前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
長い夜が明ける。雪原の中に立っているのは尾形百之助ただ一人だった。
ロシアの国境守備隊の狙撃手との戦いは、尾形の勝利という形で決着が付いた。だが、一晩中微動だにせず、ずっと雪を口に含み吐息を消していたせいで、尾形自身随分と体力が削られ体調に異常をきたしていた。
頭がぼーっとし、体が熱いのに手足の末端だけは冷えきっている。明らかに風邪という症状に、尾形は内心舌打ちをした。
(……頭がいてえ)
ふらふらとする体を叱咤し、キロランケ達の元へ戻るために歩いていれば……ふと視界に見たことのある後ろ姿が目に入った。今はウイルタ族の衣装に身を包んだ女――フィーナが一人で木の下に立っていた。
焚き火が近いためウイルタ族の二人が近いのは分かってはいたが、どうして彼女が一人でそこに立っていたのかは尾形には分からなかった。そして不意に――その後ろ姿に、いつの日かの母親の姿が重なった。
(……おっ母?)
尾形の姿に気づいたフィーナが尾形の方を向く。
「……あ、尾形くん!」
その表情は、尾形の姿を見て安心したかのように緩んだ。見た目は完全に外国人であるフィーナは、純日本人である尾形トメとは似ても似つかない。目の色も、雰囲気も、温かいその眼差しも――何もかも尾形トメとは違う。
「……クレハか」
フィーナの顔を見れば、先ほどまで見えていた“
消えた母親の幻覚にふっと息を吐き出した尾形は霞がかかった頭の中で、今ここに居ないアシㇼパ達の行方を尋ねる。
「……アシㇼパ達は?」
「見回りに行ったよ」
フィーナのその言葉に「そうか」と返した尾形は、ウイルタ族の親子が待機しているたき火へと近寄ろうとしたが……熱のせいでよろよろとした足取りになってしまう。
そんなよろよろの尾形に、フィーナは慌てて近寄った。
「尾形くんフラフラしてるけど……もしかし、怪我とかしたの!?」
「……怪我はない」
「いや、顔色が凄く悪いわよ!?」
フィーナはまさかと思い尾形の額に手を当てれば、手のひらから伝わる熱が普通よりもかなり高いことに気がついた。
「すごい熱じゃないの!!」
「……問題ない、ただ少し雪をくちにし過ぎただけだ……」
「雪を口にしすぎただけっていう割には熱がすごわ」
「別に、こんな熱どうってこと……」
「ない」と言葉を続けようとしていた尾形が口をつぐんだ。朦朧とする意識の中、自分を支えるフィーナの後ろに“幽霊”を見た。
「ダメよ、ホラここに座って。もう少ししたらキロランケ達が帰ってくるはずだから、来たら場所を移動しましょう」
黒い肋骨服に軍帽、その端正な顔立ちは軍帽の影に目元が隠れていたとしても損なわれることはない絶世の美青年。だが――彼の額からは血が絶えずしたたり落ちている。
【兄様、大丈夫ですか?】
尾形百之助の事を「兄様」と呼ぶ亡霊。その姿は、尾形百之助の異母兄弟である花沢勇作その人の姿だった。
その幻覚は、勇作が自分を撃った恨みで出てきている“悪霊”なのか、それとも尾形自身が見せている“罪悪感”なのか――今の尾形百之助には、“それ”を自覚する術は無かった。