【劇場版】綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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ベタなラブコメ展開は好きですか?

「若い頃は任務で何度か来たが……ゆっくりと観光するのは初めてかもなぁ。こう、落ち着いて見て回ると、違った景色に見えて来るもんだ。うちのチビどもを連れて来た時は、瞬身で温泉と木ノ葉を往復するだけだったしな……」

 

 楽し気に湯隠れの里の歓楽街を歩いている畳間とアカリは、涼し気な着物を纏っている。

 アカリは肩程にまで伸びた髪を頭頂部で纏め上げたお団子ヘア。畳間の普段は跳ねている黒髪は、湯上りでほんのり湿っており、垂れている。少し伸びた髪を揺らす姿は、亡き祖父を彷彿とさせる雰囲気が滲んでいた。

 仲睦まじく、手を繋いで歩く二人は、見た目が若いため夫婦というよりは、付き合いたての恋人の様だった。畳間は恥ずかしくて拒否したが、アカリが無理やり引っ手繰ったのである。

 

 畳間の表情には、あらゆる重責から解放された晴れやかな笑みが浮かんでいる。

 アカリはそんな畳間の横顔を見上げて、優し気に瞳を細めながら、畳間の話に耳を傾けている。

 

 孤児院では、一年に数回、この湯隠れの里へ子供たちを連れて来るという行事があった。

 とはいっても、飛雷神の術で子供たちを連れて来て、湯から出れば木ノ葉へ戻るという、ただ風呂に入りに来る程度のものだ。

 飛雷神の術といえども、大勢の孤児を同時に移動させるには限界があるし、監督役の大人も少ない。数名ずつ温泉に連れて来て、そして湯上りにアイスでも食べれば里に戻る、というローテーションを組まなければ、孤児院の子供達全員を温泉に入れてやることなど出来なかった。それに、火影の養子たち―――狙われるには十分な理由だ。里の外で大勢の子供たちを守るなど、分身を総動員すれば出来なくはないが、現実的でもない。

 

 また、畳間が温泉街と里を往復する以上、影の火影とも言える『根』の長であるノノウは里にいる必要があったし、アカリは仙術で気配の感知が出来ると言えども、目が見えないために見知らぬ土地で子供たちの引率をすることは難しい。それに、人込みではチャクラが入り乱れすぎるために、かえってアカリに混乱を齎し、不安で怯えてしまう。

 

 ゆえに畳間がやるしかなかったし、畳間自身、例え短時間でも、子供たちに外を見せてやりたいという思いもあった。

 畳間は若い頃の任務時以上に、気を張って子供たちを見守っていたが、それでもナルトや香憐と言ったお転婆組は、すぐにどこぞへと行こうとする。畳間が仙術まで駆使して子供たちのチャクラを捉えていたからこそ行方不明事件が発生しなかったが、少しでも気を抜けば、瞬時に姿を消していただろう。ゆえに、少人数ずつしか連れてくることが出来ず、そして全員を連れて来てやるには、滞在時間は短くせざるを得なかった。当然、畳間が観光できるような時間など取れるはずが無い。

 だが、彼らも今では立派な大人になろうとしている。畳間は今や忍頭補佐となったナルトや、カブトの下で日々里の家族のために医療忍者として働いている香憐の成長を想い、空を見上げて嬉し気に微笑んだ。少し、瞳が潤んでいる。

 畳間は涙をこらえるために、更に昔へと記憶の海を辿った。

 そして、今に至るまでにたった一度だけこの里へ訪れた当時のことを想起する。

 昔、皆で湯隠れの里へ来たことがあった。綱手やサクモ、自来也達と共に。まだ、綱手が十代の頃の話だ。

 

「アカリ、覚えてるか? 自来也が綱に半殺しにされて―――」

 

「知らんが?」

 

「あっ……」

 

 共に過去の思い出を共有したいと思い、口を開いた畳間が、やっちまったと目を泳がせる。スッ―――とアカリの眼が細まる。

 自来也が半殺しにされた当時、アカリが里を不在にしていたことを忘れていた。

 あのとき一緒に湯隠れの里へ来たのは、アカリでは無くイナである。

 

「マズい……」

 

「何がマズい? 言ってみろ」

 

 畳間の手を握るアカリの手に徐々に力が込められていく。

 めりめりと骨が軋むような感覚を、畳間は覚えた。

 

「どうやらボケが始まったようだな畳間。叩けば治るか?」

 

「ごめんて! ちょっと勘違いを……。あ! あの蕎麦屋なんてどうだ!? ちょっと待たないといけなさそうだが―――」

 

 畳間は、アカリの気を逸らすべく、前方に見える飲食店の方へと指先を向ける。

 昼には少し早い時間だが、小さな列が出来ている店がある。それだけ人気ということだろう。もともと二人は昼食を摂る場所を探していたこともあって、畳間はアカリの手を強引に引いて、その列へ小走りに向かっていく。

 

「まったく。私でなければ許さんところだぞ」

 

 畳間と手を繋いでいるアカリは、小走りの畳間に少し遅れて、同じように小走りで畳間の背について行く。

 アカリは不貞腐れた様に言いながらも、しかしその頬は少し緩んでいた。

 

 強引に手を引かれて連れられる―――20年連れ添って、しかし今までには無かったシチュエーションだ。アカリは初心のように高揚していた。単純な女である。しかし無理もない。二人には恋人の期間など無かったし、結婚したのは失明した後である。仙術による感知能力があったとしても、目の見えない妻の手を強引に引いて小走りするなどと言う暴挙を、畳間が行うはずもない。

 それは、畳間が火影を引退し、アカリに光が戻ってようやく生じ得るシチュエーションだった。60を間近に控えて居ながら、しかし二人は味わえなかった恋人気分を満喫しているのである。

 

 ―――なお。アカリは完全に初めてのことだが、畳間は既にそういうことは経験済である。

 

 列に並んだ二人は、覗くように前方へと眼を向ける。

 列が出来ているから当然だが、店の中は満席だ。

 二人の中で食事の期待値が高まる。

 

「おい畳間。不味かったら金を払わんで帰るぞ」

 

「やめろ。バレると里の評判が暴落する」

 

 待たされるからには、とアカリが無茶苦茶を口にして、畳間が苦笑してそれに答える。

 

 ―――五代目火影夫婦、無銭飲食す。

 

 いろいろな意味で里がヤバイ。

 

「お客様」

 

 畳間とアカリに、女性が声を掛けて来た。

 衣服を見るに、二人が並んでいる店の店員のようだ。

 手には二枚の紙があり、女性はそれを二人へと差し出した。

 受け取った二人は、紙へと目線を落とす。店のメニューのようだ。列が出来ることが常であるゆえか、待たせてしまう客に対し、少しでも時間を有効活用して貰おうという計らいだ。食事の選択時間を削減し、店の回転速度をあげるため、という理由もあるだろうが、中々気配りのきいた店のようだ。

 

 二人の中で、食事の期待値が高まった。

 

 10分、20分と待って、気づけば列は行列へと変わっていた。

 畳間とアカリの順番は、数えるほどとなっている。そう遠からず、食事にありつけるだろう。

 

「たいへんだ畳間。腹が減ったぞ」

 

「オレもだよ」

 

 アカリの腹がぐるぐると鳴って、アカリは恥ずかし気におなかを摩る。少しふざけた物言いなのは、明らかな照れ隠しだ。

 畳間はそんな妻が愛おしく、優しく微笑むと、アカリの頭をぽんぽんと撫でた。アカリはくすぐったそうに目を細めて、畳間の手に頭を押し付けるように、畳間へとしな垂れかかる。

 

「ふふ」

 

 後ろから笑い声がした。

 

「ごめんなさい。あんまり仲がよろしいので、つい」

 

 畳間とアカリが振り向いた。

 畳間の後ろに並んでいたカップル(夫婦かもしれない)の女性が、恥ずかし気に頭を下げた後、二人を見てそう言った。

 そのカップルは、見た目で言えば、30手前といったところか。

 アカリを見るカップルの瞳は、例えるなら近所の子供達を見守るようなそれである。

 

 畳間はともかく、アカリは綱手と共同で開発したアンチエイジング(という名の、創造再生を応用した肉体変化)によって、二十歳そこそこの姿を維持している。

 このカップルは恐らく畳間とアカリのことを、歳の差カップルで、かつアカリは自分達よりも若いと勘違いしているのだろう。

 畳間は『勘違い』に気づいたが、別に訂正するほどのものではないので、黙っている選択をする。

 

「それほどでもある」

 

 仲がよさそう、という言葉に機嫌をよくしたアカリが、畳間の腕に抱き着いた。

 

 ―――歳を考えろ。

 

 と思わないでもない畳間は正直恥ずかしかったが、今更である。

 それに、アカリにとっては初めての―――本当に、初めての『恋人』のようなデートである。二人で同じ景色を『視て』、同じ『景色(思い出)』を記憶に残す。

 それは、光を取り戻して、ようやく叶った『夢』なのだ。少しばかり羽目を外す(年甲斐も無くいちゃつく)ことを、誰が責められるだろう。

 アカリはその澄んだ黒い瞳を、嬉しそうに細めている。

 

 そんな笑顔を見せられて、文句を言える畳間ではない。

 

「まあ、なんというか」

 

 畳間はアカリが腕に抱き着いている状態を受け入れて、恥ずかしそうに、後頭部をぽりぽりと掻いた。

 

「羨ましいです。この人、そういうこと恥ずかしがっちゃうので」

 

 じと、と女性が男性へと視線を向ける。

 

「それはけしからんな。貴様、甲斐性を見せろ甲斐性を」

 

 アカリは畳間に抱き着いたまま、女性と共に男を責め上げる。

 ええ!?と声を漏らした男は、大袈裟に体を逸らして見せた。ノリが良い。優しい男のようだ。

 

「じー」

 

 女性が男性を見上げている。

 アカリもまた男性を見上げているというより、睨みつけている。写輪眼でも発露させそうな眼力である。

 畳間は男性を憐れに思うが、飛び火が怖いので黙っている。

 

 男性は困ったように目を泳がせた後、女性へ向けて片手を浮かせた。

 女性は目を輝かせ、男性の腕に飛びついた。

 

「ふふ。良いことをしてしまったな」

 

 アカリが楽しげに笑う。

 女性は嬉しそうに微笑み、男性は照れながらもまんざらではない様子。

 

「あの、お二人のご都合がよろしければ、ですが。よければ相席を―――」

 

 女性が言った。

 何やらアカリとウマが合うというか、通じ合うものがあったようである。

 もう少し話をしたい、ということである。旅の縁を大事にしたいと思っているのだろう。

 

「構わんぞ」

 

「……アカリが良いなら構わんが」

 

 アカリが即答する。

 畳間が目を瞬かせる。意外だった。てっきり二人きりで食事をしたいと突っぱねると思ったからだ。

 

 畳間はアカリを見つめ、それに気づいたアカリはじっと畳間を見つめ返し、そして『ニヤリ』といやらしく笑った。

 

「なんだ。二人きりが良かったか?」

 

「いや別に。お前がそう言うと思ったってだけだ」

 

 揶揄ってやろうという思惑が透けて見えるアカリの言葉を、畳間は敢えて冷静に投げ返す。

 む、とアカリが唇を尖らせる。一切戸惑うことなく返事をした畳間に拍子抜けして、勝手に敗北感を感じているようである。

 

「ふふ。本当に、仲がよろしいんですね」

 

 カップルの女性が言った。

 順番が近づいている。

 遂に、畳間とアカリの前に並ぶのは、一組だけになった。

 腹もちょうどいい具合に空いている。

 蕎麦の出汁の柔らかで香ばしい香りが畳間の鼻孔を擽って来る。

 畳間は期待に胸を躍らせた。

 

「あーあー、暑い暑い」

 

 突如、大柄の男―――畳間よりもさらに頭一つ分大きなスキンヘッドの男を含めた数名の男たちが現れて、そんなことを宣いながら、畳間とアカリの前の組の前に割り込んだ。男達の衣服は派手な色合いで、刺繍も『龍』である。

 もう見た目からして『堅気ではありません』と主張していた。

 

 畳間とアカリの後ろに並んでいるカップルは怯えている。畳間の前に並んでいるお爺ちゃんとその孫らしき子供は震えている。

 畳間は呆れた様に目を細めた。畳間の腕から離れたアカリは、今にも飛び掛かりそうである。

 

(いや不味いな……。お忍びなんだ一応……)

 

 ここでアカリが暴れてしまうと、畳間の存在が湯隠れの里に露見する。

 そうなればVIP待遇は免れないし、監視(護衛)の目もつくだろう。

 

 ―――木ノ葉隠れの里の、五代目火影。

 

 それは、もはや忍者の界隈で知らぬ者のいない、大英雄の名である。

 伝説(うちはマダラ)を超えた、最も新しい伝説。それが、五代目火影だ。万が一にも有りえないが、しかしもしも自里でそんな男に何かあれば―――湯隠れの里が消し飛ぶ。

 実際、仮に何かあっても、木ノ葉隠れの里が湯隠れの里に危害を加えることは在りえないのだが、しかし弱小国にはそんなことは分からない。もしも気まぐれで木ノ葉の敵意が向けば、湯隠れの里は滅びてしまう。

 畳間が護衛など要らぬと言おうとも、表面的には従ったふりをして、湯隠れの里の警務隊を畳間につけるだろう。存亡の危機なのだから、是非もない。

 畳間はそれが嫌だった。

 ただでさえ木ノ葉から出るときに、護衛を付けると言って聞かない上層部を説き伏せるのに苦労したのだ。

 

「なあ、兄ちゃん達。皆、空腹を耐え忍んで並んでるんだ。兄ちゃんたちも、順番はちゃんと守った方がいい」

 

 猛るアカリの肩を抑え、畳間が一歩前に出る。

 

「なんだ、チビ。調子乗ってっと轢き殺すぞ」

 

「……」

 

 三十代半ば程度に見える大男が、畳間へと凄んだ。

 畳間が意外そうに目を瞬かせる。畳間の背は高い。子供たちを『おチビ』ということはあっても、自分がチビと言われることなど、忍者養成施設―――子供の頃以来である。

 

「いや、貴重な体験をさせてもらった。感謝する」

 

 火影になってから面と向かって啖呵を切られたのも初めてだ。

 壮絶なる殺意や深い憎悪、激しい敵意に塗れた言葉はあっても、ただ相手を恫喝するための安い言葉を掛けられることなど無かった。

 それが新鮮で、畳間は楽し気に笑った。

 

 一切の恐怖を感じていない様子の畳間の態度が気に入らなかったようで、男は眉を寄せた。

 大男の取り巻きの男たちが、「やっちまいましょう!」と声を荒げる。

 日頃、そうやって自分の思い通りに人を抑え付けているのだろう。自分達に怯えない人間がいる、というのが腹立たしいようだ。

 

「なんだァ、てめェ。オレらを知らねェってことは、旅行者だろ。楽しい旅行(・・・・・)がしてェなら、黙ってろや」

 

 男は畳間に近づくと、その強面の顔を畳間の顔に近づけた。

 厳めしく細められた瞳で、畳間の瞳を睨みつける。恫喝のための仕草なのだろうが、ゆっくりと小刻みに首を揺らしているのが滑稽だった。

 

「近い」

 

 畳間は顔の前に手を割り込ませると、男の顔を押し返した。

 男は首の力で顔の位置を維持しようとするが、想像以上の畳間の力に抗えず、為すすべなく押し戻されていく。

 

「なんだ、この力……ッ」

 

 男が悔し気に言う。

 畳間は静かに男を見上げている。

 

 店の中では、店員が怯えた様子で事の推移を見守っているが、「またか」といった諦念も垣間見える。

 この店の蕎麦が大好きなだけのモラルの無い客か、あるいは「みかじめ」を求めた家業の者かは定かではないが、どうやら常習犯である様子。

 

「なあ、兄ちゃん達。ちゃんと並んでくれないか? 頼むよ」 

 

 畳間は優しく笑い掛ける。

 

(写輪眼で黙らせても良いが……)

 

 何故そうしないのか。

 ぶっちゃけ『調子に乗っている』のである。

 イチャイチャタクティクスで読んだ、ベタなシチュエーション。妻の前でカッコイイ所を見せたいという(バカな)男心であった。

 当然、穏便に済ませたいという思いが強いことは間違いないが、畳間自身こういう状況は新鮮で、ちょっと楽しかった。

 

「てめェ、あんまり調子乗ってんじゃねェぞッ」

 

「……」

 

 凄む男の言葉を受けて、畳間は気まずげに視線を逸らした。

 男の言葉が『そういう意味』ではないことは明白だが、冷や水を被せられた心境である。

 アカリはそんな夫の様子を見てすべてを理解し、呆れた様に目を細めた。

 

 男は目を逸らした畳間に、自分の恫喝がやっと効いて来たかと満足げな様子である。

 さらに表情を厳めしくして、畳間を睨みつける。

 

「青二才が……。この『湯隠れの昇り龍』に喧嘩売ったんだ。ただで済むとは、思ってねェだろうな?」

 

 畳間は驚いたような、呆れたような、なんとも間の抜けた表情を浮かべた。

 この男の頬の傷はそれでか、と畳間は感じていた既視感を理解する。思えば服も紫に寄っているし、刺繍は龍のそれである。言われてみれば、といったところだった。であれば畳間の正体に気づいても良さそうだが―――まさか『本人』がこんなところで律義に並んでいるとは思わないだろう。

 

 その傷がついたからそう名乗っているのか、そう名乗るためにその傷を受けたのかは分からないが、どうやらこの男は、頬に向こう傷を持つ『木ノ葉の昇り龍』の名を肖っているようである。

 畳間にとって頬の傷は戒めと同時に、未熟だったころの恥の証であるが、男にとっては違うらしい。さしずめ恫喝の道具なのだろう。

 

 畳間の変顔に少し戸惑ったような表情を浮かべた大男だったが、しかしすぐに厳めしい表情へと戻した。

 アカリは畳間以上に呆れた表情を浮かべている。

 

「湯隠れの昇り龍とは……。御見それしたというか、なんというか……」

 

「はッ、今更ビビっても遅せェぞ若造が」

 

「若造……」

 

 大男は畳間よりも、恐らくは20ほど若い。カカシと同世代くらいだろう。畳間が堪らず苦笑する。

 長年、火影として敬われ、畏れられて来た身であるから、本当に新鮮で堪らなかった。

 

「なんだァ、てめェ。何を笑ってやがる。ビビッて狂ったか?」

 

「いや、そういうわけじゃないが……」

 

 平然と言い返した畳間は、困ったように眉を寄せる。

 そして何かを考えるように、黙ってしまった。

 

「何黙ってんだ!! オレ様をバカにしてんのか、てめェ!!」

 

 黙った畳間が不愉快だったようで、大男が怒鳴り声をあげる。大男は再び畳間の胸倉を掴み、引き寄せた。

 畳間は煩そうに表情を顰めて顔を逸らした。

 

「……いや、すまない。オレもお前くらいの歳の頃はそんな感じ(・・・・・)だったのかなって思うと……つい。いや、本当にすまない。お前をバカにしたつもりは無かった。(引退して)……どうも気が緩んでいるようだ。それについては謝る」

 

 畳間が片手をあげて謝意を伝える。本当に申し訳なさそうである。

 

「いやぁ、お前はもっとひどかったろ。サバを読むな」

 

 アカリが畳間の言葉を聞いて、小声で茶々を入れた。

 あながち間違いではない。

 畳間はここまで露骨な小物ムーブはしなかった。むしろもっと深刻で危険な状態だった。

 

「てめェ、さっきからふざけやがってッ!!」

 

 大男が畳間の胸倉を掴んだ腕を揺らす。

 畳間は困ったように眉を寄せた。

 

「いや、困ったな……。どうしたものか……」

 

 畳間が心底困ったように呟いた。調子に乗っていた直前とは違い、円満に纏めるための方法を本気で思考する。

 しかし思い浮かばない。

 火影時代は当然ながら、上忍時代でも、ここまで露骨に畳間に絡んで来る輩などいなかったがゆえに、畳間は対応に苦心している様子である。

 

「うーむ……」

 

 男がまた怒鳴り、畳間が残念そうに唸る。 

 畳間は長い年月を火影として生きて来た。

 己の言動が大勢の人間の人生を、いやがおうにも巻き込む立場にあって、力を揮うことを律して来た。

 また、戦争を避けるため、耐え忍ぶ戦いを続けて来た身でもある。

 

 当然、他国―――特に軍拡を止めず木ノ葉に譲歩を求める雲隠れの雷影の無茶に対しては、毅然と言い返していたが、互いに国家の存亡を背負う身であるからこそ、雷影は畳間が本気で抗議・対抗すれば、すんなりと引き下がってくれた。何故ならば、それらはあくまで、互いの譲れぬ線引きを探り合う、『外交』であったからだ。

 しかしこれは個人間の揉め事であり、勝手が違う。

 彼らには、ある意味で守るべきものなど無い。

 順番を守らず恫喝で異議を捻じ伏せる程度の『やんちゃ』に、人の命(・・・)など関わらない。悪くても怪我をする程度だろう。

 殺すか殺されるか、という青年期を生き、そして『必ず守る』という絶対の覚悟を以て、多くの命を背負って生きて来た畳間とこの大男では、生きて来たスケールがあまりに違う。鳥と蟻ほどに、生きる世界が違う。

 

 ―――五代目火影としての経験が通用しない。そんなことがあるとは……。

 

 『忍び耐える者』としての在り方が染みついている畳間にとって、『力』とはすなわち、『里に仇為す者』を排除するための最終手段である。この、目の前にいる非力な一般人(・・・・・・)に揮うという選択肢は存在しない。

 今の状況はとても新鮮で興味深いが、対応に苦心してしまう。予想外の弱点であった。

 

 そんな夫の様子を見て、アカリは一つため息を吐いた。 

 

「……もう充分だと思うぞ」

 

 畳間の悩むような声を聞いて、アカリが畳間へ言った。

 茶番を終わらせろ、という意味ではない。

 

 ―――畳間が穏便に済ませたいことは分かったが、これ以上は時間の無駄だ。こいつらは言葉を尽くして撤収する輩ではない。残念ながら、世の中には力を示さなければ理解できない者もいる。

 

 という意味である。

 

「あー?」

 

 大男がアカリへと視線を向けた。

 大男はアカリの言葉を、畳間を助けるための懇願と受け取ったのか、その顔には下卑た笑みが浮かんでいる。欲望に濡れたそれだ。

 

 アカリは本能的に、不快気に身を退いた。かつてのアカリなら取らなかったであろう所作だ。長く光を失い、感情に直接触れていたからこそ、瞳で見るその醜悪さに慣れていなかったのである。

 

「おい、てめェ。この女置いて消えろや。代わりに可愛がっておいてやるからよォ? そしたら、てめェのことは許してやるよ」

 

 大男は畳間の胸倉を掴んだまま、畳間へと言い放つ。

 

「……これは老婆心から言うが、力があるからと言って、あまり調子に乗らない方が良いぞ。取り返しがつかなくなることもある」

 

 畳間が静かに言った。

 深い黒の瞳が、男を見つめている。

 

「あの、私どもが外れます。ですから、それ以上は……」

 

「爺ちゃん!?」

 

 見て居られない、と言った様子で、畳間の前に並んでいた老父が口を開く。

 連れられている子供が、戸惑ったように叫んだ。

 当然のことだ。長い時間をちゃんと並んで待ち、ついに次にまで迫ったというのに、突然現れたガラの悪い男に順番を奪われて、並び直すなど、子供には耐えられることではないし、そんなことを耐えさせてはならない(・・・・・・・・・・)

 

「なんでこんな奴らに譲んなきゃなんないんだよ! だって、そんなのおかしいよ!! みんな順番を守ってるんだ! 悪いのはこいつらじゃないか!!」

 

 子供が叫ぶ。しごく当然のことしか言っていない。 

 しかし、大男の機嫌を損ねるには十分だった。

 畳間を突き飛ばすようにして胸倉から手を離すと、冷たい視線を老父と子供へと向けた。

 そして大股で、威圧するかのような足取りで、二人の方へと向かう。

 

 ―――不味いな。

 

 アカリが次に起こり得ることを察し、体を少し屈める。

 

 大男が手を振り上げた。

 振り下ろされれば、子供は頬をぶたれて吹き飛ばされるだろう。

 

 ―――瞬間。畳間の表情が消えた。

 

 今度はアカリが焦ったように畳間を見た。畳間が妙な動きを見せたら、すぐにでも畳間に飛び掛かるつもりである。

 

 ―――男の体が、がたがたと震え始める。

 

 そして、立っていられなくなったのか、膝から崩れるようにしてその場に座り込んだ。

 這いずるようにして、子供とは反対の方向へと動いた。

 しかし震える腕は大男の体を支えることも難しい様子で、大男はその場に崩れるように横たわった。

 じわ、と男の下に水たまりが作られる。

 大男は震える体を、まるで怯えた子猫の様に丸めて、両手で頭を覆い、縮こまった。

 

 畳間は、特に何もしていない。チャクラを解放してもいない。威圧感すらも出していない。

 ただ内心で、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、『敵意』を持っただけだ。

 五代目火影が『敵意』を持つ。その恐ろしさは、畳間も理解している。ゆえに大男に絡まれても、それを抱かないようにしていたし、そもそもその程度のことは、畳間にとって怒るほどのことではない。

 

 ただ―――子供に手を出そうとする姿を見て、反射的に湧き上がってしまったのだ。指先一本程度、顔を出してしまった。

 

 それでも、それはほんの一瞬のことだった。

 しかし残念ながら、この可哀そうな男は、畳間がすぐさま抑えつけたそれを、不幸にも感じ取ってしまったようである。

 大男はただ、その体を震わせていた。

 

 大男の取り巻きが、「兄貴?」と戸惑ったように大男を見つめた。周囲の人も、突然震えあがった大男の姿に、困惑している様子である。

 

 取り巻きの男たちが、「何をした」、と畳間へ問いを投げる。

 震えあがった大男の姿に、未知の不安を感じているのか、男たちは及び腰である。

 畳間は取り巻きの男達へと視線を向けた。びくり、と取り巻きの男たちの肩が跳ねる。

 

「連れて行ってやれ。もうするなよ(・・・・・・)」 

 

 男の取り巻き達は、大男と畳間を見比べた。本能的に、『違い』を感じ取ったのか、男たちは急いで大男を肩に抱えると、逃げるようにその場を去った。

 

「あの、何が……?」

 

 畳間達の後ろに並んでいるカップルの女性が、戸惑った様子で畳間へと問いかけて来た。何が起きたのか、まるで分っていない。実際、何もしていない(・・・・・・・)のだから、仕方がないだろう。

 畳間は振り返り、何事も無かったかのように、明るい笑顔を浮かべて、言った。

 

「たぶん、腹が痛かったんだろうな」

 

 ―――憐れな。

 

 アカリは内心で思い、去って行く男たちの背を見送った。その後、困惑と少しの怯えを残している子供に、目線を合わせて話しかけている畳間へと視線を向けて、苦笑した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結婚、だと……?」

 

 ベッドの上で美女と対面するネジの声には、戸惑いが乗っている。

 美女が頷く。

 

「白眼の君。あなたと私は、運命で結ばれています。私はあなたの妻に……あなたは私の夫に……それは、定めなのです。私とあなたは、夫婦となるために、同じ時代に生まれて来たのです」

 

 女は微笑んでいる。

 ネジは困惑している。

 

「白眼の君。あなたは覚えていないかもしれませんが、私とあなたは、過去に出会っているのです。そのとき、私は運命を感じました。私はこの方と夫婦になるのだと」

 

「何を言っているんだ……」

 

「ですから、結婚しましょう、と」

 

 ネジの混乱に拍車がかかった。

 

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