前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
時は少し遡り、杉元とオリガが合流したところへと戻る。
縁の下から這い出たオリガ達は、直ぐに赤い囚人服を着た一人の男と出会った。顔の皮が剥がされ、むき出しの肉の中に、アシㇼパとよく似た青を持つその男。
彼こそが――本物の『のっぺら坊』だった。
杖代わりの棒を使って、ズルズルと両膝を引き釣りながら逃げようとするその姿にオリガ達は声をかける。
「待って!」
「これが何かわかるか?」
そう言って杉元が掲げたのは、アシㇼパが持っていた彼女のマキリだった。彼の瞳に照明弾に照らされたマキリが映る。
「アシㇼパのマキリ……」
父親が作った、この世に一つしかないアシㇼパだけのマキリ。その模様を、父親は見間違うわけがなかった。
「どうして……それを持っている?」
その言葉を聞いて、杉元とアシㇼパは確信した。のっぺら坊が、アシㇼパの父親であるウイルクだということを。
「やぱり、のっぺら坊はアシㇼパさんの父親だったのか……」
「来ている……のか? ここに」
「来いッ、全部話してもらうぜ」
杉元がのっぺら坊の腕を掴めば、ウイルクはその手を振り払った。「知りたければアシㇼパを連れてこい」と主張するウイルクに、杉元はずっと言いたかった事をまくし立てた。
アイヌを殺して金塊を奪ったのっぺら坊が父親だったら……とおびえるアシㇼパ。アシㇼパの和名を土方歳三にどうして教えたのか。杉元はたくさんの文句がウイルクにあった。
杉元は、アシㇼパがどんなに大人っぽく振る舞おうとも、年頃の女の子であることを知っていた。山で父親から教わった狩り知識を生かして、美味しいものを杉元に食べさせようとする姿。ヒンナ、チタタプ、様々なアイヌの文化を誇らしげに杉元に話してくれたこと。
杉元はアシㇼパのことが大事だった。大事だったからこそ、こんな金塊争奪戦という血なまぐさい争いに参加せずに、平和に暮らしていて欲しかったのだ。
「どうしてアシㇼパさんを巻き込んだ!!」
「……未来を託すため」
未来を託すため。その言葉に杉元は片眉をつり上げた。
「アシㇼパは山で潜伏し戦えるよう……育てた。私の娘は……アイヌを導く存在……」
「アイヌを導くだって?」
白石から、土方歳三が新聞記者にアシㇼパのことを書かせようとしている話は聞いていた。新聞にアシㇼパのことを書き世論を動かす。アイヌの独立運動の中心に、まだ幼い少女がいれば世論は大いに動くだろう。
「あの子をアイヌのジャンヌ・ダルクにでもしよってのか?」
ジャンヌ・ダルク。それはフランスの聖女であり、国のためにその身を尽くしたが、最後は国に捨てられ火あぶりにされた悲劇の乙女の名だった。
杉元は
「あの子を、俺たちみたいな人殺しにしよってのか!! あんたらの大義はご立派だよ、誰かが戦わなきゃならないかもしれん、でもそれは……あの子じゃなくたっていいだろう? アシㇼパさんには……山で鹿を獲って脳みそを食べて、チタタプして、ヒンナヒンナしていて欲しいんだよ俺はッ!!」
杉元の主張に、ウイルクの態度が軟化した。その杉元の態度は、誰がどう見てもアシㇼパの身を心から案じている人間の姿だったからだ。
「シサムよ……あの子に随分と気に入られているようだな……」
「だって杉元さんは、アシㇼパ公認の相棒ですからね」
今まで杉元の主張を見守っていたオリガが、杉元とアシㇼパの関係の名前を言う。ウイルクは今まで黙っていたオリガの方へと視線を向けた。
「君は……」
「……?」
「……そうか、もうそんなに時が経ったのか」
オリガの姿を見たウイルクは、何かに気づいたかのようにそう告げた。その言葉の意味が理解できなかったオリガと杉元は、その意味を追求しようとしたが直ぐにウイルクが何かに気づいたことに意識が移ってしまった。
ウイルクの視線の先にあるのは、屋根の上に上ったインカラマッの姿だった。
「杉元さん、双眼鏡ってある?」
「うん」
杉元はウイルクに双眼鏡を渡す。
「どうだ、見えるか?」
見覚えのある着物。ウイルクの母の持ち物だったその着物は、大きくなった彼女がインカラマッであることを証明するために渡した一品だった。
「……インカラマッ」
ウイルクがインカラマッを認識すると同時に、屋根の上には新たな人影が二つ登場した。正門の屋根の上に立った一つの小さな人影。
「……」
「アシㇼパ……」
ウイルクは、双眼鏡越しにアシㇼパの姿を確認した。またアシㇼパも双眼鏡越しに、自分の父親がのっぺら坊であったことを認識してしまった。
「アシㇼパさん……あんたが父親だと確認したか? どんな顔してる?」
「……信じていた父親に裏切られた気分はすごいわよ」
ぼろぼろとその青い瞳から涙を流すアシㇼパ。その痛々しい姿に、ウイルクはそっと双眼鏡を離した。
「アイヌを……殺したのは私じゃない……」
「……ああ?」
「え?」
「アシㇼパに伝えろ……金塊……」
その言葉の続きを聞く前に、シュパァァという音と共に目の前に赤色が飛び散った。スローモーションで見ているかのように、目の前で倒れるウイルク。思わず狙撃先に視線を向けてしまったオリガはまるで金縛りにあったかのように動けない。
誰よりもいち早く動いたのは――杉元だった。ウイルクが打たれた瞬間、オリガをとっさに抱き寄せ、ウイルクの体を盾にした。しかし体格がいい杉元では、完全に頭部を隠しきることは不可能だった。わずかにはみ出した額を弾丸が撃ち抜いた。
「――うそ、……でしょ」
杉元とウイルクの体に押しつぶされながら、オリガは先ほど見てしまった光景を信じられずに唇をかみしめた。
照明弾に照らされた火の見櫓のシルエットは――尾形百之助の姿によく似ていた。そしてオリガの父親譲りの頭脳は、あの離れた距離からの正確な射撃をする人物は……尾形百之助しかいないと告げていた。
「……どう、して」
その言葉は、誰の耳にも届かない照明弾の音にかき消された。