魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 63 <天空の魔窟>

 

トリステイン、ゲルマニアの連合によるアルビオンに対する制裁は依然続いている。

浮遊大陸とハルケギニアの中間に位置する上空には何十隻もの両国の軍艦がひしめいており、空路を封鎖していた。

アルビオン大陸には無期限で交易・貿易の停止が行われ、ハルケギニアから一切の物資が渡ることはなくなるのだ。

無論、両大陸間の自由な渡航も禁止され、不法渡航者……特にハルケギニアへの密入国を防ぐためにも厳重な警戒線を張っている。

 

特にスヴェルの日が近いこの時期はアルビオンがハルケギニアに接近するため、より監視は厳しくなっていた。

ここ半月の間にはアルビオンからやってきた何隻もの密航船が拿捕されている。

それらに乗り込んでいたのはアルビオンから逃げてきたという難民であったが、敵のスパイがいないかどうかディテクト・マジックで調査したりとくまなく探られていた。

幸か不幸か今の所は発見されておらず、せいぜい難民に紛れて人身売買を行おうとしていた野盗などが多少見つかったくらいだったが。

 

トリステイン側の船団の旗艦に、一人のアルビオン人が乗り込んでいる。

かつてはアルビオン軍に所属し、反乱軍レコン・キスタの総旗艦レキシントン号の艦長を務めていたヘンリ・ボーウッド。

数か月前のタルブ戦役――〝黒き日の混沌〟において捕虜となった彼は今ではトリステインの協力者として、同空軍の補佐官となっていた。

元々心情的には王党派だった彼を含め、レコン・キスタに対して忠誠心がなくむしろ反感を抱いている幾多の空軍士官が彼の他にもおり、義勇兵として参加しているのだ。

アルビオン近辺の空路や気候にも詳しい彼らの協力もあって、連合軍による制裁は順調に続いていた。

 

 

そんな中、この日の明朝にもまた一隻の船が拿捕されていた。

ハルケギニアからアルビオンへ向かおうとするその小さな船には空賊らしき一団が乗り込んでいた。

だが驚いたのは、他に数名の貴族までもがいたことだ。しかもまだ若い少女……トリステイン魔法学院の生徒達がいたのである。

しかもトリステイン有数の大貴族、ラ・ヴァリエール公爵家の娘だというのだから余計に驚くしかない。

まさか貴族の子女が誘拐されたのでは……と士官達は疑いを抱くほどだった。

その船を拿捕した艦長が問いただすと、桃色の髪の少女……ヴァリエール公爵家の娘がある物を見せつけてきた。

 

それを目にして、余計に驚く破目になる。何とトリステイン王室より発行された正式な証明証だったのだ。

「私どもはアンリエッタ女王陛下より密命を賜った者です。訳あってアルビオンへ向かわなければならないの」

「そういうことだ。このままここを通していただけないかな?」

アンリエッタ女王直属の女官ルイズ・フランソワーズと、空賊船の船長の毅然とした態度に艦長は困惑してしまい、すぐ決断を下せなかった。

そこを取り成してくれたのが、補佐官のボーウッドだった。

 

「よろしい。道中はくれぐれも気を付けるように」

彼は空賊に身をやつしたウェールズの顔をまじまじと見つめると強く頷き、余計な詮索もせず呆気なくアルビオンへの航行を許可してくれた。

真に忠誠を誓うアルビオン王家の皇太子であることに気付いたのは、同じアルビオン人の彼だけである。

「感謝するよ。ミスタ・ボーウッド」

「殿下……ご武運を……!」

「殿下はよしてくれ」

ウェールズもまた敬礼を返すと、ボーウッドはそれに応えてアルビオン式の最上級の敬礼で見送るのだった。

 

 

アルビオン大陸の主だった港は二つ。南のロサイスと北のダータルネスがある。

とはいえ、単に船が上陸したり離陸するというだけなら別に港でなくても構わない。現にハルケギニアに亡命する難民達の密航船は大陸外縁の断崖に面した場所から出航している。

依然として大陸の上空にはアルビオン空軍の艦隊や竜騎士が哨戒を行っているが、スパーダ達を乗せた空賊船は大陸下部を覆う白い雲の中に紛れて難なくやり過ごしていた。

そのまま大陸の下を潜っていく船が向かった先は、ウェールズ達しか知らない秘密の港……まだ王党派が健在だった頃、空賊に偽装して活動を行っていた際に利用していたいくつもの拠点の一つだった。

大陸北部の高地地帯にある鍾乳洞が出入り口となっており、ウェールズはここで退路を確保するために待機することになる。

 

敵の本陣である首都ロンディニウムはここから南東に位置し、歩きでも数日はかかる距離だ。

とはいえスパーダが連れてきているゲリュオンの亜空間を移動する能力を用いれば、悪路も障害物も無視することができるので一日とかからないだろう。

地理についてもロングビルが案内人となるし、スパーダ自身もひと月前に別の世界でとはいえ頭に叩き込んでいるので迷う心配もない。

 

――キャハハハハハハ……。

 

――キャハハハハハハ……。

 

――キャハハハハハハ……。

 

不気味な笑い声が夕暮れの森の中の広場でこだまする。

「燃えなさいっ!!」

「エア・カッター!」

キュルケとタバサが各々得意とする魔法が杖から放たれる。

周囲を遊弋する無数の影――巨大な鎌と鋏を手にする死神、シン・サイズとシン・シザーズの仮面が灼熱の炎と風の刃によって次々と焼かれ、斬り裂かれていった。

「これを使え」

「借りるわ」

スパーダが投げ渡してきた魔銃アルテミスを腕に装着したロングビルはその銃口を空中に浮かぶ無数の黒い影へと向ける。

タバサ達が相手にするのとは別の死神、ファウストが不気味に赤く光る鋭い爪の伸びた両手を広げるとそれを合図に自らが率いるメフィスト達が次々に散開しだす。

俊敏な動きで翻弄しようとするメフィスト達だが、ロングビルは落ち着いたままアルテミスの魔力を増幅させていき、銃口に眩い光が収束していった。

「Do it.(やれ)」

「――バーストッ!!」

大きく深呼吸をしたルイズの叫びと共に、無数の爆発が巻き起こる。

一行の外側を包むように、その内側には一切力を及ぼさないように広がる爆発の連鎖は容赦なくメフィスト達を包み込んだ。

爆風が晴れると共に地面にボトリと落ちてきた奇怪な蟲――漆黒の霧の衣を剥がされ、のたうち回るメフィストとファウストの本体をロングビルのアルテミスから放たれた大きな光の矢が貫く。

 

「いきなり悪魔と出くわすなんて、ずいぶんな歓迎じゃない?」

悪魔達は駆逐され、髪を掻き上げるキュルケは軽く鼻を鳴らしてしたり顔を浮かべる。

秘密の港へと続く洞窟から外に出た途端、一行は悪魔達に襲われたのだ。各々の経験と、スパーダの的確な指示の元に戦ったことで1分とかからなかったが。

「この辺りはもう半分近くは魔界に侵されているようだな」

「何か、また酷いことになってるみたいね……」

周囲には妖しい色をした霧のようなものが薄っすら漂っている。それは少し前にロングビルがスパーダからの依頼で偵察に来た時には見なかったものだ。

「レコン・キスタが呼び出した悪魔が蔓延り続けるせいだな。このまま放っておけば、そう遠くない将来には完全に魔界化しかねん」

それは魔界に漂う特有の瘴気だ。本場の魔界と比べれば濃度は圧倒的に薄いが、明らかにこの土地が魔界に侵食されつつあることの証拠だった。

「……っ」

腕を組んだまま周囲を見回すスパーダの言葉にロングビルの顔が強張る。

前回訪れた時でさえ酷い惨状だったのに、それがさらに拡大しているなど想像したくもない。

「魔界になると、どうなっちゃうの?」

「そうだな。そこの木など意思を持って動き出すかもしれんな」

「そんな……じゃあ、どうすれば良いの? 何とかできないのかしら」

不安そうな顔でルイズは落ち着いたままなスパーダを見つめだす。

 

「人間の世界が魔界化するのは魔力が一か所に極端に集中し過ぎるからだ。それによって人間界に変異をもたらし、悪魔達を呼び寄せ、余計に魔力が蔓延し濃くなっていく。奴らと契約するクロムウェルをどうにかすることだな」

アビゲイルを魔界に追い返したと言っても契約による魔界との繋がりが途切れた訳ではない。

むしろアビゲイルの力が及ばなくなったことで統制が保てなくなり、クロムウェルの意思にかかわらず無差別に召喚されているような状況なのだろう。

「要は、クロムウェルって奴をぶっ倒せば良いってこったな」

「そういうことだ」

デルフの呟きに頷くスパーダは徐に手を前にかざしだす。

またゲリュオンを呼び出すのかとルイズ達は思ったが、そうではなかった。

小さな赤い光が掌の上に浮かびだし、瞬く間に彼の手の上には見覚えのある球体が乗っていた。

「レッドオーブ?」

悪魔の血が結晶化した物質。人の頭ほどの大きさをしたオーブがそこにあったのだ。

「何をしようってんだ?」

デルフはもちろん、ルイズ達もスパーダが何かを始めようとするのを察して注目する。

 

「これを使ってこの地に結界を作る。魔界の影響を抑えるにはそれしかない」

「そんなことができるの?」

「応急処置にしかならんがな。やらないよりはマシだ」

強い魔力を宿す魔具を媒体に結界を作れば恒久的に魔界からの干渉を断つことも可能だが、単体では魔力の弱いレッドオーブではそこまでのことはできない。

せいぜい、数か月の間は下級悪魔達が直接に現界することができなくする程度だ。

スパーダが今持っている魔具は手放す訳にもいかないため、レッドオーブはその代用品でしかない。

「ここを少し掘ってくれるか」

「え、ええ」

指示を受けたロングビルは杖をかざし、足元にオーブがすっぽり収まる程度の小さな穴を作る。

その中にスパーダはオーブを放り込むと、足で土を掬って穴を塞いでいく。

レッドオーブは開放された空気に触れさせたままでいると自然に消滅してしまうため、密閉空間に収めておけばその心配はいらない。

タバサも現に自分が手に入れたレッドオーブは細かく砕くなどして瓶の中に入れて保存しているのだ。

 

「……」

背中のリベリオンではなく、半身であるフォースエッジを取り出したスパーダはたった今レッドオーブが埋められた場所に剣を刺して突き立てる。

カツッ、と小さく固い音がしたので剣先がオーブに触れたことを一行は察していた。

そのままスパーダは足元を見つめながら沈黙していたが、やがてフォースエッジに赤いオーラがゆらりと纏わりだし始める。

オーラは煙のように下に流れ落ち、地面に広がっていく。埋められたレッドオーブが光を放っているのか、剣が突き立てられている場所が薄っすらと赤く煌めいていた。

ルイズ達は静かに、スパーダが行う儀式を見守っていた。

 

「それで終わり?」

「ああ」

「ずいぶんと呆気ねえな」

ほんの一分、剣を突き立てていただけでスパーダはフォースエッジを引き抜いていた。

儀式と言うには意外とあっさりしたものだったのでルイズもキュルケも拍子抜けしたような顔を浮かべる。

特別周りに何か変化が起こった訳ではないものの、これで簡易的ながら結界が作られたことには変わりない。

埋められたレッドオーブが魔力を使い切るまでの間、この一帯は下級悪魔達が新たに魔界から現れることはできないし、行動も抑制させられる。

ひとまず用事は済ませたので、改めて自分達の本来の目的のために出発しようとした時だった。

 

「う……」

「どうしたの、ルイズ?」

突然ルイズが口を押さえて気持ち悪そうにしていた。

「瘴気はあまり吸い込むな。人間には毒だからな」

以前もルイズ達はタルブの地獄門から流れ出てくる本場の魔界の瘴気を少しだけ吸ったことがあったが、あれも正直参ってしまいそうなほどに息苦しかった。

事実、スパーダを除く他の三人も少し苦しそうに頭や口を押さえだしている。

「マントで塞いだ方が良いんじゃねえのか?」

「そうだな。直接吸うより害は少ない」

デルフの意見に従い、ルイズ達はメイジと貴族の象徴の一つであるマントで口元を覆う。

「ふぅ……」

たったそれだけで、不思議なほど気分は大分楽になっていた。

とはいえ、あまり長居していると体に毒であるためにスパーダは即座にゲリュオンを召喚することにした。

 

 

レコン・キスタに見つからないように亜空間を通ってアルビオンの地を疾走するゲリュオンは一直線でロンディニウムに向かうこともできたが、あえてそれをしなかった。

大陸を回り、アルビオンの現状がどうなっているかをスパーダは直接見届けることにしたのだ。

最初に立ち寄ることにしたのはサウスゴータ地方……ロングビルことマチルダ・オブ・サウスゴータの生まれ故郷だった。

「本当に酷いものね……」

日も暮れて夜空には大きな月が浮かび上がる中、一行はシティオブサウスゴータの町にやってきていた。

「話には聞いてたけど、こんなことになってるなんて……」

一行が街の中央広場を訪れる中、ルイズはキュルケと一緒に顔を顰めている。

中でもロングビルは悲痛なほどに険しい表情のまま唇を震わせ、噛み締めていた。

(確かに酷いものだ)

以前、スパーダも一度訪れたことがあるアルビオン有数の大都市シティオブサウスゴータ。

ルイズがアンリエッタから受けた密命の最中、別件でロングビルと合流するために来ていた。

その頃は活気に溢れ、大勢の人々が通りを行き交っていたというのに今となってはすっかり変わり果てたものと化している。

 

駐屯しているはずのアルビオン軍はおろか住民の気配すら感じられず、ただ風だけが空しく通り過ぎるだけである。

多くの家屋は無残に破壊されて瓦礫の山と化し、石畳は所々剥がれて土が露わになっていた。

原型を留めている建物もいつ崩落してもおかしくないほどに傷つき、ボロボロだ。

かつてロングビルが話したように、レコン・キスタが飼い慣らしている獰猛な亜人と悪魔達が争い合った痕跡なのだろう。

だが不思議なことに亜人達の亡骸はどこにも見当たらない。考えられるのは、その骸が悪魔達に喰われたか血肉を依り代にしてセブン・ヘルズのヘル=エンヴィーが現界したといった所か。

 

「ミス・ロングビル……」

悲しそうな眼差しでどこか遠くを見ているロングビルをルイズは哀れんでいた。

故郷の悲惨な光景にはきっと目を覆いたい気持ちに違いない。大切なものがこうも無残な姿となっているなど、認めたくないだろう。

「住民はほとんどこの大陸を見限って離れている。ここもそうであることを願いたいものだな」

「気を遣わなくて良いわ」

ポン、と肩を叩いてくるスパーダにロングビルは力の無い苦笑いを零していた。

一見、破壊と荒廃の爪痕しか見られないが、野晒しにされている犠牲者達の姿は見られない。

大方、命を落とす前にこの地を見捨て、スパーダ達がこの大陸へ来る途中で見かけた密航船に乗っていることも考えられる。

気休めであっても、そうであると信じたい。ルイズですら同じ気持ちだった。

 

「どうだった? タバサ」

周辺の偵察を行っていたタバサが戻ってきて、キュルケが声をかける。

「ほんの少しだけど、人がいた」

「まだ生き残りがいたの?」

タバサが言うには、地下に籠っている住民が見つかったらしい。その一団が最後の生き残りで、過半数以上は町を捨てて逃げたという。

彼らは僅かな食糧を抱えたまま身を潜めており、町を出るタイミングを計っているのだそうだ。

ほんの数日前には悪魔と亜人、そしてアルビオン軍による凄まじい騒乱が巻き起こったらしい。

アルビオン軍は町の倉庫から食糧を全て回収し、首都ロンディニウムへと引き上げてしまったという。

「ひでえことしやがるな」

「何て奴ら……! 自分の国の民の食糧を取り上げて逃げるなんてどういうつもり!?」

憤慨するルイズは思わず足元を踵で思いきり踏みつけた。

「籠城する気なのだろう。前に話したことが現実になったということだ」

以前、スパーダがルイズの父と話し合った時にも話題にしていた。その気になればレコン・キスタは民衆のことなど考えずに自分達の保身を考える行動を取るだろうと。

国民を守るという国家の形式的な義務さえも捨て去り、今まさにその非道な所業を彼らは手を染めているのである。

 

「でも、こんな空の上に引き籠ってどうする気かしら?」

軽く溜め息をつくキュルケ。

「さあな。何か策でもあるのかもしれん。少なくとも、今の所は降伏する気はないのだろう」

「策ね……どうせ連中が考えることなんて、ロクでもないことでしょう?」

ロングビルも忌々しげに鼻を鳴らした。

「そうかもな。ひょっとしたら、今頃トリステインの方で何か起こっているのかもしれん」

「スパーダ! こんな時に嫌なこと言わないでよ!」

あっさりと恐ろしいことを口にするのでルイズは思わず噛みついてしまう。

「だが、可能性として無くはないだろう」

「う~~……」

だがあくまで冷静なままにそう述べられてルイズはムッとする。

「落ち着きなって。姫嬢ちゃんにはアニエスがいるし、魔法学院にだって留守番がいるじゃねえか」

デルフに宥められてもルイズは渋い顔を浮かべたままだった。

魔法学院にはスパーダの弟子という信頼できる者に留守を任せたから、後顧の憂いもなくこの空の上までこうして平然とやってくることができたのだ。

それは確かに納得できるが、やっぱり何か一大事が起こるのではないかと心配になってしまう。

 

「で、どうするの? こんな様子じゃあ、他の町も同じ感じだと思うけど」

キュルケの言う通り、大都市であるシティオブサウスゴータがこの有り様ではロンディニウム以外の町も同じ……いや、既に手遅れで完全に壊滅しているかもしれない。

「このままにしておく訳にもいくまい。放っておいても魔界と化すだけだ」

だがスパーダがやることは決まっていた。

「ロンディニウムに向かうのは後回しだ。少し付き合ってもらうが構わんか?」

「もちろんよ!」

「良いわよ。面白そうじゃない?」

ルイズとキュルケは即答した。他の二人も同じように首肯する。

悪魔達がこれ以上魔界からこのアルビオンに干渉できないようにするまでである。

スパーダの手元にあるレッドオーブ自体は元々湯水のようにあるので別に惜しむ必要はない。

幸いにも、今はこの町とその一帯に悪魔達の気配が感じられないこの時が、結界を作る絶好の機会だった。

 

 

アルビオンの首都ロンディニウム。

神聖アルビオン共和国の指導者オリバー・クロムウェルは、ハヴィランド宮殿の執務室に閉じ籠っていた。

この半月、彼が会議で他の閣僚達の前に姿を現しても秘書にして執政官であるシェフィールドがほとんど代理で発言するばかり。

彼は事前にシェフィールドに言われるがままに頷いたり、相槌を打って閣僚達の意見を纏めることしかしていない。

先刻の会議では民衆が次々とアルビオンから密航し逃げ出しているという話題に対し、「所詮は国を捨てた非国民」と吐き捨てて閣僚達を戦慄させている。

 

「おおお……ミス……ミス・シェフィールド……ほ、本当にあなたの主は……我らに加勢してくれるというのか?」

机に顔を突っ伏したまま、祈るように頭上で手を合わせるクロムウェル。

「もう耐えられない……! いつこの城にまであの白い悪魔が現れるのかと思うと、私は……!!」

ただひたすらに怯え、震え上がるその姿は仮にも革命家であり一国の指導者としての威厳は微塵も感じられない。

(まったく……この男は今更何を言ってるの……)

何度目か分からない溜め息を吐きつつ、シェフィールドは軽蔑の眼差しを軟弱な男に向けていた。

「落ち着きなさい、閣下。だからこそ、我らの全ての兵をここに集結させたのでしょう?」

だがシェフィールドは子供をあやすように柔らかな口調で語りかける。

恐る恐る顔を上げたクロムウェルは穏やかな微笑を浮かべる彼女を見つめながら年甲斐もなく涙目となっていた。

 

「我が主は間違いなく、この地に兵をお送りくださる。その気になればトリステインとゲルマニアの封鎖も力尽くで解ける。心配はいらないわ」

「し、しかし……」

「それに今、トリステインには同志が交渉に赴いているでしょう? 彼らに任せておけばアンリエッタ女王も首を縦に振らざるを得ない」

そこまで説かれると、クロムウェルは自らの指に填められた指輪をじっと見つめだす。

ラグドリアン湖の水の精霊の元から奪い去り、この革命で散々役に立ってきたマジックアイテム、アンドバリの指輪が妖しく煌めいていた。

「そ、そうか……そ、そうだな……。この指輪の力で我らの同志達はみんな蘇ったのだからな……! は……はははははは……」

声を引き攣らせながらクロムウェルは安堵と恐怖の混濁した力の無い哄笑を上げだす。

先日、クロムウェルはこのマジックアイテムを用いて、レコン・キスタに賛同しつつも志半ばで命を落としてしまった同志達に新たな生を与えてやっている。

皆、彼が崇める羅王から与えられた秘術によって人を超えた存在となった勇士達である。

ただのメイジの力など遠く及ばない。一時は悪魔達の餌食になったとしても、今や何度でも蘇り永遠に戦うことができる不死の戦士と化しているのだ。

 

(もはやこいつは駄目ね)

小さく鼻を鳴らすシェフィールドはもうクロムウェルの方を見ることもせず窓際の方へと移動していく。

正直な話、今のシェフィールドはほとほとうんざりしていた。

一時的に本国に戻っている間は自分の姿を模したスキルニルに彼の補佐を代行させていたものの、今やただの軟弱者と化しているこの男の相手をするだけで不愉快なだけである。

どれだけ宥めすかしても少し時が経てばまたすぐに怯えだし、しかもそれが同じ内容となれば尚更だった。

だが、シェフィールドはこの混沌と化しているアルビオンで最後の使命を果たさなければならなかった。

それが済めばもうこの不毛な地と亡国になど用はない。

 

(さて、あの悪魔ども……いつ、ここまでやって来るものか……)

シェフィールドは主の命により、客人の到着を待ちかねていた。

その相手は言うまでもなく、クロムウェルの拠り所だった羅王アビゲイルを討ち倒した魔剣士スパーダ。

だが、彼女が待つのはそれだけではない。

留守にしていた一ヵ月もの間、アルビオンの各所で異変が起きているとスキルニルからの報告で知り得ている。

クロムウェルの制御を失った下級の悪魔達が各地で頻出して荒らしているのとは別の強力な悪魔が出現したというのだ。

 

〝白い悪魔〟

 

目撃者であるアルビオン軍の竜騎士はそう呼んでいた。

南端のロサイスとシティオブサウスゴータの間に点在する各地の町ではアルビオンに生息する獰猛な亜人達が常日頃から悪魔達と争い続けていた。

駐屯するアルビオン軍は毎度のように手を焼きつつも悪魔達を退けて亜人達も抑えていたが、この修羅場に突如姿を現したのが白い悪魔……。

悪魔も亜人達も容赦なく皆殺しにし、迎え撃とうとした兵達までも成す術なく返り討ちにされてしまった。

 

終いにはサウスゴータからこのロンディニウムの中間に位置する街道に配置しておいた1万以上の兵さえも、たった一人しかいない白い悪魔によって瞬く間に蹴散らされたという。

この出来事にレコン・キスタの閣僚達はもちろん慌てふためき、クロムウェルに至っては完全に怯え切ってしまったのである。

シェフィールドはこの白い悪魔を『トリステイン・ゲルマニアが送り込んできた刺客』だとでっち上げて取り繕っている。

その悪魔は確実にロンディニウムに近づいているのは明らかで、残った全軍をここに集結させているのだ。

 

(あいつらの力も試さねばならないというのに……)

窓の下、宮殿の中庭をシェフィールドは見下ろした。

先月、新たにガリア本国で発見された悪魔の品をこのアルビオンに持ち込んでいる。

いや、正確にはそれ自体が悪魔だったと言うべきか……。

シェフィールドの持つ神の頭脳としての力によれば、その双方の性質を有しているという実に不思議な代物だったということだけははっきりしている。

まるで意思と命を宿らされたマジックアイテム、インテリジェンスのような……。

 

――おお。大陸が空を飛んでおるぞ。

 

――兄者よ。あれが、アルビオンと呼ばれるらしい。何とも絶景なものじゃ。

 

――ゼッケイ? ゼッケイとは、どういう意味だ?

 

――兄者よ。絶景というのは……。

 

思い出すだけでシェフィールドは舌打ちし、余計に苛ついてしまう。

オーク鬼やトロール鬼といった野獣同然な亜人とは訳が違う、知性ある悪魔とは思えない愚鈍な言葉の数々にはほとほと手を焼かれたものだ。

良くも悪くも従順だったがためにすんなり手懐けられたし、主のジョゼフはこの悪魔達を面白そうに眺めて終いには大笑いするほどだったので、それはそれで主を満足させられたことは良かったものの、シェフィールドにしてみれば正直あまり関わりたくない連中なのである。

だが、それでも力ある悪魔であり、その実力が本物であることは認めざるを得ない。

それ故にこそ、この城の門番としての役目を与えたのだから。

作品の良かったところはどこですか?

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  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
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