前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
先遣隊のメンバーが発表され、各樺太へと旅立つための準備が進められていた。
それと平行するように中央の言い訳を提出するために書類を準備している鶴見に、月島は思わず問いかけた。
「……鶴見中尉殿、ご息女を先遣隊に入れて本当に良かったのですか?」
「あの子は私に似て賢い、きっと樺太では大いに役に立つだろう」
月島はオリガが鶴見によく似て、頭の回る賢い娘だと言うことはここ数週間でよく分かった。鶴見と対等に作戦について淡々と案を出し、時には少し憚るような案すら何てことなく上げていく姿は、年頃の乙女には似つかわしくはなく、まるで鶴見が二人いるかのようだった。
「……」
だが月島は、鶴見が心から娘を愛していることに気づいていた。それは、第七師団のメンバーに向けるものとは違う“家族愛”だった。
今まで離れて暮らしていた妻子。どうして離れて暮らすことになっていたのかを、月島は知らない。上司の個人的なプライベートに足を踏み入れる事を憚ったのと、娘を見るその目が時折悲しそうに細められるのを見たからだ。
妻の方はアシㇼパと共に樺太へと渡ってしまったため分からないが、網走監獄で第七師団に身柄を預かられた娘の方は……再会した直後、鶴見のことをじっとガラス玉のような目で見ていた姿は記憶に新しい。
穏やかな声で娘に話しかける鶴見に対し、娘の方は自分と母を捨てた鶴見を恨んでいるようだった。鶴見の目の形によく似た、色彩の違う瞳からは「愛憎」という二つの矛盾した炎がちらりと見え隠れしていた。その感情に、人を手のひらで転がす鶴見でさえも、年頃の娘は扱えないのかと人らしく思ったほどだった。
だがしかし、ここ数日で突然オリガからのその視線が変わった。相変わらず父親に対して塩対応をする時があるものの、その瞳からは以前のように尖ったものは感じない。一言で言うならば“和解”。そしてまさかの樺太へ渡ったアシㇼパの身柄を拘束する先遣隊へのメンバーへと加わったのだ。
月島は先遣隊のリーダーとして、鶴見の“本心”を確かめたかった。
「――鶴見中尉殿」
月島の静かな声に、鶴見はその瞳をそっと細めた。
「……あぁ、月島軍曹の言いたいことは分かる。あの子は確かに先日まで私を恨み、敵対していた。だが、今はそうではない」
穏やかな鶴見の声が、優しく月島の鼓膜を震わせる。底知れぬ違和感に、月島の中の何かがぐらぐらと揺れる。知りたいような、知りたくないような。そんな矛盾を孕んだ感情が湧き上がる。
「一体……何をしたんですか?」
「私は何もしていない」
鶴見の細くて長い指が、すっとどこか官能的な手つきで本の背表紙を撫でた。年月の経過で自然と黄ばみ、痛んだ背表紙が妙に目に付いた。
「ところで月島軍曹。人というものは、今まで憎んでいた人間からの“言い訳”を聞くのと、自分で集めた資料から導き出した“答え”では――どちらが信用できると思う?」
鶴見からの問いに、月島は答える。
「……自ら集めた資料から導き出す“答え”です」
「あぁ、そうだとも。例えそれが本当であっても、はたまた偽りだとしても――自ら考え、“答え”を出したことに意味がある。人の思い込みというものは厄介な物だからねぇ」
艶めかしい白い指が、そっと一冊の背の低い本を取り出した。それは――先日オリガが発見した『長谷川幸一』の日記だった。
「ただあの子が一人で私の本棚を漁り、私の用意した資料を手にして考えた。たったそれだけだ」
鶴見がおざなりに開いた日記の間から、ひらりと数枚の紙がこぼれ落ちる。そこにあったのは、二枚の手配書だった。『ユルバルス』と『ウイルク』、今より若い頃の似顔絵ではあるが――彼女はその正体に気づいた。
この作戦は、きっとオリガが
「あの子のようにまだ青い果実のような子供は、自分で集めた資料からたどり着いた“答え”こそが全てだと認識するのだよ」
「……では」
十六年前、何があったのか。今まで集めた彼女の情報から点と点を結ぶ線が、その手配書二枚と長谷川幸一の手記を持ってようやく完成する。父が妻子をロシアに残して日本に戻った理由も、父が母に話せなかった理由も――全てはパルチザンが悪いと証明した。
オリガは鶴見篤四郎ではない。限りなくその本質は鶴見篤四郎に近い物はあるが、彼女の血の半分はフィーナだし、育ての親も善人であり普通の感性を持つフィーナだった。元々、人の良い母から父に対する恨み事なんて殆ど聞いたことのなかったオリガが、鶴見を許すのも時間の問題だった。
そして、オリガが自分の事を許し始めたときに十六年変わることのなかった愛情を注ぎ込めば――彼女は必ず鶴見の期待に応えてくれる“愛”となる。
「私には――やるべき事がある」
そう語る横顔は、月島がずっと近くで見てきたそれと全く変わっていなかった。亡くなった戦友のため、北海道に軍事政権を樹立するため、金塊を追い求めている情報将校。
その姿こそが――月島が付いていくと決めた男の姿だった。
「なに、鯉登少尉はあの子を気に入っている。きっと親身になってくれるはずだ」
鶴見篤四郎という男は、妻子が現れたぐらいで揺らぐ男ではなかった。そう分かっただけで、ここ数週間鶴見に対して感じていた不信感が晴れていくのを感じた。
「月島軍曹、くれぐれも頼むよ」
「――はっ!」
全ては、鶴見篤四郎の手のひらの上だった。
【補足】
鶴見にとってオリガは愛する娘と思っていると同時に、その本質が自分に似ていることと、その高い能力を認めています。だからこそ、鶴見劇場の舞台に上げることに躊躇はないです。
樺太から絶対に生きて帰ってくることは確信していますし、鯉登少尉を誑し込んでいる事も察しています。恋ほど絶対に守るという感情に直結する事を知っています。
鶴見劇場の舞台に上げる=信頼です。そこにちゃんと本物の愛はあります。
なお、塩対応の娘とのじゃれ合いのような会話は別に狙ってやっているわけじゃ無いです。100%鶴見中尉のお茶目な所が全面に出ているだけです。