前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
「アチャ!! 杉元ッ!! ユキコッ!!」
「助からんッ、諦めろッ! 逃げるぞアシㇼパ」
「死んでないッ、置いていけないッ!! ユキコに至っては撃たれていないぞッ!!」
キロランケに抱えられたアシㇼパが、杉元達の元に行こうと暴れている。アシㇼパの抵抗をものともせず、キロランケは逃げる準備を進める。
離してと必死にあがくアシㇼパの姿に、谷垣は覚悟を決めた。
「俺が行ってくる。白石達はアシㇼパから離れずに予備の船で待ってろ」
「谷垣ニシパ!! 行っちゃだめです、あなたも撃たれます!!」
「杉元には釧路で借りがある!」
仁瓶の銃を構えた谷垣は、杉元達の元へ走って行く。その姿を視界に入れたフィーナも、未だ多少痛む頭を押さえながら白石の腕の中から抜け出した。
「……わたしも、ユキコの所に行ってきます」
「ダメだクレハさん!! あんた、本調子じゃないだろ!!」
確かに、フィーナは本調子ではない。しかし、体調不良だからといって娘を見捨てる理由にはならない。
「――それでも!! 私はあの子の母親です!!」
後ろから引き留める白石達の声に知らないふりをして、フィーナは谷垣が向かった方角へと走っていく。
フィーナの頭の中にはオリガの心配と、どうして尾形が裏切ったのかという事がぐるぐると回っていた。尾形は原作とは違い、オリガの相棒として金塊争奪戦へと参加していたはずだった。この一年近くの時を共に過ごすうちに、尾形はそれなりに自分たちのことを信じてくれていたと思っていた。
オリガが尾形とコントのようなやりとりをしていたことも、野良猫のようにふらっとフィーナの近くに寄ってきて、傍で三八式を手入れしていたことも、全てが自分たちを信頼していてくれていたからだと思っていた。
なのに――尾形はオリガではなく、キロランケと手を組んだ。その結果が、杉元とウイルクの狙撃だった。オリガを狙撃しなかった理由は分からない。杉元には原作と同じ通りに確執があったのかもしれないし、オリガを生かしておくことで利があるのかもしれない。
だが、今この瞬間に尾形の心を確認することなど不可能だった。今この時点で、撃たれた杉元以外に狙撃手が尾形だと断定できる人間などいないからだ。
「クレハ!!」
聞きなじみがある声が聞こえたと同時に、フィーナの体は持ち上げられた。突然離れた地面、みぞおち当たりに当たる肩の感触に、自分が俵担ぎされたことを理解した。
「お、尾形くんッ!?」
「行くぞ」
フィーナの体を俵担ぎにしたのは、尾形百之助だった。尾形はバタバタと暴れるフィーナをものともせずに、来た道を戻っていく。
「え、でもあの子が――!!」
「ユキコは無傷だが……鶴見中尉に捕まった」
「でも、だからって置いていくわけには!!」
フィーナが尾形の背中を大きく叩けば、「……はぁ」と小さくため息をついてからその身を地面に下ろした。突然下ろされたフィーナは困惑気味に尾形を見上げた。
「俺はユキコから、「いざというときは、マーマを連れて逃げてほしい」と頼まれている」
聞き分けがない子供に言って聞かせるように、尾形は話す。
「どうせ鶴見中尉に殺されることはないだろう――娘なのだから」
「尾形くん、あなた……知っていたのね。あの子の正体を」
「あぁ、俺は最初から知っていた」
オリガは、フィーナに内緒にしている事がたくさんあった。父親との密会も、尾形との契約内容も、全部が母に内緒にしていた。
だが、それはフィーナも同じだった。前世の記憶も、ロシアを去って北海道に来た理由も、きっとこの金塊争奪戦に参加しなければずっと黙っていたに違いない。
「今は逃げることの方が優先だ。この先キロランケ達が待っている、あんたも――捕まるのはまずいだろう」
別に、フィーナは鶴見に捕まったって良かった。フィーナが鶴見に会いたいという気持ちで
しかし――。
「行こう、クレハ」
フィーナにそう言って手を出す尾形の表情は……まるで迷子の子供が、帰り道を探しているかのような表情だったのだ。
――誰かから、自分は祝福されて生まれたと肯定されたかった尾形。自分自身を見てくれなかった母を殺し、慕ってくれていた義理の弟を殺し、最後には父親を殺した。救われたかもしれない光の道を自ら捨て、自嘲を浮かべながら「欠けた自分はこんな人生しか歩めない」と決めつけた。
それは自分の自尊心を守る為の手段であり、可能性を捨てることを意味した。
ただ愛されたいと願った、体だけが大きくなってしまった子供。それが尾形百之助という男だったということを、フィーナは知っていた。
「……分かった」
フィーナは、そんな尾形のことを放っておけなかった。
オリガが尾形を連れてきてからしばらく立った頃、谷垣狩りで別行動を取っていたときにオリガは「初めて相棒が出来た」と楽しそうにフィーナに語っていた。二人で狩りをする姿も、親に隠れてこっそり作戦会議をしている姿も、全てフィーナから見たら杉元とアシㇼパのように本物の相棒関係のようだった。
そんな微笑ましい姿を見ていれば、いつの日からかフィーナ自身も尾形のことを息子のようだと感じ始めていた。
だから、フィーナは尾形百之助の心を救いたいと思ってしまった。
きっと今ここで尾形の手を振り払えば、一生彼が救われる道が閉ざされてしまう。フィーナは直感的にそう感じた。アシㇼパを連れて旅立った樺太で、自分が代わりになれないことを悟って彼はまた傷つく。
誰かの代わりじゃなくても、誰かの特別になれると言うことをフィーナは教えてあげたかった。
「行きましょう、尾形くん」
「……あぁ」
尾形に手を引かれて、フィーナは歩き出す。
心の中で娘に小さな謝罪と、樺太で待っているという気持ちを込めて。
*
フィーナが尾形に手を引かれ、樺太への道を歩み始めた同時刻。
杉元とウイルク、そしてオリガを引き連れた谷垣は正門へと進んでいった。手が塞がっている谷垣の代わりに、オリガが正門を開ける。そうすると――インカラマッが倒れていた。
「……え」
「インカラマッ!?」
谷垣が慌ててインカラマッを抱きかかえれば、彼女の腹部にはキロランケのマキリが刺さっている。
「この……マキリは……」
「ウ、ウイルクが撃たれたとき……キロランケがどこかに合図していました」
尾形と結託していたのはキロランケ。オリガは直ぐにそう結びつけた。
「キロランケが……」
谷垣達の耳に、複数人の足音が耳に入る。後ろを振り返れば、返り血に汚れた第七師団のメンバーがこちらに歩いてくるのが目に入る。
「谷垣源次郎一等卒兵……そして――オリガ」
「えぇ……久しぶりね、パーパ」
今この瞬間、父と娘が再会した。