魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
残り三日――
それがルイズに残された夏期休業の日々を過ごせる時間だ。
とはいえラ・ヴァリエールから魔法学院まで馬車で二日はかかるため、明日の朝にはここを発たなければならない。
最後の日の夜をルイズはカトレアの部屋ではなく、自分の部屋で過ごすことにしていた。
「これが最後の一つね……」
夜も更けた頃、天蓋付きのベッドの上で座り込む寝間着姿のルイズの両手の上でぼんやりと赤い光が灯っている。
明かりが消された闇の中でほのかに光を放つ握りこぶし大のレッドオーブをルイズはじっと見つめていた。
「娘っ子も懲りないねえ」
「良いじゃない。ちゃんと使い切らないともったいないでしょ」
胸に下げているままなアミュレットのデルフの呆れた声にルイズは言い返す。
自分の目の前、ベッドの上に置かれた黄金色に輝く時空神像にオーブをかざすと瞬く間に掲げている砂時計へと吸い込まれていく。
「カリーヌ・デジレ・ド・マイヤールの30年前くらいの出来事を映して。……あんまり音は大きくしないでね」
最後に小声でそう告げると赤く煌めく神像の目から光が放射され、壁に映像を作り出す。
この二か月間、ルイズは姉と一緒に時空神像を通して母・カリーヌの様々な活躍を覗き見ていた。
魔法衛士隊での活動……恐ろしい悪魔たちとの戦い……どれもがルイズ達が夢中になってしまうほどに母の武勇伝は見ていて楽しかった。
だが何もルイズは自分達が楽しむためだけに母の過去を覗いているのではない。
ハルケギニアを侵略しようと暗躍する魔帝ムンドゥスの勢力との戦いを、魔法学院で待っているスパーダにもデルフを通して見せることも目的の一つだったのだ。
そんな母の過去を見られるのもこれが最後になる。
「お、ちゃんと見習いの時みたいだな」
光の中に映し出されたのは今よりもずっと若い母の子供の頃の姿だった。
今もデビルハンターの正装として着ているあの時代遅れな――正直、ルイズでもダサイと感じる――騎士の衣装。
カリーヌは自分が騎士として戦ったりする場面を見たりするのは咎めたりはせず、日時を聞けばすんなり教えてくれる。
だがそれ以外のプライベートなことに関しては一転して見られたくないようで、断固として教えてはくれなかった。
特に見習い騎士だったこの時期を見られるのを一番嫌がっていた様子だった。
なので、最初にスパーダが記憶を抜き出した時と同じ感じでルイズは母の見習い時代の記憶を覗き見ることにした。
どうせ最後なのだから、一番見たいところを見てみたいのである。
「でも、どうしたのかしら。何か様子が変だわ……」
映像には男装の女騎士・カリンの他にも父・ピエールことサンドリオン、そして友人のナルシスにバッカスの姿があった。
カリンは何やらぼんやりと生気の感じられない表情のまま、三人に連れられて街の中を歩いている。
そこは王都トリスタニアの繁華街であるチクトンネ街に間違いなかった。
やがて一行はとある店へと入っていく。
「げ……あの店って……」
その店の看板を見てルイズの顔は引き攣った。
「天使の箱舟亭ねえ。話に聞きゃあ、いわゆる娼館ってヤツだなあ」
デルフの言う通り、あの店はいかがわしい娼婦たちが勤めている酒場の一つだった。
トリスタニアへ何度か立ち寄る中でルイズも店の前を通ったことくらいはある。無論、学院の生徒が入るような場所ではない。
そんな場所に何故、母は――父が――あの四人はいるのだろう?
『あらまあ! これはこれは! まるで女の子みたいに可愛らしいお坊ちゃんだこと! ……もしかして、王女様お気に入りって噂の?』
『ああそうだ。初めてなんだ。男にしてやってくれや』
バッカスに店の女将へ突き出されたカリンは相変わらず心ここにあらず……上の空なままだった。
一方のサンドリオンは興味がなさそうにワインを注文して一人で飲み始めている。
『どきな! この子はわたしのものだよ!』
『このアバズレ! あんたなんかに渡すもんかい!』
『あたしよ、あたし!』
娼婦たちは美少年――に見える――カリンを奪い合おうと醜い争いを繰り広げていた。
「バカぁ~~~~~っ!! 母様に何をしようってのよおっ!!」
その光景を目にしたルイズは怒りのあまり叫ぶと、枕を思いきり映像が映る壁に投げつける。
どうやらバッカスとナルシスが首謀者のようだが、何があってあんな店に母を……まだ10代の少女を連れ込もうというのだ! 許せない!
この頃の三人はカリンが女であることを知らないというのは両親に聞かされたものの、ルイズの怒りは爆発した。
「ルイズ様! どうされたのですか!?」
部屋の外からメイドの驚いた声が聞こえてくる。今のルイズの叫び声を聞きつけたようだ。
慌ててベッドから飛び出たルイズは扉の前まで駆け寄り、背中で押さえつけた。
「な、何でもない! 何でもないわ! ちょ、ちょっと寝ぼけちゃっただけだから! 気にしないで!」
「でも……」
「ほ、本当に何でもないの! お休みなさい!」
慌てふためきながらルイズはそうまくし立てると、少ししてメイドが去っていく音を確認する。
「ふぅ……」
安堵のため息をついたルイズは力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
せっかく過去の映像の音は外に漏れないようにしているのに、自分が大声を出しては意味が無いではないか。
ベッドに戻ったルイズは気を落ち着かせると、改めて時空神像の映像に集中することにした。
いつの間にか場面は変わっており、カリンは一人チクトンネ街の通りを歩いていた。
「無事にあの店を逃げ出せたようだねえ。いやあ、良かった良かった。貞操は守れたわけだ」
だが相変わらずその表情には元気が感じられない。
(母様、何をあんなに落ち込んでるのかしら……)
ルイズが心配そうに意気消沈したままなカリンの姿を見ていると……。
『この野郎! せっかく人が奢ってやろうとしたのに、逃げ出すとはどういうつもりだ!』
『ごめんなさい、ごめんなさい』
別の酒場の前で一人の女性が男に乱暴されている場面が映っていたのだ。
それを見たカリンが苛立った様子で近寄ると、暴漢の尻を蹴り上げだす。
男はカリンの方を振り向き、相手が貴族であることに気付くとそそくさと逃げ出していく。
『ありがとうございます……』
『大丈夫か? 気を付けろよ』
カリンが助けたのは黒髪を肩で切りそろえた少女だった。1つか2つほど年上らしい彼女は美女には違いないが、どことなく人懐っこそうな可憐さも感じられる。
肩や背中を大きく露出した黒いドレスは整った体のラインがはっきりと分かるほどで、男は見るだけでも魅了してしまうかもしれない。
『あ、あの! お名前を!』
『カリン』
『あ、あなたが?』
『僕を知ってるのか?』
少女はカリンの名を知っていたようで目を輝かせるなり、様々な活躍を語りだす。
メイジ同士の決闘、王女の救出……見習い時代でもカリンは名を馳せていたようだ。
「こいつって、あの吸血鬼の娘っ子だよなあ?」
助けてもらったお礼をしたいとカリンを店に引っ張り込む少女にデルフは呟く。
吸血鬼――それはハルケギニアで砂漠のエルフと同じくらいに恐れられる存在だ。
先住魔法を操り、人の生き血を吸う最凶の妖魔。血を吸われて殺された者は屍人鬼・グールとして吸血鬼の使役する死した操り人形と化してしまう。
この悪魔のような存在によって、町一つが全滅させられたという話もある。それほどまでに恐ろしい吸血鬼は見つけ次第、殺せと貴族達の間では常識として教えられているのだ。
「そうみたいね……」
黒髪の少女の姿をルイズ達は何度か見たことがある。
当然、直接会ったりした訳ではない。時空神像で烈風カリンの活躍を見ていた中で見かけたものだ。
彼女の名はダルシニ。正真正銘のハルケギニア最凶の妖魔・吸血鬼である。
しかし、彼女は吸血鬼なのに大人しい性格で、殺生ができないという変わり者だったらしい。
父と母が現役の騎士だった当時、魔法衛士隊では二人の吸血鬼の身柄を預かっていた。それがこのダルシニだったのだ。
エスターシュ大公に囚われの身であったこの吸血鬼たちはカリン達と、当時のトリステイン国王、フィリップ三世の慈悲によって命を救われたらしい。
つまり、この映像は母が吸血鬼と初めて出会った時の場面なのだ。
父と母は言っていた。彼女達はかけがえのない仲間だった、と。
本来ならエルフや悪魔達と同じくハルケギニアの人々にとっては忌み嫌われ、恐れられる存在が心を通わせていた。
それはハルケギニアの長い歴史の中で前例のない事態だった。
――やろうと思えば仲良くできるんじゃないの?
話を聞かされてルイズはそう感じていた。
ルイズだって妖魔どころか、悪魔であるスパーダと交流ができたのだ。
本来なら相容れないはずの異種族同士が限定的とはいえ共存していた……それは紛れもない事実。
両親はあの吸血鬼に好意的だったようで、他の魔法衛士隊からも可愛がられたと聞いている。
何故、吸血鬼を殺そうとしなかったのかとルイズは母に問い、こう返された。
――彼女は私を殺せたのに、殺さなかったからよ。人殺しができるような雰囲気もなかったわ。
元々、エスターシュ大公の刺客だった彼女は、それでもカリンを殺すことを拒んだという。
冷酷で残忍な妖魔もいれば、そうではない妖魔もいた。それが事実であり、結論だった。
妖魔にエルフ……そして、悪魔……一体、何が違うのだろうと、ルイズは疑問に思った。
母はハルケギニアの言い伝えや定めに盲従せず、自分の意思で妖魔の一人と心を通わせることができたのだ。
それはあのダルシニが自分達に危害を加えようとしない、分かり合える存在だったから。
恐ろしい妖魔という概念ではなく、一個人として認められる器量も母にはあったからこそである。
同じことをスパーダにだってできるはずではないか。
何故なら彼もまた、自分達と心を通わせられる悪魔……人間なのだから。
酒場の席でダルシニによって食事を奢られるカリンは色々なことを彼女に打ち明けていく。
騎士に憧れて故郷からトリスタニアまでやってきたこと、つい先日には王女の名誉を守るためにエスターシュ大公の私兵であるユニコーン隊と決闘騒ぎを起こしたこと、そのせいで魔法衛士隊をクビになったこと……。
(そんなことがあったんだ……)
落ち込んだ様子で話すカリンにダルシニは妙に感じ入った様子で悲しそうにしている。
ルイズもまた、当時の母がどれだけ苦難を味わっていたのかを知って共感する。
「あ……」
やがて酒に酔って眠りだしたカリンだったが、映像が徐々にぼやけ始める。
それと同時に映像も切り替わり、ベッドに寝かされたカリンの枕元に立つダルシニの姿が映りこもうとしていた。
だが瞬く間に時空神像から光は消え失せ、部屋は闇に包まれてしまう。
「時間切れか。これでおしまいだな」
「あ~あ……せっかく良い所だったのに」
ルイズは残念そうに溜め息をついてベッドの上に寝転がった。
一体、どのようにあの吸血鬼と心を通わせられたのかもっと見てみたかった。
「ところで、何であの連中娘っ子の母ちゃんをあんな店に連れ込んだんだろうな」
「知るもんですか」
むしろ知りたいのは、あの吸血鬼が今はどこでどうしているかということだ。
しかし、母はそれを教えてはくれず、どこか哀しげな顔を浮かべたのである。
◆
――It gets R-rated from here on.(ここから先はR指定だ)
◆
魅惑の妖精亭――若い少女の給仕たちがきわどい衣装に身を包んで接客をするという、これまたいかがわしい居酒屋に――先日連れ込まれた娼館よりはずっとマシだが――カリンはいた。
数日前に出会ったダルシニという少女……その正体は吸血鬼でエスターシュ大公から自分を
ところが彼女はカリンを良心から殺すことができないという本当に変わった吸血鬼であることが接してみて分かったのだ。
おまけに彼女は自分の妹を人質にされて囚われているという事情を聞かされたカリンは怒りに燃えていた。
卑劣な策略で魔法衛士隊を襲おうとするなんて、断じて許せるものではない。
カリンはエスターシュの陰謀を暴くことを決意した。
そのために彼の屋敷へ忍び込み、まずは囚われているダルシニの妹・アミアスを救出するのである。
もちろん、サンドリオンら仲間たちには相談しないままだった。今のカリンは仲間たちを信用できないのである。
こうして、この魅惑の妖精亭の二階の宿部屋にこもり、ダルシニと二人で計画を練っている真っ最中だったのだが……。
「お腹、すいてるのか?」
パンを食べているカリンの目の前でダルシニははっきりと腹の虫を鳴らしていた。
吸血鬼たちは人間のようにパンや肉を食べられない。人間にしてみれば何のこともない食べ物も、吸血鬼にしてみれば吐き気を催すほど強い拒否反応を起こしてしまうらしい。
受け付けられるのは人の生き血だけなのだ。
「ちょっとだけだったら、血をあげるけど……」
「今から妹を助けてくださる人から、血をいただくわけにはいかないわ」
「でも、お腹はすいてるんだろ?」
その指摘に応えるように、またもダルシニの腹が小さな音を立てる。
躊躇うように顔を背けていたダルシニは意を決したように向き直り、言った。
「それじゃあ……汗をください」
「汗?」
拍子抜けしたカリンにダルシニは言う。汗も血の一部なのだと。もちろん、吸血鬼が餌にするには成分は足りないが、一時しのぎにはなるらしい。
だが汗が欲しいと言ったって、おいそれと簡単に出せるものではない。ある意味では血を流すより難しい。
「っ……あ、あの……ち、直接?」
「はい。できれば裸になっていただきたいんですけど……」
ゆらりと身を乗り出して迫ってくるダルシニの雰囲気にカリンは慄いた。
真顔になったその表情はつい先ほどまでの大人しそうな少女と同じとは思えない。
おまけに裸になれだのと言われてカリンははっきりと焦った。自分が女だとバレてしまう。
だが、ダルシニは平然ととんでもないことを口にした。
「大丈夫ですよ。あなたが女の子なのは、ちゃんとわかってますから」
「え?」
最初に出会った数日前、酔い潰れて眠ってしまったカリンをダルシニは血を吸って殺そうとした。
その時にほんの僅かだが、カリンの血を吸っていた。その血の味で彼女の正体を知ったという。
「大丈夫です。誰にも言いませんから。……では」
「……っ!?」
戸惑うカリンにダルシニは一気に飛びかかってきた。そのまま床に押し倒されてしまう。
「あ……ちょ、ちょっと……」
ダルシニは器用にカリンの服を脱がせていき……最後には下着さえも剥ぎ取られてしまった。
腕をがっちりと押さえ込まれてしまい、圧し掛かってくる彼女に抵抗できない。
「ふふふ……」
いつしか彼女は妖艶な笑みを浮かべていた。つい先ほどまでの、大人しくて気が弱い、平和主義な雰囲気は微塵も感じられない。
「ひ……」
ダルシニのうっとりとした顔が、瑞々しい唇が、眼前へと近づく。
口から突き出された彼女の舌がカリンの首筋を優しく舐め上げた。
「……んっ!」
「ん……ん……おいしい。あなたの肌、本当にきれい。こんなきれいな肌から出る汗は極上なんです」
「あ、ありがと……んんっ……!」
ダルシニのぬるぬるとした舌が肌を這い回る度、甘い刺激がカリンの体を駆け巡る。
その艶めかしい舌使いはこれまで味わったことのない、不思議な快感をカリンに与えていく。
(ああ……ダメ……わたし達、そもそも女同士なのに……)
男女同士の交わりすら未経験なカリンは今、同じ女同士でいけないことをしている。
彼女の舌と手が肌をなぞる度に身体を熱くしていき、その背徳感が余計にカリンの全身をまるで炎のように燃え上がらせていった。
「はあ……はあ……はあ……」
「目をつぶってください。今からたくさん汗をかいてもらいますから」
「はあ……はあ……は、はい……」
とろんとした目つきでカリンは従順に頷き、身を委ねた。
もう女同士だとか、いけないことをしているといった抵抗感は消え失せようとしていた。
ちゅる、ちゅる、と艶めかしい音を立てながら妖魔の舌はカリンの体を愛で続けていく。
だが視界を閉ざしたために自分が本当は何をされているのか分からないため、カリンは快感と共に微かな恐怖すら覚え始めていた。
「んあっ……!」
薄い胸を彼女の手がまさぐる中、その先端に舌先がピトリと触れる。
(なにこれ……背筋が、痺れる……)
れろれろと胸の先端とその周りが丁寧に舐め回され、その快感に思わず体を反らせてしまうほどにカリンは悶絶した。
(体が熱い……溶けちゃいそう……)
妖魔の愛撫はなおも続き、徐々に体を這うように移動していく。
胸から腋……腹へ、そしてその先は……。
「や、やめろ! そこから先だけは駄目だ……!」
腰回りまで達しようとした所でカリンは初めて拒絶の声を発した。
快感で体の自由が効かない中にあっても、必死に首を振って抵抗の意思を示す。
「もう……また男の子の話し方をして……せっかく可愛い女の子なんですよ?」
愛撫をやめたダルシニの顔が目を薄らと開いたカリンの眼前に広がっていた。
「ほっといてくれ……」
真っ赤に染めた顔を背けるカリン。
「カリンさんはこの先ずっと男の子のフリをするつもりでいるんですか? いつも自分を偽ったままでいたら、気が張り詰めてばかりで疲れちゃいますよ?」
「うるさい……! 君には関係ない……!」
「少なくとも、わたしはカリンさんが女の子であることは知ってます」
真っ直ぐに顔を覗き込んでくるダルシニをカリンは見返していた。
垂れた目の中にある赤みを帯びた黒い瞳は見ていると、まるで吸い込まれてしまいそうだ。
「怖いんですよね? いつ自分の正体が誰かに知られてしまうことが。その気持ち……分かります」
「う……」
「でも、わたしは……あなたの本当の姿を知っています……誰にも言う気はありません」
優しく微笑み、両手で頬を包んでくるダルシニを見つめるカリンの心に不思議な安堵感が芽生え始める。
魔法衛士隊の仲間たちも、国王も、王女も、街の人々も、憎きユニコーン隊の連中も、娼館にいた娼婦たちも、誰もがカリンのことを男だと思っている。
みんなが自分を男だと信じているのに、もしも正体が女だと知られればその信頼を裏切り、最悪は拒絶されてしまうかもしれない。
だが目の前にいる吸血鬼だけは、カリンの本当の姿を知り、受け入れてくれる。
その現実が、今まで女であることがバレないように必死になっていたカリンの緊張と不安を和らげていった。
耳元まで顔を近づけ、囁くようにダルシニは呟く。
「だから……今だけは……わたしの前でだけは……女の子に戻っても良いんですよ……」
ダルシニの愛撫が再開された。彼女の唇がカリンの胸先にちゅっと吸い付き、柔らかく湿った肉で包み込む。
「あっ……! ああっ……!」
快感のあまり、カリンは騎士とは思えない少女らしい可愛げな嬌声を漏らした。
ちゅうちゅう、と優しく吸い上げられるその刺激は舐め回されるのとは違う、とてつもない恍惚をもたらす。
(わたし……おかしくなっちゃう……!)
いくら男に扮しているとはいえ、所詮は仮初め。本質的にはまだ男女同士の付き合いすらまともに経験したことのない未熟な少女に過ぎない。
初めて体感する快楽は15歳のカリンにはあまりにも刺激が強すぎた……。
今、この瞬間だけ、憧れの騎士を目指していたはずのカリンは何も知らない一人の女の子へと戻っていた。
◆
やがてダルシニは散々に汗をかいたカリンの体を隅々まで舐め尽くしていた。
「……ごちそうさまでした」
だがその声はカリンには届かない。初めて味わう、しかも激しすぎる快感と興奮の連続に意識は彼方へと飛んでしまったのだ。
「う、うぅ……」
失神したまま呻くカリンから離れて体を起こすダルシニだったが……。
(本当に美味しそう……)
自分に組み敷かれたままでいる少女を見下ろす中、ごくりと生唾を飲み込んでいた。
彼女の汗は美味しかった。だが、それだけではダルシニはとてもではないが満たされなかったのだ。
ほんの数日前、エスターシュの屋敷に囚われの身になっていた時は一ヵ月も食事を抜かされて生殺し同然の状態だった。
今回の件で一時的に解放される際、申し訳程度にエスターシュから血を分けてもらったが、あんなものではとても足りなかった。
一時しのぎの汗で何とかなるかと思ったのに、この渇きと飢えはそれでも癒えそうにない。
「ん……んん……」
僅かにみじろぎをし、顔を横に傾けるカリン。
露わになったのは彼女の首筋だった。そこには最初に会った時、躊躇いながらも彼女の血を吸おうと牙を突き立てた傷痕が僅かに残っている。
「はあ……はあ……はあ……」
それをじっと見つめるダルシニの吐息は、徐々に荒くなり始めていた。
(駄目よ……! この子は妹を助けてくれる大事な人なのに……)
だが体の底から湧き上がる衝動が、ダルシニを本来あるべき姿へと変えていく。
それに抗おうとすればするほど、理性と自制心を無情にも薄れさせていった。
「はあ……はあ……ごめんなさい……はあ……ちょ、ちょっとだけ……はあ……はあ……ほんのちょっとだけ……」
もう我慢できなかった。
吸血鬼の本能と欲求を抑えきれず、ダルシニはカリンの華奢な体を抱き起すと傷痕が残る首筋へと顔を這わせる。
口の隙間に二本の小さくも鋭い牙が伸び、最初の時と同じように彼女の滑らかな肌に突き刺した。
ピクン、と腕の中でカリンの体が反応する。
「んっ……んっ……」
傷痕に重ねるように、新たに刻まれた小さな傷口からじわりと漏れ出る僅かな赤い液体をダルシニは舌先で丁寧に舐め取っていく。
「んっ……おいしい……」
最初吸った時は相手が男だと思ったのが実は女だったという驚きやら戸惑いやらで味わう暇などなかった。
だが今は違う。このカリンという少女の血は今まで味わったことのない美味だった。
当然と言えば当然だが……生娘の味だ。
「あなたの血は……こんなにも甘いんですね……」
初めて味わうその甘く瑞々しい口当たりはダルシニを夢中にさせていく。
ずっと生殺しにされていた分だけ、その血の味は彼女の渇きを潤し、飢えを満たしていくのだ。
次々と溢れてくる生命の雫と少女の首筋をダルシニは愛おしそうに、丹念に舐め続けていた。
「ん……ぁ……」
小さな吐息がダルシニの耳元で漏れていた。
時折自分に抱きすくめられたままでいるカリンはピクンと体を痙攣させている。
「はあ……はあ……はあ……」
五分ほど食事を堪能したところでダルシニは舌を離した。
およそスプーン大さじ一杯分……なんとかこれで本当に飢えをしのぐことができそうだ。
だがまだ妖魔としての本能は騒いだままだ。また衝動が湧き上がっては今度は何をしてしまうか知れたものではない。
「よいしょっ……と」
カリンの体を抱え、ベッドへと運んでいく。
妖魔の本能と疼きが治まるまではしばらく彼女から離れて、後ろを向いておいた方がいいだろう。
そう決めたダルシニはゆっくりとカリンの体をベッドへ下ろして横たえたが……。
「ん……んん……」
「え?」
手を離した直後、ダルシニの体が一気にカリンの間近へぐっと引き寄せられた。
カリンが腕をダルシニの首に回してきたのだ。
「か、カリンさん? お、起きてます?」
「んん……」
戸惑いつつ語りかけるが、カリンは同じように声を漏らすだけである。
どうやら意識はまだ戻っていない様子だった。しかし、カリンはダルシニを逃がすまいとばかりに抱き締めてきて、離そうとしない。
(だ、駄目……! もうこれ以上は本当に……! ああ……でも……わたし……!)
少女の無防備な寝顔、首筋に生々しく残る傷痕。それらが眼前に迫り、せっかく静まりかけていた妖魔の本能と欲求が刺激され、再び燃え上がってしまう。
頭が沸騰し、激しく胸が高鳴る。意識が朦朧とし始め、さらなる吸血の衝動が心を支配していく。
辛うじて残された理性を総動員して離れようとするダルシニは、どうにかしてカリンの腕を振りほどくことができたが……。
「……で」
カリンの口から微かな呟きが漏れ出ていた。
ダルシニが耳を近づけてみると……。
「やめないで……お願い……」
どんな夢を見ているのかは分からない。だが、カリンはうわ言のように何かを求める言葉を口にした。
ダルシニに残っていた最後の理性が、音を立てて一気に崩れ去っていく。
ゆっくりとベッドに上がり、再びカリンの全身に覆い被さるように自らの体を重ねていった。
豊かな胸がカリンの薄い胸の上でむにゅっと形を変えて押し潰される。
「カリンさん」
目の前の少女の頬を愛おしそうに撫でながらダルシニは優しく微笑んだ。
その瞳に夜の妖魔としての、異形の光を宿して。
「あなたの
ちゅっ……。
くちゅ……くちゅ……ちゅ……ちゅう……。
「あ……ぁ……」
恍惚とした吐息がカリンの口から漏れ出る。
首筋に押し付けられた妖魔の唇の隙間からじわりじわりと赤い血潮が滲み出ていた。
本能に負けてしまった吸血鬼の少女もまた、夢中になって生命のエキスを啜り、味わっていく。
「ん……んん……んくっ……んくっ……」
「は……あ……んぁ……」
ちゅう……ちゅう……ちゅう……ちゅう……ちゅう……。
快感に酔い痴れる少女たちの熱い喘ぎと、生命を餌にし咀嚼する甘い音はいつまでも響き続けていた。
◆
失神したカリンの意識は深い夢の底にあった。
押し倒された体の上に覆い被さる黒髪の少女は、うっとりと呆けるカリンの顔を覗き込んでいる。
――怖くない……怖くないですよ……。
数日前に仲間たちに連れ込まれた娼館でも聞いた同じ言葉だった。
自分を美少年の騎士だと思い込んでいた娼婦によって――あれはもはやオークとでも言うべきだったが――あわや貞操を失い、女だとバレかけた時はもう冷や汗を流す程に恐怖と焦りでいっぱいだった。
(あぁ……駄目……わたし達、女同士なのに……)
だが、ほぼ同じシチュエーションなのにカリンの心はとても穏やかだった。
ダルシニはカリンが女であることを知っている。その事実が不思議な安心感を与えてくれる。
女であることを周囲に隠し続け、張り詰めていた不安の心が全てを受け入れてくれる彼女の前でだけほぐされていった。
(吸血鬼……ああ……これからわたしの血が吸われちゃうんだわ……)
相手は人の生き血を啜る恐ろしい妖魔。カリンの生命を餌にしようとしているのだ。
だがカリンは恐怖を感じず、拒もうという気さえ起きなかった。
吸血鬼は何と魅力的な顔をしているのだろう。
本当は獲物を油断させるための道具なのに、彼女の愛くるしい顔を見ていると余計に受け入れたくなる衝動に駆られてしまう。
――カリンさん……あなたの
ダルシニの顔がなすがままとなるカリンの首筋へと迫り、唇が運ばれていく。
くちゅっ……と生々しい音が響き、甘い刺激が走った。
「あ……ぁ……」
不思議と痛みは感じない。ただ甘い感触だけが口付けをされる首筋を通して全身へと染み渡っていく。
どく……どく……ちゅう……ちゅう……こく……こく……。
カリンの鼓動に合わせて身体から血液が吸い出され、ダルシニは可愛らしく喉を鳴らしていく。
(ああ……吸われちゃう……あたしの大切な
自らの生命のエキスが妖魔に吸い出されるというおぞましいはずの行為。
だがカリンは怖くなどなかった。
(あたしの
普通の人間なら嫌悪すら覚えるはずのことさえも夢の中のカリンは魅力に感じていた。
(どう……? あたしの血、おいしい……?)
くちゅ……くちゅ……ちゅ……ちゅう……こく……こくん……。
応えるようにダルシニはゆっくりとカリンの血を啜り、味わっている。
このまま血を吸われ続けていたらどうなってしまうのだろう。そう考えるだけでカリンは背筋が震えると共に胸が熱くなっていった。
(どうしてやめちゃうの? お腹、すいてるんでしょう?)
――だって、これ以上吸ったらカリンさんが死んでしまいます……。
(死なないわ。だって、あなたには人は殺せないんでしょう?)
途中で止んだ吸血をカリンがねだると、ダルシニは再び生命の雫を啜り始めた。
彼女には人を殺せない。吸血鬼なのに、誰よりも生命を大事にする変わった妖魔なのだ。
血を吸い続けている間もカリンのことをいたわってくれているのだから。
ちゅう……くちゅ……くちゅ……くちゅ……ちゅう……。
「ん……んっ……! んぅっ……!」
延々と続く生命の搾取にカリンの快感と興奮はますます高まっていく。
今やダルシニの首に自分の両腕を離すまいとばかりに巻きつけて己の血と生命を妖魔に捧げ続けていた。
ちゅ……くちゅ……くちゅ……ちゅ……ちゅ……ちゅぱっ……。
一体どれだけの時間が経ったのだろう。ダルシニはようやくカリンの首筋から唇を離していた。
(ああ……どうしてやめるの……? もっと吸って欲しいのに……)
すっかりカリンは初めて味わう官能と吸血による快感の虜となっていた。
今この時だけ、貴族であることも、騎士であることも忘れた少女は自分を女として受け入れてくれる吸血鬼のさらなる接吻を求めて甘え続ける。
「だめ……! やめないで……!」
「ひゃう!?」
間の抜けた悲鳴を無視してカリンは妖魔の少女を強く抱き寄せた。
「吸って……! もっと……もっと……! あたしの
「か、カリンさん……! い、痛いですぅ……!!」
感極まった声で悶えながらしがみついていると、はっきりと耳元で苦痛を訴える悲鳴が響き渡る。
それが夢と官能の渦の中にあったカリンの意識を徐々に覚醒させていった。
「………………ふぇ?」
頭がぼんやりとする中、瞼を開いていくと目の前には黒髪の少女の顔が視界一杯に飛び込んでくる。
ダルシニは困惑と焦りの入り混じった表情でカリンのことを見つめ返していた。
その口元は鮮やかな赤い液体で濡れ、ポタリと小さな雫を滴らせる。
「………………」
「………………」
ベッドの上で肌を重ね、硬直したまま見つめ合う二人の少女。
だんだんと意識がはっきりとしてきたカリンは自分の身に起きているこの状況を認識していき……。
「っっっっっ……………………!!」
見る見るうちに紅潮したカリンの叫びは声にすらならずに喉の奥へと押し込まれた。
◆
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ペコペコと床に頭を擦りつけてダルシニは何度も謝っていた。
ベッドの上に横たわるカリンは真っ赤に顔を染めながら彼女からそっぽを向く。
首筋にはまだ甘い疼きが生々しい傷跡と共に残っている。その傷にカリンはそっと触れていた。
「……ぁっ」
指先が触れただけで甘い刺激と快感が走り、手を引っ込める。
結局、カリンの生命の雫はこの吸血鬼の少女によってたっぷりと搾り取られてしまった。
およそティーポット一本分もの血が失われたせいで頭がボーっとする。心なしか、肌も血の気が失せたように白くなっているように見えた。
ダルシニが何時間もかけてゆっくり、じっくりと味わいながら血を啜ったのもあって幸いにも命に別状はなかったが。
「こ、これ……せめてお水だけでも……」
下の店からもらってきた水さしとコップを差し出され、カリンは寝そべったまま受け取る。
前戯ですらたっぷり汗もかかされたのだ。とりあえず水分は摂っておかないと、命に関わるかもしれないし、これからの活動に支障をきたす。
(ううう……あんな……あんなこと……)
ちびちびと水を飲みながらカリンの頭と心は恥ずかしさでいっぱいだった。
ある意味、男と交わるよりもタブーな行為に身も心も捧げかけてしまった。女同士とはいえ初めての肉体的な交わりを体験してしまったその後ろめたさは、もう死んでしまいたいと思うほどに恥ずかしい。
「本当にごめんなさい……わたし、夢中になっちゃって……どうしても、我慢ができなくって……」
「も、もういいよ……と、ところでさ……」
「だ、大丈夫です。
そもそもダルシニは吸血鬼でありながら
本能に負けて生き血を味わっている間ですら、カリンの身を案じ続けてくれたのである。
「だけど……あなたの血、とってもおいしかったです。今まで味わってきた中で最高でした」
うっとりと自分の唇に指先を当てるダルシニは打って変わって艶めかしい笑みを浮かべだす。
それを目にしたカリンは思わずドキン、と胸を高鳴らせてしまった。
「ふふっ……やっぱりカリンさんも女の子なんですね。あんなに可愛い声を出すなんて……」
「……っ」
夢の中でのあられのない痴態が現実だったのか、カリンに知る術はない。
あるにはあるが、それを目の前にいる吸血鬼から聞く勇気は湧いてこなかった。
「こんなの……絶対、誰にも見せられない……」
「はい。誰にも言いません。わたしとカリンさんだけの秘密です」
本当の自分の姿を知る妖魔の少女はカリンの顔を覗き込みながらにっこりと愛くるしい、それでいて妖艶な笑みを浮かべていた。
恐怖と羞恥の入り混じった表情で、カリンはぞくりと背筋を震わせた。
この日、魅惑の妖精亭で育まれた二人の乙女の禁じられた花園を知る者は他に誰もいない。
唯一、部屋の隅の小机に置かれた時空神像だけが黙々とただひたすらに傍観し、記憶していた。
――Why are you saddened by the death of just one or two worm?(たかが妖魔の一匹や二匹、死んだくらいで何を嘆く?)
――They're nothing more than enemies that humans hate anyway.(どうせ貴様ら人間どもが憎む敵にすぎん)
――黙れぇ! よくも……よくもダルシニを!
――That useless being? If you need a lover, I can create it as many as you want. (そんな生き物……
――Just like, I created Noir.(ノワールのようにな)
――うわああああああああぁぁぁぁっっっ……!!
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定