魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 64 <双頭の兄弟> 後編

 

「グオオオオオッ!!」

双頭の巨人がパンチの要領で突き出す片腕の先に繋がる拘束具の鉄球は鈍い爆音と共に射出された。

鎖に繋がれているはずなのに際限なく伸びていき、数十メイルも先にいるタバサとキュルケ目掛けて一直線に飛んでいく。

「フライ!」

キュルケの手を取り、タバサは真上へ一気に飛び上がる。直後には鉄球が自分達の真下を突き切っていた。

「ヌオアアアアアッ!!」

雄叫びを上げる巨人がもう片腕を内側へと薙いだ。鎖が一気に伸びると共に遠心力を加えられた鉄球が狙いすましたように空中のタバサ達の側面より襲い掛かる。

「……っ!」

「おっとっ……!」

もう一度、何もない足元を蹴りつけるように急浮上したタバサ。タッチの差で鉄球はキュルケの足先を掠めていた。

外れた二つの鉄球はそれぞれ城壁にぶち当たり、たった一撃で大穴を開けて瞬く間に崩落させていく。

まるで大砲から放たれた砲弾のような勢いと破壊力に何度も晒されていた城壁はもうほとんど無残な瓦礫の山と化している。

門などとっくに崩れ落ち跡形もなくなっており、丸裸も同然だった。

今もし大軍に正面から攻められようものなら瞬く間にハヴィランド宮殿は陥落することだろう。

 

「どこを狙っているのだ兄者!」

「黙れぃ! 貴様こそ何度外している!? この役立たずめ!」

巨人の二つの頭――赤肌の兄・プルートニアンと青肌の弟・タルタルシアン――は怒号を発し、互いに罵り合っていた。

「兄者よ!」

「行くぞ、ルドラよ!」

二体の戦鬼、アグニとルドラは巨人の左右から挟み撃ちにする形で身構えていた。

本体――すなわち火炎と疾風を纏う刀剣を握り両手を広げながら猛然と駆け込んでいく。

「邪魔な!」

「消え失せろ!!」

鉄球を二つとも手元に引き戻した巨人は即座に両腕を左右に向け、迫り来る鬼達へと放った。

「ムンッ!」

「フンッ!」

だがアグニとルドラは颯爽と跳躍して難なくかわす。

そればかりか空中で宙返りをして幾度も馬車の車輪のように鋭く回転し、その勢いを乗せたまま頭上から斬りかかった。

「「Get ready!!(覚悟!!)」」

振り下ろされた刃はガキン、と硬質な衝撃音を強烈に響かせた。

炎の刃が右の頭を、疾風の刃が左肩に叩きつけられるも双頭の巨人の肉体を覆う鉄檻に阻まれ、刃は届かない。

「無駄だ!」

「貴様らごとき柔な刃に、我らが鎧は砕けぬ!」

微動だにしない巨人は拘束具に包まれた顔面から覗かせる眼光を煌めかせる。

「このままではいかんな、ルドラよ」

「さて、どうしたものか」

着地してすぐ後ろへ飛び退いたアグニとルドラは剣を逆手に身構え、少し困った様子で語り合う。

巨人の鉄球は避けられて一度も当たらず、逆にアグニとルドラの刃は強固な鎧の防御を砕くことができない。

悪魔の兄弟達は、互いに決定打を欠いていた。

「兄者よ。あれをやるぞ。小娘もろとも片付けてくれる!」

「兄に命令するか? 生意気な!!」

「何をぅ!? 誰のおかげで奴らを仕留め損なっている!?」

鉄球を引き戻す双頭の巨人はまたも罵声を発して争っていた。

「ルドラよ。あ奴ら、何をあんなにいきり立っておる?」

「兄者よ。あ奴らは兄弟喧嘩をしておるのじゃ」

「血と魂を分けた者が、何故喧嘩をするのだ?」

「分からぬ。不思議なものじゃ」

対するアグニとルドラは形成が不利にも関わらずマイペースで、呑気に語り合っていた。

 

「本当、あいつら仲悪いわねぇ」

「団結力ゼロ」

プルートニアンとタルタルシアンがあれだけ苛立って怒るのも無理はないとキュルケは苦笑した。

繰り出される鉄球は確かに一撃でももらえば自分達のような人間などただの肉塊の破片にされてしまうであろうことは容易に想像がつく。

自分達の魔法を当てても力負けしてしまうため、だからこそタバサとキュルケは回避に徹していた。

アグニとルドラも巨体に見合わない軽快な動きでステップを踏んだり軽業師のように跳躍したりと難なくやり過ごしていたので、せっかくの一撃必殺の力は敵を倒すことはおろか傷つけることさえ叶わなかったのだ。

 

「でも、どうしたものかしらね……」

だが困り果てているのはキュルケ達も同様だった。

巨人の体を覆うあの鉄檻のせいで、まともにダメージを与えられないのである。

アグニとルドラの刃さえも通さない強固な鎧は当然、キュルケ達の魔法すら物ともしない。

拘束具の隙間から露わになっている肉体を何とか狙えないかウィンディ・アイシクルやマジックアローなどで試したものの、正確に急所を狙うのはやはり難しい。

オーク鬼ら凶暴な亜人より遥かに軽やかなアグニとルドラと対照的に鈍重なのでその点は問題ないが、まずはあの鎧を何とかしなければジリ貧のままだ。

まるで鉄球自身が意思を持つかのごとく自在に使いこなす技は、さすがにいつまでも持ち堪えられそうもない。

事実、さっきは僅かだが掠ってしまったのだから。

 

「……っと!」

鋭い轟音と共に激しい震動がキュルケ達を襲った。

下から突き上げるような衝撃は二人をよろめかせ、瓦礫の山も宙に跳ね上がるほどだ。

二つの鉄球を地面に叩きつけた巨人は両腕を左右へと持ち上げだす。

 

「「Disassemble!!(バラバラになるがいい!!)」」

 

怒声が重なり、巨人は直立すると体を捻るように左右へと振るわせた。

「……っ!」

「そんなこともできるのね……!」

キュルケとタバサは目を見開き驚嘆した。

巨人は瞬く間に体を竜巻のように激しく回転させだしたのだ。二つの鉄球は一周する度に低い唸りを響かせている。

二人が驚いたのはそれだけではない。回転を続ける巨人はそのまま滑るように移動を始めたのである。

「ムッ!」

ゆっくりとアグニの方へ真っ直ぐ進んでいくが当の本人は颯爽と宙返りをしながら難なく飛び越してしまう。

「「逃がさん!!」」

即座に軌道を変えて旋回する巨人は徐々に加速をつけ、やがてアグニとルドラ達が走るのと同じくらいの速さで追い縋ろうとしていた。

「ちょっと……!」

途中、キュルケ達のすぐ近くを横切ろうとしたため、慌てて二人はその場に伏せていた。

頭上を鉄球が通り過ぎ、さらに突風が吹きつけられる。

あんな動きでまともにぶつかれば、間違いなくミンチ肉にされてしまう。そんなのはごめんだった。

「兄者よ!」

「うむ!」

迫り来る巨人の旋風にアグニとルドラは頷き合い、軽やかなステップを踏みながら中庭の中央へと移動した。

「「グオアアアアアッ!!」」

「行くぞ! ルドラよ!!」

「ハアアアアッ!!」

雄叫びを上げながら突進してくる巨人を前に、横に並んだアグニとルドラは頭上に掲げた剣を勢いよく手の中で回転させだす。

「セイヤァ!!」

「ソイヤァ!!」

地面に突き立てた途端、二体の戦鬼達を鋭い竜巻が包み込んだ。

アグニの刃から噴き出た激しい火炎の柱が混じり合い、立ち昇る熱風の渦は向かってきた巨人とぶつかり合う。

力は拮抗するのか、巨人の旋風は戦鬼達の嵐を突破できず弾かれては衝突を繰り返し、立ち往生していた。

「……小癪な!」

「おのれぃ……!!」

やがて竜巻が消えると共に巨人の回転も急速に収まった。後ろによろめきながら憎々し気に眼光をアグニとルドラに向けていた。

 

「さっきまでと大違いよね」

「実力は本物」

アグニとルドラの戦いぶりにキュルケとタバサは素直に感心した。

どこか間の抜けた感じで頭が悪そうだったのに、いざ戦いになれば見違えるほどの勇猛果敢さには驚かされる。

しかも同じ兄弟なのに仲が悪いプルートニアンとタルタルシアンとは対照的で、コンビネーションも抜群である。

スパーダが信用を置いて後を任せられるのも納得だ。

 

「あっちも派手にやってるみたいね……!」

ズズン、と突如響いた轟音にキュルケは立ち上がりながら城を見上げた。

バルコニーらしき場所から噴煙が立ち昇り、巨大な影がぼんやりと浮かびだすのが見える。

まだしばらくは向こうの用事が済みそうにないのは明らかだった。

 

 

――ケタケタケタケタケタケタケタケタ!!

 

ジェスターが乗る巨大な顔玉は不気味な笑いを響かせていた。

ポゼスト・クロムウェルの亡骸の首があった場所へと跳び乗り、そのまま新たな首となったのだ。

「似合わねえなぁ」

「気味悪いわ……!」

デルフが思わず毒づくほど、アンバランスな姿なのはルイズも納得する所である。

恐ろしい悪魔の巨体に反して、不釣り合いにも程があるのっぺりとした顔に滑稽な表情。

あの顔自体も悪魔らしく恐ろしいと言えば恐ろしいのだが、醜悪で血に飢えている凶悪な風貌とは異なる邪悪な笑みはどちらかと言えば不快感の方が強い。

「ホ~ラ、ホ~ラ! ボーッとしてるとペチャンコだヨ!」

その顔玉の上で器用に直立したままのジェスターのおどけた声を合図に、亡骸の胴体が動き始めた。

「!!」

上体を支えていた両手を振り上げ、頭上で組むと一気に振り下ろしてきたのだ。

 

――ガキン!!

 

衝撃音を轟かせ、クロムウェルの骸は大きく仰け反っていた。

スパーダが振り上げたリベリオンの一撃は巨体の一撃を容易く押し返したのだ。

「Wow!! Wow!! Wow!!! やっぱ魔剣士スパーダは馬鹿力だネ~」

態勢を崩し胸を仰け反らせたまま両手をつけて支えるクロムウェルの亡骸はそのまま動けずにいる。

笑顔から一転して仏頂面に変わった顔玉の上でジェスターはわざとらしくよろめいていた。

「そこから降りてきなさい! とっちめてやるわ!!」

「アッハハハハハハ!! ジャア、引き摺り降ろしてごら~ん? でっきるっかな? でっきるっかな?」

杖を向けて吠えるルイズをからかうように、ジェスターはその場で両足を左右に振りながらステップを踏んでいる。

「デルフ! あいつをやっちゃいなさい!!」

「おうよ! 減らず口を叩けねえようにしてやる!」

アミュレットを激しく明滅させ、ガンダールヴの魔人は右手に握った長槍を投げつけた。

空を切りながら一直線に高所のジェスター目掛けて飛んでいくが、当たる寸前でいきなりその姿は掻き消える。

……かと思ったら、槍が通り過ぎた直後にまた姿を現す。

「避けんじゃないわよ!」

「だ~ったら、当ててみな~! ガンダールヴの幽霊さ~ん!!」

「やっちまえ! サーシャ!!」

両手を上げ、長い舌を出して馬鹿にしてくるジェスターにルイズは激高した。魔人も次々と槍を作り出しては投げつけていく。

大量の投げ槍の乱舞は顔玉や、その後ろの城の壁に当たっては弾けるものの当のジェスター自身には全く当てられずにいた。

瞬時に転移したり、体をぐにゃりと左右に大きく曲げたりと奇抜な動きでかわされてしまう。

 

(アーサーみたいだな)

ガンダールヴの魔人の投槍の姿にスパーダは思わず唸った。

一千年ほど昔、かつて人間界を放浪していた頃――人間でありながら魔界の悪魔達と死闘を繰り広げた一人の英雄の姿が脳裏をよぎる。

ある王国の勇敢な騎士であったその人物は、鋼の鎧を身に纏い、一本の長槍を得物にたった一人で魔界の悪魔達を相手に戦い抜いた。

魔界の数多の小勢力に幾度となく危機に晒されながらも、騎士アーサーはそれら全てに一騎当千で立ち向かい、たとえ鎧が砕かれようが魔界の侵略を退け続けてきたのだ。

魔剣士スパーダと同じく英雄の一人として歴史に名を残した騎士の伝説は今なお後世に語り継がれ、〝魔界村〟などというタイトルの英雄譚が作られる程だ。

スパーダもその英雄譚の主人公たる騎士アーサーと実際に会っており、共闘したこともある。

あの男もまた、愛する者を救うために戦った紛れもない〝人間〟であり、戦友だったのをよく憶えていた。

 

とにかく、ガンダールヴの魔人の姿は、性別以外は騎士アーサーとダブって見えていた。

「Holy, holy! wait, wait, wai, wait, wait!(酷い、酷い! 待った、待った、待った、待った、待った!)」

慌ただしく連呼しながらジェスターは消えては現れるのを繰り返し、投槍の連打から無傷で逃れ続けている。

「にゃろ! てめぇ! このやろ!」

デルフの叫びに応じて魔人は淡々と槍を投げ続けているが、心なしか不愉快そうな顔を浮かべているようにも見えた。

だがここで一番不満と苛立ちの表情でいるのは誰でもない、ルイズ自身だったのだ。

あの不快極まりないピエロに一発も当てられずにいるばかりか、馬鹿にまでされるのではムシャクシャとイライラ感は溜まる一方である。

 

なので杖を顔の前で構えたルイズは、低い声で呪文を唱え始めた。……一語一語、力を込めて。

魔人の槍はおろか、スパーダまでもが放ちだした幻影剣の連打まで余裕でいなし続ける不快なピエロを顰め面のまま睨みつける。

「――エクスプロージョンッ!!」

大きく息を吸い込み、溜まりに溜まった全ての負の感情を吐きだすかのごとく絶叫した。

「ウォゥ?」

一瞬戸惑って動きが止まったジェスターの眼前で光が瞬き――凄まじい轟音と共に閃光の奔流が急速に広がっていく。

まるで太陽が爆発したかのように膨れ上がる光球はクロムウェルの巨体もろとも、ジェスターを飲み込んでいった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

肩を上下させるほどに興奮して息を切らすルイズ。

そんなに長く詠唱した訳ではないのだが、それでも虚無を使った直後は少し頭もぼんやりする程だ。

「フゥ~、危ネ~危ネ~。もうちっと吹っ飛ぶところだったゼ。――本当、危なかったよ」

「なっ!」

光が晴れた時、目を見開き憮然とした。

傀儡となっていた巨体の骸は文字通りの灰燼となって跡形もなくなっていた。

焦げ跡がはっきり残る爆発の中心には、忌々しいあのピエロが無傷のまま、顔玉の上に健在だったのだ。

しかも自分の杖で顔を扇ぐ余裕さえ見せているのがルイズにとっては実には腹立たしい。

同時に伝説の虚無の魔法さえもこのピエロの悪魔を滅ぼせないでいることが一番悔しかった。

 

「じゃあ、こっちもお返しさせてもらうゼ!」

ジェスターがこちらに杖を向けてきた途端、それまで表情を変えずにいた顔玉に変化が起きた。

「……っ!」

口元を膨らませ、何かを中から出して含みだしたのだが、その正体をルイズは一瞬で看破した。

赤々と脈打ち不気味に鼓動する肉塊――あの魔界の爆弾が今にも破裂しそうだったのだ。

「させるかよ!」

顔玉が爆弾を吐きだす寸前、ルイズの前に出たガンダールヴの魔人は左手に握る大剣を盾にした。

飛んできた爆弾はルイズの虚無魔法エクスプロージョンとはまた違う鋭い騒音を響かせ、小さくも激しい爆発を巻き起こすが、その破壊の力は魔人自身の力が盾となって余波さえも通さず遮っている。

「お~っとっとっとっとっ!!」

横ではスパーダが投げ放ったリベリオンが鋭く回転しながらジェスターの四方八方より襲い掛かる。

それすらも体を変幻自在に変形させ、存在すら掻き消して難なくいなされていた。

「まだまだ! もうイッパ~ツ!!! ポンッ! ポンッ!! ポ~~ンッ!!!」

その間にも顔玉は爆弾を吐き出し続けており、魔人は黙々と剣を盾に、時には明後日の方向に打ち返して主を守り続けている。

当然、あらぬ場所に飛んでいった爆弾は城の外壁を吹き飛ばしてはボロボロにしていた。

 

「頭がお留守だヨ!」

「え!?」

「おっ!? ヤベエ!!」

頭上に魔方陣が突如生じだし、その中から小さな光球が次々と大量に溢れ出てきたのだ。

魔人は咄嗟に大剣を頭上にかざし、正面に張っていた魔力の盾を移動させる。

雨あられのように落ちてきた光球は難なく盾によって弾け飛んでいたが……。

「こっちもお留守で~す!!」

「!」

狼狽し焦りを見せたのはルイズだけでなく、魔人自身もそうだったのかもしれない。

持ち主を守る盾は本来、正面から迫る攻撃しか防げない。その向きを変えることはできても、単独では反対側や別の方向からの攻撃には無力だ。

正面の守りが無くなり、顔玉は無防備となったルイズに容赦なく爆弾を吐きつけてきたのだ。

直撃などすれば人間など木っ端微塵に吹き飛んでしまうのは必然だ。

 

しかし、爆弾はルイズには届かなかった。

「スパーダ!」

そう。ルイズの守りはガンダールヴだけではない。パートナーであるスパーダがいるのだ。

ルイズの前に立ちはばかったスパーダは引き戻したリベリオンを掴むなり片手で無造作に振り上げ、爆弾を遥か上空へと打ち返していた。

「ありゃりゃりゃりゃ!!」

爆音が天空で轟く中、ジェスターは激しく前後によろめきだす。

一気に前に出てきたスパーダはリベリオンを振るい、次々と斬撃を顔玉に見舞っていた。

斬っては返し、体ごと捻ってまたも斬りつけ、突きの連打を叩きこむ――目にも止まらぬ速さで繰り出される剣撃の数々に顔玉は不快そうに顔を歪めていた。

その間にもリベリオンには徐々に赤いオーラが纏わりだし、バチバチと音を立てていく。

「Don't speak.(喋るな)」

大きく横に振りかぶったリベリオンの渾身のフルスイングが顔玉の眉間に一撃する。

「Wow!!(うひゃあっ!)」

耳をつんざく轟音を響かせ、顔玉は爆ぜた。

飛び出すように真上に吹き飛んだジェスターはそのまま落っこちてきて、尻餅をついていた。

 

「あ痛タタタタタ……ウォゥ?」

背中を擦るジェスターの目の前には、ルイズが仁王立ちとなって杖を突きつけている。

その横では爆風に巻き込まれて軽く服に煤をつけるスパーダが、背後にはガンダールヴの魔人が槍と剣を手に冷たい視線で見下ろしてきていた。

「答えなさい! アンタ、一体何者! 誰の手先なのよ!?」

「オーウ……怖い怖い。せっかくの可愛い顔が台無しだネ。――君のようなレディには正直似合わないよ」

「聞こえなかったの? 誰の手先かって聞いてんのよ!」

おどけるジェスターを――入れ替わるように発せられた愛嬌も――無視してルイズは顔面に靴底を押し付けた。長い鷲鼻がくにゃりと下に折れ曲がる。

「そ・れ・は……まだ――ヒミツ!」

不敵な笑みを浮かべたまま、ジェスターの姿は小さな煙を弾けさせて掻き消えた。

 

「せっかくだけど、今回のショータイムはこれでお終いサ」

背後で声が響くと即座にルイズは振り返った。ジェスターはバルコニーの淵に立って一礼をしている。

「待ちなさい! 逃げる気!?」

「オレ様なんかより、もっと大事なことがあるでしょ? アンタ達、そもそも何しにここに来たワケ?」

その指摘にルイズは黙り込んでしまう。

「もうアイツはおっ死んだんだし、用事は済んだでしょ? さっさとトリステインに戻った方が良いんじゃな~い?」

「あんたには関係ないじゃない!!」

確かにルイズ達のアルビオンでの目的はとっくに片付いているのは事実だ。

そもそもこのジェスターが姿を現すなど完全に想定外だった。

だがこの邪悪な道化師を見逃す訳にもいかなかった。放っておけばこの先また騒ぎに乱入して邪魔をしてくるかもしれない。

 

「あっそう。知らないヨ? 向こうで何があったってサ」

「……どういうこと? あんた、何を言ってんの?」

ジェスターの妙な口振りにルイズの顔色は不安なものに変わりだす。

「ここの奴ら、ま~た悪巧みを考えてトリステインに刺客を送り込んでんだゼ? な~にしろ、アンドバリの指輪を持ってたんだしナ」

「何ですって……!?」

「ひょっとしたら、今頃ピンチかもネ~。例えば、アンタの大事な大事なお姉ちゃんとかサ」

「あんた……一体トリステインで何をしたって言うの!?」

「オレ様は関係ないぜ~? 文句なら、クロムウェル閣下に言ってくださいませ。……もう無理だけどネ」

このピエロは一体何を、どこまで知っているというのだろう。

ルイズはもっと詳しく知りたかったが、そんな彼女の願望など知らん顔とばかりにジェスターは杖で自分を扇いで溜め息をついている。

「待ちなさい!」

「という訳で、シーユー・アゲイーン! 一秒でも早く学院に戻れるように祈ってるヨ~!」

足元に浮かんだ魔法陣から立ち昇る光の柱に包まれ、ジェスターは体もろとも手を大袈裟に振って別れを告げだす。

「――君の魔法なら、もしかしたらひとっとびで帰れたりするかもね……虚無の担い手」

忌まわしい道化師は、それまでの陽気さとは打って変わった声だけを残して光の中に消えていった。

「あの野郎……何か知ってやがるな……」

ぼそりとデルフは呟くが、ルイズの耳にはまともに届いていなかった。

 

敵がいなくなったバルコニーに残されたルイズは愕然と立ち尽くしていた。

それまで道化師に向けて散々に発していた怒りと苛立ちもすっかり萎え、不安の感情だけが全身を支配する。

「スパーダ……」

「帰るぞ。長居は無用だ」

傍らまで歩み寄ったスパーダは冷徹に率直に、自分達が今すべきことを示していた。

 

 

双頭の巨人は左腕の鉄球を頭上で激しく振り回し、より勢いをつけてアグニとルドラに叩きつけるように投げ放った。

「――かかったな!」

「ぬぅ!?」

左半身のタルタルシアンは勝ち誇った声を上げる。

アグニ、ルドラ共に左右にステップを踏んで難なくかわしたが、直後に横合いからプルートニアンが薙ぎ払った右の鉄球が迫ってきたのだ。

咄嗟に防御の構えを取っていたものの鉄球はルドラの左肩からもろに衝突し、続けて巨体もろともアグニを巻き込んでぶつかっていた。

二体の鬼達はまるで石ころのように吹き飛ばされ、中庭を囲む城壁だった瓦礫の山へと突っ込んでしまう。

鬼達の手元から弾かれた本体である二振りの刀は、くるくると回転しながら落下し地面に突き刺さる。

「これはいかんな。ルドラよ」

「まったくじゃ。しかし、我らの体があれでは戻ろうにも戻れぬぞ」

自分達を操るべき肉体は崩れた瓦礫の下敷きになってしまっていた。

「うむ。どうしたものか」

「まずはあの山をどかさねばならぬな」

「しかし、どうやって?」

「我らだけでは無理じゃな。これは困った」

剣そのものだけでは戦うことはおろか、動くことさえできない兄弟の悪魔達は自分達が最悪の状況下にあるということすら認識していなかった。

「今叩き壊してくれるぞ! ガラクタが!!」

「覇王が御為に! 魂を頂く!!」

鉄球を引き戻した双頭の巨人は、地響きを立てながらゆっくりと無力と化した魔具へ迫っていく。

 

だが途中で足を止め、片腕を軽く振り払った。

「懲りずに邪魔立てするか!」

左のタルタルシアンの頭は鋭く眼光を光らせ、怒号を上げる。

キュルケとタバサが放った氷と魔力の矢は難なく弾かれたが、本人達にしてみれば自分達に注意を向けさせただけに過ぎない。

「脆弱な人間め! 引っ込んでいろ!!」

激しく怒りの炎を燃やす巨人は、今度は両腕を使って横と頭上で激しく鉄球を振り回し始めていた。

 

「どうするの? タバサ」

「まずは避ける。話はそれから」

手短に答えるタバサにキュルケは頷いた。

未だ勝機は見えない中でタバサは色々とこの悪魔を倒す方法を考えていた。

そして、ようやく一つの策と可能性を見出したのだ。果たして通じるかどうかは分からないが、試さないよりはマシである。

「なっ!」

「……っ!」

敵の攻撃に備えて身構えていた二人の前で突如、黒い霧が湧き上がると共に無数の影が現れていた。

双頭の巨人が従える配下の雑兵、フィニス達だったが今までとはどこか印象が違う。

「エア・ハンマー!!」

だが意識する暇もなく飛び掛かってきたフィニスにタバサは反射的に魔法を唱えて吹き飛ばしていた。

「きゃっ!?」

キュルケが悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。

見れば彼女の全身を別のフィニスの鉄檻が覆い尽くしているのだ。

「何なのよ、これ……!?」

キュルケは両腕を無理矢理広げられる変な態勢のまま、檻の中でもがいて困惑していた。身じろぎすらまともにできない異質な人型の檻は窮屈どころか、苦痛でしかない。

タバサも今気が付いた。それまで中に白骨が入っていたはずのフィニスだったが、今出てきたのは檻の中身が空っぽだったのである。

迂闊だった。これもこの悪魔達の攻撃手段なのだ。体が鉄檻である以上、その用途を最大限に利用するのは当然のことだった。

「次は貴様だ!」

「覚悟しろ!!」

双頭の巨人は両手の鉄球を左右続けて投げ放ってきた。

「レビテーション!」

タバサは鉄檻に閉じ込められて動けないキュルケを上空に高く浮かばせ、自らは地面に伏せて初撃をかわす。

すぐに横へ体を転がすと、真横に追撃の鉄球が叩きつけられていた。

 

だが即座に体を起こし、傍らの鉄球に目を向けると杖をかざして呪文を短く唱えだす。

「――いける……」

鉄球を繋ぐ鎖を見つめていた瞳に強い確信が宿った。

「ウィンディ・アイシクル!」

さらにタバサは氷の矢の雨を巨人に放つ。何本かが拘束具の隙間から肉体に刺さるものの、やはり傷は浅い。

「無駄だというのが分からんか!」

「往生際が悪いぞ、小娘め!」

鬱陶しそうに叫ぶプルートニアンとタルタルシアンは鉄球を引き戻し、またも激しく振り回して勢いをつけてから投げ放つ。

タバサはその動きをもう見極めていた。どちらかが最初に放つのがフェイントで、二発目の時間差攻撃で仕留めようとしている。

時には巧みに鎖を操り、薙ぎ払った鉄球を振り上げ大きく軌道を変えて頭上から三発目の追撃もあったが、それすらもやり過ごしていた。

重要なのはこれらの連撃をかわした後、連中の手元に戻っていくまでの僅かな時間だ。

回避に徹するタバサは巨人へは攻撃せず、かわす度に鉄球の鎖に魔法をかけ続けていた。

その魔法は、本来彼女が得意とする風の系統ではない。

 

――バキンッ!!

 

「何っ!?」

突然の出来事にプルートニアンは驚愕した。

直進させて投げ放ちかわされた鉄球を引き戻した途端、鎖の一部がいきなり音を立てて砕け散ったのだ。

「ぐおうっ!?」

真っ直ぐ自分達に向かって飛んで戻ってくる鉄球は制御を失い、真正面から衝突してしまう。

激しく重い衝撃音を響かせて巨人の胸部を覆っていた拘束具が破れるように砕け、張り裂けた。

「が……ぐ……」

「おのれ……貴様ぁ……!!」

よろめき跪くプルートニアンとタルタルシアンは憎々し気に顔を上げるが、既にタバサは一気に駆け込んできていた。

「ジャベリン!!」

「「グフっ!」」

一瞬にして作られた巨大な氷の槍が露わとなった巨人の胸に深く突き刺さる。

 

「タバサ!」

フィニスの檻に閉じ込められながらもレビテーションの魔法で浮いたままだったキュルケは歓声を上げた。

これがタバサの作戦だったのだ。自分達の攻撃が通じないなら、より強力な相手の攻撃を利用すれば良い。

そのために使ったのが敵の武器である鉄球だ。あの破壊力ならば鎧となっている拘束具を砕くこともできるはずだと彼女は踏んでいた。

だがそれを当てて自滅させるのは普通は無理だ。そこでタバサは相手が鉄球を一度手元に戻すのに目を着けた。

鉄球を繋ぐ鎖を錬金の魔法で脆くし、回収するタイミングに合わせて壊してしまえばいいのだ。

頑強な拘束具や鉄球よりは柔いであろう鎖部分に錬金が通じるかどうか最初は分からなかったものの、結果は見ての通りである。

鉄壁の鎧を壊せば、後はもう一気に畳みかけるだけだ。

 

急所を貫かれた巨人はぐらりとバランスを崩し、地響きと共に後ろに倒れ込んでいた。

だがタバサは油断なく杖を構えたまま、そろそろと歩み寄っていく。

「見事なものじゃ」

「うむ。人の身であ奴らを屠るとは。大した娘よ」

途中、突き立てられたまま放置されていたアグニとルドラの剣がタバサを褒め讃えてくる。

「しかし、我らを振るうには、ちとか弱すぎる体じゃの」

「その身に秘めし力は、我らとも息が合いそうなのじゃが。もったいない」

兄弟達のお喋りを無視してタバサは虫の息であろう巨人のすぐ目の前で立ち止まる。

 

――覇王の玩具が……。

 

力無く横たわる中、巨人は二つの頭を僅かに持ち上げてタバサを睨みつけてくる。

 

――人形どもめ……せいぜい何も知らずにいるがいい……。

 

怨嗟と嘲りの言葉をぶつけたのを最後に双頭の巨人は完全に沈黙した。

檻の中に封じられていた屈強な肉体は見る間に崩れ落ちていき、骨も残さず煙だけを残して溶けていく。

巨人が纏っていた鉄壁の鎧も砂のように風化して跡形もなくなっていた。

 

(また人形……)

タバサは眉を顰めたまま立ち尽くしていた。

あのオラングエラも、この双頭の巨人達も、同じ言葉を口にするのが妙に気にかかっていた。

一体、覇王アルゴサクスとその一派は自分の何を知っているのだろう。タバサにはまるで思い当たることはない。

(私の血……)

ふとタバサはあることを思い出していた。

以前、スパーダはタバサの血を調べてみると言っていた。

あの時からもう一ヵ月以上も経っており、彼自身は何もタバサに告げようとはしない。

無論、本人が忘れているのではないことはタバサも理解している。

こっちから聞こうとしないから、彼は話題にも挙げようとしないのだ。

 

 

ルイズ達はバルコニーから一気に中庭へと飛び降りていた。

スパーダは抱き上げていたルイズを降ろすと、すっかり荒らされ破壊され尽くした中庭を見回して嘆息する。

「キュルケ! タバサ!」

その中心で無事な姿でいる仲間達にルイズは安堵の笑みを浮かべた。

「片付いたな」

駆け寄るルイズに続いてスパーダも二人の元に歩み寄る。

「ま、なんとかね。タバサのおかげよ」

キュルケは満面の笑みで親友の頭を撫でた。

フィニスの檻に封じられていた彼女だったが、タバサが丁寧に壊してくれたので何とか無傷のままだった。

「おお、戻られたか魔剣士スパーダよ」

「覇王の刺客に不覚を取ってしまった。面目ない」

跪き剣を突き立てるアグニとルドラはありもしない頭を下げる。

タバサの風の魔法で瓦礫をどかしてもらい、何とか肉体の手中に戻ることができたのだった。

 

「どうする?」

スパーダの顔とアグニ達を見比べながらタバサはそう問うてきた。

この二体の兄弟悪魔達をこれからどう扱うのか聞いているのだ。

「学院の門番にはちょうど良いかもな」

「え~、こんな奴らを連れて帰るの?」

ルイズは露骨に嫌そうな顔を浮かべて不満を漏らした。キュルケも言葉にこそ出さないものの、苦笑して肩を竦めだす。

「我ら兄弟を供にするとな?」

「魔剣士スパーダと今一度、共に戦えるとは実に僥倖じゃ」

「最後に共に戦ったのはいつであったか? ルドラよ」

「確か、二千年もの――」

「黙って着いて来い」

いつまでも延々と喋り続けそうな雰囲気だったのでスパーダは即座に冷然と話を断ち切らせた。これ以上無駄話をしている暇はない。

 

「すぐに引き上げだ。――キュルケ」

「オッケー」

頷いたキュルケは緩やかに呪文を唱えると、軽く杖を振り上げて上空に小さな光の玉を打ち上げた。

一発だけでなく、続けて二発、三発……。城の頂上よりもさらに高く、甲高い音を立てつつ浮き上がると光は破裂して曇り空に眩い光と共に騒音を響かせる。

この花火こそが、スパーダ達の仕事が終了した合図だった。

今もなお陽動を行っているであろうロングビルやケルベロス達は、これが三発打ち上がったら引き上げる段取りになっており、首都の西側に位置する森の中で合流することになる。

「じゃ、とっととここから逃げましょうか」

「早く、早く! スパーダ!! 急いで学院に戻らないと!」

「ルイズ。あなた、何をそんなに慌ててるの?」

急かすルイズの姿にキュルケは苦笑するが、今は詳しいことを話している暇は無い。

きっとケルベロスが引き付けていた首都の残存隊も、この城での騒ぎに気が付いているはずだ。

さっさと引き上げなければ面倒なことになる。

 

スパーダがゲリュオンを呼び出そうと思い立った、まさにその時だった。

 

――ガキンッ!!

 

「――スパーダ!?」

鋭い剣戟の轟音と共に、ルイズは困惑の悲鳴を上げたのである。

 

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  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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