魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
――It gets R-rated from here on.(ここから先はR指定だ)
トリステイン魔法学院の二学期が始まり、早六日目――ちょうどスパーダ達がアルビオン大陸の各地を廻っていた頃に遡る――
就寝時間もとうに過ぎて寝静まった深夜にティファニアは一人、学院の本塔を訪れていた。
「ご、ご苦労さまです……」
入口に控えていた衛兵におずおずとしながら挨拶をする。
それだけで衛兵は小さく咳払いをしつつ、あっさりとティファニアを通してくれた。
本塔の地下へと降りた先には学院の教師、生徒達が利用できる大浴場が設けられている。
男子用と女子用にそれぞれ分けられているが、基本的には就寝時間前に風呂に入るので今は誰もいない。
脱衣場で制服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になったティファニアは、タオルを体に巻いてから浴場へと足を踏み入れる。
(ちょっと広すぎるかな……)
大理石で造られた浴場は、さすがに貴族の風呂というだけはあり一人で入るには持て余す場所だった。
円形の浴場には普段は他の生徒達の姿があるというのに、今ここにいるのはティファニアだけ。
一人で入ってはいけないという規則はないものの、自分だけがここを独占してしまうのは少し気が引けてしまう。
「ふぅ……」
浴槽の湯に身を沈め、安楽の溜め息を漏らす。湯には香水が混じっており、仄かな香りがさらに気分を落ち着かせていた。
この風呂自体はもう何度も入っているのだが、ここまでリラックスしたままでいられるのはこれでようやく二度目だった。
一昨日までは他の女子生徒達と同じ時間帯で入っていたのだが、昨晩からこの寝静まった深夜にティファニア一人で入っていたのである。
昼間は男子達から注目を浴びて散々にアプローチをかけられ続けていたというのに、この浴場では女子達はみんなティファニアの美しい肢体に釘付けになっていたのだ。
羨望や憧れ、様々な想いが入り混じる視線が注目するおかげで、当のティファニアは全く落ち着けなかったのである。
ちゃんと心身ともにリラックスをしたかったティファニアは、仕方なく一人だけで入ることに決めたのだ。
現に寝る時しか外さず、自分の正体を隠すためのチョーカーも今は身に着けておらず、その耳は元のエルフの形になっている。
「やっぱり、わたしの胸っておかしいのかな……?」
胸元に視線を落とすと、そこにはタオルに包まれた二つの大きな山が深い谷間を作り上げている。
ティファニアは今、新たな悩みを抱えていた。
毎日のように男子達に過保護なほどにかしずかれては困り続けていた所、今日は学院長のオスマンと珍しく話をしたのだ。
初めての学院で慣れないだろうが、すぐに慣れる――困ったことがあるならいつでも、誰にでも相談しなさい――
そうやって励ましてくれる彼だったが、最後にはこんなことを聞いてきたのだ。
極めて重大な話――と真剣な口調で前置きをしながら、次に出てきた言葉は――
――君のその胸は本物なのかの?
ティファニアは余計に返答に困ってしまった。
それでもオスマンは学院長の、大の大人とは思えないおどけた口ぶりで何度も「年寄りにも聞こえるようにはっきりと言って欲しい」などと言ってきたもので、ティファニアはもうやけくそに近い感じで叫んだのだ。
――わたしの胸は、本物です!
真昼間の学院のど真ん中、中庭で響いたティファニアの叫びは学院中の人間を驚かせるものだった。
直後、生徒に軽いセクハラ行為に及んだ老人は別の教師に鉄拳制裁を受ける破目になった。
新しく赴任していたヴァリエール先生ことエレオノールが魔法で作り出した巨大な土くれの手がオスマンを文字通りに叩き潰したのである。
ティファニアの保護者であるマチルダこと学院長の秘書ロングビルは今、暇をもらって留守にしておりここにはいない。
秘書が留守の間、エレオノールにオスマンを監視するよう頼んでおり――特に、ティファニアにセクハラ行為を行ったら容赦なく半殺しにして良いとまで念押ししていた。
呆気に取られるティファニアに彼女は教師らしく毅然とした態度を崩さぬまま、次の授業の準備でもするように言い付けたのだった。
「わたしの胸って、どうしてこんなに大きいのかしら?」
溜め息交じりにティファニアは自分の胸を下から持ち上げてみる。
学院長も他の男子生徒達も、みんなこの大きな胸にばかり注目してきている。
自分の容姿など――エルフの証である耳を除いては――これまで意識したことがなかったが、明らかに彼らを惹き付けているのはこの胸であることに違いなかった。
むしろ女子達からでさえ、特にこの浴場で余計に注目を浴びていたのはこの胸なのだ。
(そんなにおかしいかしら? わたしの胸って……)
他の女子達とはあまりに違い過ぎる大きな、異なる形の胸。
いつ頃からこんなに大きくなってしまったのか、ティファニアはまるで憶えがない。
少なくとも、ウェストウッドの村に隠れ住むようになり始めた頃はここまで大きくは無かった……ような気がする。
「はあ……」
そうして一人寛ぎながら溜め息ばかり零していると、
「どうしたの? 何か悩み事でもあるのかしら?」
突然の声にティファニアは我に返り、入口の方を振り向いた。
ここには自分以外に誰もいないはず。にもかかわらず、そこには間違いなく人がいたのだ。
女子風呂である以上、ここに入ってくるのは決まっている。だが生徒ではない。
「は……え……!? フォ、フォンティーヌ先生!?」
ティファニアと同じくタオルを体に巻いた桃色の髪の女性は、新しく赴任したもう一人の教師だった。
「驚かせちゃったかしら? ごめんなさいね。ゆっくりしていたのに邪魔をして」
「あ……あ……! あ、あの……! わたし、その……!」
にこやかに微笑むカトレアだが、激しく慌てふためくティファニアは逃げるように浴槽の中に深く沈みこんでしまう。
今、自分はタオル以外何も身に着けてはいない。そう。あのチョーカーさえもだ。
自分のエルフの象徴である長い耳も湯の中に隠そうとして、ティファニアは顔の上半分だけを水面に浮かび上がらせていた。
(ど、どうしよう!? わたしの正体が……!)
「大丈夫よ。みんなちゃんと眠ってるから、ここには他に誰も来ないわ」
パニックになるティファニアを尻目に湯の中に入ってきたカトレアは、笑みを絶やさないままティファニアの元までやってくる。
「出てきて良いのよ。せっかくだし、一緒に入りましょう?」
ティファニアの目の前で腰を下ろし、まるで怯えた子犬や子猫を宥めるかのように優しく呼びかけていた。
(この人……気づいてない……?)
カトレアがあまりにも平然としている姿にティファニアは困惑してしまう。
自分がハーフエルフであることは学院長のオスマン以外の教師達は当然知らないはずで、新任である彼女もそのはずだった。
だが確かに今、彼女は自分の本当の姿を目にしたはずなのに、その態度はいつもと変わらない。
「……そうよね。ちゃんと話さないといけないわよね。ごめんなさいね、私ったら」
いつまでも出て来ないティファニアを見てカトレアは申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。
「ティファニアさん。あなたのことは、スパーダさんから全て聞き及んでいます」
それは保護者のマチルダと同じくティファニアが深く信頼する者の名だった。
「あなたの秘密は、私もエレオノール姉様も知っているわ。だから怖がらなくても良いのよ」
たった今まで不安と恐怖でパニックに陥っていたはずだったティファニアの心は途端に落ち着きを取り戻していく。
恐る恐る湯の中から顔を出し、自分の耳を隠すことなく曝け出す。
だがカトレアの優しい笑顔は変わらない。むしろ、嬉しそうにさらに笑みを深めるほどである。
その温かい笑顔にティファニアも思わず小さな笑みを零すのだった。
◆
「お互いに色々と疲れちゃうわよね。毎日いっぱい話相手をするんですもの。ゆっくり疲れを落としていきましょうね」
「そ、そうですね」
ティファニアと湯の中で隣り合うカトレアは楽しげに喋っていた。
彼女は生徒達よりも後、寝る寸前に入浴をしており、今日はたまたまこの時間帯だっただけである。
今、この魔法学院の生徒達の間では二人の女神と妖精の話題で持ち切りだった。
その絶世の美貌と慎ましさを併せ持つ
しかもカトレアに至っては女子達にも懐かれており、男子達が群がるティファニアとは反対に、どちらかと言えば一年の女子達が周りに大勢集まってくるのだ。
「わたし、こういう大きなお風呂に入るのはここが初めてで……」
「アルビオンにいた時はどうしていたの?」
「シエスタさん達が使ってるようなサウナを自分達で作ってたんです。村の近くに泉があったから、そこで水を浴びて……」
魔法学院で働く平民達は当然、この貴族の浴場を使うことはできない。
使用人が共用で使うサウナが宿舎に設けられており、シエスタ達はそこで汗を流し落としているのだ。
元々、ティファニアは一人で入浴しようと思い立った時にそちらを使わせてもらおうと考えていたのだが、シエスタ以外の使用人達から「貴族の方が平民の風呂を使うなんて、滅相もない」と言われてしまったのである。
「知ってる? スパーダさんやモデウスさんはここじゃお風呂には入ってないんですって」
「? どういうことですか?」
「シエスタさんに聞いたんだけど、あの人達って水場で汗を拭くだけで済ませてるそうよ。一番疲れてそうなのに、ちゃんと疲れを落とさないなんて……」
「はあ」
エレオノールの従者である黒ずくめの剣士・モデウスとはまだ口を聞いたことはない。
彼は昼間はヴェストリ広場で剣術の稽古をしている男子達に混じっていたり、エレオノールが食事をする際に傍らに控えていたり、特別に相席を許されたりしている。
話によればエレオノールが夜の当直をしている時にも護衛をしているらしい。
「スパーダさんが帰ってきたら、ここのお風呂で疲れを落としてもらわないとね。どうせなら、私が背中を流してあげようかしら」
「そ、そんなことして良いんですか? 男の人と一緒に入るのは駄目なはずですけど……」
「ふふふ。そうね。そんなことをしたらエレオノール姉様に怒られちゃうわよね」
冗談とも本気とも取れない爆弾発言をしているカトレアなのだが、ティファニアの反応はやや薄かった。
(不思議な人……)
カトレアの屈託のない態度は、はっきり言って教師という印象には程遠かった。
周りの生徒達の話によると、どうやらカトレアのようなタイプの女性教員は魔法学院では異例であるらしい。
学院長の秘書・マチルダことロングビルは意外に性格がきつめで近づき難く、シュヴルーズは温厚だが時には教師らしく厳しい一面も見せる。
そして新任のエレオノールは反対に厳しさを拡大させたような感じなのでやはり近づき難いという。
特に先日、こんなことがあった。
学院内でもエリートとされるある三年生の生徒が授業の復習で物怖じせずに女子寮のエレオノールの元を尋ね、その中でこんなことを言ったらしい。
――ゼロのルイズみたいな出来の悪い妹さんを持って、苦労なさいますね。
その無礼極まりない発言をした生徒は直後にエレオノールの魔法で窓の外へと放り出され、十メイル以上の高さから地上へと真っ逆さまに落ちていった。
魔法を唱える暇もなく、あわや激突する寸前にエレオノールのレビテーションで墜落は免れたものの、杖もろとも手を土くれに包まれた上に錬金で石に変えられてしまったのだ。
――魔法が使えない苦悩を今の内に知っておきなさい。
冷たくそう言い捨てたエレオノールから一週間、魔法を使えなくなり手に枷をはめられて不自由となる罰を与えられたのである。
……それはさておき、一方のカトレアはいわゆる教師風を吹かさず生徒達と同じような目線で触れ合うし、少し年上のお姉さんのような雰囲気からか気軽に話しかけられる安心感があるのだそうだ。
事実、ティファニア自身も保護者のマチルダや知己があるオスマンは除いて他の教師達には話しかけ辛いのに、カトレアに対しては不思議と自然に話し合えてしまう。
「あの、フォンティーヌ先生」
「カトレアで良いわ。私はエレオノール姉様の助手であって、本当は先生じゃないんですもの。……あ、でも周りに他の人達がいる時は先生って呼んだ方が良いかしら。エレオノール姉様が怒るかも」
クスクスと、どこまでも屈託の無い態度に戸惑いつつも、ティファニアは心に燻ぶる疑問を投げかける。
「カトレアさんは、本当にエルフが怖くないんですか?」
「どうして怖がる必要があるの? まだ何も悪いことはしていないでしょう?」
「ハルケギニアの人達は、エルフのことをとても怖がるから……学院長先生やシエスタさんは最初に少し驚かれたんですけど、カトレアさんは全然驚かないのが不思議で……」
スパーダからティファニアの話を聞かされていたから、というのは納得できる理由ではあった。
それでも実際に直接、初対面となるエルフの姿に何かしら反応は示すだろうというのに、平然としていることがむしろ不思議でしょうがないのである。
これまでに自分を受け入れてくれたシエスタやオスマン、アンリエッタやマザリーニ枢機卿にマリアンヌらは多少なりとも驚いたというのに。
「ねえティファニアさん。あなたは吸血鬼のことを知ってる?」
「え? は、はい……少しくらいなら。エルフと同じように恐れられてるって……」
突然の話題の切り替えに戸惑いつつも、ティファニアは頷いた。
エルフと同じく先住魔法を操り、人の生き血を吸って自らの操り人形に変えてしまう、ハルケギニア最恐の妖魔。
まだ母が健在だった頃に暮らしていた屋敷で読んでいた本を見て、一般的な話はほんの少しだけ知ってはいた。
「そうね。とっても怖いわよね。……でも、実際に会ったり見たこともないのにどうして怖いと思うのかしら?」
「え?」
「それはね、私達がそう教え込まれたからなのよ。私達の親や先生に噂話……それにご先祖様は実際に吸血鬼に会って恐ろしい目に遭ったかもしれないわね。その体験を子孫に残してるから、みんな無条件で怖いものだと思い込んでしまうの」
カトレアの話をティファニアは目を丸くしながら聞き入っていた。
「エルフを怖がったり、嫌ったりするのも同じことよ。大人や本から教わったことを鵜呑みにするから、実際に見たことがないものを悪魔のように恐れてしまうの。特にハルケギニアは大昔にエルフと争った歴史があるから、余計にね」
笑顔の中に、毅然とした態度と眼差しを浮かばせながらカトレアは語り続ける。
「だから誰も自分でどうして怖いのか考えようとしないの。エルフや吸血鬼が何故怖いのか……危害を加えてくるのかをね。その中には分かり合える相手や大人しい人もいるかもしれないのに。動物は怖がらせたり、怒らせたりするから襲ってくるのと同じことなのよ」
カトレアはあくまでエレオノールの助手という立場なのであって、正確には教師ではない。
だがエレオノールも本職は魔法アカデミーの研究員であり、教職と掛け持ちでもあった。
週に一度はアカデミーがあるトリスタニアの方に顔を出さねばならず、その日はエレオノールの授業は休みになるのだ。
そうなるとカトレアはやることが無くなり暇を持て余すはずなのだが、ちょうどエレオノールが留守である今日の昼休みに、彼女の特別授業が催されたのである。
授業と言っても、教壇に立って講義をするのではなく、いつものように集まる生徒達とお茶を飲みながら歓談していただけなのだが。
だが他の教師の授業では聞かないような話は不思議と生徒達の興味を刺激し、幾度も質疑応答が交わされたりしていた。
たまたま通りがかったシュヴルーズやコルベールなどは「大変面白かった」と小さな拍手を送ってくれたほどだ。
そのカトレアの哲学的な授業が、今もまた個人授業という形で行われている。
「カトレアさんは、もしかして前に他のエルフと会ったことがあるんですか?」
彼女の物言いは実際に過去に別のエルフや吸血鬼を見たり、会ったことがあるように聞こえていた。
「エルフじゃないけど……お母様達がそうだったわ。私のお母様やお父様は若い頃、優しい吸血鬼と会ったことがあるのよ」
「そうなんですか?」
恐ろしい妖魔が人間と友達になっていたという事実にティファニアは驚きを隠せない。
「ええ。それに私もあなたも、とっても優しい悪魔と会っているはずでしょう?」
「あ……」
そこまで語られてティファニアの目が点になった。
彼女自身、この世で最も恐ろしいとされる悪魔と出会い、その人柄を慕っているのだ。
「スパーダさんにモデウスさん……それに、シエスタさんだって悪魔の血を引いているのにとても優しい人達だわ」
「あ、あの人も悪魔なんですか?」
「ええ。モデウスさんもスパーダさんと同じ。だからエレオノール姉様や、私達のことを見守ってくれるのよ」
本物の悪魔が二人、そしてその魔の一族の血を引きティファニアと同じような少女もいる。
どれも世間で知られる恐ろしい悪魔には程遠い。
「これが事実よ。エルフでも吸血鬼でも、悪魔でも変わらない。恐ろしいのもいるかもしれないけど、中にはちゃんと分かり合える相手だっているんだから」
呆然とするティファニアに笑顔を向け、目を覗き込んでくる。
「あなただって、理由もなく誰かを傷つけたりしないでしょう? なら、怖がる理由なんてないじゃない」
「わ、わたしは、その……」
「むしろ、あなたには感謝がしたい。だって、あなたは人の命を救ってるんだから」
カトレアは戸惑うティファニアに体も向け、真っ直ぐに見つめてくる。
「ルイズから話は聞いたわ。あの子を、エルフのマジックアイテムで救ってくれたのね」
「え、あ、は、はい……」
以前、ティファニアは悪魔に危うく命を奪われかけたルイズを、母の形見の指輪で救ったことがある。
その話までカトレアが知っていることに余計に戸惑いを隠せない。一体、自分のことをどこまで聞いているというのだろう。
「あの子ったら、本当に無茶なことをしたのよ。スパーダさんの言うことを聞かないから、殺されかけて……。お母様達も姉様もみんな心配したわ」
小さな溜め息を吐くカトレアだが、すぐにその顔には安堵の笑顔が浮かび上がる。
「でも、あなたがあの子を救ってくれた……。本当にみんな感謝しているのよ。私も家族のみんなも、スパーダさんも……」
ここまではっきりと感謝を示されるのでティファニアは余計に戸惑ってしまう。
「ティファニアさん。ずっとお礼を言えなくてごめんなさい。本当は最初にここに来た日に言わなければいけなかったのに、中々言う機会がなくて。エレオノール姉様も素直じゃないから……」
「あ……」
湯の中でカトレアはティファニアの手を取り、胸の前で優しく握り締めた。
「ラ・ヴァリエール家一同に代わって、あなたには感謝を申し上げます。……私の家族を救ってくれて、本当にありがとう」
「あ、あの、いえ、その……わたしはそんな……」
戸惑いつつも、ティファニアの心の中に不思議な喜びが湧き上がっていた。
――困っている人を見つけたら、助けてあげるように。
亡き母の言いつけ通りに行ったことが人の命を救うだけでなく、それを喜ぶ人達が大勢いてくれたのだ。
たった一つの善行が、一人の命ばかりでなく関わる者の心さえも救うことができた。
あの時はスパーダもティファニアに深く感謝してくれた。そして今度はルイズの家族までもが、まだ見ぬ彼女の親までもが自分にはっきりと感謝してくれている。
その事実を認めると嬉しい反面、恥ずかしくなってしまう。しかも相手は大貴族だというのだから。
「ふふふ。恥ずかしがらなくても良いのに。あなたは本当に良いことをしたんだから」
いつまでも慌てふためき困惑するティファニアとは対照的に、カトレアはコロコロと笑顔を浮かべ続けていた。
◆
のぼせるといけないので湯から一度上がった二人は壁際のベンチへと移動していた。
「ふぅ……」
結局、湯の中では全然落ち着けなかったティファニアだったものの、それでもカトレアと色々な雑談を交わすことでようやくリラックスすることができていた。
何より、ハーフエルフである自分を受け入れてくれることが一番の安堵をもたらしていた。
(この人のも大きい……)
隣に腰掛けて寛いでいるカトレアをちらりと横目で見やるティファニア。
その視線は彼女の胸……ティファニアと同じく大きな谷を作る二つの膨らみへと注がれていた。
(マチルダ姉さんやエレオノール先生とも違う……)
自分のと見比べてみても、カトレアの胸もまた印象が全然異なっているように見える。
保護者のマチルダとほぼ同じくらいの年頃だというのに、彼女の胸は一回りか二回りは大きい。
(母さんはどうだったかな?)
亡くなる前は屋敷の小さな風呂で一緒に入って体を洗い流してもらったが、母はここまで大きくはなかったと思う。
確かその頃の自分の胸は母と同じような感じだったような気がする。
もっともよく憶えていないし、自分の体つきなんて全然意識していなかったのだが。
「どうしたの? 何か気になるものでもあるかしら?」
「え!? あ、いえ! ごめんなさい……!」
「ふふふ。良いのよ、別に」
またも慌てふためくティファニアをカトレアは楽し気に見つめていた。
「やっぱり女の子でも気になるわよね。ルイズやエレオノール姉様は、小さいからもっと気になるでしょうけど……」
自分がどこを見ていたのか、彼女には分かっていたのだ。
恥ずかしくなって顔を真っ赤にするティファニアは気まずそうに顔を背けてしまう。
「……カトレアさん。わたしの胸、本当におかしいんですか? 本物っぽくないですか?」
ふと、ティファニアの口からそんな言葉が出てきてしまった。
当の聞かれた本人は目を丸くしながら見返している。
「学院長先生に、〝これは本物なのか〟って聞かれたんです。やっぱり、こんな大きな胸をしてるのは変ですよね?」
自分の胸を下からそっと持ち上げてみながら小さな溜め息を吐く。
悩み事があるなら、いつでも誰でも相談しなさい――学院長オスマンからの助言を実行することにしたのだ。
「ふふ……ルイズとは逆のことを言うのね。あの子は自分の胸が小さいのを気にしてるのに」
カトレアはクスクスとおかしそうに笑いを漏らしだす。
「みんなと違うのがそんなに気になるの?」
こくりとティファニアは頷いた。
他人と違うこと――それはティファニアが抱え続ける大きな悩みだった。
周りは普通の人間達ばかりなのに、自分だけはハーフエルフで正体を隠さねばならない。
この大きな胸も、他の女子達と全く異なるせいで自分は他人とは全く違う存在のように見られてしまうのが、どうにも気になって仕方がない。
「どうして、わたしだけこんなに大きいんですかね……? 何か理由でもあるんでしょうか?」
「それじゃあ、私の胸を触ってみる?」
唐突なカトレアの発言にティファニアは言葉を失った。一瞬、彼女が何を言ったのか理解できなかったのだ。
「え、ええ……!?」
驚く間もなく、カトレアはティファニアにくっつきそうなほどにじり寄ってくる。
「どうして自分の胸が大きいのか、他の人の胸を触ってみれば違いが分かるかもしれないわよ?」
「良いんですか?」
「ええ。それじゃ……」
言うや否や、カトレアは何の躊躇いもなく自分の体に纏うタオルへと手をかけた。
◆
するりと、静かに剥がれたタオルが落ち、今まで覆われ隠されていた体の全てが露わとなる。
大人として成熟した体は、胸以外は線が細めなティファニアと違って均整の取れたプロポーションと美しさだった。
「あ、あの……ここってタオルを外すのは……」
「他に誰もいないから大丈夫よ。タオル越しじゃよく分からないでしょう?」
一糸纏わぬ姿となったカトレアはティファニアにその体を向けてくる。
今までタオルで押さえられていた胸が、左右にプルンと揺れ動いた。
「ほら……」
「あっ……」
戸惑うティファニアの右手を取り、カトレアは自分の左胸へと導いていく。
(これが……本当の女の人の胸……)
自分自身の胸と似た柔らかな手触り。しかし、どこかが違う……。
ティファニアは別の女性の胸の感触に初めて興味を抱いていた。
触れたままの手を肌の上でゆっくりと滑らせてみると……。
「んっ……」
カトレアは小さな悲鳴のような吐息を僅かに漏らしていた。
「あっ……! ご、ごめんなさい! 痛かったですか……?」
「大丈夫……ちょっとくすぐったかっただけだから」
本当にそうだったようで、軽く苦笑してみせるカトレア。
それからティファニアはカトレアがくすぐったくならないように心掛け、彼女の両胸をそっと丁寧に撫でるのだが……。
「んっ……あっ……やっ……んっ……ふふっ……」
やはりくすぐったいのか時折、カトレアは何度も甘い嬌声を漏らしていた。
特に胸の先端を掠めたり、撫でられたりすると反応してしまうようだ。
あまり長く続けては苦しいだろうと思い、早々にティファニアは手を離してしまう。
「ふぅ……どうだった? 違いは分かった?」
「……」
自分の両手を見つめるティファニアは無言のままだった。
触感は似ているが今一、違いがよく分からないのである。
「じゃあ、今度は私が確かめてあげる。後ろを向いて」
「え? あ……!」
言われた通りにした途端、脇から両手を滑り込ませながら密着してきたカトレアがそのままティファニアの纏うタオルを剥がしてしまう。
優しい手つきで解かれたタオルがはらりと下に落ち、カトレアと同じくティファニアも生まれたままの姿になってしまった。
肌を見せ合うのは本来であれば何百年も昔に定められた禁則であり、貴族としてはしたなく下品であるとされる。それがたとえ、同性同士であろうともだ。
「カ、カトレアさ――んっ……!」
困惑するティファニアを後ろから抱くように、カトレアの手は露わとなった大きな果実へと伸びた。
ピクン、とティファニアは体を震わせてしまう。
「ふふふ。とっても柔らかい……。まるでマシュマロね。ルイズやエレオノール姉様が焼きもちを妬くのも当然かしら」
「んっ……んんっ……!」
ティファニアの時と同じくゆっくりと彼女の手が大きな胸の上で撫で回される。
指先や手の平が胸の先端に触れると、そこから全身に言い知れぬ刺激が走り出す。
くすぐったいような、気持ち良いような、痺れるような……今まで感じたことの無い感覚にティファニアは戸惑った。
「ど、どう……ですか? わたしの胸、本物っぽくないですか――はぅ……!」
カトレアは耳元に顔を寄せたまま、何かを感じ取るかのように目を瞑っているままだ。
背中ではカトレアのくっつけられた胸の柔らかな感触までもがはっきり伝わってくる。
その間にも、彼女の手はティファニアの胸の上で滑らかに踊り続けていた。
何度も肌の上を往復させたり、指を動かして揉みほぐそうとすると、形を変える柔らかな肉の中へと沈み込んでいく。
「あっ……ふぁっ……! んんっ……んっ……んっ……!」
いつまでも続く胸への愛撫に、ティファニアは絶えず悶えていた。
だが、ここまでされて不思議と苦痛は感じなかった。
嫉妬に狂ったルイズに掴まれた乱暴さや、スパーダが連れている魔女ネヴァンの艶めかしさとはまるで違う。
じっくりとマッサージでもするような優しく慈しみに満ちた手つきにティファニアは不思議と安心した心地良さを感じるようになっていた。
「や……んぁ……!」
「間違いなく、あなたの胸は本物ね。何にも心配なんてしなくて良いのよ」
ティファニアの胸を揉みながら、カトレアは優しい声で囁きかける。
「人も動物も、誰も同じなんてことはあり得ないわ。あなたの胸が大きいのは、あなたがあなたであることの証。立派な個性なんだから、気に病まなくても良いのよ」
「んぅ……んっ……んっ」
「他の子達もそうよ。みんな一見、同じように見えるけど本当は一人一人が違うの。あなたは、そうね……キュルケさんみたいに大人になるのが少し早かっただけ。だから、目立ってしまったのね」
「んんっ……は、はぃ……あぁっ……!」
まるで子供をあやすように言い聞かせるカトレアだが、当のティファニアは快感に体を震わせ、嬌声を漏らすばかりでまともに話の内容が耳に入って来ない。
カトレアの手は相変わらずティファニアの胸を優しく包み込み、じっくりと撫で回し、指先が丁寧に動いて揉みほぐしてくる。
その感触がどうにも心地良くて意識が蕩けてしまい、他のことが何も考えられなくなっていた。
やがて、延々と続いた愛撫から解放されたティファニアだったが、既に心身ともに限界だった。
これ以上、愛撫が続けば自分はおかしくなっていたかもしれない。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「あらあら、のぼせちゃったのかしら? ごめんなさいね、私ったら」
隣でぐったりと横たわるティファニアを、カトレアはいつまでも慈愛の眼差しで見つめるのだった。
◆
ティファニアとカトレアの部屋は女子寮の同じフロアにあり、ほぼ向かい側に位置している。
そのカトレアの部屋に招かれていたティファニアはベッドに腰掛け、隣に座る彼女に髪を梳かしてもらっていた。
「とっても綺麗な髪ね。あなたの服とも色がピッタリでよく似合うわ」
「亡くなった母のお下がりなんです」
ゆったりとしたネグリジェに身を包むカトレアと違い、ティファニアの寝間着は私服である草色のワンピースである。
他の貴族の子女と違って私物なんてほぼない彼女は貴族達が着るような寝間着を持っていない。
チョーカーも外しているので、耳は元の形のままだった。
――ニャアゥ。
部屋の中をティファニアがちらちらと見回すと、そこかしこにカトレアが連れてきている動物達の姿があった。
子犬に子猫、子熊に虎と色々な動物達が床の上で寝そべっている。
「あらあら。駄目よ、邪魔をしちゃ」
何匹かのリス達がティファニアの膝の上に登ってくる。
動物達はみんな気を許しているようで、足元に寄り添ってきたりもしていた。
昼間は中庭で放し飼いにされていた時でさえ、さながら動物園みたいだったというのに、この部屋は今まさに動物達の楽園と化しているのだ。
「どうしてこんなにいっぱい連れてるんですか?」
「みんな私の大切な友達だから。昔から、ずっとね」
ブラシを置いたカトレアは自分の膝の上にもやってきたリスを両手に乗せ、その小さな頭を指先で撫でる。
「私はね……ほんのちょっと前までずっと病気だったの。だから、子供の頃から領地の外に一歩も出られなかったのよ」
唐突な言葉にティファニアは驚き目を丸くした。
「ルイズやエレオノール姉様みたいに魔法学院に通うこともできないし、仲良くできるお友達もいないから寂しくて……だから、屋敷の近くの森や出歩ける場所まで散歩をしに行ってはこの子達を見つけて拾ってきちゃうの。寂しさを紛らわすためにね……」
言葉通りに寂しげな眼差しで微笑むカトレアは部屋中にいる動物達を見回す。
「ずっと籠の中の鳥のまま、一生を終えるんじゃないか……病気は治らないんじゃないかって、諦めてたくらいよ」
昼間は生徒達に授業を教え、長話まで平然とできるほど元気な人間が、ずっと何年も病気でいたなど、ティファニアにはいささか信じられなかった。
つい最近まで病に伏せていたのが一体、どうしてここまで元気になれたのが不思議でならない。
「でもね……私をその籠の中から出してくれた人がいたの。ルイズを見守ってくれているあの人のおかげで、私はこの学院まで来れたのよ」
「スパーダさんが?」
「ええ。あの人が、私にお薬をくれたの。おかげで、すっかり体が良くなっちゃったわ。今までずっと閉じ籠っていたのが嘘みたい」
嬉しそうに微笑むカトレアにティファニアは納得した。
悪魔の秘術で作られたマジックアイテムのおかげで、ティファニア自身もこうしてこの学院に身を置くことができている。
ならばカトレアの病も治すのはきっと朝飯前だろう。
「こうしてティファニアさんともお友達になれたのも、あの人のおかげだわ。どれだけ感謝をしても足りない……」
うっとりとしながらカトレアはティファニアの手をそっと握った。
昼間は優雅な大人の貴婦人であったはずが、今ここにいるのはまるでティファニアと同じ少女のようだった。
(この人も、わたしと同じだったんだ……)
ティファニアはかつてアルビオンの森の奥でひっそりと暮らしていた。それでも自分の周りには仲良くできる幼い子供達がいてくれたから、孤独になることはなかった。
カトレアもまた、病のせいで限られた場所の中でしか出歩くことを許されず、話し相手は動物達だけだった。
境遇は違えど、お互いに外の世界を自由に羽ばたくことなどできなかったのだ。
だが、二人の乙女はスパーダによって〝自由〟という掛け替えのないものを与えられたのである。
おかげで、似たような境遇の二人が引き合わされたのだ。
その後、ティファニアはカトレアと一緒にベッドの中に入っていた。
自分の部屋にも備えられているベッドはウェストウッドや世話になっていた修道院のものとはまるで違う。
(何だろう……懐かしいな)
貴族のベッドは一人で寝るには大きすぎて落ち着かないのに、カトレアが一緒にいてくれると不思議と心が安らぐ。
そういえば、亡くなった母とはいつも一緒のベッドで眠っていたのだ。不思議とあの頃のような安らかな気持ちを思い出す。
「誰かと一緒に寝るのは、あなたで三人目ね」
「? 他に誰かと寝たことがあるんですか?」
「ええ。ルイズと……それに、アンリエッタ女王陛下」
「女王陛下と?」
「陛下が小さい頃は、よく私達のお城にお泊りに来てくれてたから。ルイズは今でも、家に帰ってくると私と一緒に寝たがる甘えん坊さんだけど」
クスクスと楽しそうに語るカトレアに、ティファニアは小さく溜め息を吐く。
カトレアはティファニアの方を向きながら、言った。
「……早く帰って来てくれると良いわね。私、スパーダさんともっとたくさんお話をしたいもの。私達に自由の翼を与えてくれた、あの人と……」
「みんな、無事ですよね?」
保護者のマチルダも、ルイズ達も今頃、アルビオンで何をしているのかティファニアには見当もつかない。
だが少なくとも、スパーダが果てるようなことは絶対にあり得ないだろうという確信だけは不思議と抱くことはできた。
「ええ。きっと……ね」
カトレアもまた同じ思いな様子だった。
二人の乙女はお互いに慕う魔剣士スパーダの帰還に想いを馳せて共に眠りに就く。
この日、魔法学院の女神と妖精は共に新しい友人を得た。
歳は離れていても、生徒と教師の立場であっても、その身に流れる血に違いはあっても、確かに心を通わせ合うことができたのだ。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定