【劇場版】綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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『綱手の兄貴は転生者』のRTA


イナルート④

「―――大丈夫。私はもう、届いたんだ」

 

 アカリの穏やかで、冷たくて、温かいその声音に、畳間は震えあがった。

 話が通じていない。今のアカリは畳間と会話をしているようでしていない。自分の考えを変える気など無く、ただ盲目に思ったことをやろうとしている。

 もともと猪突猛進なところはあったが、ここまで拗れるとはと、恋愛の恐ろしさを畳間は噛みしめる。

 

 うちはアカリは、千手畳間に恋をしている。そしてその『初恋()』を失いそうになり、写輪眼が進化した。であれば、アカリは止まらないだろう。畳間を手に入れるまで止まらない。先ほどアカリが言ったように、畳間は死ぬまでこの空間でアカリに縛られることになる。あるいは、拘束されて場所を移すかは分からないが、どちらにせよ、アカリの手に堕ちたが最後、畳間とイナの結婚は阻止される。

 

 せめてサクモがいてくれれば、と畳間は歯噛みする。

 

(そもそもこれ以上の断り方なんて知らねぇよオレ……!!)

 

 ありがとう。でもごめんなさい。

 それ以上の断り方なんて畳間は知らない。イナとの仲が知れ渡っていたこともあり、畳間はそういう機会に恵まれることは無かった。

 下手を打てば火に油を注ぐように、アカリの中の情念は燃え上がるだろう。『怒り』と『嫉妬』はうちはの闇を煽るには適切過ぎる燃料だ。畳間から拒絶されればされるほど、アカリの中の喪失感は膨れ上がり、闇の炎は燃え上がる。下手を打つことは出来ない。そんなことはない、と思いたいが―――アカリの炎が敵意となり、それがイナへと向いてしまう可能性だってある。

 

 畳間は結局のところ、『当事者』だ。

 アカリを止めるには、畳間とイナの結婚をアカリに認めさせる必要がある。つまりそれは、万華鏡写輪眼を開眼するほどに燃え上がる『初恋』を、アカリに諦めろと説き続けるということである。

 

 ―――オレを諦めろ。お前の恋は叶わないから。オレは他の女性と結婚して幸せになるから、お前はお前で幸せになってくれ。

 

 初恋の相手本人からそんなことを必死に、真摯に訴えられて傷つかない者はそうはいない。その通りだ、と冷静さを取り戻すどころか、かえって逆上するのが関の山だ。

 『本当に想っているのなら、相手の幸せを願い身を退く』ことが『正しい』のだとしても。今のアカリはそれを理解できないし、しようとも思わないだろう。それが出来るのなら、こんなことにはなってない。

 

 だから畳間は思う。

 サクモがいてくれれば、と。

 サクモが言うのと畳間が言うのとでは、同じ言葉でも伝わり方が大きく変わる。第三者から伝えられる言葉の方が効果が期待できることもある。だからこそ、畳間はサクモがいてくれれば、もしかしたら何かが変わったかもしれないと思った。僅かな希望だが、畳間が同じ対応をするよりは、遥かに大きな希望に思える。

 だがサクモはここにはいないし、所詮は可能性の話でしかない。

 

(どうすりゃいいんだ……。助けてイナ……) 

 

 畳間はこの不可思議な空間の中、自力でこの困難を打破し、最愛の女性とのゴールインを目指さなければならない。

 

(とりあえずあいつを落ち着かせねぇと……。言葉じゃ無理だ。殴ってでも止めねぇと……オレにできるか……?)

 

 情があって出来ない、という話ではない。

 はっきり言って、今のアカリは畳間の多くを凌駕している。畳間がアカリに勝る部分は、扉間に叩き込まれてきた基礎の厚さと扱える忍術の数くらいだが、万華鏡にまで至った写輪眼はその程度の差は容易に覆すだけの破格の力を秘めている。

 

 だが畳間には、暴走するアカリへの対抗策が一つあった。

 それは畳間の中にある魂を目覚めさせ、その力を覚醒させる方法だ。アカリの―――うちは一族の万華鏡写輪眼に真っ向から対抗するには、万華鏡写輪眼が必要だ。

 しかし畳間はそれをしないと誓ったばかりだし、そもそも魂の方とてそんな理由で畳間に力を貸すことはないだろう。むしろアカリの方を応援しかねない。

 

「畳間……」

 

 ぞくり、と畳間に鳥肌が立つ。

 いつの間にか気配が消えていたアカリが、次の瞬間には畳間の目の前にいた。

 アカリは畳間の頬を優しく撫でる。そしてアカリが撫でた場所は、以前の中忍試験において刻まれた頬の傷。

 

「二人で生きよう。誰も邪魔をしない、この世界で。二人だけの世界で……」

 

 アカリの指先が、優しく畳間の頬を撫でる。愛おしそうに、傷をなぞる。

 

「お前は私のものだ。誰にも渡さない。誰にも……」

 

 ―――愛してる。

 

 ひえ、と畳間が内心で震え上がる。

 

 恐怖からか、あるいはアカリの異様な雰囲気に呑まれたのか、それとも別の理由からか、畳間は金縛りにあったかのように動けなかった。

 

(いくらなんでもぶっ飛びすぎだろ……!! さっきまでの『千手ぅ!!』ってつっけんどんしてたアカリはどこへ……っ!!)

 

「畳間……」 

 

 アカリは声を妖艶に震わせて、畳間の体に自分の体を密着させて来る。

 畳間は柔らかな温もりに包まれた。

 畳間の両頬はアカリの両掌によって挟まれる。アカリの吐息が、畳間の唇に触れる。

 

「やめろ!」

 

 唇と唇が触れあう直前に、畳間は我に返り、アカリを突き飛ばした。

 

 突き飛ばされたアカリがたたらを踏みながらも姿勢を戻し畳間を見つめた。

 畳間は必死に、伝わってくれと願いを込めて、絞り出すように続ける。

 

「アカリ。お前の気持ちは嬉しく思う。お前に慕われたオレは幸せ者だ。けど……こんなことは間違ってる……っ! 無理やり手にいれようなんて、そんなことは間違ってる……っ! それだけは越えちゃいけねぇよ、アカリ!! 気づいてくれ……っ!! こんなことをしても、誰も幸せになんてなれねぇだろうが! 祝福してくれなんて言わねぇ! オレを嫌ってくれて構わねぇ!! けど……っ!! オレは(・・・)お前を、失い(嫌い)たくない!!」

 

 アカリに嫌われても、畳間はアカリを仲間だと思い続ける。畳間はアカリに嫌われても当然のことをした―――ようなしてないような―――が、畳間の方からアカリを嫌う理由はない。、

 もしもアカリの身に何かあれば、畳間は同じ班の仲間として、同じ里で暮らす家族として、畳間はアカリのために命を賭ける。

 だがアカリがやろうとしていることは、その畳間の思いすら壊しかねないものだ。だから畳間はそれを止める。その行いは、アカリにさえ消えない『痕』を残す行為だと思ったからだ。アカリは畳間だけでなく、イナまで失うことになる。

 だが今ならまだ『失恋で暴走した』で済ませられる。踏み越えていない今なら、仲間内の黒歴史で止められる。いつの日か互いに大人になったとき、若かったのだと、笑い話に出来るから。

 

「アカリ、頼む!! 頼むから……!!」

 

「……畳間。そういうところなんだよ……お前の……そういうところなんだ……私が……」

 

「アカリ。分かってくれたか……?」

 

 畳間の訴えに反応したアカリの声はか細く、穏やかだった。

 だから畳間は己の思いが伝わってくれたのかと希望を抱き、恐る恐るに、アカリへと問いかけた。

 

 だが、畳間の願いは届かなかった。アカリは拒絶と決別の意思を込めた言葉を継げる。

 

「分かってないのはお前の方だ、畳間」

 

 アカリは僅かにうつむき気味に、小首を傾げて言った。

 畳間を上目に覗くような態勢であるが、イナにあった愛らしさなどそこには微塵もない。アカリは眼球を限界まで上に向けた状態で畳間を見つめている。その姿はまるで、それこそ―――恐ろしい怪異のようだった。

 

「お前は私のやり方を間違っていると言うが、お前の言う『正しいやり方』をして……私の望むものは手に入るのか? お前は私のものになるのか?」

 

「それは……」

 

 畳間が言葉に詰まる。

 こいつ、妙なところで冷静な思考をしてやがる―――と内心で歯噛みする。

 どれほどオブラートに言葉を包もうとも、畳間が言わんとすることは結局のところ、『恋を諦めろ』ということである。唯一の肉親に向けるものと同等の、依存を孕んだ『愛』を捨てろということだ。

 

「畳間。私は言ったはずだ。もう……届いたんだ、と」

 

 今のアカリには、そんなことが出来るような精神的な余裕は無い。アカリが他者と距離を取り、兄にさえ剣呑な態度を取り続けているのはひとえに、傷つくことを恐れているからだ。アカリは傷つくことが怖いから、孤独と孤高を履き違え、自分は自ら一人でいるのだと自己暗示をかけていた。そんな少女が、気づいてしまった『温もり』を、失いたくないと強く思ってしまった心を、手放すはずがない。手放せるはずがない。

 

「畳間。お前を失うくらいなら。他の誰かに取られるくらいなら。私はお前に嫌われたとしても……お前を手に入れる。そうだ……。何故お前が手に入らないか。何故お前が手に入らなかったか。―――足りないからだ。―――愛情が」

 

 俯き気味の上目遣いで鋭く畳間を見つめているアカリの口端が吊り上がる。

 

「畳間。私は私のすべてをお前に捧げよう。何もかもを捨て、お前だけを胸に抱く。だから―――ともに、無限の夢の中に眠ろう」

 

「……分かった」

 

「……!!」

 

 畳間が静かに呟いた。

 それを聞いたアカリは一転。ばっと顔を上げて、喜色満面の笑みを浮かた。

 

「た、畳間!? 本当か!? 分かってくれたの―――」

 

「―――お前が、言っても分からねぇんだってことが分かった」

 

 畳間は戦うための『構え』を取る。

 

「今のお前は、間違ってる。そんな方法で何かを手に入れたとしても……虚しいだけだ。何も守れない。誰も幸せになれない。お前がやろうとしていることは、これまでオレ達が過ごして来た日々や関係すら、ぶち壊すことだ。……アカリ。友達が間違った道に進もうとしてるなら、オレはそれを止める。例え今は辛くても……お前ならきっと幸せを掴めるから。だから……オレはこれまでのお前を、そしてこれからのお前を守るために……戦おう」

 

「関係を壊す、だと? 先に壊したのは貴様の方だ!! 私は……! 私は……!!」

 

 アカリが苦悶に喘ぐように、言葉を零す。

 ごうごうと、アカリ体から暗い炎が湧き出しているようだった。

 

(……いや。湧き出しているよう(・・)だっていうか、実際湧き出てるよなアレ……)

 

 畳間が見るアカリの体―――その周囲には、黒い炎のようなチャクラが揺らめいていた。畳間は素早く瞬きをする。アカリを中心に円状に地面を走るチャクラの炎は舞い上がる様にアカリの周囲を覆い―――半透明の大きな骨の巨人を作り出した。

 

「……嘘だろ。須佐能乎まで……」

 

 上半身の身の骨の巨人が、アカリの体を呑み込んだ。

 畳間は呆然とそれを見上げた。

 須佐能乎。それは万華鏡写輪眼に開眼した者に宿る、もう一つの瞳術。使用中、術者に激しい痛みを齎すが、その防御力は圧倒的で、並の忍術や物理攻撃を寄せ付けない堅牢さを誇る。

 

 絶望感が畳間の中に沸き上がる。

 勝てる気がしなかった。アレを突破する手段は、今の畳間には無い。

 

 アカリの須佐能乎が棍を手に出現させた。畳間を威嚇するように、乱暴に振り回す。

 

(アカリ……)

 

 絶望的な状況。

 だが畳間は、棍を振り回す須佐能乎の動きを見て哀しみに目を細めた。

 目の前の須佐能乎は、怒り、哀しみ、そういったものに振り回されているようにしか畳間の目には映らない。

 絶望感なんて、掻き消えた。

 哀しみを経て畳間の中に芽生えたのは、もっと熱い思いだった。

 

 臆病で粗暴、協調性は欠片も無く、命令違反に独断専行など、中忍に昇格するにはあまりに足りないものがあったアカリ。『二つ巴』の写輪眼という他の一族には無いアドバンテージがあってなお、搦め手によって瞬く間に沈められる猪突猛進なアカリ。サボり癖―――というか、一人で修業するのが寂しいという理由で修業を早々に切り上げて木ノ葉食堂に入り浸る―――もあり、総合的な実力は下忍の上澄み、中忍一歩手前程度に収まっていたアカリ。人との関わりが苦手で、無意味に人を煽り傷つけ、その事実を理解しているからこそ、あとで自己嫌悪で死にたくなって一人呻いているほどに不器用なアカリ。

 

(あいつ……、マジで良いとこねぇな……) 

 

 それでも。

 畳間は自分で思っていた以上に。

 

(オレは……お前のことが結構好きだったみたいだよ、アカリ。当然友達としてだけど……。余計こんがらがりそうだから言わねぇけど……)

 

「今のお前は……見ててあまりにしのびねぇよ、アカリ。オレや先生どころか、食堂の女将さんたちにまで手を出しやがって……。お前、このまま止まれなかったら、あとで自己嫌悪で死にたくなるだろ。安心しろよ、アカリ。オレがお前を止めてやる」

 

 畳間は腹を括る。

 

(正直意味わかんねぇ状況だが……。やらねぇとだめだ。理由はどうあれ、アカリは闇へ向かおうとしてる。これを放置すれば、『他』の思考も浸食されちまいそうだしな……。我儘で、癇癪で―――気に入らないことぜんぶ『暴力』でなんとかしようとする暴君になっちまうだろ)

 

 畳間はアカリの眼を見ないようにしながら、アカリの体を見据える。

 畳間は知っている。『その瞳』を開眼したうちは一族には、ときに人が変わったように性格や言動が豹変する者が現れることを。むしろ、豹変しない者の方が少ない―――うちは一族内でさえ囁かれていた噂話だ。

 そしてそれは、千手扉間の研究によって事実として解明された。うちはの者が愛を失った時、脳に特殊なチャクラが流れ、脳細胞・視神経が変化することによって発現する。それが『心を写す瞳』写輪眼の真実である。

 実際に脳が変化しているのだ。人格に影響が生じることも当然の帰結だろう。

 

 ―――だが、今ならまだ間に合うんじゃないか。

 

 畳間は思う。

 そうであってくれと願っている、と言った方が適切か。

 

 アカリは失恋によって写輪眼を進化させ、欲しいものをどんな手を使ってでも手に入れるという危険な思想を持つに至った。言ってしまえば子供の癇癪でしかないそれも、『教育』さえ跳ねのける凶悪な『力』を手に入れてしまっては話が変わる。このまま放置すれば、畳間が危惧する通りの道を進んでしまう可能性が高い。

 

 前例もある。

 かつて、己が死んでなお『千手一族』を憎み続けた男がいた。一度は手を結んだというのに、突然その手を振り払い、全てを壊そうとした男がいた。

 

 畳間はそれを知っている。うちはというものを知っている。

 

 だからこそ思う。

 アカリが本当に狂い切っているのなら、きっと今すぐに畳間をこの場に置き去りにして―――イナの抹殺に動く。恋敵さえ居なくなれば―――と。

 支離滅裂であまりに極端過ぎる思想ではあるが、極端から極端に動くのは、闇に堕ちたうちはの者の傾向だ。

 ゆえに畳間は思うし、願うのだ。アカリはまだ戻って来れるのだと。

 

「アカリ……」

 

 須佐能乎の中で苦し気に胸もとを鷲掴んでいるアカリを、畳間は見て居られない。放ってはおけない。

 

「お前……中忍試験でオレが下手打ったとき……。その写輪眼でオレを助けてくれたじゃねぇか。そのとき教えてくれたじゃねぇかよ……。お前の夢を……。『うちはの優れたるを示す』って夢を。あのときのお前は、誇り高く見えた。悔しいが、かっこよかったよ。オレも……負けてられねぇ(負けた)って思った。けどさ、アカリ。今のお前に……それ(・・)が出来んのか? 仲間にうちはの力を振るって!! そこに『うちはの誇り』はあんのかよッ!?」

 

「……うるさい。うるさいうるさいうるさい!! うるさいッ!! 私はお前を手に入れるんだ!! お前さえいればもう他になにもいらない!! いらないいらないいらない!! お前さえいればいいんだ!!」

  

 引っ込みがつかない。取り返しがつかない。自分でも止まれない。

 アカリはきっとそう思っている。視野を狭くして、他に思考を割かないようにしている。

 

 ―――そして。助けて、と。

 

 畳間には、そう言っているように聞こえるのだ。

 

(なんとなく、分かるよアカリ。火影火影火影……爺ちゃんを失った時、オレもそうだった。『火影』って名しか、目に入らなかった。……分かるよ、アカリ。今のお前は、かつてのオレだ。もしもあのときイナに救われなかったら……オレだって、火影になるためなら手段を選ばない……そんな忍者になってたかもしれねぇんだ。そしてそんな状態のオレが、火影になれなかったとしたら……。そもそも火影ってのは奪い合うもんじゃねぇけど……でももしその状態のオレが、誰かに『火影』を奪われたと考えちまったら……。オレも……今のお前の様に……。だから分かるんだ、アカリ。もしかしたら、オレ達は―――)

 

 ―――逆だったかもしれねぇ。

 

 畳間は静かに、己の奥深くへと意識を向ける。

 

(だから、止める。かつてオレがイナに救われたように、今度はオレがお前を救う。『仲間を守る千の手に』。それが、オレの忍道だから)

 

 深く、深く、畳間は己の中へと意識を沈ませる。

 畳間の中にある憎しみに染まった暗い魂―――うちはイズナ。その力を借りるというのは、在りえない(・・・・・)

 『仲間を守る千の手に』。

 それは、どんな手を使っても仲間を守る、という覚悟。だが同時に、千手の誇りに掛けて仲間を守ると言う決意でもある。

 これまでずっと畳間の中に会った蟠り、暗い殺意、憎悪は、イナとの婚約を機に消え失せた。うちはイズナの魂はイナの『愛』によって奥深くに封じられ、千手畳間は正しく、『千手』となった。

 

 『愛』。

 それは、千手一族にとっての『力』だ。千手一族は『愛』を力に変えて戦う。

 実際のところ、千手以上に『愛』深き一族であり、千手以上に深い愛を力に変えて―――変えさせられて―――戦う『うちは一族』が存在するが、それは今は関係ない。

 『愛』に関しては、うちは一族こそが『最も強い』のだとしても、千手一族もまた、『愛』を力に変えて戦うという事実は変わらない。

 今の畳間にとって大切なことは、千手一族もまた『愛』を力に変えて戦うという事実だ。

 

(オレの中にも、確かに『愛』はあったんだ。胸を焦がすほどに熱い憎悪だけでも、震え上がるほどに冷たい殺意だけでもない。オレの心には……オレの体には……。確かに……。仲間たちからの……家族からの愛が溢れていた)

 

 深く深く、畳間は己の中へと意識を向ける。

 イナから捧げられた恋愛。扉間から注がれた師弟愛。綱手、縄樹から向けられる兄弟愛。サクモと預け合う友愛。

 心には、たくさんの愛が溢れている。

 

 畳間の奥底に眠る殺意も憎悪も強大だ。これからずっと、畳間はそれらと戦い続けることになるだろう。それは千手畳間の宿命で在り、逃れられない定めである。

 だからこそ畳間は受け入れることにした。イナとの婚約を機に、覚悟した。

 

 逃げられない(・・・・・・)とその脅威に怯えるよりも、向かい合って戦うことを。

 

 ―――敵意や憎悪に負けないほどに、心の中を愛で満たそう。心の中を愛で満たしてくれる『仲間たち』を守ろう。

 

 とはいえ、畳間は僅かに苦笑する。

 

(そんな決意をしての初戦が……よりによってお前とはな……アカリ。笑っちゃいけねぇし、冗談でもねぇし、洒落にもなんねぇんだが……。お前にとっても、そしてオレにとっても危機的状況……マジの瀬戸際、分水嶺なんだと思うが……。なんでだろうな……? オレ達らしい(・・・・・・)ってのも、なんでか思っちまうんだよアカリ。結局オレとお前はどこまでいっても……『ケンカするほど仲が良い』、なんだろうな……)

 

 畳間は、自分がアカリと結ばれる未来をまるで想像できない(・・・・・・)。畳間は素直に好意を叩きつけてくれる綱手やイナのような女性がタイプだ。そして外見は母性が豊かな方が良い。うちはアカリは、畳間の好みの女性ではない。これに尽きる。恋愛対象として見れない。無情だが、それが現実だ。

 

 だが、好みではない、フったから、下手な同情は逆効果だからと、今のアカリを放置するのは違うだろう。

 

(友達なんだ。こいつは。……友達なんだよ。もし……、これからの関係に耐えられないって、こいつがオレとの絆を切って捨てるなら、それでもいい。でも……こいつはオレの友達なんだ……ッ)

 

 畳間は深く深く、己の深く、そして『中心』へと意識を向ける。

 

 畳間に根付いた(・・・・)深い愛。その命を以てして、畳間の未来を願い、祈り、繋いだ大いなる愛。

 

 ―――ドクン。

 

 と畳間の心臓が鼓動する。

 

 畳間の心臓は一度奪われ、千手柱間より譲り受けたもの。それは柱間の仙術と―――『愛』によって再生され繋がれた『力』の結晶。

 力とは物質の起こす事象のことだ、と誰かが言った。

 だがそれだけでもない。受け継がれる意志の力、残された思いが、今を生きる者を突き動かす。

 

 ―――うちはは千手の盟友。そうだよな? 爺ちゃん。おっちゃんはうちはにちょっと厳しすぎるところがあるから……オレが頑張らないと。爺ちゃんの代わりに……爺ちゃんの分まで……。爺ちゃんが愛してくれたオレらしい、オレのやり方で。

 

 ―――ドクン。

 

 畳間の心臓が鼓動する。

 深く深く、己の中深くに根差す『愛』に意識を向ける。

 真の愛は穏やかに凪ぐ、と誰かが言った。

 うちわで一振りした後の水面のように、邪なものを払い除けたまっさらな世界。それが、その語り部の辿り着いた『愛』のイメージだ。

 その語り部は、その心根が純真無垢だったのだろう。美し過ぎほどに。あるいは畳間が焦がれ、惹きつけられるほどに。強烈で鮮烈で真っすぐな、純粋なる愛の持ち主なのだろう。

 

 だが、畳間は違う。

 畳間の心根にあるモノは暗い怨恨だ。そして畳間にとって愛とはそれと戦うための力であり、等価の報いが付いて回る。畳間の心は繊細で、敏感で、些細なことで揺れ動く。残念ながら、その本質は変わらない。

 だからこそ畳間の思う愛とは―――揺らがぬ大樹。

 

 いかなる者も―――ある一点を侵さぬ者を除いて―――受け入れる。その木陰を、『影』を、雨風を防ぐ寄り辺として提供する者。

 暴風、落雷、地震、あらゆる困難を受けてなお決して折れぬ大いなる大樹。枝葉が揺れようが、木ノ葉が舞い散ろうが、その『根』だけは決して揺らがない巨木。

 例え肉親の仇であろうとも、『夢』のために手を結ばんとする大いなる器。たとえば失恋して暴れ回る聞かん坊であっても、同じ里に暮らす仲間、家族として受け入れる器。

 

(受け入れるさ、アカリ。応じられずとも、受け入れる。お前の恋も、哀しみも、苦しみも……。好きなだけ暴れろ。オレが全部受け止めてやる。それで気が済むなら……それでいいさ)

 

 ―――……。気が済んでくれるといいなぁ……。それで済んでくれねぇかなぁ……?

 

 なんて締まらないことを考えて、畳間は柔らかく苦笑する。

 

 畳間は静かに両掌を合わせる。そして静かに瞳を閉じた。

 やり方なんて畳間には分からない。だが、畳間の心臓がそれを確かに覚えている。偉大なる忍者より畳間へ授けられた『愛』が、それを確かに覚えている。

 

 畳間はまだ未熟だ。若く、浅い。

 だが、その愛だけは―――譲り受けた愛だけは本物だ。それは、長い年月、多くの戦いを経てなお決して折れず育まれた大樹より授けられた、大いなる実り。

 

 その桁違いの生命力を誇る心臓()を炉として、力を生み出すのだ。『千手』の名の下に。

 

 畳間は静かに瞼を持ち上げる。

 そして畳間は、アカリの瞳をしっかりと見据え(・・・・・・・・)て、言った。

 

「行くぞアカリ。オレが言うのもなんだがな……。いや、マジでなんなんだけど……失恋で拗ね散らかしたお前の性根、叩きなおしてやる。お前も本気で来い。オレ達の―――『ケンカ』をしよう」

 

 千手畳間。

 初代火影の孫にして、千手一族に名を連ねる―――木ノ葉隠れの里の、いち忍者だ。

 

 その好戦的な笑みの浮かんだ顔には、大いなる自然の力をその身に取り入れた者にのみ現れる―――隈取が浮かんでいた。

 

 

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