才能の権化が才能を無駄遣いしていることを嘆くのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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ではどうぞ!


豊饒の女主人

「こちら、肉塊(ステーキ)麦酒(エール)になります」

 

 注文した料理を持ってきてくれたエルフを見る。付け合わせの(ポテト)とともに鉄板の上で香ばしい匂いを漂わせるステーキは非情に美味しそうで腹が鳴るが、エルフ――リューから降り注ぐ極寒の眼差しが食欲を奪い、胃に悲鳴を上げさせる。

 

「あ、ども……」

 

 カウンターの隅の一人席に座るジークは言葉少なに礼を告げる。ハッキリ言って彼らしくない。普段の彼なら蔑みの眼差しには指を立て、礼の代わりにナンパをして、厨房に戻っていく後ろ姿をじっくりと観賞していただろう。注文してないはずの麦酒(エール)を提供してきたドワーフの主人に「酒は高いから果実水(ジュース)に出せっつったろババア!」と変なけち臭さを発揮しただろう。それが何故こうなっているのか?

 

 早い話、初対面の印象が超が付くほど最悪だったからである。

 

 オラリオで人気の酒場『豊饒の女主人』。店員が女性しかいない店はジークの大好物である。その中でもリュー・リオンは気高く美しいエルフで、ジークの性癖にぴったりの相手だった。

 

 どうにかして店に来てほしいジークだが、調べてみるにつれて彼女が【疾風】であり要注意人物一覧(ブラックリスト)に登録されていること、酒場での仕事が過酷(ブラック)なせいで薄給なのに加えて暇な時間がないこと、薄鈍色の髪の看板娘が隠れ巨乳なのがどうでもよくなるくらいヤバい人物だということが判明。普通に考えれば前者と最後者が厄介なのだが、ジークにとっては時間がないというのが問題だった。客としての適性検査をする暇がないのである。

 

 なのでジークは『【疾風】だということをバラされたくないならぐへへへへ』みたいな真似(プレイ)をすることをやめた。彼女を調べていることが団長(アスフィ)にバレて『変な真似をするな』とも言われてしまっている。だから普通に接触して仲良くなり、照れた表情などを見せてもらう方向へシフトチェンジしたのだ。

 

 いい印象を持ってもらうために関わりがありそうな主神(ヘルメス)にどう接触すればいいか尋ねてみると、

 

『髪を黒く染めて「久しいな、リオン。お前の『正義』はたった一人になった今、どうなっている?」って言えばいいよ』

 

 ジークはこの言葉を信じて実行した。これが大きな間違いだった。『豊饒の女主人』の面々からの好感度は一名を除いて地面にめり込むどころか、『ワーム・ウェール』に丸吞みにされて『深層』まで連れていかれた。リューは慟哭し、他の店員は殺意に満ち、殴りかかってきたミアを反射的にぶっ飛ばした。好感度が『深層』最大の危険度を誇る『闘技場(コロシアム)』に転がり落ちた瞬間である。

 

 土下座で謝り倒し、乾燥機能付き全自動食器洗いに油や焦げ目が落ちやすい包丁やフライパン、落としても割れない食器に(シルへ)『絶対妊娠剤(あんなもの)』や『擬人化薬(そんなもの)』を提供し、元凶(ヘルメス)を捧げることでなんとか出禁は免れたが……針の筵である。

 

 なにしろ弁明を聞いてもらえないから好感度は低いまま。人の視線で泣きそうになったのはあれが初めてだ。ジークが自分で作った避妊具の使い心地を確かめているところを目撃した団長より酷く、『見て見て、遠隔で女を孕ませる魔道具(マジックアイテム)作った! これでコウノトリが赤ちゃんをお腹に運んでくると信じている箱入り清楚美少女の純真さは守られるよ。試してみていい?』と聞いた時のアミッド並に酷かった。

 

 ――まぁ後者はわかる。魔道具(マジックアイテム)の対象設定は血液だったのでいくらでも悪用ができるし、子供を産む際に内側から処女膜が裂けるという地獄みたいなことも起きる。ヘルメスが古代遺跡から苦労して持って帰ってきた時空間連結の『天授物(アーティファクト)』を使っていたけれど、壊したアミッドを責める気になれなかった――。

 

 そんな訳で『豊饒の女主人』ではジークは大人しく飲み食いするしかないのだった。

 

「――では、こちらにどうぞ」

 

 柄にもなくしょんぼりしながら肉を食べているとジークの隣の椅子が引かれる。目を向けると白髪の少年がいた。ギルドの支給品である短刀を装備しているので冒険者だと思うが……可愛らしい顔つきをしている。女の子だったら悩むことなく声をかけていただろう。今から女の子にしてやろうか?

 

 するとばっ、と少年がジークの方を見た。気取られるような視線は向けていなかったのに……意外な才能だと思いながら隠すことなく少年を見返す。

 

 というか思い出した。たしかこいつは……。

 

「爺のま……じゃなくて。ベル・クラネルだな」

「な、なんで僕の名前を?」

「お前が冒険者になってからギルドで口を開くなって言われたんだよ。声が似すぎて紛らわしいからって」

「あ! も、もしかして……『残念なイケメン』順位(ランキング)一位、『教育に悪い冒険者』順位(ランキング)一位、『才能の無駄遣い』順位(ランキング)一位の、『童帝』の別名も授けられた【灰男(グレイマン)】ジーク・グレイマン?」

「なんだその順位(ランキング)。出処を教えろ。ブサイクか同性しか愛せなくなるようにしてやるから」

 

 戦慄の声を漏らした(ベル)が逃げようとするが遅い。腕を掴んで椅子に座らせ、長年の友のように肩を組む。これでもう逃げられない。さて、どうしてくれようか……ガタガタと震えるベルを凝視していると、頭が軽く叩かれた。

 

 振り返ると両手をお盆で持ったシルが立っていた。その目は自分の獲物(ベル)から手を離せという獣のようだった。仕方なくベルを解放すると、なんとこの男、恐怖で頭がおかしくなった兎のようにシルの胸元に飛び込みやがった。笑顔のシルに撫でられるベルの姿に、今度はジークの目が獣のように変化する。

 

「よしよし。ベルさん、怖かったですねー」

「……」

「ジークさん、今の貴方は原初の幽冥を司る神様が相手を甚振る時の顔とそっくりです。ベルさんを怖がらせないで下さい」

「……害を与える気は最初からない。あと腹立つから胸に兎を挟むのやめろ」

 

 これは本音だ。ベルに危害を加える気はない。自分の身体に流れる血が訴えているのだ。こいつに手を出せば超短文詠唱よりも速いパンチが飛んでくると。意味不明だ。とんでもない血縁がいるのか、親世代に因縁があるのか。どちらもありそうで怖い。

 

 食事を再開したジークの隣に顔を真っ赤にしたベルが戻ってきた。自分のした行為に恥ずかしがっているようだが、むしろ青くなるべきなのでは? と思う。ベルが挟まっていた胸の谷間の女はジークから定期的にエッチな薬をもらっているド淫乱だ。信念に反するので拒否したが、『惚れ薬』の作成も依頼してきた。

 

 そんな肉食獣の牙から逃れたはずのベルはそわそわと身体を揺らしている。今度はジークに怯えているらしい。……仕方なく緊張をほぐしてやる。決して脳裏に過ぎる謎の灰髪ゴスロリ美女に怯えた訳ではない。

 

「おい」

「うえっ? な、なんでしょうか、グレイマンさん」

「そんなに怯えるな、あとジークでいい……なんでオラリオに来たんだ?」

「え?」

「お前も料理が来るまで暇だろ? だから俺の暇つぶしに付き合え」

「え、えーっと……」

「もちろん俺も話す。なんなら何十人もの女を堕としてきた俺の技術(テク)を教えてやろう」

「!!」

 

 食いついたな。ジークは内心で獰猛な笑みを浮かべる。危害は加えない。だが玩具にしてやる。俺を差し置いていい思いしやがって。今までの反応で初心(うぶ)だとわかった。お子様には早すぎる猥談で夜も寝られぬ身体にしてくれるわ――!!

 

「堕としただけですよね? 本番は怖くて手を出せなくてすぐフラれてるって知ってますよ」

「おい、カッコつけてるんだからやめてよ!」

 

 というか何故知ってる。誰だ、誰が教えやがった? ジークの中で靄が徐々に形を成していき、ギルドのハーフエルフになった。あの女か!

 

 ベルのジークを見る目が一気にぬるくなった。仕方ない奴とでも思ったのか、苦笑を浮かべながら話し始める。しばし聞き役に徹していたが、こちらから話した時の反応が子気味良く、いつの間にかジークが話すようになっていた。

 

「砂漠の国には奴隷市があってな。奴隷に身を堕としても曇らない気高さのある美少女がいないかと思って纏め買いしたんだが、その中に王子がいたんだよ。そのまま成り行きで手を貸すことになってだな。頭の固い奴だったけど、夜のオアシスで下ネタをぶつけたら真っ赤になったり、初めてやる相手の得意なゲームでボコボコにして半泣きにさせたけど、最終的には仲良くなって別れたよ。今でも偶に会いに行ってる」

「アルテミス様っていう女神とその眷属をカッコ良く助けたんだけどさ……『大丈夫かい、可憐なお嬢さん達』って言うはずが、この時の俺は『ホンネミエール』という新薬の効果を確かめていてな? 『ひゃっはー! 綺麗な女の子ばっかりだ! 俺とこれから気持ちよくて楽しいことどうですかムフフ!』と叫んじゃって……『感謝する醜い豚野郎近寄るな消え失せろ!』って養豚場の豚を見る目で罵られた。でも眷属の子達とは仲良くなったんだぞ。女神様に恋を知ってほしいという願いを教えてもらうくらいにね。俺の勘もあの女神はむっつりだと囁いていたから『ホンネミエール』をあげた。あれで素直になればいいんだが、神の精神構造は人と違う。普段とかけ離れ過ぎた本音だったら、もしかしたら分身くらいするかもしれん」

「俺ってなんでモテないんだろう。強くてイケメンで金持ち。女の子が好きな三大要素を兼ね備えているのにだぞ? 顔やスタイルも具体的な数値を付けて褒めてるし、優しく、時に厳しく現実を突き付けているのに……」

 

 おかしいな。最初は知らない英雄譚を開くようなわくわくとした表情をベルはしていたのに、今では厳めしい本の表紙で偽装したエロ本だったと知ってしまったような表情になっている。『ダイダロス通り』のガキンチョに同様の顔をされたことがあるジークにはそれがわかった。

 

 どうにかして威厳を取り戻さねばと悩んでいると、十数人規模の団体が酒場に入ってきた。その団体に興味がなかったため思考を続けていたが、団体を見たベルが百面相をしながらカウンターに伏せるという奇行を始めたため確認する。

 

 多種多様な種族が入り混じる一団――【ロキ・ファミリア】だった。ジークが協力した『遠征』の宴をやると聞いていたがここでやるとは知らなかった。何故なら『あの事件』のせいで酒が不味くなるからと宴からハブられていたからだ。

 

 隣にいるベルやシルが驚くほど気配を消して様子を窺う。とても楽しそうだ。即効性の下剤を混入させて大惨事にしてやりたいという気持ちがムクムクと膨れ上がり、見た目はいい女を見て股間がムクムクした。心の中の天使と悪魔、どちらに従うべきだろう。とても悩む。

 

 悩んでいる内に盛り上がったのか、酔っているベートの声が聞こえた。

 

「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 耳を傾ける。どうやら『遠征』の帰りに発生した『ミノタウロス』の大量発生の話のようだ。ジークは『中層』で逃げ回っていた個体を処分していたのだが、なんと『上層』の5階層まで逃げ込んでいたらしい。

 

 最も逃げた個体をアイズが始末したらしいが……今の話によると、駆け出しの一人が殺される寸前だったとのこと。その冒険者は全身に『ミノタウロス』の血を浴び、真っ赤になりながら叫んで逃げ出したらしい。それがおかしくて笑えると。

 

 今の話を聞いてアイズとリヴェリア以外が笑っているが、粋がった馬鹿が『中層』で死にかけたならともかく、適性階層である『上層』を探索していた新人冒険者(ルーキー)に『ミノタウロス』をけしかけて殺しかけておいて何故笑えるのだろう。不思議だ。そんな女を屈服させるのは楽しいけど、男はぶっ飛ばす以外にやれることがない。

 

「……ん?」

 

 隣のベルの様子がおかしい。シルが何度呼び掛けても反応しない。サイコパスの気がある【ロキ・ファミリア】に怯えているのだろうか?

 

「【ロキ・ファミリア】に委縮してるのか? 強さにかまけて婚期を逃し続ける行き遅れの集まりだと思えば怖くないって。むしろ笑えるだろ?」

 

 とびきりの冗談(ジョーク)にも無反応。これを言って笑わなかった奴はいないのに――全員引きつった笑いだったけど――ジークはベルの笑いの沸点の高さに戦慄する。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 ベルが椅子を飛ばして立ち上がり、殺到する視線を振り払うように走って出て行った。うつむき加減に伏せられた前髪の奥で光った滴を見て、ジークは【ロキ・ファミリア】の酒の肴にされていた人物の正体を悟った。

 

 ベルが憐れだと思う。ベート達に不快感を感じてもいる。しかし、ジークは何もしない。ベートが嘲笑したい以外の目的で酒の肴にしたことを知っているからだ。あるとすれば「言っていいことと悪いことの区別もつかないのか」と注意するくらいだろう。

 

 困惑したざわめきが燻る店内をよそに、ジークは麦酒(エール)を口に含み、

 

 

 

 

 

 

 

「そういやジークの野郎がよ、アバズレに服を剥かれて犯される寸前になってたぜ」

「言っていいことと悪いことの区別もつかねえのか、この童貞狼(チェリーウルフ)がっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 秘密にしてって言ったのに! 高い肉だって奢ったのに! 【凶狼(ヴァナルガンド)】に腹が立ったら神の前で童貞か否かを尋ねたらいいって噂を広げなかったのに! 信頼して制約(ギアス)もかけなかったのに!

 

 そこから先は限界を突破した羞恥と怒りでよく覚えていない。でもなんか疲労感だけあった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「俺ぁ自分の目が信じられなかったぜ。Lv.5の【凶狼(ヴァナルガンド)】の股間をLv.3の【灰男(グレイマン)】が蹴り上げていたからな。酔っ払って幻覚を見たってのがまだ信じられる」

「しかもよ、奴は次に何をしたと思う? 白目を剥いて倒れた【凶狼(ヴァナルガンド)】の首に指を当てて『し、死んでる……!?』って言ったんだぜ」

「挙句の果てに【道化の侍者(ロコライト)】に対して『まだ間に合う! お前に治療師(ヒーラー)の矜持があるならこいつの○○○を胸で挟んでこするんだ! それで子供も作れたら治療完了!』って弩級の『せくはら』をかましたんだ」

「後は語るまでもねえ。【ロキ・ファミリア】の女達に蹂躙されて、【九魔姫(ナイン・ヘル)】と【千の妖精(サウザンド・エルフ)】と【純潔の園(エルリーフ)】の潔癖三銃士にどこかに連れていかれたんだ。恐ろしい目にあったに違いないのに、奴は生きていやがった。命知らずなんて口が裂けても言えねえ……誰だって『偉業』だと認めるだろうよ」

 

 後にジークの【ランクアップ】の知らせが都市を巡った時、男性は例外なくその『偉業』を称えたという。

 




 天才だから『悲劇』の回避もお手の物だぜ!

 足が美しい娼婦に押され、逆レイプされそうになった主人公。

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