現実だった。母以外に最初に出会ったエルフ、ルクシャナは友好的な態度だった。だが、それ以外のエルフ達は反対にハーフであるティファニアにあからさまな嫌悪と敵意を向けてきたのだ。

いや、むしろ憎悪にも等しいほどに苛烈なものだったのだ。あそこまでハーフという存在が嫌われているなど思いもしなかったのである。

「エルフはみんな母みたいに優しい人達だとばかり思っていました。争いを好まないって母は言っていたのに……」

「人間とて同じことだ。シエスタ達のように心優しい者達もいれば、そうでない者達もいる。君はエルフの一部を垣間見た。それだけのことだ」

ストロベリーサンデーを食しながらスパーダは語った。

人間だけではない。全ての存在は実に多種多様に満ち溢れている。今、こうして話し合っている三人のように慎ましくするような集団もいれば周りのように大騒ぎをしながら楽しむものさえいるのである。

「少なくとも、あのルクシャナとビダーシャルは話が通じるだろう。覚えておいて損はない」

「はい……」

母と同じ種族であるエルフと会えたことはティファニアにとって希望でもあり、不安でもあった。

幼い頃から聞かされていた母の故郷とエルフはいつか足を運んでみたいと思っていた夢の国であり、このハルケギニアではまともな居場所がない自分がいるべき故郷なのではとも考えていたほどだった。

だが今回の一件でその期待が少し崩れてしまったのも事実である。

この分では、あの二人以外のエルフと遭遇すればまた自分は彼らに蔑まれ、忌み嫌われ、殺意さえも抱かれるのではないか……。

(お母さん……わたしに嘘をついていたの……?)

形見の指輪にそっと触れながらティファニアは悲しげに俯いていた。

 

「どうなさいました? 何かお辛いことでもおありなのですか?」

そこへ唐突に店員の一人がスパーダ達のテーブルに現れ、運んできたワインとグラスの盆を置くとティファニアの隣に座りだしたのだ。

「いえ……別に何でも……」

店員の方を振り向いたティファニアは彼女の顔を見つめ、呆然とする。

魅惑の妖精亭で働く給仕たちは全て若い娘できわどい恰好のキャミソールやフリルをあしらったカチューシャを身に着けているのが特徴だ。

それと同じ身なりである栗毛の髪の少女はティファニア達と同じくらいの年頃で、二人とは異なる気品に満ちているように見えた。

「……アンリエッタ女王陛下、ですか?」

後頭部で一つにまとめて垂らした髪型こそ違うが見覚えのある顔の少女を前に、ティファニアは思わず記憶を巡らせて名前を絞り出す。

娘は一瞬、僅かに驚いたような顔を浮かべ、シエスタの方も気が付いたように目を大きく見開きだす。

「……えええ!? じ、じ、じ、じょお……」

「オホホホホ! アンナちゃんは新人の妖精さんなのよぉ! 仲良くしてあげてね、シエちゃん!」

突如、猛烈な勢いですっ飛んできたスカロンの迫力に圧倒されて少女二人は絶句してしまった。

「は、はい……」

だがスカロンは人差し指を唇の前に立ててウインクを送り、頷いていた。

それはティファニア達の目に間違いがないことを意味しているのだ。

「どうぞ。お注ぎしますわ」

場違いにも程があるトリステインの女王を前にしてもスパーダはどこ吹く風と言わんばかりの態度でストロベリーサンデーを味わっていた。

 

 

――ひ、姫様に何てことをさせるのよおおお! 平民の酌をさせるなんて! あのオカマ、王室の権威を何だと思ってんのよお!!

 

――あらまあ。とっても可愛らしいわね。本当に妖精さんみたい。ルイズが着てみたらどうなるかしら?

 

――ま、娘っ子が着るにはちと色気が足りないかねえ。

 

――馬鹿を言うもんじゃありません! あ、あ、あんなはしたない服なんて着せられるわけがないでしょう!?

 

――ブハッ! ゲホッ! ゴホッ!

 

――……あの悪魔……っ!

 

「その後はどうだ。気は落ち着いたか」

脳裏に響くざわめきを意識の隅に追いやりつつスパーダは平然と、ワインを注ぐトリステインの女王に話しかける。

アルビオンの謀略による誘拐事件から早一ヵ月が経っている。その中で彼女は恐ろしい悪夢を身をもって味わったのだ。

「はい。おかげさまで……あの時はお世話になりましたね」

店の中に入った時点でスパーダはアンリエッタの魔力を察知しており、その存在を認識していた。

アンリエッタの方も他の店員達に紛れながら接客をしていた最中に席についたスパーダを見かけ、接客対象を変えながら自然と接触することができたのだ。

ティファニアとシエスタはトリステインの女王が王族とは思えない格好で平民相手に酌をするという光景に仰天し、唖然としていた。

「ところでルイズは一緒ではないのですか? あの子は今どちらに?」

「彼女は実家で静養中だ。夏期休業の間は会わん」

「そう、ですか……あの子は元気にしているのかしら……」

「彼女には家族がいる。心配はいらん」

現に今、彼女は家族全員で夕食を嗜んでいる最中だ。

デルフリンガーを通して送られているスパーダの現在の状況にヴァリエール一家はそれぞれ多様なリアクションをしている。

一家の主である公爵はワインを吐き出すほどに狼狽し、夫人たるカリーヌは落ち着きつつも眉間に皺を寄せていた。

面白そうに楽しんでいるのはカトレアくらいのものである。

 

「で、でもでも……どうしてこのお店に……だって、女王陛下はさっき馬車で……」

シエスタの言うようにスパーダ達は先刻、アンリエッタの姿を見かけていた。

ゲリュオンの馬車でトリステインへ戻る最中、アンリエッタの馬車の一団と出くわしたのだ。

障害物や地形を無視するためゲリュオンの能力で亜空間を通っていたので向こうはこちらを認識することはなかったものの、スパーダ達の側ではアンリエッタの姿をはっきり見かけたのである。

「あれはスキルニルだ。本物ではない」

昼間に見たアンリエッタが、血を与えることにより姿を変える古代の魔法人形であることはスパーダには一目で分かっていた。

故に本物のアンリエッタがここにいることを察しても特に驚きはしなかった。

「ええ。今、表舞台に出ているのは影武者です。このことは内密にお願いしますね」

現在、本物であるアンリエッタはこのトリスタニアで独自の任務をこなしている最中だった。それは即ち間諜――

ゲルマニアとの協議でアルビオンへの制裁は空海封鎖を続けることに決まったものの、敵は今後も陰謀をめぐらしてくることを予想し、より一層の治安維持を強化することになった。

その一環として国内の様々な場所で情報収集が行われることになり、民衆の間で不穏な活動や噂が流れていないかを調べることになったのである。

「でもわざわざ女王陛下がお忍びでしなくたって……」

「宮廷の者達では面が割れていますから……それに、わたくしはどうしても直接民の声が聞きたかったのです」

臣下たちの手によって情報が手に入っても、それが直接アンリエッタに届けられるわけではない。途中で情報を整理したりする過程でどうしても第三者の手が入れられてしまう。

主君の機嫌を取るためアンリエッタ自身には耳触りの良い言葉で飾られ彩られるのはもちろん、それ以外の第三者が都合が良いように真実を歪められたりしてしまう。

それこそアルビオンの間諜の仕業となるかもしれない恐れもあるのだ。

だからこそ、アンリエッタ自身の目と耳で民から情報を集めなければならなかったのである。

そして酒場はまさに情報収集のためには恰好の場なのだ。アンリエッタは一週間前より夕刻からはこの酒場の給仕となって民衆の中に潜り込んでいるのである。

「大胆な真似をする」

「女王陛下も大変なんですね……」

話を聞いてスパーダは嘆息するだけだが、ティファニアは女王の大胆さに開いた口が塞がらない。

「こんな姿をルイズに見られたらきっと幻滅されてしまいそうですわね」

アンリエッタは小さく苦笑する。

スパーダはいるのに親友のルイズと会えないことを残念に思うと同時に、女王とはかけ離れた姿を見られない安堵を感じていた。

もっとも彼女の姿はしっかりルイズに見届けられており、今も事情を知って尚も困惑しているのだ。

 

「でもスカロン叔父さんもよく引き受けたものですね……」

「この魅惑の妖精亭はトリステイン王家とも結びつく所縁のある店ですから。店主には無理を言ってしまいましたけど……」

スカロンの方を振り返ってアンリエッタは苦笑した。

「あ……やっぱりあの話、本当だったんだ……」

「何のことですか?」

シエスタが言うには、この魅惑の妖精亭の歴史は古く、実に400年も前にも遡る。

当時のトリステイン国王・アンリ三世は『魅了王』の異名を持ち、絶世の美男子と謳われた――らしい。

お忍びで城下町へやってきたそのアンリ三世は開店間もないこの店の給仕の娘と恋に落ちたそうだが、平民と王では身分が違い過ぎる。故にその恋は破局に終わった……。

だが、せめてもの気持ちということで特別に仕立てたビスチェを娘に送ったそうだが、そのビスチェには着用者に対して周りを虜にしてしまう魅了の魔法が込められているそうだ。

ビスチェはこの店の家宝となっており、現在の店名の由来もそのビスチェから来ているらしい。

叔父のスカロンから聞かされた昔話にシエスタは半信半疑ではあったのだ。

 

「実はわたくしも幼い頃、母に少し聞かされた程度だったのですが……どうやら本当のようですわね」

アンリエッタはクスクスと笑みをこぼす。

「でも何で誰も陛下のことに気が付かないんでしょうね……」

ティファニアは周りを見ながら小首を傾げる。

彼女にしろ民衆はパレードなどで目にしたことがあるはずの自国の女王がすぐ目の前にいて、しかも平民相手に酌をしているというのに誰一人としてその存在に気が付いていないのだ。

格好がいつもの女王ではないとはいえ、ここまで分からなくなるものなのかティファニアは困惑する。

「民衆が普段見ていたのは『救国の聖女』と『トリステインの女王』であって、『アンリエッタ』という人間を見ていた訳ではない」

致し方ないことだが、大衆は『英雄』だの『王侯貴族』だの何かしら象徴的な肩書きを有する存在に対して先入観を抱いてしまうものだ。

アンリエッタはこれまでトリステイン王国の象徴として、飾りの姫として散々に祭り上げられてきたために国民の多くがその生み出された偶像に目が眩むようになり、それを纏わない人間としてのアンリエッタが見えなくなってしまっているのだろう。

「複雑ですわね……こうして王族とはかけ離れた姿になるだけで、誰もわたくしのことに気付かないなんて」

それ故にこそアンリエッタは堂々と民衆に紛れて諜報活動を行うことができる。皮肉とはいえ、好都合ではあった。

だが、民衆も兵士達も誰もアンリエッタ自身を見ようとはしてくれない。作られた華麗な人形が崇められているだけで、感情を持つ人間であることを半ば忘れられてしまっている。

その現実が彼女の寂寥感をより強くしていた。

「少なくともこの二人はお前自身を見ていたのは確かだ。お前自身を見てくれる者は確実に存在する」

ハッとしたアンリエッタは今、スパーダと共にある二人の少女の顔を見回す。自国の女王に注目される二人はやや緊張気味であった。

この二人は変装していたアンリエッタの存在に時間差はありつつも気が付いてくれた。それは本来、任務の支障を来す出来事ではあるものの、アンリエッタの偶像に目も眩まず人間として見てくれていることを意味している。

その事実がアンリエッタの心にささやかながら安堵と嬉しさをもたらしていた。

 

 

「はーい、ストロベリーサンデーお待たせーっ!」

そこへ盆を持って戻ってきたジェシカがテーブルに二つのストロベリーサンデーを置いていく。

スパーダはスプーンを空になったグラスに放ると彼女を指先で手招きして呼び寄せた。

「二人の相手をしてやってくれ。私は彼女と話がある」

「……オッケー。それじゃあ、まずはストロベリーサンデーの味でも見てもらおうかな。今回のは自信作なんだけど」

意を察し、頷いたジェシカは空いている椅子に座るとごく自然にシエスタ達の話し相手になっていった。

次にスパーダはアンリエッタを近くに招くと、ワインの注がれるグラスに手を付け始める。

「このことは他に誰が知っている」

「マザリーニ枢機卿とアニエスの二人だけです。……穀倉を荒らすネズミを燻りだすためには罠を仕掛け、味方をも欺かなければなりませんから」

絶大な信頼を寄せるスパーダを前にしてアンリエッタは迷わずに任務の真の目的を抽象的に囁いた。

無論、それだけでスパーダは宮廷内における事情を看破する。

「今度の裏切り者はどこのシロアリだ」

スパーダの予想通り、ワルドに続いてトリステインの中枢に近い部分にアルビオンと内通している者がいるのだ。

「高等法院長リッシュモン……」

苦い顔を浮かべ、アンリエッタは膝の上で拳を握り締めた。

スパーダも以前に参加した諸侯会議で見かけた男だ。トリステイン王国の司法権を担う高等法院の長――それほどの重鎮までもがレコン・キスタと内通していたことに別段驚きはしなかった。

「彼は自らの私腹を肥やすために今までも長きに渡り裏で様々な悪事に手を染めていたのです。そして、今回はこのわたくしまでもアルビオンに売り渡そうとしました……」

アンリエッタ達の調べによればリッシュモンは30年に渡って職権を乱用しては不当に私財を蓄え続けていたそうで、今の地位を手に入れるまでにも多くの忠臣までも陥れては奪ってきたというのだ。

挙句にアンリエッタの誘拐未遂事件でもアルビオンの手の者と悪魔達を城内に手引きしたのが彼だという。

彼は主君さえも自らの欲望を満たすための道具にしようとしたのだ。

「現在、アニエスが更なる調査を続けております。あの男は自分の策によらずわたくしが失踪したと知れば焦って密使との接触を図るでしょう。そこを捕らえます」

「この街の厳戒態勢はそのためか」

「ええ。失踪したわたくしを捜しているのです。……無理もありませんわ。馬車の中から煙のように姿が消えてしまえば誰だって混乱しますもの」

スキルニルで化けている影武者のアンリエッタは予定ではサン・レミの鐘が三時の刻限を鳴らすと共に自壊し消滅する。既に三時間以上が経過しており、王宮内は大いに混乱していることだろう。

リッシュモンは非常に用心深い性格で悪事の数々を突き止めるにも骨を折ったほどだが、さすがの彼も焦るはずとアンリエッタは踏んでいた。

 

「意趣返しだな、大したものだ。……それでどうだ。民の声とやらを直接耳にした感想は?」

不敵に笑うスパーダが話題を変えてみるとアンリエッタは溜め息をつく。

「やはり、手厳しい言葉ばかりでしたわね……」

給仕に変装したアンリエッタに気が付かない民衆や兵士達は女王を前にして様々な愚痴や文句、不平不満を漏らしていたのだ。

 

あんな若い女王にこの国の舵が取れるのか――これから戦争を始めようというのか――アルビオンに攻め込む気があるのか――悪魔に怯えてこのまま何もしないままでいるのか――タルブの戦の勝利は偶然に過ぎない――いつまた悪魔が現れるか分からない――早くアルビオンをどうにかして欲しい――いっそ、アルビオンに侵略されてしまった方が楽だ――

 

実に多くの民衆の本音はアンリエッタの心にプレッシャーとなって降りかかるのである。

だがアンリエッタにはそれら民衆全ての期待や願望に対して応えることはできない。

「スパーダ殿は戦争はお嫌いですか?」

「私は降りかかる火の粉を払っているだけだ。無駄に戦わないに越したことはない」

暗に好き好んで戦っている訳ではないと言外に含めていることをアンリエッタは察した。

魔界を裏切ったスパーダも同胞を斬り捨てなければならないとはいえ、その同胞が人間達に災いと害をもたらそうとしないのであれば必要以上に干渉はしないように心掛けている。

「正義感にしろ復讐の炎に身を委ねるにしろ、成算もなしに戦争をするのは愚の骨頂だ。大なり小なり戦う力を絶対視し、過信して戦を始めれば収拾がつかん。望んで戦争をするのは始めた者のエゴに過ぎん」

事実、スパーダの主君であった魔帝ムンドゥスにしろ覇権争いをしていたアルゴサクス、アビゲイルにしろ何千年という長きに渡って争いを続けていた。

魔界を支配する絶対の覇者として頂点に立つためとはいえ、三勢力はある意味無駄に乱世の時代を続けてきたのだ。

それを終わらせるためにも、スパーダはムンドゥスの右腕として己の剣を振るってきた。

「戦争を始めるのは実に容易い。だが、それを終わらせることは遥かに難しい。戦が終わらねば敵にしろ味方にしろ多くの血は流れ続ける。そして、一番傷つくのはお前達ではなく戦場に送り出される者達とその帰りを待つ者達だ。戦争を終わらせられる自信が無いのなら最初から戦争などせん方が賢明だな」

「ですがこのまま放置していても、アルビオンの暗躍で更なる混乱と犠牲が出るのも事実ですわ。ガリアの方でも悪魔が現れたとか……」

実際はあの騒動はアルビオンは無関係なのだが事実を知らない多くの人々にとっては悪魔が世に災いをもたらせば、それは今世間で一番注目されている存在との関係に結び付けるだろう。

冷戦状態とはいえ、それが長引けば不安と恐怖はさらに強まるばかりだ。それではいけないのも事実である。

 

「宮廷内の主戦派の貴族達もこのままでは抑えきれなくなるかもしれません……」

だからこそアンリエッタは迷っているのだろう。戦争をすべきか否かを。

「アルビオンとのいざこざを終わらせる手っ取り早い方法は一つだけある」

「それは一体何ですの?」

「クロムウェルだけが死ぬことだ。病でも内乱でも、どんな理由でも構わん。奴がいなくなれば、残りは烏合の衆のみだ。瞬く間に自滅していくだろう」

冷淡に言い放つスパーダにアンリエッタは息を呑む。

「そのためには何も堂々と何万もの兵を率いてアルビオンまで乗り込むこともない。奴の首だけを討ち取ればそれで良いからな」

「暗殺をせよと……おっしゃるの?」

「解決手段の一つがそれだというだけだ。現実で出来るかどうかは話が別だがな。やった所で卑劣と謗られるかもしれん」

トリステインとゲルマニアが協力してアルビオンに対抗しようとするのは別でスパーダは個人的に用がある。

その準備を現在行っている真っ最中であり、利害は一致しているもののアンリエッタ達に漏らす気はなかった。

「いずれにせよ、最後に決めるのは女王であるお前自身の意志だ。私のような部外者の戯言に流されるのはただの愚者に過ぎん」

「スパーダ殿は手厳しくとも、多くの助言を与えて導いてくださいました。そんなに卑下なさらなくても良いのに……タルブの復興もあなたの力あってこそのものなのですよ。他の貴族達には誰もできない功績です」

アンリエッタとしては彼に爵位を与えて正式にトリステインの貴族として扱いたいくらいなのだ。

「さてな。その功績とやらも、お前とこうして話をしているのも、実はお前を陥れようと企んでいるからかもしれんぞ。腹の底で何を考えているかなど知れたものではない」

あえて自嘲してみせるスパーダにアンリエッタは頭を振る。

「いいえ。あなたはリッシュモンのような媚と愛想を売るだけの奸人とは違います。あなたは言葉ではなく行動をもって、幾度となく大義を成してくださいました。あなたこそ本当の英雄です」

深呼吸をするアンリエッタは真っ直ぐにスパーダの目を見つめてくる。

「わたくしはスパーダ殿を信じますわ。たとえあなたが何者であろうと……あなたは決してリッシュモン達のような悪人でも、悪魔でもありません」

アンリエッタにとってこのスパーダと言う異国の貴族……否、異邦人は王宮内の貴族の誰よりも信頼できる存在であり、憧れなのだ。

彼のような貴族がもっと多くいれば、そしてもっと早く彼のような人間と出会えていればと思うと本当に残念でならない。

何より、幼くして父を亡くしたアンリエッタには彼の父性がまるで父親と共にあるような安心感が得られるのがとても幸福だった。

他の誰にも、無二の親友であるルイズにすら話すこともできないことを彼が相手であれば自然に相談もできるのである。

 

「スパーダ殿……ウェールズ様は、本当に生きておいでなのでしょうか?」

「さてな。だが、案外思いもよらない場所で生きているのかもな」

「それはどういう……」

「ん?」

次なる話題を続けようとした時、アンリエッタに異変が起きた。

「ん……う……」

彼女は唐突に額を押さえてふらつきだしたのである。

「大丈夫、ですわ。……少し、疲れただけですから」

甲斐甲斐しく答えて体勢を直すアンリエッタだがスパーダには彼女が明らかに疲れを溜めているのが分かっていた。

 

 

やがて店内には三人組の若い男達が姿を現し始める。つば広の帽子を身に着けた貴族達は王軍の士官であるようだった。

彼らは店内の給仕達を物色していたが、やがてスパーダ達のテーブルにつく一人の少女に目がつき近づいてくる。

「失礼をば。見目麗しいお嬢さん」

士官の一人は下級ながら貴族らしい仕草と態度でティファニアに声をかけてきた。

「わ、わたしですか?」

シエスタ達と楽しく談笑していた中、いきなり声をかけられたのが自分であることに当人は困惑する。

「そうですとも。我らはナヴァール連隊所属の士官です。恐れながら美の化身と思しきあなたを我らの席へとご招待したいのです」

「いずれ死地へと赴く身分たる我らにひと時の幸福と慰めを与えてはいただけないでしょうか?」

「今日は久々に頂いた非番なのです。なにとぞお願い申し上げる」

どうやら他の給仕達に酌をされるのは気に入らなかった様子で、一際目を引く美貌であるティファニアに目を付けたらしい。

シエスタとジェシカはティファニアがナンパをされだしたことに神経を張り詰めさせた。

彼女の正体を知る二人はこのままティファニアが彼らの相手をしてはまずいと踏んだのだ。下手をすれば正体がバレかねない。

「え、ええと……」

誘われたティファニア本人はどうすれば良いのか分からずに困り果てていた。

スパーダの方を見ても彼は肘をかけたままワインを飲んでいるだけだ。

 

「お客様。この子は人見知りでございますの。代わりにわたくしがお相手をして差し上げますわ」

ティファニアの様子を見てアンリエッタは意を決し、自ら申し出る。

士官達は変装するアンリエッタが自分達の女王であることに全く気付いていない様子でティファニアとは異なる美貌に見惚れている。

「……この娘も中々だな。品もあるし……僕達の酌をさせるにはちょうど良いじゃないか」

「う~ん……しかし、やはりあちらの娘の方が……見ろよ、あの胸をさ……」

他とは比べられないティファニアの大きな胸と、形もよく大きさも整っているアンリエッタの胸を見比べて悩んでいた。

「うわ……」

「命知らずも良い所だよね……」

シエスタとジェシカは下心丸出しの士官達を見て呆れかえる。

女王を相手に下心を出すのは本来、不敬も甚だしい行為なのだが目の前にいるのが本人であると気づかない以上、どうにもならない。

 

――あんの下郎おぉぉ!! 姫様に対して何て無礼な奴らなの!! あんなのがいるから、王室の権威がああああ!!

 

スパーダを介してこの場面を見届けるルイズはフォークを投げつけるほどに憤慨していた。

 

――ルイズ、はしたないですよ。

 

諫めるカリーヌだが、カトレア以外の家族達の顔は同様に怒りの色に染まっている。

 

「ではお前にあの娘を譲る。僕はこちらの娘に酌をしてもらおう」

結局、彼らは自分達の好みの相手に酌をしてもらうことに決めたらしい。

アンリエッタの肩に手を伸ばそうとした所……。

「痛だ! 痛だだだだだっ!」

スパーダがその腕を掴み取り、尋常ではない程の握力で彼を制したのである。

苦悶に喘ぐ仲間に他の二人は狼狽えるが、スパーダが突き出し離したので慌てて駆け寄る。

「……な、何をするか!」

腕を押さえつつスパーダに噛みついてくるが、その相手の顔を目にして怪訝そうにする。

「貴様は確か、フォルトゥナ……?」

アンリエッタ女王の個人的な客人として招かれる異邦の貴族は下級貴族達の間でも名は知られていた。

「やめておけ。お前達には高嶺の花だ」

冷然と決めつけられたことに三人は揃って嫌悪と不快に満ちた顔でスパーダを睨む。

 

「ふん。流れ者の没落貴族はこんな子供しか相手にできんのか」

「平民上がりの没落者にはお似合いだな」

一人が聞こえよがしに悪口を口にし始めると、それに続いて罵りだしていた。

スパーダに対する誹謗中傷にシエスタやティファニアの表情は一様に不快に彩られる。

だが、その二人以上にアンリエッタの表情は怒りに満ちていたのだ。アンリエッタの存在に気が付かない三人にはそれが分からない。

「よそ者の分際で女王陛下の知己を得て、いい気になるなよ」

「東方から流れてきた没落貴族は地位欲しさに女王陛下に媚びへつらい、気に入られでもしたか」

「粉挽き娘の同類め。貴様など、卑しい平民の武器が無ければ何もできないではないか」

更なる罵詈雑言にアンリエッタは今にも怒りを爆発させてしまいそうであったが、僅かな理性がそれを寸前で抑え込んでいる。

自分が尊敬する父親のような恩人が目の前で侮辱されている。それが許せない。太ももに結んで隠し持っている杖を手にしてこの三人に罰を与えてやりたい。その衝動をこのままでは抑えきれるかも分からない。

突如、巻き起こった騒動に喧騒だった店内は既に静まり返り、成り行きを見守っている。

スカロンはもちろん、給仕達はスパーダの実力は見知っており、こうした騒ぎは一度ではないもののやはり緊張していた。

だが騒ぎの中心であるスパーダはこの物々しい空気の中にあってもまるで意に介さずグラスに新たなワインを注いでいた。

 

「何とか言うが良い! 没落貴族風情が!」

「それとも怖くて口も聞けないか? 臆病者……」

悪口が終わらないうちに店内には鋭い銃声が小刻みに連続で轟く。

三人と同じ数の銃声が止むと、彼らの帽子の羽飾りの一部が飛び散りひらひらと舞い散っていく。

彼らを見向きもしないまま無造作に抜いていたルーチェの銃をスパーダは静かに懐へ収めだす。

「貴様……よくも、我らを……」

唖然としていた士官達はますますその顔を朱に染めて憤慨した。

「ここまでしてただですむと思うか!」

「表へ出ろ! 曲がりなりにも貴様も貴族だと言うなら、それを証明してみせよ!」

ついに杖を向けられ、店内は大きくざわめきだす。

それでもスパーダは彼らの方を見ようともせずワインを口にしている。

アンリエッタはこれ以上、騒ぎが大きくなってはならないと焦りつつ、自分の正体がバレては任務が失敗してしまうので激しく葛藤していた。

 

 

「それでは私が代わりに相手をしよう」

一触即発の空気の中、突然上がった声は三人とは違う別のものだった。

一同の視線は店の入り口へと集中し、新たな入店者である若者がそこには立っていたのだ。

「あの時の……」

その金髪の若者の姿をティファニアは覚えていた。

傭兵のような身なりで頭にバンダナを巻き、片目を眼帯で覆ったその青年はひと月も前、アンリエッタのパレードの時に暴漢に絡まれかけた際に助けてくれた傭兵メイジだ。

「あの人、うちで泊まってる人よ」

ジェシカはシエスタに耳打ちをする。

あの傭兵メイジはこの魅惑の妖精亭の宿泊人であり、ここ一ヵ月もの間留守にしていたがつい三日前に帰ってきたという。

「何だ貴様は! 平民ごときに用はない! でしゃばるな!」

現れた介入者に士官達は不愉快そうに叫ぶが、彼の返事は杖だった。

懐から風のように素早い動作で杖が抜かれると共に、細い風の刃が飛んで三人の帽子の羽飾りを根元から切り裂いてしまう。

 

「貴様……メイジ……? 貴族か?」

「ただの落ちぶれ者だよ。ここは飲み食いをする場所だ。杖を振りかざす場所ではない」

「メイジ崩れか。下郎! 我らがトリステイン王軍の士官であると知っての狼藉か!」

それにしては彼の態度は士官達よりも堂々としており、流れ者の傭兵とは思えないほど威厳と品位に満ちているのを周りはもちろん、アンリエッタも感じ取っていた。

「その士官様がこんな場所で狼藉を働いて良いのかな? 女王陛下にでも見つかれば首を切られるぞ」

「何を抜かすか! アンリエッタ女王陛下がこのような下賤な場所におられるはずがあるまい!」

「寝言は寝てから言うが良い!」

傭兵の忠告を士官達は一斉に笑い飛ばす。

知らぬは本人ばかりなり。その女王陛下たるアンリエッタはすぐ目の前にいるのだ。しかも既に怒りを買っている。彼の言う通り、即刻首を切られてもおかしくない。

アンリエッタは正体を現してやりたい衝動を抑え、どうにか我慢し続けていた。

 

「It's annoying. Do the rest outside.(邪魔だ。喧嘩なら外でやれ)」

スパーダの言葉に三人はふん、と鼻を鳴らすと揃って店の外へと出て行き、傭兵メイジの方もそれに続いていった。

店内の客や給仕達は次々と入口の方へ向かい、これから起こる決闘を見物しようと殺到していく。外の方でも通行人達の野次馬が出来上がっているようだった。

「スパーダ殿……」

「放っておけ。すぐに済む」

興味もなくワインを燻らせる中、外からは当事者の叫び声が届いてくる。

「下郎! 我らは誇り高きトリステインの軍人だ! いかに我らでもたかが賊一人にまとめてかかっては大人げないというもの! 一方的で不名誉な勝利だ!」

「だから最初の一発だけはそちらに譲ってやろう! さあ、先に杖を振るうが良い!」

優雅にワインを一飲みしていると、外では大砲のような重く分厚い突風の音が響き渡る。あの傭兵メイジの先手だ。

直後、遠耳ながら激突し派手に崩れる騒音が轟いてくるのがはっきり分かった。

三人の士官は傭兵メイジの風魔法の一撃によって呆気なく大通りの彼方へ吹き飛ばされてしまったのである。

 

「すごーい……!」

「やったぜ、兄ちゃん!」

外はもちろん、店内からも拍手喝采が巻き起こる。

アンリエッタもスパーダの供をする少女達も呆然とその結末を見つめていた。

「これで手打ちだ。良いな?」

一時の感情、つまらない喧嘩ごときで裁く必要はない。スパーダはそう言っているのだ。

諭されたアンリエッタは小さく溜め息をつくと、外から戻ってきた傭兵メイジの青年はスパーダ達のテーブルへと近づいてくる。

「あの……また助けてもらって、ありがとうございます」

立ち上がったティファニアがおずおずと頭を下げると彼は微笑みを彼女に返して頷いた。

「その様子ではアルビオンでの一仕事は済んだようだな」

「ああ。おかげ様でね」

「……スパーダ殿のお知り合いですか?」

ティファニアと知り合いであることも驚きだが、スパーダが昔からの顔馴染みのように平然と会話をするので余計にアンリエッタは目を丸くしてしまう。

スパーダと知り合いである以上、信用できる相手であることは間違いない。だがアンリエッタは何故か彼を見ていると奇妙な違和感――初対面であるはずだが、かつて会ったことがあるような既視感――を覚えてしまい、心にわだかまりが生じてしまう。

 

そんな微妙な雰囲気の中、彼を見ていたティファニアは何かに気付いたように僅かに眉を顰めた。

「あの……もしかして……あなたはウェールズさん、ですか?」

 

――ウェールズ、皇太子殿下……!?

 

ティファニアと、スパーダを介して遠く観察するルイズが同時に傭兵メイジの素性を自らの記憶の中から呼び起こし、思わず口に出してしまう。

「え……?」

ティファニアの発した言葉にアンリエッタは一瞬、呆然自失する。

それは彼女自身が最も愛する男の名であり、この場末の酒場で出会うなどあり得るはずが無い、アンリエッタの夢と希望――悪夢と恐怖――そのものだった。

名を呼ばれた当の本人は困ったように苦笑を浮かべるだけであったが……。

「あららら!? アンナちゃん!?」

突如、アンリエッタは全身の力が抜けてしまい、その場で崩れ落ちへたりこんでしまう。

その拍子でテーブルの上のワインボトルが倒れ、零れ出た赤いワインを盛大に頭から被ってしまった。

 

(無理もない、か)

そのアンリエッタの反応は至極当然のものだとスパーダは納得する。

夢でも幻でもない、望み続けていた現実が彼女の目の前にあったのだから。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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