才能の権化が才能を無駄遣いしていることを嘆くのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
言うことは一つ。かかったなアホがぁ!
どうでもいい戦いとは違う、これからの未来を決める勝負で初めて負けた。
恐怖を味わった。絶望を味わった。これ以上ないほど、言い訳の仕様のない敗北だった。
育ての親のふたなりエルフの時と異なり、こうして逃げ出せたのは奴にジークを捕まえようという意志がなかったからだ。そんなことをする必要がないと心から理解していたからだ。その事実を嫌というほど思い知っていた。
「【
都市の門兵をしているギルド職員と【ガネーシャ・ファミリア】の団員が何かを言おうと近付くが、ジークの顔を見るなり驚愕や動揺の声を漏らして引き下がった。彼が門を潜って都市に入っても誰一人近寄ろうとしない。
「ジーク! 帰ってきたんだな、よかった……!? なんだ、そのやつれた顔……まさか!?」
誰かから報告を受けたのか、血相を変えたヘルメスとお供のアスフィが駆け寄ってきた。ふらふらと歩き続けていたジークは二人の前で膝を折る。
「ヘルメス、様……すまない」
「謝るな、必要なこと以外喋るんじゃない! 『黒竜』はどうなった? 勝って帰還したのか? 負けて逃げ出したのか? お前の口からハッキリ聞かせろ。世界の命運が懸かっているんだ!」
ヘルメスの腕の中で精魂尽き果て、深い眠りに落ちそうになる意識を必死に繋ぎ留めながら、ジークは言葉を紡いだ。
「デキ婚しそうなんで助けてください」
「…………………………………………どうしてやつれていて、何故服が乱れているのか簡潔に説明しろ」
「腹上死寸前まで逆レイプされた」
「アスフィ、殺れ」
「了解です」
♦♦♦
バベル三十階。三ヶ月に一度開かれる『
契約を違えたウラノスからヘルメスが強引に使用権を奪ったこの会場にいるのは【ロキ・ファミリア】の幹部陣、ヘルメスとアスフィ、『リバース・ヴェール』を使ってジークの救出を試みるも第一級冒険者達に秒でバレて「ウラノスの遣いだ」と速攻で切り札を使ったカッコ悪いフェルズ、床の上で猿轡を噛まされた上に鎖で縛られて転がされているジークだ。
今のジークは逃亡防止のために『恩恵』を封印されていた。猿轡は言い訳も弁明も許さないという意志の表れであり、それだけヘルメスも苛立っているということである。アスフィが何も言わずに付き従っているのがいい証拠だ。「助けろ『賢者』!」「今の私は『愚者』だから無理」と視線で意思疎通しているフェルズが何をしても阻止できるように身構えている。
「ヘルメス、なんでウチらをこんなとこに呼び出した? 自分が『俺の眷属が「黒竜」の捕獲とか馬鹿な真似をしに向かった! 連れ戻すのに協力してくれ!』って相談してきたから、ウチの
「『擬人化薬』、強いモンスターはイケメンや美少女になるのがテンプレ、ジークを拘束できたのは腹上死寸前まで衰弱していたから、ジークは攻めの女の子に弱い、デキ婚。後は察してくれ」
「なるほどなぁ。『黒竜』に『擬人化薬』を使ったら超絶美少女になって、竜の本能とかで自分より強い相手と番になって子供作るみたいなオチになったんやろ?」
「舌戦や『催眠魔法』で丸め込まれるのを防ぐために喋られないようにしたから本人の口からは聞いていない。だが、多分そうだろう」
「殺してええか?」
天界きってのトリックスターと呼ばれていた頃の顔で殺意を剥き出しにするロキ。愛しい眷属達の『覚悟』を無為にされた彼女がキレるのは当然の話だった。『覚悟』をコケにされた第一級冒険者達も静かに怒りを撒き散らしている。特にハイエルフは汚物を見るような目を向け、金髪の剣士は瞳孔が開いたとんでもなく怖い顔になっていた。
「『黒竜』の討伐は
どちらにしろ『黒竜』に欲情したという情報が広まれば、『怪物趣味』と下界最上級の蔑称で呼ばれることになる。そうなれば待っているのは生き地獄だ。殺すと言っても【ロキ・ファミリア】が誰も止めようとしないことがジークの未来がどれだけ悲惨なのかを示している。なら歴史に名前が残せるようにカッコよく死なせてやろう。それがヘルメスの与えられる慈悲だった。
せめて遺言くらいは聞いてやろうと猿轡を外す。芋虫のようにもぞもぞとしていたジークは開口一番、こう言った。
「『黒竜』は孕ませてねえよっ、勝手に決め付けるな! 俺にも最低限の分別くらいあるわ!」
「「……」」
神二人は目を見開く。ジークの発言には嘘がなかった。
(おい、どういうことや?)
(待って待って! 俺、ちゃんと『黒竜』はどうなったって聞いたよ。そしたら『デキ婚しそう』とか『逆レイプされた』とか言ったんだ!)
(相手が『黒竜』ってハッキリ口にしたか?)
(……してない)
「ジーク、全部話せ。自分の判断で必要ないと決めて話さんとかはなし。本当に全部や」
「俺は悪くなくない? ねえ、俺は悪くないよね!?」と後ろで喚き散らす男神を無視して、殺意を消したロキが真実を語るよう促す。【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者達も、フェルズも、顔色の悪いアスフィも黙ってジークを見つめる。
自分は悪いことしていないみたいな感じで傍観しやがってこの骨が、とフェルズを一瞬睨みつけ、ジークは何があったのかを語り始めた。
――まずは『黒竜』について。
神時代が始まって千年、最強と呼ばれていた【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の二大派閥が総力を挙げても勝機が見えるどころか敗走するしかなかった怪物の王が『黒竜』だ。Lv.9のヘラの眷属と、彼女より強かったLv.8のゼウスの眷属が一方的に敗れていることから、『黒竜』の力を【ステイタス】で表すなら最低でもLv.10を容易く超えるだろう。そんな化物相手に『討伐』ではなく『捕獲』を選択するなど、妄言以外のなんでもない。
だが、ジークには『切り札』を使えば不可能ではないという自信があった。
【ノートウング】。自動回復、精神力回復、全属性超高耐性、絶断属性、不壊属性、遠隔攻撃、【ステイタス】倍化、etc……ヘルメス曰く『ぼくがかんがえたさいきょうのまほう』であり、語るのも馬鹿らしくなる効果を発揮する剣を召喚する『
更にジークは念を入れて感情や欲望の高ぶりで
トドメに材料の関係で一本しかなかった恒常的な『擬人化薬』を使うことで弱体化した『黒竜』の捕獲は無事成功したのである――。
「で、問題はこれからっちゅう訳か。何があった? 『黒竜』が人になった姿がフレイヤに勝るくらいに別嬪で、越えたらあかん一線を越えたんか?」
「……何か勘違いしてないか?」
「あん?」
「『擬人化薬』はあくまであらゆる生物を人に近い構造にするだけの薬。犬や猫に飲ませても知性や理性を獲得したりしない。モンスターも同じだ」
ジークは確かにエッチなことが目的で『擬人化薬』を作ったし、『黒竜』にも拘束しやすくする以外の理由で使った。だが、あくまで女性の綺麗な裸体を視姦したり胸を触ったりしたいだけで、理性なき獣とまぐわおうと思ったことはない。
「それに『黒竜』は男に近い無性だった。『性転換薬』も性別を変えるだけの薬。性別がないなら使えない」
「いや、『賢者の石』とか作成できたんやから、性別を与えるくらいできるやろ……」
「今まで性別を与えようなんて考えたことがないからな。持ってなかった」
錬金術で女を創造したことはあるのだが。右腕と左脚を持っていかれかけるわ、全肯定ぶりっ子な性格になるわで二度とやらないと決め、最初で最後の人造人間にパンドラと名付けて三千年も拗らせた男に娶らせた。褐色でクーデレの巫女に化けた女神にとんでもない目で見られた。
「話を戻すぞ。『擬人化薬』を『黒竜』に使ったらな、人を吐いた……いや、人だと語弊があるな。人型の『精霊』だ」
「『精霊』やと!?」
「ああ。人に変化していく途中でな、丸呑みや嘔吐が好きな奴の気が知れないと思ってしまう光景だったぞ。まあ、残っていた目を『擬人化薬』を注入する時に失って、更にゲロって疲弊した挙句、人の身体に慣れない『黒竜』をマウントポジションで顔面を中心に殴り続けた後、締め技で落としたんだがな」
「そっ……その、精霊は……どうなってたの?」
口数の少ないアイズが会話に割り込んだことに彼女の事情を知る三名を除いた全員が驚愕した。ジークも床に転がっている自分の顔とくっつきそうなくらい身を屈めたアイズに驚きながらも話を続ける。
「生きてたよ。大分弱ってたから臭いと汚物を軽く落として、応急処置をしてから急いで世話になった女神のいる村まで運んだ。今も看病してる……でもさ――」
「!」
「ふーん、その女神の名前は? 信用できるんやろうな?」
「名前はアストレア様だ」
「よっしゃ、信頼度ナンバーワンのアストレア! よかったなー、アイズたん!」
「うん……うんっ!」
ぽろぽろと涙を零すアイズを慈愛に満ちた笑顔のロキが撫でまわす。そんな神と少女を何も言わず暖かな笑みで見守る
「――まさかアストレア様と助けた精霊に犯されるなんて想像できなかった!」
「うわーっ、アイズがひっくり返ったー!?」
「石化してる!? ていうか息してない!? ぽっ、
「んなもん使えば喉に詰まるだろトドメ刺す気かアホゾネス! 【ディアンケヒト・ファミリア】まで運ぶぞ!」
「おいゴラァッどういうことじゃあ!!」
「アストレア様に『黒竜』捕獲を祝ってパーティを開いてもらったら薬盛られた。『容姿や性格が私の知っている神とそっくり。独り善がりなふりをして、自分のためだって言い張って、全部自分で背負おうとしているところが特に。だから……今度は逃がさない』って訳のわからないことを言いながら、もし『黒竜』に理性があった時のために用意していた『妊娠剤』を服用して……禁欲して限界だったから断れなかったし……何故かまぐわっている時に精霊も魂がどうこう呟きながら混ざって来て……俺はどうしたらいいんだ!!!」
「結局『黒竜』を孕ませようとしていたこと自体は間違ってないんかい!! 判決、死刑!! フィン、ガレス、殺れ!!」
「くっそぉ、英雄は零落する運命なのか!?」
「自分の場合は果てしなく自業自得やドアホ!!!」
♦♦♦
「――ということがあったのさ」
「……どうして生きてるんですか?」
「【ステイタス】の封印を破った。ヘルメス様が送還されて『恩恵』が封じられたとかじゃないからな」
「『古代』の子供達みたいな真似できたの、神時代の今じゃ君だけだと思うよ……」
「ふっ、善悪問わず人を救うただの英雄ならあそこで朽ちていただろうが、可愛い女の子なら人も怪物も関係なく助ける変態紳士である俺が死ぬ訳ないだろう!」
ダンジョン探索の折、喋るモンスターの『ヴィーヴル』を保護して帰還を余儀なくされた【ヘスティア・ファミリア】の
唐突な侵入者に「もうおしまいだー」とか叫びまくって大混乱に陥っていたヘスティア一行。ジークが味方だと知って一番に落ち着いたベルは『
「まっ、その新しい『
「この上ない実績がありますしね……」
「説得力抜群だな……」
「それと、どうしても困ったら【ヘルメス・ファミリア】か【ロキ・ファミリア】を頼れ」
「はぁっ、ロキィ!? どっ、どうやって協力体制を築いたんだい? ロキの眷属はモンスターが喋ろうが理性があろうが殲滅以外選ばないだろ、ボク達じゃあるまいし!」
「世界を俺しか男がいない
「……暴力よりもエグい!」
「イシュタル様より悪辣な気がします……」
「そんじゃ、伝えるべきことは伝えたし帰る。……あ、そうだ」
「……?」
「俺は才能がある。でも、才能だけじゃここまで来ることはなかった……好きは才能を超える。お前等も頑張れ」
♦♦♦
次の日。ジークはオラリオからいなくなっていた。
理由は非常にしょうもない。『恩恵』を封じられたせいで『制約魔法』も一時的に失われてしまい、今まで課してきた『
『
置き土産のジーク特製栄養ドリンクが手放せなくなったヘルメスは、書類の山に埋もれながら絶叫する。
「本当に俺をアスフィやタケミカヅチみたいな苦労人にしやがってぇ……いい加減才能の無駄遣いをやめろよあの
ふっふっふ。あとがきやまえがきにエレボスの見た目してるとかアストレア様についてとか攻めは弱いとか書いていただろう。全てはこのためだったのさ! アストレア様がエレボス好きだといいな、という願望もあります。
黒竜で一番柔らかいところは眼球だと思う。だから『擬人化薬』を目から注入したのさ! 東京グールの金木くんみたいに!
【ノートウング】は発動すれば剣を持っていなくても効果があります。【ステイタス】倍化はLv.1ならLv.2に、Lv.2ならLv.4みたいになるチートです。
大好きな母親が子供を作っていて、その相手が大好きな父親ではなく歳の近い知人。処理困難な情報と感情によってアイズの脳はショートしていた。神はそれを脳を破壊されると言う。
主人公は才能があっただけじゃなく、好きなことをやり続けてたからアルフィア以上に強くなりました。
『
黒竜は常に弱らせて血を抜き続けています。イケメンなので毛ほども罪悪感を抱きません。
はい、納得いかない方もいるかもしれませんが、『才能の権化が才能を無駄遣いしていることを嘆くのは間違っているだろうか』はこれにて完結です。
本当は五話で終わる予定だったんですが、R18ルートのためにノーマルルートを書いていたらこんなことになっていました。「逆レイプされる」「好きは才能を超える」「最後まで才能は無駄遣い」「ハピエン?」を書けたので満足です。
続きをやるとしたらR18ルートのその後を番外編として書きたいですね。リヴェリアとか面白そう。特にハイエルフと敬愛する主神に手を出された酒場のエルフとか。
ノリで書き始めたネタ小説だからキャラ崩壊とか気にしてなかったし、達成感はあるけど考えに考えた別の長編小説程ではないな、うん。
それじゃ、ばいばーい!