魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Another Mission <獣の首-Saito's Sword> 中編

 

「あ……で、その……さっきのことなんだけど……本当にごめん! いきなりあんなことになっちゃって……悪かった! ごめん! ごめんなさい!」

ティファニアの方を振り返る才人は心底申し訳なさそうにベッドの上で深く頭を下げていた。

アクシデントとはいえ自分が彼女にしでかしたことを思い出した途端、後ろめたい気持ちが一気に湧き上げてきたのである。

「あ……いいのいいの! 気にしないで! マチルダ姉さんもちゃんと許してくれたから……」

いきなり謝罪を受けた本人もあたふたとしながら苦笑を返すばかりだった。

「それよりあなたの方こそ大丈夫? ずっと気を失ってたし……」

「そういや、あんなに殴られたのに……っていうか……」

才人は包帯が巻かれたままな自分の体をまじまじと見つめだす。

起きだした直後は猛烈な疲労感に加えて、まともに体を動かそうとしただけで激痛が走ったというのに……。

「何か、すっかり体が良くなっちまったみたいだ。一体、どうなってんだ?」

肩や腕を回したり、軽くストレッチをしてみても何ともないどころか、妙に心地が良いのを実感できるのだ。

数時間前までが嘘のように思えるほど、自分の体が全快していることが才人には不思議でならなかった。

(さっきの……)

ちらりとティファニアはスパーダの方へ視線を移す。

スパーダが使った失神した才人の傷を治すのにバイタルスターの効力であることは明らかだ。

 

「それだけ動けるならもう心配はいらんな」

「ひょっとして、あんたが治してくれたのか?」

「礼ならティファニアの方に言うのだな。お前の命を救ったのは彼女だ」

スパーダが微かに彼女の方を見やるとティファニアは照れたような顔で指先を合わせながら弄り回す。

だが才人には何が何やら分からない、と言いたげに顔を歪ませていた。

無理もないだろう。自分は戦場のど真ん中で死にかけていたはずなのに、目の前にいる少女と男がどうやって命を救い、ここまで連れてきたというのか。

考えれば考えるほど、才人の頭は混乱するばかりだった。

「二人とも命の恩人には変わりねえさ。難しく考える必要はねえよ」

突如、聞こえてきたそれは才人にとっては馴染みのある声だった。

声がしたのは自分のすぐ近く……ベッドの横に置かれた小さなテーブルに立てかけられる物を目にする才人は顔を輝かせた。

「デルフ!」

「よお、相棒。やっと目ぇ覚ましたみてえだな。良かった良かった……」

自分の愛剣にして戦友の姿に安堵する才人は思わず鞘ごと掴み取って膝に置いていた。

才人が再び気を失った後、スパーダはこの部屋にデルフリンガーを運び、元の所有者に返しておいたのである。

「なあデルフ。俺がずっと眠ってる間に何があったんだ?」

「まあまあ落ち着きなって。ちゃんと話してやるからさ」

 

デルフはまず、才人がアルビオン軍を相手に戦ったあの日から二週間が経っていることを伝えた。

それだけでも才人にとっては驚くべきことだが、語り続けるデルフの言葉の内容に絶句するしかなかった。

 

力尽きて失神した直後、この孤児院の村の経営者であるマチルダがゴーレムを操りアルビオン軍を混乱させたこと――

 

それに乗じて二人が敵陣へ突入して才人を回収し、この村の近くの森まで逃げてきたこと――

 

心臓が止まってしまった才人をハーフエルフのティファニアが先住魔法の力が込められた指輪の力で蘇らせたこと――

 

アルビオン軍はロサイスの港町でガリア軍の艦隊によって降伏に追い込まれたこと――

 

「そうだったのか……みんな無事に逃げられたんだな……」

「ああ。相棒はきっちり時間稼ぎができたわけだ。しかもこいつらまで乱入してきたとあっちゃ、もう追いつけやしねえ」

ずっと知らなかった事実を聞かされた才人は安心のあまり、大きなため息を漏らした。

そして、自分の命を救ってくれた恩人の少女へと小さな笑顔を向ける。

「ティファニアさん……だっけ? その、本当にありがとう。俺なんかのためにそんな大切なものを使ってくれたなんて」

「テファで良いわ。気にしないで。道具は使うためにあるんだから。……それに、マチルダ姉さん達が助けてくれていなかったらわたしだって何にもできなかったもの」

「あんた、一体何者なんだ? 俺と同じ世界の人ってのは確かみたいだけど……トリステインとゲルマニア連合軍の人なのか?」

もう一人の恩人の方を見やる才人は怪訝そうに眉を顰めだす。

 

「ただの通りすがりだ。アルビオンもトリステインも関係ない」

「通りすがりって……う~ん……でも、オスマン先生もそんな感じで昔会ってたって言ってたよな……」

かつて才人は世話になっていた魔法学院で、かなり昔に同じ世界の人間が迷い込んできたという話を聞かされたことがあった。

その時の話では結局、迷い人の詳しい素性はおろかどうやってハルケギニアに迷い込んだのかさえ分からなかったという。

「こいつは少なくともアルビオン軍じゃあねえよ。そこの所は安心していいぜ、相棒」

「ま、アルビオン軍だったら俺をそのまま殺してるもんな。少なくとも、敵じゃないってことだよな」

難しいことは才人には分からないものの、とにかくそれだけははっきりしている事実なのだ。

持ち前の楽天ぶりが発揮され、深く考えようとはしなかった。

「っていうか、あんた俺と同じ世界の人なんだろ? 一体、どこの国の……」

「イタリアだ」

短くそれだけをスパーダは答えていた。無論、適当に有名な国を口にしてみただけである。

元の世界では放浪をしているだけだったスパーダには特定の国籍など存在しない。

「イタリア人? 日本刀を持ってるくらいなんだから、あんた日本通なんだな。日本語だってすげえペラペラだし……」

楽しげに笑う才人を逆にスパーダは凝視していた。

 

(こいつ……自分が何を喋っているのか知らんのか)

本人はどうやら自分がどのような言葉を喋っているのか自覚していないようだ。

変な訛りではあるが、才人もハルケギニアの言語を口にしているのである。

だが才人はスパーダですら話しているハルケギニア語も自分の国の言葉として認識しているらしい。

(使い魔だった時の名残、か)

才人もメイジの使い魔としてこのハルケギニアへ呼び出された身だ。

使い魔となった者には人語を解する能力を与えられることもあるらしいが、もしかしたら才人もそれでハルケギニアの言葉を話しているのかもしれない。

 

「ようやくお目覚めのようね」

「マチルダ姉さん」

そこへ新たな見舞い人が姿を現していた。

扉の枠に肘を突きながら部屋を覗き込むマチルダは才人と視線が合った。

すると一気に彼の表情は気まずそうなものへと変わり、冷や汗が額に滲みだす。

「あ……その……ほ、本当にごめんなさい!! 俺、テファに、その……」

ベッドから飛び降り、床に頭を擦りつけて土下座をしだしたのだ。

才人の脳裏には怒りに燃えるマチルダの鬼気迫った顔が焼き付き、思い出した途端に恐怖が膨れ上がった。

「良いよ、もう済んだことさ。あたしもやり過ぎたからさ」

軽く手を振ってマチルダはあっさりと水に流した。

ティファニアは二人を交互に見比べながら困ったような顔で立ち尽くしている。

 

「で、あんたはこれからどうするんだい? その様子じゃちゃんと動けるんだろ?」

「はあ、まあ……」

「ロサイスからトリステイン行きの定期便が出るようになるまでまだ時間はかかるようだけど、トリステインに帰るのかい?」

マチルダとしてはあまりこのウェストウッドの村に才人があまり長居してもらうことを好まなかった。

ここは孤児達の村で、しかもティファニアという大きな秘密が隠された場所なのである。

もう戦争も終わり、才人には帰る場所がちゃんとあるはず。ならば、そこへ帰るのが道理だ。

「俺は……その……」

言葉に詰まる才人が立ち上がったその時である。

 

「きゃああああああっ!!」

突如、外から響き渡った甲高い悲鳴。

その声に真っ先に反応したマチルダは一瞬にして血相を変えて駆け出していく。

「リナの声……!」

ティファニアもまた同じく顔から血の気が引き、反射的にマチルダを追って飛び出していった。

 

 

「マチルダ姉ちゃん!」

幾人の子供達が大慌てで、外に飛び出てきたマチルダの周りに集まりだす。

「痛ぁい!」

「離せよぅ!」

「このガキ! 大人しくしろ!!」

マチルダは飛び込んできた光景に目を見開いた。

つい先ほどまで庭で一緒に遊んでいた子供達を二人、男が両手で捕まえ地面に押さえつけているのだ。

見れば粗末な鎧を纏った荒々しい男達が十数人ばかり出揃っているではないか。しかも全員、弓矢や槍を手に武装までしている。

この物々しい連中が何者であるか、土くれのフーケとして修羅場を潜ってきたマチルダにはすぐ窺い知ることができた。

「ジム! リナ!」

杖を抜くと同時にマチルダの背後でティファニアが悲鳴を上げた。

マチルダは腕を横に上げて前に出ようとしたティファニアを制し、彼らから隠すように庇う。

 

「おお、こりゃあすげえ上玉がいるじゃねえか。こんな小さな村に閉じ込めておくには勿体ないぜ」

「金貨にして2000はいきそうだな」

「それによ……へへへ……」

現れたティファニアの姿を見るなり男達は下品で野卑な笑いを漏らしだす。

やはり、こいつらはならず者の傭兵か盗賊といった連中だろう。しかも、人攫いまで生業にしているようだ。

(このクズども……)

別にこのような事態は初めてではない。元居た世界でもこの村には金目の物を目当てに迷い込んだ野盗達に襲われることは稀にあったのだ。

マチルダは自分が留守中でもこういった連中をティファニア達が自力で追い払えるよう、盗んできたマジックアイテムを残して撃退できるように計らっていた。

特に眠りの鐘を使えば即座に無力化できる上に、眠らせたまま追い払うといったこともできた。……だが、この世界のウェストウッド村にはそれがない。

(こんな奴らにバレでもしたらヤバイわね……)

咄嗟に隠したのでエルフの耳は彼らには見えなかったようだが、それでもこのままでいれば正体がバレかねない。

こんな連中にエルフの存在が知られればたちまちに吹聴して噂が広がっていくことだろう。

そうなれば、この村は元の世界と同じく……。

 

「何だよ、お前ら!」

才人までもが外に出てくると、目の前で起きている状況に声を荒げだす。

「うるせえ、ボウズ。命が惜しいんならすっこんでな」

「売り物になりそうな奴以外、用はねえ」

盗賊に押さえ込まれた子供二人は今も怯えて泣いていたり、その場でもがいて抵抗している。

才人は持ってきたデルフリンガーの柄に手をかけようとした。

「汚い手でその子達に触るんじゃないよ! とっとと失せな!」

凄みのある苛烈な声を上げたマチルダが杖を盗賊達に突きつけた。

その迫力は才人の手が思わず止まってしまうほどであった。

「てめえ、貴族か?」

「貴族がこんなしけた貧乏村にいる訳ねえだろ」

「落ちぶれのメイジか。気の強え姉ちゃんだこった」

相手が魔法を使うメイジだということを認識しても、盗賊達は怯む様子を見せなかった。

だがマチルダにしてみれば怖気づこうがしまいが関係のないことである。

 

「おっと! 動くんじゃねえ! このガキどもがどうなっても良いか?」

杖を握る手を動かした途端、押さえ込まれた子供達に別の盗賊がナイフを突きつけだした。

特に一番幼い女の子であるリナは鋭い刃が眼前に迫ったことでその顔は恐怖に染まり切っている。

「く……」

相手が数人程度なら問題ないが、さすがにこれらを一度に相手にすると魔法を一発使うだけでは制しきれない。

まず子供達を助け出さないと、どうにもならないのだ。

 

「やめろ! その子達を離せ!」

前に出てきた才人がデルフリンガーを抜き放ち、鞘を放り捨てた。

「相棒、やめとけ。今の相棒じゃ勝ち目はねえ」

「何でだよ! 命の恩人たちを見捨てられるか!」

握られるデルフの言葉に才人は憤慨する。

「いや、そうじゃなくて……相棒はもう伝説じゃなくてだな……」

困ったように口籠るデルフだが、いきり立ち興奮する才人の耳にはもう届いていなかった。

「なんだ? ガキに用はねえと言ったろうが!」

「てめえから先に死にてえか?」

「うるせえ!」

手元で得物を弄びながら睨みを利かせる盗賊達だが、才人も引き下がらずデルフリンガーを構えた。

だが盗賊達は小馬鹿にしたような目つきでせせら笑う。

「小僧、知ってるか? 俺達はな、つい二週間前までアルビオン軍に傭兵として雇われてたんだ」

「トリステインとゲルマニア連合軍を追撃する楽な仕事だったのに、ロサイスが目の前でって所で邪魔が入っちまったんだ」

「たった一人だ。そいつが無謀にも挑んできて七万の軍の足を止めたって話だ」

「ま、俺達はずっと後方にいたからよく知らねえがよ。てめえもそいつと同じ命知らずだぜ」

「それは俺のことだよ」

才人の発したその言葉に盗賊達は一瞬だけ沈黙し……一斉に爆笑した。

「何を大法螺吹いてやがんだ!? おめえみてえなガキに何ができるよ?」

「もう少しまともな嘘をつきやがれ」

実際に彼らはアルビオン軍を相手に暴れに暴れ回った才人の姿を目の当たりにしていないのだから、信じられないのは無理もない。

もし安全な後方ではなく、最前線にいればまともに才人とぶつかる破目になり、叩きのめされたことだろう。

七万の大軍を相手に獅子奮迅の活躍をした敵とここで再会することになり、手も足もでなかった勇者を前に恐怖から一目散に逃げだしていたに違いない。

「ま、そんな奴よりその後に現れたとかいうゴーレムやら化け物の方がもっと大騒ぎになったけどな」

「……うるせえ!」

「やめろ、相棒!」

デルフが止める暇もなく、才人は一気に駆け出した。

勢いのままに剣を振り上げ、一番先頭で立ちはだかる盗賊に斬りかかろうとしたが……。

 

「ぶっ……!?」

デルフリンガーを振り下ろそうとする寸前、相手は慣れた手つきで槍を操り柄頭で才人の腹を打ち据えたのだ。

内臓にも達しそうな強烈な一撃は、たったそれだけで才人に膝を突かせてしまう。

「あ……ぐ……」

「寝言は寝てからいいな。小僧」

デルフリンガーを杖にして蹲る才人を見下ろしながら盗賊は鼻を鳴らす。

激しい痛みがじわじわと残る腹を押さえたまま、才人は肩を上下させるほどに喘いでいた。

(おかしいな……何で、体が軽くならないんだよ。……デルフって、こんなに重かったっけ?)

苦しみの中で才人は激しく戸惑っていた。

ありとあらゆる武器を自在に使いこなす伝説の使い魔、ガンダールヴ……。

いつもなら剣を握っただけでまるで羽のように体が軽くなり、自分が思い描いたように体が自在に動いてくれるはずなのだが、今日は何故だか重りを装着されたように窮屈に感じられた。

心の震えに応じて、その力を最大限に発揮するなら興奮している今であれば、こんな盗賊など軽く一蹴するなど訳はない。

そのはずなのに体は思うように動かず、逆に自分が盗賊に軽くあしらわれてしまったのだ。

二週間も眠り続けていたから体が鈍ってしまったのだろうか? そのように才人は感じていた。

 

「どうした? 大見得切っておいて腰が引けたか?」

「手が震えてるぜ、小僧。ついでに足もな」

デルフリンガーを杖にしたままよろめきながらも何とか立ち上がった才人を盗賊達は尚も笑い飛ばしてくる。

その指摘は事実だった。構え直した才人の手も、痛みに耐えながらも倒れまいとする足も、プルプルと震えているのだ。

これはただの武者震いだ。そう自分に言い聞かせようと思ったが、そうではないことを薄々と感じ始める――

「……このおっ!」

だが才人はめげずに再び飛び掛かり、今度は横にデルフリンガーを薙ぎ払おうとするが……。

「うわあっ!?」

盗賊は槍の柄でデルフリンガーの刃をあっさりと受け止め、巧みに捌いて才人の手から弾き飛ばしてしまう。

さらに足元を払われ、呆気なく背中から地面に叩きつけられてしまった。

 

「死ね! アホが!」

「相棒!」

同じく地面に転がるデルフが叫ぶが、既に槍の刃先は才人の顔目掛けて突き下ろされようとしていた。

眼前に迫る刃に思わず目を瞑る才人だったが……。

 

――ダァン! ダァン!

 

「なあっ!?」

鋭い銃声が鳴り響き、盗賊達が驚く声がざわめいていた。

目を開けてみると、自分に迫っていた槍の穂が跡形も無く吹き飛ばされていたのである。

(あの人が……)

そのまま首を上に動かすと上下逆さになった視界の中、固まったままなマチルダの横から姿を現した男が銃を両手に構えている姿が見えた。

 

ルーチェとオンブラ、二つの銃を手にするスパーダの登場に盗賊達は呆然とした。

明らかに貴族と思しき格好の男が何故か平民の武器である銃を手にすることにも驚きだが、ただそこに立っているだけなのに発せられる威圧感は彼らから戦意を失わせていくのである。

当のスパーダはただ冷たい表情でじっと彼らを見据えているだけだった。

「……てめえ! そこを動くんじゃねえ! 動いたらこのガキどもが――」

「Do it.(やれ)」

スパーダが短く呟くと、隣のマチルダは即座に反応した。

騒動と混乱の隙を突いて密かに詠唱を続けており、盗賊全員分に合わせて一つずつ溜めていた錬金の魔法を一気に解放する。

 

「なっ……!」

盗賊達の手にする得物は次々と光に包まれ、瞬く間にただの砂と化して崩れ落ちていったのだ。

元の世界でアルビオンでの諜報活動を続ける中、悪魔達と幾度も交戦していたおかげでスクウェアへと成長したマチルダには容易い芸当だった。

「ぶうっ!? ムグ……! ムグ……!」

さらに子供達を押さえつけている盗賊の顔面を土くれが覆い被さり、視界も息も塞いでしまう。

「今だよ! 逃げな!」

土くれを剝ぎ取ろうと子供達から手を離したのを見てマチルダは叫ぶ。

泣き顔の子供達は保護者の元に駆け寄ってきたが……。

「うぁ……!」

「それ以上何かしてみやがれ! さもねえと、こいつをぶっ殺してやる!」

倒れたままだった才人が足蹴にされ、その喉笛が踏みつけられた。

このまま相手が足に力を入れるだけで才人は再び命を失い、今度こそあの世行きになる。

マチルダは舌打ちをするが、スパーダは涼しい顔のまま銃を収めていた。

 

「……テファ?」

閻魔刀の柄に手をかけようとしたその時、背後から透き通った声が響きだす。

マチルダが困惑するのをよそに、いつの間にか杖を手にしていたティファニアは緩やかに歌うような調べで呪文を唱えていたのだ。

その自信に満ちた態度は保護者であるマチルダでさえ見たことのない姿だった。

「この野郎! 聞こえねえのか! 余計なことをするんじゃ――」

激高する盗賊達だが、ティファニアが静かに杖を振り下ろすとその全身が光に包まれていった。

やがて光は無数の粒となって飛散するが、その下から現れた盗賊達の表情はそれまでの野蛮で凶暴なものが打って変わり、まるで魂が抜けてしまったかのように毒気を抜かれて放心している。

「……あれ? おれたち、なんでこんなとこにいんだろ?」

「……ここはいったい、どこ? いったい、なにしてたんだっけ?」

「あなた達は森に迷ったのよ。真っ直ぐ引き返せば街道に出られるわ。そこから北に行けば街につくから」

呆然と狼狽える盗賊達にティファニアは臆した風も無く語り掛けだす。

「ああ、そうか!」

「ありがとよ、おじょおちゃん! げんきでなー!」

やけに棒読みな口調で能天気になった盗賊達は何の疑いも抱かずに素直に聞き入れていた。

足元の才人にさえ気づかず足をどかし、そのまま元来た道をふらふらとした歩調で引き返していく。

 

「テファ……」

「大丈夫。あの人達の記憶を消したから。街道に出る頃にはこの村のこともちゃんと忘れているはずよ」

目を丸くするマチルダにティファニアは微笑みかけた。

「さすがテファ姉ちゃん!」

「マチルダ姉ちゃんもすごいや!」

子供達は歓声を上げて二人にじゃれついていた。

巻き起こった光景に唖然としかけたマチルダだったが、目の前にある笑顔にやがて自分も同じ表情を浮かべていた。

守るべき子供達は全員、無事であるというこの確かな現実が彼女の心にあった戸惑いを一気に吹き飛ばしたのである。

 

「生きてるな」

一方、スパーダは倒れたままな才人へと歩み寄っていた。

「ああ……なんとか……」

身体を起こす才人は踏み躙られていた喉を擦りだす。

「本当にどうしちまったんだろ……いつもだったら、自然と体が動いてくれるのに」

座り込んだまま両手を見つめる才人は虚しそうに溜め息をついていた。

「いや、だからさ、相棒……自分の左手を見てみなよ」

「左手?」

転がったままのデルフが困ったように言い淀むと才人は手をそのまま裏返しにし……愕然とした。

 

「……ルーンがねえ!?」

自分の左手の甲に刻まれているはずであった伝説の使い魔・ガンダールヴの証であるルーン。

それがまるで初めからそこに存在しなかったかのように、跡形も無く綺麗に消え去っていたのである。

「何でだよ……何でルーンが無いんだよ!?」

目を凝らしても手で擦ってみても、何も変わらない。

自分の身に起こった非情な現実に才人はただひたすら衝撃を受けるしかなかった。

その様を横で見届けるスパーダは冷たい視線を何も存在しない彼の左手へと向けていた。

 

 

その夜、夕食を済ませたティファニアは子供達を各々の家に帰すとスパーダと才人に身の上話を語っていた。

最初は話すべきか本人も迷った様子だったが、マチルダは「自分で決めるんだね」と答えたことで話すことを決意したのである。

話の内容は、以前もスパーダが聞いたものと概ね同じものだった。

そもそもこのウェストウッド村に隠れ住んでいる以上、ティファニアという人物の身に何があったのかは想像がつく。

 

つまり、自分の父であるモード大公をアルビオンの国王によって殺され、エルフである母もまた娘を守るために命を散らした。

そして父の家臣であったマチルダによって救われ、この村に隠れ住むようになったのである。

その話を初めて聞くことになった才人は神妙な様子で聞き入り、スパーダもまた改めて一人の少女の不幸を憐れんだ。

だが世界が違う以上、やはり若干だがその展開には差異が見られた。

 

「あの子はわたしが知ってるテファとは違うのね……」

話を全て聞いた後、マチルダはスパーダにそう呟いた。

元の世界のティファニアは刺客の兵士に追い詰められた時、自らの魔法で彼らをこの世から文字通りに消滅させることで難を逃れていた。

だが、こちらの世界では兵士達の記憶を奪うことで助かったのだという。

どちらの世界でもその直後にマチルダに保護された展開は同じだったが、元の世界でのティファニアはそれ以来自分の魔法が人の命を奪ったことがトラウマになってしまい、自分の力を恐れるようになってしまった。

逆にこの世界でのティファニアは自らの魔法を使うことに何の抵抗もない様子で、そのためか性格も微妙に気丈な雰囲気が感じられるほどである。

 

そのギャップがマチルダには複雑な気分であったが、それでも変わらない想いがある。

「世界は違っても、ティファニアはティファニアよ」

そう。生きる世界は違えど、目の前にいるのは自分が守るべき大切な者だという事実だ。

ただ自分の力を恐れていないというだけで、本質的な部分は何も変わらない。ましてや自分の力に驕ったり、溺れるような凡庸なメイジ達のようにもなっていないのだ。

 

自らの不思議な魔法の正体を彼女自身は知らない様子だったが、スパーダにはよく分かる。

デルフリンガーも――こちらの世界も元の世界も――恐らく察しているだろうが、当人は空気を読んでるのかそれを話そうとはしなかった。

そのデルフリンガーの所持者である才人は今、気分転換ということで家の外に出ている所だった。

 

ティファニアとマチルダを残してスパーダも外に出てくると、庭先でぽつんと座り込んでいる才人を見つける。

膝に腕を置きながら切り株の椅子に腰かけ、隣にデルフリンガーを立てかけたまま黄昏れる才人は自らの左手を見つめていた。

 

――ああ……剣としての俺様……懐かしいぜ――

 

「奴らに負けたのが悔しいか」

微かに脳裏に響きだしたざわめきを無視し、スパーダは声をかけた。

「あんたか……。うん、それもあるけどさ……」

振り向いた才人は切なそうな顔で微かな苦笑を浮かべていた。

「ガンダールヴのルーンを失ったことが惜しいか」

「あんた、ガンダールヴを知ってるのか?」

スパーダが口にした言葉に才人は驚き目を見張る。

このハルケギニアの住人でさえ知る者は極僅かだというのに、自分と同じ世界の住人である彼が知っていることに驚きを隠せなかった。

「お前の左手から消えるのを見たからな。それに私もここで暮らすのはそれなりに長い。多少のことは色々と調べている。お前がルイズの使い魔だったことも分かっている」

そこまで難なく語ったスパーダに今度こそ才人は驚愕し、絶句していた。

「アルビオン軍との戦いで名を叫んでいただろう。トリステイン王国の大貴族、ラ・ヴァリエール家の三女のことだな」

「そっか……あんた、そこまで知ってるんだ」

溜め息を漏らしながら才人ははっきりと苦笑する。

この男もあの戦場を通りすがって自分を助けたということは、あの時の叫びをはっきり聞いていることもすぐに理解できた。

自分と同じハルケギニアの住人ではないのに、それどころか逆にこの世界のことなら何でも精通していそうな雰囲気はさすがの才人も息を呑んで尊敬してしまいそうだ。

 

「俺……ルイズの使い魔としてこの世界に召喚されたんだよ」

いつの間にか才人は自分のことをスパーダに語り始めていた。

魔法学院で行われた春の召喚の儀式でルイズに召喚され、使い魔になったこと……伝説のガンダールヴとして今まで手助けをしていたこと……。

そして、そのガンダールヴを失った深い喪失感……。

「何ていうか……ずっと自分の一部だったものがなくなって……自分が自分でなくなっちまったみたいな感じでさ……」

何度目になるか分からない溜め息をつく才人の隣でスパーダは黙って言葉に耳を傾けていた。

 

「なあ、デルフ。もう一度、ルイズと契約する訳にはいかないかな?」

「そりゃ難しいな。なにせ、相棒は一度は死んだ身だからね。それに本来、メイジとの契約っつうのは一生に一度が原則だ。二回も契約をしたらどうなっちまうか分からねえ」

そこまで語ったデルフだが才人は諦めきれないような苦い顔を浮かべていた。

「でもこれですっきりしたんじゃねえか。使い魔じゃなくなったってことは、お前さんはもう自由なんだ。主人の命令に従う必要もないし、文句も言われない」

「そりゃそうだけど……」

話を聞く限りではこちらの世界でのルイズと才人の関係は微妙なものだったようだ。

スパーダはルイズのパートナーとして対等の関係を築いていたが、この才人はルイズの従者というような扱いだったらしい。

 

――あっちの娘――性格悪かったのかも――あいつを召使い――扱き使ってた――

 

――何――性格悪――ょ!――

 

「お前はガンダールヴの力が欲しいのか? そのためだけにルイズの使い魔になりたいのか」

二つの微かなざわめきを聞き流しつつスパーダは問いかけた。

「違うよ……そうじゃなくて……その……」

「あんな力を手に入れても何の価値もない」

言葉に詰まる才人にスパーダは冷たく言い捨てた。

あまりにきっぱりそこまで口にするスパーダにさすがの才人も顔を上げて怪訝そうに見つめていた。

「おいおい。ガンダールヴを無価値とは言うじゃねえか。お前さんも見ただろう? 相棒は七万の敵を前にあんなに暴れ回ったんだぜ?」

「違うな。才人はガンダールヴに使われていたに過ぎん」

冷たくも厳しい言葉を返され、才人は意味が分からないと言いたげに黙りこくった。

 

「ガンダールヴの力は武器に触れさえすれば発動し、ルーンを刻まれたものに絶大な力を与える」

「そりゃあそうさ」

「だが、それが欠点でもある。才人自身の意思にかかわらずルーンは発動するからな」

スパーダはガンダールヴの力を好ましく思っていない。

才人のように大した力を持たない者ですら強大な力をもって敵を倒す……聞こえは良いかもしれないが、その実態はただの傀儡に過ぎないのだ。

ガンダールヴの力によって発揮される力はあくまで大部分がルーンの魔力による補強であり、個人としての能力はあまり影響していないに等しい。

自分自身の力で育まれたものではない偽物の力など、発揮されなくなれば本人に根付くこともなく消えてしまう。

「お前はガンダールヴでいる間、本来の自分の力を見失わされていたのだ」

そして、その力の行使は決して才人自身の意思で決めることはできない。

武器を握れば勝手にルーンが力を発揮し、器になった者の肉体を利用して目的を達しようとするのである。

実際の所、平賀才人はガンダールヴのルーンが力を発揮するための器に過ぎず、才人自身の能力は半分も使われていないのだ。

「棚から牡丹餅で手に入れた力など何の益にもならん。今のお前のようにな。所詮、紛い物の力に過ぎん」

「おいおい、ガンダールヴを紛い物とは聞き捨てならねえな」

「現に、才人にはガンダールヴとして戦っていた時のものなどまともに身に着いていない」

不愉快そうにデルフは文句を言うが、スパーダは意に介さず冷然と返した。

 

「ははは……そうか……そうなのかもな……俺、全然強くなんかなかったんだ……よく分かったよ……」

手厳しい言葉の連続に、才人は切なそうに笑いをこぼした。

確かに彼が言っていることは全て事実だった。

ガンダールヴの力があれば容易く撃退できたであろう野盗にすら呆気なく負けてしまったのだから。

あんな体たらくではきっと誰も守れはしないだろう。……そう、自分の命さえ。

今、平賀才人という人間がこのハルケギニアでいかに無力な存在であるかを痛感し、不思議と目頭が熱くなっていた。

 

「だがお前のその心は本物だ。ガンダールヴなど関係なくな」

そこで初めてスパーダは微かな笑みを口端に浮かべていた。

「お前は昼間、あの子供達を助けようとした。負けたとはいえ、あれはお前自身の本当の勇気の証だ」

才人は決してガンダールヴを頼りにしたり、その力の威を借りていたのではない。

彼自身としては恐らく、たまたまそこに使える道具があったからそれを無意識に使ってみた程度の認識だったのだろう。ただ、既にそれがなくなっていることに気が付いていなかっただけだ。

スパーダから見た才人の印象だけでも強大な力の存在に甘えたり依存しているのではないことだけは理解できた。

 

「いや……そりゃあ普通はああいう状況になったら助けたようとするもんだろ? あんた達がいたから意味なかったけどさ」

頭を掻きながら才人は照れたように苦笑する。

凡庸な人間なら強大な力を手にすればその能力に自惚れたり意気がったりするものだが、才人は違う。

本人には自覚がないが、紛れもなく力の誘惑を撥ね退け溺れることのない強い心を秘めているのだ。

その心意気だけはスパーダも心から賞賛するものだった。

「ガンダールヴなど無くても、お前自身はこれからいくらでも強くなれる。お前にその気があるならな」

踵を返したスパーダは才人から離れ、庭の中心で腕を組みながら静かに佇んでいた。

木々の間から差し込む月の光が彼を微かに照らし、その月が浮かぶ空を見上げている。

 

「……なあ、デルフ。あの人も剣士なんだよな?」

スパーダの背中を眺めていた才人はふとデルフに話しかける。

「見りゃ分かるだろうよ」

「一体、どれくらい強いんだ? あの人に稽古つけてもらうって訳にはいかないか……」

彼の腰には紛れもない日本刀が携えられている。見た所かなり使い込んでいる様子だった。

日本通かどうかはこの際置いておいて、剣術に長けているであろうことは窺い知れる。

それがこのハルケギニアで通用する腕前なのかどうか気になっていた。

「……デルフ?」

「冗談じゃねえ……あんなのとまともにやり合ったら俺がぶっ壊れちまうよ」

しばらく沈黙していたデルフの声は珍しく真面目で緊張していた。

そればかりか恐怖すら抱いているようにも聞こえる。

「そ、そんなにすげえのかよ……あの人」

6000年を生きる伝説の剣であるデルフリンガーでさえ慄く男……。

相手はただの人間であるはずなのにデルフがここまで本気になるなど、どれだけの実力を持っているのか才人には想像できなかった。

 

「すげえも何も……あんな化け物、相棒にガンダールヴがあっても勝ち目なんて……おおっ!?」

突然デルフが何かに驚き声を上げていた。

「な、何だ? こりゃ?」

見れば才人の足元にはどす黒い煙のようなものが微かに噴き上がっているのだ。

思わず立ち上がった才人は足元を影のように覆う闇が包んでいることに狼狽する。

やがて闇は地面を這うようにしながら才人から離れていく。

 

「お、俺!?」

目の前で起こったことに才人は目を疑った。

5メートルほど前方に移動した闇はやがて真上に伸び上がって形を変えていき、瞬く間に一人の人間の姿へと変わっていた。

黒髪に青と白のツートンカラーのパーカーを着込んだ少年……。

紛れもなく、平賀才人自身が目の前に立っているのだ。

「相棒が二人!? いってえどういうこった!?」

デルフまでもが仰天して大声を上げだす。

それは当然だ。自分と全く同じ姿をした存在が目の前に現れたのだから。

まるで鏡を見ているようだが、向こうは驚きと困惑に顔を歪める才人に反してまるで無表情なままだった。

 

「このハルケギニアにはスキルニルと呼ばれる魔法人形がある。それと似たようなものだ」

二者を挟むように横からスパーダは声をかけてきた。

「スキルニル?」

「ああ、血を吸った奴に化けることができるっていうマジックアイテムさ。能力とかも完全に写し取れるんだ。だが、こいつは……」

「そいつはドッペルゲンガーという一種の魔物だ。今のお前の能力を写し取っている。お前の今の力をお前自身が確かめてみるがいい」

ドッペルゲンガーは憑りついた相手の能力や姿を100%写し取ることができる。

弱すぎず強すぎない、全く同じ実力同士なら今の才人の練習相手としては最適な存在だ。

(お前のその心、少しばかり見させてもらおうか)

才人の心と勇気は本物だ。それは覆しようのない事実である。

たとえ力は弱くても、その心意気はまさにスパーダが惹かれた人間が持つ力そのものだった。

だからこそ、このまま持て余しておくのは勿体ないと感じていた。

スパーダはこの才人という強い心を持っている人間が気に入っていたのである。

 

「なあ……あんた、本当に俺と同じ世界の人なのか?」

恐る恐る才人は問いただす。こんな摩訶不思議なことが自分と同じ地球人にできる訳がない。

そのはずなのに目の前にいる男は難なくこのハルケギニアという異世界人でなければ不可能なことをしでかすので、彼のことが信じられなくなってきていた。

「ただのイタリア人だ。剣と魔法が多少使えるだけのな」

だがスパーダは同じ地球に存在するものを認識しているし実際に持っているので、余計に混乱してしまう。

「魔法なんて、地球にそんなもの……!」

「お前が今まで見てきた世界が全てとは限らん。世界のどこかには誰も知らない秘密や神秘が隠されているのかもな」

才人の戸惑いを無視したスパーダは後ろに下がり、木の幹に背中を預けて腕を組みだす。

ドッペルゲンガーの足元から細い影が伸び上がり、それはデルフリンガーと同じ形に変わっていった。

「来るぜ! 相棒!」

「いいっ!?」

デルフの叫びに才人は正面を向き直し、掴み取った影の剣を振り上げながら駆け込んでくる自分自身に慌てふためく。

まだ構えてすらいないのにいきなりの先制攻撃だったので、横に逃げるしかなかった。

足をバタつかせながら逃げる姿はとてもかつてガンダールヴだったことが信じられないへっぴり腰だった。

 

 

「今だ! 相棒!」

「でえええぇいっ!」

10分後、横薙ぎに振るった一閃が分身の右脇腹に叩きこまれた。

デルフのアドバイスを受けながら何とかやり過ごし、大振りをかわした直後の隙を突いたのだ。

この一撃でドッペルゲンガーは膝をつき、その場にばたりと倒れ込む。相変わらず表情は人形のように変化がないままだった。

手にしていた影の剣も透けるようにして消えていく。

「ぜえ……ぜえ……どうかな? 結構、いけてたと思うんだけど」

ずっと黙って見物をしていたスパーダの方を才人は振り返った。

「話にならん」

だが本人からの評価は単刀直入で、しかも辛口だった。

ドッペルゲンガーの攻撃をかわし、剣で受け止め、時には反撃で斬りかかる才人の戦いぶりははっきり言って素人同然だった。

ガンダールヴとして戦っていた時の精細さなど微塵もありはしない。

「そこまでキッパリ言うのかよ」

思わず苦笑する才人だが、別に不快に感じた訳ではない。むしろ遠回しに言われるよりははっきり言ってもらう方が気が楽である。

「お前本来の力がよく分かった。ガンダールヴがなければこんなものだ」

溜め息をつきながらスパーダは倒れ伏したドッペルゲンガーの元へ歩み寄り、影へと戻して回収する。

「でもよ、実戦の経験とか体力とかそういったもんはちゃんと身に着いてるんだぜ。それがこの結果さ。まずまずってところじゃねえか」

デルフからのフォローに才人は息を切らしながらも小さく笑みを零していた。

今まではガンダールヴの力のおかげで気付かなかったが、確かにこんなに体が動かせるという事実に自分自身でも驚くほどだった。

まともに剣なんか握ることはおろか、喧嘩だってしたこともなかった頃に比べると本当に基礎的な体力などが身に着いている実感があるのだ。

 

「お前の力を育みたいなら、今のように自分自身を超えてみるがいい。少しずつな」

「自分を超える……か」

それは今までにない初めての経験だった。

全く同じ実力を持ち、全く同じ姿をした特訓相手との戦い……。

昼間の野盗のような自分よりも実力が上の相手ではまるで勝負にならず、逆に全く力がない相手を一方的に叩きのめした所で意味が無い。

今の才人にとっては無理をする必要も無ければ、気が抜けるような相手でも無いので自分の実力を試すのに非常に好都合な練習台だった。

「……俺、やってみるよ」

不思議な心地良さに溢れた疲れを感じながら才人は切り株の椅子に腰を下ろした。

「何だ? この曲……」

深く溜め息をつくと突然、才人の耳に妙な音が届いていた。

スパーダにも聞こえるその静かな音色は、どうやらハープのようだった。

どうやらティファニアの家の中から聞こえるようで、彼女の歌声が微かに聞こえてくる。

 

――神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守り切る。

 

――神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶ地海空。

 

――神の頭脳はミョズニトニルン。知恵の塊の神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。

 

――そして最後にもう一人。記すことさえはばかれる……。

 

「あれが、さっきテファが言ってたオルゴールから聞こえてきたっていう歌なのかな?」

「そのようだな」

「あんなに綺麗な子にあんな過去があるなんて……何か可哀相だな」

スパーダも思わず聞き入るほどに美しい歌声で、才人は心を奪われたように家の窓を眺めていた。

「何ていうか……懐かしい気分だ。あの歌を聞いていると、地球を思い出すよ。何でだろう?」

「そりゃあ無理もねえ。あの曲は元々ブリミルの奴が故郷を懐かしんで奏でたものだからさ」

 

――いやあ――そんな大層なものでもね――ブリミルの奴が郷愁のあまり鼻歌で口ずさんだくらい――あんな風に歌ってた訳じゃね――そもあいつは歌うのが下手くそ――

 

――じゃあ、あの詩は誰が作っ――

 

途切れ途切れに響くざわめきを脳裏の片隅にやりつつスパーダも奏でられる曲に耳を傾けていた。

(確かに、おかしな歌詞だな)

恐らくこの歌やルーンが聞こえてきたというオルゴールも始祖ブリミル所縁の品であることは間違いない。

だが呪文はともかく何故こんな歌までもが記録されているのか、スパーダには今一分からなかった。

本人の真意は分からないが、ブリミル自身が特に意味もなく作った曲にわざわざ詩をつけたりするものだろうか。

特に最後のフレーズがスパーダには一番気になるものだった。

(……何かきな臭いな)

顎に手を当てて考え込むスパーダだが、才人は再び話しかけてくる。

 

「なあ、あんたは元の世界には帰るアテとかあるのか?」

「ない」

「はっきり言わないでくれよ。……せっかく、俺と同じ世界の人に会えたってのに」

あまりにも歯に衣着せない返答にさすがの才人も溜め息を漏らす。

全く生まれた国が違う者同士であるはずなのに、才人は自然にスパーダと気兼ねなく話し合うことができていた。

格好はとても現代のイタリア人っぽくなく、むしろハルケギニアの貴族と印象は同じはずなのに権威や魔法の力を笠に着て威張ってばかりな者が多い彼らのような傲慢さがまるで感じられない。

強いて言うなら、トリステイン魔法学院で仲良くなった教師のコルベールに近いだろうか。

態度こそ冷たいものの、それが嫌味に思えたり不快に感じるようなことは一切ないのが不思議である。

「私もいきなり元の世界からやって来たのでな。どうやって元の世界に戻れば良いかまでは分からん」

あくまでハルケギニアから直接人間界に、という意味ではあるが。元の世界線にはスパーダ達はいつでも戻れはする。

それにハルケギニアと繋がってしまっている魔界を介すれば、戻ること自体は難しいことでもない。

だが才人には彼が予期せずハルケギニアに迷い込んでしまったのだろうと考えており、何となくだが帰れないという気持ちが理解できていた。

 

「それでお前自身は結局どうしたいのだ。トリステインへ戻りたいのか、それとも元いた世界にこのまま帰りたいのか?」

そのように返されて才人は言葉に詰まってしまった。

確かにもう戦争が終わった以上、トリステインへは定期船に乗ればすぐに戻れるだろう。

だが才人には何故かトリステインへ帰りたいという気持ちが湧いてこない。……いや、正確には抵抗があった。

もはや自分にはガンダールヴの力はない。ただの人間に……野盗にさえ軽くあしらわれる貧弱な人間に戻ってしまった。

こんな体たらくではとても主人を守ることなどできはしない。たとえこれから特訓を積んで力をつけたって、所詮は人並み……ガンダールヴには遠く及ばない。

誰も平賀才人などという一人のか弱い人間の力など必要としていない……。

今日起こった出来事と、それによって明かされた現実は才人にこれまで味わったことのない敗北感を与えていた。

 

「……無理だよ。トリステインにはもう戻れない。俺にはその資格がないんだ。俺はもう誰にも必要とされない人間なんだから……」

「そうか。それならいい」

才人の返答にスパーダはあっさりと興味がなさそうに唸った。

「あっ……」

俯く才人の元へ歩み寄ったスパーダは立てかけられたデルフリンガーへと手を伸ばす。

「一晩借りるぞ」

「あんたは自分の刀があるんだろ。何に使うんだよ」

「お前が明日起きるまでに少し手入れをしておいてやる。今日はもう休んでおけ」

促された才人は確かにかなり疲れており、強い眠気を感じ始めていた。

はっきりと欠伸も出るようになっている。これはもう眠るための合図だった。

 

ティファニアの家に戻っていった才人に対して庭に残されたスパーダはたった今まで彼が腰掛けていた切り株に腰を下ろす。

「ま、待ちやがれ! てめえ、何をしようってんだ!?」

鞘から抜け出したデルフが焦ったように喚きだす。

「黙れ。お前が一番役立たずなのだ」

「な、なにおう! 言いやがったな! この悪魔め!」

突然の糾弾にデルフはさらに憤慨しだして大声を立てていた。

それを無視するスパーダはじっとデルフリンガーの刀身を凝視する。

「お前はこれまで才人の何の役に立てたか言ってみるがいい」

「舐めんなよ! 俺はメイジどもの魔法を吸い取って、これまで何度も相棒の命を守ってきたんだ! その気になりゃ、吸い取った魔力を使ってガンダールヴを操ったりできたんだぜ! どうだ! 恐れ入ったか!」

「足りんな」

誇らしげに自慢するデルフだが、スパーダは冷たく切り捨てた。

 

「その吸い取った力とやらをお前は完全に持て余している。それでは才人を守りきれん」

「な、何だとぉ!?」

「事実、二週間前がそうだったろう」

ガンダールヴの力があったとはいえ七万のアルビオン軍にたった一人で挑むということ自体が本来は間違っているのだが、それでもあの戦いでのデルフの働きぶりはスパーダにしてみればまるで使い物にならないものだった。

確かに本人が言うようにメイジの魔法を吸収したり、矢などを直接弾き返したりはしたものの、結果的に才人は死ぬ破目になっていた。

その最大の原因が、吸収した魔力をデルフリンガー自身が最大限に使いこなせていないからである。

「お前はかつてガンダールヴと共に千人の軍勢を一掃した。そういう話だったな」

「な、何でそこまで知ってやがる!? ていうか、そこまで多くはねえよ。せいぜい数百人くらいで……」

「ならその伝説を本物にしてやろう」

このデルフリンガーに足りないものを、かつてスパーダは元の世界のハルケギニアに残してあるデルフリンガーにも与えたことがある。

古の時代より伝わる錬金術を用い、スパーダは安物の小手を魔具に改造する術を施し、新たなデルフの器にしたのだ。

その時と同じように、このデルフリンガーが有する能力をさらに高く引き出させてやるのである。

「やめろ! やめてくれ! いや、マジでやめて! やめてってば! 鬼! 悪魔! 嫌ああああぁぁぁぁっっっ……!!」

闇に包まれた深夜の森の奥では意志を持った生ける魔剣の悲鳴は無残にも轟き続けていた。

 

 

翌日、才人は朝早くからスパーダに叩き起こされていた。

まだティファニア達も起きていない中、庭に来るように言い渡されたので支度をして欠伸をしながら外に出て行くと……。

「ううう……ちきしょう……俺が剣だからって、好き勝手にしやがってぇ……」

腕を組んで立っているスパーダの横に突き立てられたデルフリンガーはさめざめと咽び泣いていたのである。

人間みたいに表情があれば絶対に泣き顔を腫らしていたことだろう。

「どうしたんだよ、デルフ」

昨晩は何やら彼と喧嘩でもしていたのかデルフの悪態やら悲鳴やらが響いてきて、中々眠れなかった。

とはいえ、しばらくするとその騒音もピタリと止んでしまったのだが。

「気にするな。少し手入れをしてやっただけだ」

「何が手入れだ……俺は伝説の剣なんだぞぉ……それを役立たずとか何とか……あんまりだぜ……」

平然とするスパーダにデルフは恨めしそうに愚痴っていた。

別段、見た感じいつものデルフリンガーのままである。

一体、デルフの身に何があったのか……才人には想像ができない。

あれほど威勢のいいデルフがここまで落ち込む姿を見るなど初めてであり、何とも哀れそうに感じられていた。

 

「ま、まあ……とにかく、特訓を始めようぜ。振り回してりゃ、その内機嫌も治るよ」

軽く慰めながら才人は愛剣を握り締め、引き抜いた。

「それじゃあ早速……」

「待て」

「え? またあのドッペルゲンガーってやつを使うんだろ?」

意気込んでいた才人だが、スパーダは懐を探りだしていた。

取り出されたのは彼がワインを飲むのに使っていた持参のグラス。安物だが鏡のように磨き上げられた真鍮製で、表面には彫刻が掘られている。

 

「こんなものどうするんだよ?」

「指を出せ」

才人を無視するスパーダは腰の閻魔刀を静かに抜き放ちながら命じてくる。

「これでいいか?」

意味も分からないままに才人は親指だけを立てて差し出す。

直後、僅かに空を切るような音が聞こえた途端、痺れるような鋭い痛みが指先に走りだす。

「痛ってっっっっっ……!! 何すんだよ!」

無造作に振り上げられた閻魔刀の刃は才人の指先を掠めたのだ。

思わず手を引っ込めて痛みを堪えるが親指の中心をなみなみに斬り裂かれ、血が溢れだす。

だがスパーダは気にした風も無く閻魔刀を収め、才人の手を取ると滴り落ちる血をグラスの中へと注いでいった。

 

グラスの1/3ほどまで赤い新鮮な血で満たされるとそこで止め、それを庭の中心の大きな切り株の上へと置いていた。

「これでいい」

「え? うわ……! な、何だこれ!?」

取り出したバイタルスターを才人にかざして傷を治していると、二人の体を突如噴き出し始めた光の柱が包み込んでいた。

見れば足元には魔法陣のようなものが浮かんでおり、周りの景色が見る間に変貌していく。

今まで木々が生い茂る森の中にいたはずの二人の前には、いつの間にか見知らぬ風景が広がっていた。

 

「こ、ここは?」

いきなり起こった予期せぬ出来事に才人は混乱しながら周りを見渡しだす。

数十メートル四方の広大な円形の高台のような場所に自分達は立っている。その外周では真っ白な濃い霧が広がりゆらゆらと流れており、その先には何も見えない。

「なあ、一体ここはどこなんだよ? 何がどうなってんだ!?」

激しく困惑する才人はスパーダに詰め寄るが、当の本人は涼しい顔のまま振り向きもしない。

「ブラッディパレス。……己の力の限界を試す迷宮だ」

魔界のある一角に、迷い込めば死ぬまで無限の敵と永久に戦い続けなければならなくなる過酷な領域が存在する。

力ある者しか生き残れない、魔界の真理の究極とも言えるその領域は多くの悪魔にも恐れられる場所だった。

だが力ある者は自力で空間を渡って脱出することも可能で、しかも幾多の修羅場と死闘をその領域で繰り広げたがために脆弱な悪魔でさえ生き残れば強大な存在に生まれ変わることができる。

己の力に自信のある悪魔は自らそこを訪れて力をつけようとする者もいるほどで、強者の間では絶好の修練場にもなっていた。

その領域を秘術により疑似的に再現した異空間が、このブラッディパレスと呼ばれる場所なのである。

スパーダもあまりに退屈になった時にはこの迷宮で肩慣らしのついでに鍛錬を積んでおり、自らの力を高めていた。

ここにやってくるのは実に100余年ぶりで、最後に籠った時には一週間以上も戦いに明け暮れたほどである。

 

「ブラッディパレス? 腕試しって……」

「来るぞ」

状況が呑み込めていない才人だが突如として目の前の空間が歪み始めたのを見て咄嗟にデルフリンガーを構えていた。

歪みの中に浮かびだした影は瞬く間に人型へと形を変えていく。

「ギーシュのワルキューレ……!?」

現れた青銅色の人形を目の当たりにして才人は仰天した。

甲冑を着た女戦士を模したそれは紛れもなく、青銅のギーシュが操るゴーレム・ワルキューレそのものであった。

当然、ここにギーシュはいないなずなのに何故かワルキューレだけがいる。いきなりの展開に才人は狼狽するしかない。

 

「どうなってんだ……うおっ!?」

だがワルキューレは才人目掛けて真っ直ぐに突進し、右の拳を突き出してきたのだ。

咄嗟にデルフリンガーを盾にして受け止め、硬い衝撃音が響き渡った。

「お前の記憶に刻まれた恐怖と悪夢。それが幻影となり、実体化したものだ」

「つまりだ……! 相棒が今まで戦ってきた奴らが出てくるってことだろうさ!」

デルフが語る中、ワルキューレの拳が押し込まれ続けガチガチと音を立てている。

ブラッディパレスの空間を作り出す儀式の器としてあのグラスを使っており、そこに注がれた者の血液を介して記憶を読み取り、複製の幻が生み出されるのだ。

 

「相棒、一度離れろ!」

「……お、おう!」

訳が分からないまま才人は剣を押し出し、ワルキューレから距離を取る。

「何が幻だよ……どこをどう見ても本物じゃねえか……!」

「幻といっても本物と遜色ないからな。だが幻である以上、お前が遠慮をすることもない。心置きなく戦え」

ここで力尽きても魔界の本物のブラッディパレスと異なり、死ぬことはない。ここで体験する苦痛なども現実に限りなく近い幻でしかないのだから。

そして、相手が何者だろうと心も命も、何も持たない幻であるからには相手を殺してしまうということを気にすることもない。

「痛い目を見たくないなら、せいぜい抗ってみせろ。それがお前自身を鍛え、育むことになるだろう」

スパーダが直接指導などをしてやったりしないのは、戦いの基礎や駆け引きも知らない才人にそんなことをしても意味がないからだ。

剣を使おうが槍を使おうが、結局の所戦いで用いる道具が違うというだけで、基本を応用したものに過ぎない。

まずは戦いの基本と体感を実戦で学ばせ、覚えさせなければ何を手にした所で意味はないのである。

 

「Remember, concentrate on the moment. Don't think, Feel.(目の前のことに集中しろ。考えるな。感じるんだ)」

「いきなりそんなこと言われても……! ええい! こうなりゃ、ヤケだ!」

駆け込んでくるワルキューレを待ち構える才人はまた繰り出された拳を横にステップを踏んでかわす。

こうして改めて戦ってみるワルキューレは動きが直線的で、しかも機械的であり次の動作や行動がとても分かりやすい。

隙を見つけようと回避に専念する才人は徐々に動きに慣れていった。

「あの時と同じと思うなよ! うおおおおっ!」

拳をかわし横へ回り込むと、一気に剣を薙ぎ払った。

渾身の力で振るわれた一撃はワルキューレの胴体を吹き飛ばし、バラバラにしてしまう。

ガチャガチャと音を立てて青銅のパーツはそこら中に転がり、残った下半身も倒れて動かなくなった。

「はあ……はあ……はあ……」

「まずはこんなものだな。よくやったぜ、相棒」

才人が軽く息をつく中、デルフが褒めたたえた。

昔、ハルケギニアに召喚されたばかりの頃、ギーシュと決闘騒ぎになりワルキューレと戦ったことがある。

初めて戦った時は素手だけで挑んだこともあってかまるで勝負にならず徹底的に痛めつけられてしまった。

あの時はギーシュが錬金で作った剣を渡され、それによってガンダールヴの力を発揮したために勝つことができた。

(ちゃんとやればできるもんだな……)

だが今は違う。ガンダールヴがない今、デルフのアドバイスはあれども自分の力だけでかつて戦った敵から勝利を手にしたのである。

自分の手を見つめる才人の中で言葉にならない充実と高揚感が湧き上がっていた。

これが今の自分の――平賀才人という人間の本当の力……。

ガンダールヴの力に頼って敵を倒した時では決して得られなかった喜びに体が震えていた。

 

「何だこりゃ?」

勝利の余韻に浸っているとフィールドの中央を囲むように四つの柱が現れていた。

激しく燃え盛る炎の渦……蛇のようにうねる雷光……緩やかに泡立つ太い水流……そして、何の変哲もない白い光……。

床に刻まれた魔法陣から噴き出る異なる柱は天に向かって昇っているのだ。

「次の戦いの場へ赴く道だ。選んだ道の先に更なる敵が待ち受けている。どれを選ぶかはお前の自由だ」

歩み寄ってきたスパーダは現れた四つの柱について説明した。

本物のブラッディパレスは休む間もなく次々と敵が現れ続けるが、ここでは一つの階層で現れる敵を全て倒すとインターバルを挟めるようになっている。

だが、選んだ道によって次に待ち構える敵は異なっている。

基本的には今よりも一段階強い敵や難局が待ち受けているが、水の道を基準に雷の道、炎の道の順に10倍、100倍とより強い敵が出てくるのだ。

しかし光の柱――これだけは戦いを終えるために用意されたもので、このブラッディパレスから現世に抜け出ることができる。

この帰り道が自然と用意されているのが本物との大きな違いだ。

 

「まずは無難に水の道だよな……」

「それがいいぜ」

諸々の説明を一通り受けて才人は水柱へ向けて歩き出す。スパーダも後に続き、水の柱に包まれた二人は光の中へと飲み込まれていった。

あまりの眩しさに目を腕で覆う才人だが、すぐに光は晴れていく。

(あれ?)

一見、周りの風景や地形も全然変化がない。

才人は戸惑いつつ辺りを見回すが、スパーダはフィールドの中央から隅へ黙って移動していった。

「お……! おいでなすったか」

やがて先ほどと同じように空間が歪みだす。しかも今度は三つもだ。

デルフリンガーを手に身構える才人だが、姿がはっきりしてきた新たな敵に顔を顰めていた。

 

「げ……! こいつら……!」

現れたのは、昨日に出会ったばかりだったあの野盗達だった。

無表情のまま得物の槍を構えてじりじりと才人に迫ってきている。

完膚なきまでに敗北してしまった相手を前に才人は思わず後退ってしまう。

 

(今度、ギーシュ達にも使わせてやるか)

観戦する中、スパーダはふとこの場では関係ないことを思いついていた。

元の世界に残してきた若い弟子達の修行の場としてここは打ってつけであることは間違いないだろう。そろそろ実戦で鍛える頃だ。

無論、彼らの経験による記憶から抜き出された幻では到底使い物にならない――となれば……。

 

結局、才人は数分と持たず野盗達に囲まれて袋叩きにされてしまい、意識を失っていた。

ウェストウッドの庭先で目を覚まし、地面に転がっていることに気付くと不思議と体は傷一つ負ってはいない。

「……夢?」

「いやあ、夢じゃないぜ。またやられちまったな、相棒」

ずっと握られたままだったデルフが苦笑気味に否定する。

そんな才人を眺めるスパーダは切り株に腰掛けたままルーチェの銃を指先で回して弄んでいた。

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