前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について   作:しらたま大福

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長谷川幸一(鶴見篤四郎)の妻、フィーナ成り代わりです。

※本作では、「フィーナ」を略称と判断させていただきました。
よって今作の主人公「フィーナ」の本名は「ルフィーナ」。略称を「フィーナ」と設定しております。基本的にはフィーナで通す予定ですが、所々「ルフィーナ」という名前で出ることもあります。その場合は、誤字でなく仕様となっております。

ちなみに、娘の「オリガ」の愛称は「オリューシャ」です。


はじまり~網走監獄編
私はラスボスの妻です


 ズキズキとした頭の痛みと、肩の鈍痛で目を覚ました。真っ白なカーテンと、ツンとした消毒液の匂い。傍らに置かれたベビーベッドには、愛娘がスヤスヤと安らかな寝息を立てて眠っている。

 意識を失う寸前の記憶と、肩の鈍痛、ベッドを囲むように垂らされている白いカーテン。その全ての情報を結合させてから考えられるこの場所は……恐らく病院だろう。耳をすませば、聞こえてくののは娘の規則正しい寝息と、私が動くたびに擦れるシーツの音のみ。多分この部屋には私たちの他には誰もいない。

 

 ベビーベッドで眠る愛娘を抱きあげれば、暖かな体温がおくるみ越しに伝わってきて、確かに腕の中には命がある事を感じさせられた。

 

 相変わらず頭痛は続いている。

 今頭の中にある数多の記憶を整理していけば、私が今がとんでもない状況になってしまったという事に気づいてしまった。

 

「うわぁ……どうしよう」

 

 思わず口に出たのは、〝前世"で慣れ親しんだ日本語。思ったよりもすんなりと飛び出した言語に、私は思わず遠い目になってしまう。“私”が“私”と一緒になったと言うことを嫌でも理解してしまった。

 

 撃たれた左肩の痛みとは別に主張をしている頭痛のタネはただ一つ。

 

「私の夫、ラスボスだったわ」

 

 今世の私フィーナが、この世界でのラスボスである鶴見篤四郎の妻になっていたことである。

 

「……いや、旦那がラスボスって詰んでない?」

 

 私のその悲壮な声に答えてくれる人物はこの場にはいなかった。

 

 

 

 皆さん、ゴールデンカムイという変態達がアイヌの埋蔵金を巡って刺青人皮の争奪戦をする漫画をご存知だろうか?

 ゴールデンカムイとは、北海道・樺太を舞台とした金塊を巡るサバイバルバトル漫画であると同時に、皆大好きラッコ鍋、フリチン祭り、すげべなマタギ、変態のオンパレード、公式が一番おかしいと言われているとんでもない漫画(褒め言葉)だ。

 

 まぁ、簡単に内容を説明すれば、各々の人間達が己の目的のために金塊のありかのヒントが記された刺青囚人の皮を集め、金塊をゲットしようとあの手この手で策を巡らせる話である。

 

 さて、このゴールデンカムイという漫画。アイヌの埋蔵金を巡る戦いであるが、大きく分けて三つの派閥がある。

 一つ目は、主人公杉元佐一が相棒アシㇼパと脱獄王の白石をメインとした通称:杉元一派。

 二つ目は、あの新撰組鬼の副長土方歳三、同じく新撰組最強剣士永倉新八、不敗の牛山こと牛山辰馬、美人な医者(中身は老人)な家入カノをメインとした通称:土方一派。

 三つ目は、叛逆の情報将校鶴見篤四郎をリーダーとし、その右腕の鬼軍曹月島基、薩摩の貴公子鯉登音之進、サイコパス鶴見信者宇佐美時重、復讐の双子二階堂がいる通称:第七師団。

 

 主にこの三つの派閥が金塊のありかを巡ってバトルを繰り広げる。最終的に、この漫画は鶴見中尉がラスボスとなって杉元達の前に立ちはだかるのであるが……まぁそこら辺の詳しい話は是非とも単行本を買って読んで欲しい。ちなみに、私は転生した影響かは分からないけど、原作の内容ほとんど飛んだけどね!!

 

 さて今一番大事なことなのが、私がそのラスボスである鶴見篤四郎の妻フィーナに転生してしまったということだ!! 

 しかも、このフィーナと娘のオリガ、原作開始の時点でとっくにお亡くなりになっている。その亡くなった理由というのが、アシㇼパの父であるウイルクのせいであるが一旦そこの死因は置いておこう。間違いなくフィーナとオリガの死は、鶴見篤四郎という人間の中に大きな傷跡を残している。最愛の妻と娘の死、戦友達の死、数多の死を乗り越えた先に夢見たのは、自らが指導者となり北海道に軍事政権を作る事だった。その夢の実現のために、軍資金として彼は刺青人皮及び、アイヌの埋蔵金を狙うこととなる。

 

 さて、そんな原作であるが……現在の時間軸的におかしいことになっている。

 それは――フィーナ(わたし)とオリガが死ぬべきところで死んでいないという事だ。

 

 私がこの肩に受けた弾丸は、本来だったら私の背中から貫通しオリガまで届いていたはずだ。だがしかし、私の胸を貫くはずの弾丸は肩へと被弾し、娘は無事で、私は生きたまま病院に運び込まれた。よって、オリガは五体満足で傷一つない元気な赤子、私は肩に被弾したけどピンピンしている。今のところ死ぬ気配は一切ない。

 ……はい、大幅な原作クラッシャーですね!! え、この先どうすんの!?

 

 本当だったら、長谷川幸一こと鶴見篤四郎は死んだフィーナとオリガの小指をかじりとり、最後まで大事に取っておくはずだけど……私とオリガの小指は無事だ。いやぁ本当に良かった……生きてるのに旦那に小指かじり取られてたとか笑えない展開にならなくて……。

 

 …………。

 

「……はぁ」

 

 小さくため息をついて、私は再び現実と向き合うことにした。

 うん……私たちが生きていることによって、確実に原作は狂い始めるだろう。

 

「オリガ……」

 

 せめて、この子だけでも生き残らせてあげたい。

 

「……私たちの可愛い娘」

 

 赤ちゃん特有のまろい頬にミルクの匂い。オリガは間違いなく私たちの愛しい娘。なんとしてでもこの子が生き残る道を探してあげなければ……。

 

 このままロシアにとどまっては駄目だ。

 旦那がスパイだったと秘密警察にはバレてるし、あの銃撃戦で皇帝殺しの犯人であるウイルク達が長谷川幸一と一緒にいたことすらもバレているかもしれない。そうすれば、旦那の件はワンチャン知らなかったで通せるかもしれないが……、テロリストを匿っていたことで罪に問われるかもしれない。

 最悪自分だけが罰を受けるだけならいいが……オリガが危険な目にあったりしたら……この先は考えたくない。

 

 となると、今の私の状況からできる行動はというと……。

 

「よし、日本に逃げよう」

 

 こうなったら逃げるに限る。

 私は多少は乗馬は出来るが戦闘能力皆無、おまけに頭もあまり良くないし、口も上手じゃない。ポンコツでお荷物な私はどう頑張ってもこの先ここで生き残るビジョンが思い浮かばない。私みたいな弱者が生き残るために出来ることと言えば、逃げることぐらいだ。

 

 幸い実家に戻ってなさいって言われた時に夫から「何かあった時に」と金貨を持たせられているんだ。荷物も没収されてないし、金貨がこれぐらいあればきっと前世の故郷である日本に逃げることは可能だ。

 原作ではロシアに残ったソフィアは監獄に収容され、日本に渡ったウイルクとキロランケは捕まることなく最終的に家庭を持っていた。ウイルクは捕まったが、あれは鶴見中尉の追っ手から逃れるために自主的に捕まったものだし、キロランケに至っては原作開始まで捕まらずに過ごしている。多分日本の方が捕まる確率は低い。

 一番の大敵である言語の壁は、私の前世の記憶というチート技があるため大丈夫だろう。現に今無意識のうちにしゃべるのは日本語になっているし。……大丈夫、きっといける。

 

 

 原作では既に亡くなり、夫の元には私とオリガの小指しか残っていない筈だった。生き残ってしまった私達の運命は分からない。原作の修正力で死ぬかもしれないし、運良く生き残るかもしれない。

 私はこの子を死なせたくないし、私も死にたくない。

 

 ――運命は自分で切り開くものだ。私の人生も、この子の人生も、ここでなんか終わらせない。

 

「オリガごめんなさい。あなたにはこれから大変な思いをさせてしまうことになるけど……私はあなたを愛しているわ」

 

 娘の額に口付けをひとつ落とす。

 覚悟は決まった。

 

「お願い、賢いオリガ。静かにしてね」

 

 娘を背負い、痛む肩に顔をゆがめながらこっそり病院を脱出した私は知らなかった。

 

 この病院は鶴見篤四郎が一部の人間に手を回しており、ある程度フィーナの体調が回復したら極秘で日本へと帰った鶴見の元に連れて行かれる事になっていることに。

 そして、病院からフィーナとオリガが消えたという報告を受けた鶴見篤四郎の絶望を――。

 

 

 

 私は何も知らなかった。

 

 

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