前世の記憶を取り戻したら、原作開始前に死亡する予定のラスボスの妻になっていた件について 作:しらたま大福
炭鉱火災の消火のために、坑道川の水が注入された。無事に火災は収まり、水が抜かれた坑道からは今回の犠牲者たちが外に運び出されていた。
月島軍曹の遺体の確認のために派遣されたのは、主人公一行+キロランケと、牛山と永倉とオリガだった。七人が坑夫達に軍服の遺体の存在を聞き込みしている中、残された土方、尾形、家永、フィーナは江渡貝邸にて贋作を見分けるためのヒントを探し出していた。
剥製があった部屋を捜索する土方と尾形、そのほかの部屋を捜索する家永とフィーナ。(ちなみに、家永は絶対にフィーナには手を出すなと牛山達からきつく言いつけられている)
「贋作の手がかりと言っても、何がヒントになるんだか私では全然わからないですね……」
「私もです」
それっぽい手がかりもないまま、二人は部屋の中をぐるぐると回る。ふと視線を感じたフィーナは顔を上げた。すると、家永はじっとフィーナの事を穴が開くほど見つめていた。その視線は獲物に対する熱い視線ではなく、何かを見極めるかのような視線だった。
「えっと……どうしましたか?」
家永からの視線に、居心地悪さを感じながらフィーナは問いかける。
「ところで、ずっと気になっていたのですが……。クレハさんのその髪、ご自身の髪ではないですよね?」
「あ、やっぱり分かりますか?」
「えぇ、これでも医者の端くれなので」
家永が気になっていたのは、フィーナの髪だった。彼女の本来の髪色は目を見張るような金髪。しかし、その日本人とは無縁な髪色は、この北海道においてすら人々の目には異様に映るもの。
「本当の髪色は金髪です。でも、ここであの髪色は目立ちますし、色々とご時世的にもこの方が生きやすいんです」
ただでさえもその顔立ちのせいで人々の注目が集まりやすい。おまけに家には男手はおらず、美しい顔をした母と子が二人で住んでいるのだ。邪な心を持って近づいてきた人間もいたんだろうと家永は理解してしまった。
「そうだったんですね。確かに最近だと日露戦争もありましたし、外国人だと色々ご苦労なさりますよね」
「えぇ、幸い私の周りでは私がロシア人だからって過剰に攻撃されることもなく生きてこれました。多分この偽装の髪色のお陰もあると思うんですけど」
偽装工作の他に、鶴見が影で手を回していたからというのもあるのだが――あいにくの所、フィーナはその事実を知らない。
鶴見は決して恩着せがましくフィーナ達にその功績を伝えない。それは、自分が離れていても家族を守るのは当たり前だと思っているからだ。
互いに愛情はある。だが、運命は掛け違えたボタンのようにずれてしまっているだけ。その事実に気づけたら――彼女たちはこんなにも遠回りをしなくてもいいのだろうに。
「ユキコが私の髪色を受け継がなくて本当に良かったと思います。あの子の生まれはロシアですけど、私の事情で勝手に日本へと連れてきました。もしも、ユキコの髪色が金髪だったら……あの子には今まで以上に苦労させていたに違いありませんから」
娘の身を案じる母の姿。その姿に、家永は感嘆の息を零した。
「あなたは――ちゃんと母親ですね」
「え?」
「わたし、クレハさんがお腹にユキコさんを宿している所が見たかったです」
母に憧れ、その姿を追い求めていた家永カノこと家永親宣。見れなかった妊婦(完璧)な姿を見てみたかったと彼女は今でも思う。
「そして、あわよくば出産を手伝った暁には……胎盤を頂きたかった」
「あ、あはは……」
じゅるりと舌なめずりをする家永に、フィーナは思わず乾いた笑みを浮かべた。先ほどのシリアスシーンは一気に消えたのであった。
ガシャァーン!! その時、人間の剥製があった部屋の方から窓柄の割れる音が響いた。様々なものが焼ける焦げ臭い匂いと、真っ黒い煙がたちまち立ち上がる。
「っ!!」
「家永、クレハ、外に出るな! 撃たれるぞ!!」
尾形からの言葉に、家永とフィーナはとっさに玄関から離れる。明らかにこちらを”殺す”という明確な殺意を持った奇襲。北海道に来てからは初めて経験する張り詰めた雰囲気に、フィーナの背にはじっとりと冷や汗が伝った。
「鶴見の手下がこの家を消しに来たと言うことは、月島軍曹が生きて炭鉱を脱出したと考えるべきか」
「だろうな」
「窓は鉄格子がある、外の連中にとっても突入するならば玄関以外は無い。外の連中を玄関まで追い込む」
尾形はそう告げると、銃撃戦の鉄則である高い位置を陣取るために急いで二階まで走って行った。尾形を見送った土方は、続いてその場に残っている家永とフィーナに向かって指示を出す。
「今からここで戦闘が始まる、お前達はあちらに行け」
その言葉に二人は素直に頷き、静かに指示された方向へと逃げる。すると、すぐ玄関やら二階の方から銃撃戦が始まる銃声が聞こえた。
家が燃え、煙が広がる。多勢に無勢である現状では、圧倒的に土方達の方が不利だ。今この瞬間も、ジリジリと追い詰められていた。
「ゴホゴホっ」
煙を吸い込んでしまったフィーナが大きく咳き込む。その背を撫でながら、家永は「できるだけ煙を吸わないで」と注意する。
そんな中、二人がようやくたどり着いた窓には鉄格子が嵌められており、とてもでは無いがそこからは逃げられない。
「逃げ場が……」
ジリジリと家を焦がす炎が、その生死を簡単に奪う煙が。フィーナ達のすぐ側まで死神のように迫る。
もう逃げ場がない、そう思った瞬間――牛山によってべキャッと鉄格子が外された。
この時、フィーナ達にとって牛山の存在はまさに「神」のようだったと後に二人は語る。
「牛山様ッ!」
「どいてろ、家永とクレハさん!」
家永とフィーナが江渡貝邸から抜け出すよりも早く、杉元は土方達の援護をするために中へと滑り込んだ。銃を構えた杉元は一直線に中へと進んでいく。
「マーマを頼んだわ!」
杉元に引き続き、オリガも家の中へと突入していく。その手には、どこから調達してきたのかは分からないが、立派な角材を手にしていた。
「おい、ユキコ!! どこにいく!!」
「ちょっとそこまでー!!」
娘の無鉄砲な行動に、フィーナは一酸化炭素中毒になりかけで痛む頭の中、必死にオリガに向かって手を伸ばす。
しかし、フィーナの手はオリガを掴むことなく空を掴んだ。
『……オリューシャ、行かないで』
とっさに出たロシア語。その言葉の意味を知る人間は――ここにはいなかった。
ガッ、ガタッ。二階から僅かに聞こえてくる物音。現在二階では、兵士に馬乗りになられた尾形が銃の床尾で一方的に殴られていた。
「死ね!! コウモリ野郎がッ!」
尾形から完全にマウントを取り、そのまま床尾で尾形を殴り殺そうとする兵士の後ろに一つの影が。
「私の相棒を返してくださいませ」
角材を握りしめたオリガは、容赦なく兵士の後頭部をフルスイングでぶん殴った。ゴンと鋭い音を立てて兵士の体から力が抜け尾形の上に倒れ込む。
そんな兵士を一瞥したオリガは、「フン」と小さく鼻を鳴らした。
「……随分凶暴な娘だな」
「相棒の危機には、淑女だって多少は乱暴なことはするわ」
軽口を叩く尾形ではあるが、危険な中わざわざ外から飛び込んできて『相棒』だからと助けてくれたオリガに嫌な気持ちはしなかった。
「ほら、撤退するわよ尾形」
オリガの差し出した手を、尾形はじっと見る。
「は・や・く」
ふっと小さく息をついた尾形は、その小さな手を取った。
土方の元へは杉元が、尾形の元へはオリガが駆けつけたことによって一行は無事に江渡貝邸を脱出した。
「大勢で行動すれば目立つ。ここからは二手に別れて逃げよう」
「月形の樺戸監獄で待ち合わせる」
杉元と土方の間で別行動を取ることが決まった。
「永倉たちを探して合流する。お前たちは先に月形へ向かえ」
「こいつらと?」
杉元達の方を見てしゃべる牛山に、土方は「そうだ」と言葉を返した。そして、現在土方の手に抱かれて眠っているフィーナに心配そうに寄り添うオリガへと視線を向けた。
「ユキコには申し訳ないが、クレハはこちらで預かる。先ほどの煙を吸ってしまったみたいで少し具合が悪いみたいだ」
「幸い命には問題ないので、多少休息を取れば大丈夫です」
「……良かった」
安堵の表情を浮かべるオリガへ、土方は容赦なく冷静な判断を下す。
「母親と離すのは心苦しいが、お前には杉元達と一緒に行って貰う。ユキコの頭脳はそちらで発揮した方がいいだろう」
「確かに、こいつらは脳筋ばっかりだな」
「だれが脳筋だよ!」
オリガは土方の言いたいことが分かった。確かに、杉元達一行は機転が利くところもあるが、基本的には物理で何とかしようとする悪癖があるのは短い期間しか一緒に居ないがなんとなく察していた。
オリガはそんな杉元達一行では、特に司令塔として役に立つだろうという考えでの班分けなのだろうと。
「分かったわ」
こうして、土方陣営&杉元陣営は一時共闘とういう形を取り、混合班を作って月形の樺戸監獄へと向かうこととなった。