前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
夕張から月形へと向かう途中。囚人達がコタンを乗っ取りアイヌのふりをして潜んでいたという事件があったが、オリガの機転と杉元の暴走で結果的には丸く収まった。
今まで利用されてきたアイヌの女達によって持てなされた一行は、わずかな間だが束の間の平穏を過ごしていた。
オリガは一度きちんとアシㇼパと話してみたかった。一番近い年頃の子供として、父親がくせ者だという者同士で。
「アシㇼパ」
「ユキコ、どうした?」
「少し話があるんだけど」
「いいぞ」
コタンを少し離れ、森の静かな場所へと赴く。年頃の娘が、親に隠れて恋バナをするかのように身を寄せ合って話す姿は、他から見れば微笑ましい光景だ。
アシㇼパと向き合って座ったオリガは、単刀直入に話へ入る。
「アシㇼパは父親の事が好き?」
「アチャの事は好きだ」
アシㇼパには、母親の記憶がほとんどない。あるのは父親と過ごした日常と、父親から教えられた狩りの知識、そしてフチとの記憶だ。アシㇼパにとっての家は、父と祖母のみだ。
「だけど……今はアチャのことが分からない」
間違いなく杉元と出会って旅をする前だったら、父親は好きだと答えられただろう。
「『のっぺらぼう』が本当にアチャなのか、それとも別人なのか……私には分からない」
「だから、網走まで確かめに行く」
「そっか」
「そういえば、ユキコとクレハはどうして金塊を探している? お前達も金が欲しいのか?」
「私達……というか私は、そこまで金塊に興味は無いわ。まぁあって困ることはないから、全くいらないって訳じゃないけど」
「じゃあ、金塊よりも重要な訳があるのか?」
アシㇼパからの問いかけに、オリガは少し考えるように目を閉じ、ゆっくりと口を開いた。
「……嫌な人がいるの。その人が金塊を探してて、私はその人が金塊を手に入れるのを阻止したかったの」
「随分変わった理由だな」
「他の人に比べれば確かにそうだと思うわ」
初めは嫌がらせのつもりだった。自分と母親を捨てたくせに、追いかけてきた母の姿を見て施しをしてきた父親に目に物をみせてやろう。そんな気持ちで始めた旅だった。
しかし『のっぺらぼう』の話を聞いて、一方からの視点からの憶測は当てにならないものだと知った。
「のっぺらぼうの話を聞いて、私も色々考えるようになったの」
オリガは、幼い頃母親に「どうして日本に来たの?」と聞いたことがあった。その時母は「父を愛していたからよ」と悪戯っぽく答えた。母のその表情は、自分に向けてくれる暖かい表情と大差なかった。オリガは幼いながら、きっと母親は自分たちを捨てた父親を諦めきれなくて日本まで追いかけてきたのだと考えていた。
でも、真実は違った。オリガは幼い頃からロシア語と日本語、どちらも理解してる賢い娘であった。
六歳の頃、当時よく遊んでくれた近所のお兄さんが、樺太からやってきた船が停船しているところに遊びに連れて行ってくれた事がある。その時、船に積まれていたロシア語の古い新聞に――母の本来の姿と名前が載っていたのだ。記事の内容はこうだ、『夫である長谷川幸一にスパイ容疑が掛かっており、重要参考人として行方を追っている』のだと。
その記事を読んで、オリガは理解してしまった。母がどうして生まれたばっかりの自分を連れ、慣れない日本へとやってきたのか。父は母を利用するために近づき、正体がバレたから簡単に母と自分を捨てたのだと。オリガはそう思ってしまったのだ。
「どうして、あの人は私とマーマを捨てたのかって」
一度思い込んでしまえば、簡単にはその認識は変えられない。父が鶴見篤四郎として接触してきたときも、第六感からこの人が父親だと理解しつつもどこか心の奥底では恨んでいて、その好意も何か裏があるんじゃないかとオリガはずっと疑っていた。
「父が私たちの前から居なくなったのは、やむを得ない事情があったのか、それとも私達が邪魔になったのか」
オリガが知ってしまったのは、真実の一部分でしかない。ここまで来るのにあたって両親の間に何が起こったのかは、他者からの情報でしか得られていない。明らかに情報不足だったのだ。
もしも母が利用されて捨てられたとしたら、さすがにあのどこか抜けている母だって今も父親のことを好きで居るはずもない。そんなことになれば、100年の恋だって簡単に覚めるだろうに。
なのに、フィーナは今でも鶴見篤四郎を愛している。
「私は――真実を知りたい。パーパが私たちを愛しているのか、それともただの同情なのか」
オリガは初めて知ってみたいと思った。
父親の思いを、あの日なにがあったのかを――。
「ユキコ……」
「アシㇼパ、女の子同士の約束よ」
オリガはクスリと一つ笑みを零し、口元に人差し指を持って行った。
「私が父親を知っていることを、マーマは知らない」
オリガが鶴見篤四郎と秘密のお茶会をしていた期間は八年だ。その間にいくらでも聞こうと思えば真実を聞けたのだ。
だが、真実を知ろうともせずに仮初めの事実を信じていたのは、彼女自身の幼さゆえだった。
「私は自分のことしか見えてなかった。大人は大人なりの事情があるのに、私は自分の感情ばっかり優先してあの人の事情を知ろうともしなかった」
それは、自分は賢いという慢心さゆえにだった。賢いとしても、所詮子供は子供。その視野の狭さはしょうがないものだった。
「だから、私はマーマが愛しているあの人の本当の姿が知りたいの」
オリガは覚悟を決めた。恐らくアシㇼパ達が網走監獄に着いたときに、こちらに向かってくるだろうと確信している父からも真実を聞くことを。
「ある意味、私達は似た者同士だな」
「えぇ」
アシㇼパとオリガは誓った。網走で全ての疑惑を確かめることを――。その小さな二人の誓いを知るものは、今この場に居る二人しかいない。
*
さて、偽コタン事件がありつつも、詐欺師の鈴川聖弘を引き連れなんとか月形の土方一行と合流することになった杉元達。互いの無事を確認したその時、一人の男の姿が見当たらないことに気づいた。
「あれ、白石は?」
「捕まった」
白石由竹、第七師団に捕まる。