魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
首都ロンディニウムの住民は恐怖に打ち震えていた。
元々クロムウェル筆頭の貴族連合が数年前に反乱を始めた頃から戒厳令を布いていたため、町には軍隊が堂々と闊歩し自由に外を出歩くことすらできなかった。
さらにここ数か月では大陸の各地で起こる騒乱から他の町の人々が次々とハルケギニアへ逃げ出している話も届き、後に続こうにも軍隊によって阻まれてしまう。
密かに脱出を図ろうとしたある一家に至っては厳重な警戒を潜り抜けることができずに失敗し、「国を見捨てて敵国に逃れようとした非国民」として見せしめに処刑されてしまったほどである。
アルビオンの王家が統治していた頃から窮屈だったのに、新たな盟主は残酷な手段を平気で用いて国民をも弾圧していた。
こうして首都に閉じ込められるばかりか、家の中に閉じ籠ってしまったロンディニウムの住民は不安と恐怖に怯える毎日を無為に過ごし続けるしかなかった。
無論、中には脱出に成功した一家も少ないながらも存在した。
ホーキンス将軍といった一部の良識的な軍人は、さすがに守るべき国民を虐げるような行為に納得ができず、彼らを見つけても罰することなく見逃してくれたのである。
――オオオォォォーーーーーーンッ!!!
そして今この時、彼らはこれまで以上の恐怖に震え上がる。
街全体に轟く程の恐ろしい咆哮は、窓や扉を閉め切ったとしても家の中に届いてくるのだから。
巷で噂になっていた亜人達よりも恐ろしい怪物が、ついにここロンディニウムにも現れ始めた。
姿こそ目にしていない――見たくもないが――いつ自分達の元にも現れるかと考えると、もう恐ろしくてたまらない。
怪物達に見つかってはならないとばかりに子供達は親と共に家の奥で縮こまり、神と始祖ブリミルに救いを求めて祈りを捧げるしかないのだ。
そうして恐怖に怯える住民達は自分達の頭上に存在する曲者に気付けるはずもない。ましてや屋根の上を堂々と歩いているなどと。
「くだらん……」
甲冑を身に着けた白ずくめの騎士は中央広場で繰り広げられる戦いを見下ろし、冷たく吐き捨てた。
アルビオンの軍隊は三つ首の魔獣に挑んでは、その強大な力に歯が立たず次々と蹴散らされていく。
既に広場全体は魔獣の操る氷の力が波飛沫のように所々広がっていた。
男は屋根の上から通りへと飛び降りた。背後は魔獣によって作られた氷の波が高く分厚い壁を成し、広場の入口を塞がれている。
彼が見据えるのは前に続く大通りの果ての丘の上――既に軍隊の守りを失ったハヴィランド宮殿だった。
「始まったか……」
その一角のバルコニーらしき場所から突如煙が噴き上がる。
遠目ながらもその中から薄らと巨大な影も見えていた。
彼が散々にこの地で斬り捨ててきた亜人達とは明らかに違う異形の悪魔であることは疑いがない。
「貴様はそんな奴を持て余すような弱者ではないはずだ」
厳めしい渋面を浮かべながら男は呟く。
あの城からは無数の闘気が感じられる。特に背後で暴れ回る魔獣ケルベロスなど比べ物にならない強大な悪魔の存在を、彼ははっきりと認識していた。
「俺の期待を裏切るなよ。魔剣士スパーダ――」
レコン・キスタの軍隊が本来迎え撃つはずだった〝白い悪魔〟は、彼らが守るべき主の居城に向けて悠然と歩を進めだした。
◆
初めて訪れるハヴィランド宮殿の中をルイズはきょろきょろと見回していた。
さすがはアルビオン王家の城というだけはあり、トリステインの王宮に匹敵する壮麗さである。
「おいおい、城内見物もほどほどにしとけよな」
「分かってるわよ」
アミュレットのデルフに諫められるルイズは軽くムッとするが、ちゃんと先導するスパーダの後にはついてきていた。
スパーダ自身は急ぐでもなくいつものゆったりとした歩調のまま城内の廊下を平然と歩いている。
「うぐ……」
「ひ……」
二人が通ってきた道のりには城に残された衛兵達が倒れ伏し、中には壁に寄りかかったまま力なくへたり込み震え上がっていた。
「ええい! ここは通さ――」
「ううっ……!?」
前から次々と新たに現れる衛兵達はメイジではない。
剣を抜くまでもなくスパーダの愛銃から放たれた弾丸が槍の穂を砕き、軽くいなされてしまう。
「と、止まれ! 止まらんかっ……ぶ――」
それでも勇気を振り絞って立ち塞がろうとしても、スパーダの無言の一撃が容赦なく繰り出されていく。
文字通りの鉄拳を顔面に入れて軽く数メイルも吹き飛ばし、横に薙ぎ払った裏拳で壁に叩きつけられ、銃のグリップがうなじに振り下ろされ崩れ落ちる。
一切足を止めることもないまま、スパーダは衛兵達を次々に叩きのめしていった。
(ちゃんと手加減はしてるのね)
倒れ伏し、呻いている衛兵達は鼻血を出したりはしても命に別状はない様子だった。
障害となる者は確かに退けなければならないが、スパーダはほどほどに殴り倒して気絶させたり銃で威嚇したりと適当にあしらっている。
彼の最大の目的はこの城の主ただ一人なのだから、敵とはいえ目的以外に用はないのだ。
「俺の出番がねえなあ……ちくしょう、俺もあっちで戦いたかったぜ……かなり歯応えありそうな奴なのになあ……」
「ならばこちらの用を早く済ませるとしようか。間に合えばな」
銃を収めながらデルフのぼやきに応えるスパーダだが、どこか皮肉めいた物言いだった。
「きゃ……! わっとっとっとっ……!!」
直後、重い響きと共に城全体が僅かにぐらりと揺れだす。ルイズは思わずバランスを崩してその場でよろめいてしまった。
さらに続けて二度、三度と一瞬とはいえ下から突き上げるような強い震動が巻き起こる。その都度ルイズは両手を振り回すほどに転びかけてしまう。
「何なのよ、もう!」
「外はずいぶんと派手にやってるみてえだな。野郎のあの鉄球、食らったらひとたまりもなさそうだぜ」
「あの連中は怪力だけが取り柄の奴だからな」
外の戦いの余波はこの城の内部にまで届いているのだ。タルタルシアンにプルートニアンの怪力で振り回される鉄球がもたらす一撃は、それこそ叩きつけた大地をも軽く揺るがすほどである。
逆に言えば自らの肉体だけが最大の武器であり、オラングエラのように魔力を扱った技には劣っているのが欠点だ。
「キュルケ達、大丈夫かしら……」
「アグニとルドラもいる。奴に遅れは取らん」
少なくとも、二人の気配は途絶えていないのは確かなのがスパーダには分かる。
同じ炎風の力を操るアグニとルドラ共々、よく戦っているのがはっきりと伝わっていた。
「あの連中、俺の見立てじゃあお前さんが連れてる他の奴らと同じくらいって所か」
「まあそんなものだ」
デルフの指摘は概ね間違ってはいない。
アグニとルドラの上級悪魔としての格は中の下といった所で、地位こそそこまで高くなかったが実力的にはネヴァンやケルベロスとほぼ同格である。
良くも悪くも従順故に、ネヴァンにはよく扱き使われていたものだ。
どれだけ酷使されようと、肉体を持たない当人達は何の不満もなく与えられた使命を果たしていたが。
「ねえスパーダ。本当にこっちで合ってるの?」
「奴はこの先にいる」
初めて訪れるはずの場所なのだが、スパーダは一切迷うことなく城内をずんずんと進んでいた。
「お前さん、別のハルケギニアとかで下見してたんだっけな。どうだい、向こうと全く変わりはねえのか」
「大して変わらんな」
城内にはメイジとは別の異質な魔力をスパーダは感じ取っている。それがクロムウェルであると確信していた。
その気配を辿るだけでなく、スパーダ自身この城を前に一度だけ訪れたことがあるので迷うことはない。
夏期休業中に獣の首の力によって渡った平行世界のハルケギニア。そこで滞在している最中、下見がてらハヴィランド宮殿内を見て回ったのである。
その時は向こう側のクロムウェルが既にガリアによって亡き者にされていたこともあり、どさくさに紛れて割とすんなりと何食わぬ顔で散策することができた。
無論、多少は衛兵に怪しまれたりしたものの、その時にはネヴァンが人間の姿に化けて同行していたので彼女の力を借りて退けていたが。
「……ねえ、向こうのあたしって、どうだった?」
少し恥ずかしそうに俯きながらルイズは問いかける。
スパーダは向こうの世界で、自分とは全く違う別のルイズ・フランソワーズを目にしている。
違う世界の別人とはいえ、どんな印象を感じているのかルイズは気になっていたのだ。
「さてな。直接会ってないからな」
だがスパーダからの返答は素っ気なかった。あんまりな言葉にルイズは苦い顔を浮かべだす。
「だが今のお前と大して本質は変わるまい」
「まあ、向こうの娘っ子はこっちよりは泣き虫だったよなあ。それに、サイトだっけか? 同い年くらいの恋人が……」
「うう……うるさい! うるさい!! うるさい!!!」
茶化すデルフにルイズは一気に顔を真っ赤にして叫びだす。
「あんな奴なんて、好きになるなんてあり得ないんだからーーーっ!!」
違う世界とはいえ、自分があんな平民を好きになっていたなど認められるものではない。いや、認めたくなどなかった。
伝説の使い魔ガンダールヴとして勇敢に戦ったとしても、結局はただの平民である。そんな相手を好きになるなんて、恥ずかしくてたまらない。
「着いたぞ。ここだ」
そうこうする内にスパーダは大きな扉の前で立ち止まっていた。
「こ、ここにクロムウェルって奴が……きゃっ!? 何!?」
「うおっ! 何だこりゃ!」
だがその扉は赤く薄い光の膜のようなもので覆われていた。
よく見ると、膜の表面には無数のおぞましい表情をした顔のような模様が浮かび上がっている。
「封印の結界だな。どうやら誰も中には入れたくないらしい」
魔界の悪魔達が獲物である人間を追い詰め、逃げ道を塞ぐためにこうして扉などに張り巡らすのはよく使われる手段である。
「ちょうど良いな。この結界を外してみろ」
「う、うん」
横にスパーダが退くと、杖を取り出したルイズが扉の前に立つ。
杖を扉にかざそうとすると、扉と同じくらいに大きな赤い手が出てきてルイズ達を拒むかのように前に突き出してきていた。
結界に近づく者を退けるために、防衛機能が働いているのだ。
だがルイズは落ち着いたままディテクト・マジックで杖の先から光の粉を振り撒くと軽く目を瞑りだす。
「ええと……スパーダ。小さい奴で良いから20個ちょうだい」
ルイズの要求を呑み、スパーダは小石ほどの無数のレッドオーブを取り出して渡す。
「ほら、消えなさいよ! 邪魔ね!」
受け取ったルイズはオーブを扉にかざしながら声を上げた。
するとオーブは淡い光を発しながら扉を守る結界に吸い込まれていき、直後に結界もガラスのように粉々に砕け散る。
「これで良いんでしょ?」
「All right.(それでいい)」
「おー、良くできたじゃねえか」
したり顔を浮かべるルイズにスパーダも満足げに頷いた。
この数日、アルビオンの各地を巡りながら結界を作り続ける中でルイズ達はスパーダからレッドオーブの使い方を色々と教えてもらっていた。
スパーダがやったように簡易的な結界を作るやり方はもちろんのこと、逆に結界を破る方法や使い捨ての武器として利用することもだ。
今のような結界に対してレッドオーブを捧げることで魔力を中和して結界を消すことはできるが、どれだけのレッドオーブが必要になるかは結界の強さにもよる。
ルイズら人間であればディテクト・マジックによる魔力探査を行えば、それを調べることができるようだ。
教わったことが初めての実践がちゃんと上手くいったことでルイズ自身も嬉しかった。
「ま、待て! 曲者め!!」
いざ中に入ろうとスパーダが取手に手をかけようとすると、廊下の先から新たな衛兵達が姿を見せていた。
しかも今度は十人ばかりが、それぞれ左右から挟み撃ちにする形で駆け込んでくる。
向かってくる敵を一瞥したスパーダは目を細くした。
「追い払っておけ」
「うん。分かったわ」
先程のと同じ小さなレッドオーブを二つ受け取ったルイズはその一つに杖の先を当てて意識を集中しだす。
スパーダの相手にならないとはいえ、邪魔であることに変わりないし相手にするのも面倒だった。
なので、レッドオーブの結界で人払いをさせてもらうことにする。
「ぶっ――」
ちょうど廊下の一角を壁から天井まで隙間なく塞ぐように赤く薄い光の壁が出来上がった。
スパーダが今まで作ってきたのとは違い、物理的なものなので勢い余った衛兵達は次々とぶつかってしまう。
「中に入れさせるな!」
だが片側だけなので、反対側の衛兵達は目の前まで迫ってこようとしていた。
結界を一つ作るのに十秒近くかかるのだが、とても間に合いそうにない。
「任せな!」
デルフの叫びと共にルイズの体から青白い光の魔人、ガンダールヴの女戦士が浮かび上がった。
魔人の出現に驚き足を止める衛兵達だが、大剣を手に飛びかかったガンダールヴは彼らの手にする槍の穂先を一太刀で叩き落としてしまう。
手早くルイズの元まで魔人が下がると同時に新たな結界が出来上がり、ルイズと衛兵達を分断した。
「あんた、やるじゃない」
「ま、これくらいはしとかないとな」
魔人を傍らに浮かべたまま、ルイズも先に入っていったスパーダに続いていく。
この結界なら一時間足らずで消えてしまうだろうが、それでも自分達が用を済ませるまで邪魔は入らないはずだ。
衛兵達は自分達の主の執務室へ入っていく曲者を、結界の薄い壁越しに悔しそうに手をこまねくことしかできなかった。
◆
「あれ?」
アルビオンの主の居室に足を踏み入れて、ルイズは目を丸くした。
そこはどうやら執務室らしいのだが、広々とした部屋の先には立派なライカ欅の大机が備えられているのみでもぬけの空だった。
「ねえ、ここにクロムウェルって奴がいたんじゃないの?」
まさか逃げてしまったのではないか? ルイズは少し不安になりながら部屋の中心に立つスパーダの隣にやってきてきょろきょろと見回した。
「ああ。そこにいるな」
スパーダが即答するのと同時に、聞き慣れた独特の澄んだ音色が響き渡る。
無数の赤い魔力の刃、幻影剣が天井に現れるなり次々と落下して大机の奥へと突き立てられていった。
「ひいぃっ!?」
悲鳴が上がり、机の隅から影が這い蹲りながら飛び出てくる。
「う、うわあっ! あ、悪魔ぁ!?」
腰を抜かしたままでいるその男はスパーダを目にするなり自らの痩せた顔を恐怖に強張らせていた。
「あ、あいつがクロムウェルなの?」
「……みてえだな」
「アビゲイルの力は微かに感じられるな」
はっきりとスパーダが認めたので間違いないだろう。だがルイズはいささか信じ切ることができないでいた。
アルビオン王家に反旗を翻した貴族達の反乱軍レコン・キスタ。
神聖アルビオン共和国の皇帝と呼ばれるオリバー・クロムウェル……その第一印象は、「どこにでもいそうな平凡な男」だった。
その弱々しい姿は、とても悪魔に魂を売り渡し、王家を滅ぼして国を乗っ取り、トリステインにまで攻めようとした悪逆非道な人物には見えない。
田舎の教会や寺院で細々と奉公でもしていそうな聖職者であり、簒奪したとはいえ一国の盟主らしい覇気や威厳が微塵も感じられない。
「やめろ! 来るな! 来るなあ!!」
そればかりかはっきりと敵を前にしてこんなに情けない姿まで晒している。
「こんなのが……あたし達の敵、だったの?」
「拠り所と後ろ盾を失えばこんなものだろう。だが、罪を犯したことに変わりはない」
呆気に取られてしまうルイズだが、スパーダは冷徹に断じた。
そうだ。この男は恐ろしい悪魔と契約して多くの人々を苦しめてきた罪人なのである。自分達の使命を思い出してルイズは我に返った。
ひっ捕らえてトリステインに連行し、アンリエッタ女王陛下の前に突き出して裁かなければならない。
「わたし達は、トリステイン女王アンリエッタ陛下より遣わされた者よ! オリバー・クロムウェル! 大人しくお縄につきなさい!!」
杖を突きつけ、ルイズは毅然とした態度で叫ぶ。
「アンドバリの指輪はどこだ」
同じくスパーダもルーチェの銃口を真っ直ぐに向けながら問いただす。
そもそも本来のスパーダの目的は水の精霊の宝であるマジックアイテムを取り戻すためなのである。
だが見た所、彼の手にはそれらしきものが身に着けられている様子がない。
「ミ、ミス・シェフィールド! どこだ!? どこにいるのだ!? 私を助けてくれ!!」
クロムウェルはスパーダ達の威圧に怯えつつも、救いを求めて叫び倒す。
「シェフィールドって、確かあいつの側近か何かなんでしょ?」
オリバー・クロムウェルの秘書と呼ばれた女。ロングビルに「クロムウェルよりもよっぽど皇帝らしい」とまで言わしめさせた人物。
素性も含めてどんな女なのかスパーダも興味があったのだが、その姿はどこにもない。
『お生憎様。ここにもうその指輪は無いわ』
突然響いたのは冷たい女の声だった。
「誰!?」
「ど、どこだ? どこにいるのだ? ミス・シェフィールド!」
ルイズだけでなくクロムウェルまでもが慌てふためきながら部屋中を振り返りだす。
スパーダはちらりと横の大窓の方へ視線を流していた。見ればそこには一匹の蝶らしきものが張り付いている。
その蝶はガラスから離れると、部屋の中を飛び回り始める。
『初めまして。神の左手ガンダールヴ……それとも、魔剣士スパーダと呼べば良いかしら?』
「しゃ、喋った?」
「ああ、こいつぁガーゴイルの一種だな」
驚くルイズにデルフは冷静に告げる。
確かにこの虫は純粋な生物ではない作り物だった。羽の表面にはルーン文字が浮かび上がって仄かに光っている。
「お前がシェフィールドか」
『直接姿を見せられなくて残念だわ。アンドバリの指輪は私が預かっているの。もうそこには無いわ』
ガーゴイルの蝶はスパーダ達の目の前でふわふわと浮かんだまま、声を発している。
「あんた、一体どこにいるの!? 姿を見せなさいよ!」
『もうその城にはいないわ。私のそこでの役目は終わったのでね。……まさか、あの連中があなたに手懐けられるとは思わなかったわ』
ルイズの威圧にも動じずシェフィールドは溜め息を漏らしている。
どうやら門番だったアグニとルドラは、彼女によって手引きされていたようだ。
「どういうことなのだ、ミス・シェフィールド……! こいつらをアンドバリの指輪で追い払ってくれるのではなかったのか……!?」
蝶を見上げながらクロムウェルは困惑の声を上げる。
緩やかに羽を動かして部屋の中を遊弋する蝶は、ゆっくりと蹲ったままなクロムウェルのすぐ目の前までやってきていた。
「もう私にはそなたらしか頼れる者はいないのだ……! そなたらの助けがなければ私は――ぎゃあっ!?」
「っ!?」
クロムウェルの抗議の入り混じった懇願は彼の悲鳴によって遮られた。
ルイズも突然の光景に驚き目を見張る。
蝶は突如尻を持ち上げ、その先から鋭く長い針を伸ばすと一気にクロムウェルの右手を貫き床に縫い付けたのだ。
「あ、あぐ……」
『甘えるな。薄汚い傀儡め』
引き抜き飛び上がった蝶は痛みに呻く男を見下ろしながら、冷酷な口調で罵った。
『助けて欲しい? お前のような男に救いがあるとでも思っているの?』
血の溢れる手を押さえたままクロムウェルは恐る恐る蝶の姿を見上げる。鮮血の滴る針を突き付けたまま、蝶は明らかな敵意を向けてきていた。
『お前はこの世界に仇なす悪魔に魂を売り渡し、混沌をもたらした罪人に過ぎない。我がガリアにまで攻め入ってきた以上、お前は正当な報復を受けなければならないわ』
「そ、そんなの……! 私は、何も知らない!」
『誰が信じると言うの? もうとっくに、我らが主はこの空の地に艦隊を遣わした。一時間足らずでお前の頭上から砲火を叩きこむのは決まっている』
シェフィールドの宣言にクロムウェルの顔から血の気が引いていく。
「ガリアですって……!?」
「確かガリアからのスパイなんだっけな」
「そうらしい」
どちらの世界でもシェフィールドの役目は変わらない。
違いといえば向こう側では事件の首謀者か黒幕だったのが、こちら側では第三勢力による純粋なスパイだ。
彼女が言うガリアの一件というのは恐らく、夏期休業中にスパーダが同地で巻き込まれた悪魔達の抗争のことだろう。
それを口実にしてレコン・キスタに報復し壊滅させる大義名分を得たということだ。
事実はどうあれ、あの騒ぎも世間ではレコン・キスタが起こしたことになっているので筋は通っている。
彼女が言うように、疑いをかけられた当人達が否定してみても誰も信じるはずはない。
何しろ既に悪魔の力を借りて一国を滅ぼし、騙し討ちで他国に攻め入りかけた前例があるのだから。
『お前に残された運命はたった二つだけ。その悪魔に滅ぼされるか、それとも残された時間を無為に過ごして焼き滅ぼされるか……』
酷薄な言葉をぶつけられるクロムウェルの表情は見る間に絶望によって覆い尽くされていく。
『どれでも好きな方を選ぶが良い』
「ミ……ミス・シェフィールド……!」
それでも縋ろうと手を伸ばすも、蝶は無情にも浮かび上がり虚しく空を切る。
『魔剣士スパーダ。我が主は、あなたにとても興味を抱いておいでよ。近い内にあなたとお会いになることでしょう。それまでごきげんよう――』
羽ばたく蝶は大窓の前で止まると、それまでと打って変わり銃弾のような勢いでガラスを突き破り外へ去っていった。
「あ、あああ……」
「ありゃりゃ、こりゃ終わったなあ」
膝を突いたまま愕然とするクロムウェルを眺めていると、デルフが溜め息混じりに呟いた。
哀れといえば哀れな光景だった。頼りにしていた側近に裏切られ、見捨てられる姿はあまりにも惨めでしかない。
アビゲイルという一番の拠り所と後ろ盾を失った時、恐らくは彼女だけが最後の希望だったのだろう。
それすらも喪失した以上、もはや救いなど残されていない。
「……ま、待ってくれ! 私は、悪魔に唆されただけなんだ!」
スパーダ達を振り返ったクロムウェルはそれまで以上に恐怖に引き攣り、狂ったように喚きだした。
「あの恐ろしい悪魔はそなたらの手で討ち倒された! もう倒すべき敵はいないはずではないか!?」
その言葉にルイズは耳を疑った。
この男は自分が魂を売り渡し今まで後ろ盾にしていた相手をあろうことか敵だと抜かし、無責任にも免罪を主張している。
一体誰があの恐ろしい悪魔をこのハルケギニアに招いたというのだ!?
「……この恥知らず! あんたがあのアビゲイルと契約して、好き勝手にしたんじゃない!!」
杖を突きつけ、ルイズは怒鳴りつけた。
「あんたのおかげで、一体どれだけの人達が苦しんだと思ってるの!?」
少しでも哀れみを感じた自分が馬鹿だった。こんな厚顔無恥な恥知らずは今すぐにでも叩きのめしてやりたいという衝動を、ルイズは僅かに残った理性で辛うじて抑えつけていた。
「わ、私も最初はどうかしていたんだ……! 悪魔に魂を売るなんて、考えてみれば何と恐ろしいことを……!」
クロムウェルは相変わらず自己弁護の言葉を吐き続けていた。
「ハルケギニアをここまで混乱に陥れる気なんてなかった……私はただ、私に恥をかかせたアルビオンの王家に仕返しをしてやりたかっただけなんだ……!」
ルイズの怒りはますます膨れ上がっていく。どこまでも身勝手な男なのだ。
これ以上見苦しく喋り続けるというなら、エクスプロージョンをぶつけて吹き飛ばしてやるという考えまで沸き起こっていた。
「償いだったら何でもする! だからどうか命だけは……!!」
『Don't get carried away, you.(つけ上がるな。人間)』
凄みのある重厚な声が部屋中に響き渡った。
その冷酷極まりない一声にクロムウェルはもちろん、ルイズまでもがビクつき怒りが一気に鎮められてしまう。
見ればずっと黙っていたスパーダは普段とはまるで違う冷たいオーラを溢れさせていた。
クールで冷徹でつっけんどんながらも穏やかさと威厳さを兼ね備えた師父のような男の姿はどこにもいない。
普段は全然意識していない、彼自身が隠す本性……冷酷な悪魔そのものだった。
『全ての惨劇は貴様自身の意思によってもたらされたものだ』
クロムウェルを見据えるスパーダの顔は氷のように冷たい。
だが、その瞳には明らかな怒りと苛立ちの念がはっきりと感じることができた。
『貴様はアビゲイルに唆されて悪行に手を染め続けてきた。ならば、奴の誘いを断ることも、踏みとどまることもできたはずだ。だが、貴様はそれをしなかった』
「ひ、ぐ……」
『貴様は自ら進んで全ての悪事に手を染めた。それは貴様自身の心がそうさせたのだ。そこにアビゲイルの意思など関係ない』
かつて魔に魅入られ、人であることを捨てたワルドを圧倒した時と同じように、今また同じく人の心を捨てた男を威圧する。
スパーダに睨まれるクロムウェルは恐怖に竦み上がり、体を震わせることさえできずにいた。
『貴様は取り返しのつかない大罪を犯した。貴様が真に悔い改めようと、決して断罪から逃げることは許されん。
チャキン、と閻魔刀の鍔を指で押し上げ煌めく刃を覗かせた。クロムウェルの表情がより恐怖に染まっていく。
『貴様に人間としての矜持が、責任と覚悟があるのなら――己で始末をつけるがいい』
さらにスパーダは目の前に一本の幻影剣を浮かべだすとそれを掴み、クロムウェルへ投げつける。
「ひっ……!?」
一直線に飛んできた赤い剣は蹲ったままの彼のすぐ横に突き立てられた。
『最後に選ばせてやる。貴様が本当に罪を償う気があるのなら――』
真横の剣と、目の前の悪魔を見比べていたレコン・キスタの指導者はごくりと息を飲む。
『You shall die.(死んでみせろ)』
羅王を討ち倒した悪魔は新たな選択を強いていた。
どの道、逃げ場を失くしたクロムウェルに残された運命は全てが残酷なものでしかない。
拠り所と後ろ盾を失い、見捨てられた彼はこのまま目の前の悪魔に殺されるか、無為の時間の果てに報復者の放火に焼かれる。
そして今度は、自分自身で自らの命を絶てという――
結局はどれを選ぼうと、クロムウェルが助かる道はない。まさに八方塞がりだった。
土下座をし、命乞いをし降伏しようとこの悪魔は決して認めはしないだろう。
どの運命を選べば良いのか、決められるはずもない。そんな覚悟もありはしない。
故に、クロムウェルが選んだ運命は示されたどれでもなかった。
「……い、嫌だああああああぁぁぁぁぁっっ! 私は、死にたくなああああぁぁぁいっ!!」
渡された剣を撥ね退け、あらん限りの生への渇望を叫び倒したのである。
「Irredeemable trash.(救いがないな)」
フン、と鼻を鳴らしスパーダは吐き捨てた。
◆
「ねえスパーダ。本当にあいつを殺しちゃう気なの?」
「せめて償いだけでもしてもらうつもりだったがな」
ここまで追い詰めはしたものの、スパーダとしては別にクロムウェルの命自体はどうでも良かった。
スパーダが見極めたかったのはこの男の〝覚悟〟だったのだ。
魔に魂を売り渡し、世界に混乱を陥れた以上、報いと償いは受けなければならない。
犯した罪に対して責任を感じているのなら、それこそ命を捧げ、生涯をかけてでも報いを受ける気があることを示すのなら命までは取らないつもりだったのだ。
とはいえ、期待に反してこの男はそんなものは微塵も持ち合わせていないのが明らかになっただけだったが。
「どの道、死の一歩手前までやらねばならん」
アビゲイルと契約している力が残っている以上、それは取り除かなければならない。
彼を文字通りに抹殺するか、閻魔刀でその力を断つためにその身を切り裂く必要があるのだ。
心臓を突き刺し、死の寸前までいった所でバイタルスターで癒してやれば死なずには済むのだから。
そのまま放っておくか、トリステインに連行して正当な裁きを受けさせるかはルイズの裁量に任せることにする。
「見たくなければ後ろを向いていろ。すぐに済ませる」
ルイズにそう告げ、閻魔刀を静かに抜き放った。
クロムウェルは頭を抱え込んだまま縮こまってしまっている。
いくら敵とはいえ無抵抗な相手を処刑するのはさすがに残酷過ぎる。ルイズとしても人の死の場面など見たくはなかった。
「い、嫌だ……嫌だ……嫌だ……! 私は、死にたくない……死にたくない……死ニ、タク、ナイ……」
「お?」
「何?」
クロムウェルの声が突如として濁りだし、ルイズは顔を顰めた。スパーダの視線も僅かに細まりだす。
「私ハ、死ニタク……ナイ……! ソウダ……死ヌ前ニ……殺シテヤル……! 殺シテヤルゾ!」
「……!?」
「何だぁ!?」
這い蹲ったまま面を上げるクロムウェルの顔はそれまでの覇気のない痩せた三十男のものではなかった。
恐怖に怯え切っていたはずの目は凶悪な眼差しとなり赤黒く染まっていく。
元からあった歯もボロボロと抜け落ち、鋭い牙が口元に生えていった。
そればかりかメキメキと音を立てて顔はおろかその体までもが服を破きながら見る間に膨れ上がっていくのだ。
「殺サレル前ニ殺シテヤル! 私ヲ殺ソウトスル者ハ、ソノ前ニ殺シテヤル! 皆殺シニシテヤルゾ!!」
被っていた聖職者の球帽がポトリと床に落ち、鋭い爪の生えた異形の手が叩き潰す。
「殺シテヤル! 殺シテヤル!! 殺シテヤル!!! 殺シテヤル!!!! 殺シテヤルゾオオオオオオオ!!!!」
「きゃあっ!?」
「おおっとぉ!?」
どす黒い絶叫と共に突き出され伸びてきた巨大な手をガンダールヴの魔人が盾にした大剣で受け止めた。
その間にスパーダはルイズの体を片手で抱え、大窓の方へ駆け出した。
ガラスを突き破り広大なバルコニーに飛び出た途端、轟音と共に執務室が城の壁もろとも吹き飛び崩れ落ちる。
「な、何なのよ!? これ!?」
「こいつぁ……」
粉塵の中から姿を現したのは、もはやクロムウェルではなかった。
筋骨隆々の巨体は10メイル近くも膨れ上がり、くすんだ黄金色の肌には細く赤い筋が所々に走っている。
大きな角を左右に生やした凶悪な顔つきながら、まるで目が閉じたような骨格……。
翼こそないがその姿は、かつてスパーダが討ち倒した魔界の修羅の王・アビゲイルにそっくりだった。
「自らの力に、身も心も喰われたか。とことん救いがないな」
クロムウェルの極限まで膨れ上がった恐怖と絶望の心にアビゲイルの契約の力が同調して浸食されたのだ。
あまりにも醜い心を宿す人間は、それに惹かれた悪魔に憑りつかれて心身ともに乗っ取られてしまう。
ましてやクロムウェルのようにその身に悪魔の力を宿すとなれば、尚更悪魔そのものになりかねない。
「ハアァァァァァァ……」
悪魔と化したクロムウェル……そう、ポゼスト・クロムウェルは血に飢えた吐息を漏らしながらスパーダ達をじっくりと睨みつける。
薄らと開くその獣のような瞳にはもはや人間としての理性は残っていない。あるのは自らの敵に対する殺意のみだ。
「……っ」
その気迫にルイズは思わず慄いてしまう。
大きさは全然違うが、タルブで間近に目にしたあの恐ろしい悪魔と同じ顔は思い出すだけでも震えてしまう。
「遠慮はない。存分にやれ」
「おう! やってやろうじゃねえか!」
スパーダの促しにデルフは張り切り、身構える魔人は右手に長槍を取り出した。
こうなってしまってはもはや救ってやることはできない。
文字通りに抹殺することだけが、事態を収拾する残された手段であった。
◆
「あーりゃりゃ、ヒッドイ姿になっちまった。こりゃあもう人前には出られないネ」
突然聞こえた声に杖を構えようとしたルイズはハッとする。
自分達のすぐ後ろから聞こえてきたこの場には似つかわしくない陽気な声。それは聞き覚えがあるものだった。
「あ、あんたは!?」
振り向いたルイズが目にしたのは、黒ずくめの影だった。その姿に驚きと共に嫌悪の表情が浮かび上がる。
「あのうぜえピエロじゃねえか」
デルフまでもが悪態をつく。
思い出すのも忌まわしいその長身の道化師は、スパーダですら嫌悪した相手だった。
「ナイストゥミーチュー! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!」
両足を揃え紳士らしい丁寧な一礼をする黒い道化師は……以前スパーダがトリスタニアの劇場で相まみえた悪魔・ジェスターであった。
「そして、魔剣士スパーダ! またお会いできて光栄だネ~」
青白い顔だけを上げて赤と青、色の異なる月眼を煌めかせてにんまりと不敵な笑みを浮かべだす。
「……気安く呼ぶんじゃないわ! この無礼者!」
矛先を巨大な悪魔からいきなり乱入してきたピエロへと向けてルイズは杖を眼前に突きつけた。
「よくも姫様をさんざん馬鹿にしてくれたわね!!」
「アーレレ? 何で知ってんのかな? オレ達初対面でしょ? どっかで会ったっけ?」
「どうだって良いじゃない!」
からかうような、小馬鹿にしたような態度のジェスターにルイズは余計に怒りを露わにしていた。
「道化が何の用だ。失せろ」
スパーダは振り向きもせずに巨体の悪魔の方を見据えていたが、うんざりした様子で威圧する。
「いやいやいや、オレ様ズーッと待ってたんだヨ? あんたが必ずレコン・キスタをぶっ潰すためにここに来てくれるってことを信じてサ!」
両肩を竦めながらジェスターは回り込み、スパーダ達の前に出てきていた。
「あんたも、あのシェフィールドって奴の仲間なの!?」
「……アッハハハハハハ!! あんなオバサンが仲間なんて、冗談キツイね~!」
パンパン、と手を叩きながら大笑いをするジェスター。
「――ま、あっちはあっちで敵だけどね。今はどうでも良いよ」
「……」
一瞬、その陽気な声の中に全く別の冷たい声が微かに混じったのをスパーダは聞き逃さなかった。
「しっかし、残念だったネ~。せっかく水の精霊の大事な、アンドバリの指輪を取り戻そうとしたのに、骨折り損になっちまった」
「うるさい、うるさい! あんたに邪魔なんかさせないわよ!」
「オレ様、まだな~んにもしてないヨ? シェフィールドに持ち逃げらされちまったのは、普通にアンタ達のせい。Do you understand?(お分かり?)」
無礼なほどはっきりと針のように細長い爪が伸びた指で差してくるジェスターにルイズはますます苛立っていた。
「グガアアアアアアアアアァァァァァ!!」
「おっと! 来やがったな! やってやるぜ!」
黄金の悪魔、ポゼスト・クロムウェルが雄叫びを上げて片手を叩きつけようと迫ってくる。
スパーダが銃を構え、ガンダールヴの魔人もいざ迎え撃とうと身構えたが……。
「Eat this!(これでも召し上がれ!)」
振り向き様にジェスターがいつの間にか手にした杖をかざすと、空中に現れた魔法陣から何かが飛び出てきた。
恐ろしい咆哮を上げる悪魔の口に押し込められ、ポゼスト・クロムウェルは呻いたまま塞がれた口の前で両手をバタつかせている。
「あれって……」
ルイズは悪魔が咥えているものを目にして息を飲んだ。
無数の大きな釘が打たれ不気味に蠢く肉塊――それは魔界製の爆弾だった。
しかも劇場でアンリエッタ達を吹き飛ばそうとしたものよりも遥かに大きい。
「アンタ邪魔。だから消えてチョーダイ!」
鋭い轟音と共に閃光と爆炎が弾けた。
ルイズが〝バースト〟と名付けた自分の魔法の失敗作とは比べ物にならない威力である。かつて劇場でアンリエッタ達を巻き込みかけたものよりも数倍はありそうだ。
爆風に煽られ顔を腕で庇ったルイズが次に目にしたのは凄惨極まりない光景だった。
膝をついた巨体の顔面を覆う黒煙が晴れた時、そこにあったはずのものは跡形もなくなっていた。
首から上を失った、元はクロムウェルという人間であったはずのものはバッタリと前に倒れ込み、力なく横たわる。
「フゥ。案外呆気ないもんだネ。――所詮、ただの残りカスなだけか」
陽気さと冷酷さを交えてジェスターは吐き捨てていた。
あの恐ろしい悪魔をこの道化師はいとも簡単に、弄ぶように惨殺したのだ。
ふざけた態度に似合わないその残酷さは、まさしく悪魔そのものである。
「て、て、て、て、てめえ! 余計なことしやがって! また俺の出番が……!」
「別に良いジャン? あんた達はこいつがいなくなりゃあ充分なんだロ? 手伝ってやったんだから、感謝して欲しいくらいだネ~」
猛抗議するデルフなど意に介さずジェスターは杖で自分の顔を扇ぎだす。
だが別に手伝って欲しいなどと頼んだ覚えはない。邪魔をした訳ではないが、スパーダとしては単に目障りに過ぎないのだ。
「答えなさい! あんた、一体何が目的なの!?」
杖をジェスターの鼻先に突きつけルイズは吠えた。
彼女にしてもこの道化師は目の前に存在するだけでもはらわたが煮えくり返りそうなのだ。
「答えは簡単サ。オレ様がここに来た目的は――」
「……っ!?」
ぐぐっとジェスターは自分の顔をルイズの眼前にまで寄せて覗き込んできていた。
不気味な笑みと共に色の違う月眼の瞳に睨まれ、ルイズは思わず身震いしてしまう。
「アンタ達の力を試すためサ。――偉大なる虚無の担い手とその使い魔さん」
「なんですって……!?」
「だ・か・ら……オレ様もちっと本気出しちゃうよ!」
忽然とジェスターの姿は困惑するルイズの目の前から消え去った。
「ち、ちきしょう! どこ行きやがった! あんにゃろうめ!」
憤慨するデルフと共に慌てて辺りを見回すルイズだが、あの道化師はどこにもいない。
隣では成り行きを見守っていたスパーダが、物言わぬ亡骸と化したクロムウェルの前に煙が立ち込めだすのを目にした。
「!?」
「何だありゃあ?」
その中から浮き出てきたジェスターは大仰な仕草で一礼をしつつ、巨大な白い玉の上に乗っていた。
ジェスターが乗っている玉の異様な姿にルイズは呆気に取られる。
上に二つ、下には一つ大きな穴がくり抜かれ、はっきりと不気味な笑みを浮かべる顔が象られていたのだから。
玉の顔もまた、その眼窩の闇の中にジェスターと同じように赤と青の光を煌めかせていた。
「来るぞ」
「え?」
スパーダの呟きと同時にルイズはさらに目を見開く。
首を失い、もはや何もできなくなったはずだったクロムウェルの死体がピクピクと痙攣しだしたかと思えば唐突にムクリと上体を起こしたのだから。
「Wellcome to hell!!(地獄へようこそ!!)」
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定