前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
月・水・金の22時投稿となります~!
鶴見オリガ
先日まで瀕死だった筈の杉元佐一は、現在オリガの握ったおにぎりを豪快に頬張っていた。腹が減っては勢いよく食べる杉元に、オリガは「喉に詰まらせないように気をつけてくださいね」と言いながら杉元にお茶を差し出した。
「あ、このお茶美味しい」
「杉元さんには早く元気になって貰いたいので、とっておきのを持ってきました」
「本当~、めっちゃ嬉しいな~」
ちなみに、その茶葉はオリガが勝手に鶴見の部屋から拝借してきたちょっと良い茶葉である。もちろん、杉元はそんな事を1ミリも知らないが。
「ところで、ここって軍の病院?」
「えぇ、ちなみに杉元さんの手術をしたのは家永さんです。家永さんって、脳の手術が出来るほどの名医だそうですよ」
「天才と変態は紙一重って事かぁ……俺の脳みそ、つまみ食いされてそう」
「否定できないですね」
二人の脳内で、家永が脳みそをショウガ醤油でいただく光景が浮かんだ。何の違和感もなくズチャッズチャと食べる家永の姿に、脳内での勝手な想像の中であるが思わず遠い目になった。実際その二人の想像通りのことが行われたが……、今の二人はその事実を知らない。
世の中には知らない方が幸せなこともある。
さてさて、そんな当たり障りのない会話をしているオリガと杉元の元に一人の男がやってきた。
「「不死身の杉元」、脳みそがかけた気分はどうだね?」
そう声をかけたのは、カイゼル髭が特徴的なナイスミドル・鶴見篤四郎だった。
突然の鶴見の訪問に、杉元はおにぎりを頬張ったままじっと死んだ目で鶴見の顔を見ていた。鶴見中尉と杉元佐一。先日まで確かに敵対していた二人である。
杉元はどうして鶴見が自分達が助けたのかという意図を探っていた。さて、そんな二人の険悪な雰囲気をぶち壊すように二人の間に入ったのはオリガだった。
「食事中よ、お話は後にしてちょうだい」
オリガは、しっしと虫を手で追い払うように鶴見にあっちに行けと言った。あまりにも塩対応でつれないその態度に、さすがに少し寂しくなった鶴見はオリガへと視線を向ける。
「……オリガ」
眉をぺしょっと下げ、まるで捨てられそうな子犬のような眼差しでオリガを見つめる。クゥーンと効果音が付きそうな表情の父親を見て、オリガはハッと鼻で笑った。
「その顔をすれば許されるのは、子供とマーマだけよ」
「……随分と私に冷たくない?」
「だって、私とあなたは今喧嘩中でしょ?」
「それはそうだけど……パーパは寂しいな」
「お黙り鶴見中尉」
そんな会話を繰り広げる父娘に、杉元はまるで信じられないものをみたかのような、狐に化かされた事に気づいたような、何とも言えない顔をしていた。
杉元はそんな二人の様子を俺がダウンしていた間に仲良くなったと考えればいいのかな……いや、それにしたって“あの”ユキコちゃんがこんなに塩対応するなんて……え、可笑しくない?と一人悶々と考えていた。
「…………あの、お二人はどういったご関係で?」
勇気を出して杉元は二人に問いかけた。敵対していた第七師団の鶴見中尉と、途中から金塊争奪戦に参戦したユキコ。杉元はその二人に関係があるという話は全く聞いていなかった。
「あぁ、私たちは――」
鶴見はちらりとオリガへと視線を向けた。父からの視線に、オリガは小さくため息をついて“答えあわせ”をした。
「一応これでも親子よ」
「“一応”って酷いじゃないか」
「…………はぁ??」
杉元の口からは低い声が出た。
親子、それは二人の関係が“父”と“娘”という間柄であることを指す。そう言われてみれば瞳の色こそは違うものの、並んだ二人の目元はよく似ていた。確かに言われてみれば、血縁関係があると言われても納得できるものだ。
「杉元さん、今まで黙っていてすみませんでした。私と鶴見中尉は血縁上、親子関係にあたります」
「……ってことは、クレハさんは……」
「私の妻だ」
「…………え、本当に?」
「残念だけど……本当なの」
残念そうに語るオリガの姿に、本当に父親に対して塩対応だなと思う気持ちと、今まで自分たちを騙していたのかという怒りにも、悲しみともとれる複雑な感情がとぐろを巻きながら湧き上がった。
「じゃあ今まで……あんたは、俺らを騙してたのか」
「親子だという事について黙っていたのは本当です。ですが、私達は杉元さん達を裏切ってはいません。私は鶴見中尉が金塊を手に入れるのを邪魔したかったから、この争奪戦に参加したんです」
オリガは真っ直ぐと杉元の目を見つめた。彼女の母親の色によく似たアクア・ティメントの瞳は、嘘を付いているようには見えない。そして、ふと杉元の脳内には網走監獄で二階堂との戦闘後に語っていた言葉が思い出された。
「……もしかして、網走で「決着を付けたい相手」って――」
「えぇ、鶴見中尉のことです。……杉元さんが怒るのもしょうがないです。私は……私の目的のためにこの事を黙っていたんです。ほんとうにごめんなさい」
「……ユキコちゃん」
申し訳なさそうにそう言うオリガの言い分も、杉元には理解できた。確かに最初から馬鹿正直に「自分は鶴見中尉の娘です」と名乗られていたら、こんなに早く信用はしていなかっただろう。杉元は数秒黙り込んだ。
鶴見中尉の娘としてもユキコと、自分たちと共に旅したユキコ。そのどちらを信用するべきかと。
「あんたが俺たちを裏切ってない事を……俺は信じるよ」
「……っ、杉元さん」
優しく笑う杉元と、その言葉に嬉しそうに笑うオリガ。なんとなくいい感じの雰囲気がただようこの場で、一人の男はむすっとしたようにそのやりとりをずっと見ていた。
「……ちょっと、私の目の前で何かいい感じの雰囲気を出さないでもらえるかな?? この子はまだお嫁に出すのには早いんだけど!」
「ちょっとうるさいわね、鶴見篤四郎」
ついに父親のことをフルネームで呼び始めたオリガ。
「……ユキコちゃん、めっちゃ辛辣ぅ……」
「この人には、これぐらいがちょうどいいのよ。ほら、このぐらいの罵倒が気持ちいいでしょ?」
「私にそんな趣味はないよ!!」
「刺青人皮の肌着を愛用している変態がよく言うわ」
「これは……防犯上の理由で身につけているのであって……」
「それ以上言い訳をするならマーマに言いつけるわ」
「……ぐすん」
流石の鶴見も、娘からの必殺「マーマに言い付ける」で黙らざるを得ない展開となった。ハンカチで涙を拭う鶴見の情けない姿に、優しい杉元は思わず同情した。
「えっと……ユキコちゃん、いいの?」
「いいのよ」
今まで見たことがないツーンとした態度のオリガに、杉元は家族間の問題には下手に手を出さない方がいいと思った。誰だって我が身は可愛いものだ。
杉元が空気を読んで口を閉ざすと、オリガはこの何も言えない空気を変えるように一つ咳払いし、すっと背筋を伸ばした。
「杉元さん、改めて自己紹介させてもらうわ。私は――鶴見オリガ。鶴見篤四郎と、母ルフィーナの一人娘よ」
本当は戸籍的には「長谷川オリガ」が正しい名前ではあるが、彼女はそこまで説明するつもりはなかった。だから、分かりやすく彼女は「鶴見オリガ」と名乗る。名字の違いなど些細なことだからと。
「今まで通りにユキコでもいいし、本名のオリガでも好きに呼んで頂戴。私にとっては、どちらも等しく私の名前だから」
彼女の日本で使っているもう一つの名前「ユキコ」、それは母ルフィーナが付けてくれた名前だった。「ユキコ」を漢字で書くと「幸子」となり、彼女の父親である「幸一」から取られた名前であり、娘には幸せになってほしいという母親の切実な思いが込められている。
父が付けた「
オリガのその言葉に、杉元は少し考え込むように思案してから、優しい声で答える。
「じゃあ、今まで通りにユキコちゃんって呼ばせてもらうね」
「えぇ、改めてよろしく杉元さん」
杉元から差し出された手に、自分のそれを重ねた。