魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
夜が明け始めた頃、才人は一人ウェストウッド村の庭先へと出ていた。
そこには先客がおり、薄暗い中でも190センチはある長身と銀髪がよく目立っている。
彼は自分の拳銃を指先でクルクルと回しており、近づいてくる才人を見向きもしない。
「……俺、帰るよ」
銀髪のイタリア人――スパーダに才人は開口一番でそう告げだした。
「どこへだ」
いじっていたルーチェの銃を手にしたスパーダはただ一言、そう問い返してくる。
「トリステインに……魔法学院に帰るよ」
才人ははっきりと自分の意志を示していた。
昨晩、時空神像が見せた魔法学院で起こっていたという真実にようやく決心がついたのだ。
誰が自分を待ってくれているのか。今、自分がどこへ行くべきなのか……。
それを思い知らされた才人は今やるべきことを気づかされたのである。
ティファニアも「早く帰ってみんなを安心させてあげて」と背中を押してくれたのだ。
とはいえさすがに夜遅くだったし、何より体力的にも精神的にも限界だったので一睡せざるを得なかったが。
「みんなが俺のこと待ってるんだからな……ちゃんと顔を見せて安心させてやんないと」
「だが戻ってどうする? またルイズの使い魔に、ガンダールヴにでもなる気か」
才人の方を振り向くスパーダの刺すような視線はいつも以上に冷たい。
「わかんねえ……ルイズがそうしないと駄目だっていうんなら仕方ないけど……」
俯く才人は困った顔で頭を搔いた。
本当は誰も伝説の使い魔ガンダールヴなど求めていないのは分かり切っていることだ。
だが今の才人はどうあれ力を失ったただの人間に過ぎない。たとえ鍛錬を積んだとはいえ、それでもガンダールヴには遠く及ばない。
確かにガンダールヴの力があればルイズを守りやすくはなるだろう。だが、それによってこれまでの修練で鍛えられた才人自身の力が全て無意味なものになるのではと思うと、抵抗を感じてしまう。
――お前はガンダールヴのルーンに使われていたに過ぎない。
――あんな力は所詮、偽物だ。それではお前のためにはならない。
何よりスパーダが断じたガンダールヴの力の本質が、もう一度ルイズの使い魔になることに躊躇いをもたらした。
才人は使い魔でなくても構わないが、もしルイズ自身が形式とはいえ使い魔の契約を望んだとしたら、それを受け入れられるのか自信がない。
「ガンダールヴじゃないままどこまでやれるか分からないけど……みんなを、ルイズを守ってみせるよ」
「そうか」
ルーチェを収めたスパーダは自分の手を見つめる才人の方を振り向きだす。
「あんたはこれからどうするんだ?」
「私もそろそろここを引き上げる。長居をし過ぎたからな」
スパーダ達がこの世界線に滞在し始めてから実に一ヵ月が経たんとしている。
元の世界とは時間の流れが異なっているようで、時折デルフを通じて伝わる向こう側の様子だと一週間も経っていないようだ。よって、そう急ぐこともないのだが、いい加減戻らなければならない。
何しろスパーダ達は元の世界でやるべきことがたくさんあるのだから。
「サイト。お前は元の世界に帰る気はあるのか?」
そう問われた才人はさらに困った顔で遠い目をして軽く空を見上げだす。
「そりゃあ、戻りたいよ……。でも、どうやって戻れば良いか分かんねえ。あんただって帰るアテが無いんだろ?」
「無いなら探してみればいい。私などと違ってお前はまだ希望がありそうだからな」
「どういう意味だよ」
「お前はルイズの使い魔としてこの世界に召喚されたのだったな」
「ああ……でも、ルイズ達の魔法でも俺を送り帰すのは無理だって……」
そう。使い魔召喚の儀式であるサモン・サーヴァントは一方通行。あのゲートはメイジの元に使い魔となるべきものを遠くから呼び出すもので、元いた場所に帰すのは不可能なのだ。
「完全に無理ということもあるまい。ルイズは私達が元いた世界に道を作ったのだからな。その道の秘密を知れば使い魔を送り帰す新たな魔法が作れるかもしれん」
「そうかな……」
力説するスパーダに才人は目を丸くする。
はっきり言ってメイジでもない才人には魔法の仕組みなどよく分からない。
やはり、メイジの誰かに相談をするべきだろう。幸いだが魔法学院にはコルベールという親しく語り合える教師が才人にはいるのだ。
「ブリミルとかいう奴は数々の魔法を生み出して後世に残している。ルイズ達にも同じことはできるだろう」
メイジの魔法についてはスパーダも完全に知り得ている訳ではない。
特にルイズやティファニアが使える虚無の魔法とやらには色々と謎が多い。元の世界に戻ったらそれも調べてみる必要があるだろう。
この世界に来られて新たな虚無の力を目の当たりにできたのは僥倖とも言うべき収穫だった。
◆
「だが今は目の前の現実だけ考えるのだな。届きもしないゴールなど目指しても絶対に辿り着かん」
才人が元の世界に帰りたいという望みが叶うのは今の所、可能性と仮定の段階でしかない。
差し当たり今は確実に叶えられる目的を果たすべきなのである。最初からアテもない目的地を目指して歩き続けても無為になるだけだ。
「あ、ああ……」
頷く才人にスパーダは徐に自分の懐をまさぐりだす。
取り出されたのは真鍮の杯――ブラッディパレスを作り出す儀式の器に使ったものだ。
「お前にやる。暇になったら使え」
「良いのかよ?」
「大したものでもない」
戸惑う才人を尻目にスパーダは切り株の上にグラスを置く。
これから才人が自分の力をさらに磨き上げ、極めるにはブラッディパレスは最適だろう。
どうせ元は安物なので、元の世界に戻ったらギーシュ達が使う分も含めて新しく買えば良いだけの話である。
「うわっ!?」
突如、二人を眩い光が包み込み、驚きのあまり才人は顔を腕で覆ってしまう。
光が薄まり晴れていくと、そこはあのブラッディパレスの修練場だったのだ。
「見た目が気に入らんなら、念じれば変えることもできる。気分を変えたいならそうしてみるがいい」
そうスパーダが語ると周りの風景がぐにゃりと歪みだし、今までとは全く別の景色へと姿を変えていった。
「こ、これは……」
目の前の映る光景に才人は目を奪われた。
濃い霧に包まれた円筒の頂上という殺風景は跡形もなくなり、絶景が広がっている。
静かに響く波打つ音、水平線の彼方から浮かぼうとする日の出、そして足元には透き通った水が小さな波となって打ち寄せている。
いつの間にか、どことも知れない砂浜に才人達は立っているのだ。
左右を見渡しても海岸線がどこまでも続くだけで、背後には断崖絶壁の岩場が立ちはだかるのみである。
「これ、本物か?」
「所詮、幻に過ぎん」
スパーダはにべもなく答えるが、才人には信じられなかった。
濡れてこそいないが、この感触や冷たさはまさしく本物の海そのものなのだ。軽く足を蹴りだしてみれば水しぶきが飛び散る。
「てめえ、何の真似だ?」
「え?」
デルフの呻きに才人はスパーダの方を振り向くと、彼はいつの間にか取り出したリベリオンを右手に握り地に突き立てていた。
「どれだけ力をつけたか、最後に見てやろう」
「それって、あんたと?」
こくりとスパーダは小さく頷いた。
「じょ、冗談じゃねえ! この悪魔め! 俺らを殺す気か!?」
「大袈裟だな、デルフ。いくらなんでもそこまでにならないって。良いじゃねえか、せっかく手合わせしてくれるって言うんだぜ」
狼狽えるデルフに対して才人は気にした風もなく意気込んでいた。
ガンダールヴではない自分の本当の力が果たしてこの剣豪にどこまで通じるのか試したいという意欲は確かにあった。
才人も知らないメイジとは違う不思議な魔法のようなものを使い、剣と銃を操るこの不思議なイタリア人は恐らく、このハルケギニアで言えばアニエスのようなメイジ殺しと呼べる実力に違いない。
何しろ才人も苦労した凶暴な亜人達が束になってかかってもまるで相手にならないのだから。
ドッペルゲンガーで全く同じ力の自分の分身を相手にし続けるのはもう飽きていた。
「本気でかかってこい。気を抜くと死ぬぞ?」
「マ、マジかよ……よりによってガンダールヴでもない相棒をマジで殺す気か?」
「せいぜい才人を守ってみせるがいい。そのためにお前に力を与えてやったのだからな」
緊張した様子のデルフに向けてスパーダはさらに冷たく言い放つ。
「それとも、またあの時の様にその人間を守りきれんか。伝説の剣よ」
「おいおい、喧嘩なんかすんなよ」
両者の気を知らない才人は呑気にデルフリンガーを鞘から抜いて正面に構えだす。
「相棒……あいつはマジだぜ。本気でやんな。俺も本気出してやる。絶対にお前さんを死なせやしねえ」
「Go ahead, make my day.(やってみるがいい)」
低く呟くデルフにスパーダは冷然と言い放つ。
――バゥンッ!!
「うおっ!?」
鋭い銃声が轟き、才人はその場で尻餅を突いていた。
「銃を使うなんて汚いじゃねえか!」
「てめえ、本気で相棒を殺そうってか!?」
スパーダに怒りと抗議の叫びが揃って浴びせかけられる。
二人が怒るのも無理はない。瞬時に懐からオンブラを抜いて銃口を向けてきて、しかも容赦なく撃ってきたのだから。
「だから言ったろう。気を抜けば死ぬとな。これぐらいの不意打ちは避けられんと、これから先痛い目を見るぞ」
悪びれもせずに答えるスパーダは硝煙が棚引くオンブラを下ろす。
「で、でも……いきなりなんて……」
「戦う相手が全てフェアーなどと考えんことだ。敵がお前達の都合に一々合わせるはずもない。現にお前達はこのアルビオンで手酷くやられているだろう」
「あ……」
「トリステイン軍は正々堂々と、力のみに頼ったから敗北した。ただそれだけのことだ」
その指摘に才人は言葉を失った。
ほんの一ヵ月前、遠征してきたトリステイン・ゲルマニア連合軍は連戦連勝していたのに、アルビオン軍の策略一つで瞬く間に形成を逆転されて逃げ帰る破目になったのだ。
「追い詰められたり、腹の黒いような奴は卑怯な手などいくらでも使うぞ。味方のふりをして他者を欺いたり、自分達の都合が良いように操るようなペテン師は世の中にはごまんといる。そんな連中を相手に力だけでは決して勝てん」
「そうなのかな……」
「てめえもその一人ってか。悪魔の考えることは分からんね」
才人は納得したような複雑な表情を浮かべて重い腰を上げるが、デルフは悪態をついた。
「こんなのは序の口だ。憶えておいても損はないだろう」
考えてみれば確かにその通りである。
才人はスパーダとの交流で彼の人となりはそれなりに理解したつもりだった。
多少、つっけんどんな所はあるが基本的には誠実な大人であり、何より自分と同じ地球出身ということもあって親近感もあったため、強い信頼を寄せていた。
それに彼が行うことはどれも不思議ではあったが、才人のためになることばかりだったのだ。
だからこそ、何の疑いもなく今回の手合わせも軽い気持ちで受け入れていた。
(マジでやれってことか……分かったよ)
咄嗟には反応できたから良かったものの、下手をすれば命を落としていたかもしれない。
もし相手が本当に才人を殺そうとする悪意を宿す者だったら間違いなく毒牙にかかっていたことだろう。
彼にしてみれば才人に対する戒めだったのだ。その真意を才人ははっきりと理解した。
「いいぜ」
深呼吸をした才人はデルフリンガーを正面に構え直す。
先ほどまでとは打って変わり、引き締まった表情は文字通りに本気となっていた。
◆
オンブラを収めたスパーダは改めてリベリオンを片手で左右に振りつけると、一気に袈裟へ振り上げた。
唸りを上げ、大量の砂を撒き上げながら振るわれた一振りは剣風となって地を這い、才人に真っ直ぐと突き進んでくる。
「いいっ!?」
「させるかよ!」
才人が狼狽える中、怒声と共にデルフリンガーの刀身が眩い光を放ちだす。
咄嗟に身構える才人の前に薄い光の壁が円状に張られ、向かってきた衝撃波を受け止めていた。
「うおおっ!?」
直接受けてないのにも関わらず、猛烈な突風と共に痺れるような衝撃が才人の全身に伝わってくる。
ブラッディパレスでは10人同時に襲ってきたスクウェアメイジ――かつて戦ったワルドの強力な魔法もまとめて防ぎきってくれた頼もしい魔法のバリアなのに、今の一撃はそれらなど比較にならないほどに強烈だった。
「あの人も使えんのかよ……」
「今さら何言ってやがる。野郎を誰だと思ってやがんだ」
言われてみれば確かにそうである。数々の不思議な錬金術やら魔術やらを使う以上、こんな芸当ができても不思議ではないだろう。
何しろデルフリンガーよりも遥かに重いリベリオンという大剣を――オグル鬼退治後の帰り道で一度持たせてもらったがまともに持ち上げられなかった――さらに何倍も重いトロール鬼の巨体もろとも棒切れのように軽々と振り回すのだから。
自分と同じ地球の出身でありながら普通の人間では決して不可能な技を自在に使いこなす彼は、剣豪どころかまさしく超人そのものなのだ。
そのプレッシャーは魔法を使うハルケギニアのメイジ達を相手にする時とは比べられないくらいに強い。
(なら、こっちだってお返しだ)
リベリオンを片手に悠然と歩を進めてくるスパーダを前に才人はデルフリンガーを肩に担ぐように振り上げだす。
「おりゃあっ!!」
刀身を薄い光が覆いだした所で一気に振り下ろすと、剣風の衝撃波が地を走って突き進んでいった。
スパーダが使ってきたものに比べれば規模も勢いも段違いに小さい。当然と言えば当然であるが才人にも分かり切っていたことだ。
「うおおおおおおっ!」
だが才人はすぐにデルフリンガーを構え直して駆け出し、衝撃波の横合いからスパーダ目掛けて突進する。
最初の一発目は牽制だ。それに合わせて才人本人が追従し別方向から敵に斬りかかるというフェイント攻撃である。
ブラッディパレスで何度も戦ってきたワルドの幻はよくこれで倒したのだが……。
――キンッ!!
横に僅かに動いて衝撃波を避けた所へ才人はデルフリンガーを横に一閃させた。
左から脇腹に峰打ちを叩き込もうとしたのだが、彼は右手のリベリオンではなく左腰の日本刀――閻魔刀の鞘だけであっさり打ち払ってきたのだ。
「うっ……!?」
さらに剣を弾かれて後ろによろめく才人をスパーダが足で払い、宙へと浮き上がらせ地面へと叩きつけた。
「やらすか!」
――ガキンッ!!
間髪入れずに振り下ろされたリベリオンの刃は才人の体に達する寸前、閃光と共に大きく弾かれる。
だがスパーダはその勢いのまま後ろへ向かって軽やかに宙返りをすると、距離を取りつつ難なく着地した。
「はああああっ!」
急いで体を起こし立ち上がる才人はデルフリンガーを数度振り回す。
袈裟斬り、横一文字、振り下ろし、また袈裟斬り――その度に薄い光を纏った剣風が軌道に合わせた様々な角度でスパーダ目掛けて飛んでいく。
立ち止まったまま動かないスパーダは逆手で抜いた閻魔刀の刃を手元で器用に反転させて持ち替えた。
自分に向かってくる無数の剣閃は閻魔刀を軽く払うように振るい、全てが空しく霧散する。
「二刀流かよ……!」
「ニトウリュウ?」
「ああ、俺の国じゃ何百年も前から伝わってる剣術なんだ。宮本武蔵っていう侍が使ってたのが有名なんだけど」
「二天一流とかいう奴のことだな」
才人達の会話に軽く唸りながらスパーダは閻魔刀を静かに鞘に納める。
「ははは、あんたも知ってたんだ。やっぱり日本通なんだな」
愉快そうに笑う才人は知る由もないだろう。歴史に名を遺した偉人である剣豪とスパーダが顔を合わせたことがあるなどと。
かつてスパーダが最後に日本へ訪れた時期、巌流島という小さな島で凄腕の剣客と手合わせをしたことがあるのだ。
人間でありながら、こと剣術のみに限ればスパーダを唸らせ互角に渡り合うほどの実力であり、結局勝負がつかないままになった。
何しろ決闘の最中に悪魔たち――向こうでは魍魎だの妖怪などと呼ばれていたが――に横槍を入れられ、スパーダと共に100体ばかり斬り捨てたのである。
武蔵とはいつか再戦を約束して別れたが日本の鎖国によって来訪できなくなり、結局叶わないままに終わってしまったが。
「ぐっ……!」
リベリオンの一撃を受け止めた才人の体は大きく後ろへ滑らされた。
「痛ってえ……! やりやがったな……!」
胸の前で盾にされて構えられるデルフは刀身を白く発光させながら呻く。
スパーダが繰り出したリベリオンの渾身の一突きは極めて強烈だった。
5メートル以上は離れていたのに地を滑るように一瞬にして間合いを詰めてきたのである。
デルフリンガーの魔力によって剣の圧力を高めたのに、それでも足元の砂が撒き上がるほどの勢いで吹き飛ばされてしまうとは。
まともに受けていたらデルフリンガーもろとも砕かれていたのではないか? そんな嫌な未来を思わず想像するほどの威力だった。
「消えた!?」
「上だ! 避けろ!」
残像を残して姿が消えたスパーダに才人は目を見開くが、即座にデルフが叫ぶ。
「うおっ!?」
咄嗟に横へ飛び込むと、直後才人が立っていた場所目掛けて上空から落下してきた影が激突した。
地面を転がりながらも体勢を立て直した才人だが、その影は目の前で残像となって掻き消える。
「走れ! とにかく逃げるんだ! 相棒!」
「お、おう!」
言われるがままに駆け出す才人を追うように影は彼がいた場所を狙って急降下し衝突しては消えるのを繰り返す。
全速力で砂浜を逃げ回りつつも才人は時折振り返り、振り下ろしたリベリオンを地面に叩きつけるスパーダの姿を垣間見ていた。
兜割りが刻まれた場所は大きく陥没するほどに大量の砂を撒き散らしている。
(冗談じゃねえって!!)
まともに食らえばどうなるかは火を見るより明らかだ。才人は死に物狂いで追撃から逃げ惑うが……。
「おっと! 止まれ!」
「――とっととっ!! ……ぶっ!」
デルフの制止で慌てて急停止しようとしたが、いきなり止まれるはずもない。
勢いのまま前につんのめり、顔面から地面に突っ伏してしまった。
「まじかよ……」
直後、すぐ傍で何かが激突した音が耳に届いていた。
才人が顔を上げてみれば目と鼻の先でスパーダがリベリオンを振り下ろしていたのである。
「まずまずだな」
「あんた……本当にマジなのかよ」
体を起こし立ち上がった才人は困惑した様子で溜め息をついた。
スパーダの攻撃は一歩間違えば命を落とすのは間違いないであろうものばかりだったのだから。
たかが手合わせに何故ここまで本気になろうというのか才人には今一理解できない。
「そいつを本気にさせるにはちょうど良かろう」
「へっ! 当然よ! 相棒には傷一つつけさせねえぞ」
スパーダに睨まれるデルフはまるで睨み返しているかのように啖呵を切っていた。
その言葉に薄く笑みをこぼしたスパーダはリベリオンを隣に突き立て手放しだす。
「あん?」
「え?」
スパーダの手に小さな光球が浮かびだすとそれは瞬く間に形を変えていき、一本の長剣が姿を現した。
デルフリンガーよりも一回り小さく、剣首の骸骨の意匠以外にリベリオンより迫力や重厚さといったものはないシンプルな造りをしている。
彼はいつも背中に大剣、腰に日本刀を、そして懐に自動拳銃を隠し持っているのを才人は知っているが、ぱっと見ではそれ以外に大きな物を持っているようには見えない。
だが時折どこからともなくスーツケースやら魔法の銃やらといった重くかさばりそうな代物を光と共に難なく取り出しているのだ。
一体どんな魔法を使って持っているのだろうと才人も常々不思議に感じていたが、元々彼が錬金術を使ったりするのを何度も見ていたのもあって納得し、特に聞こうという気も起きなかった。
「てめえ……」
新たな剣――フォースエッジを手にしたスパーダに、デルフはたった今までの威勢が唐突に失せたように神妙な口ぶりになっていた。
「ウォーミングアップはもう充分だな」
「は? 今のが準備運動って……うわっ!」
呆気にとられた才人を突如、暴風が襲いかかった。
全身をまるで巨大な土の塊が叩きつけられたような衝撃が走り、才人の体は紙のように宙を舞って大きく吹き飛ばされてしまう。
「な、何だよ……今の……」
10メートルは吹き飛んで地べたを這わされた才人は困惑しながらも顔を上げる。
そこには片手でフォースエッジを真横に払うスパーダの姿があった。
たった一振り……しかもリベリオンよりも小さなあの剣でこんな強力な荒らしを巻き起こしたことに才人はごくりと息を飲む。
以前の才人ならガンダールヴの力を使わなければ繰り出せなかった技を、彼は難なく放ったのだ。
「やべえぜ。ここからが本番だ。奴はマジだぜ」
才人同様にデルフも緊迫した様子だった。心なしか声が震えているようにも聞こえる。
「今までだってマジだったじゃんか」
「奴にとっちゃあ、あんなもの本当に準備運動に過ぎねえんだよ」
よろけつつも立ち上がった才人は改めてスパーダを見据える。
元から冷たい彼の表情と目付きはその銀髪と相まって今まで以上に氷のように冷え切っていた。
「何っ!」
透き通った音が鳴り響いた途端、彼の周囲に無数の赤い光が煌めいた。
「いいっ!?」
それらは瞬く間に彼の手にする剣と同じ形となり、宙を浮かんでいる。しかもその切っ先は一斉に才人へと向けられだした。
仰天する才人達を目掛けて深紅の刃は矢のように放たれ、襲い掛かってきた。
◆
スパーダの斬撃が起こす剣圧は軌道に残像を残し、大気をも歪ませるほどだった。
一振りする度に鋭い唸りを上げるのを耳にする才人は思わず恐怖が湧き上がる。
「な……完璧にかわしたはずなのに……!」
かわしつつも後ろへよろめく才人は自分の胸を見て愕然とした。
肩から脇にかけてパーカーとシャツがパックリと袈裟に裂かれ、素肌が露わになっている。
皮膚にまで達していないのは不幸中の幸いだったが。
「やべえぜ。紙一重でかわすだなんて考えんなよ。その程度の間合いなんて奴の前にゃ意味がねえ」
文字通りに本気となったスパーダの攻勢は熾烈を極めた。
フォースエッジによる剣技に加え、幻影剣を交えた容赦のない同時攻撃の前に才人は防戦一方だった。
リベリオンよりも重い一撃は剣圧を高めたデルフリンガーをもってしても弾かれてしまい、たとえギリギリでかわしたとしても今のように服を斬られてしまう。
そればかりか剣技に混ぜて時折繰り出してくる蹴りやら裏拳といった体術ですらまともに受けきれないのだ。
幾度も剣を交錯させつつようやく反撃のチャンスを見つけ斬りかかったとしても、もう一振りの剣である閻魔刀の二刀流であっさりといなされる。
「こんなのアリかよ……!?」
その閻魔刀による居合に至っては僅かに手がブレたようにしか見えず抜刀した様子がまるで感じられない。
しかも10メートル以上は離れているのに的確に才人がいる地点に斬撃が刻まれていたのだ。
もはや常識の範疇を超えた超常現象の数々を見せつけられ、才人達は唖然とするしかなかったが……。
(やっぱ、強えぇ……)
それが才人本人の素直な気持ちだった。
鬼か悪魔のように恐ろしい強さは現実にしろブラッディパレスにしろ、才人が今まで戦ってきたどんな敵よりも遥かに圧倒的だった。
こんなにも強い存在がこの世に実在していたなんて、才人にとってはせいぜいテレビゲームやアニメのようなフィクションの中だけだと思っていたのに、実際にお目にかかれたことが言い知れない憧憬と高揚感を湧かせていた。
「また来たぞ!」
デルフが叫ぶと共にスパーダの周囲に新たな幻影剣の束が生み出され、才人目掛けて連射されていく。
才人は必死に剣を振るって魔力の刃を叩き落とし、振り撒かれる光の粒が捌ききれない幻影剣を弾いていた。
「やらすかってんだ!」
正面からだけでなく、頭上から落としたり360度からの全包囲、さらには上下左右とありとあらゆる角度から幻影剣は襲い掛かってくる。
1、2発くらいを正面から迎撃するなら訳はないがさすがに死角から放たれるとどうにもならない。
なのでそこはデルフが才人を包むように魔法のバリアを張ってくれるおかげでやり過ごすことができた。しかし……。
「バ、バリアが!?」
「や、野郎! やりやがったな!!」
魔力の障壁がガラスのように粉々に砕け散る中、スパーダは逆手で閻魔刀を鞘に収めていた。
閻魔刀の居合いはデルフが張った魔法のバリアを紙のように難なく斬り裂いて掻き消してしまう。
故にデルフの防御にばかり頼るわけにもいかず、才人自身が必死に動いて避けることを余儀なくされた。
「うわああっ!?」
スパーダがフォースエッジを使って放った衝撃波は才人のものより遥かに強力だった。
しかもその場で力を溜めるように身構えて放たれた紅蓮の光を纏った剣風はより巨大で強力で、衝突した大きな岩をも粉砕してしまう。
せいぜいオーク鬼にぶつけて吹き飛ばすのが精一杯な才人のものとは比べ物にならない。逆に才人が放った衝撃波は呆気なく掻き消されてしまうのだ。
まともに食らえば即死は間違いなしな技をスパーダは溜めた力を数度に小分けにして連発してくるのだから、才人達にしてみれば堪ったものではない。
威力は下がったとはいえ当たれば命は無いことに変わりないのだから。
たとえデルフの張ったバリアで受けたとしても、才人の体は衝撃に耐え切れず吹き飛ばされてしまう。
いつ殺されてもおかしくない圧倒的な攻撃の数々が繰り出されながらも才人はいまだ無傷のままだった。
「なあ……あんた、本当に何者なんだ?」
何度目かも分からないくらい吹き飛ばされ、地に倒れ伏しては立ち上がった才人はデルフリンガーを杖にしながら問いかけた。
「ただのイタリア人だ。剣と魔法が使えるだけの、な」
以前と同じようにスパーダは素っ気なく答えるのみだ。
「あんたみたいなイタリア人がいるかよ……」
だが才人は逆に呆れたように苦笑してしまった。
一体、地球のどこにこんな化け物じみた強さのイタリア人がいるというのだろう。
単に剣術が凄いならまだしも不思議な魔法や錬金術まで使うわ、人間が使えるとは思えない技まで操るのだ。
それどころか本当に人間なのか? そんな疑念が浮かび上がるほどに彼の強さは異常だった。
だが才人にはこの際、彼が何者だろうとどうでも良かった。
ただ一つ確信できるのは、彼は何者をも寄せ付けない強さを誇る超人だということだ。
それこそ、伝説の使い魔ガンダールヴと同じかそれすら超えるほどの……。
「This is end.(これで終わりだ)」
そう呟きながらスパーダはフォースエッジを静かに前にかざし、横に構えだす。
すると衝撃波を放つ時と同じく刀身を深紅のオーラが包みだした。
剣だけではない。彼の足元、全身そのものから炎のようなオーラが揺らめき始めたのである。
「な、何だよ、あれは……」
発せられる威圧感に才人の足は僅かに震えだし、思わず後退ってしまう。
風なんて吹いてなかったのに徐々に嵐のように激しい風が吹き荒びだすので余計にプレッシャーを感じていた。
「あの野郎……ありったけの魔力を全開にして放つ気だな。恐らく、この辺一帯を吹き飛ばす気だぜ。奴だったらやりかねねぇ」
「ど、どうすんだよ!」
「向こうがその気なら、こっちもそうするまでよ。今まで吸収して溜まっている分の魔力を全部使って特大の技をぶちかましてやる。さあ、構えな!」
慌てる才人にデルフはさらに張り切りだしていた。
スパーダの発するオーラはますます膨れ上がり嵐と共に渦を巻いて竜巻のように空へと昇っていく。まるで巨大な蛇か龍でも身に纏っているように見えた。
もうやるしかない。腹を括った才人は深呼吸をし、デルフリンガーを横に構えだした。
長い刀身を白い光が包みだし、徐々に刃のサイズをも超えて大木のように膨れて輝きを増していく。
二つの異なる色を放つオーラは共に静かな唸りを響かせていた。
「……なあ、相棒。今さらだがよ、俺はお前に謝んなくちゃならねえ」
「どうしたんだよ急に」
「俺は奴に改造される時に言われたのよ。『役立たずだ』ってな」
「何でそんなこと……」
自嘲気味に語りだすデルフに才人は驚き目を見張った。
「奴が俺をこんなに改造したのはよ、相棒が7万の大軍を相手にしていたのに、メイジの魔法を吸い込むくらいしか力を使いこなせなかったからって言うんだ。そのせいで相棒を守り切れなかった……」
「いや、でもあれはいくら何でもガンダールヴの力があったって戦いきるのは無理だったろ? デルフだって100人も一度に相手にしなかったって言ったじゃねえか。デルフのせいじゃないよ」
才人は気にした風もなく答えるが、デルフは黙りこくってしまった。
その間にも刀身を包む光はますます巨大になり、まるでバーナーのような勢いで噴き上がっていく。
「悔しいが……奴の言う通りなんだよ。俺は相棒を一度死なせちまった。俺は初代ガンダールヴが作った伝説の剣だってのに、その力を出し切れなかったんだ。本当だったら、吸い取った魔力で相棒を操って相棒が死ぬ前にあそこから逃げられたってのによ!」
自棄になったように声を荒げだしたデルフに才人は呆然とした。
普段、悪態をつくのとは違う激しい感情を曝け出す様を見るのは初めての光景だった。
「……ちきしょう。なんだって忘れちまってたんだ。そんな大事な力をよ……奴が助けに来なかったら、もう二度と相棒とこうして戦うことなんてできなかったんだ……。俺は奴に力を与えてもらえないとまともに相棒も守れねえ役立たずなんだ……!」
「デルフ……」
悔しそうに自分を責めるデルフは泣いているのは明らかだった。
剣故に涙こそ流すことはできないが、その心と魂は激しく震え、確かな雄叫びを上げているのだ。
「……相棒。俺は今度こそお前さんの命を守ってみせる。たとえ俺自身がぶっ壊れちまおうと絶対にだ。約束するぜ」
「そんなこと言うなよ、デルフ! お前は役立たずなんかじゃねえ。お前はずっと俺達を守ってくれた……大切な仲間だ!」
自虐し貶め続けるデルフに才人は堪えきれなくなり、叫んだ。
「……Thank you, master.(……ありがとよ、相棒)」
「デルフ……お前一体、いつ英語なんて……」
「さあ、来るぜ。踏ん張りな、相棒!」
「……あ、ああ!」
嬉しそうに呟かれた地球の言葉に才人は一瞬呆気にとられたが、一転していつもの調子に戻ったデルフに促されて目の前を見据え直す。
既にスパーダが纏うオーラには激しい雷光まで纏わりつき、激しく弾ける音を響かせる。
だがそれら全てが瞬く間に彼自身の体に収束し、周囲の音が消え去った途端――
「Fuck you! Devil!!(くたばりやがれ! 悪魔め!!)」
「うおりゃあああああっ!!」
才人がデルフリンガーを渾身の力で薙ぎ払うのと同時に、爆音と光が弾けた。
5メートル大にまで伸びて拡大したデルフリンガーの光の刃はこれまでとは比べ物にならない規模の衝撃波と化し、スパーダから放たれた巨大な光の奔流とぶつかり合ったのだ。
衝突した二つの膨大な魔力の波は轟音を立てながら二人の間で荒れ狂う。
その余波に才人の体は今にも吹き飛ばされてしまいそうだった。
「ぐっ……! すげえ威力だ……!!」
「あんにゃろお、ピンピンしてやがる……!」
怯む才人とは対照的にスパーダは剣をかざしたまま微動だにしないのが薄っすらと見える。
だがこれだけの嵐のせいか、オールバックの髪が崩れて激しく靡いていた。
そんな中、スパーダは剣を両手に握り顔の横で構えだしたが……。
『――オオオオオオオオオォォォォォォッ!!!!』
「え?」
響き渡る竜のような咆哮と共に光の中で巨大な雷光が幾重にも弾けた。
途端に紅蓮の魔力の嵐は急激に力を増し、デルフリンガーが全身全霊で放った力を瞬く間に掻き消していく。
巨大な津波のような勢いで押し迫る光は才人をも飲み込もうとしていた。
「やらせるかああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
デルフもまた負けじと絶叫を上げると刀身は今まで以上に眩い輝きを放つ。
(あんたは……一体――)
光の奔流に晒されながら、才人の意識は薄れていく。
最後に見たのは、今まで剣を交えてきた銀髪の剣豪ではない。
大きな角を生やし、マントのような翼を纏う漆黒の悪魔が剣を振るう姿だった。
◆
「――生きてる?」
呼びかける女の声と頬を軽く叩かれる感触で才人は目を覚ます。
瞼を開けてみると、視界に入り込んだのはくすんだ金髪の女性の顔だった。
「マチルダさん……?」
ウェストウッド村の経営者が覗き込んでいるのを見た才人はゆっくりと体を起こす。
ぼんやりと周りを見回すと、ウェストウッド村の庭の真ん中に自分は寝転がっていたことに気付く。
マチルダは才人の真横に座り込んでおり、あの銀髪のイタリア人が片腕を組みつつ静かに佇んでいた。
いつもオールバックにしているはずの髪は下りて違う形になっている。
「あんたの戦いぶり、ここでじっくり見させてもらったよ。ずいぶんと派手にやったわね」
苦笑しながら肩を竦めるマチルダ。
それは幻の中で才人が彼と剣を交えたことは夢ではなかったことを意味していた。
(気のせい、だよな……)
最後に見た悪魔の姿はどこにもない。
いるのは自分が戦った男だけであることを才人ははっきりと認識する。
「ほら、これ」
「え? ……あ、ああ!? 何だこりゃ!?」
差し出されたのは二枚の服。いつも着ているパーカーと下着のシャツだった。
見れば才人は上半身に何も着ておらず、いつの間にか裸となっていたのだ。
慌てて受け取り着込んでみると、さらに驚くべきことに気が付き目を丸くする。
「ああ、思いっきり破れてたからね。直しといたよ」
「すげえ。完璧に塞がってる……」
もう使い物にならないほどに斬り裂かれていたはずなのに、最初から斬られてなどいなかったかのように継ぎ目もなく修復されているのだ。
土魔法のエキスパートであるマチルダにしてみれば裁縫などせずとも錬金で服の切り口を繋いでみることなど朝飯前である。
「しかし……あんだけやって怪我一つ負わなかったのは奇跡だね」
溜め息をつくマチルダに才人はゆっくり体を起こしながらも自分の体を見やる。
鬼か悪魔……いや、もはや鬼神のごとき強さの超人の猛攻を時間も忘れるほどに受け続けたというのに、どこも全く傷ついていないのだ。
「お前の相棒とやらは大したものだ。私の技を全て防ぎきるとはな」
僅かにほくそ笑んだスパーダは切り株の上に置かれたものを見やった。
ブラッディパレスの杯と共に、デルフリンガーが鞘に納められて安置されている。
にじり寄った才人は自らの愛剣を手に取り、刃を抜き放つ。
「すげえよデルフ。あんだけやられたのに全然平気じゃんか」
両手に握り締めまじまじと見つめながら絶賛するが、愛剣は何の返事も発さず沈黙したままだった。
いつもならこれだけ褒めてやれば、感激しながら喜ぶというのに。才人は不安な面持ちでデルフが言葉を発する金具に顔を近づける。
「どうしたんだよ? デルフ……」
「あれだけの力を一気に発揮したのだからな。かなり疲れているはずだ。半日は口も聞けんだろう」
「そっか……そうだよな」
納得しつつも安堵の溜め息をこぼした。
確かにあれだけ全力を出し続けていれば剣とはいえかなり消耗するはずだろう。
今は休ませてやるべきだ。才人はデルフを鞘に納めて切り株の上に置いた。
「こいつはお前を守り抜いた。紛れもない伝説の魔剣だ。せいぜい大事にしてやれ」
スパーダからも称賛を送られて才人は頷く。
武器とは即ち、持ち主の命を守るための盾でもあるのだ。その使命をこの生ける魔剣は存分に果たした。
「これまで培った全てをその剣に注ぐがいい。後はお前次第だ」
「ああ……分かったよ」
魔法を操るメイジに狂暴な亜人やドラゴン……このハルケギニアには数多くの危険が待ち受けている。
これからも才人は様々な敵と相まみえることになるだろう。それらの苦境を、この最高の相棒と共に戦い抜くのだ。
「……あんたには本当に色々と世話になっちまったな」
思い起こせば、たった二週間とはいえ才人は数々の不思議な出来事ばかり毎日体験していたのだ。
この異世界ハルケギニアに召喚されてから今までだってそうだったが、今度ばかりは比較にならない。
何しろ自分と同じ地球から迷い込んだこのイタリア人は本当に不思議な存在そのものだった。
数多くの大切なことを才人は学び、教えられ……そして気づかされたのである。
彼と過ごした日々は、まるで父と一緒にいるかのように充実なものだった。
もちろん、才人の実の父親は地球にいるし、剣士でもなんでもない一般人なのだが。
「俺、やれるだけのことをやってみる。デルフと一緒にルイズを……みんなを守るよ」
「ならばその志、遂げてみせるがいい。お前はガンダールヴなどではない。平賀才人なのだからな」
スパーダは崩れた前髪を両手でオールバックに戻しながらそう言い、才人は応えるように強く頷いた。
ガンダールヴの力などなくても、使い魔の証などなくても、大切な人を守ることはできる。
ルイズや世話になった多くの人達のために尽くし、支えてあげたい……それは紛れもない才人自身の心から生まれた嘘偽りのない意志だった。
「どこいくんだよ?」
改めて決意を胸にする中、マチルダが村の外へ出ようとしているので声をかけた。
「休暇はもう充分済んだからね。そろそろ稼ぎに行かないと、ここの子達に仕送りができなくなるのさ」
「テファには何にも言わなくて良いのかよ」
「いつものことさ。あんたは気にしなくて良いよ」
言いつつもマチルダは才人の元へ歩み寄ると小さく嘆息しだす。
「本当はあの子もずっとここに閉じ籠ったままにしておく訳にはいかないんだけどね……」
ティファニアの身の上を知った才人はマチルダの気持ちが分かる気がしていた。
外の世界に出たくても、ハーフエルフである彼女の正体が世間に触れることは許されない。
それこそ正体がバレれば命さえも危うくなるのは必至だ。
「だったら俺、トリステインに帰ったら姫様に相談してみるよ。テファは俺の命の恩人なんだ。姫様もルイズもきっと話を聞いてくれるよ」
「ま、テファの気持ちも考えてやることだね。最終的にはあの子が決めることさ」
そこまで言った所で再び踵を返したマチルダはいまだティファニアが眠っている家を名残惜しそうに眺めながら歩き去っていった。
「……なあ、ちょっと待ってくれよ!」
スパーダもマチルダに続いて村から立ち去ろうとする中、その背中を見届けていた才人は彼を呼び止めた。
「よく考えたらさ、俺はあんたの名前を聞いてねえ」
立ち止まり振り返るスパーダは呆気にとられたように才人を見つめていたが、小さく嘆息すると一言こう答える。
「聞かれなかったからな」
そう。この二週間、才人の方から名前を尋ねようとしなかった。だから知らないのは当然である。
ティファニアには伝わっているものの偶然、スパーダが名を呼ばれる機会もなかったので才人にも伝わらなかった。それだけのことだ。
「あんた、いつもそれだな……」
釈然としないとばかりに才人は大きく肩を竦め、苦笑した。
聞かれないことはどんなに重要なことであっても自分からは絶対に話さない。この男に対して才人が唯一気に入らないと感じることだった。
だからこそ、知らなければならない。彼との思い出を決して忘れないためにも。
「俺は才人、平賀才人っていうんだ。あんたの名前は?」
最初に会った日と同じく自らの名をはっきりと告げ、そして問いかけた。
「スパーダだ」
僅かな間を置き、スパーダも初めて名乗りを上げる。
「スパーダ……」
「何がおかしい?」
唐突に楽しげに笑いだした才人にスパーダも薄い笑みを浮かべだす。
「あんた、知ってるかな? 正義の悪魔が世界を救うっていう有名なおとぎ話なんだけど……それに出てくる主人公と名前が同じでさ」
才人が小学生だった幼い頃、よく愛読していた外国の英雄譚がある。
世界が恐ろしい悪魔の侵略により危機に瀕した時、突如として一人の悪魔が正義の心に目覚め、人間達を守るために反逆を始めたというものだ。
主人公の悪魔は一振りの剣のみでかつての仲間であった恐ろしい悪魔達を退け、ついには大悪魔の魔王をも討ち倒して人間の世界を救うハッピーエンドとなった。
男児向けのヒーロー絵本であるため、才人もかつては熱中したこともあったほどである。
当然、その主人公のモデルとなった悪魔が目の前にいる男であることなど知る由もないが。
「そうか。偶然だな」
自嘲したように小さく鼻を鳴らすと、スパーダは再び背を向け歩き出す。遠ざかっていく背中を才人はじっと見つめていた。
「スパーダ! また会えるか?」
その呼びかけにスパーダはもう振り返らない。ただ小さく手を掲げつつ応える。
森の中の庭先で一人、才人は彼の姿が見えなくなるまでその大きな背中と背負われる大剣をいつまでも見つめ続けていた。
(魔剣士スパーダ……まさかな)
メイジをも超える超人……そう、魔剣士と呼ぶに相応しいあの男を才人は生涯忘れることはないだろう。
あの時見えた悪魔は、かつて抱いたおとぎ話のヒーローへの憧れが形となって表れたのかもしれない。
だが、才人は自分が見た悪魔を恐ろしいとは微塵も感じなかった。
◆
徐々に日が昇りだし、木漏れ日が射し込みだす林道をスパーダ達は進んでいく。
ウェストウッドの村が見えなくなってきた所でマチルダは杖を軽く振ると、髪の色が元の緑へと戻っていた。
フェイスチェンジは覚え立てとはいえ元々土系統のメイジで風系統の魔法は得意ではないので、長時間維持し続けることはできない。
だが才人と顔を合わせる時だけは必ずかけて、土くれのフーケとしての正体だけは何とか隠し通すことができた。それももう必要がなくなる。
「もう良いのか?」
「ええ。もう充分だわ……」
「そうか」
マチルダは切なそうにちらりと来た道を振り返る。
そもそも二人がこの世界を訪れたのは全くの偶然だった。
獣の首を彼女が持ち帰らなければ、今頃は元の世界で予定通りにアルビオンへの潜入を行っていたことだろう。
向こう側の時間は大して経っていないので本来の予定にはまるで影響はないのだが。
「あなたには色々と気を遣わせちゃったわね」
スパーダがこの世界にしばらく留まっていたのは才人の面倒を見てやるのと同時に、マチルダの心に安らぎを与えてやろうという配慮でもあった。
元の世界に戻れば、彼女には辛い現実が待っている。
本来の自分達の世界では、あの村はレコン・キスタによって壊滅させられた。
守るべき子供達も、ティファニアを残して全て皆殺しにされてしまった。
残酷な運命にマチルダは憎きレコン・キスタへの怒りと復讐心を燻ぶらせ続けていたが、この一か月間はそれをほぼ忘れることができた。
生きる世界は違えど、自分が守るべき子供達と一緒にいられたひと時は安息と充実をもたらしたのだ。
失われたものと再び触れ合えるのが、どれだけ嬉しかったことか。
正直な所、ずっと見守ってやりたいという願望も湧き上がるほどである。だが、それはできない。
「君のティファニアが向こうで待っている。帰ったら顔を見せてやるのだな」
「そうする……」
生きている世界が違う以上、永遠にこの世界に留まることはできないのだから。
何より、本来の守るべき者を残したままにしておく訳にもいかない。
それでもマチルダは自分が彼女達と共にいた痕跡を残していた。
ティファニアを起こさないようにしていたマチルダは居間のテーブルに今手元にある金を全て置いていった。
ささやかだが、かつてのようにウェストウッドの村で過ごすための生活費を贈ったのである。
そしてもう一つ、一通の手紙を書き置いていた。
そこにはティファニア達と一緒に過ごした自分達の全てを記している。
――自分はここのティファニア達が知っているマチルダ・オブ・サウスゴータではないこと。
――信じられないことは承知だが、スパーダのマジックアイテムで別の平行世界からやってきたこと。
――故に、こちらの世界のマチルダとは別人でそのマチルダはどこかで別の仕事をしている最中だということ。
――元の世界に帰らなければならず、もう自分達と二度と会う機会はないこと。
――自分のことはもう忘れて、こちらの世界のマチルダと交流をするように、と。
――こちらの世界の自分とサイトは少し因縁があるから仲良くするように、と。
――もうそろそろ、外の世界を見なければならない時期だから少し考えておくように、と。
――生きる世界は違っても、みんなを愛しているということ。
そして最後にこう綴った――この一か月間、一緒に過ごしてくれてありがとう、と。
「では、我らも戻るとしようか」
懐から獣の首を取り出したスパーダはそれを前にかざしだす。
ライオンの彫像の目と口の部分が光を灯し始め、徐々に強さを増していく。
――パンッ!!
突如、軽く弾ける音と共に獣の首は粉々に破裂した。
元々、欠陥品であるために魔力を使い尽くせば壊れてしまう。それがこの獣の首が失敗作と呼ばれる所以であった。
破片が砂のように崩れ落ちる中、二人の姿は徐々に透けて薄れていく。
本来、この世界に存在するはずのないスパーダ達はあるべき場所へと帰るのだ。
「みんな……元気でね……」
ほとんど透明になる中、マチルダは自らの思い出に別れを告げる。
二人が消え去った後、森の中には風だけが静かに流れていた。
◆
「お、やっと帰ってきやがったな」
アミュレットとしてルイズの傍にあるデルフが晩餐の席でそう告げた。
どうやら無事にスパーダ達はこちら側の世界に戻ってこられたようだが、デルフは実況するだけでその様子をルイズ達に見せようとしない。
数時間前、別の世界の自分が絶望の果てに身投げをしようとした場面を見届けた後にまた向こう側と繋がらなくなってしまったのだ。
人気のない魔法学院の中庭に現れたスパーダは魔法学院の秘書ロングビルと別れるなりベンチに腰掛け、そのまま眠ってしまったらしい。
「しばらくは向こうも退屈になるだろうなぁ。面白くもねえや」
そうつまらなそうに溜め息をついたデルフは黙り込んでしまった。
その晩、いつものようにカトレアの自室で姉に髪をすいてもらうルイズは今日ばかりは様子が違った。
向かっている鏡台に映る自身の顔は本人でも自覚できるくらいに仏頂面である。
「どうしたの? ずっとそんな顔をしたりして」
カトレアが鏡に映るルイズの顔を後ろから覗き込んでくる。
ルイズは溜め息をつきながら今抱いている思いを漏らしだす。
「あり得ないわよ……あたしがあんな奴を好きになるなんて……絶対にあり得ないわ」
「あら。ルイズはあのサイトという子が嫌いなの?」
「別に嫌いとかそういうのじゃないわ……」
自分とは異なる、全く別の世界と時間を生きるもう一人のルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール……。
その姿を見届けた後にルイズの心を占めていた思いは言葉にするなら――気に入らない――その一句のみだった。
「何であんな平民を召喚なんかすんのよ……もうちょっとちゃんとしたのを召喚すれば良いのに……」
実際に召喚されていたのは伝説のガンダールヴだった訳で、普通の使い魔ではなかった訳だが。
もっとも、こちら側のルイズが召喚したのはガンダールヴどころか、伝説の魔剣士にして強大な悪魔・スパーダなのである。
だがそれらを抜きにしてもルイズが気に入らなかったのは、才人が平民……というより普通の人間であり、しかも使い魔として共に日々を過ごしていたという事実そのものだ。
というより、彼を使い魔にしたというなら必然的にコントラクト・サーヴァントをしたということで、あっちの自分はサイトに契約のキスを……。
(スパーダと同じようにしたに決まってるわ)
自分の場合はスパーダの頬にキスをすることで契約のルーンを刻んだ。
きっとそれと同じことをしたに違いない。そうルイズは結論づけた。
まさかあいつと唇を重ねたなんてことはないはず……。
「そりゃあ仕方ねえさ。使い魔召喚ってのはメイジには相手を選ぶ権利はねえんだからな」
「でも、どうしてあの子があっちのルイズの使い魔に選ばれたのかしら?」
ルイズの胸に下がっているデルフにカトレアは疑問を口にした。
「ん~……四系統の魔法だったらそれを象徴するような動物や幻獣の前にゲートを作るんだけどなぁ。実の所、サモン・サーヴァントの魔法がどういう理屈で選んでるのかはよく分かってねえんだよ。それにほら……娘っ子の系統は他のメイジとは全然違うだろ?」
炎系統のキュルケだったらサラマンダー、風系統のタバサは風竜、土系統のギーシュならビッグモール、そして水系統のモンモランシーならカエル……。
確かにどれも各々の属性の特徴に合ったものばかりだ。
だがルイズの系統は虚無……それによって選ばれたのがサイトであり、スパーダなのだ。
世界が違うだけでただの人間と悪魔が選ばれている。確かにどちらも共通点が見当たらない。
強いて言うなら、人の形をしているといった所だろうか?
「ただ、それを決めているのは『運命』だとも言われてるがな」
「運命……」
自分がスパーダをこのハルケギニアに召喚したのが運命。向こうのルイズが才人を召喚したのもまた運命。
考え込むルイズは訳が分からないとばかりにますます複雑そうに顔を歪め出す。
スパーダが選ばれたのは何となく分かる気がしていた。このハルケギニアは魔界の悪魔達に狙われている。それを阻止するために魔法は彼をこの地に呼び寄せたのかもしれない。
だがやはり、あの才人が向こうで選ばれた理由はさっぱり分からない。
話を聞いた感じでは向こうのハルケギニアは魔界の侵略を受けていない様子で、その点に関しては平和と言えるだろう。
それなのに召喚されたのが、元は何の力もない平民だというのは納得ができなかった。
「しかし、あっちの娘っ子は相当あいつに惚れ込んでたんだなぁ。あんなことまでしでかすなんて、本当におったまげたぜ」
サイトが死んだと思い込み、絶望した向こう側のルイズはその果てに命を絶とうとした。
あの場面はルイズもカトレアもエレオノールも、母カリーヌまでも本当に驚いた。ルイズ自身、同じように悲鳴を上げかけたほどだ。
「ルイズもサイトも……とっても幸せだわ。離ればなれになっても、あそこまでお互いを愛し合うことができるなんて」
「……あり得ないわ。あんなウジウジした奴、何で好きになんなきゃならないのよ」
それが一番ルイズが気に入らないことだった。
平民であることは置いても、自分とガンダールヴを比較して卑下するし、スパーダにあそこまで諭されても情けなく強情を張るし……。
そんな男を好きになれるはずがないのに、向こうのルイズは好きになった。それが実に腹立たしい。
「それはあっちのルイズ達でしか分からないことよ。あっちのルイズとあのサイトという子の間には、私達には分からない強い絆があるんですもの」
確かにカトレアの言う通りだ。召喚されたサイトはどのような日々を送り、向こうのルイズと絆を築いたのか自分達がそれを知る術はない。
「だがまあ、一つだけ分かることがある」
「何がよ?」
「サイトはあっちのお前さんを夜這いしてねえってことさ」
「~~~~~~~っ!! 夜這いですってえ!?」
からからと笑いながらとんでもないことを口にしたデルフにルイズは憤慨し立ち上がった。
「まさか娘っ子のベッドに潜り込んで一緒に寝るなんてあるめえよ。ぶっ殺されちまうからな」
「当然じゃない!」
顔を真っ赤にしながらベッドの方へずかずかと進んだルイズはその上に乱雑に寝転がった。
カトレアがその隣にやってきて静かに腰を下ろすとルイズを見下ろしてくる。
「じゃあ、あの子はいつもどうやって寝ていたの?」
「娘っ子のベッドの横に藁の束があったろ? たぶん、あれがサイトの寝床だったんだろうぜ」
「あらまあ、床で寝るなんて可哀そう」
確かにルイズの自室が映る場面でそんなものが置いてあったような気がした。
もし本当にあれが才人の寝床だというなら、向こうのルイズは彼を正真正銘の使い魔として扱っていたことになる。
スパーダはいつも椅子に腰かけたまま眠るだけなのだが、どちらにしろルイズが召喚した相手はろくな眠り方をしていない。
「あのサイトの奴、やっぱりあっちの娘っ子に最初は使い魔としてこき使われてたらしいな。もしかしたら人間扱いされてなかったのかもしれないぜ」
「何でそこまで分かんのよ……」
「ただ何となく」
確証もないのに平然と言うデルフにルイズは余計に渋い顔を浮かべる。
自分とスパーダはパートナーとして、当初から対等の関係を築いていた。
だがサイトと向こうのルイズには明確な上下関係があったという。
それは当然ともいうべきものではある。本来なら使い魔の上に召喚した主人が立つという関係になるのはメイジの常識なのだから。
(あっちのあたしって、何をしてたのかしら……)
天井を見上げたままルイズは思いに耽ていた。
考えてみれば、使い魔召喚の儀式を行ったあの日から全てが始まったのだ。
自分が召喚したスパーダは最初に色々と交渉をしたからこそ、今の関係を築いている。
だが元は無力な平民である才人にそんなことができたとは到底思えない。
ならば本当に向こうのルイズは才人のことを、良くて召使いとして扱っていたのだろうか。
「ま、こき使われてたのも最初の内だけだったと思うぜ? あそこまで本気になれるのは、メイジと使い魔の契約なんて及びもしねえ。あれはあいつら自身の付き合いの結果だろうぜ」
「うぅ~~~……」
向こうのルイズと才人の契約は一度途切れた。それでもあの二人はお互いを想い合っていた。
あれは嘘偽りのない本物の愛情そのものだ。だからこそ、向こうのルイズは才人のことを馬鹿にしたエレオノールにあそこまで怒りを露わにしたのである。
だがルイズには向こうの自分がどうやってあそこまで才人のことを本気で愛するようになったのか、さっぱり理解できない。
(あたしもスパーダが死んだりしたら、あんな風になっちゃうのかな……)
対する自分達の場合、あそこまでお互いを想い合ってるという訳ではない。
スパーダはルイズを支えるパートナーというスタンスを崩さないし、対するルイズも彼のことはとても信頼できる父親のような教師のような……言葉では表せないような親しみに留まっていた。
考えてみればルイズはこの16年間、異性とまともに付き合ったことなどない。
許嫁だったワルドは結局裏切り者だったし、魔法学院に入学してからもロクに男子と交流したことさえないのだから。
その初めての相手がスパーダだったのである。
別の自分と同じように、自分は本気で男の人を愛せるのだろうか?
ぼんやりとしたままルイズは溜め息をついた。
「それにサイトはスパーダと違ってガキだ。お前さんと同じな。それが決定的な違いだな」
大人でしかも雰囲気も風格も貴族そのものなスパーダに対して才人は平民の子供だ。
こちら側では子供と大人――向こう側では子供同士――確かに、付き合い方は大きく違ってくるだろう。
「それにしてもサイトは本当に凄いことをしたのね。七万もの敵を相手にするなんて」
カトレアはくすくすと楽しそうに笑いだす。
「俺もあんな風に剣として使って欲しかったねえ。ちぇっ、俺もあっちの俺みたいにしてくれれば良いのによう……」
向こう側のデルフはこちらと違ってずっと最初の剣のままだった。それもまた大きな変化の差だ。
もしスパーダを召喚していなかったら、確かに同じように剣として活躍できていたに違いない。
「あんなの牛止めるようなもんでしょ。スパーダに比べたら大したことないわ」
そう言いつつも、才人の成したことはルイズも内心では認めざるを得ない偉業だ。
ガンダールヴの力があったとはいえ、その活躍は英雄と呼ぶに相応しいものだろう。
それにしても向こうでも多少の事情は異なれど、レコン・キスタが存在していて、しかもトリステイン軍が攻め込んでいるとは本当に驚いたことだった。
自分達もいずれ同じように攻めにいく予定だが、動機も方法も、それを実行する人員から数に至るまで著しく異なる。
「でもトリステインに帰ったら、あの子はきっと凄い褒美を頂くわね」
「しかし、あっちの娘っ子も姫嬢ちゃんも一体何をくれるんだろうなあ。平民だからやっぱ金かねえ?」
平民に対する恩賞と言えばそれくらいしかない。となれば、莫大な金を才人は得るのだろう。ルイズもそう考えていた。
「わたしだったら、シュヴァリエの称号をあげちゃうわ」
カトレアの発した言葉に思わずルイズは目を見開き、跳ねるように飛び起きた。
「ちい姉さま! それって、あいつを貴族にするってこと?」
「そうよ。いけないかしら? あの子はそうなってもおかしくない功績を立てたんですもの」
平然と返すカトレアにルイズは信じられないとばかりに仰天する。
シュヴァリエは最下級とはいえ貴族の称号。しかも世襲では決して得られない、その人間の実力そのものの証でもあるのだ。
「だって……あいつは平民よ? それを貴族にするなんて……」
「でもなあ。アニエスはシュヴァリエだぜ? 全く異例ってことでもあるまいよ」
デルフの言う通り、銃士隊隊長のアニエスは確かに実力が認められてシュヴァリエに叙されたのだ。
しかも向こうでもどうやら同じ立場にあった様子で、前例はある。
だがそれでもルイズには納得できなかった。平民から貴族になるなんて本来ならあり得ないことなのに。
当然、アニエスは宮廷の多くの貴族達から白い目で見られているのだから才人もそれと同じように偏見の目で見られるだろう。
それくらい平民が貴族の称号を得るというのは異常事態でもあるのだ。
「うぅ~~~~……でも、やっぱりあいつが貴族になるなんて……」
複雑な顔で呻いているルイズを見てカトレアは小さく溜め息をつきだす。
「ねえ、ルイズ。貴族って何かしら?」
「え?」
その唐突な言葉にルイズは面食らった。
「わたし達は生まれた時からこのラ・ヴァリエールの一員だったわ。……でも、それは本当の意味で貴族じゃないの」
いきなり何を言い出すのか。ルイズは訳が分からないとばかりにカトレアを見つめた。
「貴族である条件はただ一つだけよ。それは王様やお姫様達を命がけで守ること。わたし達のご先祖様達はだからこそ、この領地やお城を授けられたんですもの」
真摯な態度で語るカトレアにルイズは圧倒されるように、ますます驚きながら目を丸くした。
「わたし達はご先祖様が築いた偉業にただあやかっているだけ。自分の力で貴族になった訳じゃないの。本当だったら、恥じるべきことなんだわ。お父様もお母様も、ちゃんと自分の力で貴族の資格を示したのにね」
貴族とは一体何なのか――それは普段意識すらしたことのないものである。
自分達は生まれた時から無条件でラ・ヴァリエール家という貴族の一員だった。
父も母も、魔法衛士隊で数えきれないほどの武勲を立てた。だがその娘達はいずれも何の功績を立てた訳でもない。
言われてみれば大半の貴族達は自分の実績でも無いのに、偉ぶっている者がほとんどだ。
カトレアの言葉は不思議ととても強い説得力を帯びているのがルイズにも感じられた。
だが、それでもルイズには一つ納得できないことがある。
「でも、サイトは魔法が使えないメイジなのに……」
「そんなものは些細なことよ。メイジであることと貴族であることは全く別。そんな理屈で言ったら、魔法が使える犯罪者もみんな貴族と呼んで良いようになってしまうでしょ?」
以前、同じようなことを父にも言われたことをルイズは思い出した。
メイジと貴族は本来、別々の存在であり、同一に扱ってはいけないのだと。
「メイジであることをやたらと気にする人は、自分達が特別であることを一番気にし過ぎているのね。だからサイトやアニエスさんみたいな人達に嫉妬しちゃうの」
苦笑するカトレアにルイズは言い返せず沈黙してしまう。
「サイトは自分の力で偉業を成し遂げた……。それは誰も文句を言う資格がない事実よ。だからこそ、あの子も立派な貴族になれる資格があるんだわ」
――魔法が使えるから貴族と呼ばれるのではない。敵に後ろを見せない者こそが真の貴族なのだ。
それはルイズも抱いたことがある自分なりの貴族としての誇りやあり方だった。
才人はメイジでないのに逃げようともせず、逃げられたのにもかかわらず、自分の大切なものを守るためにたった一人で敵に立ち向かった。
それはまさしく貴族に相応しいあり方そのものではないか。
彼が成し遂げたことはルイズも本心では称賛してやりたいくらいの偉業なのである。
だが、それを何故かはっきりと認めることができない。それはカトレアが言った通りのこと。
――自分達ができないことを成し遂げたことが悔しく、羨ましいからだ。
(サイト……か……)
再び横になったルイズは世界は違えども自分の使い魔となった少年と、パートナーである悪魔のことを思い浮かべた。
夏期休業は残すところ、二週間あまり。それを過ぎれば魔法学院ではスパーダが待っている。
再会したらぜひ、彼が目にしてきた別のハルケギニアでの体験を直接聞いてみたかった。
「別のハルケギニア……あっちのわたしはどうしてるのかしらね……」
ルイズがうとうとと、微睡みに沈みかけている中、カトレアがぽつりと呟いているのを耳にしていた。
「やっぱりこっちと同じでこの城に閉じ籠っちゃってるのかしら。それとも、病気になんてならないで元気に外の世界を歩き回ってるのかしら……」
(大丈夫よ……きっと、向こうのちい姉様だって……)
独り言を聞きながらルイズは大きな欠伸をし、瞼はゆっくりと閉じて視界が闇に包まれていく。
「――あっちのわたしは……ちゃんと涙を流せているのかしら……」
完全な眠りへと落ちる寸前のルイズの耳にその囁きだけは、はっきり届くことはなかった。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
-
戦闘シーン
-
主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定