前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
尾形くんと、キロランケと、白石くんがスチェンカして見事にKOされたり、男性陣皆がバーニャしたり、トド食べたり、養狐場に行ったりした。そして現在は、尾形くんがウイルタ族のトナカイを撃ってしまって代わりに山馴鹿の狩りに行くことになった。
山馴鹿の番兵に見つからないよう飼馴鹿の首に長い紐を付けて先へ走らせ、その後ろに隠れて山馴鹿に近づく「化け馴鹿」作戦を実行することになった。キロランケ&白石くんペア、ウイルタ族の親子、私と尾形くんとアシㇼパちゃんでそりに乗る。
馴鹿に繋がれた紐を握る尾形くんの外套に後ろから潜り込み、お腹へと手を回すアシㇼパちゃんは外套に隠れて全く見えなくなっていた。まるで兄妹みたいな光景に私は思わずほっこりとなった。
「アシㇼパちゃん、それじゃ前見えないよね?」
「あぁ、全く見えない。だが暖かい」
「確かに暖かそう」
「クレハも入るか?」
「おい、勝手に俺の外套に潜るな」
「尾形いいじゃないか、減るもんでもないだろ」
「フン」
「あの……私入らないよ??」
そんなやりとりもありつつ、私たちは山馴鹿の元へとやってきた。ウイルタ族のお父さんが銃で馴鹿を撃とうとするのを止めた尾形くんは、一人で銃を構えた。一発の銃弾が馴鹿の脳天を撃ち抜く、そして次の瞬間には他の馴鹿の脳天も撃ち抜かれた。三八式の弾が無くなると、次はウイルタ族のお父さんが持っていた銃を奪い発砲した。こうして全ての馴鹿を撃ち終えた尾形くんは満足そうにその髪をなでつけた。
「『ペルダンM1870』か……単発の古い銃だが悪くない」
トナカイの群れを全て仕留めた尾形くんは、楽しそうにウイルタ族のお父さんが持っていた銃をまじまじと見ている。その楽しそうな表情が、まるで新しいおもちゃを買って貰った子供のようで微笑ましかった。
「……ふふ、尾形くん楽しそうね」
「そうか?」
「えぇ、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供みたいよ」
「……俺は子供じゃない」
「はいはい、分かってますよ」
子供扱いされてちょっとむくれる姿が、さらに子供っぽいと思ったけどさすがにそれ以上指摘しちゃうとご機嫌を損ねてしまうため、私はそっと某猫型ロボットのように温かい目で尾形くんを見守る事にしておいた。
「あいつら、また疑似親子やってんな」
「そろそろユキコが拗ねるんじゃないか」
「それな~」
アシㇼパちゃん達が何か言っているけど私は気にしないのである。オリガはこれぐらいで拗ねるような子じゃな……いと思いたいけど、以外とヤキモチ焼きだからちょっと拗ねるかもしれない。再開した暁には、いっぱい甘やかしてあげよう。
閑話休題。
さて、ウイルタ族の人に頼んでロシアの国境を渡ることになった。キロランケは皇帝殺しの重罪人、私はスパイの妻だし、正々堂々とロシアに入国するために旅券の申請なんて出来るわけ無かった。だから、密入国のために遊牧民が自由に国境を行き来できることが黙認されていることを利用するのだ。
服装をウイルタのものに代え、しっかりと帽子を被って橇に乗る。橇の班分けは、以前の狩りの時と同じ組み合わせである。
「国境はまだ?」
「もうすぐだ!」
前の方から、白石くんとキロランケがそう話しているのが聞こえる。もうすぐ……国境を越え、ロシア領へと入る。
改めて思うと、フィーナ(わたし)のロシア(祖国)に帰ってくるのは、十六年ぶりになるのか……。でもロシアって広すぎるから、祖国に帰ってきたという実感は薄いし、なんなら前世の記憶を合わせると日本に住んでいた時の方が長いからな。実質心的には日本の方が祖国という所があるんだよな……。
「あそこに見えるのが国境標石だ」
「あれをこえれば……」
「ロシアに入るね……」
前方に見える国境標石を見ながら、ふと自分がまた何かを忘れていることに気づいた。この感覚は……前回の網走の時と同じだ。ということは……これから原作のイベントが起こると言うことか?
「国境を越えた!!」
「ロシア領に入ったぞ」
キロランケがそう叫んだ次の瞬間――先頭を走っていたウイルタのお父さんが撃たれた。
「アンマー!!(父さん!!)」
飛び散る鮮血、崩れ落ちる体。どさりと雪の上に落ちる音が妙に耳にこびり付いた。
「撃たれたのか?」
「トナカイを止めるなッ、このまま行け!」
「アンマー!!」
橇は止まり、全員戦闘態勢に入る。
「チッ……伏せろ、クレハ、アシㇼパ、橇のかげに!!」
尾形くんの言葉に、私とアシㇼパちゃんは橇の影に隠れる。
「三八式を装備している奴をまず狙ったか? かなりの距離から撃ってきやがった」
近くの森までかなりの距離がある。だだっ広いこの場所では、私たちは圧倒的に不利だった。
「手練れの狙撃手だ」
その言葉に、この場の警戒心は一気に跳ね上がった。
「アンマー!! アンマー!!」
父親の元に走って行こうとする息子さんに、キロランケは覆い被さる。シュパァァンという音を立て、その頭上を銃弾が通過していく。狙撃手は、相変わらず私たちの事を狙っているのは明らかだった。
「いたぞッ、あの森の中だ……」
「何者だ? 追いはぎか?」
「木の陰からモシン・ナガンの銃身が少し見えた。ロシアの国境守備隊だろう」
「ウイルタになりすまして密入国したのがバレたのかよ? いきなり撃つなんて……」
「……」
そうだ、思い出した。確かロシア政府にキロランケが南樺太からロシアに密入国する事を密告したのは……私の旦那だ。ご丁寧に私たちが通るであろうルートまで予測して密告したんだよな、本当に頭が切れる人だよ……。
「シライシ、橇を進ませろッ! あっちの森に身を隠すんだ!!」
キロランケの言葉に、白石くんは馴鹿を森の方へと進めるが――馴鹿は無残にも撃たれる。撃たれた馴鹿を避けならがら前へ進もうとするが、我々が森に着くよりも馴鹿が全滅する方がきっと先だろう。
「そもそも国境侵犯だとして、いきなり樺太の国境守備隊に襲われたなんて聞いたこともない」
「私たちを待ち伏せたと言いたいのか?」
アシㇼパちゃんの言葉は的確だった。ロシアの国境守備隊は、皇帝殺しの実行犯であるユルバルスを捕まえるために、ここでその時を待っていたのだ。
「キロランケニシパ!!」
アシㇼパちゃんの言葉に振り向けば、キロランケが撃たれたウイルタのお父さんのために堂々と歩いて行くのが見えた。倒れるお父さんを抱えるキロランケ……未だにその身に銃弾が襲いかかることはなかった。固唾を呑んでその姿を見守っていると、隣でカチリとペルダンを構える音が聞こえた。
「いまだッ行け!!」
発砲音と、尾形くんのその言葉に私たちは急いで森の中へと進む。今度こそ我々は狙撃されることなく、森の中へと逃げ込んだ。ある程度森の中を進み、一旦立ち止まる。アシㇼパちゃんが撃たれたお父さんの様子を見る。
「骨まで見えているけど頭は貫通してない、大きな帽子のおかげで狙いがそれた」
「……良かった」
「親父さんが死んで無くて良かったけどよぉ、それにしたってさっきのは無茶だぜキロちゃん! どうしちゃったの?」
アシㇼパちゃんが手当てするのを手伝いながら、白石くん達の会話に耳を傾ける。まぁ、白石くんがキロランケが知り合ったばかりのウイルタ族の人達に命をかけてまで助けに行くのが理解できないのもしょうがない。だって、彼はまだ自分が皇帝殺しの指名手配犯で、国境守備隊の目的だという事を話していないのだから。
「つい最近知り合ったばかりのひとだぜ? 撃たれても不思議じゃなかったのに」
「カムイレンカイネ……『カムイのおかげ』だ」
「違うな……俺のおかげだ。親父さんが助かったのも帽子のおかげ、全ての出来事には理由がある」
尾形くんは、荷物の中からいつもの外套を取り出し身に纏っていた。カムイがいることを頑なに信じないのが彼らしい。
「俺たちが襲われてるのにも理由があるはずだ」
「助けたことは絶対に間違っていない。でもあそこまで……何か思い当たることがあったからなのか? キロランケニシパ」
「……」
アシㇼパからの問いかけに、キロランケは何も答えない。
「やつらから直接聞き出すさ。日露戦争延長戦だ」
こうして、尾形くんは一人ペルダンを持って森の中へ歩いて行こうとする。私はとっさに彼を呼び止めた。
「尾形くん」
「なんだ?」
「気をつけてね」
「……あぁ」
こうして、尾形くんは一人森の中へと先に進んでいった。しかし、それにしても……未だに心に引っかかる何かの正体の理由は分からなかった。