前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について   作:しらたま大福

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 熱に魘される尾形は昔の夢を見た。旗手として童貞でいなければならない勇作を遊郭に誘ったが、結局断られた事。旅順攻囲戦で尾形を抱きしめながら、彼の代わりに泣く勇作の姿。

 

 そんな自分を愛してくれた勇作()を撃った時のことを――。

 

 

 ふと、場面が変わる。母親が台所であんこう鍋を作る姿だ。幼い百之助は、捕ったばかりの鴨を持っている。

 

「……おっ母」

 

 百之助は母親に鴨を差し出す。

 

「百之助」

 

 トメは優しい声で告げる「今夜のご飯はあんこう鍋よ。あの人が好きだったから、きっとまた来てくれるわ」と。

 

「おっ母」

 

 百之助の声に、トメは振り返らない。

 

「……見て」

 

 幼い百之助の切実な声に返してくれる人間は誰もいない。

 

「おっ母……見てよ」

 

 ――自分を見てくれない母親。幼い百之助に、自分の愛する花沢幸次郎の姿を探し求めていた哀れな女。

 幼い百之助の心は、本人も気づかないうちに摩耗していく。父親ではなく、自分自身を見て欲しい。子供の純粋な願望は、本人も気づかないうちに尾形百之助の歪みへと繋がっていった。

 

 愛されなかった尾形百之助は、欠けた人間である。

 

 それが尾形の結論だった。

 

 だから証明しようとした。

 母親を捨てた男も、選ばれた息子も、たいして立派な物じゃ無かった。欲しくても手に入らなかったものは価値のないものだと確かめてやりたかった。そう証明することによって、自分の自尊心を守りたかったから。

 その自己防衛とも呼ばれる行動は、次第に彼をひとりぼっちにさせる。

 

 人を信じたいと願う心に気づかず、人を試して裏切って、相手が自分を憎んだところで「ほら、やっぱり信用しなくて良かっただろ」と言い聞かせた。

 

 そんなことを繰り返していれば、いつしか彼は真っ暗い闇の中一人でぽつんと立っていた。

 

 

 

 尾形を取り囲む闇の中、一筋の光が差し込んだ。

 

「私はおじ様の野望を阻止するために、金塊戦争に参加するわ。あなたには、私とマーマを守って欲しいの」

 

(俺にそんな事を頼むとは)

 

「でも、私にはあなたが必要なの」

 

(俺が必要……かぁ)

 

「私が欲しいのは恋人じゃない、相棒なの」

 

(欠けた人間を相棒にしようだなんて、変わったガキだ)

 

「この手を取りなさい、尾形百之助。私はあなたにパーパが見せた"愛"とは違うものを教えてあげる」

 

 

 そう自信満々に言う少女に、尾形はそこまで期待していなかった。

 

 それでも、オリガへとついて行ったのは――彼女が鶴見に似ていたからという理由と、鶴見中尉が愛したかもしれない女を見てみたかったから。最初はたったそれだけの理由だった。

 

 そして始まった自称尾形の相棒と、その母親との旅。この旅は――存外悪い物では無かった。 自分を相棒と呼び信用する少女と、優しい母親のような眼差しで自分達を見守る女。

 

「ほらほら、別に誰も取らないからゆっくりよく噛んで食べなさい」

 

 優しい眼差しが尾形を見つめる。「娘の相棒」という肩書きの尾形に、フィーナはまるで本当の子供に接するかのように扱った。そんな彼女の手は温かく、優しい。

 もしも……母親がまともだったら、こんな風に尾形自身を見てくれていたのかもしれない。そんなことをふと考えてしまうほど、尾形百之助は絆されていった。

 

 だが、歪んでしまった尾形は、絆されれば絆されるほど”試して”みたくなってしまう。

 

 

 だから――尾形はオリガを裏切ってキロランケに付いた。心のどこかで、オリガがやフィーナが許してくれるんじゃないかと期待して。

 

 

 

 

【でも、あの二人が尾形百之助()の過去を知っても変わらないなんてことは無いよ】

 

 幼い姿の百之助がそう言う。

 

(……だが、もしかしたら――)

【期待するだけ無駄だ。俺は欠けた人間だから、誰からも愛されることなんてない】

 

 坊主姿の百之助がそう言った。

 

(あいつらだったら――)

【それに俺は、あいつを裏切った】

 

 前髪を後ろになでつけながら、百之助はそう喋った。

 

【キロランケの誘いに乗ってのっぺら坊と杉元を撃った時、尾形百之助()オリガ(相棒)に引き鉄を引かなかったが、一瞬でも銃口を向けたのは本当のことだ。そして、娘を愛しているクレハがその事を知ったら――あいつは俺を憎むにきまっている】

(……っ)

 

【俺が愛されることなんてない】

 

 その言葉は的確に尾形の心を撃ち抜いた。

 愛されたい、自分を見て欲しかった。たったそれだけの感情で、今まで様々な人間を試して裏切ってきた尾形百之助。そんな自分が、誰かから愛されるわけなんてない。

 

(……あぁ、やっぱり俺では駄目か)

 

 そう呟いた瞬間、一瞬の暗転を経てからふっと意識が現実へと戻った。

 人の話し声と、自分の頬に触れる冷たい手ぬぐいの感触。重い瞼をこじ開ければ、そこには自分の頬を拭くフィーナがいた。じっと尾形がそんなフィーナの姿を見つめていれば、尾形の視線に気がついたフィーナが目覚めた尾形の姿を捉える。

 

 

「あっ、尾形くん大丈夫?」

 

 フォーナのその言葉に、尾形は長い夢が終わった事を悟った。

 

「ちょっと失礼するね」

 

 その言葉と共に、尾形の額にフィーナの手が触れる。フィーナは尾形の体温と、自分の体温を比べて問題ないことに小さく息をついた。

 

「うん、熱も下がったみたいだね」

 

 今の尾形の視界には勇作(幽霊)は居ないし、夢の中に現れた尾形百之助も居ない。

 

「本当に良かった」

 

 フィーナの温かな手のぬくもり。記憶の奥底に眠っていた微かな母親の温もりとよく似ていた。だが、その手のぬくもりは――今の尾形には酷だった。

 

 

 

【俺が愛されることなんてない】

 

 

 

 その言葉がずっと耳の奥でこだましていた。

 

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