前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について   作:しらたま大福

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薩摩の奇公子

 フィーナはオリガと話すと決意したものの、土方陣営と杉元陣営の混合陣営では、人が多すぎて中々二人っきりになる機会がなかった。フィーナはオリガが知りたいというのであるならば、自身の前世の記憶(秘密)を話す覚悟だった。前世の記憶があるということは、簡単に信じられることではないが出来ればあまり人には教えたくないと思うのは当然だろう。ましてや彼女の場合、うっすらであるがこの世界のあるかもしれない未来を知っているのだ。慎重になるのもしょうがない話である。

 

 そんなわけで、結局フィーナはオリガと話せないまま白石由竹奪還作戦が始まった。

 

 直接第七師団に乗り込むのは、鈴川&杉元(スケキヨの姿)と、不測の事態に備えて狙撃準備をしている尾形百之助である。それ以外の人員は、少数の組み合わせで旭川の町で他の刺青人皮の情報などの情報収集を行っていた。

 

 フィーナとオリガは、二人で旭川の町を歩いていた。土方から、もしも鯉登少尉を見かけたら足止めをしておけと言われていたが、そんな都合のいい話はないでしょうと親子は話す。

 それがフラグだったということも気づかずに――。

 

「ゆ……ユキコ?」

 

 ぽつりとオリガの偽名を呼ぶ声がした。その声に二人が振り返れば、浅黒い肌に、特徴的な眉毛をしたイケメンがぽかーんとした顔でオリガの事をじっと見つめているではないが。

 オリガはそのイケメンを視界に捉えると、すぐにふわりと花が咲くように微笑んだ。

 

「まぁ、音之進様!」

 

 オリガへと声をかけたのは、鯉登音之進その人であった。まさかのご本人登場に、オリガとフィーナは内心少しだけビックリしたが、すぐにその表情を一般人のそれに変える。

 

「ないごてこげんところにおっと!?」

「ふふふ、旅行ですわ」

「ゆうてくれたや色々案内したんじゃけど」

「音之進様はお忙しいお人ですから、私の我が儘でお手を煩わせるわけにはいきませんもの」

「そげん遠慮しやんな」

 

 鯉登少尉とオリガが二人でしゃべっている現場を見ながら、フィーナは気づいてしまった。

 鯉登少尉のその表情の意味を。オリガと話す鯉登少尉は、早口ではないもののうっかり薩摩弁が出ており、彼のその頬は浅黒い肌でも分かるほどほのかに色づいている。

 何より、無駄に年を重ねただけじゃないフィーナの目から見て、鯉登少尉のオリガを見る目は完全に恋する男の子のものだったのだ。

 娘が若い男性から思いを寄せられているという光景に、フィーナは「すごい、若いって素晴らしいね……」と微笑ましい気持ちになった。

 

「音之進様、実は旭川を旅行先に選んだのは……あなた様がこちらでお勤めになっていると伺ったもので」

「!?!?」

「最近全然団子を買いに来てくださらなかったので、私少し寂しかったんです」

「お……おいがおらんで寂しかったと?」

「えぇ、とても寂しかったです」

 

 眉を下げ、寂しそうに地面へと視線を落とすオリガ。もしも彼女に兎の耳が付いていたのだとしたら、今頃その耳はかわいそうなほど垂れ下がっていたに違いない。

 

「もしかしたら……と淡い気持ちを込めてこちらに来たら、まさか本当に音之進様と会えるだなんて思いませんでした」

 

 オリガは小首を傾げ、斜め45度から身長の高い鯉登少尉を見上げて上目遣いを決める。フィーナと同じアクア・ティメントの瞳にほのかな淡い光がともった。そして、その小さな赤い唇から――究極の口説き文句が出る。

 

「もしかして……運命ですかね?」

「う、運命!?!?」

 

 オリガのその言葉に、鯉登少尉はうっすら赤みがかっていたはずの頬を真っ赤に染めあげた。そんな鯉登少尉の姿に、オリガはふっと小さく微笑んだ。

 

「あら、音之進様お顔が真っ赤ですよ?」

「だ、誰のせいじゃ思うて!! 年上をからけやんな!!」

「ごめんなさい、ついつい音之進様がお可愛いらしくて」

 

 クスクスとオリガは笑えば、鯉登音之進はムッと子供のように頬を膨らませ、恨めしそうに「ユキコ」と名を呼んだ。その姿は、明らかに年下の魔性の少女に翻弄される年上系男子。これはラノベとかにある好きな人は絶対に好きな関係性のやつだ。

 

 オリガが元気に鯉登少尉を誑かしている姿に、二人の世界からおいて行かれているフィーナは思わずその姿に自分の夫の姿を思い出した。彼女の記憶の中の彼もまた、新婚期に今のオリガのようにフィーナを真っ赤に染め、その染まった頬を嬉しそうに撫でる趣味があった。フィーナは間違いなくオリガは鶴見篤四郎(長谷川幸一)の子だなと改めて思った。

  

「あ」

 

 オリガは、散歩ほど後ろに下がって生ぬるい目をしている自分の母親の姿を捉えた。そして、にっこりと笑ってフィーナの腕を掴み鯉登少尉の前へと連れて行く。

 

「音之進様、私の母様を紹介しますわ!」

 

 オリガからの紹介に、フィーナはにっこりとよそ行きの笑顔を纏って鯉登少尉に挨拶をする。

 

「はじめまして、ユキコの母のクレハです」

「ユキコの母親……」

 

 母親という言葉を聞いて、鯉登少尉の背筋は無意識のうちにピンと伸びた。失礼にならない程度にオリガとフィーナの顔を見比べて、所々似ている造形に「確かに似ているな」と思った。

 偶然ではあるが、気になる人に母親を紹介して貰えた。その意味に少しだけ鯉登少尉の気持ちは上を向いた。

 

「はじめまして、鯉登音之進と言う」

「まぁ、お若くて格好いい軍人さんですね、いつもユキコがお世話になっています。この子もまだ幼いですから、たくさん鯉登様にご迷惑をおかけしているでしょうけど、これかもどうぞユキコをお願いします」

「……あぁ!」

「もう母様ったら……」

 

 親子と鯉登少尉の間に朗らかな空気が漂う。

 ふと、オリガは遠くの方で一人の軍服の男が辺りを見回していることに気づく。もしかしたら、鶴見中尉にいるはずのない犬童が旭川に現れた事が知られたのかもしれない。そして、その犬童の化けの皮を剥がすために、お気に入りの鯉登少尉を向かわせるのかもしれないと見抜いた。

 オリガはそうはさせるかと、鯉登少尉に向かって話題を振る。

 

「そういえば音之進様、ここら辺にどこか美味しいご飯屋さんはありませんか?」

「飯屋か……洋食だったらこの道をまっすぐ行って――」

 

 道順を説明しようとする鯉登少尉に、フィーナは待ったをかける。

 

「あの……鯉登様。お恥ずかしながら、私方向音痴でして……もしお手隙でしたらご案内していただけると大変嬉しいのですが……」

「母様、音之進様はお忙しいお方なのですから我が儘はおやめください」

 

 窘める娘に、申し訳なさそうな母親。そんな姿に道案内ぐらい大丈夫だろうと結論づけた。

 

「ユキコ大丈夫だ。多少だったら席を外しても問題はない」

「本当ですか! 音之進様はやはりお優しい方ですね」

「これぐらいどうってことはない」

「鯉登様のようなお優しく格好いい殿方が、将来ユキコと結婚して息子になってくれると嬉しいです」

「キ、キェェェェ!!(猿叫)」

「か、母様!」

「あら、変なこと言ってごめんなさいね」

 

 この母親、わざとである。可愛らしい恋心を利用するのは悪いとは思っているが、作戦のためと恋バナ大好きなおばさんの性が出てしまったのだ。こんなことをする辺り、ある意味オリガは人誑しのサラブレッドと言えるのではないだろうか。

 

「音之進様!」

「ではお願い致します」

「……あぁ」

 

 こうしてオリガとフィーナは鯉登少尉の先導の元、洋食屋へと足を進め始めた。このまま順調に足止め作戦が成功するかと思ったその瞬間――。

 

「――少尉! 鯉登少尉ー!!」

「む」

 

 鯉登少尉の耳に彼を呼ぶ部下の声が届いてしまった。

 

「ここにいましたかっ、鯉登少尉殿!!」

「どうした、何かあったのか?」

「鶴見中尉からッ、至急本部に戻るようにと!」

「なに、分かった!!」

 

 真面目な鯉登少尉は、敬愛する鶴見中尉からの命令にすぐさま本部に戻ることとなった。

 

「ユキコ、母君、すまないが急用なので失礼する」

「えぇ、お仕事頑張ってください」

「お邪魔してごめんなさいね」

 

 こうして、オリガとフィーナは二人で走って行く鯉登少尉を見送った。作戦は失敗。去って行ってしまった鯉登少尉の背が見えなくなったところで、オリガは隣に立つフィーナへロシア語で話しかけた。

 

『マーマ、これはまずいことになったわ。彼、お馬鹿なところもあるけど、本当に地頭はいいのよ』

『……杉元くんたち、大丈夫かしら』

『とりあえず、土方のおじい様達に彼が行ってしまったと知らせないと……』

 

 流石にあのタイミングであれ以上引き留めろというのは無理がある。土方達の元に向かおうときびすを返そうとしたその瞬間。

 

「ユキコ!!」

「え、アシㇼパ!!」

 

 アシㇼパが馬に乗って現れた。オリガ達のそばで馬を止まらせたアシㇼパは、オリガに向かって手を出す。

 

「行くぞ!!」

「えぇ!」

 

 オリガはアシㇼパの手を取って馬へと乗り込む。アシㇼパはオリガが後ろから手を回したことを確認するや否や、馬の手綱をぎゅっと握り直した。

 

「ではオリガを借りるぞ!」

「そういうわけで、私はアシㇼパと行くから連絡よろしく!」

 

 走り出す馬、遠ざかる二人の少女の後ろ姿をフィーナはただ見送ることしか出来なかった。

 

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