才能の権化が才能を無駄遣いしていることを嘆くのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
あと主人公がどんな指針を持っているのかわからないという意見も頂いたので書いておきます。性欲です。
ではどうぞ。
「――という夢をお前は見た」
「私は……そういう夢を見た」
「お前は酒場にやって来るなり、謎の眠気に襲われて倒れた」
「私は……眠くなって倒れた」
「起きてもカウンターに座っていることを気にすることもなく、店主に注文を聞かれて『合言葉』を告げる」
「私は……気にしない。合言葉……言う」
「オーウ……イエーア」
「オーウ……イエーア」
明らかにアイズが口にしそうにない言葉を言わせても抵抗しない。完璧に催眠にかかっていることを確認したジークは、人形のように脱力して椅子に座るアイズの前で肩の力を抜いた。
周囲では【ヘルメス・ファミリア】が総出で証拠隠滅を行っている。出てしまった体液を拭き取ったり、服を着替えたり、アイズの風で壊れた酒場の備品の修理など、便利屋の名に相応しい手際の良さである。ジークも『スキル』を発動させて傷を治し、ドワーフの主人に催眠を使い、服も変えていた。
先程までの出来事を覚えられていたら『豊饒の女主人』の店員並に嫌われてしまう。そうなってしまえば関係の修復は不可能になる。アイズのような美少女と仲良くなれるかもしれない未来を捨てる気はジークになかった。故に剣を受け止めてすぐに意識を刈り取り、記憶の改竄に移ったのである。
それにしても……ジークはアイズの顔をじっくりと眺める。モンスターと戦っている時はひたすら能面のように無表情だが、催眠の影響で力が抜けている今の顔は年相応の可愛らしさがある。またとない機会だし、今のうちに仕込みをしておくべきか……?
「くそぉ……『催眠魔法』を使っている時は犯罪者臭がプンプンしていたのに、なんで【剣姫】の胸を凝視するのは絵になるんだよ」
「イケメンだからだろ。下心丸出しなのに『隠そうとしないのが逆にイイ!!』って好意的に取られるのは見た目がいい奴だけ。俺等みたいなのが同じ真似すれば【ガネーシャ・ファミリア】に突き出されて終わりだ」
「こうなったら催眠に割り込んで【剣姫】を俺に惚れさせて――」
「殺すぞ」
「すんませんでした!!!」
ジークの冷え冷えとした眼差しに口を滑らせた団員が頭を下げる。謝罪されても目を逸らさないことで虐めるジークだが、震える仲間が可哀そうになって動いたのか
「まったく、これから面倒な依頼をこなさないといけないのにこれ以上消耗させるなよ。……というかジーク。以前から気になっていたんだが、なんで催眠で惚れさせることはしないんだ? 惚れ薬も開発しようとする様子がないし」
「誰だって嫌だろう、偽りの気持ちを植え付けられて愛を育むなんてさ」
全員が勢いよくジークを見た。なんだその「おまいう」みたいな目は。不機嫌そうに眉を顰めるジークに顔を引きつらせたファルガーが再び声をかける。
「……本気で言ってるのか?」
「本気だが」
「快楽責めで絶頂させまくって調教するのはアリなのにか?」
「本人が快楽に正直になった結果だからな。罪悪感を覚える訳がない」
結果がわかりきった女なんぞつまらない。誰だって最初から股を開く女より靡かない高嶺の花を屈服させたいだろう。性の快楽に屈して憐れな存在に成り下がるのか、それとも精神の強さを見せつけるのか――どちらにしろ楽しめる。
まだ何かを言いたげなファルガーに
自分が原因とはいえ協力しながら活動する仲間達の姿に、ジークはとある人物のことを思い出しそうになった。しかし、アイズが意識を取り戻したことで中断され、呼ばれたアスフィが出発の命令を出したことで忘れ去られた。
アイズが起きるのがもう少し遅ければ、アスフィがもう少し時間をかけて24階層へ向かう命令を出していれば、ジークは思い出していただろう。
――ジークが強くなろうと誓った、忌まわしき過去の記憶を。
♦♦♦
ジークが天涯孤独になったのは三歳の頃である。この時既に明確な自我を持っていた彼は合理的判断や理知的な言動をすることができたが、親が死んで即座に一人暮らしができるようになったりはしない。
だって三歳だ。一目で完璧に物事を覚えられたとしても知れる情報の量に限度がある。身長の低さは料理洗濯炊事の足かせになるし、病気になっても治療薬を作ったりはできないし、子供だからと舐められて理不尽な目に合うこともある。ジークが天才であるのはそのことをはっきりと理解していて、それを解決するために動けたからだ。
何をしたのかというと、父の知り合いで目ぼしい人物をリストアップして訪ねたのである。子供を憐れんだ老夫婦が拾って育ててくれるなんて夢は見ない。どこまでも自分の能力でできる範囲で行動する。
こうしてジークは父の所属していた【ファミリア】と腐れ縁だったらしいエルフと数年一緒に住むことになった。
彼女の名前は知らない。教えてもらえなかったから「おい」や「あんた」と呼ぶしかなかった。彼女はかつて冒険者だったらしいのだが、とあるモンスターの『猛毒』を浴びてしまったせいで戦線離脱を余儀なくされたそうだ。そのせいで彼女の仲間達が死んでしまった戦いに参加できなかったことを悔やみ、人知れず朽ちていこうとしていたところにジークは転がり込んだ訳だ。生きるためだったので罪悪感はなかった。
彼女は美しくて博識で強い人だった。一緒にいるだけで幸せな気分になれた。薬学の知識や戦いの基礎などは彼女に教えてもらった。彼女も薬学では突き抜けた才能故に誰も付いてこれなかったため、天才であるジークとは話ができて楽しそうだった。
何より彼女は
――大切な人だった。ずっと一緒にいたいと思ってた。薬学だって彼女のために頑張っていた。……初恋の人だった。
幸せな日々が続くと信じていたジークが彼女を驚かせようと隠れて開発していた発明品を持って家に帰った時……彼は、情緒や感情をぐちゃぐちゃにされた。
――初恋の人がチ〇コ生やして同じようにチン〇生やした超絶美少女と情事にふけっていた。
うん、聞いたことはあった。彼女が何度か『女のままチ〇コ生やして女の子を犯したい。逆も可』と言っていたのも覚えてる。手伝いの一環で性転換の薬を作って提供したりもした。でもこれはない。微塵も興奮できない。脳が破壊される。吐き気が止まらない。
完全に男になっているならまだよかった。でも女神に匹敵する美貌とスタイルを持ったまま美女二人の股間から生えたチン〇。無駄にでかくてグロテスク。世界で最も貴重な食材がオッサンの臭い足で踏みつぶされた気分だった。
そして彼女が吐いた次の言葉が、ジークを絶望のどん底に叩き落とす。
『男ってこんなに気持ちいいことしてるのか。……そうだ! ジーク、お前の尻の穴でヤらせてくれよー。男がメス堕ちするのを見たいんだぁ』
全力で逃げた。何度も後ろの穴を犯されかけた。生涯で最も絶望して、最も涙を流して、最も知恵を振り絞ったのがあの日だった。
後に彼女とまぐわっていた女性がジークの元へ訪れ、死ぬ瞬間を大切な家族に見られたくないがために一芝居打ったと聞かされたが、
『他にもっとやり方があるだろうが馬鹿野郎ぉおおおおおおおおおおおおっ!! 初恋は叶わないって言うけどこんなのあんまりだろうがよぉおおおおおおおおおお!? あといつまで生やしてるんだそのスカートを持ち上げているブツはよぉおおおおおおおおおおおおおお!!!』
それ以来、ジークは自分以外の男性器が見れなくなった。どうしてもチ〇コの生えた彼女――神によるとふたなりエルフ――に襲われる光景を思い出して気絶してしまう。性転換薬も男を女にするものしか作っていない。攻めの女性が苦手になったのもこれが原因だ。
しかし、ジークは考えてしまう。あの日、自分が彼女より強ければ未来は違ったんじゃないか。力があれば自分が彼女の生きる理由になれたんじゃないか……と。
だから、天才故に強さを不要とし、知識こそが理想を叶えるものと考えていた少年は強くなると誓ったのである。
♦♦♦
「――で? それが
「敵なんだからそれくらいいいじゃん! 偶然を装ってアスフィ達の服もやってやろうかなって考えたけどやらなかったし! あとあの光景はマジでトラウマになるからね!? リヴェリアやアイズに置き換えてみたらわかると思うから! というかホモになったり女性恐怖症にならなかったことを褒めろよ。ホモだったら多分【アポロン・ファミリア】に入ってたぞ。オラリオが汚い薔薇の咲き誇る都市になっていたかもしれない未来を変えたんだ! 俺は英雄なんだ!」
「あ、こちら男性器の写真です」
「――」
「本当に気絶した……え、嘘じゃないんですか?」
忌まわしき過去=普通にトラウマ
強くなった理由には尻を絶対に掘られることがないようにというのがある。
ジークは天才だけど孤独にならず、好きだった人は孤独を選んだ。
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