魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Secret Mission <闇に溶ける月眼>

 

魅惑の妖精亭を後にしたスパーダは三時間経っても一向に戻ってくる気配がなかった。

アンリエッタとウェールズの二人だけが――もう誰にも邪魔されたくないからと、アンリエッタがロックの魔法をかけてまで――熱いひと時を過ごす部屋の隣で、ティファニアはベッドの上で横たわったまま暇を持て余しているのだ。

二人が気になって壁で聞き耳を立ててみても――ウェールズがサイレントの魔法で周りの音を遮っているのもあり――不気味なほど静かで何の音も聞こえないので、それが逆に落ち着かなくなってしまう。

かと言ってこのまま自分も眠りに落ちてしまうこともできないので実にもどかしい。

 

結局、一階の酒場に降りてきたティファニアは接客をしているシエスタやジェシカ達と話でもして気を紛らわすことにした。

「あ、テファ! こっちこっち!」

シエスタと一緒に客の一人を相手にしている真っ最中のジェシカがティファニアに気付き、手招いてくる。

「二人はどうでしたか?」

「ん~……疲れて眠っちゃったみたいです」

事情が分からないティファニアはシエスタの問いにそう答えるしかない。

「シエシエ。そういうこと聞くのは野暮でしょ」

「あ、そうよね。いけない、わたしったら……」

「おやおや、何か面白い話でも知ってるみたいじゃないか。僕にも聞かせて欲しいな」

黒髪の少女二人が接客をしている相手はティファニアと同じ金髪を輝かせていた。

「すいません、お客様。他のお客様のプライバシーにかかわるのでこれ以上は……」

「はは、そうだね。これは失礼」

彼女らとほぼ同じ年頃らしい少年は先ほどまで共にいたウェールズとはまた異なるタイプの美男子で、社交的な笑顔はいわゆる色男という言葉がよく似合っていた。

「この人、ロマリアから来た神官さんなんだって」

「ジュリオ・チェザーレと申します。あなたのようにお美しい方とご同席できるのは光栄でございます」

純白の礼服を纏う美少年は席を立つと胸に手を添え、優雅な仕草でティファニアに一礼をする。

「三人の妖精に囲まれながら晩餐を楽しめるとは……今宵は良い思い出が残りそうだ」

「は、はあ……」

キザではあるものの無駄がない動作で、まるで貴族と見紛うかのような気品にあふれている。

だがティファニアはそんな態度などではなく、むしろ面を上げた彼の顔そのものに目を丸くしていた。

 

ジュリオという少年の目は左は鳶色なのに、反対の目は異なる色――碧眼だったのである。

左右でそれぞれ違う色の瞳……実に珍しいオッドアイを宿すものが目の前にいるのだ。

今は雲に隠れて見えないものの、夜空に浮かぶ二つの月のように不思議な雰囲気をかもしだしているようにティファニアには感じられた。

「それじゃあ、絶世の美女たる妖精さんに一杯おごらせてもらおうかな。さあ、どうぞ」

ジュリオはまるで執事のようにティファニアを空いている席に座らせ、アップルジュースを注文する。

 

ジェシカとシエスタが接客をするジュリオという少年は外国人――ロマリアからやってきた神官だ。

ハルケギニアにおける宗教・ブリミル教の総本山出身の聖職者の一員である彼らは定期的に諸外国における教会や寺院といった場所を視察して回っている。

ジュリオもまたこのトリステイン国内においてその勤めを果たすために来訪しているという。

「だから抜き打ちで教会に行ったりするとね、そこの悪い司教が私腹を肥やしたりするのを突き止められるから効果的なんだよ。僕もこの国で2件くらい、そういうのを見つけているんだ」

「お坊さんも大変なんですね」

「ああ、本当に。人間、誰でも人目につかなくなると悪事の誘惑に魅せられるものなのかもね」

シエスタが空のグラスにワインを注ぐ中、ふうと溜め息をついてジュリオはフォークで皿の上に乗るソーセージをつつく。

ジェシカは当然のことながら、シエスタも慣れた態度で相手がどんな愚痴から文句、自慢やぼやきを呟こうが相槌を打って接客を続けていた。

 

「何だい? 僕のこの眼が気になるのかな? やけに緊張しているみたいだね」

「え?」

ティファニアはちびちびとアップルジュースを口にしながらジュリオ達のやりとりを見つめていたが、いきなり話を振られたことで思わず狼狽えた。

「まあ無理もないか。誰だって自分や周りとは違う特別な人を見ると不安になるものさ」

「あ、いえ……そういうわけじゃ……」

「良いって、良いって。僕はそういうの気にしないから」

ジュリオは笑みを絶やさないのだが、ティファニアの方は逆に不安な色は隠しきれずにいた。

彼女が考えていたのは、彼がロマリアから来た神官であることと、今行っているという仕事についてだ。

各地の教会を歩き回っているということは、恐らくこのトリスタニアにある自分を匿ってくれている修道院もくまなく視察することだろう。

あそこは平民の老院長が細々と切盛りをしている小さな孤児院のような場所で、様々な事情により親や家族を失った子供達や人には言えない事情で世には出られない者達が匿われている。ティファニアがエルフの血を引いているということを知っても、誰も恐れはせずに受け入れてくれた。

(もしこの人に知られたら……)

ロマリアはブリミル教の総本山――もし自分の正体が知られれば、きっとただでは済まない。

何せハルケギニアではエルフは忌むべき存在として恐れられている。宗教に敏感なロマリアなら容赦なくティファニアを悪魔として滅ぼそうとするだろう。

そして、自分を匿っていた修道院も同時に異端者として裁かれるに違いない。

(スパーダさん……)

自分の正体は絶対に知られてはならない。

首元のチョーカーに触れるティファニアはこれを授けてくれた保護者が早く戻ってきてくれることを願った。

 

「でも君が何をそんなに不安になっているか、気になるね……君のように綺麗な妖精さんにはそんな顔は似合わないよ?」

見た感じ、とても物騒には見えないジュリオであるがそれでもティファニアの不安は晴れない。

「それじゃあ、君が隠している秘密を当てて見せようか。う~ん……そうだなぁ」

ジュリオは腕を組んで天井を見上げながら唸り――やや大仰そうな態度だが――考え込むと……。

 

「実は、『自分は遠い国のお姫様だ』『正体は人間じゃなくて、吸血鬼だ』『過去に人を殺してしまった』――」

 

その口から次々に出てきた物騒な言葉にティファニアはおろかシエスタとジェシカまでもが絶句してしまった。

「おや? もしかして当たっていたのかな? まさか、そんなはずはないよね」

指摘した張本人であるジュリオ自身が困惑するが、ティファニアの方が余計に唖然として彼を見つめていた。

(偶然よね……だって、この人と会ったことなんて……)

ジュリオが口にしたのは、どれもティファニアに身に覚えがある要素ばかりだった。

 

――滅ぼされてしまったアルビオンの王国の王族の生き残り……。

 

――吸血鬼じゃないが、純粋な人間ではなくハーフエルフであることを隠している……。

 

――自分の魔法は、かつて人の命を奪ってしまった……。

 

表現は違えど、どれも真実を突いているものばかりだった。

だがそれをこのジュリオという少年が知るはずはない。

まるで全てを見透かし、認識しているとばかりのジュリオの言葉にティファニアは息を呑んだ。

 

「お客様。ちょっと冗談が過ぎますわ」

「そうそう。お坊さんらしくない台詞だよ? ハンサムなお兄さんならもっとそれらしく気の利いたことを言わないと」

「はっはっはっ! さすがにちょっと意地悪が過ぎたようだね、謝るよ。レディに対してとんだ失礼なことを言ってしまったな」

シエスタ達に詰め寄られてジュリオは途端に大笑いを上げていた。

「それじゃあ、お詫びにもう一杯おごってあげるよ。美しい妖精さんに乾杯ってね」

冗談か本気か分からない、人を食ったような態度にティファニアはどう反応して良いか分からず苦笑いを返すしかなかった。

 

 

三人の美女と美男子が談笑している中、突如店の入り口の羽扉が乱雑に開け放たれた。

「いたぞ!」

ずかずかと入り込んできた物々しい雰囲気の三人組に店内が慌ただしくなる中、彼らの睨みは美女達に囲まれる金髪の美男子へと注がれた。

「おい、貴様! 表へ出ろ!」

真っ直ぐにティファニア達がいるテーブルまでやってきたのは、数刻前に入店してきてウェールズに叩きだされた貴族――ナヴァール連隊の士官達だった。

突然の怒号にティファニアとシエスタがびくりと驚き振り返る。ジェシカは険しい表情で彼らを見つめていた。

「先程の無礼に対して我らが本当の貴族の礼儀というものを教えてやろう。一個中隊で存分に相手をしてやる!」

怒りを振り撒く彼らの敵意は呑気にワインを一飲みにしていたジュリオへと向けられている。

どうやら自分達を叩きのめした傭兵メイジ、つまりウェールズと勘違いをしているようだ。何しろ髪型は違えど、色は同じなのである。

「言っておくが、この宿は既に包囲した。貴様に逃げ場はないぞ!」

見れば外では百人は越えるであろうメイジの兵隊達が武装して並んでいるのだ。

どうやらウェールズに決闘で負けたのが認められず、仕返しをするためにわざわざ自分達の隊員全員でかかって袋叩きにするつもりのようだ。

とはいえ完全な人違いなのだが、頭に血が昇っているのか気づいていない様子である。

「士官様。この人は……」

「うるさい! 平民は黙っておれ!」

「きゃあっ!」

「ジェシカ!」

取りなそうとしたジェシカが士官の腕に払われて床に倒されてしまう。

シエスタとティファニアが慌てて駆け寄り抱き起すと、シエスタは従妹に暴力を振るった士官を睨みつけていた。

 

「おいおい、人違いじゃないかい? 髪の色は同じだけど、僕はあんた達が負けたメイジじゃない。それに僕は平民だからね。魔法は使えないよ」

平然と答えるジュリオが初めて彼らに不敵な笑みを浮かべた顔を向ける。

そこで士官達はようやく相手が自分達の探している相手とは別人であることに気が付いたようだった。

「ちっ……逃げられたか」

「お前達、あの不届きなならず者はどこへ行った?」

忌々しそうに舌打ちをする士官は三人の少女達を見回して尋ねてくる。

「さあ……わたし達には……」

だがシエスタは冷めた態度で顔を向けずに返すのみだった。

彼らが探しているウェールズならちょうどこの宿で主君たる女王と共に――二人だけの愛の巣の中で激しく愛し合いながら――一夜を過ごしているのだが、それを教える気もなければ知られる訳にもいかなかった。

「おい、娘。隠し事をするなら同罪とみなすぞ」

当然、その態度が気に入らない士官達は癇に障っているのもあってシエスタにまで敵意を向けてくる。

 

「やれやれ……王軍の士官様とは思えないくらいに幼稚なものだね」

いきり立つ彼らにジュリオははっきりと嘲笑を浴びせてきた。

「何だと!」

「貴様、ロマリア人だな! 神官風情がこのトリステインにまで来て偉ぶるな!」

「魔法も使えない平民が、貴族を侮辱するか!」

今にも杖を抜いて魔法で制裁を与えようという緊迫の中にあってもジュリオは彼らの怒りなど意に介さないとばかりの態度だった。

本日、二度目の荒事に店長のスカロンを含めて喧騒だった店内の誰もが沈黙する。

 

「あんた達のどこが貴族だっていうんだい?」

はっきりと侮蔑が込められた口調でジュリオは鼻を鳴らした。

「たかが些細な喧嘩に負けた程度で腹いせに仕返しに来るなんて見苦しいったらありゃしない。そこらにいるゴロツキ同然じゃないか」

士官達はジュリオの罵声に思わず言葉を失い、その表情は瞬く間に怒りによって朱に染まる。

「しかも勝てないからってわざわざお仲間を大勢呼んで来るなんて、とんだ恥知らずだ。もし僕が彼の友達だったりしたら『仇を討ち、討たれるのは友人の義務』なんて言って、相手が自分より弱いのをいいことに腹いせに魔法でリンチにしてたのかな。ナヴァール連隊とやらは弱いもの虐めがお好きなようだ」

それは図星だった。ナヴァール連隊の誇りを激しく傷つけられた以上、この屈辱をどうにか晴らすためにも彼らは自分達の怒りをぶつける相手が必要だった。

「本当に貴族だって言うなら、潔く自分の力不足と負けを認めてそれを励みにする方が立派なものだよ。これ以上は恥の上塗りもいいところだ」

仇本人がいるのならば幸いだったものの、今その相手は見当たらない。

何よりも相手が自分達に恥をかかせた相手と同じ金髪であるというだけでその憎しみが膨れ上がるのは当然だった。

ならば、その代わりの生贄となるのは当然……

 

「いいのかい? こんな大事が女王陛下に知られでもしたら大目玉だ」

士官達が一斉に腰に下げる軍杖を手にしだしたのを見てジュリオの顔から笑みが消え、冷淡な表情が浮かび上がる。

「外国人のくせに、我らが主君の威光を笠に着るか!」

「私怨で正規兵を街中で勝手に動かして、しかも外国人を怪我させでもしたら、今度こそあんた達の首が飛ぶよ? それでも良いなら、好きにすればいい」

溜め息をついたジュリオはさらに冷酷な言葉を呟く。

「もっとも、とっくに首が飛ぶのは確定しているかもね」

「この……生意気なロマリア人め!」

「平民が! 貴族を侮辱した罪、万死に値する! そこになおれ!」

もはや彼らの怒りは収まらず、一人が杖を振り上げた瞬間――

 

「痛がっ!」

腕に鋭い激痛が走り、思わず握っていた杖を落としてしまう。

彼の右腕にはジュリオが投げつけたフォークが突き刺さり、投げた本人は既にもう一人の目の前へと踏み込んでいた。

「ぶっ――」

好戦的な笑みを浮かべるジュリオの拳が二人目の顔面に叩きこまれ、鈍く骨が砕ける音が響き渡る。

「こいつ――」

鼻血を流して盛大に店の外まで吹き飛ぶ仲間を前に三人目は軍杖を構えようとした途端、振り上げかけた腕を掴まれていた。

ジュリオは滑らかな動きでまるで踊るように体を数度捻らせながら一瞬にして横へと回り込んだのだ。

ニヤリと笑うと僅かに舌なめずりをし、その月眼を光らせる。

「ぎゃああっ!!」

バキン、とはっきりと骨が折れる音が鳴り響く。まるで木の枝を扱うかのような軽い動作だけで士官の肘が逆側へと曲げられたのだ。

さらに折れた腕を掴まれたまま勢いよく振り回され、そのまま店の外へと放り飛ばされてしまう。

「このっ……ぐえっ!」

刺さったフォークを抜き投げ捨てた最後の一人は懐に潜り込んだジュリオの鋭い蹴りが真っ直ぐに叩きこまれ、二人に続いて店外へと吹き飛ばされた。

十数秒とかからずに三人のメイジが素手で叩き出された光景に誰もが唖然としている。

それは平民はメイジである貴族には絶対に勝てない――その常識を覆す異常なものだった。

 

 

「これ、迷惑代も一緒に置いておくよ。ごちそうさま」

ジュリオは椅子の背もたれにかけていた青いマントを羽織り、長剣を腰に身に着け金貨をテーブルへと置くと事もなげに立ち去ろうとする。

その背中をティファニア達は呆然と見届けるしかできなかった。

 

店の外に出たジュリオを待っていたのは、何百人というナヴァール連隊の兵隊達の憎悪と敵意だった。

自分達の仲間にはっきり危害が加えられた以上、ジュリオはもはや敵であり仇である。魔法により容赦なく制裁を与えるのに何の遠慮もいらない。

彼らの憎悪を一身に受け止めるジュリオは圧倒的に不利な状況にありながらも相変わらず平然としたままだった。

「……やれ、アズーロ!」

右手を振り上げた途端、強風が吹き荒ぶ。

『――うわあああっ!?』

直後、悲鳴と共に彼らの頭上から炎が浴びせかけられたのだ。

見れば上空には白い巨体が翼を広げて浮遊している。それが風竜であると兵隊達はすぐ認識できた。

白い風竜は上空からブレスを吐きかけ、ナヴァール連隊に容赦なく浴びせかけている。

突然の奇襲に加え風竜と思えない火竜に匹敵する威力のブレスを前に彼らは驚き狼狽えるばかりで、呪文を唱えて反撃することさえ儘ならない。

 

「貴様、こんな街中で竜を暴れさせるか……!」

「僕は魔法が使えないんだ。メイジがゴーレムを操って戦わせるのと同じだと思えばいい」

腕を折られた士官が激痛に喘ぎながらも罵るが、ジュリオはどこ吹く風とばかりに返す。

「この卑怯者め……! 平民なら平民らしく武器で戦えっ……!」

「悪いけど、あんた達の勝手に決めたルールに付き合う気はないよ。何、これでお互い様だろう? 僕もあんた達も卑怯者さ」

ジュリオの風竜アズーロの上空からの一方的な攻撃にナヴァール連隊は次々に叩きのめされていく。

ブレスで焼かれ燃えるマントや軍服を必死に消そうとする者、急降下してきたその巨体に踏み潰され、尻尾の一撃を食らって気絶する者――

たった一人と一匹を前にメイジの兵隊達は手も足も出なかった。

 

「ひっ……!」

わずか一分でナヴァール連隊は全員が戦闘不能となり、最初に叩きのめされた三人の前にアズーロは着地してくる。

口の端からは炎が漏れ、今にも彼らに浴びせかけようと身構えていた。

「What's wrong? Is it over?(どうしたんだい? もう終わりかい?)」

最後に残った三人は恐怖に竦み、震えるばかりでもはや戦意を喪失していた。

「Invite to hell. (地獄へ招待してあげようか)」

ジュリオは冷たい表情のまま冷酷な声を響かせ、右手を振り上げる。

 

 

――パァンッ!!

 

「そこまでだ!」

一発の銃声が轟くと共に全く別の怒声が響き渡る。

魅惑の妖精亭から衆人観衆、意識のあるナヴァール連隊、そしてジュリオの視線が声の方へ向けられた。

銃を天に向ける一人の女剣士――そして、その後ろで腕を組みながら立つもう一人もまた背中に大剣を背負う貴族の男。

「お前達、ナヴァール連隊の連中だな。こんな所で何をしている!」

新設された近衛隊である銃士隊隊長のアニエスは苛烈な態度で威圧し、短銃を突き付けた。

風石の信管で発砲する風石銃では銃声がせずそのままでは威嚇ができないが、紙製の雷管を用いることでその問題は解決されている。

スパーダと共に魅惑の妖精亭の近くまで来ていた彼女は騒ぎが起きているのを見てすぐ急行したのだ。

「ここは戦場でも練兵場でもない。とっとと、自分達の巣へ引っ込むがいい!」

アニエスは片手で背中からアラストルを抜き放つと、その剣先を彼らへと突き付ける。

刀身に纏わりつく雷光は徐々に激しさを増し、ついには雷鳴と共に閃光を発した。

彼女の怒りが形になったような轟音に倒れていたナヴァール連隊達は頬を打たれたかのように次々と目を覚ましては這う這うの体で蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

「お前達も解散しろ! 見せ物ではないぞ!」

周りの野次馬にも威圧すると、全員がアニエスの迫力を前に慄き同じくそそくさと立ち去っていく。

 

「スパーダさん……」

スパーダは魅惑の妖精亭まで一直線にやってくると、店の入り口から顔を出していたティファニア達の前に立つ。

ティファニアとシエスタは自分達が慕う男が帰ってきてくれたことに喜び顔を綻ばせていた。

「私は寝る。気が向いたら二人も休め」

たった今起きた騒動などまるで眼中にないとばかりにスパーダはそれだけを告げる。

店に入ったスパーダは心配そうにするスカロンと軽く目配せをして二階へと上がっていった。

「さあさあ! みなさま、お騒がせをしました! 改めて、お食事をお楽しみくださいませ!」

頷いたスカロンが大声を上げると再び店内はいつもの活気を取り戻し、何事もなかったように営業が再開された。

 

「夜分にお騒がせして申し訳ありませんでした。銃士隊隊長アニエス殿」

武器を収めるアニエスにジュリオは深々と一礼する。

「騒ぎの原因は分かっている。どうやら、先に仕掛けたのは奴らの方らしいな」

現場に急行する際、アニエスはスパーダから先刻にもナヴァール連隊の士官達と揉め事を起こしたことを知らされていた。

その彼らが報復に来たのだということも当然察することができた。無論、ここにいる人間全てが目撃者であり、証人となってくれるだろう。

「彼らの蛮行に私もついムキになってしまい、このような騒ぎを起こした不始末……深くお詫びをします」

ジュリオもまた騒ぎが大きくなった原因であることは明らかだが、公正な裁きが行われれば何者を罰するべきかは明白となる。

「ひとまず事情聴取のために来てもらおうか」

「ええ。もちろんですとも。アズーロ、しばらく待っててくれ」

主人の命令を受けた風竜は翼を羽ばたかせ、月の浮かばない曇り空へと舞い上がっていった。

アニエスに続いて去っていくジュリオは魅惑の妖精亭から様子を覗う三人の少女達に向けて軽く手を振った。

 

「――ただの人間に興味はない、か。それとも……」

 

店から視線を外しぽつりと一人ごちたジュリオの呟きはアニエスの耳に届くことはなかった。

その月眼はナヴァール連隊達に向けていたのとは異なる冷徹さに満ちていた。

 

 

後日、二度も私的な決闘騒ぎを起こしたナヴァール連隊の不始末は女王アンリエッタの耳に届き――本人が現場を見ていたのもあって――4か月分の減俸という厳しい罰が与えられることになる。

特に騒ぎの発端となった士官数名は女王の名においてトリステイン王軍より除名され、国境警備隊へと左遷された。

 

一度は見逃されたのに二度までも醜態をさらした以上、もはや救いはない。

彼らの軍人としての未来は潰えたのである。

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  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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