魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
「な……!?」
ルイズ達には一瞬、何が起きたのかすぐに理解できなかった。
金属同士が激しくぶつかり合ったような激しい轟音に驚く暇もなく、一行の視線はスパーダへと集中する。
正門の瓦礫の山を吹き飛ばしながら一直線に飛び込んできた白い影は、スパーダへ突進して押しやったまま十メイル以上先まで滑らせたのだ。
「おおお!? 何だぁ!? あの野郎は!?」
デルフも思わず狼狽するほどの出来事だったのだ。
その白い影は肉厚の刃を持つ黒金の剣を手に突っ込んでいたのである。
奇襲された本人は何ら慌てた様子もなく、扇状に広がる特異な剣先を胸先にかざした片腕一本のみで難なく受け止めていた。
「何よ、あいつ……」
白ずくめのコートを纏い、肩から首、そして両腕両足に白金の甲冑を身に着けた剣士はハルケギニアでは異様な装いである。
「兄者よ! 曲者じゃ!」
「うむ!」
アグニとルドラが剣を構えて叫ぶ。
二体の鬼が猛然と駆け込み、敵に斬りかかろうとする。
白ずくめの剣士は彼らに背を向けたまま片手を横に流すと、突如地面から一本の剣が突き出てきた。
――ガキンッ!
同じ形の剣を掴むとスパーダの体を蹴り飛ばし、振り向かないまま二つの剣を肩から背中へと回す。
交差された剣は背後に迫った炎風を纏う二つの刃を難なく受け止めていた。
「うおおっ!?」
「ぬうっ!?」
たったそれだけで、男より二回りはあるはずの巨体はあっさりと後ろに大きく弾かれよろめいてしまう。
「貴様らに用はない……」
低く呟く白ずくめの男は、剣を突き立て膝をつくアグニとルドラの方を見向きもしない。
その鋭い視線は蹴りで弾かれながらも悠々と胸元の埃を手で払っているスパーダにのみ向けられていた。
「タバサ!」
「エア・ストーム!」
キュルケの杖から放たれた炎の帯に疾風の渦が絡みつき、白い剣士へと突き進む。
「……!?」
「なっ!?」
「嘘……!」
キュルケ達ばかりかルイズまでもが目を見開き愕然とした。
剣士が横に振り下ろした刃は向かってきた炎をあっさりと断ち割ってしまったのだ。
二手に別れた炎は地を走る波となって剣士の前後を掠め、過ぎ去っていく。
「……!」
男は横目でルイズ達の方を睨みつけてきた。
逆立てた灰色の髪や威圧感溢れる厳つい風貌も相まって、その鋭く冷たい視線に射抜かれた三人は思わず息を飲む。
〝手を出せば殺す〟――そう目で語っているかのようだ。
「魔剣士スパーダが、いつから子守りをするようになった?」
「さてな」
男の問いかけに素っ気なく答えるスパーダ。
「あいつ、もしかして悪魔……!?」
「奴の昔からの知り合いなんて、それしかあり得ねえだろうよ」
驚くルイズにデルフは溜め息交じりにそう呟いた。
あの口ぶりからして二人が顔見知りなのは間違いない。
だが、デルフの言うように悪魔であるスパーダのハルケギニア以外での知人が、人間であるはずがないのは当然である。
スパーダも人の姿に擬態している以上、あの男の姿も仮初めのものでしかないはずだ。
「ルドラよ。白い悪魔とは、あやつのことか?」
「うむ。間違いない。ここの者共に恐れられておったのは、白き魔剣士バアルのことじゃったか」
アグニとルドラがようやく立ち上がりだし、再び身構えだす。
「バアル……」
タバサはスパーダを見据えたままでいる白金の剣士をじっと見つめだす。
あの男は自分達はおろかアグニとルドラすら眼中にない。狙いはどうやら、スパーダただ一人だけのようだ。
(まさか、ムンドゥスの……?)
新たな悪魔、しかもネヴァンと同じく何やらスパーダと因縁があるのは間違いない。
だがあのバアルが放つ殺気はスパーダに対する明確な戦意がルイズにもはっきり感じとることができた。
しかも、そこらの雑魚悪魔なんかとは覇気が違う。
直接見てはいないものの、キュルケ達が相手をしたベオウルフとよく似ていた。
「スパーダ! あんまり長居はしてられないみたいよ!」
「あ……!」
キュルケの呼びかけにルイズもハッと気付いて、既に跡形もなくなった城門の方を振り向いた。
耳をすませてみると、徐々に外から数多くの雄叫びや足音が近づいているのが分かる。
陽動で城下町に引き付けられていた兵達が戻ってきたのだ。
もはや一刻を争う。これ以上、ここに長居をしていては取り囲まれてしまう。
スパーダなら強行突破は可能だろうが、それでも面倒なことになるのは変わりない。
「それで先に行ってろ。後から行く」
言いながらスパーダは腰の閻魔刀を鞘ごとルイズ目掛けて投げ渡してきた。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ……! きゃっ……!」
突然のことなので回転しながら飛んでくる閻魔刀にルイズは慌てふためいてしまう。
危うくぶつかりそうになったが、タバサが軽く杖を振ると閻魔刀の動きはピタリと止まりルイズの眼前で静かに浮かんでいた。
「ど、どうやって使うのよ。これ?」
手に取ってみたは良いものの、ルイズは激しく困惑した。
スパーダがやったように亜空間への入口を作れば良いのだが、メイジである以上剣など手にしたことが無いので使い方がさっぱり分からない。
「貸してみな、娘っ子」
「う、うん」
デルフの呼びかけに頷いたルイズの背後に、ガンダールヴの魔人の姿が浮かび上がる。
今度の魔人は手ぶらで、両手には何も握られていなかった。
「ほらよ! サーシャ!」
ルイズが掲げた閻魔刀の柄に魔人は手を伸ばし、静かに刃を抜き放つ。
するとデルフのアミュレットと、魔人の左手が眩い光を放ち始める。
二つの光の中には同じルーン文字……伝説の使い魔ガンダールヴの証が浮かんでいた。
「……なーるほど。こう使うのか。よし! サーシャ! やっちまいな!」
――ハァッ!
魔人は手にした閻魔刀を颯爽と袈裟に一閃させ、さらに切り返し交差させるように斬りつける。
虚空には×字の剣閃が刻まれ、瞬く間に亜空間への道が切り開かれていた。
「Impressive.(やるな)」
「Excellent.(大したものじゃ)」
「へへっ! どんなもんよ! ガンダールヴの力を甘く見るなってんだ!」
感心するアグニとルドラにデルフは得意げに声を上げた。
あらゆる武器を触れただけで自在に使いこなす――それが伝説の使い魔・ガンダールヴのルーンの本来の能力。
それが悪魔の品であろうが、何だろうが例外などない。
スパーダが扱う時とは異なる巧みな剣捌きで、魔人は見事に時空を断ち切る技を使いこなしたのだ。
「お前達も行け。戻るまで大人しくしていろ」
「承知」
「心得た」
アグニとルドラはスパーダの言い付けに素直に従い、時空の穴を先に通っていくキュルケ達の後に続こうとする。
「どうした兄者よ」
「ルドラよ。我らのこの肉体が通るにはちと穴が狭いようじゃ」
だがその巨体が入口で閊えてしまい、半分も中に入ることができずにいた。
「ああもう! 何やってんのよ! イライラするわね!」
まだ外に残っていたルイズが癇癪を上げると、無理矢理穴の中に巨体を押し込もうともがいているアグニの尻を思いきり蹴りつける。
所詮は仮初めの肉体に過ぎないので全く意味が無いのだが。
「しゃーねえなあ。サーシャ、もうちょっとだけ広げてやりなよ」
呆れたデルフに促された魔人は閻魔刀を高く掲げると、一気に縦に振り下ろす。
時空の穴のすぐ隣で縦一文字に刻まれた一筋の剣閃は瞬く間に新たな穴を作り出した。
横に切り開かれたことで二つの穴は繋がり合い、一つの大きな穴へと拡大されていく。
「おお。かたじけない」
およそ幅が1メイル近く広がったことで、アグニ達は難なく時空の穴の中へと入り込んでいった。
「おっ! 始まりやがったな!」
気が付けば、バアルは二つの剣を振るってスパーダへと斬りかかっていた。
いつの間にかスパーダの右手には背中のリベリオンではなく、一振りの大鎌が握られ、二刀流の斬撃を受け止めている。
「何で自分の剣を使わないのよ!」
スパーダが今使っているのは、あの女悪魔ネヴァンが手にしていたものだった。
本人が直接出てきていない――と、ルイズは思っている――とはいえ、あの忌まわしい悪魔の得物をスパーダが持ち出しているのを見るだけで苛立ってしまう。
片手で軽々と巧みに振り回し、交互に振るわれるバアルの斬撃を難なく弾いているのはさすがと言うべきだが、どうして自分の得物を使わないのかが不思議でならない。
「心配いらねえさ。あっちは任せようぜ。それより俺達も逃げねえと、向こう側を開くにもこの刀が必要なんだ」
デルフに促されるルイズはちらりと自分の傍らに浮かぶ魔人を見上げた。
スパーダから託された閻魔刀を使わないと、亜空間の道の中から出口を作ることはできない。
「あいつ、強そう……」
無論、魔剣士スパーダが負けるなどとはこれっぽちも思わない。
だがそれでも、パートナーを残して自分達だけが先に逃げるというのは気が引けてしまう。
後ろ髪を引かれる思いを抱きつつも、時空の穴の中に入ったルイズは裂け目が閉じ切るまで敵の一撃を受け止めるスパーダを見つめ続けていた。
◆
城下に現れた魔獣ケルベロスを迎え撃つため――あっさり陽動に引っかかった――王都の残存兵は大急ぎでハヴィランド宮殿へと引き返していた。
これまで兵力として扱っていたトロール鬼といった獰猛な亜人など比較にならない、ケルベロスの力に圧倒されつつも奮闘していた彼らは、王城の方で噴煙が上がったのを目にして異変が起こっていることを察したのである。
おまけについ先程には無数の花火が上がりもしたのだ。これは確実に、賊が宮殿へと踏み入ったことを意味している。
ケルベロスの猛攻や分厚い氷に阻まれて足止めをされていた彼らはその魔獣が突然、霧に包まれ姿を消してしまったことで、ようやく引き返すことができるようになっていた。
氷の壁を越え、急ぎ丘を駆け上っていった兵の数は既に100人にも満たない。
ほとんどがケルベロスとの戦いで蹴散らされ、まともに動くことすら儘ならなかったのだ。
「し、白い悪魔……!」
瓦礫と化した城門に辿り着いた時、兵達は足を止めていた。
「白い悪魔だ!」
全員が青ざめた顔で、恐れ慄く。
中庭では今、二人の男が激しい剣戟を交わし合う真っ最中だった。
紛れもなく賊であるのは明らかだが、100人の兵達はたった二人の曲者を取り押さえようという気概を失っていた。
紫のコートを身に纏い華麗に鎌を振り回す男よりも、問題なのはもう片方の白ずくめの剣士。
重厚な剣を二刀流で振り回すその男こそ、本来アルビオン軍が迎え撃とうとしていた〝白い悪魔〟だった。
「や、奴が……ついにここへ……!」
歩兵、銃兵、騎兵、弓兵、大砲、メイジ、竜騎士、果てはオーク鬼からトロール鬼までと、あらゆる戦力で構成された数万の兵をたった一人で返り討ちにした恐るべき悪魔の剣士。
その姿を目の当たりにしただけで、彼らの戦意は瞬く間に萎えてしまう。
自らが果たすべき役目さえも忘れ、その身を震わせたまま呆然と立ち尽くしていた。
◆
城門に姿を見せだした兵達などまるで眼中になく、スパーダ達の斬り合いは絶えることなく続いていた。
片手でネヴァンの大鎌を軽々と振るうスパーダは雨あられと二刀流の斬撃を繰り出してくるバアルの猛攻をいなしている。
傍から見れば防戦一方のように見えるが、スパーダは涼しい顔のまま円を描くように下がりつつ、バアルの攻撃を捌き切っていた。
「――フンッ!」
一度軽く後ろに跳んだバアルはすぐ様剣を前で交差させて突き出し、一気に突っ込んできた。
その突進をスパーダは鎌の柄で受け止める。
鋭く重い一撃は激しい衝撃音が響かせ、スパーダの体を数メイル押しやり滑らせていた。
『ずいぶんなご挨拶だこと』
突如、妖艶な女の声が二人の耳に響き渡る。
『出会い頭に不意打ちしてくるなんて、男らしくないわねぇ』
その声はスパーダが同志として従えている魔女ネヴァンのものだった。
元々、この大鎌自体がネヴァンが姿を変えた魔具なのである。
時折彼女が自分の魂の一部を具現化させて取り出すことがあるが、今は完全に本人もこの大鎌そのものに宿っているのだ。
『黒いお弟子さんの方がまだちゃんと礼儀があったわよ』
――黒い、弟子……?
――ああ。こいつぁ、きっとあの兄ちゃんと同じでスパーダが鍛えた野郎なんだな。つまりは、同門ってことだ。
スパーダの脳裏では亜空間の道を通っている最中の、ルイズとデルフの声がざわめいている。
かつて魔界にいた頃、スパーダは二人の悪魔に剣技を教え込んでいた。
それが魔法学院で留守を任せたモデウスと、目の前にいるこのバアルなのである。
――じゃあ何で、スパーダを殺そうとするのよ! 自分の師匠なのに!
――あの兄ちゃんも斬りかかってきたからなぁ。あれが悪魔流の挨拶なんじゃねえの?
それは概ね間違ってはいなかった。
確かに今のバアルは闘志をぶつけてきているが、他の悪魔達のような憎悪や敵意までは発していない。
ベオウルフのように命を狙って不意討ちを仕掛けてくる悪魔達であれば、大なり小なりその段階で存在を把握できるのに、バアルは襲撃を仕掛けてくるその瞬間まで殺気や気配を感じ取らせなかったのだ。
「こんな空の上で何をしている」
「知れたことだ」
スパーダの問いにバアルは憮然としたまま返してきた。
バアルがハルケギニアに来ていることはネヴァンやモデウスの言から知り得ており、このアルビオンにいるらしいことも以前に聞かされていた。
どんな理由でこんな場所をうろついているのか、ある程度予想はできていたが本人の答え次第である。
「羅王が降臨した時、俺はこの地で貴様の力の波動を感じていた」
剣をギリギリと押し込みつつ、バアルは語る。
アビゲイルがこのハルケギニアに侵攻してきたあの日、スパーダもまた魔界から帰還してきた所だった。
その時に発揮した力を、バアルはこの空の上ではっきり受け止めたのだ。
魔剣士スパーダがこの異世界を訪れているという事実を、その時に認めたのだろう。
「貴様のことだ。いずれここにやって来ると思っていた……」
モデウスよりも好戦的であることはスパーダもよく知っており、魔界では暇さえあれば同胞の悪魔を相手に戦いに明け暮れていたものだ。
それはこのハルケギニアを訪れてからも変わらないらしい。
「そうか。ずいぶんと待たせたようだな。このアルビオンで暴れていても退屈だったか」
二人は互いに後ろへ下がり、数メイルの距離を保って睨み合う。
スパーダは大鎌を交差させるように左右へ振りつけた。
バアルは両手の剣を十字状に剣先を重ねたまま身構える。
「降りかかる火の粉を払っただけだ。ここの連中は俺のことを〝白い悪魔〟などと呼んで恐れたようだが、そんなことは関係ない」
バアルが最も望むことは、魔剣士スパーダと剣を交えることだ。
元々強者と戦うことが生き甲斐であるこの男は、何より師匠であるスパーダをも超える力を身に着けることを目標にしていたはずだ。
わざわざ自分から地上に降りて来ないで、ここで待ち続けながらアルビオンに蔓延る悪魔達を屠っていたのだろう。
アルビオン軍にすら恐れられるほど、バアルは相当暴れ回ったようである。
「ここの所、覇王の配下どもばかり相手にしていて、うんざりしていた所だ……」
心底不快そうに顔を顰めだすバアル。
「誰とやり合った?」
「雑兵など一々憶えていられん」
ベオウルフやアグニらには腹心達が刺客として送り込まれたのに、どうやらバアルの元には中級以下の悪魔達しか送り込まれなかったようだ。
アルゴサクスもバアルの実力は分かっているはずなのに、その力を抑えられない格下の悪魔しか送り込まないとは、その考えはスパーダもよく分からない。
弱い相手とばかり戦い続けていたのも、バアルが苛立っている理由の一つなのだろう。
「その剣……ヴェンデッタを宿したか」
鎌を肩に担ぐスパーダはじっとバアルの剣を見据える。
バアルが手にしている二つの剣からは別の力の波動を微かに感じ取っていた。
ヴェンデッタはモデウスが今持っているマーシレスと並ぶ魔界の名剣の一つだ。
本来は剣の表面に無数の死神の顔が浮かぶ意匠が刻み込まれた肉厚の大剣なのだが、バアルの剣にはその特徴がはっきり表れている。
魔具であるヴェンデッタを恐らく分割して自らの剣にそれぞれ融合させたのだろう。
「ただの拾い物に過ぎん。――フンッ!」
片方のヴェンデッタを地面に叩き下ろすと、途端に無数の鋭く尖った岩塊が突き出てきた。
次々と地面から飛び出す巨大な岩の波はスパーダ目掛けて猛然と突き進んでくる。
「――ハア!!」
横に軽く動いて避けた途端、さらにバアルはもう一つのヴェンデッタを振り下ろし、またも岩の津波を繰り出してきた。
スパーダは宙へ跳び上がり、岩の波をかわすと今度のバアルは一太刀目のヴェンデッタを振り上げていた。
重々しい唸りを上げて振るわれたその刃からは灰色の光を帯びた剣風が飛び出してくる。
――うおおっ!?
――危ない!
魔力で作った薄い壁をスパーダは横に蹴りつけ、衝撃波をかわす。
「ウオオオアアァァッ!!」
着地したスパーダ目掛け、腕を胸元で交差させるように構えながらバアルは突進してくる。
一気に左右へ刃は斬り払われるも、そこにスパーダの姿はない。
だが即座に後ろへ飛んだバアルが立っていた場所に次々と無数の赤い刃――幻影剣が降り注ぎ、突き立てられていった。
「オオオオオオオオオオッッ!!」
反対側に移動していたスパーダを振り返ったバアルは咆哮と共に、何十という数で飛来する幻影剣の雨を自らの剣を交互に振り回し叩き落としていく。
――こいつぁすげえな。スパーダの弟子ってだけのことはあるぜ。
ヴェンデッタを融合させている以上、相当に剣は重くなっているはずである。
だが、バアルは何の苦もなく残像となるほどに高速で振り回し続けていた。
「ハアアアッ!!」
そればかりか、剣風の衝撃波まで放って幻影剣を掻き消してきている。
肩に担いでいた鎌をスパーダは前に突き出すと、鎌の刃は激しい稲光を迸らせだす。
無数の衝撃波はスパーダを包み込む雷光に阻まれ、全てが弾け飛んでいた。
互いの攻撃が治まり、バアルは剣を左右に振り抜いたまま立ち尽くしている。
「相変わらずだな。千年以上もの間、何をしていた?」
溜め息を零しながら、スパーダは大鎌を再び担ぎ出す。
「そんな殺気だらけの技など、教えた憶えはないがな」
「……」
スパーダを睨みつけたまま、バアルは沈黙している。
『残念ねぇ。あなた、まだスパーダに認められるには早いみたいよ』
「……言わずとも分かっている」
構えを解き、バアルは両手の剣を無造作に下ろしだす。
元々、スパーダはかつてバアルと別れる際に約束を交わしたのだ。
〝互いの志を貫き、生きて行こう。そして、いつか剣を交えて己の全てを示そう〟
だがスパーダは自らの愛剣ではなく、ネヴァンの大鎌で相手をしたのだ。
それはバアルを試すと同時に、まだスパーダと剣を交えるような段階ではないことを意味していた。
無論、バアルもそれが分かっているからずっと憮然としたままなのだ。
愛剣ではない武器ですらまともに刃を交えようとしない以上、まだスパーダに力を認められていないのだと。
「お前もモデウスも……まだ己の剣の意義を見出してはいないようだな」
「モデウスに会ったのか……」
『そうよ? あなたの弟は今頃、ボウヤ達と一緒に遊んでるでしょうね。今度は兄弟子になってね』
――えええええぇぇぇぇっ!? モ、モデウスがこいつのお、弟ぉ!?
――ちっとも似てねえな。いや、兄弟だったらむしろ当たり前か?
ルイズが驚くのも無理はないだろう。
モデウスとバアルは、アグニ・ルドラと同じく双子の兄弟悪魔なのだが、見た目も性格も全く似ても似つかない。
共通点があるとしたら、せいぜい目元の下睫毛だけである。
無論、それは仮初めの姿としてのみでの話だが。
バアルの剣は黒い影に包まれ消え去ると、本人は踵を返してスパーダから背を向けだす。
振り向いた先には、二人の戦いを見届けていたアルビオンの兵達が腰を抜かしているのが見える。
「どこへ行く気だ?」
「もうこんな空の上に用はない」
何より再会したスパーダ自身から本気で戦うことを拒まれたのである。
粗方、他の悪魔達も狩り尽くした以上、こんな場所にいても時間の無駄だ。
『あら、今度は弟に喧嘩でも売る気なのかしら?』
――何ですってぇ!? じゃあ、あいつも魔法学院に……!?
「自ら剣を捨てた者に興味は無い」
強者との戦いを好むバアルは、逆に弱者には興味がない。故に人間のこともあまり意識はしていないはずである。
せいぜい、自分の障害となる時に排除するくらいしか相手にしない。
それ故にこそ、このアルビオンの悪魔達は彼によってほとんどが殲滅させられたのである。
だが、弟のモデウスのことは別に本人が口で言うようなことで相手にしないのではないことも、スパーダは知っている。
「勘違いするなよ。お前が考えているほど、モデウスは腐ってはいない」
バアルはちらりと肩越しにスパーダに視線だけを向けてくる。
「奴は奴なりに、己の生き甲斐を見つけつつある。お前が気に病むこともない」
「……」
「今のお前の剣には〝破壊〟しかない。奴の剣には〝迷い〟がある。だからまだ誓いは果たせん」
言いながら、スパーダはネヴァンの大鎌を光に変えて収縮させ、体内へと収容する。
「お前達は少し互いの剣を知るべきかもな」
そのまま鎌を握っていた手を横にかざすと、蒼ざめた光球が浮かびだした。
瞬く間に形を変えて膨れると、蒼ざめた炎を纏う巨馬・ゲリュオンが姿を現す。
馬具を身に着けるゲリュオンの背に登ったスパーダは手綱を握り、ずっとこちらを見続けているバアルを見下ろしていた。
「トリステイン王国の魔法学院に奴はいる。用があるならそこに行け。その目で確かめれば良い」
――ヒヒィーーーーーーンッ!!
高い嘶きを上げ、ゲリュオンは反転すると一気に駆け出し始める。
走る先にはまだ崩れていない城壁が立ちはだかっていたが、衝突する寸前で虚空の中へと飛び込み姿が掻き消えていた。
「……っ」
波紋の揺らぎだけを残した虚空を見据えていたバアルは、小さく鼻を鳴らすと歩を進め始める。
既に瓦礫と化した城門で恐れ戦いたままの兵達は、近づいてくるバアルに道を開けるように左右へ逃げ出していく。
怯える人間達などに目もくれず、白い悪魔は堂々と丘の道を降りていった。
◆
「割と呆気なく終わったね」
『そりゃ魔剣士スパーダに比べたら、全然小物だからネ~。おっと……』
ハヴィランド宮殿の屋上の一角で、中庭で繰り広げられた二人の悪魔の戦いを見届けていたジュリオは自らの愛竜、アズーロの傍で肩を竦めていた。
『ところでジュリオちゃん。さっさとトンズラした方が良いんじゃな~イ?』
「そうだね。こっちまでとばっちりを受けそうだ」
脳裏に響く陽気な声に応え、ジュリオは城の東側の方を振り向く。
薄暗い曇り空の彼方からは、無数の影が近づいてくるのがはっきり見えた。
それは戦艦であるのは明らかだ。先日、ガリア王国から艦隊が発進したという報は彼の元にも伝書鳥で届いている。
無論、ガリアの目的はこの宮殿。世界の敵となったレコン・キスタを壊滅させるためだ。
もう一時間もしない内に、この上空へと差し掛かることだろう。
その時がレコン・キスタが完全に崩壊し、地上の国々と睨み合っていた戦争は終わりを告げることになる。
『帰ったら早速、ご主人様に報告だ! 仕事はまだまだ山積みだネ』
ジュリオももう、この空の上に用はない。とっとと本国のロマリアへと帰り、主に報告をするのが残された最後の仕事だった。
「しかし、今回は本当に危なかった。死にかけたよ」
『オレ様の気持ち、分かった? 痛い目に遭った気分はどーう?』
「さすがにもうコリゴリだね」
『けど、ガチで魔剣士スパーダの力を試したいなら、ジュリオちゃんももっと体を張んないとネ』
アズーロに乗り込みながら、ジュリオは苦笑した。
『ジュリオちゃんのヒント、ルイズちゃんは分かってくれるかナ~?』
「そうあってくれると有難いんだけどね。彼女達には、もっともっと〝虚無〟を使いこなしてもらわないといけないんだ」
白い風竜は早々に天高く舞い上がり、ロンディニウムの街から遠ざかっていく。
遥か上空から見下ろすアルビオンの首都の近くには、盟主も守れず役立たずに終わった数万の軍勢が引き返しているのがよく見えていた。
◆
ロンディニウムからさほど遠く離れていない森の中の広場。
最初にスパーダ達が待機していた場所にルイズ達は戻ってきていた。
「我らと同じくテメンニグルの番人たるお主も、この異界の地に降り立っておったとは」
「実に奇遇なものじゃ」
「これでテメンニグルに封ぜられし同胞が全てこの異界の地に揃った訳か……」
剣を突き立て地面に胡坐をかいて座り込むアグニとルドラの前には、二回りも巨大な三つ首の魔獣の姿があった。
「うむ。我ら兄弟も、魔剣士スパーダと共にすることを決めた」
「かつてのように、共に戦おうぞ」
「……ふっ。それもまた一興か」
ケルベロスの三つの顔はいずれもが面白いと言わんばかりに牙を剥き出しにして深い笑みを浮かべだす。
スパーダの到着を待つルイズら三人は悪魔達からやや離れた木の根元に座り込んでいた。
デルフを通してスパーダの現況は分かっている。ロンディニウムから抜け出た彼はゲリュオンに跨り、別の陽動を引き受けていたロングビルを迎えに行ったのだ。
ちょうどたった今、彼女を回収し終えた所である。どうやら無事なようで、怪我もなかったようだ。
ゲリュオンに乗っている以上、二人はすぐに戻ってくることだろう。
その間、ルイズは城の中で起こった出来事をキュルケ達にも伝えることにした。
「あの城でそんなことがあったのねえ」
「本当、むかつく奴だったわ……」
乱入者ジェスターの話を聞いて、キュルケもタバサも深刻そうな顔を浮かべている。
「そのピエロに会ったらあたしが燃やしちゃおうかしら」
「それが良いぜ。あの野郎、今度会ったら鼻っ先を削ぎ落してやる」
悪態をつくデルフだけでなく、見るからに不愉快そうな顔を浮かべているルイズを見て、二人はそのジェスターという悪魔がどれだけ不快の塊であるかが容易に想像できた。
しかも聞けば現れたのはその時だけではなく、自分達がまるで知らないトリスタニアでの一騒動でも現れたというのだから驚きだ。
この先、自分達の前にも邪悪な道化師は姿を現すのかもしれない。
ならばその存在を胸に秘めておくのは当然だった。
「でもクロムウェルって奴もずいぶん呆気なかったのね。あんな恐ろしい悪魔と契約してたくせに」
「ま、どんな小物も悪魔の手にかかりゃ大物っぽくされちまうのさ。後ろ盾がいなくなりゃそんなもんよ」
あっけらかんとキュルケは肩を竦めた。
悪魔の力を借り、世界を混乱に陥れようとしたレコン・キスタの盟主が、何ともちっぽけな存在でしかなかったのはルイズですら拍子抜けしたほどなのだから。
「ねえタバサ。そのシェフィールドって女のこと、何か知らないの?」
「知らない」
キュルケの問いにタバサは首を横に振った。
アビゲイルの後ろ盾を失くした後も、レコン・キスタはクロムウェルの秘書であるシェフィールドの補佐によって辛うじて成り立っていた。
だが、彼女はガリア王国から遣わされていたスパイ。結局、クロムウェルは第三者の傀儡に過ぎなかったのである。
(わたしと同じ?)
ガリアの出身であるタバサもシェフィールドなどという人物の名は聞いたことがない。
だが、その存在が何者であるかは微かに心当たりだけはあった。
自分と同じ、ガリア王国の暗部で働く北花壇騎士に所属するメイジか何かなのだろうか、というものだ。
聞けばガリア王ジョゼフから勅命を受けていた様子で、彼の側近ではないかという考えも容易に想像できる。
「しかし、やっぱ悪魔の本性って奴はおっかなかったね。あのスパーダにはマジでビビったぜ」
「そんなに怖かった?」
キュルケに問われてルイズは僅かの間を置き、恐る恐る頷いた。
浅ましく命乞いをしてきたクロムウェルがスパーダに咎められたあの場面は未だに頭の中から離れない。
普段はまるで見せようとしない、悪魔としての本性を露にしたスパーダの冷酷さはあまりにも恐ろしい。
激しく怒りを露わにするような悪魔達とは違う、氷のように冷たい怒りは何者だろうと一瞬にして黙らせてしまいそうな迫力に満ちていたのだから。
「奴は心や魂を売った奴にはマジで容赦しねえ。一度道を完全に踏み外したら土下座して謝ろうが何をしようが、筋を通さない奴は絶対に許さねえのさ。無責任に開き直るなんてもってのほかだぜ」
デルフの言うことは実にもっともだ。あの時のスパーダが発した怒りは尋常なものではない。
「ワルドの野郎もクロムウェルも、相応の報いを受けたってことさ。ま、死んで詫びさせたって所だな」
そういえば以前にもルイズ達はスパーダの冷酷な怒りを目の当たりにしたことがあった。しかもこの同じ空の地においてである。
滅多に怒りを露わにしないスパーダを怒らせればどうなるか、改めて知ることになったのだ。
彼に見限られた人間は、それこそワルドやクロムウェルのような惨めな末路を辿ることになる。
(そうよ。絶対に、そんなことになっちゃ駄目よ……)
魔剣士スパーダのパートナーとして、彼に見限られないように自分を律さなければならない。
人の心と魂を売り渡した愚か者達は、ルイズだけでなくキュルケ達にとっても反面教師となるのだった。
――ヒヒィーーーーーンッ!!
嘶きと共に突如、炎を纏った巨馬が虚空の中から飛び出てきていた。
背の上には手綱を握るスパーダと、その後ろに乗り込むロングビルの姿があった。
「スパーダ!」
「お疲れ様」
ルイズとキュルケが立ち止まったゲリュオンの元へと駆け寄っていく。
ロングビルと共に降り立ったスパーダの目の前にやってきたルイズは、ずっと抱えたままだった閻魔刀を彼に差し出す。
「スパーダ。これ」
「すまんな」
愛刀を受け取ったスパーダは小さく頷きを返すと、腰に戻していた。
冷酷な悪魔ではなくいつものクールな紳士に戻っていたので、ルイズは思わず安堵してしまう。
「ねえスパーダ。あの白い奴は……」
「放っておけ。手を出さなければ別に害はない。それよりトリステインへ戻るのが先決だ。これ以上、油を売ってる暇は無い」
「ここの馬鹿どもがまた何かしでかしてるんですってね」
ロングビルが険しい顔で吐き棄てながら言った。
戻ってくる道中、ゲリュオンの上でスパーダは魔法学院で何か起こっていることを話していたのだ。
「……そ、そうだったわ!」
モデウスの兄だというバアルのことは気になるが、今重要なのは魔法学院のことだ。
もう壊滅させたとはいえ、追い詰められていたレコン・キスタが今度はどんな策を企んでいたのか、想像したくもない。
一刻も早く戻って、残してきた者達の無事を見届けなければならないのだ。
「そういうことだ。話は向こうに戻ってからにしよう」
言うや否や、スパーダは手早く帰還の準備を始めだす。
ゲリュオンに全員が乗れるよう、装いを変えて馬車を出させ、ケルベロスもネヴァンと同じように体内へと収容していった。
「お前達もその体を消しておけ」
立ち上がりだすアグニとルドラにそう命じだす。
「何故じゃ?」
「お前達はかさ張る」
「かさ張る? かさ張るとはどう意味じゃ、ルドラよ」
「兄者よ。我らのこの肉体はちと大きすぎるようじゃな」
この二体の悪魔達も連れ帰る以上、そのままではゲリュオンに乗せていくことはできない。
一番都合が良いのは、他の連中と同じように魔具として収容することだ。
何より、こいつら自身が魔具なのでそれが手っ取り早い。
「では、どうすれば良い?」
「ケルベロスがやったように、スパーダに憑りつけば良いのではなかろうか?」
「しかし、もう既に同胞がずいぶんと憑りついておるようじゃ」
「うむ。我らも憑りつくにはちと窮屈かもしれん」
スパーダの元にいる上級悪魔はドッペルゲンガー、ネヴァン、ゲリュオン、ケルベロスの四体。
しかもそれだけでなく、フォースエッジやパンドラなど多数の魔具まである。
ゲリュオンは外に出しているとはいえ、それだけの強い魔力の塊を体内に内包しておくと窮屈なのは事実だった。
「ああもう! 良いから、何とかしなさいよ! こっちは急いでんのよ!」
またも無駄な長話を始めようとするのを見て、ルイズは怒鳴りつける。
「おめえら、その剣が本体なんだろ? なら、そいつだけにすれば良いんじゃねえのかい?」
「おお。そうじゃな」
「ではしばしの間、我らの身を預けるとしよう」
デルフの一声にアグニ達は即座に納得した。
すると、本体である剣を手にしていた鬼の巨体はそれぞれ炎と疾風の渦に包み込まれ、その姿が跡形もなく消え去っていく。
「これで良いかの?」
後に残された二つの剣は地面に突き立てられたままだったが、タバサが無言で杖をかざすとふわりと浮き上がりだす。
そのままゲリュオンの馬車の荷台へと静かに横たえられていった。
「ミス・ロングビル?」
「乗らないんですか?」
一行が馬車に乗り込んでいくのに、ロングビルだけはその素振りすら見せず立ち尽くしていた。
「私はここに残るわ」
「どうしてですの? 学院にはティファニアが待っているのに」
不思議そうにキュルケは首を傾げる。
魔法学院にはロングビルことマチルダが守るべき者が、彼女の帰りを待っているのだ。
もしかしたら、ティファニアも何か危険な目に遭っているかもしれないというのに。
「あの街に残された者達が心配なのだろう?」
スパーダの指摘にロングビルはくすりと自嘲するように笑みを零しだす。
レコン・キスタは壊滅した。自分の大切な者を奪ったクロムウェルも死んだ。それはそれで満足だった。
だが、ロンディニウムの街には何の罪もない人々が城下に残されているのだ。
盟主への信頼は消え失せ亡命することも叶わない彼らは、これから訪れるであろうガリアからの占領部隊に何をされるか知れたものじゃない。
おまけに、盟主そのものを失ったアルビオンの残存部隊もガリアに最後の抵抗をするか、はたまた自暴自棄の果てに民衆に手を出さないとも限らない。
そうした混乱の果てに、このアルビオンの各地で起きた惨劇と同じように新たな不幸な孤児や難民が生み出されることになるのだ。
自分の故郷がこれ以上荒らされるなど、もう我慢できないのである。
「そろそろテファだって独り立ちをしなきゃいけないしね。それに私があの子の近くにいると、中々友達ができなさそうだから」
ティファニアももちろん大事だが、いつまでも一緒にいてやっては成長を阻むことにもなるだろう。
本当は今にでもトリステインに戻って顔を見てやりたい願望を押し殺して、この地に残ることを決めたのだ。
「あの子のことは、あなた達に任せるわ。仲良くしてあげてね」
「は、はい」
「それと……あのジジイが何かしたら、容赦なくぶっ殺して良いから」
低い声で薄い笑みを浮かべてマチルダは付け加えた。
ハーフエルフである秘密を知っても受け入れてくれるこの少女達がいるなら、あの子は良い友人を作れるだろう。
確証は無いが、不思議とマチルダはそう信じることができていた。
「餞別だ。持って行け」
スパーダは右手を差し出し、その掌の上に魔具の一つである魔銃アルテミスを取り出していた。
さらに破壊の箱こと災厄兵器パンドラも取り出して地面に置く。
マチルダはそれらを受け取り、感謝の微笑みだけを浮かべて頷き返す。
「あまり無茶はするな。何かあって一番悲しむのは、彼女だからな」
「ええ。落ち着いたら、その内戻るわ」
――ヒヒィーーーーーンッ!!
ゲリュオンが嘶きを上げ、四人を乗せた馬車を引いて走り出す。
すぐにその姿は虚空の中へと消え去り、森の中にはマチルダがただ一人だけ残されていた。
「さて、と……まずは馬鹿どもをお迎えしようじゃないの」
アルテミスを右手に装着したマチルダはパンドラを片手にレビテーションで大木の頂上へと飛び上がる。
既にガリア艦隊はロンディニウムの目と鼻の先で列を成し、曇り空を埋め尽くそうとしている。
自分のゴーレムや土魔法の罠で散々に痛めつけてやったアルビオン軍が蹂躙されるのは、火を見るより明らかだった。
◆
「双頭囚も使えん奴だったな」
闇の中で煌めく炎は冷淡に吐き捨てていた。
赤と青、掌の上に浮かぶ二つの小さな光は一つとなって、吸い込まれていく。
「覇王よ。本当にあの白騎士を仕留めなくても良いのか?」
背後に控えるのは一回りも大きな巨体。
覇王と同じ紅蓮の炎を身に纏う屈強の魔人は主を前にしながら、不遜にも腕を組んでいる。
「ククク……」
「何がおかしい」
「狂犬が、あんな矮小な奴にこだわるのか? 猛獣と狂犬同士ならお似合いか」
冷笑を向けられ、魔人は不快そうに呻く。
「奴の片割れの方がもっと貴様らで狩る価値があるというものよ。貴様も自分に相応しい相手を選ぶがいい」
魔人が黙り込む中、その隣で漆黒の煙が噴き上がり新たな謁見者が姿を現す。
「どうだ? 魔帝どもの様子は?」
大矛を片手に佇む躯の騎士の足元では二匹の白い毛並みの獣達が寄り添うように付き従っていた。
「新たに造り出した〝悪夢〟とやらに、魔帝もその力を持て余している様子……」
「散々に尖兵を生み出しても飽き足らずに作るのか。懲りない奴め……」
騎士は頭を垂れると、覇王は嘲笑を深めだす。
「堕天将よ。〝災いの塔〟を用意しておけ」
「奴を……使われるのか?」
二体の臣下達が戸惑うのを、覇王は楽し気に眺めていた。
「向こうが〝悪夢〟を出すなら、こちらも〝災い〟を放つまでよ」
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定