前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
時刻は夕刻。人通りが少ない裏路地で少女は足をピタリと止めた。
「私をつけてきてどうしよって言うの? 兵隊さん?」
少女の問いかけに、一人の軍服の男がすっと物陰から姿を現した。少女は「27」と書かれた肩章を見て、後を付けてきたこの男が父親が手駒にしている歩兵第27聯隊所属の人物だと理解した。
「気づいていたか」
「えぇ、なんたって
「ハッ、随分おっかない師匠だな」
少女は再び男を真っ直ぐ見据えた、恐らく自分を撃つことは無いだろうと思いながらも、その手は何時でも"あしながおじ様"から貰った
「娘にとんでもないもん渡すなんてな」
「ふふ、嫌いでも貰えるものは貰っておかないと」
男は少女が拳銃を所持している事に気づいていた。
「今のところは撃つつもりはねえ」
「私もあなたが撃とうとしない限りは攻撃しないわ」
彼が背負っている三十年式歩兵銃と、そのスナイパーらしい眼光を見て瞬時に男の正体に気づいた。
「あなた、……確か尾形上等兵でしょ?」
「あぁ、そうだ」
男――尾形からの肯定の言葉に少女の頭脳には瞬時に尾形百之助という男の情報が出てくる。
尾形百之助。その男は、300メートル以内であれば確実に頭部を撃ち抜くほどの凄腕狙撃手であり、2000メートル先までの射撃も可能と言われている程の男だ。付いたあだ名は「孤高の山猫スナイパー」。「山猫」とは芸者の隠語であり、彼自身が元第七師団団長・花沢幸次郎中将とその妾の間の息子であるからに由来する。
そして、鶴見中尉はそんな尾形百之助という男の出生を利用して何かをしたという所までは少女の入念な下調べで調べあげた情報だった。
どうやって鶴見中尉のお得意の誑かしを行ったのかの詳細までは知らないが、確実に鶴見篤四郎という男だったら尾形の優秀さを放置するわけがないとオリガは踏んでいた。
少女は、尾形百之助へと取引を持ちかける。
「ねぇ、私と取引しない?」
「取引だと?」
「私はおじ様の野望を阻止するために、金塊戦争に参加するわ。あなたには、私とマーマを守って欲しいの」
少女は尾形を自分の陣営に引き込めば、敵である父の戦力も落とし、ついでに自分の戦力も上げられる事に繋がると思ったのだ。
「俺がわざわざ中尉を裏切って、お前の提案に乗って何の旨みがあるんだ?」
「そうね、今すぐあなたにこちらに付くことのメリットは提案できないわ」
少女の手持ちのカードは未だないに等しい。あるのは持って生まれた頭脳と、よく回る口、そして美しい容姿だけだった。
「でも、私にはあなたが必要なの」
少女は艶めかしく微笑んだ。それはまるで遊女が客を呼び込むように、年齢にそぐわない色気があった。
「こんなとびっきりの美少女にここまで言わせたのよ、それだけで価値があるとは思わない?」
「俺はガキには興味がねえ」
「まぁ、将来を楽しみにしたらいいじゃないの。かの光源氏だってそうやって紫の上を大切に育てたのに」
「知るか」
バッサリと少女の主張を切る尾形。つまらないと言いたげな尾形は、興味を失ったと言わんばかりに踵を返そうとする。
そんな尾形の姿を見て、少女はクスリと声を漏らした。
「……ふふふ、やっぱりあなたは私の理想そのものだわ!」
「あ?」
「私は見て分かるとおり美少女でしょ。顔が良すぎてそこら辺の男達はみーんな私に恋しちゃうのよ」
少女の顏は確かに整っていた。普通の男だったら、ちょっと潤んだ瞳で上目遣いをすればホイホイ何でも言う事を聞いてしまうほどだ。
少女が欲しかった手札は、そんな男ではなかった。
「私たちはこれから金塊争奪戦という血なまぐさい戦いに挑むの。それなのにそんな惚れた腫れたとかの薄い感情なんかで忠誠を誓われるなんてまっぴらご免よ。人間なんて愛情の比率が一緒じゃないとすぐに裏切るわ」
少女は、恋愛面での「愛」という感情は全く信じていない。信じられる「愛」は家族の愛情のみ。
「私が欲しいのは恋人じゃない、相棒なの」
少女が男に求めるのは「信頼」だった。
「お前の言う相棒ってもんは何だ?」
「そうね……一言で言うなら、一緒に地獄に行ってくれる人かしら?」
少女は、己の大切な人を守るために地獄への片道切符に手を伸ばそうとしている。
「私は大事なものを守るためだったら、躊躇なく手を汚すわ」
恋だ、愛だ、そんな生ぬるい感情なんて母の無償の愛以外要らない。
今すぐに欲しいものは、地獄の果までも付き合ってくれる盟友であり、相棒だけだった。
「この手を取りなさい、尾形百之助。私はあなたにパーパが見せた"愛"とは違うものを教えてあげる」
少女は躊躇せずに尾形へと手を差し伸べる。その小さな白い手が、この先血に濡れる……。
その光景を想像した尾形は、ふっと小さく笑い声を上げ、その手を取った。
「……おもしれえ女だな。いいだろう、お前に手を貸してやる」
凛とした女らしからぬ少女。そんな少女の行く末に、尾形は興味を持った。
「精々俺が裏切らないように祈ってな」
「ふふっ、今日から私とあなたは"相棒"よ! バディってやつね」
少女はニッコリと年頃の少女のように無邪気に笑った。彼女の中には、いつの日か母が聞かせてくれた寝物語が再生されていた。
「私の背中をしっかり守ってね、私もあなたの背中を守ってあげるから」
「お前みたいな小娘に俺の背が守れるか」
「あら、やってみないと分からないじゃないの」
ニヤリと二人は似たような笑みを浮かべた。十中八九見た人が震え上がるようなおぞましい笑みであったが、二人は特に気にしていなかった。
この瞬間、ここに一組のバディが誕生した。
彼らは、この先いつの日か本物の"相棒"となる日が来る。