見合いの席にて、イナのあまりに男前なプロポーズに痺れ、その肝っ玉と包容力に惚れ直した畳間は、善は急げとばかりに急かすイナに手を引かれる形で座敷より連れ出された。
扉間とイナの姉の前に立った畳間は、なんとも言えない表情を浮かべて、隣に立つイナを横目に捉える。19にしてなお伸び続けている畳間の身長は、今の段階で180cm後半で、女性の平均より少し低い程度のイナを見下ろす形になる。
畳間が見下ろすイナの横顔は、綺麗な鼻筋と長いまつげが印象的に映る。イナはその表情に有頂天極まれりと言わんばかりに満面の笑みを浮かべており、その頬は歓喜によってか、ほのかに紅潮している。
―――そんなにオレとの結婚が嬉しいのか……。
少しばかり面はゆい気持ちの畳間である。
扉間からの提案に乗り気ではない反応を示し続けていた手前、あっさりと結婚を決めてしまったという事実も、畳間にとってきまり悪いことで、面はゆい気持ちにさせる要因の一つである。
畳間とてイナとの結婚は喜ばしいことだ。もともと憎からず思っていて、一歩踏み出せなかったのはそれこそ、扉間の指摘する未熟な精神性が故。厳しい修業を厭う言動を示し続けながら、畳間はその実、修業や任務に逃げ、イナとの関係を進めることから逃避していたのだ。
そして先ほどのイナの発言から畳間が考えるに、イナはそのことに気づいていて、無理強いを避け、畳間の心を待った。
なんて素敵な女性だろうか。この人が人生の伴侶になるんだ。
扉間達への報告を自分の口で行ったことで、畳間は自分の声でその事実を再認識し、わずかに実感が湧いて出る。
畳間は己が知る限り最も素敵な女性を伴侶と迎えられることに大きな幸福を抱いたが、同時に見て見ぬふりの出来ない大きな疑問が自らの中に浮かび上がって来ることに気づく。
なんでオレなんだろう、などと今更思う畳間ではない。イナからのアピールには気づいていたし、畳間自身もまた、祖父を失ったことを知ったあの日、イナと心と心で触れ合って、恋に落ちた。畳間は自分がイナのことを慕っていることを自覚しているし、イナもまた自分のことを好いてくれていることを知っていた。今この瞬間まで現実感は無かったが、いつの日か誰かと結ばれるのなら、それはイナだろうと思っていたのだ。
畳間の抱いた疑問は、自分の心に沸き上がって来る、未だかつて感じたことのない温もりに向けられたものだった。祖父へのそれとも、綱手とのそれとも違う。扉間へのそれとも、サクモへのそれとも、アカリへのそれとも違う。まして、これまでイナへ抱いていたものとも違う。大きくて、輝いていて、暖かな感情。体がふわふわと浮き上がるような、不思議な感覚が、畳間の中に湧いて出た。
―――この熱はなんだ。
それは畳間が常感じ続けており、そして自らの意志で深く封じ込めていた、畳間の心の底に眠る冷たい『殺意』すら呑み込んでしまうほどのものだった。冷たい意思を忘れさせるほどに膨大で強烈で、それでいて柔らかな熱だった。
この熱の正体を、畳間は知りたかった。
畳間は自分でも気づかないうちに思考に没頭し、黙り込んでしまっていた。
扉間が見定めるような視線を向けていることにも、飛び上がって喜んでいたイナの姉が一転して落ち着き不思議そうに小首を傾げて見ていることにも、イナが心配そうに見上げていることにも、畳間は気づくことは出来なかった。
焦りにも似た何かが畳間を逸らせる。早く気づけと、畳間の心が訴えている。夢を自覚し、早く目覚めろと急かすような感覚がぐるぐると畳間の中に渦巻いている。
「畳間」
はっと、畳間がイナへと視線を向ける。イナの声が、畳間を思考の渦から釣り出した。
イナはじっと畳間を見つめている。
「どうしたの?」
「あ、いや……少し考え事を……」
「不安?」
「いや、そんなことはねぇけど……悪い」
畳間は己を恥じる。妻となる女性側にそんなことを言わせる己の不甲斐なさを思い、気まずげに眉を寄せた。
畳間はイナを見つめる。イナもまた、畳間を見つめていた。
そんな二人を扉間はやはり見定めるように見つめており、イナの姉はどうしたものかと困ったように視線を彷徨わせている。
「畳間。アタシ、不安なんてないわよ。だって、アンタがいるんだもの」
イナが微笑んだ。
「あんたにはあたしがいて、あたしにはあんたがいる。だから不安なんてない。どんなことがあっても、二人なら絶対乗り越えて、絶対幸せになれるって確信してるもの。ホントに! もう幸せになる自信しかないわよ、あたしには!!」
力強く言い切ったイナに、畳間は怯む。
圧倒的な光。これは強い。
自分が居なきゃ、と思わせ思われた別の未来の夫婦とは全く違う妻の強さは、畳間の弱い部分を包み、尖った部分を圧し折っていく。
ある分野において、こいつには絶対に勝てねぇ、と無意識に思される。
他でもない。その強さこそ、畳間が憧れていたものの正体だった。柱間にもあった、人を惹きつけ、安心させる力。
畳間はイナに尊敬の念を抱く。この女性は自分にとってあまりに尊い存在であり、すべからく大切にするべきだと、畳間は確信を強める。そして、ダメ押しが叩き込まれた。
「畳間。これからの長い人生……あたしのこと、お願いね? 大好き!」
イナは小さく飛ぶようにして畳間の前に一歩踊り出ると、卑劣にも
そして最後には、えへへとあざとく小さく零す。
イナとアカリの決定的な違い。それは演じることができるかどうかであった。
無論、イナに嘘はない。ただ、言葉の効果を限界以上に引き出すためのパフォーマンスを知っているということだ。
好きという一言でも、不愛想に言い放つか、体全体を使って好意をアピールしながら伝えるかで、その効果に雲泥の差が生じることは言うに及ばないだろう。もともと泣き虫だったイナには、気の強い人にありがちな『意地』を捨てることへの躊躇いなど欠片も無かった。夫となる男の庇護欲や愛情を掻き立てること、自分を愛おしいと思わせることに、手段など選ばない。山中一族の女性にありがちな、強気で素直になれないという弱点すら克服しているイナに、恋愛面で隙は無い。
―――あたしがこれだけ大好きなんだから、あんたも同じくらいにあたしのことを好きになんなさいよ。
というイナの圧倒的な恋愛強者ムーブである。
無論、男の性質も理解しているイナは、畳間を立てることも忘れない。圧倒的な自信を見せつつも、最後の最後に『あなたを頼りにしています』という旨を好意と共に伝えることで己の『か弱さ』をちらつかせ、畳間に自信を付けさせ奮起させるのだ。
―――ああ。この強く輝く女性は、オレを頼りにしてくれている。オレに好意を向けているこの人を守ってあげなければ。
返報性。好意には好意を返したくなる人間の性質を利用したイナの怒涛の攻撃は、畳間を無自覚に、徹底的に陥落させる。
アカリとの初対面の時を思い返せば分かることだが、もともと畳間は、好意には好意を返し、悪意に対してもまずは好意、歩み寄りから入るほどには優しい男だ。千手柱間の死の影響はイナによって払しょくされており、師が健在がゆえに修羅にもなっておらず、戦争も経験していないがゆえに未だ良くも悪くもその精神が
そしてそれこそが、畳間にとって必要なものだった。
祖父を失い、師を呪い、己が一族を恨み、その心の奥底で壮絶なる『孤独』を抱えている畳間にとって、それこそが最も必要なものだった。
「……っ」
畳間は己の頬に手を当てた。なにか、ぬくい感覚が伝ったからだ。
指先が濡れている。畳間はそのとき、泣いていた。
「あれ? なんで……」
畳間は困惑を隠せなかった。
扉間はやはり畳間を静かに見据えており、イナの姉は困っている。
「泣いてもいいんじゃない? スッキリするものね」
ぽろぽろと涙をこぼす畳間の頬に、イナはどこからか取り出したハンカチを優しく当てる。
「子ども扱いすんじゃねぇっての!」
まるで動じないイナは、むしろ泣けと畳間の反応を肯定してみせる。とんでもない包容力に、畳間は照れ隠しに強がることしか出来なかった。
ふん、と畳間は小さく鼻を鳴らし、溜まらず噴き出した。イナも同じだった。
二人は笑い合い、見つめ合う。
畳間はイナの肩に手を置いた。少し強く、しっかりとその華奢な肩を掴む。
「イナ。オレもお前のことが好きだ。改めて、オレと結婚してくれ」
「はい」
きゃー!とイナの姉が黄色い叫びをあげる。
キスするのかしら、とイナの姉がそわそわしている。
さすがにそれはしねぇよと、畳間とイナの内心が一致する。とはいえ、開き直って心を認め合った二人に、もう怖いものというか、恥ずかしいものもないので、やれと言われればやれる。
「畳間」
今まで静かに佇むのみだった扉間が、遂に言葉を発した。
畳間は緊張した面持ちで扉間へと向き直る。
「心のうちの闇は消えたか」
畳間は扉間のその言葉に、全てを察した。扉間が己の中に潜む
「はい」
これから先どんなことがあっても―――イナと共に居れば、『心を写す瞳』が発現することはない。そんな確信があった。そして同時に、強く決意を抱く。例え何が起ころうと。己が命を懸けて、
だから畳間は胸を張って、告げたのだ。
「そうか。兄者に良い報告が出来る」
そして畳間の返答を受けて、扉間は―――穏やかに笑った。
「おっちゃん……」
畳間は少し驚いたような反応を見せた。少し目を丸めて、小さく息を吸った。
扉間が緩やかに笑みを浮かべていたからだ。その穏やかな表情には、畳間とイナの婚姻への祝福が内心より滲み出ている、様な気がした。近く、雲隠れの里との条約締結の話もある。木ノ葉は、そして千手は安泰だと、そのように柱間の仏前に報告をしようと思っているのかもしれない。
「おっちゃん、そんな殊勝なガラだっけ?」
畳間は軽口を叩いた。扉間が仏壇や墓に手を合わせて敬虔に祈る様な姿が想像できなかったからだ。照れ隠しという側面も多分にあったが、今の言葉が、畳間の中の扉間への印象と合致しないというのもまた本心だった。
それを聞いて、扉間の目線が鋭く細まった。
「ごめんなさい、二代目様。この人、二代目様のことが大好きで、甘えてるだけなんです」
「おい、イナ!」
扉間が何かを言う前に、言葉を発したのはイナだった。
イナは畳間の上腕に掌を優しく当てて、寄り添うように近寄った。困ったように笑うイナに、畳間は慌てて振り向いた。
「なによ。ホントのことでしょ」
「はあ!? なにを―――ッ」
「いつも会うたびおっちゃんおっちゃんって、二代目様の話ばかりじゃない」
「ち、ちが―――ッ! 違うからなおっちゃん! べ、別に、おっちゃんのことなんて好きなんかじゃないんだからな!」
「畳間! あんた失礼でしょ! 火影様ってことを抜きにしても、親戚の大叔父様なんだから!! 申し訳ありません、火影様。あたしから言って聞かせますので、ここはどうか……」
「イナ!?」
「畳間。アタシはあんたのそういう、誰に対しても人懐っこいところが好きだけど、でも、目上の方に対しての態度は少し改めた方が良いと思うのよ。親しき中にも礼儀ありって言うし……、千手一族の直系だからこそ、そういうところはしっかりした方が良いと思うわ。木ノ葉隠れの里ではどの一族も平等って言うけど、でもやっぱり、木ノ葉で千手一族は特別だもの」
「うっ……それは……。まあ、そうだな……」
突然始まったイナの説教に、畳間が言葉を詰まらせる。
それは気づいていなかった、と言えば嘘になる指摘だった。
千手一族は木ノ葉隠れの里を創設した英雄である『初代火影』千手柱間、当代の火影である『二代目火影』の一族だ。
イナの言った通り、里内では公的に一族間の立場に上下は無いと言っても、やはり『木ノ葉隠れの里』を生み出した『千手』は、頭一つ抜けて特別な一族としてみられる。その直系である畳間が、よく言えばな人懐っこい、悪く言えば礼儀知らずな態度を取っていれば、思わぬ反感を買いかねない。
千手だから多少のことはしょうがない、と目を瞑ってくれる好意があったとしても、それはいつか不満へと転じることになる。あるいは、火影という木ノ葉の最高権力者に、火影が千手一族の者だからと無礼な態度を取る千手の者となれば、千手一族による里の私物化、身内政権と揶揄されたりと、穿った見方をされかねない。木ノ葉には、うちは一族の様に、千手を敵視する一族もいる。
千手には及ばぬまでも、木ノ葉の名家の一つである山中家の次女であるイナにとって、今の畳間への忠告は決して他人事では無く、常、意識していることでもあった。
だからこそ、甘くとも頭の出来は悪くない畳間は、その意図をすぐに汲み取ることが出来たし、二の句も告げなくなったのだ。
「でもね、畳間。アンタのそういうとこをかえって気に入ってくれる年配の方もいるし、後輩にはきっと、親しみやすい先輩だって慕われる長所になるとも思うの。この機会だし……二代目様が普段おっしゃているように……これからは二人で気を付けていきましょうよ。ね?」
「……分かった。イナの言う通りだな。気を付ける。……大叔父さん、すみませんでした。……あー、師匠、とかの方が良い?」
「……」
畳間の言葉を聞いて、扉間が目を丸くする。
それを見た畳間は、その思いもよらぬ反応に小さく噴き出した。そんな畳間の態度を咎めるように、畳間は脇腹をイナに肘で小突かれる。
「……私的な場では、おっちゃんでも構わん。ワシが常日頃貴様に言い聞かせているのは、公的な場における言動の話だ」
「だってよ?」
扉間の言葉に、畳間は小首を傾げるようにイナに意味不明などや顔を向けた。
「調子に乗らないの! あんたすぐそうなるんだから、その辺も気を付けなさいよね」
畳間の言葉に、イナは可愛らしく顰めた表情を浮かべると、畳間に詰め寄って来る。やはり可愛らしい上目づかいで、畳間を睨んで来る。怒ってはいるが、本気ではない。少なくとも、畳間にはそれらの所作が愛らしいものに見える。
「分かったよ。だから、それやめてくれ」
至近距離にまで身を寄せてくるイナは、畳間の鼻先に人差指を伸ばし、つついてくる。
畳間は仰け反る様にイナの指先から逃れながら、イナと自分の体の間に自分の両手を差し込み、掌をイナに向けて軽く前後に動かした。
「それに、そう言うお前も……ッ!!」
言われっぱなしは癪だからと、畳間も何かを指摘してやろうと考えを巡らせる。
子供好き、友達想い。面倒見がよく、後輩に慕われている。人付きあいが良く、同期達から慕われている。礼儀正しく、目上の者達から可愛がられている。優しく器量も良いと、山中花店では看板娘として、里の人達からの評判もいい。料理も出来る。それに、おしゃれだ。畳間の最愛の妹でる綱手も、イナを敬愛し、そのファッションを参考にしている。そして畳間も、そんな綱手やイナの容姿を可愛らしいと思う。忍者としても、支援役として、二代目火影直々に抜群の評価を受けている。
偶に鬱陶しく思っていた泣き虫はとうの昔に乗り越えており、しっかりとした芯を持ち、気は強いが我が強いわけではなく、他者の価値観を否定したり傷つけることはないし、協調性や包容力もある。
「……」
「なによ。言ってみなさいよ。夫婦になるんだし、遠慮なんていらないわよ」
「……」
―――なにも言えねぇ。
畳間は沈黙を選んだ。内面外面共に、隙が無い。下手につつけば、全部自分に帰って来そうだった。
「……? 別に、怒らないわよ? それこそ夫婦になるんだし、気になるところがあるなら直すけど……」
沈黙を選んだ畳間に、イナが少し心配そうな表情を浮かべている。それを見て、畳間は申し訳ない気持ちになる。
『場の勢いで本人に伝えることを寸前で戸惑うほどの不満』を畳間は自分に抱えていたのかと、イナの中に不安が沸き上がって来たのかもしれない。
―――違う、そうじゃない。
「お、お前は……」
「アタシは……?」
「……」
「……」
「……」
イナが畳間の言葉を待つ。
思わぬ形で始まった『夫婦喧嘩』の行く末を、扉間とイナの姉も静かに見守っている。
空気が重い。畳間はそう思った。
「……い」
「……」
「……」
「……」
「良い女過ぎる……!!」
「……?」
「……」
「……」
イナが小首を傾げる。扉間とイナの姉は未だ沈黙を続けた。
「お前は良い女過ぎる。気を付けろよ」
「……はあ?」
イナは、「これは褒められているんだろう」と理解しながらも、畳間の言葉に具体的な賛辞が無かったため社交辞令的に受け止めるに留まっており、むしろ困惑の方が強い様子だった。「やはり言い辛いことがあったのだろうか」と、かえって疑念と不安がイナの中に沸き上がって来るが、畳間は表情を引き攣らせて明後日の方へと視線を向けて、それ以上を口にしようとはしなかった。
イナも年頃の女性。好いた男からの評価が気にならないわけがない。それが悪評だとすれば、なおさらだ。これから夫婦になるというのだから、先ほどイナが言った通り、イナは畳間からの指摘を素直に受け入れて、直すつもりだった。だからこそ、褒めて終わった畳間の本心がかえって気になるし、不安の一つも抱く。
「……」
「……」
畳間は開き直ったがゆえに沈黙し、イナの方を見つめる。全面降伏だった。
イナは、「本心なのか。自分を慮って言葉を伏せたのか。実際のところどっちなんだろう」と、恋愛ゆえに剥き出しになった無防備な精神を揺らがせる。
微妙なすれ違いだが、それは放置すれば、いずれ大きな溝になり得るものだ。
僅かばかりの暗雲が、これから夫婦にならんとしている二人に、いきなり覆いかぶさらんとしている。
そしてそれを追い払ったのは、意外なことに、扉間だった。
「くっくっく……」
二人のやり取りを見ていた扉間は、耐え切れないとばかりに僅かに顔を伏せて、肩を揺らし始めた。
その場にいた三人が、驚いたように扉間へと視線を向ける。
「先ほどから聞いていれば、畳間。貴様、既に尻に敷かれているな」
ツボったのか、扉間の肩の震えは止まらない。
少し震えが続いたあと、最後にふっと小さく息を吐き出して笑いを終えた扉間は、イナへと視線を向けて言った。
「イナ。この馬鹿者は貴様に意地を張り意趣返しをしようとしたが、出来ないことを悟り根を上げたのだ。賛辞は素直に受け取っておけ」
そして扉間は畳間へと視線を向けて、言った。
「畳間。貴様の言うように、この娘は貴様にとって得難い伴侶となるだろう。大切に守れ。それが貴様自身を守ることになる」
そして扉間は、再びイナへと視線を向けた。
「この馬鹿者をよろしく頼む」
「おっちゃん……」
「二代目様……」
イナと畳間が感動を以て扉間へ視線を向ける。
扉間は二人から視線を切るとイナの姉へと視線を向けて言った。
「ワシは仕事に戻る。山中の。あとは任せる。此度は苦労を掛けたな。感謝する」
「とんでもないお言葉です。二代目様」
イナの姉が綺麗な所作で頭を下げると、扉間は静かに頷き、背を向けて歩き出した。
飛雷神の術で火影邸へ飛んだのだろう。扉間の姿が畳間の視界から消える。姿が消える寸前、肩が震えていた気がしたが、畳間は気づかなかったことにした。
◆
「皆に、オレから重大発表がある」
見合いの日から、数日後。
畳間は『第六班』を木ノ葉食堂に呼び出した。先日の任務を終えてからしばらく休暇だったため、サクモ、アカリはすぐに都合がついたが、カガミは遠征任務はなくとも火影の側近としての仕事があり中々都合が付かなかった。だがカガミは何かを察したのか、少しの間ならと仕事を抜き出してきてくれる運びとなり、最後にカガミが到着して『第六班』の全員が揃ったとき、畳間はそう告げた。
「重大発表?」
サクモが訝し気な様子でおうむ返しに言葉を零した。
アカリはカガミが来るまでに畳間のおごりで注文していたわらび餅を平らげて、口をもぐもぐと動かしながら、畳間に訝し気な視線を向けている。
「さっさと言え、千手。つまらんことなら私は帰るぞ」
ごくんと口の中のものを呑み込んだ後、アカリがつっけんどんに言う。未だ下忍の身であるアカリは、自分を置いて中忍に上がった畳間に嫉妬とやっかみを向けているので、その物言いは『第六班』結成当時ほどではないにしても、痛々しいものだった。
「それと、あんみつ頼んでいいか?」
「いいぞ」
「ありがとう」
アカリは下忍。中忍に比べたら薄給だ。ゆえに他人―――畳間にたかることが多かった。要は子供が親におねだりするような可愛らしい甘えであり、アカリが畳間にばかりたかってサクモにはたからないのはつまりそういうことであるが、今のアカリに自覚はない。
一方、畳間は中忍。普通に高給取りなので、あんみつなどのデザート類をアカリに奢ることはまるで苦ではない。人に何かを奢る、贈ること―――人に喜んでもらうこと自体が畳間にとっては喜びであるため、自分のおごりで食うデザートでアカリが喜んでいるのを見るのも好きだった。これに関してはアカリに限らず、サクモでもイナでも、自来也でも綱手でも同じことであり、特別意識はない。犬に好物を与えたときに尻尾をぶんぶん振っているのを見て、飼い主が暖かな気持ちになるそれと同義である。
―――アカリはムカつくことも多いけど妙に素直で可愛いんだ。綱とは違うけど、妹みたいなもんだな。
畳間は思った。
とはいえ今は関係ない。
「はい、アカリちゃん」
「ありがとうおばさん」
アカリが頼んだあんみつが届いたタイミングで、畳間は意を決して、皆を集めた理由を告げる。
「オレ、イナと結婚します」
「!?」
「……」
「おめでとう、畳間」
サクモ、アカリ、カガミの順で、三者三様の反応だった。
「あれ? カガミ先生驚かねえじゃん。もしかして知ってた?」
「ああ。火影様から聞いていたからね」
「そうなんだ。なるほどね」
「本当か、畳間。本当に?」
「ああ」
畳間の隣に座るサクモが、机に寄りかかるようにして畳間へと体を向け、畳間へ問いかけてきた。
畳間が平然と返すと、サクモははあ、と惚けたように息を吐いた。
「いや、驚いたな……。だけどおめでとう、畳間。同期の中でまさか最初に結婚するのがお前達だとは思わなかった。オレも負けてられないな」
「変なとこで対抗意識見せんなよ、サクモ」
「はは。そういうわけにもいかないさ。オレはお前を親友兼ライバルだと思ってるからね」
「そりゃオレも同じだ」
「光栄だ。ところで、おむつとかってどれくらい必要?」
「あほか! 気ィはえぇよ!!」
向かい合うサクモと畳間がじゃれ合い、笑い合う。畳間がサクモの肩を軽く小突いた。
「あ……」
「……?」
突然、サクモが黙り込んだ。何かに気づいたように、僅かに眉を寄せる。
サクモはゆっくりと、視線を動かしていく。視線の先には、沈黙するアカリ。
サクモは喜び半分、哀しみ半分といった気持ちであった。親友と幼馴染の結婚は喜ばしいものだ。心から祝福する。だが、班員の自覚していない淡い恋心に気づいているサクモとしては、その心を想えば、哀しみもまた感じてしまうのである。とはいえ、仕方ないことだ。仲間として慰めて、立ち直れるように協力する他に無い。
「……?」
畳間は急に黙りこくったサクモの様子を見て、訝し気に小首を傾げた。サクモの視線がゆっくりと移動していくのを視認し、サクモの眼の動きを追う。その先には、あんみつに匙を突っ込んだ姿勢を固まっているアカリの姿。
「アカリ?」
「けっ、こん?」
畳間が呼びかければ、アカリが小さく呟いた。
「ああ」
「わたしと?」
「いや、なんでだよ。イナとだよ」
俯いたまま話すアカリの表情は伺えない。
「日取りはまだ決まってねぇけど、結婚式も挙げる予定だ。皆来てくれよ? 招待状もまた渡すからさ」
畳間は笑顔で言った。幸せ極まるといった面持ちだった。
ぶわりと、チャクラの奔流が吹き荒れる。畳間はそんな錯覚を受けた。実際には、風もなにも発生していない。殺意とは違う強烈な意思の力が、畳間にそのような幻覚を感じさせたのだ。それはサクモも同じだったのか、サクモは脂汗を流している。
アカリがゆっくりと顔を上げた。
その瞳は赤く染まり、三つの巴が―――浮かんでいた。