前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について   作:しらたま大福

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大雪山

 

 犬童が鈴川の変装だと鯉登少尉に見破られたものの、白石を回収して無事に旭川本部から気球隊の試作機を奪って逃走に成功した杉元一行。途中鯉登少尉が執念で試作機に乗り込んでくると言うアクシデントがあったものの、白石の捨て身の跳び蹴りのおかげで事なきを経た。そして、その後すぐに合流したアシㇼパとオリガを連れて一行が乗る気球は進む。

 しかし、突然の機械トラブルに見舞われすぐに降りる羽目となる。杉元の怪我と、気球という目立つ移動手段のせいですぐ傍まで追っ手が近づいていた。

 

 すぐ傍まで近づいた追っ手から逃れるために、一行は大雪山を越える決意をする。崩れた天候、穴を掘れるほどの残雪はなく、燃やせる木も残っていない。白石は低体温症で錯乱しており、皆が同じくなるのは時間の問題だった。

 そんな絶望的な状況の中、アシㇼパはエゾシカを見つけて三頭撃てと言った。尾形が二頭同時に、杉元が一頭。無事にエゾシカを三頭確保すると、アシㇼパは大雑把でいいから皮を剥がせといった。錯乱した白石を確保して服を着せエゾシカの中へ放り混み、杉元とアシㇼパ、尾形とオリガもエゾシカの中へと体を滑り込ませた。

 

「尾形、もっと奥に行って頂戴。足が少し寒いわ」

「注文が多いな」

 

 そう言いながらも尾形は素直にもう少し奥へと詰めた。尾形のその素直じゃない態度にオリガは難儀な性格だなと思いながら尾形に習い奥へと詰めた。足下の寒さがなくなりオリガは満足だ。

 

「五月蠅いわね、誰が鯉登少尉を足止めしてたと思ってるの」

「ハッ、あのボンボンにはお前みたいなちんちくりんの色仕掛けでも通じるんだな」

「本当に尾形は失礼ね」

 

 呆れたようにため息をつくオリガ。いつか人のことをちんちくりんと馬鹿にする尾形を見返させてやろうと心の中でそっと誓った。

 

「ねえ尾形」

「なんだ」

「あなたから見たパーパってどんな人?」

 

 オリガからの問いかけに、尾形は間髪入れずに答えた。

 

「たらし」

「そっか、誑しか~」

 

 オリガは鯉登少尉が父親に心底心酔している姿をみたことがあるので、すぐにその言葉に納得した。確かにあんな美中年に優しい言葉を囁かれたりしたら一発で落ちてしまうのはしょうがない話であろう。

 

「お前にそっくりだ」

「失礼な、私は意図的に誑かすこともあるけど、向こうが勝手に惚れているのよ」

「自意識過剰」

 

 オリガの記憶の中、異性に特に思わせぶりな事をしなくてもいつの間にか勝手に惚れているというケースは多かった。

 

「そんなことないわ、これも全て私がマーマに似ているからでしょうね」

「お前はどちらかといったら中尉似だろうが」

「中身はね」

 

 オリガも、自分の中身は父親である鶴見篤四郎に似ているとつくづく思っている。しかし、あまり他の人間は理解していないが彼女の母親もまた鶴見とは違った意味での魔性をかね備えた人間であった。

 

「でもマーマだって結構ああ見えて策士よ。鯉登少尉に会ったとき、私のとっさの足止めに合わせて別に方向音痴でもないのに「方向音痴です」ってさらっと嘘をついたりするぐらいの機転を持ち合わせているわよ。そして何より、”あの”パーパはああ見えてマーマにぞっこんなんだから」

「あのクレハがね……」

「その声、信じてないわね」

 

 尾形の中のクレハことフィーナは、オリガとは似ていない母親だと思っていた。オリガが無害なふりをした遅効性の毒薬のような少女。その母親はどこにでもいる普通の一般人。なんなら、鶴見中尉と結婚したのも本人に利用価値があるから誑かされたんだろうと思うほど平凡な女だった。

 

「マーマはすごい人よ、今はまだその時がきてないだけだから」

 

 オリガは後ろに居る尾形の胸元へと後頭部をぐりぐりと押しつけた。「なんだ」と返す尾形にオリガは自分の思いを吐露する。

 

「私、網走でパーパに会うわ。あの人は絶対網走監獄へとやってくるわ。しかも、暗号を解く鍵を持っているアシㇼパが網走に来ているタイミングで」

 

 そう話すオリガの声音は、――数ヶ月前に出会ったときと全く変わっていた。その声は、憎悪に満ちていたものではない。

 

「お前は鶴見中尉に会って何をする」

「私は確かめたいの、あの日何があったのか。私達が本当にあの人に愛されているのか、それともただの同情なのか」

 

 鶴見を拒絶したあの日、オリガは冷静ではなかった。片親で、しかも外国人である母の苦労を、そしてそんな母が父を心から愛していることを知っていた。父の心なんて知らないし、母が故郷を追われた結果しかしらない。だから、過去の女に同情で面倒を見ようとしていると決めつけた。

 同情という感情で面倒を見られるなんて、彼女のプライドが許せなかった。

 

「――そうか」

 

 少女は前を向いたのだ。子供から大人になるように、世の中の全てを受け入れ、かみ砕き、受け入れるということを。その結果がどんなものになったとしても。

 

「ねえ尾形、もしも私がパーパの元から帰ってこなかったら……マーマを連れて逃げてね」

 

 狭いエゾシカの中、背中から伝わる心地よい体温にオリガのまぶたがゆっくり閉じられていく。あらがいがたい眠気が、オリガの口を軽くする。普段だったらせき止めていたはずの気持ちが、口からあふれ出てくる。

 

「あの人はまだマーマに会うつもりはないから、そんな中私が勝手にマーマを引き合わせるのは……二人にとって良くないことだと思うから。あの人、ああみえてロマンチストなところがあるから、再会はもっとドラマチックにしたいとか考えてそうだし」

「……お前は父親を恨んでいるんじゃなかったのか」

「恨んでいた、憎んでもいたよ」

 

 オリガが鶴見を恨んでいたのは事実だ。恨んでいたとしても、『あしながおじ様』として共に過ごした穏やかな時間があったということもまた事実である。心の中で父親のことを訝しんでいても、頭の良い父から様々なことを教えて貰えるお茶会は嫌いじゃなかった。

 

「でも……もしかしたら"愛されている”かもしれない」

 

 母と自分を捨てたのは、やむを得ない事情があったんだとしたら。都合の良い”もしも”を夢見てみたくなった。

 

「そう思ったら、あの人に確かめてみたくなった」

 

 母からの愛に偽りはない。オリガは母フィーナから愛されていたし、オリガも母を愛していた。それだけあれば満足であったし、満たされていた。

 だが、人間というものは”欲張りな”生き物だ。一つが満たされれば、もっと満たされたいと欲張る。少女もまた、母からの愛に満たされれば、今度は父からの愛というものに興味を持った。

 

「自分が傷つくことになってもか」

「……えぇ」

 

 向き合った結果がどうであれ、オリガはそれを受け入れるとアシㇼパと共に誓ったのだ。

 

「それに、例え傷ついたとしても……涙の数だけ強くなれるわってマーマが言ってたわ」

「なんだそれ」

「女には男にはないしたたかさを持ってるってことじゃないかしら」

 

 フィーナがオリガに向かって言って聞かせたその言葉は、未来の曲の歌詞であることはフィーナ本人以外誰も知らない。

 

「……ふふよろしくね、頼りになる相棒さん」

 

 オリガの意識は完全に落ち、尾形の耳には規則正しい寝息が聞こえた。か細いその体は少女独特の柔らかさがあり、普通の男だったらドギマギすることだろう。

 

「……」

 

 腕の中に居る人物のせいで暖かいはずなのに、尾形の心の中は酷く冷え切っていた。

 

 

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