【劇場版】綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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以前もなんどか質問があって分かる範囲でお答えはしていたんですけど、忘れてる部分もあったので改めてキャラブックとか読んでみたら、やっぱりNARUTOって年齢と時系列の細かいところが割とめちゃくちゃなんですねこれが……。
もうその辺考えずにパッションとフィーリングで行きます。


イナルート⑥

 傷だらけ、血塗れの畳間はアカリに背負われて輪墓より解放された。

 さすがと言うべきか、二人が戻った時、サクモとカガミは既にアカリの幻術を自力で解除していたらしい。アカリと畳間が現実へと戻ってきた瞬間、各々の感知方法を以て畳間達の存在を知覚した二人が、すぐさま二人の下へと駆けつけたのだ。

 

「良かった。戻って来た。お前達いったいどこに……」

 

 畳間達の前に颯爽と着地したサクモの第一声がそれで、しかしアカリの肩に力なく乗る畳間の顔の惨状を見て、顔を青くさせる。

 

「畳間!?」

 

 サクモが血相を変えてアカリの傍に駆け寄った。

 畳間はゆっくりと顔を上げ、腫れあがった顔に懸命に笑みを浮かべる。

 

「大丈夫だ……」

 

 と畳間は力なく言った。

 だが、それが言葉通りではないことは一目瞭然だった。

 畳間は必死に笑顔を取り繕ったが、サクモから見て、畳間の顔には決して笑みは浮かんでいなかった。腫れあがった顔に、表情と言うものは浮かんでいない。ただ痛々しさだけがそこにはあった。腫れあがった瞼は重く、眼も満足に開けられていないのが、今の畳間だ。

 

「大丈夫じゃないだろう!? 早く病院へ!!」

 

「大丈夫だって……。オレ、頑丈だし……」

 

「それでも限度があるだろ! アカリ、早く畳間を病院へ!!」

 

 サクモがアカリへ捲し立てる。

 アカリは一度目を丸くして、すぐに気まずげに目を逸らした。

 

「誰がやったか、聞かないのか……?」

 

「そんなことは今はどうでもいいことだ! 早く畳間を治療してやらないと……!!」

 

「……」

 

 サクモの言葉に、アカリはやはり気まずげに顔を伏せる。

 畳間をこんな目にあわせた犯人を捜すよりも、怒りを抱くよりも、まずは畳間に心配を向ける。それが、はたけサクモという忍者の在り方だった。

 

「私は……未熟だ……。あまりにも……」

 

 己のことしか考えていなかったアカリには、そのサクモの在り方は直視するには余りに眩しく、そして苦しいものだった

 

「サクモ」

 

 カガミが言った。

 カガミは静かに瞳を細め、アカリを見つめている。

 

「畳間を病院へ連れて行ってくれ。……アカリ、話がある」

 

「……」

 

 カガミには、普段の穏やかな雰囲気はない。今カガミから発されている厳格な雰囲気は、カガミの上司である扉間にも似通ったものである。

 サクモは何かを言いたげに逡巡したが、ひとつ頷くとアカリから畳間を譲り受け、背負った。

 その際、畳間が呻き声を零した。体を動かされたことで、痛みが強く生じたのだろう。

 

 畳間はサクモの背に体を預け、呟くように言った。かすれた声だった。

 

「先生……」

 

「すまない、畳間。謝って済むことではないが……」

 

 違う、と畳間は言いたかった。

 サクモもカガミも、畳間をこのようにした者が誰かなど既に分かっている。

 サクモは敢えてそこに触れないようにしたが、カガミは違う。畳間達の先生として、そしてアカリの兄として、カガミはケジメをつけるつもりだ。

 

「先生……」

 

 畳間はカガミに、このことは大事にして欲しくはない、と頼みたかった。

 これは喧嘩だと伝えたかった。仲の良い友人同士の、少し行き過ぎた喧嘩なのだと、それでことを終わらせて欲しいと頼みたかった。

 

 だが、カガミはそれを遮った。

 

「畳間。これは……兄として、うちはの者として、なにより木ノ葉隠れの里の者として、見過ごすわけにはいかない。火影様にも報告させてもらう」

 

「……」

 

「……行こう、畳間」

 

 カガミの言葉を聞いて、畳間は力なくサクモの方に頭を預けた。大きく、鼻から息を吐く。

 サクモは畳間を連れて、その場から駆けだした。

 

「アカリ」

 

「カガミ……」

 

 二人を見送り、向かい合った兄妹。

 カガミはアカリへ厳しい視線を突きつける。耐えきれなかったのか、アカリは逃げるように俯いた。

 

「お前がやったんだな?」

 

 カガミの問いかけに、アカリは静かに頷いた。

 カガミは哀し気に瞳を揺らし、言った。

 

「火影様のところへ行くぞ」

 

「……」

 

 やはりアカリは神妙に頷いた。

 

 カガミは何かに耐えるように眉根を寄せた。そしてそんな自身の表情をアカリに見られたくなかったのか、顔を背けるようにしてアカリへと背を向けた。

 

「アカリ。お前は……」

 

 カガミが口ごもった。

 それを言うかどうか、迷っているようだ。

 兄として、先生として、忍者として、木ノ葉隠れの里の上忍として、言うべきかどうかを迷っている。カガミは模範となるべき立場にある。その才覚や思想を評価され二代目火影の側近として採用されているという事実は、同時にうちは一族の動向を評価する一つの指標としても扱われる。うちはカガミはある意味で、うちは一族を背負う立場にあるとも言える。

 カガミはうちは一族を愛しているが、同時に扉間がうちは一族を危険視しているという事実を知っており、その考えや理由を理解し、受け入れている。

 

 ならば『妹とその友達の喧嘩』と、今回の件を有耶無耶にすることではない。兄としての立場でいることではない。

 悩みに悩み、考えに考え抜いた末に、カガミはそう答えを出した。

 ゆえにカガミは絞り出すように言った。

 

「お前は……忍者失格だ……」

 

 カガミが苦し気に吐き出したその言葉を聞いて、アカリの強く握りしめられていた拳が震え―――そして、力なく解かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「畳間!!」

 

 畳間が病院に担ぎ込まれてから数日後。病室のベッドで横になっていた畳間の下に、イナが駆けつけた。イナが見舞いに訪れるまでに数日の時差があったのは、イナが任務に出ていたからである。任務帰りに畳間の入院を知り、その足で飛んできたのが今だった。

 

 肩息荒く病室の扉を開き立ち止まるイナに、二つの視線が向く。

 既に病室にいて、ベッドの脇で椅子に座り畳間と話をしていた綱手と縄樹のものだ。

 綱手はその視線を畳間とイナの間を行き来させた後、少し悩んだ後、縄樹の手を引いて立ち上がった。

 

「ねえちゃん? どうしたの? どっかいくの?」

 

「まあ、アレよ、アレ。あとは若い者達に、ってやつよ」

 

「わかい?」

 

 綱手のよく分からない表現に縄樹が小首を傾げた。綱手はそんな縄樹の所作に愛おし気に表情を緩め、その頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「むー」

 

 綱手に子ども扱いされたと感じたのか、縄樹はむくれた様子を見せる。

 綱手はそんな縄樹の様子に、可愛くてたまらないとばかりに、さらに表情を緩ませる。

 そしてそんな姉弟を見て、長兄である畳間はさらに表情を緩ませた。

 包帯で覆われた顔の下の怪我は当然治り切っておらず、表情を動かすことも痛い状態の畳間は、わずかに体を硬直させる。しかしそれ以外は一切表には出さず、二人を見守っている。兄としての矜持であった。

 

「うーん。おチビにはまだ分かんないかなぁ?」

 

「チビっていうな! にいちゃんみたいにでっかくなるんだよオレだって!! じいちゃんだって大きかったんだろ!」

 

「でも今はおちびでしょ? あたしより小さいじゃない」

 

「うるさーい!」

 

「わあ、縄樹が怒った! ごめんごめん!!」

 

 兄妹の可愛らしいじゃれ合い。

 縄樹は一人ヒートアップして、むくれ顔で綱手に詰め寄った。綱手はきゃー、と可愛らしい悲鳴を上げて、病室から走り去る。縄樹もまた綱手を追って病室から去り―――看護師に捕まったのか、「病院では静かに、走っちゃダメ」と説教され、「ごめんなさい」と二人して謝っている声がかすかに聞こえて来た。

 

「……」

 

 イナは呆れた様に二人が去って行った方へ視線を向ける。

 一方、畳間は微笑ましいものを見た、と目元を緩ませたままである。

 

「……少し、安心したわ」

 

「なにがだ?」

 

 はあ、とため息を吐いたイナが、ゆっくりとした足取りで畳間の傍に歩み寄り、先ほどまで綱手が据わっていた椅子に腰を下ろす。そして前屈みに、膝の上に肘を乗せた。

 

「あの子たちがああ(・・)なら、あんたも見た目ほど重症ってわけじゃないんでしょ? 見た目はホント凄いけど……」

 

「ああ。まあ、そうだな。見た目ほどじゃない。体の方はもうほとんど治ってる」

 

 千手一族の肉体は強靭で、生命力にあふれている。その体は、常人よりも治癒速度が遥かに速い。

 畳間は確かに重傷だったが、今はそれほどではない。顔の傷の治りは遅いが、それでも常人よりはやはり速いものだった。

 

「なにがあったの?」

 

「……」

 

「……言いたくないってわけ?」

 

「……」

 

「畳間。あたし、凄く心配したのよ。あんたって丈夫なのも取り柄なのに……入院なんていうんだもの」

 

「……アカリと、少しな」

 

「あー……」

 

 僅かに揺れるイナの瞳に気づき、畳間は観念してぽつりと言った。

 イナは僅かに間を置いて、小さく言葉を零す。納得、の色が強いそれは、イナがアカリの想いに気づいていたという証拠でもあった。

 

「でも、酷いわ」

 

「……なにがだ?」

 

「なにが、ですって? それこそ、あんたをこんな目に合わせたことよ。確かにあの子はあんたのことを好きだったのかもしれないけど、でも、だからってこんなことしなくてもいいでしょ!? ひどすぎるわよ、いくらなんでも!!」

 

「イナ、落ち着け。お前の怒る姿は……見たくない。笑っていてくれ。オレの前では……」

 

 畳間は疲れた様に吐息を零す。もう怒りだとか哀しみだとか、そういうのはうんざりだ、といった様子だった。

 

「……」

 

 む、とイナが一文字に口を結ぶ。

 畳間にそう言われては、イナも強くは言えなかった。

 当人の畳間が言うのだから、という理屈もある。だが、それで納得できるほど、イナは物分かりが良い女ではないし、畳間への愛情も大きい。小さなころから慕っており、遂に結ばれた男性だ。畳間を傷つける者がいるなら、イナも黙ってはいられない。

 

「頼むよ」

 

 ダメ押しの畳間の言葉に、イナもまたはあ、と疲れや諦念の籠った息を吐いて、肩の力を抜いた。

 

「……はあ。あんたもあんたよ。あんた、どうせやり返さなかったんでしょ」

 

「……!」

 

 畳間は驚いたように目を丸くし、イナは再び呆れた様に息を吐いた。

 

「分かるわよ。あんた、普通に強いし。同期であんたに勝てるのって、サクモくらいじゃないの。まあ、あたしもアカリの実力を詳しく知ってるってわけじゃないけど……そんなにされるほど、あんたは弱くないし、アカリは強くない」

 

「はは。よくご存じで……」

 

「茶化さないの。……ねえ。なんで、そんなことになったの?」

 

「それは……なんでやり返さなかったのか、ってことか? それとも、なんでアカリとやり合ったのか、ってことか?」

 

「どっちもよ」

 

 畳間の問いかけに端的に答えるイナは、努めて平静を保とうとしているようだ。畳間の願いを聞き届けようとしている。

 

 申し訳ねぇなぁ、と畳間は内心で謝罪しつつ、答える。

 

「なんでアカリとやり合ったのか、ってのには答えたくねぇ。悪い。色々、事情があってな」

 

 畳間の答えに、イナは不満げに眉を寄せた。

 当然の反応だな、と畳間は思ったが、こればかりは答えるのは憚られる。

 写輪眼の仕組み。扉間によって解明されたそれは、当然のことだが、公にされている事実ではない。それもそうだろう。

 

 ―――あの一族は『喪失』をトリガーに脳に変化が起こる一族だ。

 

 などと公表することは、さすがの扉間にも出来かねる。それが事実だとしても、一族間での軋轢が強まるのは必至。里が割れる事態に発展しかねない。偏見や差別が生じかねない。そして、それがうちは一族の者を変質させるきっかけとなり、第二第三のマダラが生まれかねないからだ。

 

「……じゃあ、なんでやり返さなかったのかくらい、教えて貰えるんでしょうね」

 

 イナは高圧的に言い、腕を組み、足を組んだ。スカートから、素足が覗く。アカリへの怒りを抑えることを強いられたため、今のイナは怒りのぶつけ先が無く燻っている状態で、滲み出てしまっている。そして、畳間への心配の裏返しでもある。

 畳間はそれを理解し、甘んじて受け入れた。

 

 ―――まあ、なんと綺麗な脚なんでしょう。美脚ですね。

 

 そして、畳間はそうも思ったが、言ったら怪我が増えそうだったのでやめた。

 ちらりとイナの脚を見て、視線をイナの瞳に戻す。入院中は禁欲を強いられる。そういうことだった。桃色の本を差し入れしてくれる仲間は、未だ見舞いには来てくれていなかった。

 

「あいつ……怯えてたんだ」

 

 内心を表には一切出さず、畳間は神妙に答えた。

 イナもまた畳間の言葉を聞き、神妙な表情を浮かべている。

 

「……怯えてた? 何によ?」

 

「なにって言われると難しいな……。んー……。……友達を失うこと?」

 

「……はあ? なにそれ。友達無くしたくないって言って友達こんなに目に合わせてたら本末転倒でしょ」

 

「いやまあそうなんだが。……アカリだしなぁ。あいつ、不器用だからさ」

 

「ふーん。なに? 分かった感じ出しちゃってるけど。通じ合っちゃってるわけ? アカリと。さっきも随分肩を持ってたし、庇っちゃったりなんかしちゃって。心配してたあたしがバカみたいじゃないの。あーあー心配して損した!」

 

「悪かった。悪かったよイナ。ちょっとした喧嘩が行き過ぎた、くらいに思っててくれりゃいい」

 

「あのねぇ。それはそれで問題でしょうが。あたし達いくつになったと思ってんのよ。喧嘩なんてガキみたいなことしないの!」

 

「うっ……」

 

「まったく……」

 

 イナは呆れた様に溜息を吐いて、肩を落とす。

 そうは言っても、何かを察してくれたらしい。もう一度大きくため息を吐いて、イナは力なく頭を下げた。

 

「ほんとに大丈夫なんでしょうね?」

 

「なにが?」

 

「あんたの怪我よ」

 

「ああ。大丈夫だよ。怪我はな。すぐ治る」

 

「……そっか。良かった……」

 

 ほ、とイナが胸を撫で降ろした。

 

「それで? アカリはどうしたの?」

 

「……しばらく謹慎だってよ。おっちゃんや先生に、かなり絞られたらしい」

 

「謹慎ねぇ……。妥当、なのかしら? そもそも里内での私闘って普通にご法度だしねぇ」

 

「私闘じゃなくて喧嘩な?」

 

「おんなじでしょ。……でもほんとに大丈夫なの? あんたとアカリの一族って、そのぉ……」

 

「険悪?」

 

「そこまで言うつもりはないけど……。あたしも、山中の跡取りがお姉ちゃんってことであんまり詳しく教わってないし……。ただ暗黙の了解……みたいな……?」

 

「まあ、間違ってねぇよ。オレもガキの頃、おっちゃんと爺ちゃんがうちはの扱いで揉めてたの、たまたま聞いちゃったことあるし。上がそうなら一族もそうだろ」

 

「やっぱそうなの?」

 

「おっちゃんってうちはに偏見……というかなんというか、事実は事実なんだけど、ちょっと歯に着せぬところがあるというか……。言われてもしょうがねぇんだけど、でもそこまで言わんでも……みたいなとこあって……」

 

 言葉を選び濁し濁しに言う畳間の様子に、イナはことの深刻さを察し、頭を抱える。

 

「……あたしもそのうちあんたに嫁ぐわけだから、そういうのは知っておいた方が良いとは思うけど……。そんなに深刻なの? あんたたち……というか、あたしたちというか……千手とうちはって」

 

「まあそうだな……。分かりやすく言えば、アカリのオレへの態度って、うちはと千手って観点で見れば正直かなりマシな方だと思う。おっちゃんとうちはの当代も、かなりバチバチやり合ってるし。居住地が里の真反対にあるのもそれでだよ」

 

「やっぱり……」

 

「里の創設期は割と仲良かったらしいんだけど色々あったらしくてなぁ。爺ちゃんが死んでから、さらにちょっとな」

 

「初代様、みんなから慕われてたもんね……。でもそっか……。そっか……。でもあたしは二代目様って厳しくも優しい素晴らしい忍者だと思うけどなぁ」

 

「オレ以外には優しいよ。おっちゃんは」

 

「あんたは厳しくして丁度いいのよ。初代様にもミト様にも甘やかされ過ぎたのよ」

 

「ひっでー」

 

 畳間が不貞腐れた様に言うと、イナは小さく笑った。

 

「おっちゃん、戦国時代に色々やったらしい(・・・)から……」

 

「……なにを?」

 

「知らん方がいいよ。ホントに」

 

 敵の親兄弟、子供や孫を殺した後に操り人形にして情報を抜き取り、その後は用済みとばかりに爆弾として送り返しました。 

 普通に鬼畜の所業である。

 

「でも火影様がされたことだもの。きっと仕方ないことだったんじゃないかしら? 里が興る前なんて、それこそやらなきゃやられる、なんて時代だったわけだし……。だから火影様も仕方なく……」

 

「……そうなんだよなぁ。家族を守るために仕方なく……」

 

 畳間はそう言った後、じっと天井を見つめて黙り込んだ。

 何かを考えている畳間の様子を見て、イナは小首を傾げながらも時を待つ。

 

 畳間は思う。

 それは、確かにそうだろう。

 人々が各々の大切なものを守るために死に物狂いで戦った時代が、戦国時代だ。

 扉間がそうしなければ、もしかしたら自分や綱手、縄樹が生まれていなかったという可能性だってある。扉間や柱間が一族を守ったからこそ今がある。

 

 以前は扉間憎し、という感情が蠢いていたことからなるべく考えないようにしていたことを、畳間は冷静に思考することができるようになった。憎しみが渦巻こうとも、「イナがいるし」跳ねのけることができるからだ。

 

 畳間は扉間の所業を記録として知っている。幼い頃よりたびたび、うちはイズナの魂は己が憎悪の念と共にかつて実際にあった凄惨な光景を、畳間の脳に送り込んで来ていた。だから畳間はなんども怒りや憎悪に呑み込まれそうになり、畳間本人は欠片も思っていないというのに、家族へ怨恨を抱かざるを得ない状況に追い込まれた。

 

 はっきりと言えば、辟易としている。

 うちはイズナという存在は、好きか嫌いかで言えば、嫌いだ。だが綿密に絡まった魂は、イズナと畳間が決して完全な他人というでは無いということを示しており、畳間自身それは自覚してはいる。

 

 鬱陶しい、と突っぱね続けて来たそれを、畳間は冷静に見つめる。

 何故それが出来るかと言えば、イナという愛がそこにあるからだ。自分がどれほど孤独の恐怖を抱いても、憎悪に呑まれそうになっても、そこにイナがいてくれれば、畳間は大丈夫だと冷静になれる。

 イナに縋り、助けを求めることができる。

 子供の様に甘えることができる。

 

 母性に飢えている畳間と、人を甘やかすことを好むイナの相性は、良くも悪くも合致している。

 在りえた未来において、全ての甘えを振り切り、多くの痛みを耐え忍び、傷だらけの震える足で大人として、一人立ち上がった酸いも甘いも呑み込んだ壮年期の千手畳間と違い、今の畳間は青年。言ってしまえば祖父譲りの優しさが最大にして唯一の長所である、たいした苦労も知らない経験不足の甘ったれである。

 

 戦争を知らず、未だ比較的純粋な畳間は、イナという心の支えを手に入れたことで生来の優しさだけを発揮することができる。他里の者に家族を殺されただとか、仲間を殺されたとか、敵とは言え守るべき子供を手に掛けただとか、そんな悩みとは無縁の状態だ。だから素直に本領を発揮できる。

 

 ―――致し方なかった。

 

 それはそうだ。扉間も仲間や家族を守るために必死だった。だからしょうがない。

 

(でも、やられた側からしたらたまったもんじゃねぇよな……。オレだってもしもイナがそんな目にあったら……イナが殺されて、爆弾にされて送り返されてきたら……。殺し合うことを強いられたら……。そうだな、絶対術者は殺す。どんな手を使っても。死んでも殺す。草の根分けてでも探し出して殺す、だろうし……。迷惑は迷惑だけど……イズナの気持ちは分からないではない、か……)

 

 畳間は納得がいった、と数度首肯した。 

 

(そう考えると……なんかちょっと可哀そうだよな……)

 

 イズナの気持ちを分かった気になった(・・・・・)畳間は、死してなお千手への憎しみを残す魂に憐れみを抱く。

 なんとかしてやりたい、とも思うが、手段は思い浮かばない。

 イズナの溜飲を下げる最も効果的な手段は、恐らく畳間の自刃だろう。

 だが畳間はそんなことをしたくない。死にたくない。しかし、憎しみの塊と言ってもいい存在を見過ごすのも忍びない。今はまだその勇気はないが、いつか対話して見てもいいかもしれない、と畳間は思った。

 

(うちは一族の千手憎しって、ただの敵愾心ってだけじゃねぇんだなぁ、多分。殺し合いを止めるために手を結んだけど、培ってきた負の遺産ってのがまだ残ってんだな……)

 

「これ、思ってたより難しいなぁ……」

 

 うーん、と唸り出した畳間を、小首を傾げたイナは不思議そうに見つめている。

 

「……どうしたの?」

 

「いや……」

 

「……」

 

 イナの問いかけに、畳間は言葉を濁す。

 イナはちらとベッドの横にある小さな棚の上に乗った、フルーツの入ったバスケットへ視線を向けた。

 

「まあ、あんた怪我人なんだし、あんまり考え過ぎないように。治るものも治らなくなるわよ。リンゴ剥いてあげるから、食べて寝なさい」

 

「そうだなぁ」

 

 イナが立ち上がり、りんごを一つ手に取ると、指先にチャクラを集めて刃物状に形態変化させると、するするとりんごの皮をむき始めた。刃物要らずである。

 畳間は感心した。

 

「ほー。そういう使い方も出来るんだ。すげえな」

 

「まあねー。ものは使いようよ」

 

 イナは手を止めると、少し誇らしげに笑って畳間を見た。

 イナのはにかんだ笑みはすぐにリンゴへと戻されたが、畳間は少しの間向けられたその笑みに僅かにときめきを感じる。

 

(これが幸せってやつかぁ。いかんな。頬が緩む。いたい) 

 

 胸の内に暖かなものが沸き上がって来る。畳間は頬が緩むことを抑えきれない。

 

「なあ、イナ」

 

 リンゴを向き終わったイナに、畳間が言う。

 

「ん? なーに?」

 

「あーんってしてくんない?」

 

「……」

 

 イナは少し驚いたように目を丸くすると、呆れた様に目を細めた。そして少し困ったように笑うと、小さく切ったリンゴをつまみあげる。

 

「もー、しょうがないわねぇ。はい。あーん」

 

「あーん」

 

 二人は照れ臭そうに笑う。

 畳間は口元に運ばれてきたリンゴを、イナの指ごといった。

 

「もう! ちょっと畳間!」

 

「まままままままま」

 

「あ、こら!」

 

 唇を高速で開け閉めし、イナの指を挟む。

 イナがくすぐったい、と笑いながら指を引っ込めた。

 

 イナの指はすべすべだ、と畳間は思った。

 

「あんたねぇ。それじゃ変態よ変態! 先が思いやられるわ……」

 

「うれしいくせに」

 

「だーれがこぉんなことされて嬉しいのよ!」

 

「ははは!」

 

 ―――うーん。もうちょっと後で帰ってきた方が良さそうね。

 

 そろそろいいかな、と縄樹と共に帰って来た綱手だったが、病室から漏れ出る声を聞き、縄樹と手を繋いで再びどこぞへと去って行った。

 

 

 

 

 

 畳間の怪我は治ったが、しかし治らない箇所があった。

 顔だ。顔が悪いとか不細工になったとかではなく、片目に著しい視力の低下がみられたのだ。まるで万華鏡写輪眼を酷使した代償のように。だが当然、畳間は写輪眼になど開眼していない。

 仙術の副作用の可能性もある、と判断した扉間やミトの指示で畳間の入院は伸び―――結果、畳間は記念すべき『雲隠れの同盟締結』のメンバーに数えられることは無かった。

 

 そして―――療養生活を送っていた畳間の下に、雲隠れの里で発生したクーデターにより二代目雷影が死亡し、二代目火影が行方不明になったという知らせが舞い込んできた。

 

 

 

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