【劇場版】綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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モチベが出ない……から砂糖舐める


40年目の恋

 

 どこかの世界の、どこかの森の中。

 攫われたネジとハナビの救出のため、水上歩行の術により徒歩で大海を渡り、敵の手がかりを探して先を進む一行だったが、日没と日の出を二度繰り返してなお、手がかりを得られず、停滞を余儀なくされていた。

 ヒナタの白眼、ナルトのチャクラ感知、キバの嗅覚を総動員してもなお、何一つ成果を得られない現状に、焦りを抱く者もいる。

 少人数かつ、移動手段が徒歩しかない面子であるがゆえに、広範囲の捜索が難しかった。あるいはナルトではなく、サスケが同行していたとすれば、翼を持ち、飛行可能な須佐能乎にて、上空から手がかりを探すことも出来たかもしれないが。

 

 日没が迫り、再びの野宿を強いられる一行は、野営の物資を集めるために、ナルトとヒナタ、シカマル・サクラ・キバの二手に分かれて動いていた。戦力的な分配が大きな理由だが、采配権を持つシカマルに、ナルトから頼んだ人選でもあった。

 

 二人で森の中を歩く途中、ナルトは隣を歩くヒナタを横目で見た。

 何やら考え込んでいるのか、心ここにあらずといった様子で、落ち着かない様子だった。平静とは言い難い。

 

「……ヒナタ」

 

 ナルトがヒナタの名を小さく呼ぶ。

 見てられない、ナルトはそう思った。

 きっとそう思っているのはナルトだけではないのだろう。だからシカマルも、ナルトの案に乗る形で、この分配を受け入れた。

 

 ナルトの声が聞こえていない様子のヒナタは、じっと視線を下げたまま、歩みを止める様子はない。

 ナルトも声を掛けたは良いものの、なんと続けるべきか決めかねていたため、ひとまずはそれで良しとした。 

 とはいえ、思いつめていることはこれではっきりした。

 

 ナルトは難しそうに眉を寄せて、考える。

 

 ―――従兄と妹が攫われ、その手掛かりが得られない。

 

 焦るのも道理だ。怒りで我を忘れていないだけ、マシだろうとも思う。

 根本的な解決方法は、やはり攫われた者達を救出するしかないだろう。

 

(おっちゃんやねえちゃんなら、こういうとき、なんて言うかなぁ……)

 

 自身が、決して口が上手いとは言い難いことを自覚しているナルトは、むむむ、と内心で苦悩する。

 気休めは逆効果、になる場合もある。かといって、何も言わないというのも、ナルト的に落ち着かない。

 

 むむむ、と腕を組んで、頭をひねる。どうすれば、ヒナタの不安や焦りを緩和し、心を少しでも楽にしてあげられるか、ナルトは思案する。

 

 ―――馬鹿が難しく考えてんじゃねェよ。

 

 そのとき、ナルトの腹の中から、低い唸り声のような声が響いた。

 ナルトは慣れたように思考を割き、意識の一部を内側へと向ける。

 

 ナルトの精神世界にて、ナルトと、九尾の尾獣―――九喇嘛が対峙する。

 

「バカとはなんだ!! いきなり失礼なやつだってばよ!!」

 

「事実だろうが」

 

 ナルトが大袈裟に怒れば、九喇嘛はくくく、と喉を鳴らした。

 

「下手にカッコつけようとするから、言葉が出ねェんだろうが。バカはバカなりに、真っすぐ(・・・・)伝えればいい。あの馬鹿夫婦の真似なんてしようとすんじゃねェ。気色わりぃだろうが」

 

 ナルトは目を丸くした。

 九喇嘛が畳間とアカリを嫌っている、というか、苦手意識を持っていることは知っている。九喇嘛が言うには、相性の問題(・・・・・)とのことである。

 ナルトは今一分かっていないが、分からないなりに「そういうもんか」と納得している。

 

 ゆえに、『馬鹿夫婦』という呼称について今更憤ることは無い。悪意があってのものではないと分かっているからだ。九喇嘛は単に口が悪い。

 ナルトは、へそ曲がりである九喇嘛がお節介を焼いてくれたのが意外だった。

 

「へへ。ありがとな! ちょっと行ってくるってばよ!」

 

 ナルトは九喇嘛の意図を察し、嬉しそうに笑うと、親指を立てて見せ、その場から消える。

 

「ふん」

 

 九喇嘛は詰まらなさそうに鼻を鳴らし、その場に寝そべって、目を閉じた。

 一生懸命な様子でヒナタと話しているナルトの声にぴくぴくと耳を動かす九喇嘛の口元が、やんわりと綻んだ。九喇嘛はまた一度、小さく鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湯隠れの里。

 観光を満喫している夫婦。千手畳間とアカリである。

 

 

「どうだった、アカリ」

 

「どうだって、何がだ」

 

 手を繋ぎ、二人は川沿いにゆったりと歩いていく。どこへ行くでもなく、川の流れに身を任せるように。歩幅を合わせて、静かに歩く。

 

「……?」

 

 アカリは隣を歩く畳間の顔を見上げる。

 畳間は前を見つめていた。 

 

「若い頃みたいに……。いや、若い頃はオレ達はこういう関係じゃ無かったが……」

 

「……」

 

 何か伝えたいことがあるのだろうと、アカリは黙して続きを促した。

 

「シスイも巣立った。次郎坊たちもな。ナルトも甘えん坊は変わらんが……あいつも、もうとっくに最年少じゃない。君麻呂と重吾を除けば、最年長だ。そのうち、自立するだろう……」

 

 少し寂しげに、畳間が呟くように言う。

 

 そこで、アカリに電流走る。火影を引退したや否や、夫婦水入らずの旅行に連れ出したこと。護衛を強引に拒否したこと。昨夜の、他の女を匂わせるような行動。公の場では拒否していた、『いちゃいちゃ』の受け入れ。

 そのすべてが繋がった。

 

「ああ、もう一人欲しいということだな? 構わんぞ。早速今夜仕込もう。家族はいくらいてもいい。鏡と心も弟妹を欲しがっていたところだ」

 

「違うわ!!」

 

「いやなのか……?」

 

「嫌じゃない。が、そういう話じゃない……。それはまた今度、話し合おう」

 

「話し合うも何も、私はいつでもいいぞ。ア・ナ・タ」 

 

「お前、旅先だからって羽目外しすぎだろ……」

 

 畳間は呆れた様にアカリを見下ろした。

 温泉の熱に当てられたのか、湯隠れの里に来てから、アカリはずっとこの調子である。人前で腕を組んですり寄って来ることもそうだが、孤児院では見られなかったアレそれである。

 まあノノウや養子達の手前、自重していたのだろう。

 

(結婚してから……20年もの間)

 

 ―――苦労を掛けた。

 

 畳間は後悔はない。

 初代火影から『夢』を受け取り、多くの経験を積んだ。

 二代目火影、三代目火影、四代目火影と、志半ばに去った先代火影たちの跡を継いだ。

 

 畳間は火影を継いだ。五代目火影となった。

 里のために捧げた20年だった。

 

 そのことに後悔はない。

 

 やるべきことをしてきたという自覚がある。後継を育て上げ、次代へ託し切った達成感がある。男として、火影として、忍者として、全てをやり遂げたという自負がある。

 

(だが、思い返せば―――)

 

 里に捧げた20年。

 崩壊した木ノ葉隠れの再建のため、未来を担う者達を育むために孤児院を作り、大陸の各地から孤児を集めた。

 子供たちは木ノ葉を愛し、これからの里をよりよく、大きくしていくことだろう。誇らしいことだ。

 

 だが畳間は火影だった。里を守ることこそが最優先。

 養子たちとはよく遊んだ。皆は子供想いの―――偉大なる里の父と畳間を呼ぶ。

 

 ―――では、夫としては?

 

 金銭には困らせなかった。

 だがそれだけだ。育児など、シスイが生まれてから、畳間が火影になるまでの数年程度しか関われていない。

 孤児院のことはすべて、アカリとノノウに任せきりで―――しかも、ノノウは根の長としての仕事もあった。家事はイルカたち年長組が手伝ってくれていたとはいえ、イルカたちにもアカデミーがあった。綱手もたまに手伝いに来てくれていたが、綱手は綱手で、木ノ葉隠れの里の医療部門における最高責任者としての仕事があった。

 

 九尾事件や連合との決戦を経て、木ノ葉はぼろぼろだった。

 小さな子を持つ女たちや、未亡人、身寄りを無くした女たちには、孤児院の手伝いという仕事を斡旋し、食うに困らないようにしたつもりだ。

 小さな子を連れて、自分の子の面倒を見る傍ら、孤児院の子たちの面倒を見て貰った。ナルトが里で顔が広く、また気に入られているのは、多くの女性陣と知り合いだったからというのが大きい。乳児の頃から知っている、甘えん坊のやんちゃ坊主を嫌える者も、そうはいないだろう。

 

 女性陣が孤児院を訪れることは、育児的な意味では多少楽になっただろうが―――精神的にはきっと、もっと追い詰められていた。

 

 何故ならば、アカリは五代目火影の妻だった。

 失明するまでは、木ノ葉隠れの里において、最強のくノ一だった。 

 

 寄り場を失った女性陣は―――皆、アカリを頼る。

 先代(四代目)の妻も、先々代(三代目)の妻も、世を去った中、木ノ葉隠れの里で最も頼れる『女』は、五代目火影の妻であるアカリだった。

 

 それは、当然の結果だ。

 

 畳間はそれに気づかなかったし、例え気づいたとしても、やることは変わらなかっただろう。すべては里のためだ。

 

 そしてアカリは火影の妻として、里の女衆の心を支え続けた。

 決して皆に弱みを見せることが許されなかった。

 ときには頼れる『姐さん』として、ときには頼れる『母』として、ときには『凄腕のくノ一』として、木ノ葉隠れの里の女たちの精神的支柱として、アカリはこの20年をずっと生きて来たのだ。

 

 確かに、畳間は火影として多くの偉業を成し遂げた。

 だがそれはアカリを含めてたくさんの人の支えがあったからである。

 

 では、アカリを支えていたのは誰だ?

 

 20年連れ添ったが。さて。どうしたものか。

 家族―――子供達の世話はしていた。だが、里を慕い、火影を信じる者を育てる―――それは里の未来を考える以上、火影として当然の仕事でもある。

 

 さて、夫として、畳間は何をしてきたか。

 要望があれば可能な限り―――火影としての役割を優先した上で―――叶えてはきた。アカリの癇癪、甘えをきちんと受け止めて来た。激しい触れ合いが必要であれば、場所を移して戦いという形で晴らしてもきた。だが逆を言えば、それが出るほどには放置していたということでもある。

 

 よく愛想を尽かされなかったものだとも思う。

 さて。火影を引退し、千手当主として役割も、遠からずシスイへ移行できるだけの下準備を整えた今―――ただの畳間()として、畳間は何が出来るだろう。

 

 ぶっちゃけ、わからん。

 畳間の内心である。

 火影として長く生きて来た。ヘタレた時に甘えることはしていたが。夫として妻に何をしてあげればいいか分からない。

 交際期間、というのもほとんどない。

 新婚時代にも、あまり一緒にはいられなかった。

 三代目火影を失った木ノ葉を守るため、畳間は里の最高戦力として様々な任務で里を空けていたからだ。押しかけ女房だったアカリは、一人で家にいることの方が多かった。クシナとの交流はあったようだが。

 

「……明日には、ここを出なきゃならん。どうだった? 他にやりたいことがあれば、今日のうちに……」

 

 畳間は伺うように言う。

 アカリは訝し気に眉を寄せた後、ガラスのような瞳でじっと畳間を見つめている。

 

「……アカリ?」

 

「じー」

 

「なんだよ」

 

「じー」

 

 畳間が困ったように眉をへにゃらせれば、アカリは呆れた様に目を細めた。

 

「またお前はくだらんことを……」

 

 畳間の考えていることを察したのか、アカリは絡みついていた畳間の腕から体を離し、一歩距離を置いて、腕を組んで畳間を見上げた。

 

「私はな、畳間。幼いころに両親を亡くし、唯一の肉親だった兄を憎み、距離を置いていた。一人では無かったが、自ら孤独の闇の中にいることを選んだ」

 

「……」

 

 それは畳間も重々承知していることである。

 アカリが続ける。

 

「そして兄を亡くしたが……」

 

 畳間は悼むように目を細める。

 うちはカガミの死は、畳間の心にも大きな傷を残している。

 

「そのときの私は……、もう(・・)一人じゃなかった(・・・・・・・・)んだ」

 

 アカリは何かを偲ぶように、目を閉じた。

 アカリにとって、『家族』とは特別なものだ。

 ただそこに在るだけで暖かいもの。繋がっていると考えるだけで満たされるもの。

 

「畳間。お前はずっと、私の(ひかり)だった」

 

 アカリはすっと息を吸う。

 アカリが背伸びをして―――畳間の顔に、アカリの顔が近づいて来る。

 

 唇に柔らかいものが触れる。

 離れていくアカリの瞳を、畳間はじっと見つめていた。

 

「だいじょーぶ。私はずっと(・・・)、幸せだ」

 

「アカリ……お前……」

 

 畳間は小さく息を吸った。

 言葉に出来ない思いが、畳間の胸に込み上げてくる。

 何を伝えるべきか、分からない。何を伝えたいかも分からなかった。

 畳間はただ、胸に溢れる暖かな思いだけを感じ、唇を震わせる。

 

「私は孤高のくノ一だったのに……。畳間のせいなんだからな」

 

 アカリは、私は弱い女になったと優しく笑う。

 

 どこが弱い女なものかと、畳間は笑う。

 火影を支え、里の女たちを支え、子供たちの心を守り、育てあげた。

 そしてアカリはそれを―――幸せ(・・)だったと笑って見せた。それ以上を求める気は無かったのだと、畳間の懸念は不要なものだと、掃って見せたのだ。

 

「―――。」

 

 畳間が何かをアカリに告げる。

 

 それを聞いてアカリは―――。

 

 えへへと、幼い少女の様に笑った。

 

 アカリの耳で、色褪せた花びらが封じられたピアスが揺れる。

 

 それは今まで畳間が見たことの無い一面。

 ずっと昔。まだ畳間とアカリが出会う前。

 かつてアカリ自身が封じてしまっていた、『うちはアカリ(・・・・・・)』の、少女としての一面だった。そしてきっとそれ(・・)を知る者は、もうこの世にはいなかった。たった今の今までは。

 

 気恥ずかしそうに、アカリが笑っている。目元が柔らかく緩んでいる。

 憎まれ口も、強がりも無い。

 アカリはただ、畳間の言葉を受け入れた。

 

 畳間は微笑むアカリを見つめる。

 

 結婚を決めたのは、身もふたもない言い方をすれば、勢いからだった。

 

 下忍から始まって、長く連れ添った間柄だ。

 畳間にとってのファーストコンタクトは最悪で、畳間は何とか仲良くなろうと頑張っていたが、アカリは対抗心剥き出しで、取り付く島もない生意気な女だった。

 

 辛い時期に、ずっと傍に居てくれた。

 失いそうになった時、この人だけは失ってはならないと、畳間は本能的に理解した。傍にいて欲しい人だと思った。

 『里』を最優先に―――そのうえで、アカリは畳間にとって、誰よりも大切な人(・・・・)になった。

 そこには確かに、愛は(・・)あった。畳間はアカリを確かに愛していた。

 

 だからこそ、はっきりと言える。

 

(アカリ。オレはお前に―――『恋』をした)

 

 二度目の柔らかな感触が唇に訪れたのは、畳間が少しだけ屈んだ、その直後のこと。

 

 

 そしてそのしばらく後。

 突如として畳間の前に一人の男が出現した。

 その男の話を聞いて、畳間は火影としての表情を浮かべ、アカリは小さく嘆息し疲れた様に額に手をあてて―――。

 ちらり、と畳間の横顔を、アカリは優しい微笑みを持って覗き見た。

 

 ―――私は、その横顔に恋をした。


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