前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
網走に向かう途中、北見に寄って写真を撮るというイベントがありながらも、私たちはついに網走へとやってきた。久しぶりに見るカメラに、思わず昔のことを思い出したのはここだけの話である。
さぁ、無事に網走監獄へとやってきた私たちは脱獄王と名高い白石くんの作戦で、監獄内部へと繋がるトンネルをアイヌの小屋で隠す作戦を決行することとなる。ちょうど今の時期は、鮭が捕れるタイミングだ。今のタイミングでしか出来ない作戦であるため、作業する人員以外は近くのコタンで事前準備に追われている。
私たちも例外ではなく網走への潜入の下準備の手伝いをしながら、コタンでの生活を送っていた。
そんなわけで、以前よりも個別行動が取りやすくなったので、今日はオリガに例のことを聞いてみようかと思う。ちょうど今日森に出てどんぐりなどを拾ってくる係は私たち親子だ。合法的に二人っきりなので、内緒話をするにはちょうどいい。
『オリューシャ』
私がオリガを愛称で呼ぶときは、ロシア語で話そうという合図だ。今のところ二人っきりな筈ではあるが、用心に越したことはない。この場でロシア語が分かるのはキロランケのみ。そんなキロランケは今日はトンネル掘りでアイヌの小屋に行っていることは把握している。
だから、多分誰も私たちの会話は分からないはずだ。
『なーに、マーマ?』
『直球で聞くわ、あなたはパパが何者かって分かっているわよね』
『どうしてそう思うの?』
オリガが幸一によく似た
『旭川で鯉登少尉の話を聞いたときから、あなたが"ただの常連さん"の為に薩摩弁を勉強するなんてことはしないと思ったの。薩摩弁は軍の暗号として使われる事もあったほど難解な方言よ。彼にそれだけの"手間"をかける価値があることを知っているから――あなたは薩摩弁を勉強した。そうでしょう?』
私の言葉を聞いたオリガは、こくりと頷いた。そして、黙っていることを諦めたのか彼女はポツリと真実を話し始めた。
『今まで黙っていたけど、実は私はパーパとは八年前から会っているわ』
『は……八年前から!?』
『パーパは、花園公園のお団子が大好きだからよく自ら買いに来てるし、たまに私に珍しい洋菓子とかいっぱいごちそうしてくれたわ』
『……う、嘘でしょ』
きっとオリガは父親の正体を知っていると思っていたけど……、まさかバッチリ交流しているとは思ってなかったわよ!! しかもちゃっかり今時珍しい洋菓子とかごちそうしてるとか……さすが情報将校。娘に対してちゃっかり好感度アップを図ろうとしているのか……。
『一つ言っておくけど、別にあの人に私は陥落したりなんかはしてないわよ。だってパーパの魂胆なんて私は知っていたもの。お菓子程度では私は買収できないわよ』
フンと鼻で笑ったオリガ。本人は大人ぶっているが、私から見たら未だに可愛い子供であるが……今言ったら話の腰を折ってしまうし、へそを曲げてしまうかもしれないから黙っておこう。
『私がこの金塊争奪戦に参加するきっかけはパーパよ。私、マーマと私を捨てたパーパが許せなかったの。だから、パーパが血眼になって探している金塊を横からかすめ取ればきっと仕返しが出来る。あの人の思い描いた戦略をことごとく潰したくってしょうがなかったの』
……うちの子つよぉい。父親に仕返しがしたいがために作戦を邪魔しまくって復讐をするって……強すぎるのでは??
『でも、パーパってマーマのことめちゃくちゃ好きでしょ。多分私が金塊争奪戦に一人で飛び込んだら、何かと理由を付けてマーマを保護していたと思うわ。私の大事なマーマがパーパの手に渡るなんて最悪のシナリオ、私は許せなかった。だから、能力が優秀でマーマをも守ってくれる男手が欲しかったから、私は尾形を仲間に引き入れた』
『そうだったのね』
突然の金塊争奪戦への参加。どこから金塊の情報を持ってきたのかと思っていたけど、あの人のところからだったのね。どうしてお荷物である私まで連れて行くのかと思ったら、私があの人の手に渡るのが嫌だったからだなんて。
確かに、オリガにとって私は唯一の家族であり母親だ。この先オリガが本格的にあの人の邪魔をすれば、私を人質にしてオリガを従わせる事も出来るでしょう。
私が原作知識として知っている鶴見篤四郎という男は、目的のためには手段を選ばない人物だ。
だから、ここでそろそろオリガには私の秘密をしゃべった方がいいと思う。信じて貰えるかは分からないけど、もしもオリガがこの先彼の目的を邪魔するなら、きっと妻であった私ですら利用するに違いない。流石に、母親として子供のお荷物になるのだけは嫌である。
『オリューシャ、今から信じられないと思うけど……マーマの秘密を教えてあげるわ』
『マーマの秘密?』
オリガの顔には「何それ? 美味しいの?」と書いてある。まぁ、オタクじゃなければ前世の記憶うんぬんかんぬんとかよく知らないわよね。オタクの必須教養だけど、オリガはあくまでもパンピーだから前世の記憶とか知らなくてもしょうがないよね。ここは母親として教えてあげよう。
『オリューシャ、私はね前世の記憶というものがあるの』
『……前世の記憶?』
オリガの顔には「何それ? 美味しいの?」と書いてある。まぁ、オタクじゃなければ前世の記憶うんぬんかんぬんとかよく知らないわよね。オタクの必須教養だけど、オリガはあくまでもパンピーだから前世の記憶とか知らなくてもしょうがないよね。ここは母親として教えてあげよう。
『オリューシャ、人には前世というものがあると考えられているわ。私は、ルフィーナという人間として生まれてくる前の記憶があるの。その記憶が、明治より後の時代――つまり未来に生きていた人間の記憶をもって生まれてきたの』
『未来の記憶……』
『そして前世の私はどこにでも居る一般人で、漫画やアニメという娯楽……つまり、本とかの物語が好きだったの。そして、その後の世の本にこの世界の話が載っていた』
ゴールデンカムイという名前でという言葉は飲み込んだ。
『その本の中には、パーパの事やアイヌの金塊についてが載っていた。あの人がどうして私と結婚したのか、あの人がどうして金塊を求めているのか――私は全部知っている。そして、この先起こる筈の事すら本で読んだのよ』
『つまり、マーマは未来を知っているって事?』
『えぇ、それが近いわね。でもね、私の知識は万能ではないし、かなり昔のことだから随分と本の内容は思い出せないの。そして、その本の中と大きく違うことがあるの』
私は大きく深呼吸をしてから、その言葉を紡いだ。
『それは――私が生きているということよ』
『……一体それってどういうこと?』
オリガは首を傾げた。一体何を言っているんだと言わんばかりに、その美しい顔をゆがめている。
まぁ母親が本当は死ぬはずだったという事を聞かされれば、私が大好きなオリガはこういう表情をするっていうのは分かっていたけど。
『
本当はオリガもあの時死ぬはずだった。しかし、この事実をオリガへと伝えることなんて私には出来なかった。私はオリガの生存を心から喜んでいる。だから、この事実は私の心の中にしまい込んでいれば誰にもバレることはない。
愛する娘の死を願う母親なんていない。私はオリガの生存を心から喜んでいる。だから、この事実は私の心の中にしまい込むのだ。
『病院で目が覚めたときに、私はこの先の未来が怖くなった。本当だったら、あの人の未来に私はいない。私は――自分が死ぬのが怖かったし、あなたの身に何かが起こるのも怖かった。
だから、私は全てを捨ててあなたと共に日本へ逃げたの』
『つまり……パーパは私たちを捨ててないって事?』
『正直、それは分からない。私が病院で目を覚ましたときに、既にあの人はいなかったから』
あの人が、私たちを捨てたのかは本当に分からない。逃げ出した後、もしかして私たちを迎えに来るつもりだったのかな……とか少し思ったりもしたが、結局の私は何もかもから逃げてしまったので事の真意は永遠に分からない。
でも日本に来て、ある時から誕生日に送られてくるようになった手紙を見れば……今でもあの人が私たちの事を案じてくれているのは分かっている。
でも本来、あの人から愛されていたのは――私じゃない。
私はフィーナに成り代わってしまった一般人で、原作で最後まであの人に愛されていたのは私じゃないフィーナだ。
だから、今あの人が愛しているのはもしかしたら"フィーナ"という存在そのものかもしれない。私は原作のフィーナという立ち位置に生まれたから、あの人に愛されただけなのかもしれない。
『本来だったら、私はあなたのマーマになっていい人間じゃないの』
『……どうしてそんなことを言うの? 私にとってマーマは、マーマだけなのに!!』
『でも私は原作のフィーナとは違う存在で――』
私が言葉を重ねようとした瞬間、オリガは大きな声を上げた。
『よく分からないけど、原作がなんだって言うの! 私のマーマはマーマだけよ!!』
悲痛なオリガの叫びが、私の心に突き刺さった。
『……ものすごく癪だけど。パーパだってマーマだから、今も愛しているのよ』
その言葉が、嬉しかった。私が
多分私は、ずっと誰かに肯定されたかった。私がここにいてもいいって事を、私が私だから愛されているんだってことを。
『マーマ、大好きよ。だから、そんな悲しいことを言わないで』
誰の代わりでもない、私自身を――愛して欲しかったんだ。
『オリューシャ……ごめんなさいね』
『謝らないで』
そう言ったオリガは、私の腕の中に飛び込んできた。昔よりも大きくなったその背に、愛おしいという思いが積み重なる。オリガがぎゅっと抱きしめる腕の強さが、私に対する愛情というものを表現してくれているようだった。
『愛してるわ、マーマ』
『私もオリガを愛しているわ』
どのぐらいそうしていただろうか。互いに言葉を交わすことなく、ただお互いの体温を感じるだけの抱擁。そんな時間を楽しんでいれば、ポツリとオリガは言葉を紡いだ。
『私、マーマが止めたとしてもパーパに会いに行くわ』
『え、会いに行くって……』
戸惑う私の声に、オリガは凜とした声で答える。
『絶対にパーパはアシㇼパがのっぺらぼうに会いに行く時にやってくるわ』
『……どうして、それを』
朧気な原作知識の中に、確かにそんなシーンがあったような気がする。網走監獄で犬童率いる看守チームと、杉元&土方チーム(裏切りを添えて)と、第七師団チームの三つ巴の戦い。確かそれが原作の流れだったはずだ。
『だって、私とパーパは似ているから。私が思うに、多分のっぺらぼうはアシㇼパのパーパの筈。もしも、私がパーパだったら、絶対にアシㇼパがのっぺらぼうと接触するタイミングで二人を捕縛するわ。多分私たちがもう既に網走に着いているのは、インカラマッからの情報で知っているはずだしね』
流石、あの人の娘……。完璧にあの人の考えを読んでいるわ。しかも、インカラマッがあの人と繋がっていることもちゃんと分かってるし……。
『だから私は、そのタイミングでパーパの元に行ってあの人の気持ちを確かめてくるわ』
『ダメよ、危ないわ』
『止めたって無駄よ、私はぜーったいに行くんだから!!』
頑なに自分の意思を曲げようとしない鉄壁な意思。そんな感情がオリガの瞳からヒシヒシと伝わってきた。もうこうなってしまっては、誰もオリガを止められない。
『……分かったわ。じゃあ一つだけ約束して』
私は一つため息を零してから、オリガへと言って聞かせた。
『絶対に無事に帰ってきなさい』
『えぇ、私を誰だと思っているの!』
『……ふふ、私の可愛くて賢い自慢の娘、オリューシャよ』
『当たり!』
……オリガの身が心配だけど、私にはオリガを止めることは出来ない。この子は、この子なりに考えて出した結論なのだ。だから、私はオリガの意思を尊重し、この子を信じる。せめてこの子の為に、少しだけ覚えている原作知識を彼女のために振る舞おう。
『オシューシャ、聞きなさい。確かのっぺらぼうは、杉元くん達が向かう独房とは違う場所に隠されていた筈よ』
『その知識って、例の原作?』
『えぇ、ほとんど覚えていない役立たずの記憶だけど、無いよりマシでしょ?』
『むしろいい情報よ』
『さすがね』
このことは流石に杉元くん達には伝えられない。原作には原作の流れがあるし、下手に情報を与えて原作を崩壊させる方が怖い。このまま流れに沿っていけば、確かこちらの陣営側に死者は出なかった筈だ。だから……杉元くんたちには申し訳ないけど、この事実は隠させて貰う。
『確か……あの人が監獄内でのっぺらぼうを確保するために、囚人達と開戦を始めるはず。それまで隠れてて、その後は杉元くんを探しなさい』
『……どうして杉元さん?』
『彼がのっぺらぼうを見つけた筈だから』
はっきりとした断定は出来ないけど……主人公だからきっとそうに違いない。断言できなくて申し訳ない気持ちでオリガを見れば、彼女は少し考えた後しっかりと頷いた。
『分かったわ! 私はマーマを信じる。だがら、マーマも私を信じて』
『……えぇ、分かったわ』
私の記憶は、杉元くんがのっぺらぼうであるウイルクと会った所で途切れている。この先どうなったのかは殆ど覚えていない。……だけど、なんだか重要なことを見落としているような気がしてならない。
まるでしこりが残ったように違和感が残る。でも、今の私にはその違和感が何なのかは全く分からない。結局この失われた記憶の正体が分からないまま、網走監獄への潜入決行日を迎えた。