才能の権化が才能を無駄遣いしていることを嘆くのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
悪の温床であり苗床、
本来なら
だがしかし! 敵にとって不幸極まりなかったのは五年前にオラリオにやって来た天才が正義側に立っており、その天才が『かわいそうなのは抜けない』とのたまう変態紳士だったことである。女性にガチで酷い胸糞悪い真似をして性欲を満たす輩をこの男は絶対に許さないのだ。
憐れなのは『設計図』を所持していた男、ディックス・ペルディクスである。神に近い天才の勘によって即座に補足され『設計図』を奪われた彼はその命を奪われる直前になって、自分が見ていた『設計図』――『ダイダロスの手記』が催眠魔法によって偽られた
他にも
後処理も大変だった。切り札として持たせていたとある『キノコの胞子』をフィンが吸ってキノコに異常な敵対心を抱くようになったり、ベートが死者に鞭打つような発言をして【ロキ・ファミリア】の空気が険悪になったり、天才のようにふたなりがトラウマになる者が続出した。
それでも間違いなく最上の結果を得られた。全てが終わった時、関わった者達の胸に浮かんだ人物は共通していた。もし彼がいなければ
才能の権化。下界の『可能性』の体現者。最も黒き終末に近き者。
その名は――
「――ジーク・グレイマン。君に話がある」
「きゃあああ!? フード被った骨だけのおばけ!? もしかしなくても
「あっ、こらっ、極東の除霊術をするな! 塩を撒くのをやめろ! お札を投げつけるのも待て! 私はウラノスの遣いだ、幽霊や怨霊の類ではない!」
「……どっちにしろ俺にとっては似たようなものだろうが! 絶対に『くっ殺の館』とか着服した
「悪いことをしているという自覚はあるんだな……って違う。要件は君が
「なんだと? 雄は殺そうが持っていこうがどうでもいいけど、女の子達に手を出すならデメテル様の畑の肥料にすんぞこの骸骨!」
「そのモンスターの仲間達が君に礼をしたいそうだ。特にエルフに劣らぬ美貌を持つ
「行くに決まってるだろ案内しろ!」
♦♦♦
布の上からでも骨しかないとわかってしまったジークは、人間でもモンスターでもない存在に思わず取り乱してしまうも、『ウラノスの遣い』という言葉に反応して動揺する心を鎮めた。別にその肩書きに怯えた訳ではない。こいつの口から嘘を話させれば今までやってきた黒いことはバレないんじゃね? と思い付き、催眠をかけてやろうと窺い始めたからである。
しかし、ウラノスの遣い――フェルズの話を聞いてみたところ、後ろめたいことを追及したり、罰を与えに来た訳ではないと判明。目的はジークが保護しているモンスター、通称『
『
見た目が良くて最低限の人格があるならモンスターであろうと関係ない。ジークは檻から『
閑話休題。
今まで『
その結果――。
「俺もうここに住むわ」
「どうしてその結論に至った」
ダンジョン20階層。『
「どうもこうもあるか! 世界ってやつを四回は救っているのに、俺は全くと言っていいほどモテない! 地上じゃ大金払わないと娼婦でもやってくれないサービスを、この子達は進んでやってくれるんだぞ? それも嫌々ではなく嬉々としてだ!」
「……まあ、彼等が君に好意を抱くのは当然のような気もするが」
直視に堪えない恰好で情けない発言をするジークから視線を外したフェルズが見るのは、離れた場所で大はしゃぎしている『
「すっげー、人間ってこんなに喋りやすいのか! うわっ、尻尾がないと違和感がすげえ!」
「足、足だよ、皆! 水の中でしか暮らせなかった私が地面を歩けるなんて……夢みたい」
「ア……ア、アー。クチ、アル。……ハナシ、デキル!」
「触っても傷が付かねえ! いいなぁ、爪がない手って!」
「ふんっ、くだらん! 所詮は制限時間のある薬によるまやかしだ。一時の夢に過ぎん!」
「そういうグロスだって興奮してるだろ! 片言じゃなくなったし、触れ合えば命の温もりや鼓動を感じられる身体になって、何より髪の毛フサフサのハゲ脱却だ! しかもお前の見た目は男の娘ってやつ!」
「貴様等も元は髪などなかっただろうがぁあああああ!!」
そこにいたのは人類の潜在的恐怖と嫌悪を呼び起こす異形の怪物の群れではなく、既存の亜人達とも異なる特徴が所々にあるだけの人間達だった。
『擬人化薬』。これの存在を知った日から、ウラノス達は『
薬はその効果を遺憾なく発揮し、雄であれば凛々しい男性に、雌であれば見目麗しい女性に変化させた。ついでに雄が使った時は盛大な舌を弾く音が、雌が使った時は口笛の音が響いた。
ジークに『
「――真面目な話をしよう、ジーク・グレイマン」
喜びと幸福で満たされた空気を一掃するかのように放たれたフェルズの言葉は恐ろしいほど冷淡だった。場は一気に静まり返り、ジークも立ち上がってフェルズと相対する。
「ウラノスは君に可能性を見ている。私もそうだ。人類と怪物の共存……言葉と理性で対話を望みながらも、『怪物』という負の烙印を押されている『
「……」
「他力本願なのは理解している。だが、私達には手段も方法もない。君だけなのだ、彼等の夢が叶うかもしれないと期待させてくれたのは」
「……」
「だから頼む――我々を助けてほしい」
元『賢者』の鳴れの果てである『愚者』はこの取引が成立する可能性を限りなく低く見積もっていた。卑下もせず、希望的観測もなく、それはただの事実である。
第一にジークに利益がない。製法を聞いたところ、『擬人化薬』は
対するデメリットは山のようにある。『
それでも望まずにはいられない。頭はキレる、力はある、
『
きっとそのことに目の前の男は気付いている。だからこれは『賭け』だ。破滅の路を確実に断つという選択をしたジークに殺される『覚悟』を決めたフェルズは、ただ頭を下げてその時を待つ。
「助けるから『諦観』を滲ませるのをやめろ。腹立つ」
「…………………………えっ?」
間抜けな声が黒衣から漏れた。見守っていた『
骨だから黒衣の中でも表情に変化などないのに勘で微妙な気持ちになったのを察したのか、ジークはフェルズを睨みつける。
「助けるっつってんだろ。雄の連中は可愛い子達のついでだがな。文句あんのか? それとも耳がないのか?」
「いや、骨だから耳はないが聴覚は生きている……まだ、信じられないだけだ。言ってしまうと、断られると思っていた」
「チッ……なら『
「あ、ああ……」
「【輝く誓い、黄金の約束、結ばれし約定の環は決して破れず】――【ライン・リング】」
超短文詠唱の『制約魔法』が完成し、心よりも更に深いところを縛られるような感覚を味わいながら、フェルズが正気を取り戻したのは『擬人化薬』を与えられた時以上に興奮と喜びを露わにする『
――後に「どんだけ衝撃的だったんだよ。骨だから衝撃に弱いのか?」といじられ続けることを、フェルズはまだ知らない。
♦♦♦
「ヘルメス様ッ!!」
「おおうっ、どうしたアスフィ? そんなに慌てて」
迷宮都市を囲む巨大市壁の上から遠くの平原で繰り広げられるオラリオ連合対ラキア王国の一方的な戦いを眺めていたヘルメスの下に、盛大に息を乱したアスフィが訪れていた。汗を垂れ流す彼女は「ジ、ジ、ジークがッ、ジークの阿呆がついに……!」と言いながら、震える手で手紙をヘルメスに渡す。
「アイツ伝言とか置手紙大好きだよなぁ。【
クシャクシャになった羊皮紙を開いたヘルメスは無駄に綺麗で達筆なジークの文字に素早く視線を走らせる。
『ヘルメス様へ
よくも「
あと恒常的な「擬人化薬」の材料で一番重要な「黒竜の生き血」が大量に必要になったから「黒竜」の捕獲に行ってくる。北の地域で人が寄り付かない場所にある鱗から超微量の血を集めるのもうしんどいし。
もし負けて世界が滅びることになった時のために先に書いとく。メンゴ!
P.S おやつは三〇〇ヴァリスって誰が決めたの?
ジーク・グレイマン』
「……………………は?」
優男の笑みを完全に消し去ったヘルメスの手中で、グシャリと音を立てて羊皮紙が握り潰された。
クノッソスに参加しないと言いながら18階層からこっそり参加し、『異端児』や有用な魔道具を着服した主人公。言うことを聞かせられる鞭と首輪……夢が広が……胸が弾……良心が痛むな。
可愛くない『
言っておきますが『黒竜』を捕獲して君は世界最強の英雄だー、ハッピーエンド! みたいなありきたりな結末にはしません。