魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
三人もの新たな転入者達を迎え、トリステイン魔法学院の二学期はこうして始まった。
始業式の翌日――すなわち初日の授業で早速、ティファニアはほとほと困り果ててしまうことになる。
「ミス・ウェストウッド。どうぞこちらのお席へ!」
「いやいや、こちらの席の方が先生の話を聞きやすいですよ!」
「何を言ってるんだ! 僕達の席の方が良いに決まってるじゃないか!」
授業開始前の教室、ティファニアが編入した一年生のクラスは朝から大いに賑わっていた。
ティファニアが教室に入った途端、男子達は次々に大声を張り上げて彼女を誘いかけてくる。
(え~と……どうすれば良いのかしら……)
きょろきょろと教室中を見渡すティファニアは戸惑うばかりである。
昨日の夕食や朝食の席でも彼女は学年を問わず大勢の男子達の注目の的となり、親睦を深めようとアプローチを試みる彼らに群がられてしまった。
ウェストウッドの村でも孤児達にじゃれつかれたりすることはあったものの、年少の子供達と同世代とでは訳が違う。
特に、自分と同じ年頃の男子となんてまともに話をしたことはおろか、会ったことさえ無いのだから。
ここまで大勢の人間達と一度に接する機会の無かったティファニアは元来、控えめな性格もあってどう接すれば良いのか分からずおたつくばかりであった。
そして今も授業を受ける席に座るというだけなのに、男子達はこぞってティファニアと同じテーブル、隣の席につきたいがために大騒ぎしている。
食事の席では身内であるロングビルことマチルダが目を光らせていたのもあって多少は控えめだった彼らも、監視の目が届かない今となってはもう遠慮がなかった。
(どうすれば良いのかな……)
ちらりとティファニアは彼らとは全く別の方へ視線を向けた。
教室の最上段、一番後ろの席からさらに部屋の隅で一人の銀髪の男が腕を組んだまま壁に寄りかかっている。
瞑目したまま俯いているスパーダは教室で起こっている騒ぎなど耳に入っていないとばかりにただ静かに佇んでいた。
――自分で決めるがいい。
言葉には出していないが、何となくティファニアには彼がそう告げているように感じられた。
彼らの誘いを断るのも、受け入れるのも決めるのは自分自身。
意を決して小さく頷くと、ティファニアは自分が決めた空いているテーブルの方へと向かっていく。
そのティファニアの行動に男子達は残念そうに溜め息を漏らす。彼女は一番後ろの一番端……すなわちスパーダがすぐ後ろにいるテーブルへとついたのだ。
「お前が無理矢理誘うから、彼女が怖がっちゃったじゃないか」
「君がもっと強く誘わないからだよ」
「う~ん……しかし、お友達になるのは中々に難しそうだなぁ……」
ぶつぶつと男子達が呟くのを耳にしてティファニアは小さく溜め息を吐く。
そして首元のチョーカーにそっと手を触れた。
このマジックアイテムのおかげで自分は彼らが恐れるエルフの証を隠すことができている。
その安心感は確かにあるのだが、新たに悩みの種ができてしまいそうで少し不安だった。
できれば、もっと静かに落ち着けるような生活を望んでいたのだが……。
「あっ、来た来た」
やがて教室には今回の授業を担当する教師が姿を現し、ざわついていた生徒達はピタリと静まり返った。
金髪と桃色の髪の二人組の女性……すなわち、ティファニアと同じくこの学院へ新たに就任してきたばかりのエレオノールとカトレアである。
「それでは本日の授業を始めるとしましょう」
教壇に立ったエレオノールは凛とした声を響かせ、前置きはおろか無駄な挨拶をも省いて教室中を見回していた。
生徒達は誰もが魔法アカデミー出身であるエリートを前に緊張している。
多くの生徒達が抱いたエレオノールの第一印象は、「綺麗だけど、厳しそうな人」というものであった。
「今日は夏休み明けで最初の授業なので、まずは一学期のおさらいから行うことにしますね」
姉の横に立つカトレアがにこやかに告げると、反対に生徒達の表情から緊張が薄れ安堵感で満たされていく。
カトレアはちらりと教室の隅で佇むスパーダの方を見た。
それまで微動だにしていなかった彼は静かに顔を上げて、教壇に立つ二人を穏やかに眺めている。
スパーダはルイズに付き合って彼女の授業に同行する以外でも、他のクラスや学年の授業もたまに覗いたりしていた。
どこの授業を覗くのかは気まぐれであったが、コルベールやシュヴルーズなどはスパーダの見学については暗黙で認めており、大半の生徒達はただ教室の隅で黙っている彼を特別気に掛けたりはしなかった。
とはいえ、彼を好まない一部の教師の授業だと、関係者以外は出て行くようにと追い出されたこともあるが。
エレオノールやカトレアは当然前者であり、スパーダの立ち会いを認めていた。
今回は初めて授業に出席するティファニアを見守るのはもちろん、エレオノール達がどのような授業を行うのか見物するために訪れている。
スパーダを介して別の教室でギトーの――実につまらない――授業を受けているルイズに、姉達の様子を伝えるという目的もあった。
「まず、教科書の14ページを開いて。系統魔法の基礎理論についてから話をしましょう」
毅然としたエレオノールの態度に生徒達はきびきびと手を動かしていった。
やはりエレオノールが持つ高飛車な雰囲気だけでなく、卒業者とアカデミーのエリートという肩書きのプレッシャーは大きいようだ。
「慌てなくても良いのよ。今日はエレオノール先生のお話をゆっくり聞いてもらうだけだから。分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」
だがカトレアが微笑みと共に宥めれば不思議と生徒達の緊張がほぐされ、不安が薄れていく。
性格も何もかもが正反対である二人の女性達に対して極端な反応をする生徒達にスパーダは微かに鼻を鳴らした。
それから授業自体は滞りなく進行していった。
前学期の復習というだけあって、エレオノールが話す内容は生徒達も他の教師達から聞かされたものばかりである。
途中、いくつか付け加えられる補足だけはそれまでの授業で教わらなかったもので、興味を持った数人の生徒達は積極的にエレオノールに質問をしていった。
エレオノールの説明だけでは分かりにくい部分は、助手のカトレアが生徒達に分かりやすいたとえ話に変えることで、より理解を深めることができていた。
特別なことは一切ない至って普通な……しかし無駄のない授業内容であり、生徒達は真面目に講義を聞いている。
初めて授業を受けるティファニアも、ノートを開いて一心不乱に授業の内容を書き留めていった。
(まあ、こんなものか)
見物人であるスパーダも黙ったまま、じっくりと興味深そうにエレオノールの授業に聞き入っている。
大半の教師達が自らのメイジとしての実力や属性の優位性を生徒達に誇示しようとするのに対し、エレオノール達はそのようなことは一切しない。
純粋に一人の教師として、生徒達に教えを説いているのだ。
スパーダを介し、別の教室で実技を交えながら授業を行うギトーの目を盗んでいるルイズも姉達の授業に夢中になっていた。
◆
昼休み、魔法学院の中庭はこれまでにないほど憩いの場と化している。
――にゃあにゃあ。
――わんわん。
――チュンチュン。
「これ、全部フォンティーヌ先生の使い魔なんですか?」
「いいえ。みんな、私のお友達よ。触ってみる?」
ヴェストリ広場ではスパーダがよく使うベンチの周りに幾人かの生徒達が集まっていた。
そこには猫や子犬、ウサギに小鳥と、数多くの動物達に囲まれ寛ぐカトレアがおり、生徒達は物珍しそうにしている。
カトレアが連れてきた動物達は広場のあちこちで自由に動き回っており、中には生徒達の使い魔と戯れたりもしていた。
――にゃあ。
「……」
杖を手に立ち呆けるタバサは自分の足元に纏わりつく黒い猫をじっと見下ろしている。
「なんか、すごいわね~」
キュルケも呆気に取られたまま広場を見渡していた。
カトレアの動物は何も小さく無害なものだけでなく、熊や虎といった猛獣までいるのだ。
本来なら大騒ぎになるはずの所、猛獣達は寝そべって昼寝をしていたりキュルケの目の前を平然と通り過ぎて静かに歩き回ったりと非常に大人しい。
使い魔の契約をしていないのにも拘らず、二人の使い魔であるシルフィードやフレイムとも普通に仲良くするほどカトレアの動物達は非常に秩序を保っていた。
生徒達が好奇心から撫でてみても全く怒ったりしないので、カトレアの躾がとても良く行き届いているのがよく理解できる。
「先生。本当に暴れたりしないんですか?」
「大丈夫よ。私がちゃんと言い付けてるから、怖がらなくて良いわ」
「使い魔の契約をしてないのに、どうしてこんなに大人しいんですか?」
「どうしてかしらね。仲良くしていたら、自然とこうなったから。みんなとっても良い子なの」
「へぇ~」
エレオノールと同じく年長者で教員の立場なのに、カトレアはそんなことなど気にせずまるで友人同士で話し合うかのように平然と生徒達と接している。
男子はその美貌も含めて彼女に心を惹かれ、女子すらも自分達が目指す淑女の姿に憧れの眼差しを向けていた。
「やれやれ、ハーフの娘っ子も真ん中の姉ちゃんもえらい人気者だねえ」
ルイズはベンチから離れた場所でカトレアの憩いを眺めており、アミュレットのデルフがそう呟いた。
「みんな、あんなにちい姉さまに寄り付いたりして~……」
傍から見れば微笑ましいカトレア達の憩いの光景をルイズは面白くなさそうに見つめている。
柔和で気さくな態度と慈愛に満ちたカトレアの微笑みを前に、生徒達は自然と彼女に懐いているのだ。
ラ・ヴァリエールの領地にいた時から全く変わらないカトレアの立ち振る舞いはルイズが昔から憧れていたのだ。学院の生徒達を惹き付けるのも無理はないと確かに思う。
だが、不思議なことにそれがルイズにとっては面白くないのだ。
大好きな姉がルイズを差し置いて自分以外の大勢の人間達とあそこまで仲良くしている姿を見ていると、何故か心が晴れない。
「別に彼女はお前だけのものではあるまい」
「ま、要するに大好きだった姉ちゃんが他の奴らに取られるのが気に入らねえってことか」
「う、うるさいわね!」
隣で涼しい顔をするスパーダと、デルフにそう言われてルイズは顔を真っ赤にして喚いた。
だが結論から言えばその通りだった。単にルイズは焼きもちを妬いているだけなのである。
「彼女はもう籠の中だけで生きる鳥ではない。これからどのような出会いをして、どう交わるかは彼女次第だ」
「うぅ~~……」
20年という長い時間をかけて、初めて外の世界に出てきたカトレアはあんなに生き生きとしている。
それを素直に喜んであげられないでいる自分がどうしようもなく情けなく思えた。
最初から元気な体であれば、ルイズと同じくらいの歳にはこの学院にやってきて、本当にあのような感じで同級生と社交をしていたのかもしれない。
その現実を、10年越しにカトレアは実現することができたのだ。
――よ、よし! いいぞワルキューレ! そのまま押さえているんだ! う、うわああああああっ!!
「ギ、ギーシュ! ……っ!」
(うるさいわね……人がイライラしてんのに……)
轟く絶叫にルイズはうっとおしそうに顔を顰めていた。
ルイズ達から横へ少し離れた場所にブラッディパレスの祭壇が置かれている。
その前では先ほどからモンモランシーが祭壇の真上に浮かぶ光の靄を眺めていたが、驚いたり目を背けたりと実に忙しなくしている。
悪魔であるスパーダがカトレアの近くにいると連れてきた動物達を怖がらせてしまうので、憩いの時間を邪魔しないよう配慮して、ここまで運んできているのだ。
ルイズはコモン・スペルなら使えるようになっているので彼女の念力の練習も兼ねており、その際には重い祭壇を運ぶのに少し苦労していた。
「しかし、あの坊主も本当にしぶてえな」
今、戦いの迷宮はギーシュ一人が使っている状態だ。
モンモランシーに自分がどこまで戦えるかを見せつけるために挑戦している。
戦い始めてかれこれ20分は経っているが、まだ4回程度しか勝てていない。
「ちょっと、ギーシュ! やめなさいよ! そんな大きいの相手にしたら怪我するでしょ! ……って、だからやめなさいってば!!」
戦いの場を覗き見るモンモランシーが悲鳴混じりに騒いでいるが、外の声は当然ブラッディパレスの中には届かない。
――受けてみよ! スパーダ君直伝の奥義! っ……! ……うおおおおおおっ!! ……ぜえ……ぜえ。
(別に教えた覚えはないがな)
相変わらず恰好をつけたがる性分だけはどうにもならないので、大胆な動きをする場面にはスパーダも思わず失笑する。
ギーシュは夏期休業期間中、帰省した実家で軍人であり元帥でもあり、かつては魔法衛士隊に所属もしていた武人である父に手ほどきを受けたという。
その成果なのかワルキューレを囮にしたり、逆に一斉に突撃させて敵の動きを封じてから自らを刺しに行ったりとそれなりに良い動きをしていた。
時間はかかってはいるが、数が多い相手でも、自分より大きいトロール鬼と対峙しても魔法と剣、ワルキューレの援護を駆使して最終的には切り抜けている。
スパーダの目から見ても、ギーシュがこの二ヵ月で大きく躍進しているのは明らかだった。
「なあ。娘っ子はいつ挑戦するんだね?」
「もうちょっと待ってよ……」
ルイズは未だブラッディパレスに挑戦してはいない。ああして外からでも中の様子は見れてしまうので、あまり目立ちたくないのだ。
何しろルイズは虚無の担い手である以上、その力を無闇やたらと他人に見せる訳にはいかない。
なので夜、寝静まった頃にでもタバサを誘って挑戦をしてみようと考えている。
「ねえスパーダ。アルビオンにはいつ行くの?」
ふとルイズは一番気になることを尋ねてみた。
スパーダは魔界の悪魔の力を借りて暗躍するレコン・キスタを叩くためにアルビオンへ乗り込もうとしている。
そのための準備を夏期休業の間中にしていたはずだが、本人は見た感じだと出発しようという雰囲気が見られないし、話題にも挙げようとしない。
「今夜出発する」
「こ、今夜ですって!? いきなりそんな……!」
事も無げに即答されてルイズは面食らった。
「ウェールズも準備はできていると連絡が来ているからな」
ちょうど始業式の日にスパーダの元に伝書フクロウで手紙が届いていた。
ウェールズは現在、トリスタニア西端の海岸に隠している船で待機しており、アルビオン大陸まで飛んで往復するのに必要な風石も積み終わったと書いてあった。
時期的にアルビオン大陸はこちらに近づこうとしている状況であり、出発のタイミングを見計らっていたのだ。
「そーいうことは最初に言ってよ! 何ですぐ話してくれないのよ!」
「おいおい、娘っ子。そんな大声出すなよ。これは超極秘の任務なんだぜ?」
デルフに諫められ、金切り声を上げるルイズは一転し慌てて口を両手で塞ぎだす。
モンモランシーが怪訝そうにこちらを見つめてきたが、すぐに祭壇の方へ視線を戻していた。
「オスマンには許可をもらっておいた。合流場所にはキュルケ達と私達とで別々に時間をずらして出発する」
「そ、そんな所まで話が進んでんの……」
「今日は早めに休んでおけ。夜が更けてから出発する」
タバサのシルフィードに全員で乗って行けば数時間もかからないが、わざわざ別々で出発するのは訳がある。
羅王アビゲイルの後ろ盾を失い弱体化したレコン・キスタだが、別の第三勢力も暗躍しているのがはっきりしていた。
魔帝ムンドゥス、覇王アルゴサクスとハルケギニアを狙う魔界の大勢力はもちろんだが、スパーダが気にかけているのはまた別の一派だった。
あのジェスターという悪魔が属している新たな勢力はスパーダ達のことを監視している様子だった。恐らく、今も遠くどこかから覗き見ていることだろう。
目的は定かではないが、あまり自分達の動きが敵に知られると厄介なことになりかねない。
よってタバサ達を先にシルフィードで行かせ、スパーダは最後にここを出ると決めていた。
「ま、今の内に大好きな姉ちゃんに思う存分甘えておくんだな」
けらけらと笑うデルフにルイズは複雑そうな顔で、生徒達に囲まれて楽しそうにするカトレアの姿を眺めていた。
◆
夜九時を過ぎ、就寝時間となった魔法学院はすっかり寝静まっていた。
初日の夜にルイズはカトレアの部屋でラ・ヴァリエールの城で過ごしたように一緒に眠ろうとしたが、エレオノールに咎められてしまった。
ここは実家じゃないのだから自分の部屋でちゃんと眠りなさい、ときつく叱られてしまったのだ。
結局、女子寮の自室のベッドでルイズは夕食を済ませた後、早々に眠りに就くのであった。
――起きろ。
意識が深い眠りの底に沈み続ける中、微かに呼びかけられる声がする。
「ん~……まだ眠いわ……」
――出発するぞ。
「もう少し寝かせてよ……」
だがルイズは寝ぼけたままであり、まともに応えようとしなかった。
微かな物音も聞き流し、再び沈黙が流れ出した途端――
「おいおい、起きろよ! 起きろって! ちょ、ちょっと待て! すぐ起こすから! 俺達を置いていくなああああっ!!」
「……うるさいわねぇ!! こんな夜遅くに何を騒いでんのよおっ!!」
突然耳元で響きだした叫び声に、ルイズは飛び上がるようにベッドの中から起きだして怒鳴り返した。
「やっと起きやがったか! 早く準備しろい!! 奴はもう行っちまったぞ!!」
枕元に置かれたアミュレットのデルフが慌てふためきながら急かしだす。
「奴……って? スパーダのこと?」
「寝ぼけてんじゃねえ!! アルビオンへ行くって言ったのは娘っ子じゃねえか!」
ぼんやりとするルイズは十秒ほど固まっていたが、すぐ目についたのは開け放たれた窓だった。
眠る前に閉めていたはずのものが開いているということは……。
「……あ!」
思い出したように我に返ると、跳ねるようにベッドから飛び出て大急ぎで着替え始める。
「急げ、急げ! 奴が行っちまうぞ!」
「うるさい、うるさい!」
デルフに急かされる中、寝間着から制服のシャツへ、スカートを履いてマントも身に着ける。
頭が混乱するせいでシャツのボタンをかけ間違えるのも気にかけず、自分の杖を掴んだルイズは扉の方へ駆けだした。
「おいおい! 忘れもん! 忘れもん!! 祈祷書と俺!!」
「ああもう!!」
ノブに手をかけたのを離し、引き返してきたルイズはテーブルの上に置かれた始祖の祈祷書と、耳障りなアミュレットも掴み両手で抱えたまま扉を蹴破っていた。
階段を全速力で駆け下り、闇に包まれる外に出てくると正門へ向かって歩く影を見つけて追っていく。
途中、足がもつれて転びかけてしまったがすぐに立ち上がって再び走り出す。
「ちょっと! 何であたしを置いていくのよ……!」
ぜえぜえ、と激しく息を切らしながら詰め寄ってくるルイズへスパーダは振り向きだす。
「そりゃあ、お前さんが起きなかったからじゃねえか」
「……だ、だったら起こしてくれたって良いじゃない!」
「チャンスは二回までだ」
スパーダから冷徹にそう返されてルイズはさらに憤慨する。
「お、起きるまで少しくらい待っててよ! パートナーを置いていくなんて、どういうつもり!?」
「だから俺が起こしてやったんだろうが。……ったく、危なかったぜ」
「~~~~~~~~~~っ……!」
ブルブルと肩を震わせていきり立つルイズはさらに吠えかけようとしたが……。
「静かになさい……!! 今何時だと思ってるの……!?」
唐突に響く控えめ気味な怒声にルイズが振り向くと、そこにいたのはエレオノールだった。
魔法のカンテラを手にする彼女は傍らにモデウスを従え、二人に歩み寄ってくる。
今夜の当直を行っているのは彼女で、夜の見回りを行っているのだ。
急ぎ慌て、頭が真っ白になっていたルイズは知らないが時刻は既に深夜の二時に達しようとしている。
「ご、ごめんなさい……」
「どうせ寝過ごしたとでも言うのでしょう? もう……そのまま寝てても良かったのに……」
溜め息を零しながらエレオノールは額に手を当てた。
スパーダ達が今夜アルビオンに向けて出発するという話をこの学院で知り得るのは学院長オスマンの他、エレオノールにカトレア、モデウス……そしてギーシュだけだ。
何しろレコン・キスタは悪魔の力を借りてテロリズムによる謀略を仕掛けてきているのだ。多くの貴族の子女が集まるここも狙われないとも限らないのである。
そのためスパーダはギーシュにも今回の件を伝えてあり、モデウスと共に留守を任せておいた。
「後のことはお前達に任せるぞ」
「承知しました」
スパーダに一礼したモデウスをエレオノールはちらりと見やる。そしてすぐにルイズの方を振り返った。
「良いこと? スパーダ。私はルイズをアルビオンまで連れて行くのを認めた訳じゃありません」
毅然とした厳しい彼女の眼差しをスパーダは堂々と受け止めている。
「必ずルイズを守り通してみなさい。それがルイズの使い魔として、パートナーとなったあなたの責務です。何かあったら許しませんからね」
「エレオノール姉様……」
「戻ってきたら、貴族としてみっちり鍛えてあげるから覚悟しておきなさい。スパーダの言うことはちゃんと聞くのよ」
「……っ、はい……」
一か月前、実家でルイズはエレオノールにも両親にもこっぴどく怒られたことがある。
スパーダを無視して魔女ネヴァンに挑むという無謀なことをした結果、一度は命を落とす破目になった。
そのことをデルフにバラされた時、両親も含めて三人からは激しく心配され、何でそんな無茶なことをしたのかと言われてしまったのだ。
ルイズの命がティファニアに救われたことで安心したものの、今度そんな無茶なことをしたら絶対に許さない。しばらく家からは出さないとまで警告されたほどだ。
それだけ家族はルイズのことを心配している証でもあった。事実、ルイズは今もエレオノールが自分のことをとても心配していることをはっきり感じることができる。
当人が言うように、本当はルイズを危険なアルビオンにまで行かせたくはないのだ。それは家族として妹を想うがためであった。
大人しく寝過ごしていれば、それこそ危険なアルビオンへ行かずに済んだのだから。
「下がっていろ」
スパーダはゲリュオンを召喚するべく正門の外へ出ると、右手を前に軽くかざした。
途端に目の前で青ざめた炎が激しく噴き上がりだす。
――ブルッ……!!
「っ……!」
その中から現れた巨馬の姿にエレオノールは僅かに呻く。
鼻を鳴らしながら激しく首を左右に振って炎を撒き散らすゲリュオンだったが、その姿はいつもと異なっていた。
「あれ? 馬車は?」
「急ぎだからな。必要ない」
いつも後ろに引いているあの重厚な
代わりに胴には鞍、顔には轡に手綱と立派な馬具が備えられていた。
元々あの馬車もこの馬具も、ゲリュオンの魔力によって作られた自身の一部だ。必要がない時は失くすこともできるし、形を変えることもできる。
ゲリュオン自身の体格に加え、ちょうど二人分が悠々と乗れるくらいに大きな鞍だ。
その上に颯爽と乗り込んだスパーダだが、ルイズは恐る恐るゲリュオンに近づいていく。
その身を纏う青ざめた炎は熱さはなく、むしろ氷のような冷気が離れているエレオノールにもはっきりと感じられた。
「だ、大丈夫なの? 火傷でもしたら……」
「敵にしか害はない。早く乗れ」
とっくにタバサとキュルケはシルフィードで出ているし、ロングビルも夕刻には馬に乗って一番最初に現地に向かっている。
この任務の仕切り役であるスパーダが合流しなければ何も始まらない。
意を決したルイズは乗り込もうとするが、普通の馬よりも一回り以上もの巨体なゲリュオンには中々登れない。
「はぁ……モデウス」
見ていられないとばかりにエレオノールが促すと、モデウスはルイズの体を抱え上げてスパーダの後ろに乗せてくれた。
「あ、ありがと……」
ゲリュオンの炎が間近にあるものの、不思議なことにその冷たい炎は自らに跨る者達を焼くことはなく、凍えるほどの寒気も感じられない。むしろ涼しくてちょうど良いくらいだ。
「飛ばすぞ。しっかり掴まっていろ」
――ヒヒィィーーーーーーーーーーーンッ!!
言うが早いか、ゲリュオンは力強い嘶きと共に上半身を高く持ち上げだした。
「きゃああああっ!?」
「おおっとっ!? 危ねえ!」
突然のことにルイズは咄嗟にスパーダの体に両腕を巻きつけてしがみ付く。もう一瞬でも遅ければ振り落とされていただろう。
直後、前足を地に叩きつけたゲリュオンは重々しい蹄の音を響かせながら一気に駆け出していった。
重い馬車を引いていないのもあってか、その走りはいつにも増して速い。
普通の馬よりも足が速い幻獣など余裕で振り切れるほどの、まさしく疾風そのものと化したような速さでゲリュオンは夜の平原を駆け抜けていく。
「んっ……!」
乗馬は得意なルイズだったが、これほど激しく勢いのある馬に乗るのは初めてだ。本当にスパーダにしっかり掴まっていなければ容易く振り落とされてしまう。
「きゃっ……!?」
手綱を操るスパーダはゲリュオンを前に跳ばさせ――虚空の中へと飛び込ませていった。
二人を乗せた巨馬が掻き消えた場所には炎の残滓と、大きな波紋だけが残されていた
その痕跡を遠目に見届けるエレオノールは何度目か分からない溜め息をまたも漏らしている。
「無事に戻ってきなさいよ、ルイズ……」
「大丈夫ですよ。我が師がついていますから」
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定