魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
ウェストウッド――それがこの村の名前だ。
サウスゴータ地方の片隅、港町ロサイスとシティオブサウスゴータを結ぶ街道から外れた森の奥にある小さな村にマチルダが守ろうとしていた孤児達が暮らしている。
土くれのフーケとして貴族達から奪った財宝を売って得た収入を資金源にしており、定期的に戻ってきては子供達に生活の糧を贈っていた。
もっとも、マチルダが元いた世界には孤児達の隠れ家であるこの村はもう存在しない。
レコン・キスタが土くれのフーケである彼女を同志に加える人質とするためにティファニアも他の子供達も全員連れ去られ、村は無残に焼き払われたのだから。
今となっては守るべき者すらたった一人しか残されていない。
もはや記憶の彼方にしか存在しないはずの場所に今、マチルダは再び訪れていた。
木々に囲まれた小さな空き地に藁葺きの屋根に丸太で造られた素朴な小屋が十軒ほど寄り添って並ぶウェストウッドの村……その一番大きな家に最年長であるティファニアが住んでいるのだ。
「マチルダ姉さんが帰ってきてたなんて知らなかったわ。驚いちゃった」
「ま、色々あってね……テファ達も元気そうで何よりだよ」
暖炉に灯された火が仄かに照らす居間で二人は寛いでいた。
自分達の保護者であり恩人であるマチルダがいることにティファニアは心なしか嬉しそうだった。
それはマチルダ側でも同様だった。生きる世界は違っても、目の前にいる少女はティファニアに変わりないのだから自然と顔が綻ぶ。
どうやらこの世界ではレコン・キスタに見つかることなくひっそりと安住の生活を続けられているようである。
自分達の世界ではついぞ叶わなかった理想の現実が存在していたことにマチルダは心から安堵した。
「一緒にいたあの人は? 貴族の人みたいだったけど……」
「大丈夫。気にしなくても良いよ。あたしの今の雇い主みたいなものさ」
この家には二人がいる居間を中心に寝室が二つあるだけだ。
その一つ、すなわち本来なら帰省してきたマチルダが一休みするための部屋にスパーダは足を運んでいる所だった。
「どう? あいつの様子は?」
噂をすれば当の本人が扉を開けて姿を現したのでマチルダは声をかける。
彼の後には子供達が続いてきており、ティファニア達のいるテーブルへと集まっていった。
「後は目が覚めるのを待つだけだ。いつになるかは知らん」
スパーダ達が戦場から連れ出した黒髪の少年は今、ベッドの上で静かに眠りに就いていた。
孤軍奮闘の果てに失われたはずの命の芽は再び息を吹き返したばかりなのである。
「君の指輪のおかげだな。……しかし、その力はあれで打ち止めか」
片手に持つ鞘に収まったままの少年の剣――デルフリンガーを壁に立てかけるとティファニアの方へ歩み寄った。
その視線は彼女の手に填められた指輪に注がれるが、そこにあったはずの宝玉は跡形もなくなり台座だけとなっていた。
エルフの宝であるシャジャルの指輪――失われた命すら蘇らせる奇跡の力はあの少年に新たな命を与えたのだが、その直後に溶けて消えてしまったのだ。
どうやらそれで指輪の魔力を使い切ってしまったようである。
「はい。ここ最近、いっぱい傷ついた人達を助けてきたので……」
ティファニアはおずおずとしながら答えた。
この世界の彼女は当然ながらスパーダとは初対面なのだ。不安がるのは不思議ではない。
「あの……あなたはわたしが……エルフが怖くないんですか?」
「そんなしがらみに興味はない。君は自分が恐ろしい悪魔にでも見えるのか」
平然としながら答えるスパーダに返され、ティファニアは目を丸くする。
「何より君は一人の人間の命を救った。恐れる理由もないだう」
そっとスパーダに頭を撫でられるティファニアの姿にマチルダは小さく笑みをこぼす。
「テファ姉ちゃん、お腹空いたー」
「はいはい。すぐ用意するわ」
子供達を伴い、ティファニアは家の外へと出て行く。スパーダ達もその後へ続いていった。
家の庭で鍋を用意し、焚火を始めようとするティファニア達だがマチルダは着火の魔法で瞬く間に火を灯しだす。
「どこへ行くの?」
ティファニア達が楽し気に談笑しつつ調理しているのを見守るマチルダだったが、スパーダが無言のまま村の外へ歩き出したために呼び止めた。
「ちょうど良い機会だ。ここが今、どんな情勢なのか下見がてら調べてみる」
「下見?」
「レコン・キスタの牙城とやらがどんな場所なのかを見るのに都合が良い」
スパーダの意図する所をマチルダは即座に察した。
世界は違えど、ここはレコン・キスタの本拠地であるアルビオンであることに変わりない。
自分達が元の世界でいずれ向かう予定である首都ロンディニウムの地理を今のうちに知ろうというのだ。
無論、世界が違う以上は完全に全てが共通している訳でもないだろうが、極端な変化があるのでもないはずである。
「堂々と下見なんて呑気ね」
「一週間は戻らんから、君はここにいるといい。万が一にでも奴らがやって来ないとも限らん」
その言葉にマチルダの顔は僅かに張り詰める。
元の世界でのレコン・キスタはマチルダの素性はもちろん、ティファニア達の存在すら知り得ていたのだ。
こちらでも何らかの事情でレコン・キスタに組しているらしい以上、同じである可能性もある。
今までは無事であったとしても、魔の手が伸びないとも限らない。そうなれば自分達と同じ惨劇がこの世界でも起こることになるのだ。
マチルダにしてみれば違う世界だろうと、もう二度とあんな悲劇を繰り返す訳にはいかなかった。
この小さな子供達を守ることができるのは自分だけなのだ。
「念のためだ。こいつを渡しておこう」
言いながらスパーダが掌をかざすと、小さな光球が浮かびだし形を変えていく。
腕を交差する女神の意匠が施される、白銀に彩られた大柄な小手――魔閃弓アルテミスを彼女に渡した。
「腕に填めればすぐ使える。後は君の意思次第だ」
細かい使い方は伝えてはくれないが、そこまで教えられればマチルダには充分だった。
「それは、あいつの……」
頷いた彼女がさらに目についたのはスパーダが片手に握るものだった。
閻魔刀にリベリオンと具現化したままである二つの愛剣と別にもう一つ別の剣を鞘ごと彼は手にしているのだ。
「ここの事情を聞くのにちょうど良いのでな」
「や、やい! 俺っちをどこに連れてこうってんだ!? てめえ、人間じゃねえだろ!?」
今まで沈黙を続けていたままだったインテリジェンスソードは突如喚き始めていた。
鞘からひとりで抜け出し喚きだしたデルフリンガーは明らかに狼狽えていた。
スパーダ達のいた世界ではペンダントを器に移し替えたデルフリンガーは、こちらでは最初に手にした時と同じ大剣の姿のままだった。
「なに、なに!?」
「あのお兄ちゃんが持ってた剣だ! すっげえ! 剣が喋ってる!」
デルフリンガーの叫び声に驚いた子供達が集まり、面白そうに眺めては鞘に触れていく。
「彼が起きたら少し借りていると伝えてくれ。ではな」
「やめて! 俺を連れて行かないでえええええ!! いやあああああああっ!!」
悲痛な叫び声を無視し、リベリオンと交差させるように背負ったスパーダは夜の森の中へと消えていった。
ティファニア達は呆然と、デルフリンガーの悲鳴が木霊し続けるのを聞きながら立ち尽くしていた。
「行っちゃった……」
「……さあさ、あっちはもう気にしないであたし達はあたし達のすることを続けましょうか。土産話も聞かせてあげるからさ」
苦笑しながら促すマチルダに肩を叩かれ、ハッと我に返ったティファニアは調理を再開し始める。
久々に帰省したマチルダの祝いも兼ねて一行は庭で夕食をとることになった。
焚火を囲みながら、子供達はこぞってマチルダの話す土産話に夢中になっている。
自分が盗賊・土くれのフーケである事実はティファニア達にも秘密である。
なので話のネタは自分が雇われの傭兵メイジだったいうことにし、タルブでの悪魔達との戦いをベースにした作り話だった。
「怪物なんかマチルダ姉ちゃんの魔法でイチコロだもんね」
「マチルダ姉ちゃん、かっこいいーっ!」
悪魔をオーク鬼といった亜人達にすり替えてそいつらと戦ったという話に子供達は楽しんでいた。
「マチルダ姉さん。あんまり無茶なことはしないでね」
反面、ティファニアは危険な戦いに身を置いていた事実に不安な表情を見せる。
それでもウェストウッドの村のささやかな宴は盛り上がり、マチルダ自身も子供達との触れ合いに心が癒されていた。
「こっちのあたしと出会ったらどうしようかしらね……」
ふとマチルダは誰にも聞こえないようボソリと呟く。
そう。この世界で生きているであろうもう一人の自分の存在を気にかけていたのだ。
今、ここにいるマチルダとティファニア達は言ってみればよく似た別人同士とも言える。
本来、ここにいるべきもう一人の自分がもしも帰ってきたら……世界は違えど同一人物である自分と鉢合わせでもしたら……。
そうなったら自分はどうするべきなのか、実に悩ましい問題であった。
◆
一週間が過ぎてもスパーダが戻ってくる気配はまるでなかった。
その間、マチルダはウェストウッドの村で子供達の遊び相手になっていた。
新しく覚えたばかりのフェイスチェンジで顔を変えてみたり、小さなゴーレムを作って動かしたり、さらにはスパーダから渡されたアルテミスの試し撃ちまでも行っていた。
特にアルテミスは子供達の注目の的であり、飽きさせることがない。
「マチルダ姉ちゃん、いっくぞー!」
その日、朝食を済ませた後の庭では子供達が集まっていた。
かき集めてきた小石や薪を次々にマチルダ目掛けて投げつけていく。
彼女の突き出す右手に装着されたアルテミスが瞬時に変形し、女神像の腕が左右に開くと銃口から放たれた光が一気に膨れ上がり大きな球体を作り上げた。
高い唸りを上げながら激しく旋回する光にぶつかる石や薪は次々に砕け散っていく。
「そら、そら! 逃げないと危ないよー!」
「わあっ! 逃げろーっ!」
マチルダが頭上に放った光は無数に分裂すると、次々に子供達目掛けて飛んでいく。
迫りくる光の玉を恐れるどころか、楽しげにはしゃぎながら逃げ惑っていた。
切り株の椅子に腰を下ろすティファニアも目を丸くして今までに見たことがないであろう光景に呆然としていた。
普段放たれる光の矢であれば丸太に突き刺さるか、魔力が弾けるなどして人間などひとたまりもない。
アルテミスの試し撃ちを何度か続けている内に、コツが掴めてきたマチルダは人間に当たっても傷つかない程度に威力を調整していた。
子供達の相手をする遊び道具として実に最適だった。
「ふぅ……」
しばらくして遊び疲れた子供達は各々の家へ戻っていき、アルテミスを外すマチルダも同じように溜め息を漏らす。
「スパーダさん、戻って来ないのね」
ティファニアは不安そうにそう呟いた。
もう二週間が経とうかというのにスパーダは相変わらず帰ってきていなかったのである。
「ま、そのうち戻ってくるでしょ。大丈夫だよ」
しかしマチルダは気にした風もなく答えていた。
スパーダの性格上、帰ってきた所で堂々と名乗り上げるようなこともしないだろう。
意外と神出鬼没な面もあるのでひょっこり姿を現すであろうことは目に見えている。
「さて、全然起きないあのボウヤの様子でも見るとしましょうか」
ティファニアを立たせ、二人は自分達の家に入ろうと歩を進めだす。
戦場から連れ出したあの黒髪の少年もまた、目を覚ます様子はなかった。
マチルダが使う部屋で寝ているままだが、そろそろ起きてもらわないと正直困るのだ。
夜はティファニアのベッドで一緒に眠ることにしていたが、狭いベッドなのでティファニアがゆっくり休むことができなくなってしまう。
ティファニア自身はマチルダと一緒に眠れることを嬉しがっていたが、いつまでもそうしている訳にもいかない。
とりあえずいつものように彼の様子を見るべく家の中へ入ったところ……。
「え?」
「あ」
二人は困惑したような、惚けた顔を浮かべ立ち止まった。
誰もいないはずである居間の中、テーブルについて悠々とグラスにワインを注ぐ一人の男の姿があったのだ。
それこそが、二週間前にこの村を後にしたスパーダ本人だった。
「遅いお戻りね。いつから戻ってたの?」
細く溜め息をついてマチルダが声をかける。
横を向いていたスパーダは顔だけ二人の方へ向けてきた。
「君がアルテミスを填めた時だ。ずいぶん使いこなせたものだな」
それを聞いてさらにマチルダは呆れたように嘆息した。
自分達が遊びに夢中になっていたから彼が戻ってきたことに気が付かなかったのだ。
しかも彼はマチルダがアルテミスを使いこなす様をしっかり見ていたのである。
「帰ってきたんなら、声くらいかけても良かったのに」
意味はないと思うが一応、マチルダはあえてスパーダにそう述べてみた。
「それはすまんな。君らが楽しそうにしているので声をかけ辛くてな」
恐らく本心ではあるだろう。スパーダなりに気を遣っていたのだ。
しかしスパーダ自身の性分から、どの道黙ったままここで待っていたに違いない。
◆
「それより彼の様子を見に来たのだろう。早く行ってやれ」
「は、はい」
促されたティファニアは忙しなさそうに未だ眠り続ける少年がいる部屋へ入っていった。
「ああ、そのままでいい。戻す必要はない」
マチルダは子供達との遊びの一環で行ったフェイスチェンジによって、いつもと容貌が違っていた。
緑の髪はティファニアよりもくすんだ金髪に、目元も普段よりさらに吊り上がりきつい性格がはっきり表れたものになっている。
その魔法を解くべく杖を振ろうとしたのだがスパーダは制したのである。
「どうして?」
「土くれのフーケを捕まえたのはあの少年だ」
外したアルテミスを床に置き席についたマチルダにスパーダは話を続けていく。
旅の道中、今は暖炉の横に置いてあるデルフリンガーからスパーダは様々な情報を聞きだしていた。
――何で土くれのフーケと一緒にいやがんだ?
そうデルフは尋ねてきた時にスパーダは魔法学院の秘書、ロングビルの知人ということにしてカマをかけてみるとあっさりと事情を漏らしたのだ。
魔法学院に保管されていた破壊の杖と呼ばれるマジックアイテムを盗もうとしたことや、失敗してあの少年の手柄で囚われたこと、脱獄してレコン・キスタに加担したためこれまでに数々の因縁があること……。
「ふうん。こっちのあたしも、魔法学院にね……」
獣の首で彼女が見たイメージの中には無かった出来事だったが、この世界でも同じ場所に忍び込んでいたことに感嘆とする。
盗もうとしていた秘宝が違うのはやはり異なる世界線故の微妙な変化なのかもしれない。
「でも、あのボウヤに捕まるなんてこっちのあたしもヘマをしたものね」
「彼は伝説の使い魔・ガンダールヴだったらしいからな」
少年の左手で煌めいていた光――それは紛れもなくスパーダも形だけながら同じ場所に刻まれた使い魔のルーン・ガンダールヴだった。
しかもその主もまた同じルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールその人である。
この世界でルイズが召喚した相手は魔剣士スパーダではなく、あの少年なのだ。
「あのボウヤがガンダールヴ? ……何かパッとしないわね」
だが彼は数万ものアルビオン軍を相手にあれだけの勇戦を繰り広げたのだ。ただの平民が生身、剣一本だけで大軍とまともにやり合えるはずはない。
「でも、それじゃあご主人様の方はどうしたっていうの? まさか、あのボウヤにだけ戦いを押し付けて逃げたんじゃないでしょうね?」
「討ち死にを押し付けられたのはむしろ彼女の方だな」
「何ですって?」
「トリステインとゲルマニアがここに侵攻していたそうだ。返り討ちに遭ったがな」
ロサイスの港から逃げていった数多の船こそがアルビオンに遠征しにきていたトリステイン・ゲルマニアの連合軍の敗残の群れだった。
レコン・キスタを打倒するため遠路遥々空の上までやってきた彼らは従軍していたルイズの虚無の力を借りて上陸に成功し、シティオブサウスゴータまで進軍していたという。
ロンディニウムを目指していた連合軍だがそこで足止めを食う破目になった。この時期、ハルケギニアにおいて新年を祝う降臨祭が催されるため一時休戦をせざるを得なくなったのだ。
「馬鹿じゃないの……敵地の中で呑気に祭だなんて……」
マチルダは短く鼻を鳴らしてこき下ろす。話を聞くと休戦はレコン・キスタの側から申し入れてきたそうである。
敵地で立ち往生するなど愚の骨頂だ。時間をかければかけるほど、敵が何かしらの策謀を行う時間を作らせることになってしまうのだから。
「仕方あるまい。奴らもそうなるように仕向けたらしいからな」
レコン・キスタは事前にシティオブサウズゴータから食糧・物資を全て取り上げていたという。
それにより連合軍は敵地での補給ができなくなった上、民心を得る目的もあって住民に自分達の兵糧を分け与えることになった。それによって消耗したため本国から物資の補給までしなければならなくなったのだ。
どの道、足止めされてしまうことに変わりない。連合軍に選択の余地はなかったのだ。
「焦土戦術ねえ……レコン・キスタもよくやるわ……」
「所詮、自分の国の民など道具に過ぎんということだ。どちらの世界でもな」
十日ばかりも続いた祝いの祭が終わりを告げると同時に、それまで勝ち続けていた連合軍に想像を絶する凶事が襲い掛かった。
突如として駐屯していた大多数の連合兵達が反乱を起こしたのである。
思いもしなかった異常事態に連合軍は大混乱に陥り、完全に瓦解。さらに追い討ちをかけるかのごとくレコン・キスタの主力軍までもが迫ってきたことで撤退を余儀なくされてしまった。
形成を逆転され、六万もの大軍は反乱により一気に半減し、アルビオン軍本隊と合わせた七万もの大軍に追撃されるという最悪の状況にまで発展したのである。
連合軍は目を覆いたくなるようなこれらの悪夢と現実を、スパーダ達がこの世界へやってきた前日に味わったのである。
「でも、何でいきなり反乱なんか……」
「シェフィールドが街の水源に魔法の毒を流し込んだらしい。恐らく、アンドバリの指輪だろう。水の精霊の力の痕跡があった」
スパーダは災厄の始まりであるシティオブサウスゴータに立ち寄っており、そこの井戸水に細工が施されているのを知ったのだ。
恐らく、反乱を起こした連合兵達はその水を飲んだためにアンドバリの指輪の力によって心を操られ、レコン・キスタの意のままに動く人形へと変えられたのだ。
「ま、奴らなら毒を一服盛るのもやりかねないわね……」
どんな卑劣な手段を用いるのも躊躇わないレコン・キスタなら敵を倒すためなら平気で都市一つを壊滅させようとするだろう。
人道的にはともかくまさに自分達の庭であるという地の利を活かし、かつ効率的に戦わずして自分達に被害も出さずに敵に大損害を与えられる最良の戦法である。
「で、負け犬の連合軍はロサイスまで逃げてきたわけ」
「うむ。ルイズを犠牲の羊にしてな」
ロサイスまで逃げ延びた連合軍だったが七万の敵軍の追撃は続いており、このままでは全軍がアルビオン大陸から退却しきるまでに追いつかれてしまう。
そこで連合軍の司令部はルイズに命令を下した。その内容は残酷極まりないものだった。
――ロサイスの郊外から敵陣の間で敵を待ち構え、魔力が尽きるまで虚無を敵に放ち続けろ。撤退も降伏も認めない。
つまり自分達が逃げる間、死ぬまで敵を足止めしろと命令してきたのだ。早い話がルイズを捨て石にしたのである。
「は? 一人だけで七万を相手に死守しろなんて、馬鹿じゃない。頭おかしいんじゃないの?」
「相当に切羽詰まっていたのだろう。強大な力を拠り所にしていると知恵も働かなくなる」
デルフから話を聞けば、ルイズの虚無の存在を連合軍の上層部は知っているそうだ。
こちらの世界でもルイズは虚無に目覚めていたこと自体はスパーダにとってそれほど驚くことでもない。そもそもここにいるデルフは虚無のことを話そうとはせず、『娘っ子の魔法』という表現でしか話さなかったのだ。
「どうやらこちらではウェールズが死んだらしい」
こちらの世界でのアンリエッタも女王に即位していたが、アルビオンの皇太子ウェールズは既に亡くなっていた。
アンドバリの指輪の力で生ける屍として蘇り、自分達の世界でも起こったアンリエッタ女王誘拐事件の主犯となったらしい。
どうやらトリステイン・ゲルマニア連合軍の遠征もアンリエッタが積極的に推し進めて行われたようだ。
そのためにルイズの秘密も連合軍上層部に漏らされていたらしい。
「恋人を殺された復讐、ってところかしら」
「かもしれんな」
それは自分達の世界でも起こり得る可能性があった。愛する者を失った悲しみと怒りから復讐に狂い、全面戦争をも辞さないだろう。
あり得たであろう別の未来がこちらの世界では実際に起きているのだ。
「ところで、あなただったらどうやって七万の相手を食い止める?」
マチルダは唐突にそう切り出した。
魔剣士スパーダであれば七万の人間の大軍など剣一本で一蹴するのも容易いだろうが、悪魔の知恵ならばどう対処するのか興味があったのだ。
「君のような土メイジが2~30人ばかりいれば充分だな」
シティオブサウスゴータからロサイスまでは一本の街道で繋がっており、最短距離で進軍するならルートはこの一つに絞られる。
ロサイスまでの街道に間を空けて最低でも三つの迎撃線を設定し、そこで罠を張ったりゲリラ的に奇襲をして時間を稼ぐのがベターだ。
土のメイジの魔法で街道の地面を沼地に変えたり落とし穴を作ったり、錬金で作った油を林道に撒いて火攻めにしたりと様々な罠が用意できる。
この罠の存在に気付いた敵軍は警戒したり罠の除去も行うために進軍を緩めたり、街道から逸れて迂回したりすることを余儀なくされる。
これだけでも物理的、心理的にもかなりの時間を稼ぐことができるだろう。
巨大なゴーレムで不意打ちを仕掛ければ、実際にマチルダが行った時のように混乱も巻き起こせる。
「ついでに迎撃線から計算して迂回すべきルートにも罠を張っておけばおまけが付く」
無論、これら工作部隊が退却できるよう、罠を短時間で張り巡らす移動も兼ねて竜騎士隊も同行させておけば万全だ。
……とはいえ、スパーダがあれこれ考え付いた所ですでに意味はない。
ルイズを捨て石にした連合軍の司令部はそもそも逃げることしか頭になかったので、作戦を考えたり知恵を絞る余裕などなかったのだ。
「ふうん……軍のお偉方とは大違いね」
スパーダの語った戦術論の洗練さに満足そうにほくそ笑んだマチルダはパチパチと小さな拍手を送った。
◆
「それにしても、あのボウヤがヴァリエールのお嬢ちゃんの使い魔ねえ……」
悪魔でも幻獣でも動物でもない、ただの人間……しかも平民が召喚されてしまったことにマチルダは溜め息を吐く。
何故、この世界ではサモン・サーヴァントがただの人間を使い魔に選んだのかまるで理解できなかった。
「ガンダールヴのルーンにしてみれば器になる人間など誰でも構わんからな」
冷めた口ぶりでスパーダはグラスに注がれたワインを一口啜る。
「で、結局どうしてあのボウヤが代わりに殿なんか引き受けたの?」
「さてな」
その件に関してはデルフも決して話そうとはしなかった。
一つだけ言えるのはあの少年は自分の大切なものを守るべく戦ったということだ。
命令を無視してルイズと共に逃げることもできたにも関わらず、彼自身の意志で他者を守るために戦うことを選んだ
それが使い魔のルーンによって突き動かされたのだとしても……あの戦いでスパーダが感じた少年の魂とルイズへの想いはまごうことなき本物だったのだ。
「待って……あのボウヤがヴァリエールのお嬢ちゃんの使い魔なら、あなたは?」
「この世界に私はいない。そういうことだ」
腑に落ちない顔をしたマチルダにスパーダは感慨もなくそう告げる。
ルイズがあの少年を使い魔にした……それはとりもなおさずこの世界線におけるスパーダがこのハルケギニアに存在しないことを意味していた。
別の世界の自分がどうしているかなど興味は無かったが、ただ一つ判るのは元いた人間界で放浪しているか、既に死んでいるかのどちらかである。
「付け加えれば、このハルケギニアには悪魔すら存在しないらしい」
スパーダは二週間の内にこのハルケギニアが魔界の干渉を受けていないことを悟っていた。
元いたハルケギニアではただそこにいるだけで魔界の影響を受けている世界特有の気配や魔力の流れといったものが感じられたのだが、ここではそれが一切ないのである。
魔界に狙われていたかつての人間界や元の世界線のハルケギニアとは全く異なる、穢れの無い澄み渡った空気というのはスパーダにとっては初めての体感だ。
「私はこの世界で唯一無二の希少種、ということだな」
自嘲めいてスパーダは僅かに口元を綻ばせた。
実際にはスパーダただ一人という訳ではない。今、この場には彼を含めて五体の悪魔達が存在しているのだ。
「悪魔がいない? それじゃあ、こっちのレコン・キスタは?」
マチルダが怪訝そうにするのも無理はない。元の世界でのレコン・キスタは大悪魔であるアビゲイルが裏で糸を引いていた。
悪魔に唆され、その後ろ盾によってこそ存在理由があったのに、悪魔がいないこの世界でもレコン・キスタが存在するというのが釈然としなかった。
「シェフィールドが仕切っていたらしい。とはいえもう既に壊滅済みだ。あの日にな」
新たなワインをグラスに注ぎながらスパーダはあっさりと告げた。
二週間前にウェストウッドを離れて最初に立ち寄ったのは自分達が最初に立っていたロサイスの港町だった。
そこで目にしたのはレコン・キスタが奪還した司令部の建物が夜空を覆い尽くす大艦隊の放火を浴び、灰燼に帰す所だった。
それはガリア王国の艦隊だった。レコン・キスタは何やら中立のガリアと密約を交わしていたそうで、本来ならレコン・キスタ側に参戦して連合軍を挟撃するはずだった。
だが実際にはガリアはあっさりと裏切り、レコン・キスタの指導者たる神聖アルビオンの皇帝クロムウェルはガリアからの峻烈な挨拶によってこの世から永遠に別の世界へと旅立ったのだ。
スパーダは混乱の中、他に生き残っていたレコン・キスタの幹部の一人を捕まえ、ネヴァンの力を借りて知っていることを洗いざらい喋らせたのである。
「ざまあないわね……」
ふん、と鼻を鳴らしてマチルダは低く呟く。
世界は違っても、憎き相手が朽ち果てた事実には溜飲が下がるというものである。
これと同じことを自分達の世界でも成し遂げたいものだ。その日が来るのも近い。
「所詮、どちらの世界でもレコン・キスタはただの傀儡に過ぎんという訳だ」
「で、シェフィールドって奴は?」
「クロムウェルがロサイスに来る前に姿を消したらしい。十中八九、ガリアの手先だろうな」
裏で糸を引いていた者は違うとはいえ、どちらの世界でもガリアが関わっているのは間違いない。ただ、こちらの世界の方が完全な黒幕と言えるだろう。
自分達の世界でも何かしら暗躍を行っているのは確かで、しかも悪魔までもが関与している以上はこちらの世界よりも脅威なのである。
◆
「――痛てっ! 痛ででででででっ!」
突如、響き渡った絶叫にマチルダは思わず振り返った。
ティファニアが入っていった寝室には彼女を含めて二人しかいないはずである。
その意味をすぐ察した二人は部屋の方へ向かい、扉を開け放つ。
「だ、大丈夫?」
目の前にはティファニアの背中が立ち塞がっていた。
心配そうに彼女はベッドの方へ声をかけており、今までその上に眠り続けていた主が体を起こしている姿が目に入る。
上衣を脱がされた黒髪の少年は体中に包帯が幾重にも巻かれており、見るからに痛々しい姿だった。
何しろ一度は死んでいたのだ。体に刻み付けられた傷と痛みは生の証とはいえ、それだけに苦痛も激しいだろう。
「……ここどこ? 俺、大怪我をして……それで……」
部屋を見回す少年は覚醒した直後もあってか混乱しているようだ。
最後に意識があったであろうは戦場の中で、次目覚めればいきなり別の場所に運ばれているのだから無理もない。
「何とか助かった……みたいだな……ははは……」
自分の体を見つめて乾いた笑いを浮かべだす。自分自身が生きていることの実感を身にもって感じているらしい。
「良かった……目を覚ましたのね」
ティファニアがおずおずとしながら声をかけ、彼の元へそっと近づいていく。
スパーダ達は入口に立ったままだったが、マチルダだけは剣呑な表情で状況を見守っていた。
少年はティファニアの存在に気が付き振り向くと、呆然としたように彼女を見つめていたが少し驚いたように後ろに仰け反ったからだ。
マチルダが聞く所によると、彼女はトリステイン・ゲルマニア連合軍が侵攻している最中にも負傷した竜騎士達を指輪の力で助け、エルフの象徴である耳を目にして怖がられたという。
「あ、あの……安心して。何にも危害を加えたりしないから怖がらないで」
ティファニアの側も緊張した様子で少年を宥めようとする。
ハーフとはいえ、エルフの血を引くティファニアは世間では畏怖される存在。
この少年も同じだと言うなら……。
「え? ああ、いやいや! 違うんだよ! ……いきなり、目の前に綺麗な女の子がいたもんだからさ。ちょっとびっくりしちゃって」
慌てながら答える少年の言葉にティファニアはおろかマチルダでさえも目を丸くした。
ただ怖がったりしないならまだしも、初対面の相手にそんな言葉を平然と口にするとは。
「本当に驚いてない? この耳を見ても?」
ティファニアは他者とは異なる自分の耳を指して尋ねるが……。
「耳? う~ん……そりゃあ、普通の人とは変わってるけど……でも、ドラゴンとかオーク鬼とかに比べりゃ全然怖くないよ」
少年の平然とした感情は上辺などではないらしい。本当にティファニアがエルフであることを恐れていないようだ。
というより、この村の子供達のように何も知らないとばかりの雰囲気である。
「心配はなさそうだな」
スパーダがマチルダの耳元で小さく呟く。
エルフの存在を目にしてもここまで平然としていられる人間など初めて目にすることにマチルダは驚いた。
いや、正確にはここにいるスパーダもそうなのだが、彼はそもそもそういったしがらみには興味がないし、何より人間ではない。
「ここ、どこかの宿屋なのかな? 俺、確か戦場にいたはずなんだけど……」
「大丈夫よ。ここはわたし達の村だから。マチルダ姉さん達があなたを助けてくれたの」
ティファニアが微笑みながら入口に立つ二人の大人の方を見やった。
「あんた達が、俺を?」
「ま、単なる行きずりさ。気にしなくて良いよ」
小さく溜め息をついてマチルダはベッドの方へ歩み寄る。
この少年はこちらの世界では土くれのフーケを捕まえた張本人。今はフェイスチェンジで顔を変えたままだが、これを解けばきっと大騒ぎになっていたに違いない。
スパーダの言う通りにしていて正解だった。
「……そっか。でも、あんな大軍の中からどうやって……」
少年はスパーダの方へ視線を移すと途端に絶句していた。
何やら何かに目を奪われている様子だった。その視線はスパーダの左腰へと注がれている。
「すげえ! 日本刀だ! なあ、あんた! それ日本刀だろ!?」
いきなり目を輝かせた彼は飛び上がりそうな勢いで歓声をあげだす。
少年はスパーダが持つ閻魔刀をはっきりと指してきたのだ。所有者本人も視線を追うように自らの愛刀へと視線を落とした。
(こいつ……日本人か?)
ニホン――それはスパーダも記憶がある国の名で、元いた人間界に存在するものだ。
アジア大陸の遥か極東に位置する島国であり、世界各地を放浪していた中で何度か来訪したこともある。
初めて訪れたのは600年近くも前に中国との貿易を介した時で、最近では200年ほど前にキリスト教の布教を行っていたオランダの宣教師、フランシスコ・ザビエルの船に同船した時に久しぶりに訪れていた。
その国はヨーロッパといった主立った諸国とは違う独自の文化が築かれた異国であったことをよく覚えている。
サムライという剣士や独自の剣術などが存在し、閻魔刀で用いている居合の剣術も元は彼らと共に身に着けたものなのだ。
しかし、100年ほど前に当時の政権がキリスト教の弾圧を行い、それに絡んで起きた内乱を発端にした国交断絶の政策を執り行って以来、訪れてはいない。
それでもスパーダにとっては強い思い入れのある国である。
「あんた日本人……なわけねえよな。ってことは……あんたも俺と同じ地球から来たのか?」
「チキュウ?」
「いや、でもあんたの格好はこっちじゃ時代遅れだもんな。それじゃあメイジ……いや、でもメイジなら剣なんて持ってないはずだし……」
ティファニアもマチルダも少年の言葉に意味が分からないとばかりに首を傾げる。
言われてみれば確かにこの少年の顔立ちや肌の色も日本人と呼べるものだった。
だが、着ていた服もそうだが印象も明らかにスパーダが最後に来訪した頃の時代ではあり得ないものである。
と、なれば考えられることは……。
「う~ん……。そうだ……デルフ、デルフに聞いてみないとな! なあ、デルフ……俺の剣はどこに――」
考え込んだ末に少年はベッドから降りようとするが……。
「あぐっ! っがああああっ……!!」
途端に苦痛に顔を歪めて激しく悶え始めたのだ。
「まだ駄目よ、無理に動いちゃ……」
慌ててティファニアが傍によって彼の体を支えようとしたが……。
「きゃあっ!?」
大きくよろめいた少年と一緒にティファニアも床に倒れ込んでしまった。
「……っ!?」
「あ、あう……」
マチルダは目の前の光景に息を呑んだ。
少年はティファニアの体の上に覆い被さるように倒れ込み、床に突っ伏していたのだ
下敷きになるティファニアは困惑した様子でもがくが、少年の体から抜け出せないでいる。
当の本人も苦痛の呻きを漏らしたまま、まともに動くことができない。
「うわあっ!?」
突如、少年の体が引っ張られるようにして宙へと持ち上げられた。
「このガキ!! テファに何するんだい!」
杖を手にしていたマチルダが怒りに顔を歪めて叫んだ。
猛烈な勢いで少年の髪を掴みだすと、そのまま壁に押し付け、杖を握り締めたままの拳を顔面に叩き込んだのだ。
「ぶっ!? ぶぁっ!」
一発、二発、三発……打ち付ける度に骨と肉がぶつかり合う鈍い音が響く。
世界は違えど、大切なティファニアに手を出され――不可抗力な不慮の事故ではあったが――怒りに我を忘れるマチルダは渾身の力で少年の顔を容赦なく殴り続けた。
「そこまでだ。死ぬぞ」
横からスパーダが振りかぶった手を掴み、制止する。
何度も殴打された少年の顔は見るも無残な有り様になっていた。もう数発で本当に二度目の死を迎えていただろう。
肩を上下させて息をするマチルダは怒りが収まらないとばかりに興奮し続けていた。
少年が床に崩れ落ちると、スパーダは取り出したバイタルスターをかざす。
生命力に溢れた光が彼の体を包み、折れた鼻も元通りになる。
ティファニアは床に座り込んだまま、唖然としながら固まっていた。
部屋の入口では子供達がいつの間にか集まり、同じく目の前で起きた壮絶な場面に血の気が引いていた。
◆
結局、再び気を失った少年は未だベッドの上で眠り続けていた。
マチルダの怒りの鉄拳が効いたのだろう。昼を過ぎても一向に目覚める気配がない。
隣の居間でスパーダは取り出したルーチェを指で回したりして暇を持て余している。
ティファニア達は庭で子供達と一緒に遊んでいる。どうやらマチルダがまたアルテミスを遊び道具にしているらしい。
時折スパーダは少年の様子を見に部屋に出入りを繰り返していた。何度目になるかは覚えていないが、少なくとも10回は見に行っているはずである。
ルーチェをしまうと再び部屋の方へ歩き出し、扉を開けてみると……。
(あれは……)
スパーダの目の前にはこれまでとは異なる光景が映りこんでいた。
少年の枕元……そこには見覚えのある光り輝く鏡のようなものが浮かんでいるのだ。
「ねえ、ギーシュ。一体、どうなったのよ?」
光の鏡からは若い女の声が聞こえていた。
スパーダも見知った人間の気配と魔力が三つ……鏡の中から感じられるのだ。
何より発せられた声の中にあった名前と同じ人物をスパーダは知っている。
「ああ……なんてことだ。残念だよ……とても残念な男を失くした……サイト……僕は君のことが結構好きだったのにな……」
無念そうな若い男の声が聞こえる。それは先の女が口にした者のものだった。
「ルイズ……」
最初と同じ声が誰かを気遣い、心配するような声を発する。
鏡の方へ歩み寄ったスパーダはじっと光の中を覗き込んだ。
「扉よ……閉じて」
光だけしか見えない中、別の少女の声と共に光のゲートは薄れるようにしながら消えていく。
(そういうことか……)
最後に聞こえた声には明らかな失意と絶望で彩られていたのをはっきり感じ取っていた。
「んん……誰だよ……? 何だよ、あんたか……」
跡形も無く光が消え去った直後、少年は目を覚ました。
目を擦りながら体を起こした彼の目の前にいるのは銀髪の貴族ただ一人だけだ。
「誰かここにいたのか? 話し声が聞こえたんだけど……」
「いいや」
スパーダはにべもなくそう告げた。
別に嘘は言っていない。確かに、『ここには』自分達以外に誰もいないのは間違いないからだ。
「そっか……気のせいかな。最近、やたらと光る夢ばかり見るんだけどな……」
寝ぼけている少年にとっては自分の周りで起きたであろうことも夢としか認識していないのだろう。
本人がそう思うならそれで良いし、スパーダ自身も別に起こったことを自分から言うつもりはなかった。
自分が逃がしたパートナーが彼を探そうとしていると告げた所で、それを示す方法はスパーダにない。
「おお! すげえ! オートマチックの銃じゃん!」
徐に取り出したルーチェの銃を指先で弄んでいると、閻魔刀の時と同じように少年はまたもや目を輝かせていた。
ルーチェ、オンブラを最初に手にした時に同封されていたマキャヴェリの手紙に確か、そんな名称の理論やメカニズムが記されていたようなことをスパーダは少しだけ憶えていた。
「こっちじゃ火打ち式の奴しか見たことなかったのに……やっぱりあんた、俺と同じ世界の人なんだな!」
「お前、日本人とか言ったな? 最後にいたのはいつか、憶えているか?」
「え? ええと、確か……二千――」
「あ、起きたのね。良かったわ」
言い切る前に扉が開けられ、ティファニアが中を覗き込んできていた。
「お腹、空いてるでしょ? ご飯を持ってきたの」
パンとスープの乗った盆を手に彼女は入ってきた。自分達は既に昼は済ませていたが、少年の分も残しておいたようである。
――グウウウウゥゥゥゥ……。
「あ……」
はっきりと少年の腹の虫が鳴りだした。
二週間近くも眠り続けていた彼は当然、何も口にしていない。相当腹を空かしているはずである。
目の前に食べ物がある以上、それを体が求めようとするのは当然だ。少年は渡された食事をベッドの上で貪るようにかき込みだした。
「んっ……ぐっ、ぐっ……」
「あ……こ、これを……」
案の定、パンを喉に詰まらせてしまいティファニアが慌てて水の入ったコップを差し出していた。
その光景をスパーダは隣で黙ったまま見届け続けていたが、落ち着いてきた所で語り掛ける。
「そういえば、まだ名を聞いていなかったな」
そう。一番重要な彼の名前をまだスパーダ達は知らないのである。
「才人……平賀才人っていうんだ」
水を飲み干しながら、少年は答えた。
紛れもない、日本人ならではの姓名であった。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定