【劇場版】綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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イナルート⑤

 仙術。

 それは自然界に存在する自然エネルギーを仙術チャクラとして体内に取り込み、己のチャクラとすることで忍術や身体能力を大幅に向上させる。木ノ葉においては亡き初代火影のみが扱えた力であり、千手扉間や猿飛ヒルゼンですら習得できなかった極意である。

 仙術チャクラを制御できるほどの膨大なチャクラを始めとした、仙術を扱う前提・適正を持たない無い者が仙術チャクラを使用すると、反作用によって死に至るという大きなデメリットを持つが、扱えればこれほど大きな力もない。それが、仙術というものである。

 

「……? 何だ畳間。貴様、その顔。不良か? 歌舞伎か?」

 

 初めて見る畳間の変化に、アカリは須佐能乎により生じる苦悶に表情を歪めたまま小首を傾げた。

  

「……なんだ? 写輪眼が、通じない……?」

 

 アカリと畳間の視線は今、絡み合っている。

 アカリは好機とばかりに幻術・万華鏡写輪眼を発動し、畳間を幻へと誘おうとするが、どれだけ術を発動しても、畳間が幻術に墜ちる様子はない。大いなる力によって跳ねのけられている、そんな印象をアカリは抱いた。

 

「賭けだったが……上手く発動してよかった」

 

 畳間は一安心、とばかりに一息ついた。

 土壇場も土壇場で、これまで練習すらしていなかった、習得しようとも思っていなかった仙術を、アカリへの対抗策として選んだのは、本当に賭けだった。

 畳間の中にある魂が少しでも暴れれば、畳間の中の仙術チャクラは暴走し、畳間は瞬時に死に至っていただろう。だが、発動してなお畳間に仙術チャクラの反作用が齎されないということは、畳間は確かに負の感情の克服に成功し、穏やかで安定した精神性を有したということである。

 

(爺ちゃん。ありがとう。オレはもう、大丈夫だ)

 

 畳間はにやりと笑う。嬉しくてたまらない、と浮足立つような笑みである。

 畳間は今、自分でも驚くほどの万能感を抱き、高揚していた。今のオレは無敵だと、そう勘違いしかねないほどに、畳間の中にある力はすさまじいものだった。扉間から幻術に対抗するためのチャクラコントロールを学んでいたとしても、万華鏡写輪眼による干渉を跳ね除けられるほどに、チャクラの密度が増している。万華鏡写輪眼を直視しても、畳間のチャクラはアカリに主導権を握られることはない。

 

「なんだ! ちょっとくらい、チャクラが大きくなったからって……! ちょっと顔に変な模様が出て来たからって!! 怖くなんてないからな!!」

 

 アカリはそうは言うものの、どこか怯んでいるように、畳間には見える。

 

 畳間が身を屈めた。

 アカリがはっと我に返ったように、須佐能乎を起動させる。

 

 瞬間、一陣の風が吹く。

 畳間は瞬身の術を使用してアカリへ向かい一直線に駆け出しており、ほぼ同時に振り下ろされた棍をその拳で受け止めた。

 空気が震える。轟音と衝撃波が発生する。

 

 畳間の髪が揺れた。

 畳間は僅かに笑い、須佐能乎の中のアカリは苦痛とは別の感情にて、忌々し気に眉をひそめた。

 

(……ちっと手、抜いた方が良いな)

 

 畳間の拳とアカリの棍の激突は、明らかに畳間に軍配が上がっていた。なぜならばアカリの須佐能乎の棍に、僅かなひび割れが生じていたからだ。

 

(仙術ってのは、これほどか……。綱の怪力や爺ちゃんが使ってたって言う剛力……。オレのそれは二人ほどじゃないにしても、これは人に……仲間に向けるようなもんじゃねぇや)

 

 畳間は押し返されたように手を引き戻しながら、棍に圧し負けたように、自ら後方へ飛んでアカリとの距離を取る。

 アカリが再び棍を振るった。チャクラで作られた棍は伸縮自在なのか、距離を取った畳間を横なぎに掃えるだけの長さへと成長する。

 畳間は横目に、自らに迫る棍を見据えた。僅かに身を屈める。両手に仙術チャクラを纏わせた畳間は、その両手を交差させると、迫る棍と自分の体の間に割り込ませ盾とした。

 

 慣性の乗った重い衝撃が畳間の体に圧し掛かる。体の奥にまで響く衝撃はあった。だが、痛みはない。畳間が腕に纏わせた仙術チャクラは、アカリの一撃を用意に防ぐことが可能だった。

 

(……強すぎるだろオレ。というか、爺ちゃんの使ってた仙術チャクラが、だが……)

 

 畳間は棍に殴り飛ばされて宙を舞った。しかし空中で姿勢を正し、アカリを見下ろした。

 

「―――火遁!! 業火球の術!!」

 

 須佐能乎をすり抜けて、巨大な炎の塊が畳間へと放たれた。これまでのアカリには決して出し得なかった規模の術である。万華鏡写輪眼によって強化されているようだった。

 畳間は瞬時に拳を握り、限界まで腕を引き絞る。全身の筋肉の繋がりを意識し、体全体のしなりを以て、弓のように己の腕を解き放った。

 

「―――仙法!! 木遁大木腕の術!!」

 

 空中で突き出した畳間の拳は限界まで伸び切った瞬間、拳が樹木へと変化し、肥大化した。さらに肘から先も樹木へと変化し、亀の首の様に伸び、火球を迎え撃った。

 巨大な木の拳と火球が激突する。ぱちぱちと、弾けるような軽い音が連続する。畳間の樹木の大拳が燃えていた。だが、アカリの火は表面を焼くに留まっており、その芯を焼き焦がすには至らない。仙術に寄り強化され、その密度が飛躍的に上昇した木の拳だ。万華鏡写輪眼の開眼に寄り、アカリの基礎能力が跳ね上がっていたとしても―――それは仙術を発動した畳間も同じだ。畳間はアカリと同等かそれ以上にパワーアップしている。そもそもの、二人が培ってきた『練度』の差は浮彫となる。

 

 拮抗は瞬く間に終わり、畳間の樹木の巨拳はアカリの業火を殴り飛ばした。

 

「そんな……私の全力の一撃が……。そんな。そんな……」

 

 苦し気な表情を浮かべていたアカリの唇が、須佐能乎による苦痛とは異なる理由で震えた。同じように、須佐能乎の苦痛に耐えるために、強張り寄せられていた眉根や、浮かべていたしかめっ面も―――絶望感、諦念によって力が抜けた。

 

「ああ。ああ……。どうすれば……このままじゃ、畳間が……! ダメだ……ダメだ……っ!!」

 

 アカリの瞳が揺れている。呆然自失と言った様子で、アカリはうわごとのように『ダメだ、ダメだ』と繰り返す。

 畳間はアカリを哀し気に目を細め、見つめた。すーっと、自身の心が冷えていくのを畳間は感じた。

 

(……アカリ。そんな顔すんじゃねぇよ。いつもみてェに……「まだまだだっ千手っ」て、懲りもせずに突っ込んで来いよ。いつもそうだったろ。お前は諦めが悪くて……お前は……)

 

 火球を殴り掃った畳間はアカリへの追撃を行わず、その場にふわりと着地した。

 ゆっくりと立ち上がり、俯いていた顔をあげ、アカリを静かに見つめる。

 

 アカリは迷子の子供のような表情だった。瞳を潤ませている。何かを訴えるように、うわ言を繰り返している。私のことを分かってくれと、届いてくれと、アカリは畳間に訴えている。

 

 ―――アカリのその心は。拒絶しないでと、子供の様に泣いている。

 

(アカリ……。オレの『力』がお前をそんな顔にさせちまってんのか? 今のお前は……)

 

 畳間はふ、と力を抜いた。

 

(……醒めちまった。こんなケンカは、虚しいだけだ)

 

「アカリ、もうやめ―――」

 

「なんだ、その顔は……っ!!」

 

「えっ?」

 

「何だその眼は……!! 私をそんな目で見るな! 私を……!! 私を哀れむなぁーーーー!!」

 

「は? いや、そんなつもりは全く―――っ」

 

「あああああああああああ!!」

 

 アカリが須佐能乎ごと突っ込んで来る。

 

「……」

 

 畳間は再び構える。チャクラを練り上げて、拳に纏う。

 畳間とアカリが接近する。

 頭上から振り下ろされた須佐能乎の棍を跳躍にて躱す。地面が砕かれ、砂ぼこりが舞い上がる。砂ぼこりに紛れ、アカリが再び畳間を狙い棍を振るった。斜め下から斜め上へと袈裟斬りのように。

 だが畳間にはそれが視える。感じ取れる。何の捻りも無い直線的な攻撃だ。畳間は自身に迫る棍の側面に掌を触れるとチャクラで張り付くと、棒体操の様に棍を軸にぐるりと回る。振り上げられた棍の威力を殺し、その流れに乗ったのだ。

 そして畳間は棍の下部で止まると、足を持ち上げた。今度は棍に足を張りかせ、蝙蝠の様に逆さになる。そして須佐能乎の側面を蹴りつけて、一気にアカリへと飛び込んだ。

 その動きは、棍が振り切られる間の僅かな時間で行われたものだ。

 アカリが驚愕を表情に浮かべている。

 畳間は須佐能乎の頭部を殴りつけた。

 

「うあ、あ」

 

 アカリがたたらを踏む。須佐能乎が大きく揺れた。畳間は空中で回転し、揺れる須佐能乎に回転蹴りを繰り出す。須佐能乎は耐えきれず完全に体勢を崩し、重い音を立てて倒れ込んだ。

 

(……)

 

 畳間は更なる追撃を止めて、再び地上に降り立った。静かにアカリを見つめる。倒れ込んだアカリは、瞳から血涙を流し、こちらを信じられないものを見るように見つめている。血涙は、万華鏡写輪眼の代償だ。アカリの体は、今もなお痛み続けていた。

 

(……)

 

 畳間は静かに、アカリを見つめる。

 

「なんでだ……なんで……っ!!」

 

 呻き、よろめきながらアカリが立ち上がる。

 

「写輪眼だぞ……! 私の眼は……!! 最強の瞳術なんだぞ」

 

 アカリが震えた声を絞り出す。

 

「なんで、ここまでの差があるんだ……!! お前は、お前はなんだ? 畳間。お前のその力は……その変化はなんだ……。なんで、私の写輪眼が通じないんだ……! おかしいじゃないか。おかしいじゃないか!! 私は最強の力を手に入れたんだ! もう誰も怖くない。もう誰も私には敵わない! 私は思い通りに生きられるんだ。もう何も失わない! 私はすべてを手に入れるんだ!! 手に入れることができる! そんな力を手に入れたんだ!! なのに!! なんで……っ!? なんで邪魔をするの……っ!? もう邪魔をしないでよ!! 私の邪魔をしないでよ!!」

 

 アカリの口調が変わっている。きっとそれは、幼いころに封じられたかつてのアカリという少女の発露だった。

 

(……)

 

 畳間は胸の苦しみに耐えきれず、目を伏せた。ぎゅ、と拳を握りしめる。アカリに何を言えばいいか、今の畳間には分からなかった。

 アカリが苦しんでいる。アカリが―――泣いている。友として何が出来るか、畳間には分からなかった。向かってくるなら、受け入れる。迎え撃つ。その覚悟が畳間にはあった。だが、圧倒的過ぎた。力の差が。これは畳間の力ではない。畳間の仙術ではない。この力は、千手柱間の仙術であり、力だ。この圧倒的過ぎる力は、千手柱間が遺した形見。いつか畳間に憎しみを乗り越えた時に発現する、愛の結晶だった。

 別の未来にて、大戦を乗り越え火影となってから手に入れるはずだった力の片鱗を、畳間は今手に入れてしまった。当然、経験も自力も、すべてにおいて今の畳間は『別の未来』の自身に比べて大きく劣るが、それでも―――万華鏡写輪眼を開眼した程度(・・)の下忍相手には、あまりに強すぎる力だった。

 

 対等ではない。殴り合うことも出来ない。受け入れ合うことも出来ない。互いに泥にまみれて――ダイが謳うような、青春の一ページを描くことが出来ない。

 

(情けねぇ……。オレは……友達一人……)

 

 握りしめた畳間の拳が震える。あまりの強さに爪が皮膚を突き破り、血が拳の内側から流れ落ちる。

 仙術という力があってなお、愛を失うことに怯える友の心ひとつ守れない。たとえアカリが望む恋人という関係でなかったとしても、その絆は変わらない。それを理解してもらうことも出来ない。

 結局、アカリの願いと、畳間の想いは平行線で、交わることはないのかもしれない。

 

 ―――いっそ、オレがお前のものになれば。

 

 そう考えるのは、逃避だろう。

 あまりに卑怯な思考だ。考えることを放棄したそれは、それこそ誰も幸せになれない。それどころか、守ると誓ったイナを最も傷つけることになる選択だ。

 

 拒絶はしたくない。友達だから。

 だがその恋を受け入れることは出来ない。友達だから。

 

 二律背反。力だけではどうにもならない現実と言うものを、畳間は叩きつけられている。

 心が痛い。アカリの哀しみが伝わって来る。助けてくれと訴えている。

 大言壮語を吐いた。助けてやると息巻いた。なのに、現実はどうだ?

 自分の弱さ(・・)があまりにも不甲斐なかった。

 

 ―――イナ。お前なら……どうする? オレを救ってくれた、お前なら……。オレが焦がれる……オレが(尊敬する)する、お前なら……。

 

(そうか……そうだな……)

 

 ふっと、畳間の肩の力が抜ける。何かに気づいたように、顔をはっと上げた。

 

 アカリを見つめる。

 

(あってるかは分かんねぇけど……オレがアカリのために出来ることはこれしかねぇな。ケンカをしたかったが……それは……また今度に。今度があればいいけどなぁ……)

 

 畳間は再び構えた。だが脱力したその構えに覇気は無い。

 アカリはそんな畳間の変化に気づいていない様子で、怯えたような目を畳間に向けている。畳間がまだ戦うつもりだと思い込み、反射的に攻撃の耐性を取ると、勢いよく向かってくる。

 

「うわあああああああああ!!」

 

 アカリが雄たけびをあげる。それは畳間を威嚇するためのものではなく、己の恐怖から目を逸らすための雑音であり、助けを求める悲鳴だった。

 

 畳間は笑う。

 アカリの棍が畳間の目前に迫る。畳間は直撃の寸前、畳間は構えを解き、その一撃を『受け入れた』。

 

「え?」

 

「がっ」

 

 アカリの巨大な棍が畳間の顔面を捕らえた。畳間の額が、頬が、唇が、口内が、その皮膚が裂け、血が飛び散った。

 畳間は一歩、二歩とよろめいたが、しかしそれ以上は動かず、踏みとどまる。 

 

「どうしたアカリ!! お前の『苦しみ()』はそんなもんか! もっとかかってこい!! オレが全部受け止めてやる!! かかってこい!!」

 

「えっ……」

 

「どうした!! お前の『愛』はその程度か!? みせてみろオレに!! お前の『愛』の重さを! 欲しいんだろオレが! かかってこい!!」

 

「う……うああああああああああああああ!!」

 

 畳間の怒鳴り声に怯みながらも、アカリはさらなる絶叫を絞り出して、畳間へと襲い掛かる。

 

「うわあああああああああああ!!」

 

 アカリが須佐能乎を操り、棍を振り回す。畳間はその全ての攻撃に反撃を行わず、防御も取らず、ひたすらにその攻撃を体で受け続ける。

 

「まだだぁ!! まだ、まだだぁ!! びくともしねぇぞアカリィ!」

 

 棍が畳間の顔面に直撃し、体が仰け反る。側面に激突し、体が傾く。腹部に突き刺さり、呻きを漏らしくの字に折れる、脳天に振り下ろされ、地面に叩きつけられる。だが畳間はすぐに体勢を戻し、立ち上がり、アカリを挑発する。それが、繰り返された。

 

 ―――繰り返された。

 

 アカリは泣いていた。それでも止まれなかった。胸の痛みに耐えられなかった。こうする以外に、畳間を手に入れる方法が分からなかった。

 畳間は笑っていた。血にまみれ、顔は原型を留めぬほどにぼこぼこで、紫の着物はぼろぼろで赤く染まり、血のにじむ肌が覗いている。

 

 ふん、と畳間が鼻を鳴らす。ぼたぼたと、大量の鼻血が飛び出して、地面を赤く染めた。肩は荒く上下に動き、足元はおぼつかない。耐えきれずよろめき、前屈みになり、折れた膝に手をあてて突っ張り、倒れぬように体を支えた。

 

「どうした、アカリ……? もう終わりか?」

 

 にやり、と畳間が笑う。次の瞬間、横なぎに掃われた棍によって畳間の体は空を舞い、地面に激突する。だが畳間は再び立ち上がり、アカリを見つめて、同じことを言う。

 

 アカリは血涙を流し、須佐能乎の代償による痛みを堪えた苦し気な表情で畳間を見つめる。アカリが自身の胸元を鷲掴みにしているのは、果たして。

 

「なんで……」

 

「あ……?」

 

 アカリのか細い呟き。

 畳間は気怠そうに、一言を零す。

 

「なんで、なんで反撃しない? 最初だけ……どうして……」

 

届けるため(・・・・・)だ」

 

 ふう、と畳間が大きく息を吐く。ひとまず攻撃が止まった安堵があった。畳間はうつむいたまま言う。

 

「アカリ……。さっきオレはケンカをしようと言ったが、撤回する。……勘違いしていた。調子に乗ってたのかもな……。殴り合って分かり合うなんて、『綺麗な理想』が叶うと思ってた。……ごめんな」

 

「畳間……?」

 

 畳間の独白のような呟き。

 畳間は万華鏡写輪眼がなんたるものかを―――実感として、知っている。

 

「お前を見てて……思ったよ。オレが間違ってたって気づいたよ……。だってよ……辛いのは、お前だもんなぁ……? 苦しいのはお前だもんなぁ……ッ!? アカリ……ッ!! 万華鏡写輪眼が目覚める程の苦しみ(・・・・・・・・・)を、お前は今感じてんだよな……ッ?! 殴り合って解決するなんて、そんな話じゃなかったんだ……ッ!」

 

 畳間は気づいていても、それを理解できていなかった。仙術という桁外れの『力』を手に入れたことで、それに溺れたと言っていいだろう。調子に乗った。慢心した。その力があれば、すべてを守れると驕った(・・・)

 

 だが力を振るえば振るうほど、アカリは怯え、その苦しみは増していた。

 畳間はアカリの姿に違和感を覚えた。覚えることが出来たのだ。

 そしてさらにその先の真実に気づくことができたのは、やはり今のアカリがかつての畳間と似ていて―――『在りえた姿』だったからだろう。

 イナに救われたとき、畳間は『拳』など握らなかった。当然、イナからも『拳』を向けられることなど無かった。

 あの時畳間は、ただ言葉を尽くされた。心をぶつけられた。思いを与えられた。あのとき畳間を救ったのは―――その冷たくなりつつあった心を覆う温もりであり、心からの『抱擁』だった。

 

 だから畳間は気づけた。それが合っているかは分からなくても、信じたいと思った。

 

 アカリ(かつての自分)を救うのに―――『拳』も、『力』も必要ない。

 

「アカリよぉ……。今一番苦しんでんのは……お前だもんな……?」

 

 よろめき、痛む脇腹を抑え、畳間は呼吸も荒く言葉を続ける。

 

「いてぇのはさ、オレじゃねぇんだ。苦しいのは、お前なんだよな……っ!!」

 

 ぎり、と畳間は歯を喰いしばる。絞り出した畳間の声は震えていた。

 例えアカリの行動自体が間違いだったとしても、その行動を生み出している核となる部分は、アカリにとっては耐えがたい痛みであり、苦しみだった。

 畳間からすれば、他人からすれば『そんなことで……?』と戸惑っても、アカリにとっては、それは看過しがたい傷だったのだ。ならば畳間が―――千手として、愛を力とする一族の一端として、『火影』を目指す『千手畳間』がやるべきことは、扉間でも柱間でもない、『千手畳間』がやるべきことは。

 

「傷心のダチを救うのに、『(物質の起こす事象)』は……必要ねぇんだ。アカリ。まだお前がいてぇ(・・・)なら……いいぜ。来いよ。受け止めてやる。気が済むまで……付き合うから……ッ!!」

 

 うちはに偏見を持たぬ、最後の千手。

 そして、うちはに最も怨恨を抱く、最後の千手。

 

 千手畳間はうちはアカリと拳を交えるのではなく、はらわたを曝け出し、分かり合うことを―――選んだのだ。

 

「なん、で……おかしいじゃないか。おかしいじゃないか……! お前はイナを選んだんだ! 私を捨てて……イナを選んだんだ! 私なんてどうでもいいんだろう!? 私なんて好きじゃないんだろう!! こんな面倒くさい女、いなくなった方が良いと思ってるんだろう!!」

 

 アカリが狼狽し、吠える。

 畳間がその気になれば、アカリは地に伏すことになるだろう。時空間忍術での逃走を使わなければ、畳間に勝る部分は、今のアカリには無い。

 だからアカリは意味が分からなくて、震える。何故畳間が反撃を捨て去り、されるがままに血に濡れているのか、それが分からなくてアカリは未知の恐怖に震えた。

 

 今の畳間が、アカリは怖い。怖かった。

 アカリは戸惑い、しかし思考する。

 

 ―――これではまるで。

 畳間が今まさに自身へと向けているものは。

 癇癪に暴れる少女を抱きしめてその心を守らんとする『父』の―――。

 手に入れようとするのではない。思い通りにしようとするのではない。ただその心に寄り添って、受け入れるその姿は。

 うちはアカリが今抱いている『喪失』の起源となった、アカリの『愛』よりも深い―――。

 

 ―――無償の愛。

 

「」

 

 畳間はなお笑っている。骨も折れているだろう。筋肉も断裂している。歯も数本無くなっている。

 それでも畳間は笑っている。

 アカリの血涙流れ揺れる瞳を、優しく見つめて、微笑んでいる。ときおり痛みに顔を顰めるものの、畳間は穏やかに微笑んでいた。

 

「……アカリよぉ。お前が面倒くさい女ってのは否定しねぇし、イナを妻に選んだのはその通りだけどさ。……何度も言ってんだろ。オレ、お前を友達だと思ってんだ」

 

「だからそれが―――ッ!!」

 

「まあ、聞いてくれよアカリ。イナだけは、なんて思ってたけどさ。やっぱ、目の前で苦しんでるお前見てるとな……。優劣なんてつけられねぇんだ。……確かに夫婦ってのは特別な関係だ。お前が憧れるのも当然だと思う。けどさ……友達だって特別だ。そうだろ? しかもオレ達は一緒の班で長く連れ添った仲間じゃねぇか。お前に代わり(・・・)なんていねぇんだ。お前だって、オレの特別だ。オレの友達のアカリってバカな女は、目の前にいるお前しかいねぇんだから。お前はお前で、イナはイナで、サクモはサクモで……それぞれ違う形で特別なんだ。比べられるもんじゃねぇんだ。オレ達は……同じ里の家族だからさ……。誰のことも失いたくねぇ。だったら、ちっとくらい、自分で骨折らねぇとダメだろ?」

 

 畳間は笑う。

 血塗れで凹凸の酷くなった痛みに引き攣るい顔を、懸命にほころばせる。

 

「……畳間」

 

「アカリ……」

 

 畳間は痛む腹部を抑え、ふらつきながらも立ち続ける。

 

「怯えんなよ、アカリ。オレに怯えなくて良い。オレはお前の敵じゃない。オレにとって、お前はとっくにオンリーワン(唯一)なんだ。イナは妻として、お前は友達として……同じように大切に想ってる」

 

「……」

 

 アカリが唇を噛みしめる。ズボンのすそをぎゅっと握った。

 

 アカリの心には、確かに届いているのだろう。畳間の言葉が。

 だが、『妻』という立場に固執する心が、それこそが特別であると執着するアカリの感情が、その受け入れを拒んでいる。

 畳間の『愛』を、アカリは既に十分すぎるほど受け取っている。アカリは純粋で、感受性の強い子だ。だからこそ、畳間の偽らない想いが分からないわけが無い。

 

 ―――うちはアカリは、千手畳間に愛されている。例え、形が違っても。

 

「畳間……。私は……どうすれば……ッ!! どうすれば……ッ!!」

 

「アカリ……」

 

 アカリは狼狽し、か細い声で悲痛を叫ぶ。

 どうすればいいか分からない。この心の暴風を抑える術が無い。止まれない苦しみが、アカリの心を掻きむしる。

 

「……たすけて」

 

 アカリが小さく、絞り出すように言った。

 

「……たすけて、畳間。たすけて……!! 苦しいよ。つらいよ……!! たすけて……!!」

 

 アカリのくしゃくしゃに歪んだアカリの顔。その目じりの赤が、透明な色で流される。

 アカリは胸元を抑え、その場に座り込んだ。その姿は、小さい子供のようだった。

 

「最初から、そう言ってくれてりゃぁなぁ……」

 

 アカリに聞こえないように呟いた畳間は苦笑する。

 ぼろぼろの体で一歩進む。脚が上手く動かない。折れているようだ。

 

(まあ、めちゃくちゃに殴られたし、変な墜落の仕方もしたしなぁ……)

 

 畳間に怒りは無い。

 本当に、馬鹿な友達を持ったと、己の『縁』を楽しく笑う。

 片足を引きずるように、畳間は進む。

 長いような短いような、畳間はゆっくりと時間をかけてアカリのもとへと辿り着いた。

 

 泣きじゃくるアカリの頭を見下ろした。

 

「泣いて良いんだ。つらかったら泣いて良いんだ。力で暴れなくても……、『心』ってのは、素直に吐き出して良いんだよ、アカリ。そのための友達だろ……? オレはどこにも行かねぇから。サクモだってそうさ。あいつならお前に寄り添って、お前と一緒に……オレの愚痴を吐いてくれると思うぜ?」

 

 畳間は努めて明るく、穏やかに話しかける。

 

「助けを求めることは……恥ずかしいことじゃないんだ……」

 

 それは、アカリに言って聞かせているようで、その実、畳間自身にも言い聞かせていることだった。

 あのとき―――千手柱間の逝去を知った時、畳間は助けを求めることが出来なかった。自分の中で押さえつけて、必死にいつもを取り繕おうとした。でもそれは歪んでいて、それに気づいたイナが手を差し伸べてくれた。

 

(オレも気を付けよう……)

 

 畳間は苦笑する。

 

 それ(・・)が普通に考えて、多少以上に理不尽であっても。

 まあ、別に良いだろう。

 そういう『友』の関係があっても。

 うちはアカリと千手畳間の関係は、そういうものだ。本人がそれを受け入れているのだ。それでまあ、良いんじゃないかな。

 

「まだ気が済まねぇなら、また殴りに来い。適当に理由付けて……、顔も見たくなくなるくらい、オレのことが嫌いになるまでな」

 

 ―――『ケンカするほど仲が良い』。そういう関係があっても、まあ、別にいいだろう。

 

「畳間……」

 

 ―――苦しい、と。

 ほとんどの人間が通るであろう『失恋』というイベントを、少しばかり大きく騒ぎ立ててしまった少女は。 

 

「ごめんね……」

 

 小さく呟いて。

 

「ほんっとにお前ってやつは……」

 

 畳間は、その初恋を終えた哀しみに涙する女の子の小さな肩に、手を置いた。

 

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