前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
キロランケ、アシㇼパ、白石、フィーナの四人は、ウイルタの親父さんに応急手当を施した後、国境守備隊の追っ手の様子を伺うためにウイルタの二人と別れ、森の中で身を潜めていた。
今この場に居ない尾形は、狙撃手と決着を付けるために「日露戦争延長戦だ」と告げて一人でずんずんと森の中へと進んで行ってしまったので、今の彼らに尾形の行方を確かめる術はなかった。
さて、森の中で息を潜めながら国境守備隊という名の追っ手を気にするキロランケ達の耳に、突如ドォォンという爆発音が届いた。
「追っ手が来たのか?」
「たぶん、ここに来るまでに置いた罠に引っかかったんじゃないかな」
フォーナのその言葉に、白石の頭の中でさっき置いてきたウイルタの食器入れを思い出した。どこにでもある食器入れ、それにキロランケは何かの仕掛けを施していたのだ。
「ねぇねぇ、キロちゃんあれってどうなってんの?」
「原理的にマッチと似たようなものだ。ザラザラした金属棒を薬品に差し込み荷物を持ち上げれば、紐についた金属棒が抜けて点火される」
キロランケは森の奥に進む道すがら、至る所にトラップを仕掛けていた。その一つに丁度国境守備隊の人間が触れたのだ。幸い、アシㇼパ達には爆発に巻き込まれた守備隊のうめき声は聞こえない。その声が聞こえているのは、狙撃手である尾形とヴァシリ、二人の狙撃手だけだった。
アシㇼパ達は、キロランケの後ろへと付いていく。しばらく歩いていくと、木の幹に座り込む一人の男の姿が見えた。男の腹からは血が流れており、既に手遅れだということは明らかだった。手負いの男――イリヤはキロランケの姿を目にすると、ポツリと呟いた。
『……ユルバルス』
それは、キロランケの本名――ユルバルスという名だった。フィーナにはその言葉が名前だという事を直ぐに理解できた。そしてその名前こそがキロランケの本名だと言うことも"知っていた"。
それこそが彼女の前世の記憶であり、長谷川フィーナの記憶のおかげである。でも、彼女はそれを口に出すつもりは無かった。キロランケは未だ「クレハ」が「フィーナ」だという確信を持っていない。フィーナにとってそれは都合の良いことだったからだ。
『ユルバルス……』
キロランケに向かって
キロランケは感情の読めないガラス玉のような目で、イリヤをじっと見下ろした。
「くりかえしなんと言ってるんだ?」
アシㇼパの問いに、キロランケは何も答えない。その代わりに、イリヤは懐から血で汚れた紙を取り出しアシㇼパ達に向けて差し出す。
『ユルバルス』
イリヤが差し出した紙に描いてあるのは、今よりも若いときの姿ではあるが――キロランケその人の姿だった。
「……!!」
手配書に描かれたキロランケの姿に、アシㇼパと白石は驚愕に息を呑み、フィーナは静かにそっと視線を逸らした。イリヤは真っ直ぐに“ユルバルス”を見る。その目には、お前の罪は消えることなど無いと告げていた。
『ロシアはお前を忘れていない』
イリヤはそれだけ告げると、口から血を吐き出し……事切れた。
辺りを静寂が包む。誰も何も喋らずに、じっとキロランケが口を開くのを待っていた。
「……」
キロランケは相変わらず口を閉ざしたままなので、アシㇼパはおもむろにイリヤが持っていた手配書を手に取った。そこに描かれている姿は、何度見ても多少今より若いキロランケの顔だった。
「これ……キロランケニシパか?」
「若いときの姿みたいね……」
「このロシアの国境守備隊は、キロちゃんが目当てだったんだ。なんで指名手配なんて……」
アシㇼパ達の困惑の表情に、キロランケは静かに口を開いた。
「十五歳の時……俺はサンクトペテルブルクで反体制過激派組織と知り合った」
そこから始めるのは、キロランケいや――ユルバルスの昔話だった。ロシアの皇帝を爆弾で暗殺、そしてその暗殺に関わっていたのは……アシㇼパの父であるウイルクもだった。
「アチャ……」
アシㇼパはユルバルスの手配書の下にある、ウイルクの手配書を見てしまう。そして、その手配書を見て本当に父親がテロリストだったことを知った。
「そりゃロシア人も怒るぜ」
「アシㇼパの父親もその場にいた、俺たちで皇帝を暗殺したんだ」