【劇場版】綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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小話

「昨夜はどこへ行っていたんだ、畳間」

「え? あー、ちょっと散歩」

「ほーう。その着物の襟についている口紅は一体なんだ? 散歩でそんなものがつくというのか?」

「え? あの嬢ちゃん―――ッ!? いや、違う。これは違うぞ、アカリ。散歩の帰り道に酔っぱらった女の子に絡まれて……」

「ふーん?」


 この後めちゃくちゃデートした。


どうあがいても絶望

 ―――もし明日、地球最後の日が来るとしたら、誰と一緒にいたいかな?

 

 

 忍者アカデミーで授業を受けていたときに、先生からそんな質問をされた。

 ナルトは心地の良い浮遊感の中で、過去の記憶に身を委ねている。

 ナルトはその質問に、そんな日が来るわけが無いと、突拍子も無い質問をする先生に呆れながらも、家族でいたいと行儀よく答えていた。

 義父と一緒に遊んだ記憶。サスケを始め、アカデミーの友達と一緒に遊んだ記憶。我愛羅と遊んだ記憶。下忍となり、厳しいながらも、楽しい修業を行った日々の記憶。中忍選抜試験に挑んだときの記憶。まだ『夢』も『道』も見据えられておらず、ただ才能に胡坐を掻いていたあの時―――ナルトと比べてあまりに非才の身でありながら、しかし圧倒的な差のある格上相手に一歩も引かず、己の『()』を示した女の子がいた。あのとき、ナルトは初めて―――奇妙な高揚感を抱いたのだ。

 それを思い出した時、ナルトの見ていた世界が、変化する。

 

 マダラに九尾を奪われ、そしてそれを義兄たちが取り戻し、ナルトが再び目覚めた後のこと。

 渦潮跡地にて、己の非力に打ちのめされながら、しかし為すべき、あるいは為せ得る『役割』を果たすべく、震える手を強く握りしめていた女の子。ナルトはその在り方に、自分とは違う、しかし確かに守るべき『何か』を感じた。

 サクラに感じるものとも違う。香憐に感じるものとも違う。母に感じたものとも違う。特別な何かを、ナルトは感じている。

 

 穏やかな日々を想起する。

 戦いが終わった日。

 亡くしたと思った義父が、酷く申し訳なさそうな表情を浮かべて、しかし確かに生きた姿を見せた時――――――ナルトは力が抜けてその場に座り込んで、力なく笑い、そして泣いた。笑いは止められず、涙は止まらなかった。

 

 三度。別れを覚悟した。今度こそ本当の別れだと覚悟した。産みの父と、育ての父を失い、しかしその意思を胸に抱き、火影を目指し生きていく。その覚悟をしていた。

 

 そんな悲壮なる覚悟を優しく破壊した当人は、未練がましく、誰かを探すように、視線を動かしていた。そのすぐ後に、探し人が既に天へと還ったことに気づいたのか、義父は小さく息を吐いて、少し寂しそうに目を細めた。

 あんまりだろう。目の前で安堵やら歓喜やら、色々な感情が押し寄せた結果、腰を抜かした座り込んだ義息子がいるというのに、その心は遠い昔に亡くなった祖父を求めている。

 

 ナルトは生まれて初めて、義父に正当なる怒りを抱いた。

 「糞親父!!」と叫んで、義父に殴りかかった。義父は驚いたように目を丸めて、すぐに気まずげに表情を硬め、ナルトの拳を受け入れようと力を抜いた。

 

 ナルトは寸前で拳を解き、義父の体を抱きしめた。

 戦いが終わり、家族は今ここにいる―――ナルトは達成感と安堵、そして哀しみと喜びを抱き、義父の胸で静かに泣いた。

 義父はそんなナルトの頭を優しく撫でて、立派になったと微笑んだ。

 

 戦いが終わり、ナルトは中忍として、里の復興事業に参加した。

 多重影分身の術を使わされ、もっぱら『五代目火影』が作り出した木材を運搬する仕事を担わされた。

 

 畳間は第三次忍界大戦後を想起し、哀愁と共に笑い、ナルトもまた家族と共に過ごせる時間の幸せを再確認し、笑った。

 

 六代目火影が誕生する少し前に、ナルトは『忍頭補佐』に推薦された。強大な力を持つがゆえに、ナルトはいつか必ず、人の上に立つ時が来る。ゆえにこそ、精神的な成長は必須である。第四次忍界大戦にて大きく成長したナルトだが、やはり経験不足は否めない。人を導く、人を使う―――人の上に立つという立場を、ナルトは知らなければならない。自来也とカカシに推薦されたナルトはそれを二つ返事で受け、ナルトは今、イタチの傍で様々な分野の勉強に励む毎日を送っている。

 

 たくさんの家族。尊敬できる先輩、師、上司。大切な友。たくさんの絆に恵まれたナルトの日々は輝いている。

 

「……なんか、変な夢? みたいなもんで動きを止められてたみたいだってばよ」

 

「……夢? トラップか……」

 

 先行させた影分身が一定時間経っても自己解除によるナルトへの情報還元を行わなかったため、ナルトは本体側から影分身を解除した。解除された影分身は何やら過去の出来事を追体験するような夢を見ていたようで、ナルトは首を傾げてシカマルへと報告する。

 シカマルは考えるように眉を顰める。

 

「……幻術か?」

 

「うーん……」

 

「どうした、ナルト」

 

 煮え切らない様子のナルトへ、シカマルは視線を向けて、言葉を促した。

 

「いやさ。幻術だったら、九喇嘛が解除してくれると思うんだけど」

 

「……そりゃ、そうか。幻術に強いのは、人柱力の強みの一つだったな」

 

「じゃあ、ナルトの中の九喇嘛まで、幻術に掛けられてたってこと? 影分身だったとはいえ……それって、ちょっとまずいわね……。九喇嘛を幻術に掛けられるってことは、その幻術、マダラの写輪眼クラスの可能性がある、ってことでしょ」

 

 シカマルは目を細めて、思考を巡らせる。

 その間に、サクラが口を開く。キバとヒナタは思った以上に強力な罠が仕掛けられていることに、事の重大さを再認識し、沈黙を選んだ。こと幻術に関して、二人が口を出せることはあまりないからだ。

 

「お前でもきついか? サクラ」

 

「なんとも言えないけど……。正直、難しいと考えた方が良いと思う」

 

 サクラはサポートを得意とする忍者である。綱手やはたけカカシ、千手アカリに師事し、医療忍術を基軸に、土遁と幻術を幅広く修めており、その知識は豊富である。この班の中では、最も幻術に強いくノ一と言って良い。だとしても、現木ノ葉隠れ最強の幻術使いである『忍頭』うちはイタチすらも超えていた、うちはマダラの写輪眼級の幻術を相手にすれば、赤子も同然だ。力不足は否めない。

 先行したナルト達が、影分身―――すなわち、本体の半分程度の力しか持たなかったとはいえ、九喇嘛は尾獣最強の九尾であり、またナルトは現役戦力における、木ノ葉最強の一角。そんな二人をあっさりと幻術に堕とした。

 それほどの罠が待ち構えているとするならば、楽観視は危険だろう。

 サクラの言葉に、シカマルは再び眉を寄せて思考を巡らせる。

 

 退くか、進むか。

 進むにしても、策を練らなければならない。

 罠の起点を潰すにも、探すところから始めなければならない。そもそも、どういった性質の罠なのか、どういう条件で発動するものなのか、といったことも調べなければならないだろう。ナルトがいれば、影分身で無数に増やせるため人手という点では問題はないが、時間は消費させられるし、ナルトの影分身が罠にかかったことで、相手側に『追手』の存在は既に知られていると考えるべきだろう。

 罠の解除に梃子摺れば、迎撃を受ける可能性とてある。

 

 結局のところ、時間稼ぎ、という点において、この罠は十二分にその役割を果たすことになる。

 

 ゆえに、二択。

 このまま強行突破するか、一旦退いて体勢を整えるか。

 

 シカマルは己の考えを口にした。

 決定権はシカマルにあるが、しかしそれは意見を束ねるという意味で在って、絶対的な権力者という意味ではない―――と、『第四次忍界大戦』後に重ねて来た任務において、色々と癖のある同期達と任務の作戦やその方針決定で揉めて来た経験から、シカマルは考えている。

 ゆえに己の考えを皆に伝え、意見のすり合わせを求めた。

 

 慎重派のサクラは、戻るべきだと口にした。ナルトや九喇嘛すらも呑み込む強力な幻術―――策も無く強行すれば、全滅の憂き目にあう可能性が非常に高いからだ。誘拐、という手段を敵が取っているということは、すぐに殺されるようなことは無いはずであり、確実に人質を奪還するためにも、体勢を整えるべきだと主張した。

 

 一方で、身内を攫われたヒナタは、感情的にだが、進むべきだと口にした。時間は限られている。こちらがもたついている間に、場所を移されるかもしれない。そうなれば、今度こそ足取りを掴めなくなる。

 

 キバはシカマルに任せると意見を述べた。サクラの考えは尤もであるし、ヒナタの意見も理解できる。

 今回の件は、キバの裁量を大きく超える。進むにしても、退くにしても―――悔しいが、自身の能力が役立つことはないと判断してのことだった。

 

「……」

 

 ゆえに、必然的に、皆の視線がナルトへと集まった。

 方針は、多数決で決まるわけではない。シカマルが様々な事象から現時点で最善と思われる決定を下す。しかし、考慮はされるだろう。

 

「……」

 

 自然と、重い空気がその場に漂い始める。

 木ノ葉最強戦力の一角―――うずまきナルト。第四次忍界大戦での経験や、うちはイタチの傍付となり、イタチから忍者の心構えや考えを教え込まれているナルトは、その力だけでなく、心もまた成長を続けている。

 人情を重んじるだけでなく、しかし理論的(掟一辺倒)なだけでもない。バランスよく、しかし意外性を忘れない―――そんな、忍者へと成長しているのだ。

 ナルトの言葉は、この即席の班だけでなく、木ノ葉隠れの里にあってなお、重いものとなりつつあった。

 

「……みんな、覚えてるか? オレ達の、初めての中忍試験のこと」

 

 突如として語り始めたナルトの言葉を聞いて、シカマルは苦笑を浮かべた。

 そして静かに瞳を閉じた。

 キバやサクラ、ヒナタが困惑に小首を傾げる中、シカマルはその一言でナルトの方針を察し、策を練り始めたのである。

 

 ナルトが続ける。

 

「退くか、進むか」

 

 かつてナルトたちが受けた、森乃イビキが試験官を担った、中忍選抜試験、第一の試験―――その、最終問題。

 

 突きつけられたのは、『受けるか、受けないか』の二択。

 

 単純な二択の問題は、しかし苦痛を強いられる究極の選択。

 受けないを選ぶ者は自身のみならず班員までも連座して失格とさせられ、受けるを選び失敗した者は、永遠の受験資格剥奪―――すなわち忍者としての未来を奪われる。実に不誠実極まりない問題だった。

 

 ―――ある任務がある。内容は、秘密文書の奪取。敵方の情報は一切不明であり、敵の罠が待ち構えるかもしれない。そんな状況で、『受ける』か『受けない』かを突きつけられた時、中忍であればどうすべきか。命が惜しいから、仲間が危険に晒されるから、危険な任務は避けて通れるのか―――答えは否だ。どんなに危険であっても、降りることの出来ない任務は存在する。

 イビキはあのとき、ナルト達にそう伝えた。そして、あの時に見られていたのは―――『ここ一番』で仲間に勇気を示し、苦境を突破する力。

 

「サクラの言うことも、ヒナタの言うことも、分かるってばよ。行くには危険が大きすぎるし、かといって、退けばネジ達を見失うかもしれねぇ。時間をかけても駄目だ。これは、そういう任務だってばよ」

 

 ナルトの言葉を肯定するようにシカマルが頷き、鋭い視線を皆に順に送り、口を開いた。

  

「そうだな。これほど強力な罠を仕掛けてるってことは……交戦を避けてると考えていいだろう。少なくとも、『今』はな。つまり、オレ達が今引けば、敵は逃げの一手を打つ可能性が高い」 

 

「どういうことだ? シカマル」

 

 キバが訊ねると、シカマルは頷き、続ける。

 

「相手がマダラ並の力を持つなら、夢で縛るなんて姑息な罠を仕掛けなくても、正面からオレ達を迎え撃てばいい。ナルトや九喇嘛を幻術に堕とすほどに強力なトラップだ。相応に、手間暇をかける必要があるはず……。逆を言えば、正面から戦う自信がねェってことだ」

 

「自分でいうのもなんだけども」

 

 ナルトが突如、前置きを入れた。

 ナルトが続ける。

 

「オレはともかく、九喇嘛を操れるくらい強力なトラップ……まず間違いねェってばよ。この先に、ネジ達はいる」

 

 罠が強力であればあるほど、その先にある『宝』は近い。

 ナルト達は今、大きな壁に直面しているが、だからこそ、ネジ達がこの先にいるという証拠になる。ここを越えれば、ネジ達はすぐそこだ―――ナルトは確信していた。

 ゆえにナルトは力強く皆を見つめ、口を開いた。

 

「ここは、進むべきだってばよ」

 

 ナルトは、サクラの方を向いて言う。

 しかしそれは、サクラを否定する言葉ではない。サクラの危惧は尤もで、それは絶対に考慮すべきものだ。ナルトは、それを理解している。

 ナルトの決断は、かつてのように、ただ感情的に突っ張ろうとしているがゆえの宣言ではないのだ。

 

 ―――もう二度と(・・・・・)、まっすぐ、自分の言葉は曲げない。

 

 それが、ナルトの忍道だ。

 

 危険な罠。未知の状況。全滅のリスク。仲間の抱く憂慮。

 今のナルトには、理解できる。理解できるがゆえに、ナルトは、力強く、その言葉を口にした。

 

 もう二度と、力不足ゆえに、仲間を失いたくはない。

 もう二度と、心の弱さゆえに、道を間違えたくはない。

 

そのために(・・・・・)オレが居る(・・・・・)

 

 ―――降りかかる理不尽を押し除けて、大切な仲間()を守る。

 

 そのためにナルトは、力と、心を、磨き続けて来たのだから。

 

「任せてくれ」

 

 凛々しく、引き締まった表情で、力強く言い切ったナルトを見て―――サクラは呆れた様に小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とは言ってもねぇ……? 力技にもほどがあんでしょ!?」

 

「いやぁ……他に手が思いつかなくて……」

 

 地底湖の中を抜け、奇妙な泡玉が浮かび、巨大な鍾乳石が上下左右から突き出た巨大な空洞を進むサクラが、呆れたように言った。

 言われたナルトは気まずげに頭を掻く。

 

「だが、幻術に対してはこれ以上ない回答だ。……ナルトだからこそ、ってとこだな。正直、オレも思いつかなかった」

 

 そうナルトをフォローするシカマルに、サクラは「分かってるけど……」と言葉を濁し、歩みながら、後方へと視線を向ける。

 そこには、無数のナルトたちが連なっている。そのあまりの数に、ナルト達の列がどこまで続いているか、今の位置からでは確認できないほどである。

 

 仕掛けられた強力な幻術トラップ。

 その回答は、幻術トラップの範囲外から連なるナルトの影分身達が、常に幻術解除をし続けるというものだった。

 一体や二体の影分身では、本体諸共幻術に掛けられる可能性が高い。ゆえにナルトは、その膨大なチャクラに物を言わせて、洞窟の外から無数の影分身を繋げ列を作り、常にチャクラを送り続け、ナルト本体や、シカマルたちの幻術を解除し続けるという案を出したのである。

 一度幻術を解除してしまえば、再度幻術をかけられるようなことは無かったが、一応念には念を入れて、今もなお影分身を繋いだままにしている。ゆえに見た目が非常に奇天烈なことになっており、サクラがそのことに言及したところであった。

 

 もともと影分身の術は、『二代目火影』千手扉間が、『常に二対一で当たれ』と口伝される、うちは一族の『写輪眼』、その幻術対策のために生み出した側面のある術であり、ナルトの使い方は基本に立ち返っていると言える。ただ、その規模があまりにイカレてるということと、ナルト以外にこんな真似を出来るのは先代の火影くらいというだけで。

 

「それに……」

 

 シカマルが続ける。

 

「ナルトがすぐに解除してくれたとは言え、一瞬見せられたあの『夢の檻』は、確かに高度な幻術だった。だからこそ誘拐犯も、まさかこんな力技で、真っすぐここを突破してくるとは思っちゃいねぇだろ。最短、つっても良いはずだ。大手柄だぜ、ナルト」

 

 意外性ナンバーワン。

 かつてそのように称されたナルトの特性は、大人になろうとしている今も健在。ナルトの強みとして活きている。

 

「まあな!」

 

 ナルトはへへ、と照れ臭そうに笑い、鼻の下を指の側面でなぞった。

 だが気になることがあったのか、その手を口元を覆うように広げて、考え込むように目を細める。

 

「シカマル。夢の檻、って言ったよな? 無限月読も、こんな感じだったのか……?」

 

 先行し情報を流してくれた影分身や、ナルトの本体もまた、一度幻術には掛けられている。その幻術と類似性のある幻術を思い出したのである。

 

「……? ああ、そうか。ナルトは無限月読にはかかってねェんだったな」

 

 合点がいったとばかりに、キバが言う。

 シカマルは少し思案した後、口を開いた。

 

「無限月読の方が、拘束力でも規模でも遥かに上なのは言うまでもねェが……。タチの悪さでも比べ物にならねェよ。最終的に、幻術に掛かった人間を白ゼツとかいう化け物に変えるって事を除いてもな」

 

 一端置いて、シカマルが続ける。

 

「ここの罠はオレ達自身の『記憶の夢』で縛るものだ。対して無限月読は、オレ達の望む『理想の夢』を見せて来た。目覚めた後も、『夢の世界』を惜しませてくるほどの、『理想の夢』をな。ナルト。お前も六代目やイタチさん(忍頭)から聞いてんだろ? 第四次忍界大戦(あの戦い)の後、マダラの思想に賛同する人間が逆に(・・)増えてるってことを」

 

 シカマルの言葉に、ナルトが頷いた。

 

「『理想の夢の世界』を見せられて、それ(・・)を捨てられねェ奴ら……。マダラの思想を支持する新興宗教も現れてるって話だ。大筒木関連の『真実』を知る者が惑わされるってことはねェと思うが、それが無けりゃ、各里の上層部にすら、賛同者が表立って現れていた可能性は否めねェ。それくらい、ヤベェ術だ。無限月読はな。術が解けた後ですら、現実に強い影響を及ぼす……オレも、魅せられなかったと言えば嘘になる」

 

「そんなにか……」

 

 ナルトは、サスケと共に解除した無限月読の恐ろしさに息を呑む。

 

「へ! 夢は自分で叶えてこそだろうが!!」 

 

 キバが力強く言い切ったが、しかしその内心は分からない。

 火影になるというキバの夢には、ナルトとサスケという、巨大な壁が横たわっている。どれだけ強がり嘯いても、どこかで諦めがあることは否めないだろう。

 しかし、そんなジレンマを、無限月読は容易に解消してくれる。

 心に闇がある者ほど、無限月読は『救世の術』に感じられるはずだ。

 

 そういう意味で、世間的に第四次忍界大戦の英雄―――忍の未来を変えた救世主と謳われる、うちはサスケ、うずまきナルトを恨む者は一定数いる。その新興宗教の者達は、おしなべてそうだろう。ナルトとサスケ―――若い世代の功名を積むという意味で、五代目火影の名を最初は伏せていた木ノ葉だが、こと風向きが変わった。その事実が発覚した後、隠居した畳間を含めた木ノ葉上層部は五代目火影の名を押し出し、情報操作を以て、その類の憎しみを畳間へ向けようとはしているが、一度広まった情報を消し去るのは難しい。

 カカシや畳間は、ナルト達がそれを知るにはまだ(精神的に)早いと、その情報を伏せてはいるが、いつか二人も知ることになる。

 二人も第四次忍界大戦にて、理不尽に晒され、大きな怒りや憎しみを抱き、そしてそれを乗り越えて成長したが、しかし今回のそれ(・・)は、また毛色が違う。

 

 近いものは、畳間が第三次忍界大戦後において、和平条約と不戦の誓いを立てがゆえに、里内外から向けられ、そして一人で背負った憎しみだろう。そしてそれは、多くの痛みを知り、火の意志を正しく受け継ぎ、大成した畳間であってさえ、アカリやカカシの支えが無ければ押し潰されていたであろう重圧だ。

 

 ナルトとサスケは若い。

 今の二人は、かつて畳間が(二代目火影)を失ったころ―――憎しみに呑まれ始めた頃の年齢なのだ。

 

 二人が早熟で、今は立派な忍者に成長したと言えども、さすがにそれらを背負わせるのは早過ぎるというのが、畳間(先代火影)カカシ(今代火影)の判断だった。

 

 そして進む一行が、洞窟を抜ける。

 

 

 洞窟を抜けるとそこは、広大な海原が広がっている。

 苔むした岬に出て、一行は目を見開き、息を呑んだ。

 

 青く広がる空。澄んだ広大な海。爽やかな風と共に白い雲が流れ、太陽が燦燦と輝いている。

 そして、一行の視線を攫うのは、青空に浮かぶ、島。

 

「島が浮いているのか……?」

 

「いや、海面が丸く歪んでるんだ」

 

「どういうことだってばよ……」

 

「じゃあ、あの太陽は……?」

 

「偽もんじゃねェかな……」

 

 ナルトとシカマルの掛け合い。

 そんなことはどうでもいいとばかりに、キバが呟いた。

 

「どーすんだよ……。これ(・・)、渡んのか……?」

 

 一行が沈黙する。

 皆の視界に、広大な海が広がっている。

 空を飛ぶ手段も、海を渡る船も無い。

 

 徒歩で来た。

 

「ま、まあ!? 霧隠れ解放戦争で、私とナルトには経験があるし……」

 

 サクラが空気を変えようと口にする。

 ナルト達の背後には未だ、影分身のナルトたちが繋がっている。つまりこの景色は幻術ではないということだ。

 ネジとハナビ救出には、まだまだ時間が掛りそうで――ヒナタは険しく眉を寄せ、ギリと、拳を握り閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かに構えるネジを、その見開かれた両目で見下ろす女。

 

「お前はオレを夫というが……。そもそも……お前は何者だ。何故オレやハナビ様を攫う」

 

「私は、大筒木トネリ()。あなたの妻となる者です。あなたが私に興味を持ってくれたこと、嬉しく思います。しかし、話せば長くなりますので、一度、屋敷へ戻りましょう。白眼の君」

 

「……」

 

 話にならないと、ネジが眉を顰める。

 

 ネジが足に力を込める。

 瞬身の術。一気に駆け抜けて、距離を取る。ハナビを背負ったまま戦うのは悪手だ。

 実力を出し切れないこともそうだが、ハナビに危害が及ぶのは避けたかった。

 

 トネリコと名乗った女は、ネジの所作を見て、不快気に目を細めた。

 観察眼が高いのか、あるいは女の勘か、ネジがハナビを気遣っているのを、それだけで察したようである。

 

 トネリコが急降下を開始する。

 ネジはハナビを背負うがゆえに回天などの防御技を封じられている。

 だが、ネジは日向に最も愛されし者だ。

 

 両腕にチャクラを満たす。

 迫るトネリコを白眼で捉え、その動きの先を予測する。

 

(―――張り手。……いや、ビンタか)

 

 急降下してくるトネリコの手は振りかぶられており、拳ではなく、広げられている。ネジの頬を張り飛ばすつもりなのだろう。

 ネジは半歩下がり、両手を体の前で回転させる。チャクラの残像が残る。

 

 次の瞬間、トネリコは地面に叩きつけられていた。その衝撃によって地面が陥没し、トネリコはクレーターの中に埋没する。

 一瞬、何が起きたか分からず困惑に瞬くトネリコ。

 

 ネジは柔拳にて、トネリコの直線の力を受け流しただけに過ぎないが、その技術は非常に高度なものだ。ロック・リーの剛拳や、千手止水の仙拳を相手にし続けている今のネジにとって、いくら速いとはいえ、ただの直線の動きを捌くなど、わけないことだった。

 土埃の中に埋もれるトネリコを置き去りに、ネジは速攻で駆けだした。

 

 土埃を掃いながら立ち上がったトネリコは、宙を浮き、地上へと着地する。

 既に遠くへ逃げ去っているネジの背だが、しかし白眼を基にしたトネリコの視界から逃れることは出来ない。

 

 トネリコはすっと、目を細める。

 

 次の瞬間、爆音と共に、トネリコの姿が消える。

 

(やはり速い……!!)

 

 背後の気配を感じたネジは急回転し、体をトネリコの方へと向ける。

 動きの急激な変化―――だが、そこにネジの隙は生まれない。そんなものは、日頃の修業で嫌というほど行っている。

 力の動かし方、重心の置き方―――体術の基礎を、ネジは高いレベルで身に着けている。あらゆる戦いの中で、ネジは最善の体動を行える。

 

 高速移動中の回転により、ネジの体は僅かに浮いている。逃げ場はない。

 瞬間、トネリコが接近した。やはり、張り手を掲げている。

 ネジは掌にチャクラを込めて、僅かな膜を作り出す。

 そして、ネジは己の掌を、トネリコの掌にそっと合わせた。

 

 反発するのではなく、受け入れる。力の流れに身を任せ、同化する。

 トネリコの突進力を、そのまま自身の推進力に変える。

 

 ネジの体はトネリコに押されるまま、トネリコと共に凄まじい勢いで直線に進んで行く。

 

 そして、ネジの速度と、トネリコの速度が同一となる。

 速さが同じであれば、それはネジにとって、互いに地上に立つ状態と変わらない(・・・・・・・・・・・・・・・・)。同じ馬車の中にいるのと同義。

 

 そしてそこ(・・)は、ネジの―――日向の柔拳の領域だ。

 

 触れ合った掌。重なった指先。

 ネジは人差指と薬指の先を僅かに曲げる。トネリコの二本の指が、ネジの指に押され、反る。

 そしてネジが掌を回転させる。

 次の瞬間―――。

 

 ―――トネリコの手首が、腕が、肘が、肩が、そして体がぐるりと回転し、地面に頭から激突した。

 

「―――な」

 

 驚愕に言葉を漏らすトネリコが、地面に激突した衝撃によって発生した土煙の中に消える。

 ネジは興味を無くしたように視線を外し、その勢いのままさらに遠くへと駆けていく。

 

 剛力では、八門を修めようとしているリーに劣る。

 総合力では、仙術を修めた止水に劣る。

 ネジには、柔拳しか(・・)なかった。

 

 八門遁甲の陣―――その力を流せるように。

 六道仙術―――その体技を流せるように。

 

 ただ速く強い(・・・・・・)だけの動きを流し切ることなど、ネジにとって、もはや造作もないことだ。やろうと思えば、風遁・螺旋手裏剣でさえ、流し切って見せる。 

 

 これが、日向一の天才と謳われたネジの―――二年前に不覚を取ってから、死にもの狂いで身に着けた、修業の成果だった。

 

 直後―――ネジの目の前に、巨大な壁が立ち上がる。

 岩盤が起立したかと思うほどの巨大な壁だった。これでは、さすがのネジでもどうしようもない。ネジの弱点―――それは、圧倒的な質量。

 

 すぐ後ろに、気配を感じ、ネジは再び向きを変える。

 浮遊するトネリコの体は、青白く揺らいでおり、その周囲には黒い球体が浮かんでいた。

 

 『女』は、ネジが背負うハナビへと視線を向ける。

 

「その少女を、置きなさい(・・・・・)。白眼の君」

 

 にじみ出る威圧。

 その言葉の裏にあるのは―――ハナビを背負っていたから負けたと、そのような言い訳は許さないという意志である。

 

 そんな彼女から滲み出るものは、敵意ではない。殺意でもない。しかし有無を言わさぬ重圧がある。

 

 ネジは逃げ切れぬことを悟り、戦わざるを得ないことを理解する。そして、ハナビを背負ったまま戦うことは危険だと断じ、言われるがままに、ハナビを背負う紐をほどいた。

 直後、まるで神羅天征や万象天引のように、ハナビの体は浮き上がり、空に浮かぶ檻の中へと閉じ込められた。

 ネジは悔し気に歯噛みする。しかしこのまま戦えば勝機は無く、ハナビに余計な負傷をさせる恐れがある。

 

 ―――やはり一度自身だけで撤退し、応援を呼ぶべきだった。連れて逃げるべきでは無かったと、ネジは己の判断ミスを呪う。

 

下界(・・)では……」

 

 『女』が言う。

 

「妻は夫を尻に敷くものと聞きます」

 

(何を言っているんだこいつは……。頭が、おかしい……)

 

「白眼の君。我が夫」

 

 浮遊する『女』は、眼を見開き、冷たく、しかし滲み出る『(怒り)』を隠し切ることも出来ぬまま、言った。

 

「一度、分からせて(・・・・・)差し上げましょう」

 

 『女』が言うと同時に、ネジの背後にそびえ立つ巨大な岩盤の壁が、轟音と共に動き出し、その姿を人型へと変えていく。

 『女』から視線を外すことも出来ず、ネジは背後で作り出されていく己の『絶望』を感じるしかない。

 

 ―――銀輪転生爆。

 

 チャクラの球体が回転を始め、強大な暴風が生み出されていく。

 振り上げた腕を、『女』がネジへ向けて振り下ろす。

 巨大な暴風が、ネジへと解き放たれた。

 

 ネジが体を回転させ、ありったけの、膨大なチャクラを放出する。

 それは球状に安定し―――巨大な回天を生み出した。

 

 だが―――、巨大なチャクラの暴風は、ネジの回天を喰い破り、ネジを呆気なく、呑み込んだ。

 

「お……ッ!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

(ハナビ……。すまな―――)

 

 ―――従妹(いとこ)一人、救えないのか。あれだけ修業してもなお。従妹、一人……。

 

 黒い暴風に呑み込まれ―――ネジの意識は、黒く途絶えた。

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