【劇場版】綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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怖い人

「……すまない。まだ頭が痛い。深酒をしすぎたようだ。思考があまり纏まらない……。すまないが、水をくれないか? 冷たいモノがいい……」

 

 ネジはつらそうに表情を顰める。自然な仕草で、頭を押さえた。俯いて、表情を隠す。

 女性は静かに頷いて、ネジに背を向ける。女が部屋から出た瞬間に、ネジの瞳がチャクラを帯びる。

 

 ―――白眼。

 

 ネジの瞳の外側に血管の様な筋が浮かび上がった。

 俯いていながら、死角となる一点を除き、ネジの視界は、360度に遠く広がる。ネジの視線が、障害物をすり抜けて、遮るものなく泳ぎ出す。

 

(なんだ、これは……。どこだここは……)

 

 天井をすり抜けたネジの視界が、暗い夜の空を映し出す。星々の輝きがいやに近い。

 壁をすり抜けたネジの視界が、地平線の先にまで広がる荒野を映し出した。ごつごつとした岩石の地表には、動植物の気配は見当たらない。

 床をすり抜けて階を下るネジの視界が、見知ったチャクラを映し出す。眠っている年若い女性の姿だった。

 

(どこだここは……。知らない地平だ。木ノ葉ではないことは間違いないが……。ハナビ様……!? 眼部に包帯……? まさか……)

 

 白眼の視覚を以て入り込む情報が多すぎる。混乱を抱く中で、ネジは驚嘆する。

 白眼が視認したその女性は、ネジのよく知る人物―――日向ハナビであったのだ。

 そして、ネジの白眼は、ハナビの身に起きている異常に気付く。ハナビの体を巡るチャクラ―――その流れが、ある場所でだけ途切れている。それは、瞳。眼孔の位置であった。

 

(白眼を……!?)

 

 眼孔から、チャクラを感知できない。空洞だけがそこにある。

 そして、あることに気づいたネジはハナビに集めていた白眼の『視点』を、女の方へと切り替える。そして見て取れた、女の瞼の奥―――。

 

(……間違いない。あの女の眼は、ハナビ様の白眼。そして見知らぬ土地……。オレ達は、あの女に攫われた……? だとすれば、なんという不覚。ガイ先生に顔向けができん……っ)

 

 ネジは辛苦に表情を歪めた。

 忍者たるもの、常在戦場で在ることが望ましいのかもしれない。しかしネジは昨日完全な非番であったし、友人たちと酒を呑んでいたのも里の中枢でのことだ。それを責めるのは酷だろう。火影や忍頭などの最高司令部クラスであればともかく、ネジは立場的には、未だ一般の上忍である。『木ノ葉崩し』のような前例はあるが、あのレベルの事変を、非番の時でも常に警戒し続けろというのはいくら何でも難しいだろう。

 しかしネジはそうは思わず、思考を続ける。

 

(何が起きた……。何が起きたんだ……。一緒にいたリー達は無事なのか? 里はどうなった……。どうやってオレ達を連れ出した……? 考えられるのは……。ハナビ様とオレを、里の結界や追手から逃れ連れ出すほどの隠遁術、あるいは木ノ葉の戦力を踏み倒すような圧倒的な力……。可能性が高いのは前者か……。里を襲いオレ達を攫おうとすれば、ナルトとサスケが確実に動く。あの二人を相手取って逃げるのは……いくらなんでも至難。激しい戦いがあれば、さすがにオレも目覚めただろう。それに、白眼で見えるあの女のチャクラでは、ナルトとサスケの二人には及ばない……。オレなら速やかに対処できるレベルだ)

 

 そしてネジは次なる思考へと続ける。

 

(白眼を狙い、直系に近いオレや、本家のハナビ様を秘密裏に攫った……。では、ヒナタ様は無事なのか……? 白眼ではこの近くにヒナタ様の姿は確認できないが……別の場所に監禁されている可能性もある……)

 

 情報が足りない。ヒナタについてはひとたび置いて、ネジは思考を切り替える。

 

(奪われたハナビ様の瞳。何故オレの白眼は奪われていない? オレの白眼は、日向一族史上最高を謳われるモノだ。白眼を狙うならば、オレの眼を奪わない理由は……。あの女、結婚したいなどと言っていたな……。ハナビ様の眼を奪い、オレを優遇する理由……『血』か)

 

 思案気に、ネジが眼を細める。

 

(あの女の目的が日向の血を取り込むことならば、あの女の背後には、里か、あるいは一族か……何らかの組織の存在は考慮すべきか……。だが、何らかの組織が動いているにしては、オレの白眼を封じないというのは、杜撰に過ぎる。『血』を取り込むだけなら……それこそ、あの方の小説の様に、オレを拘束し『精』だけを奪えばいい。木ノ葉に侵入し、人を攫うような者達だ。そういった意見が出なかったとは思えない。それに、覚醒したオレを一人部屋に放置するというのも……。逃げられないような罠や仕掛けがある……? いや、白眼ではこの部屋にそういったものは確認できない……。それとも、オレの力を封じる必要が無いほどに隔絶した力を、やはり、あの女が秘めているというのか……? だとすれば、里を襲撃したという可能性を、また考慮しなければならない……。五大国最強の木ノ葉を襲撃する―――個人で行うなら、それこそ、うちはマダラのような力が無ければ無理だ。オレはマダラを直接知らないが……今のシスイよりも強かったと聞いている。だとすれば、逸るのは危険だ。それに、ヒナタ様の無事が分からない以上は、やはり強硬手段は避けた方が良いか……?)

 

 敵の正体に近づくための確たる情報は少なく、しかし、白眼によって手に入れた情報の衝撃が大きすぎる。

 ネジの思考は、その衝撃と二日酔いによって纏まらず、ごちゃごちゃと渦巻いている。

 ゆえにネジは、ガイからの教えを思い出し、明らかに混乱している己を見つめ直す。

 

(落ち着け。焦るな。一度、思考をリセットしろ。単純に考えろ。今オレがすべきことは、情報を里へ持ち帰ること。可能ならハナビ様だけでも救出したいが……『敵』が『血』を求めているなら、ハナビ様がすぐに殺されるということは無い……。いや、ダメだ。ハナビ様だけは何としても救出する)

 

 すぐに殺されることは無い。

 それは『最悪』が無いと言うだけの話だ。

 敵が『血』を求めているとするならば、女にとって、最悪に匹敵するだけの行いが実行される可能性は、否定できない。

 

(だとすれば、今オレが手にすべき情報は、敵の背景ではない。この場にいる敵戦力の把握と、ハナビ様を連れての、脱出経路の確保―――)

 

 ネジの白眼は、この建築物の間取り図を、脳内に書き上げていく。

 より精密に、より正確に。

  

 同時に、ネジの白眼は、井戸からせっせと水をくみ上げている女の姿を視認している。

 傍に侍らせている何か―――恐らくは傀儡だろうと、ネジの白眼は捉えているが―――を使用せず、自らの手で、せっせせっせと水を汲み上げているのだ。

 白い着物を濡らさぬように気を付けながら、ネジの願いを叶えるために、せっせせっせと、大きな桶に水を汲んでいる。板についたその所作は、どこか田舎染みた―――母性の様なものを感じさせる。

 

(……。悪い奴では、無さそうなんだが……)

 

 先ほど少し話しただけだが、ネジはあの女から、悪意の様なものは欠片も感じなかった。もっともそれは、熟練の忍者であれば容易に隠し通せるものであるし、日向に最も愛されたと謳われるネジの白眼であっても、人の心の機微を視るような力はさすがに備わっていない。

 ゆえにそれは、ネジの『勘』でしかないのだが―――あの女から発せられる雰囲気を、ネジはどこかで感じたことがあった。

 

(幼少期に会っている、とあの女は言っていたが……。この感じはそれでか……? ……。いや、記憶が無い。―――ああ)

 

 色々と考えて、ネジは気づく。

 あの女に感じている奇妙な既視感。あの女から滲み出ている奇妙な雰囲気。それは―――。

 

(……山中いの?)

 

 ―――いのは大っぴらに、あの女は抑えて居ながら、しかし漏れ出ているそれ(・・)は、ネジも良く知っているものだった。それは、いのがシスイの傍に居る時に醸し出しているオーラ(隠し切れない好意)……。

 

 どういうことなの。

 ネジは再び混乱した。

 

 

 

 

 

 

 雪が降り積もる森を、駆け抜けていくナルトたちは、キバを先頭に、縦一列に展開している。

 キバ、ヒナタ、サクラ、シカマル、ナルトという隊列である。

 嗅覚と視覚による索敵を行うヒナタとキバを前方。

 仙術による広範囲のチャクラ感知を行い、かつ、どの位置からの奇襲にも対応できるようにナルトを最後方に。

 医療忍者を守るという意味で、サクラを中央に配置し、司令塔たるシカマルが後方へ控えている。

 

「キバ、どうだ!?」

 

 背に人一人乗せてなお余るほどの体躯へと成長した赤丸の背に乗るキバへ、後方からシカマルが問いかけた。

 

「ああ、匂いは残ってる!! ただ……」

 

 キバは上方へと視線を向けながら、シカマルの問いかけに大声で答えた。

 雪が降り積もり、地面の痕跡を追うことは難しいが、しかし雪が降り積もっていない木々の枝の合間合間に、ネジの匂いが残っている。

 ただ、気になることがあったため、キバは尻すぼみに言葉を終える。

 そして、少し考えて間を置いた後、サクラへと声を投げた。

 

「おい、サクラ! 確認なんだが、ネジさんが攫われる前、トイレに行こうとしていたんだよな!?」

 

「え? ええ。そうだけど……。それがどうかした? ―――あっ……」

 

 キバの唐突な質問に、サクラが訝し気に首を傾げる。しかし聡明なサクラのこと、すぐに何かに気づいたようで、気まずそうに口を噤んだ。

 キバとヒナタは何も言わなかった。

 シカマルは明晰なその頭脳により、キバが質問をした直後に、その意図に気づいている。司令塔を務めるシカマルにとって、重要なのは、追跡が出来るかどうかであるため、その痕跡が何なのか、ということには頓着しない。ゆえに、気にした素振りも見せない。

 ナルトは首を傾げている。

 

「ナルトはどうだ?」

 

「いや、特にチャクラは感じねェってばよ」

 

 シカマルが訊ね、ナルトは首を振った。

 

 一行はしばらく駆ける。

 そして、白眼を発動していたヒナタが、何かを視認して、小さく声を漏らした。

 「どうした? 何が見える?」とシカマルが訊ねると、ヒナタは洞窟の地底に、光る泉が見えると、返答した。

 

「ヒナタ、方角を教えてくれ」

 

「あっち! 北北西!!」

 

 シカマルの問いに、ヒナタが指を向けて答える。

 

「キバ! ネジの痕跡はどっちへ向かってる!?」

 

「北北西だ!!」

 

「こりゃ、当たりかもな……。皆、進路を北北西に!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 そして一行は洞窟付近へと立ち止まり、木々の陰にて身を潜めた。

 罠や待ち伏せを警戒したがゆえである。

 

 ヒナタが白眼で、ナルトが仙術によって感知し、周囲の安全を確かめる。

 仙術を解いたナルトが、シカマルへと視線を向けた。

 

「シカマル、大丈夫そうだ。チャクラは感じない」

 

「私も、雪に隠れた罠は、見つけられなかった。ただ、光る泉の中までは、視認できなかった。白眼が歪んでしまって……」

 

「白眼が歪む……? 結界術か何かか……?」

 

 シカマルは思案気に眼を細めた。そしてナルトの名を呼んだ。シカマルの方へと向いたナルトと視線を合わせたシカマルは、少し考えるように間を置いて、指示を出す。

 

「ナルト。お前の影分身を先行させてくれ。敵がその光る泉の中に潜伏しているとすれば、洞窟内で戦闘になる。そうなっちまえば、撤退は難しくなる。相手の力がマダラ級だった場合……洞窟を崩すほどの大規模攻撃をされちまえば、オレ達は一網打尽だ」

 

「オレが守るってばよ? 降って来る岩くらい吹っ飛ばせるし」

 

「その場合、オレ達全員が、お前の傍にいねーとなんねェ。お前の傍にいりゃ、安全なのは確かだろうが……お前もオレ達を守りながらだと、全力なんて出せねェだろ? はっきり言って、ネジの奪還のための交戦は、『必然』だ。戦闘行為は必ず起きる。んで、敵の力は未知数。だからこそ、お前が初っ端から全力で戦えるように調整しねーとなんねーんだよ。つーか、一手目の斥候は基本だ。影分身使えるやつが班にいて、やらねぇ理由がねぇ」

 

「なるほどー!!」

 

「でもよ、シカマル。六代目は撤退を前提にって、言ってたよな?」

 

 ナルトがポン、と手槌を打った横で、キバが口を開いた。

 

「ああ」

 

 シカマルはキバへと視線を向けて、説明を行う。

 

「六代目は、未知の敵の力が、ナルト以上である可能性を危惧されてる。オレ達は今、『調査』に重きを置いた班構成で、交戦は本分じゃねェからな。ナルトがいるとはいえ、無理すんなってことだよ。敵の力が想像以上だった場合、オレ達の任務は、『敵地の発見』で終わりだ。オレ達が情報を持ち帰れば、今度は里に残ってるサスケを含めて、『戦闘』に特化した部隊が派遣される。オレの予想では、『第七班』と……ヒナタってとこか。その場合、先代やシスイさんが里の護りに呼び戻されるんだろうけどな」

 

「……」

 

 遠回しな戦力外通告―――不満げな表情を浮かべるキバを見て、シカマルが苦笑する。

 シカマルはかつての『木ノ葉崩し』において、復活したうちはマダラをその目で視認し、力の差を思い知らされた過去がある。シカマル自身は強さに対するこだわりはなかったし、シカマルはあの時、シカマルがやるべきことはやった。しかし里の存亡の危機にあって、全てを五代目火影一人に託さねばならぬ状況に対しては、僅かな悔しさは感じたものだ。

 シカマルは、キバの気持ちが少しだけ分かった。

 

「キバ、あんまり気にすんな。お前だって十分強い。それは第四次を一緒に戦ったオレが分かってる。ただ、上には上がいるってだけの話だ。オレ達はオレ達に出来ることを、しっかりやりゃ良い」

 

「うんうん。シカマルの言う通りだってばよ。上には上がいるもんだ。大事なのは自分を見失わず、『役割』を全うすること、だってばよ!!」

 

 ナルトもまた、『木ノ葉崩し』において、五代目火影より戦力外通告を言い渡されているため、キバの気持ちはわかる。ナルトはサムズアップして、キバを励ました。

 しかし、ナルトはキバにとっての『上には上』の当人である。

 

「うっせー! お前に言われたくねェよ!!」

 

 キバが少しだけふざけた様子で怒鳴った。

 サクラも「そりゃそう言われるわ」と呆れた表情である。

 

 

 

 

 

 湯隠れの里―――真夜中の歓楽街は、昼間と打って変わって、閑静なものだった。

 畳間は一人、夜道を歩く。

 星々の輝きを仰ぎ、頬を撫でる風を楽しんだ。

 

 地図を手に持つ畳間は、それを睨みつけながら、大袈裟にあっちこっちと指さし確認し、歩いていく。

 畳間は大通りから離れ、脇道へと逸れた。

 また地図を見て、眉根を寄せる。困ったように小首を傾げた。

 

 畳間はさらに、人気のない道へと入って行く。

 

(この辺で良いか……)

 

 畳間は地図を折りたたんで懐に仕舞った。

 ゆっくりと振り返る。

 

 暗闇の中から、昼間に見た大男が姿を見せる。

 その後ろからも何人もの男たちが現れて、畳間を睨みつけている。

 それぞれの手には刃物や角材などの凶器と呼べるものが握られていた。

 

「昼間は恥かかせやがって。てめェ、忍者だろ? 幻術でオレを操ったってとこか?」

 

 大男が言った。畳間は感心したように目を瞬かせる。

 一瞬とはいえ『敵意』を叩きつけられたというのに、時も置かずして報復に打って出られるとは、大した根性である。畳間は意外に根性が据わっていた―――あるいはただの馬鹿か―――男に、内心で賛美を送った。

 

(いや、ホントにすごいな。オレの敵意を受けて、まだ報復する気概があるとは……。うーん、惜しい……。うちで育っていれば……たいした忍者になれただろうに……)

 

 惚けている畳間を見て、大男の傍に居る若い衆が、嘲るような表情を浮かべた。

 そして畳間の懐―――仕舞われた地図へと視線を向ける。

 

「迷子かぁ?」

 

「……いや、宿に迷惑は掛けられんからな。オレの演技は上手かったか?」

 

 畳間が静かに笑う。

 余裕たっぷりの様子に、男たちは苛立たし気に騒めいた。畳間は静かに瞳を細め、言った。

 

「お前ら、オレを忍者と分かって囲みに来るってことは……お前らにもいるんだろ? ケツ持ちってやつが……。さっさと姿を見せろ。夫婦旅行を邪魔されて、オレは苛立っている」

 

 畳間が言った。

 半分本気、半分嘘である。

 夫婦旅行の邪魔をされて苛立っている、というのは確かだが、しかしそれほどでもない。

 面倒くさい、とは確かに思いつつも、しかし物語の主人公の様な立ち位置・展開に、高揚している気持ちもある。

 湯隠れの里―――隠れ里を銘打っていながら、たいした戦力を持たぬこの里は、しかし他国の大名たちと懇意にしていることもあって、中立でありながら多くの里から非公式に軍事的援助を受けられる特殊な立ち位置にいる。その湯隠れの里が放置しているチンピラ集団―――大した脅威もない、新興勢力だろう。潰すにも値しない程度の組織か、あるいは出来たばかりで認知すらされていないか。

 どちらにしても、単体で国を4つ(・・)相手取り勝利できる畳間の敵ではない。

 

 畳間は余裕の表情を崩さない。

 どうやってこいつらの性根を叩きなおしてやろうかと言ったところである。

 

「へ、余裕ぶりやがって……! 先生!! お願いします!!」

 

 大男が叫び、道を空けた。

 大男の後ろ―――暗闇から、人影が一つ、ゆっくりと姿を現した。

 闇夜の中から月光の下に現れたその姿を見て、畳間の余裕は崩れ、驚愕に瞠目した。

 

「……」

 

 ―――そして、呆れた様に目を細める。

 

「いや……、何やってんの……。猿の兄貴……」

 

 畳間の視線の先―――そこにいたのは、気まずげに目を逸らす猿の兄貴こと、『三代目火影』猿飛ヒルゼン。

 ひび割れた肌、黒い瞳。穢土転生である。

 

「大蛇丸のやつがな……」

 

「……説教だな」

 

 精神的に疲弊した様子のヒルゼンを見て、畳間は同情を胸に呟いた。

 ヒルゼンはぽつぽつと語り始める。

 マダラに致命傷を負わされた大蛇丸は、しかしその時の肉体を捨て、事前に用意してあった別の肉体へとチャクラを移し、生き延びた。戦場から離れることとなってしまったために『第四次忍界大戦』においてその姿は以後確認できていなかったが、その後、無限月読に取り込まれ、ナルトとサスケがそれを解除したことで、そのまま地下に潜伏したのである。

 その後、どこぞの抜忍を捕らえ生贄として、成仏した三代目火影を再びこの世に呼び戻し、不老不死の研究を続けているらしかった。

 戦後、大蛇丸の足取りは畳間をして追えていなかった。 

 畳間は事情を知った自来也から激しく糾弾されたが、大蛇丸が里に長く貢献していたことと、今は本当に行方不明になっていることを伝えている。畳間が自来也を相談役に据えたのは、大蛇丸を色々な意味で殴りに行きかねない自来也を、里に留めるという意味もあったのである。里を裏切ったと思い、殺害するほどの覚悟を以て探していたかつての親友が、事情はどうあれ、木ノ葉の闇のすべてを引き受けてなお、生まれ故郷を守っていた―――それを知った自来也の情緒は崩壊寸前である。

 

 畳間としては、大蛇丸の木ノ葉に対する貢献度は高く評価しているため、討伐部隊の派遣が必要になるほどに大っぴらに動かなければ、このまま好きにさせるつもりであった。

 第三次忍界大戦の時に考えていた通りに、第三次の闇は、すべて大蛇丸に被って貰う腹積もりであったということもある。大蛇丸は木ノ葉に不利益が出ない程度に自由に己の夢を追い、木ノ葉は大蛇丸に闇を担って貰い、他里との友好を結ぶ。持ちつ持たれつの関係―――畳間としてはそういう認識である。が―――。

 

「―――三代目(・・・)。まぁーた現世に連れ戻されたことは同情するがな……。さすがに、火の国と懇意にしている湯隠れで暗躍されると、五代目火影として動かざるを得んぞ……」

 

「待て、畳間。いや、待たなくともよいか……。いやしかし、なんというか……。間が悪いというか……」

 

 先の大戦において、木ノ葉―――ひいては忍界を守る一翼を担った男。それが大蛇丸である。

 ヒルゼンは「『ワシが思ってた忍道』と違う」、という思いを大蛇丸に抱きつつも、大蛇丸の功績を認めている。大蛇丸がいなければ、今の忍界は守られていないのだから、是非もない。非道な実験とはいいつつも、検体は抜け忍や犯罪者である。三代目火影であったヒルゼンとて、里を守るためとはいえ、そういった者を秘密裏に排除したことはあるし、それは一度や二度ではない。

 大蛇丸は忍界から死刑宣告された指名手配犯を狩ることで、かえって忍界の平和を守っているし、何より弟子はまだ可愛かった。

 ゆえに、ヒルゼンは大蛇丸の扱いに困っている。個人としてやっていることは非道だが、しかし全体で見れば忍界に益を齎している―――それが大蛇丸である。

 ゆえに『動く』と言った畳間に待ったをかけて、しかし待ったを掛けなくても良いかと、困っているのだ。

 

 畳間が呆れながら追求し、ヒルゼンが歯切れ悪く言い繕っている傍で、気が気では無いのがチンピラ衆である。

 

 ―――今五代目火影って言ったよね?

 

 ―――言われてみれば頬に傷あるよね?

 

 ―――やばいよ。アレ五代目火影だよ。お忍びで来てたんだよ。殺されるよ。

 

 震えあがっているチンピラ衆を捨て置き、畳間が呆れた様に目を細め、ヒルゼンへと言葉を投げる。

 

「つまり、大蛇丸は今、温泉の若返り効果の研究に来ていて……。その研究のために、こいつらを使ってると?」 

 

「そういうことじゃな……。ワシやアイツの見た目では、昼間に動き回ると目立つゆえな」

 

「それで後腐れのないアウトローか……。じゃあ、昼間のアレは?」

 

 畳間が言うのは、割り込み事件のことである。

 ヒルゼンは申し訳なさそうに、目を伏せた。

 

「大蛇丸が人気の蕎麦を食したいと」

 

「ウソだろ……。一応、見つけ次第殺すレベルの指名手配されてるんだけど、あいつ……。湯隠れの里満喫する気満々じゃねーか……」

 

 呆れてものが言えないと、頭を抱える畳間だが、しかし大蛇丸もまた、戦争の時代に翻弄されてきた者の一人である。畳間達木ノ葉隠れの里が、大蛇丸に重荷を背負わせ、犠牲にしたことは確かなのだ。たまたま大蛇丸の向かう先と、木ノ葉が大蛇丸に求めた役割が重なっていたために今の関係を構築できているが、もしも大蛇丸が闇を背負うことを負担に思う性質の人間であれば、ここまで残酷な闇も無いだろう。

 大蛇丸は気にしていないだろうが、畳間としては、大蛇丸に闇を背負わせてしまったことに対して、負い目を感じていることに変わりはないのだ。

 しかもそれは、第四次が終わった今も、変わらない。大蛇丸はマダラ討伐の立役者の一人だが、それはあくまで木ノ葉側が把握しているだけに留めおく、すべからく秘されるべきものである。他里も大蛇丸の存在に勘付いている者はいるだろうが、大蛇丸の功績が世に出ることは決してない。忍界に措いて、大蛇丸はあくまで、第三次忍界大戦における木ノ葉の闇を背負う者であって貰わなければならない。他里が木ノ葉に向ける憎しみを、木ノ葉から逸らし一手に引き受けてくれる人柱であり、木ノ葉が戦時下で行った非道―――闇を被る、平和のための犠牲。

 

 ゆえに、畳間は大蛇丸には、正直なところ、強く出られない。

 里が関われば話は別だが、畳間個人としては、大蛇丸に頭が上がらないのである。

 大蛇丸がいたから、木ノ葉―――ひいては忍界は、第三次の痛みと憎しみを乗り越えて、今へと至ることができた。木ノ葉が岩や砂と平和条約を滞りなく結べたのは、大蛇丸が二里からの憎しみを引き受けてくれたからに他ならないのだ。

 

 ゆえに―――大蛇丸が美肌やらなにやらに興味があるとも考えづらいが、しかし単純に温泉を楽しみたいというのなら、畳間には止めることは出来ない。

 

 困ったように眉を寄せる畳間に、ヒルゼンがまたもや申し訳なさそうに目を逸らし、口を開く。

 

「ワシ達……いや、大蛇丸に、他意はない。今頃は、貸し切りにした夜の温泉にでも浸かっているはずじゃ。お前たちの夫婦旅行と鉢合わせたのは……運が無かった。すまん」

 

「猿の兄貴を責めてもしょうがねぇけどさ……」

 

 歯切れ悪く、畳間はかつてのように(・・・・・・・)、肩を落とした。思えば、死別してから、改めて話すのは、これが最初の様な気がする。知らず、畳間の雰囲気は、若い頃のそれに戻されていた。嬉しくないと言えば、嘘になる。だが―――。

 以後、アカリと観光をしていても、どこかに大蛇丸がいるかもしれないと、思考に過り続けるのである。億劫であった。

 

「……はぁ」

 

 畳間は深くため息を吐いて―――恐怖で震えている憐れなチンピラ衆へ、視線を向けた。

 この者達は極悪人ではないが、しかし善良な人間でもない。大蛇丸は―――畳間から見ると―――情が深いが、その在り方は冷酷だ。孤児を視れば、一人で生きていく過酷さを憂い、ここで殺してやるのが慈悲―――と、そう考えるタイプの人間である。大蛇丸が里を出るとき―――この者達も、そう(・・)思われないとは限らない。顔を見られているかもしれないし、今、不要な情報も知ってしまった。大蛇丸がそれを捨て置いてくれるかというと―――。そして、ヒルゼンが大蛇丸を止められるという確証も―――。

 

「……はぁ」

 

 楽しい夫婦旅行のはずだったのに。

 迷子の子供の様に不安で瞳を揺らし、恐怖で体を震え上がらせている男たちを見て―――畳間はもう一度、大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「―――八卦柔破掌!!」

 

 意を決したネジは、両掌にチャクラを練り上げて筋力を増加させると、床へと掌底を繰り出した。

 チャクラによって増幅された威力は床を容易に崩し、ネジは下の階へとその身を落とす。

 

 白眼で確認し、脳内に描き上げた地図を頼りに、ハナビを目指し、ネジは駆けだした。

 白眼で視認する経路に、敵の姿は無い。ハナビを回収し―――近くに見えた歪んで中を確認できない『光る地底湖』へ向かうつもりである。そこに、何らかの手掛かりがあると、ネジは踏んでいた。

 

「ハナビ様!!」

 

 部屋の戸を蹴破り、ハナビの眠る部屋に駆けこんだネジは、意識の無いハナビへと駆け寄った。

 数度声掛けし、しかし意識を取り戻さないハナビに掛けられていた掛け布を引っ手繰ったネジは、それを細長く引きちぎり包帯替わりにハナビの体に素早く、しかし丁寧に巻き付けた。そしてハナビを背負うと、包帯で自身の体にハナビをしっかりと縛り付ける。

 

 ネジは白眼で周囲を警戒する。異変に気付いた女が、桶を放り出して、こちらへと向かって来ている。

 ネジは女と鉢合わせしないよう、経路を変更。壁を柔拳―――?―――でぶち壊し、外へ飛び出した。

 

 女の速度が急激に上がる。

 だが、今なら逃げ切れる。

 

 ―――突如、建物から飛び降り、着地したネジの前に、無数の人影が現れる。

 

「―――傀儡か」

 

 ネジが両腕に青白い獅子のチャクラを纏った。

 

「―――開門」

 

 ネジは八門遁甲の陣における第一の門のある頭部へ触れるとチャクラを流し、無理やりにそれをこじ開ける。

 効果は、身体能力の向上。

 ネジは足にチャクラを込め、瞬身の術を発動し、傀儡の群れを突っ切る様に突撃した。

 

 襲い掛かる傀儡の群れ―――ネジはすり抜けるように傀儡を避けながら、すれ違いざまの一撃を以て、それらを次々に沈めていく。

 ネジの白眼は、傀儡を稼働させている、秘されし核を見抜いた。その場所へすれ違いざまに触れてチャクラを流し込み、破壊、停止させているのである。とてつもない技量と見切り。柔拳の極みに、ネジは近づいていた。

 

 多くいた傀儡の群れはネジの足止め役足り得ず、瞬時に無力化された。

 

「―――白眼の君。なにゆえ、そのようなことを為さるのです」 

 

 頭上より投げかけられた声に、ネジは立ち止まった。いや、立ち止まらされた。

 悪寒が背筋を通り抜ける。

 

(追いつかれた……ッ!? 想像以上に速い。それに……このチャクラは……)

 

 ネジの頭上に浮かぶ女は、瞳を閉じたまま、ネジを見下ろしている。その表情は哀し気だ。

 

「……嘘を吐いたのですか? お水が欲しいと……おっしゃっていましたが」

 

「嘘では無い。水は今も欲しい。頭は痛いし、喉も乾いている。それに、妙に(のどが)イガイガする」

 

 そう言いながら、ネジは静かに半歩引き、柔拳の型を構える。

 ネジの両腕を覆う獅子のチャクラが大きく膨れ上がり、その輝きは激しさを増す。

 

「では、お戻りください。白眼の君。私とあなたは、夫婦となる身……。これより、祝言の準備がありますよ」

 

「―――願い下げだ」

 

 ネジが鋭く瞳を細め、言い放つ。明確な拒絶。

 

 女は胸を刺されたかのように哀し気に表情を歪め、息を呑んだ。本当に哀しそうである。悲痛極まる表情であった。胸を押さえている。目じりから涙が一筋溢れだした。

 

「……」

 

 そこまでの反応を見せられるとは思わず、ネジは少しだけ罪悪感を抱く。

 なんなんだこの女は、と戸惑いは最高潮である。

 だが、ネジは忍。

 鋭く、女を見据えたままだ。

 そんなネジの様子に、女は哀し気に呟いた。

 

「……是非も無し(・・・・・)

 

「―――ッ!!」

 

 哀しみに溢れていた女の纏う雰囲気が、その一言と共に一変した。

 溢れ出るチャクラは柔らかく、しかし巨大で激しい―――まるで激流のようなそれに変化する。

 ネジの全身が総毛だつ。

 

「聞き分けの無い『旦那様』へ……少し、灸を据えましょう」

 

 空に浮く女は、ゆっくりと、瞼を持ち上げた。

 現れたのは、ネジの知らぬ瞳術。

 

 ―――青白く光る瞳が、冷たくネジを見下ろした。

 

 

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