前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
とある邸宅にて。一人の男性が16歳ほどの少女にお茶と洋菓子を提供していた。親子ほどの年齢差のある二人は、8年ほど前から交流を続けていた。
「お嬢さん、今日のデザートはお気に召したかな?」
「えぇ、今回も素敵なお菓子でしたわ」
フォークを置いた少女は、にっこりとその美しい
だがしかし、目の前の美中年も目を見張るような美丈夫であるためどうやら利かぬようであるが。
「そうか、それなら私も嬉しいよ。今日はお土産はどうだい?」
「魅力的なお言葉だけれども、今日も要らないわ」
ピシリと断った少女のその言葉に、男は残念そうに小さく肩を落とした。少女にあげようかと思っていた、お土産用のショートケーキは彼のおやつとなった。
「お嬢さんはいつも私のお土産を受け取ってくれないね」
「えぇ、だってマーマにはあなたと会ってるって言ってないもの」
「おや、お嬢さんは随分と悪い子なようだね。駄目だよ、お母さんに内緒で私のようなおじさんと会っているだなんて」
「だってマーマにあなたの存在をしゃべったら、あなたの思うつぼでしょ?」
クスリと一つ食えない笑みを浮かべた少女は、まるで好きな人と内緒話をするかのようにその声に色を乗せた。
「私、あなたの正体を知っているわ」
自らの事を、『あしながおじ様』だとお茶目に名乗り、少女にお菓子や流行の小物をプレゼントする男性。もしも、現代でこの現場を目撃したら皆口々にこういうのであろう――”パパ活”だと。
だがここは明治時代。この時代は親子ほどの年齢差があるにしても、夫婦関係だという者もいるのだ。この時代においてはあまり問題にはならないが、彼女の母親が見たら頭を抱える事は必須だ。
「私の正体? さて、一体なんのことかな?」
「あなたの正体は、歩兵第27聯隊所属の小隊長で情報将校である鶴見篤四郎中尉殿ですよね」
そのあしながおじ様の正体を――少女、オリガは知っていた。
「そして――私の本当のパーパなのでしょ?」
核心を突いた言葉に、思わず”あしながおじ様”こと鶴見中尉からは感嘆の息がこぼれた。
「……これは驚いた。いつから私が君の父親だと気づいていたんだい?」
「あら、意外と認めるのは早いのね」
鶴見中尉は、
そんな鶴見が、自らが少女の父親であるということを仄めかした事などたった一度もない。
しかし、少女は目の前に座る男性が”父親”であることを見抜いていた。
「そうね……、あえて言うのであるならば"最初から"よ。私はマーマ譲りの美貌だけど、目の形はパーパそっくりだってマーマが言ってたわ」
「確かに、お前は母親そっくりだが……目だけは私に似た」
愛しい妻との間に生まれた娘は、二人の特徴を引き継いで生まれた。娘を通してみる愛しい女性の影。その視線の中には、確かにいまだに恋慕という熱がこもっていた。
少女はその視線に気づかないふりをして話を続ける。
「あなたが私に話しかけてきた時、直感的にこの人が私のパーパなんだって気づいたわ。あなただってそうでしょ?」
「あぁ、そうだよ」
八年前、山菜を摘んでいた少女に声をかけた鶴見。一言声をかけられた瞬間、オリガはこの男こそが自分の父親だと直感的に理解してしまった。この男は、常に後先の行動を予測し、自らの手札を使いながら自分の思うように人を躍らせることが出来る人間だ。
「
少女が鶴見の事を本当の父親だと気づいた理由。それは少女の中に眠る本質が、
少女は物心ついた時から、常に人の行動を予測し、少ない情報から10を読み取る事ができる神童だった。おまけに見た目は美少女、巧みな話術もあいまって常に人から尊敬されるものの敵を作らないという高度な技術で生き抜いてきた。もちろん、この話術は母のために使用されることがほとんどで、彼女の仕事の大きな案件の少しはオリガが取ってきた仕事もあった。
少女は生まれてこの方、父親を恋しいと思ったことなど一度もない。それは、母がたくさんの愛情を持って温かく育ててくれたからだ。
だから、少女の小さな箱庭には父親は不必要だった。
「オリガ、私は――」
「マーマは簡単には渡さないわ」
娘からのはっきりとした拒絶の言葉に、鶴見は口を閉ざした。
「ねぇ、パーパ。私、これでも怒ってるのよ」
娘の怒りはもっともだった。スパイであることを黙っていながら結婚し、最終的にはバレて逃亡した。そのせいで母親は重要参考人として指名手配され、故郷を追われて遠い日本へと逃れてきた。
「マーマはあなたのせいで故郷を追われた。そして、追っ手から逃れるために、ろくに知らない日本へとまだ赤ん坊だった私を連れて逃げてきたのよ」
新生児を抱えながら、行ったことのない日本へと逃亡を決めた母親の気持ちはどうだったのだろうか。私はお荷物だったんじゃないか。オリガは何度も何度も考えた。
美しい母の身体に残る一つの弾痕。もしも、母が父と結婚しなければ……母はこんな傷を負わなくて済んだかもしれない。全ての諸悪の根源に、オリガは自分の心がスっと冷えていくのを感じた。
「マーマの手に握りしめられていたのは、たった8枚の金貨。その決して多くはない手持ち金で外国人であるマーマが赤ん坊である私を育てながら生活することがどれだけ大変なことか分かる? マーマは慣れない土地で1から日本語を学び、私を愛情を持って大事に育ててくれた」
少女にとって母親は愛すべき家族であった。
だから、少女は持って生まれた才能を母親の為に使うと決意していた。たとえその才能の使い道が、同じく頭が切れる父親を敵に回すことだったとしても。
「私はマーマが大好き。だから、私は優しいマーマの代わりにあなたに怒るわ」
自分によく似た瞳が、冷たい瞳で鶴見を見つめた。
鶴見はその瞳を自分の罪として重んじて受け入れた。
「……本当にすまないと思っている。だから私は、その分お前達をこの先面倒を見ていきたいと思っている」
「罪悪感で施されるほど、私達は惨めじゃないわ」
「オリガ――」
少女の中で、怒りがふつふつと湧いてくる。
「黙って」
常に冷静にを心掛けている彼女だが、目の前にある諸悪の根源に思わず感情を荒らげてしまう。これは、幼さゆえの感情なのか、それとも肉親だからという理由なのか。
今の彼女には、それを区別することは出来ない。
「私には私たちの生活がある。今更あなたが入ってくる場所なんてないし、今のままのあなたが入る隙間なんて作ってあげないわ」
少女は言いたいことはもうないと言うばかりに席を立った。彼女の美しいブルネットの髪が揺れる。
「じゃあね、あしながおじ様」
少女は踵を返し、屋敷から出ていく。
鶴見はその姿に手を伸ばそうとして――辞めた。バタンと扉が閉まり、少女の足音は次第に遠くなって行った。
鶴見は深く腰掛けた椅子に背中を預け、重く息を吐いた。
「……私はお前達を決して諦めない」
鶴見篤四郎という男は、目的のためには手段を選ばない。例え実の娘に邪魔されたとしても、彼は全てを手に入れるために策略を巡らせる。