才能の権化が才能を無駄遣いしていることを嘆くのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 こんな主人公がいて悲劇が起きる訳ないんだよなぁ。


『異端児』

 悪の温床であり苗床、闇派閥(イヴィルス)の残党が潜むにはこれ以上ない堅牢さを誇っていた『人造迷宮(クノッソス)』の攻略は一発で成功した。

 

 本来なら人造迷宮(クノッソス)はダンジョン以上に生存が絶望的な魔境だ。正しい道など一つもわからず、進路は最硬金属(オリハルコン)の『扉』によって強制されるか遮られる。敵は自爆を前提にした死兵、『呪詛(カース)』や異常魔法(アンチ・ステイタス)を使ってくる暗殺者集団、呪道具(カースウェポン)を装備したLv.7を超える赤髪の怪人(クリーチャー)。そこにモンスターや悪辣な罠が加わるのだから、誘い込まれればじわじわと追い詰められて朽ちるのがオチだった。

 

 だがしかし! 敵にとって不幸極まりなかったのは五年前にオラリオにやって来た天才が正義側に立っており、その天才が『かわいそうなのは抜けない』とのたまう変態紳士だったことである。女性にガチで酷い胸糞悪い真似をして性欲を満たす輩をこの男は絶対に許さないのだ。

 

 最硬金属(オリハルコン)の『扉』には『鍵』を作る。呪道具(カースウェポン)対策の薬を量産する。情報伝達に優れた『眼晶(オクルス)』のように有用な数々の魔道具(マジックアイテム)を用意し、敵の戦術や戦法を知り尽くし、正確な【ステイタス】が判明しているなら【ロキ・ファミリア】の首領にはいくらでも手が打てた。

 

 人造迷宮(クノッソス)道筋(ルート)も天才は解決した。何をしたのかというと、こっそり侵入して『設計図』を奪ったのである。神聖浴場の彫刻(モニュメント)に覗きのための『眼晶(オクルス)』を仕込んだ男にとって、悪魔の彫刻に紛れ込ませた監視装置など丸分かりであり、欺くことは児戯に等しい。闇派閥(イヴィルス)も透明化の魔道具(ほっかむり)を被り、床を削って指が入る程度の隙間を作り、指の力だけで『扉』をこっそり持ち上げて忍び込む怪物がいるなど想像できるはずがなく、侵入を許してしまった。

 

 憐れなのは『設計図』を所持していた男、ディックス・ペルディクスである。神に近い天才の勘によって即座に補足され『設計図』を奪われた彼はその命を奪われる直前になって、自分が見ていた『設計図』――『ダイダロスの手記』が催眠魔法によって偽られた太陽神(アポロン)肖像画(ブロマイド)だと気付いたのだ。ディックスを仕留めたベートが見たのは、下衆な行いをしてきた敵であっても思わず同情してしまうほど恥辱と苦悶に満ちた死に顔だったという。

 

 他にも闇派閥(イヴィルス)幹部のヴァレッタ・グレーデが遺した「てめーだけは凌辱してやる!!」という遺言に「最適な部屋があるから案内しようか、フィン?」「身に染みるほど知ってるよ。絶対に忘れないからね」と論じる二人がいたり、怪人(クリーチャー)レヴィスとの戦いの決め手が女性器の上から生えたせいで裂けやすくなっていた男性器を真っ二つにしたことによる未知の激痛で失神だったり、『精霊の分身(デミ・スピリット)』にも立派なブツが生えていたせいで天才が再び役立たずになったりした。

 

 後処理も大変だった。切り札として持たせていたとある『キノコの胞子』をフィンが吸ってキノコに異常な敵対心を抱くようになったり、ベートが死者に鞭打つような発言をして【ロキ・ファミリア】の空気が険悪になったり、天才のようにふたなりがトラウマになる者が続出した。

 

 それでも間違いなく最上の結果を得られた。全てが終わった時、関わった者達の胸に浮かんだ人物は共通していた。もし彼がいなければ黒幕(エニュオ)の計画はこれほど迅速に阻止できていない。これだけの犠牲者で人造迷宮(クノッソス)は攻略できていない。この程度の悲劇で済んでいない。

 

 才能の権化。下界の『可能性』の体現者。最も黒き終末に近き者。

 

 その名は――

 

 

 

 

 

 

 

「――ジーク・グレイマン。君に話がある」

「きゃあああ!? フード被った骨だけのおばけ!? もしかしなくても人造迷宮(クノッソス)からパクった魔道具(マジックアイテム)に取り憑いていた悪霊かクソッタレ! 悪霊退散悪霊退散! 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏!」

「あっ、こらっ、極東の除霊術をするな! 塩を撒くのをやめろ! お札を投げつけるのも待て! 私はウラノスの遣いだ、幽霊や怨霊の類ではない!」

「……どっちにしろ俺にとっては似たようなものだろうが! 絶対に『くっ殺の館』とか着服した闇派閥(イヴィルス)魔道具(マジックアイテム)について何か言いに来たんだろう! 人造迷宮(クノッソス)攻略や『都市の破壊者(エニュオ)』捕縛に多大な貢献したんだから見逃せよちくしょー!」

「悪いことをしているという自覚はあるんだな……って違う。要件は君が人造迷宮(クノッソス)から密かに運び出して保護しているモンスター達についてだ」

「なんだと? 雄は殺そうが持っていこうがどうでもいいけど、女の子達に手を出すならデメテル様の畑の肥料にすんぞこの骸骨!」

「そのモンスターの仲間達が君に礼をしたいそうだ。特にエルフに劣らぬ美貌を持つ半人半鳥(ハーピィ)歌人鳥(セイレーン)が強く望んでいたぞ。彼等の『隠れ里』に案内するついでに君が保護している者達も運搬すれば好感度は跳ね上がること間違いなしだろうが……嫌なら断ってくれても構わない」

「行くに決まってるだろ案内しろ!」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 人造迷宮(クノッソス)攻略作戦に参加したり、男に手を出されて怒髪天を突いたフレイヤに襲撃された【イシュタル・ファミリア】から仲のいい女の子達を救助したり、何故かガネーシャが『キノコの胞子』を吸っていたけどいつも通りの奇天烈さだったせいで全然気付けなかった騒動が発生して数日後。醜態を晒させることに飽きたら犬の糞でも食わせて送還してやろうと考えていたディオニュソスが回収された(いなくなった)『くっ殺の館』で過ごしていたジークの所に、全身を黒衣で包んだ謎の人物が現れた。

 

 布の上からでも骨しかないとわかってしまったジークは、人間でもモンスターでもない存在に思わず取り乱してしまうも、『ウラノスの遣い』という言葉に反応して動揺する心を鎮めた。別にその肩書きに怯えた訳ではない。こいつの口から嘘を話させれば今までやってきた黒いことはバレないんじゃね? と思い付き、催眠をかけてやろうと窺い始めたからである。

 

 しかし、ウラノスの遣い――フェルズの話を聞いてみたところ、後ろめたいことを追及したり、罰を与えに来た訳ではないと判明。目的はジークが保護しているモンスター、通称『異端児(ゼノス)』の保護であるという。

 

異端児(ゼノス)』はジークが人造迷宮(クノッソス)で見つけた異端の怪物だ。人間と同じ理知を宿し、牙や爪ではなく言葉で人と接しようとするモンスター。――何より人に近いモンスターは可愛い子や美人な子が多い!

 

 見た目が良くて最低限の人格があるならモンスターであろうと関係ない。ジークは檻から『異端児(ゼノス)』達を解放し、誰にも話さず隠れ家で世話をした。可愛い系や美人系の『異端児(ゼノス)』は手ずから治療を施し、温かい食事を用意し、汚れなどを丁寧に洗った。それ以外の『異端児(ゼノス)』は『賢者の石』の制作過程でできた万能薬(エリクサー)以上の回復効果のある水で湯を張った風呂に蹴り落として、適当な高級店の食事と寝具を用意した部屋に押し込んだ。どっちが手厚く面倒を見られているのかわからなくなる対応だった。

 

 閑話休題。

 

 今まで『異端児(ゼノス)』の案件にジークを関わらせないことをヘルメスと約束していたウラノス達だったが、本人がこうも関与してしまえばそんなことを言っていられなくなり、ヘルメスに無断でフェルズと接触させ、他の『異端児(ゼノス)』にも会わせた。

 

 その結果――。

 

「俺もうここに住むわ」

「どうしてその結論に至った」

 

 ダンジョン20階層。『異端児(ゼノス)』の住処である未開拓領域で真顔で呟いたジークに、フェルズの思わずといったツッコミが炸裂する。現在ジークは歌人鳥(セイレーン)に膝枕をさせ、半人半鳥(ハーピィ)の羽を布団代わりに、半人半蛇(ラミア)を抱き枕にした性欲に正直な馬鹿のような状態になっていた。

 

「どうもこうもあるか! 世界ってやつを四回は救っているのに、俺は全くと言っていいほどモテない! 地上じゃ大金払わないと娼婦でもやってくれないサービスを、この子達は進んでやってくれるんだぞ? それも嫌々ではなく嬉々としてだ!」

「……まあ、彼等が君に好意を抱くのは当然のような気もするが」

 

 直視に堪えない恰好で情けない発言をするジークから視線を外したフェルズが見るのは、離れた場所で大はしゃぎしている『異端児(ゼノス)』達である。

 

「すっげー、人間ってこんなに喋りやすいのか! うわっ、尻尾がないと違和感がすげえ!」

「足、足だよ、皆! 水の中でしか暮らせなかった私が地面を歩けるなんて……夢みたい」

「ア……ア、アー。クチ、アル。……ハナシ、デキル!」

「触っても傷が付かねえ! いいなぁ、爪がない手って!」

「ふんっ、くだらん! 所詮は制限時間のある薬によるまやかしだ。一時の夢に過ぎん!」

「そういうグロスだって興奮してるだろ! 片言じゃなくなったし、触れ合えば命の温もりや鼓動を感じられる身体になって、何より髪の毛フサフサのハゲ脱却だ! しかもお前の見た目は男の娘ってやつ!」

「貴様等も元は髪などなかっただろうがぁあああああ!!」

 

 そこにいたのは人類の潜在的恐怖と嫌悪を呼び起こす異形の怪物の群れではなく、既存の亜人達とも異なる特徴が所々にあるだけの人間達だった。

 

『擬人化薬』。これの存在を知った日から、ウラノス達は『異端児(ゼノス)』と人類の共存も夢物語ではないと直感した。今日まで現物は手に入れられなかったが、使った結果は見ての通りだ。

 

 薬はその効果を遺憾なく発揮し、雄であれば凛々しい男性に、雌であれば見目麗しい女性に変化させた。ついでに雄が使った時は盛大な舌を弾く音が、雌が使った時は口笛の音が響いた。

 

 ジークに『異端児(ゼノス)』が好意を抱くのも当然だろう。人類や地上に強烈な憧れを持つ彼等にとって、太陽の下で生きられる人間(すがた)になれる手段を齎してくれたジークは希望そのものだ。初対面時の『助けを求める女の子の手や涙から怪物だからって理由で目を背けるなんて俺は絶対にしない。野郎は死ね』というセリフも愛嬌として捉えられている。

 

「――真面目な話をしよう、ジーク・グレイマン」

 

 喜びと幸福で満たされた空気を一掃するかのように放たれたフェルズの言葉は恐ろしいほど冷淡だった。場は一気に静まり返り、ジークも立ち上がってフェルズと相対する。

 

「ウラノスは君に可能性を見ている。私もそうだ。人類と怪物の共存……言葉と理性で対話を望みながらも、『怪物』という負の烙印を押されている『異端児(ゼノス)』の存在意義を証明してもらえるのではないかと」

「……」

「他力本願なのは理解している。だが、私達には手段も方法もない。君だけなのだ、彼等の夢が叶うかもしれないと期待させてくれたのは」

「……」

「だから頼む――我々を助けてほしい」

 

 元『賢者』の鳴れの果てである『愚者』はこの取引が成立する可能性を限りなく低く見積もっていた。卑下もせず、希望的観測もなく、それはただの事実である。

 

 第一にジークに利益がない。製法を聞いたところ、『擬人化薬』は万能薬(エリクサー)など比ではない貴重な素材と莫大な資金がかかっている。金ならまだしも、材料に関してはフェルズであっても安易に用意するとは口にできない代物だった。

 

 対するデメリットは山のようにある。『異端児(ゼノス)』への加担が露呈すれば待っているのは破滅だ。疎外と排斥だ。人類の敵である怪物以上の嫌悪や非難を向けられるだろう。『人類の敵』の名はあらゆる糾弾をぶつける恰好の的となり、彼から富や名声、居場所を奪うことを許す免罪符となってしまう。

 

 それでも望まずにはいられない。頭はキレる、力はある、魔道具作成者(マジックメイカー)の才覚も己以上。『異端児(ゼノス)』の協力者としてこれ以上ない逸材。

 

異端児(ゼノス)』がいる場所で話を切り出したのも、情に訴えようという姑息で卑怯な考えに基づいた行動だ。誠心誠意頼むつもりなら、本当は二人きりになって『逃げ道』を用意すべきだ。罪悪感を抱かないように、期待を裏切られた『異端児(ゼノス)』が浮かべる悲痛な顔を見せないようにしなければならないはずだ。

 

 きっとそのことに目の前の男は気付いている。だからこれは『賭け』だ。破滅の路を確実に断つという選択をしたジークに殺される『覚悟』を決めたフェルズは、ただ頭を下げてその時を待つ。

 

「助けるから『諦観』を滲ませるのをやめろ。腹立つ」

「…………………………えっ?」

 

 間抜けな声が黒衣から漏れた。見守っていた『異端児(ゼノス)』達も目を点にした。判断が早すぎるというか、もうちょっとこう、時間をかけて葛藤した末に迷いを見せながら答えを出してほしいというか……。

 

 骨だから黒衣の中でも表情に変化などないのに勘で微妙な気持ちになったのを察したのか、ジークはフェルズを睨みつける。

 

「助けるっつってんだろ。雄の連中は可愛い子達のついでだがな。文句あんのか? それとも耳がないのか?」

「いや、骨だから耳はないが聴覚は生きている……まだ、信じられないだけだ。言ってしまうと、断られると思っていた」

「チッ……なら『制約(ギアス)』を課そう。条件は『異端児(ゼノス)』の夢を叶える協力……地上に出ても殺されない手段の確立と提供、恒常的な効果のある『擬人化薬』の作成でいいか?」

「あ、ああ……」

「【輝く誓い、黄金の約束、結ばれし約定の環は決して破れず】――【ライン・リング】」

 

 超短文詠唱の『制約魔法』が完成し、心よりも更に深いところを縛られるような感覚を味わいながら、フェルズが正気を取り戻したのは『擬人化薬』を与えられた時以上に興奮と喜びを露わにする『異端児(ゼノス)』達に見送られながらジークが帰ろうとする頃であった。

 

 ――後に「どんだけ衝撃的だったんだよ。骨だから衝撃に弱いのか?」といじられ続けることを、フェルズはまだ知らない。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「ヘルメス様ッ!!」

「おおうっ、どうしたアスフィ? そんなに慌てて」

 

 迷宮都市を囲む巨大市壁の上から遠くの平原で繰り広げられるオラリオ連合対ラキア王国の一方的な戦いを眺めていたヘルメスの下に、盛大に息を乱したアスフィが訪れていた。汗を垂れ流す彼女は「ジ、ジ、ジークがッ、ジークの阿呆がついに……!」と言いながら、震える手で手紙をヘルメスに渡す。

 

「アイツ伝言とか置手紙大好きだよなぁ。【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】程ではないけど厨二病だよね……えーと、なになに」

 

 クシャクシャになった羊皮紙を開いたヘルメスは無駄に綺麗で達筆なジークの文字に素早く視線を走らせる。

 

『ヘルメス様へ

 

 よくも「異端児(ゼノス)」とかいうチョロ可愛い女の子の存在を俺に教えず隠し続けてくれたな。この恨みは忘れない。

 あと恒常的な「擬人化薬」の材料で一番重要な「黒竜の生き血」が大量に必要になったから「黒竜」の捕獲に行ってくる。北の地域で人が寄り付かない場所にある鱗から超微量の血を集めるのもうしんどいし。

 もし負けて世界が滅びることになった時のために先に書いとく。メンゴ!

 

 P.S おやつは三〇〇ヴァリスって誰が決めたの? 

 

 ジーク・グレイマン』

 

「……………………は?」

 

 優男の笑みを完全に消し去ったヘルメスの手中で、グシャリと音を立てて羊皮紙が握り潰された。

 




 クノッソスに参加しないと言いながら18階層からこっそり参加し、『異端児』や有用な魔道具を着服した主人公。言うことを聞かせられる鞭と首輪……夢が広が……胸が弾……良心が痛むな。

 可愛くない『異端児(ゼノス)』(バーバリアンとか)は可愛い子達に頼まれてしぶしぶ助けました。もし可愛い系の異端児がいなければ皆殺しにして終えていました。

 言っておきますが『黒竜』を捕獲して君は世界最強の英雄だー、ハッピーエンド! みたいなありきたりな結末にはしません。

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