「アカリ、お前その目……」
畳間は、アカリの眼を見て驚愕に言葉を零した。
赤く染まった瞳孔の中に浮かぶ巴。それはうちは一族の血継限界である写輪眼の発露であった。
畳間は困惑する。畳間はとある理由から、写輪眼の発現条件を知っている。写輪眼とは、うちは一族の者が『愛』を失った時、脳内に特殊なチャクラが流れ、それが眼球に作用し、写輪眼へと変化させる。それが、写輪眼―――『心を写す瞳』の真実である。
つまり畳間は気づいた。
いまこのとき、うちはアカリという人間は『愛』を失ったのだと。少なくとも、アカリがそのように捉えたからこそ、写輪眼は発現した。
何故だ、というよりは、何をだ、と畳間は考えた。畳間は馬鹿だが愚かではなく、そして常に思考を割かされていた『悩み』がイナとの婚姻によって晴れたことで、精神的に余裕もある。見て見ぬふりをすることは無い。別の未来においては、あらゆる困難を乗り越えてようやく取り戻すことが出来た生来の器の大きさを、今の段階で発揮することができる。
だからこそ畳間は、アカリがただ写輪眼を進化させ不穏な気配をまき散らしている、とだけ捉えるのではなく、その先へと思考を進めることが出来た。
今の短い話の中で、アカリが『愛』を失ったと捉えられるキーワードとは何か。サクモとの冗談交じりのじゃれ合いは論外だ。焦点は、千手畳間と山中イナの結婚に絞られる。
イナを取られたと感じたか?
イナとアカリは、姉と妹のような関係のように畳間には映っている。
イナはアカリを気にかけて遊びに誘ったりしており、アカリも疎ましく思っているような言動を取りながらも、満更ではない様子であった。素直になれない妹と、面倒見のいい姉。そのように畳間は捉えていたし、以前、サクモとの話でそのような話題が持ち上がった時、やはりサクモもそのように言っていた。あくまでも姉妹の様に仲の良い友達という間柄のはずだ。とはいえ、普通の姉妹や兄弟でも、親愛が独占欲という形に変わり、身内を他人に取られることを忌避する者がいないわけではない。なにより、アカリはうちはの女だ。在りえない、ということはない。
そしてもう一つの可能性。失われた『愛』が畳間に向けられたものであった可能性。畳間はアカリから親愛を向けられた記憶がない。警戒心の強い子犬のような態度でしか相対されたことが無い。可能性は低いと思いながらも、だが相手は周囲の者が口をそろえて『不器用』『素直じゃない』と評する少女である。畳間から見ても、カガミへの感情を酷く拗らせている様子は分かりやすい。アカリからきつく当たられて落ち込んでいるカガミを、畳間やサクモが『あいつ不器用ですから』と慰めたことは一度や二度ではないのだ。
畳間とてカガミと同じような態度をアカリから向けられている。当事者になれば苛立ちを覚えたり、落ち込むことも当然あるが、「まあアカリだしな」と流せる程度には付き合いも長い。
そしてなにより、アカリの態度には『第六班』結成時にあった強烈な敵意というものが消えている。だからこそ、畳間は分かっていた。自分がアカリからカガミと同じような態度を向けられていることの意味を。中忍試験で『友』という言質も取っている。畳間は、少なくともアカリが同じ班の仲間として畳間に『情』を抱いてくれていることを理解している。
畳間は思った。正直に思った。
イナの方だったら良いなと。
仲の良い友達が他の友達を仲良くしているのを見て嫉妬するような、拗れた友情が暴発した程度であって欲しいと畳間は願った。
でなければ。イナの方ではないのなら。
うちはアカリは千手畳間を―――。
いや待て、と畳間は逸る思考を落ち着かせる。
自分の場合であっても、そう言う意味ではないかもしれない。今しがた「アカリがイナに向けている」、と仮定したような感情かもしれない。
―――いやまさか。さすがにそれは己惚れすぎだろ。
畳間はこれまでアカリと接して来た日々の中で、アカリからそういった感情を向けられている、感じたことは一度たりともなかった。
当然である。アカリが気づいてないうえに、基本的に正反対の言動しか見せていない。好きな子に意地悪したくなる―――なんて経験をしなかった畳間には、そんな意味不明でやる価値もないどころか、デメリットしか感じられないような行動を取る心理なんて理解できるはずもなかった。
―――どっちだ。どっちだ。
だがアカリである。節々に滲み出るお兄ちゃん子を隠しきれていないのに、必死に取り繕ってつっけんどんに接し続けているアカリである。
―――どっちだ。
畳間の脳内はすさまじい勢いで思考を回転させる。
だがふと気づいた。どっちでも変わりはないのではないか。
どちらにせよ、畳間はイナと結婚する。それは変わらないし、譲らない。畳間はイナを伴侶と選び、生涯をかけて守っていくと誓ったのだ。
アカリがどう思っていても、そこが変わることはない。傷つけることにはなるだろうが、それはもう避けようのないことだ。イナを選んだ以上、仕方がないことだと割り切るべきことだ。それがこれからイナの夫となる男の義務だろう。
―――まあ、自惚れならオレが恥かくだけだしな。
ゆえに畳間は腹を決めて、沈黙を選んだ。ただ受け入れるのみであると。
「畳間……」
「アカリ?」
畳間は驚いた。久しく聞いていなかった「畳間」呼びを、アカリがしたことに。
アカリの赤い瞳は尋常ではないほどに細かく揺れ動いている。
畳間の隣のサクモ、畳間の斜め向かい―――アカリの隣に座っているカガミから、焦燥や不安、緊張が伝わって来る。普通の男女の失恋話ならば友や兄としてアカリを慰め、ストレス発散に付き合う所だが、アカリは何をしでかすかわらないもう一人の『里の問題児』。ただ分かるのは、今のアカリは酷く不安定な状態にあるということである。頼むから穏便に、と二人の内心が一致する。
「ウソだろう? お前は結婚なんて、しない。私たち第六班の仲間の、千手畳間だ。そうだろう?」
「……いや、結婚はする。オレはイナと夫婦になる。だけどアカリ。オレ達が第六班の仲間であることは―――」
「違う!!」
畳間の言葉を遮って、アカリが叫んだ。畳間は気づく。
―――ああ。オレの方だったか、と。
「ダメだ。ダメだ! 違う。違う。許さない。違う。違う」
「おいアカリ。落ち着け。お前ちょっとおかしいぞ」
アカリが立ち上がり、怒鳴った。畳間はこれは何か良からぬことがアカリの中で起きていると察し、いつものように流したり、売り言葉に買い言葉でじゃれ合うという選択を捨て、アカリを宥めるように冷静な対応に務めた。
だが、畳間が見るアカリの様子に変化はない。落ち着く様子も無い。息は荒くなり、瞳孔は開いていく。
「なんだ……。なんだ、これは。なんだこれは」
「アカリ、大丈夫か? 落ち着け。水でも飲め。お前は今、冷静じゃない。深呼吸するんだ。大きく息を―――」
アカリは前屈みになり、片手で額を抑えた。もう片方の手は胸元を掻きむしる様に動かされる。苦痛に耐えるような所作だ。
畳間は立ち上がり、アカリを落ち着かせようと、その肩に手を当てた。
「触れるな!!」
畳間の手は、アカリの振るった腕によって弾かれる。
畳間はこれは不味いなと、漠然と思った。やはり何か、良からぬことが起ころうとしている。
畳間の視界の端で、サクモとカガミが僅かに腰を上げた。
「なんだこれは。眼が熱い。胸が苦しい。なんだこれは。なんなんだ、これは。眼が……眼が……」
「……カガミ先生。写輪眼をアカリに。このまま放っておくのは不味そうだ」
手を弾かれ、戸惑い立ちすくんでいた畳間は、尋常ではないアカリの様子を見て、遂にカガミへと言った。
カガミは頷き、立ち上がると、アカリへと向いて、その肩に手を触れる。
「アカリ、こっちを向きなさい」
写輪眼の幻術で眠らせるか、落ち着かせてくれ、という畳間の意図は正しく伝わり、カガミはそのように働きかける。
「アカ―――」
カガミの声に対して、アカリは胸元と額を抑えたまま、項垂れた様な前屈みの姿勢で反応を示さない。しかし、その体は小さく震えているし、肩は大きく上下している。
そんなアカリに、カガミは再び声を掛ける。その声には心配が滲んでいた。だがやはり、アカリは反応を示さなかった。仕方がないと、カガミは力ずくでもアカリの眼を自身の方へ向け、アカリの瞳を見つめた時、カガミは言葉を詰まらせた。
「「カガミ先生!?」」
突然、カガミが崩れ落ちたのだ。
ゆえに畳間とサクモは同時に驚愕と心配の声をあげた。
なんだなんだと、話を盗み聞いていた食堂の女将と親父が慌てた様に姿を見せる。
「アカリちゃ―――」
食堂の女将がアカリに声を掛ける。条件反射か、アカリは女将の方へと振り返る。
「な!? 女将さんたちまで!?」
次の瞬間、食堂の親父と女将がその場に崩れ落ちた。糸が切れた人形のように。
「アカリ、なにを―――」
「サクモ!! ダ―――」
異変、そしてその原因に気が付けたのは、畳間だった。扉間から叩き込まれたその知識が、畳間にその理由を悟らせたのだ。
ゆえに畳間はアカリに声をかけたサクモを止めようとした。だが畳間が「ダメだ」、とすべてを言い切らぬうちに、アカリはサクモへとその顔を向けて、サクモはその場に崩れ落ちる。
畳間は咄嗟に顔を背けることができた。だから
「アカリ、落ち着け。ダメだ、それは。落ち着け」
畳間は俯いて机に視線を固定させたまま、落ち着いた声音でアカリへと語り掛ける。
同時に、畳間は冷静に思考する。
恐らく。いや、間違いなく。
今この場で起きている現象は、アカリが起こしているものだ。幻術・写輪眼による強制昏倒。食堂の夫婦も、カガミも、サクモも、アカリの写輪眼による幻術を受け、意識を奪われた。それも、かなり強力な幻術によって。
完全に油断していたサクモはまだ分かる。だが、三つ巴の写輪眼を発動させていた扉間の側近上忍であるうちはカガミを以てして、抵抗することも出来ず一瞬で幻術に堕とされ意識を奪われたという事実は、アカリの幻術がそれほどに強力なものだと言う予想の裏付けとなる。
先ほど顔をあげたアカリの瞳に浮かんでいた『三つ巴』どころの話ではないだろう。カガミの『三つ巴』の写輪眼による精神防御を用意にすり抜けたという事実は、カガミの写輪眼とアカリの写輪眼が
―――万華鏡写輪眼。
この一瞬の間に、アカリは『二つ巴』から一気に万華鏡へと駆け昇ったということになる。実際に見てみないと確実ではないが、見れば終わる。畳間は扉間より、幻術返しを始めとする『対幻術・写輪眼』の対抗策は叩き込まれているが、写輪眼を直視することのリスクに変わりはない。
「な―――ッ」
アカリが動いた。項垂れ、髪を垂らしたまま、通路に出るために一歩、足を踏み出した。その瞬間、アカリの気配が消えたのだ。畳間は驚愕の音を漏らす。
気配が完全に消えた。超スピードだとか、隠遁だとか、そんなものではない。完全にその気配が消えた。考えられるのは、時空間忍術。だが、アカリは下忍の身。忍術も体術も、下忍の中でも上澄みではあるが、あくまで下忍相当の忍者でしかない。時空間忍術など使えるならば、早々に昇級しているはずだ。なまじアカリがそれを使えたとしても、あの性格だ。隠しておくなど考え難い。恐らく早々に畳間達に自慢している。高難易度の忍術を覚えたと、鼻を高くし、薄い胸を張って。
(間違いない。これは万華鏡写輪眼の固有瞳―――ッ)
思考も終わらぬうちに、畳間はその場から飛び上がった。
申し訳ないと思いながらも天井を突き破り、屋根上へと舞い上がる。畳間がいた場所のすぐ傍に、項垂れたままのアカリが手を伸ばして立っていた。
ぞわり、と畳間の背筋に寒気が走る。腕に触れられた。畳間がアカリにされたのはたったそれだけのことだったが、凄まじいまでの警鐘が畳間の中で鳴り響いたのだ。咄嗟に飛び上がり、アカリから離れなければどうなっていたか―――。
―――どうなっていたのだろう。本当に分からない。
飛び上がりながら下を見下ろす畳間は、凄まじい勢いで上を向いた。
アカリの頭が上を向くために動き出した、その動き初めを察知したからだ。アカリが凄まじい速さで畳間の方を見上げたのを、畳間は気配から察する。やはり一瞬遅れて居れば、アカリの写輪眼と視線が合い、幻術が発動していただろう。
(また―――ッ!?)
再び畳間の視界外にて、アカリの気配が掻き消える。一歩踏み出したその一瞬の足音だけを残して、アカリがそこにいたという気配が消え去った。
畳間は屋上に降り立ち、チャクラを練り上げる。だが畳間は感知タイプの忍者ではない。亡き祖父が得意とした仙術を修めれば別だが、チャクラを直接感知するタイプの感知能力を後天的に会得することはまず不可能。畳間はあくまで風の流れや匂い、音や温度、そして『勘』によって気配を探るだけである。そしてその畳間の感知技能すべてが、うちはアカリを見失った。
(落ち着け。時空間忍術だとして、その性質を考えろ。対応方法を……)
だが、難航する。
畳間は時空間忍術など、口寄せの術と、その応用である飛雷神の術くらいしか知らない。術の発動時の動作を見ることにより、その発動条件や性質を分析し、あらゆる術に存在するはずの『弱点』に辿り着けるだけの戦闘経験値がない。そのために必要な、膨大な数の術の知識すらも、未だ持ち合わせていないのだ。
別の未来において、初見で『輪廻眼』の固有瞳術を見抜いたり、仙術を扱う怪物の攻略法を的確に割り出せた眼力は、今の畳間には欠片も存在していない。
畳間に分かるのは、アカリの使っていると思しき時空間忍術が、『飛雷神の術』に類するものではない、という事実だけ。
眼を閉じる。一瞬で姿を消し、そして現れるアカリの術に対して、対抗策がない。唯一対抗できそうな飛雷神の術は未だ未収得。発動するかどうかもわからない。もしも畳間の目の前に、突如として目ん玉を見開いたアカリが現れたとしたら、畳間はそれから逃れる術が無い。ゆえに、目を閉じた。苦肉の策だった。
「しま―――ッ」
そして、畳間は策に溺れる。今の畳間には他に手がなかったとはいえ、それは悪手だった。強いてあげるなら、その場からすっ飛んで逃げ、扉間に助けを求めることだけが畳間の正解だったと言える。だが、それをする理由がない。あくまでこれは、
畳間も警戒していなかったわけではない。ただ
いつの間にか畳間の背後に移動していたらしいアカリは、凄まじい速さで駆けながら姿を現し、そして掻っ攫うように畳間の体に体当たりをして、そのまま木ノ葉隠れの里から姿を消した。
残されたのは、破壊された屋根の下で倒れ伏す4人。二人の老人と、二人の上忍だけだった。
―――離さない。
そら恐ろしく感じられる無機質な呟きを聞いたと、どこかの誰かが呟いた。
◆
世界が一転した。
白と黒だけの世界に畳間はいる。
周囲には見慣れた家屋が立ち並ぶ。間違いなく、木ノ葉隠れの里だ。それは間違いない。だが、色が無い。そして不快感が胸を圧す。
―――捕まった。
畳間は歯噛みする。一瞬の隙を突かれ、時空間忍術に囚われた。幻術に掛かっているわけではない、と思いたい。畳間はアカリの眼は見ていない。
再び、畳間は目を閉じる。
周囲にアカリの気配がある。
畳間は気配へ向けて、問いかけた。
「アカリ。何のつもりだ? ここはなんだ? オレに何をした? 何をするつもりだ?」
矢継ぎ早な質問には、畳間自身の焦りが滲んでいる。
「……」
アカリからの返事はない。
いやな汗が畳間の頬を伝う。
(こええんだけど……)
身の危険は―――確かに感じるが、命の危機、といったものとはまた違う。
(いうなれば……貞操の……)
焦りはある。正直、不安も恐怖もある。だって、意味が分からないだろう。何故結婚報告をしただけでこんな目に合わなければならないのだ。畳間の中には、理不尽への憤りもあった。だが何より、困惑が大きかった。アカリは何がしたいのか、畳間にはそれが分からない。
(なんか言えよ……っ!!)
畳間は目を閉じているがゆえに視認できないが、アカリは項垂れたまま。両手もだらり、ツインテールもだらりと垂れ下げている。体はふらふらと揺れ動いており、伴って腕や髪も揺れているのだ。
もしも畳間が今のアカリの姿を視認すれば、普通に息を呑んで「ひいっ」とでも零しただろう。今のアカリは、まるでホラー映画の怪異のようだった。
「……ダメだ」
「あ?」
「ダメだ……」
「なにがだよ……」
アカリがぽつりと言ったが、最初、畳間は聞き取れず、剣呑に聞き返した。
律義にも再び言い直してくれたことでようやく聞き取れた畳間は、呆れた様に問い返した。
「結婚なんてダメだ」
「……なんでだよ。お前が決めることじゃねぇだろ」
「だめったらだめだ!! だめええええ!!」
だらりと垂れさがっていたアカリの掌が、ぎゅっと拳を握りしめた。そして力強く、絞り出すように、アカリが叫ぶ。
「が、ガキかお前……」
完全に癇癪を起した子供だった。畳間は呆れてものも言えないと閉じた瞳のまま、眉根を寄せる。
「だからなんでダメなんだよ。それを言えって」
「分からない!! 分からない!! 分からない!!!」
「はあ? んなこと言われたってオレは……」
「ダメだ!! ダメなんだ!! 眼が熱い。胸が苦しい……ッ!! ダメだ!! ダメだ!!」
「だから、落ち着けって言ってんだろ。お前おかしいぞ。ちゃんと聞くから、教えてくれ。アカリ、お前に一体なにが……」
「なら里を抜ける」
畳間が絶句し、目を見開いた。
畳間は激昂しそうな心を抑え込む。しかしその鋭い視線には、内心の憤りが滲んでいた。
「……アカリお前、その言葉の重み、分かって言ってんだろうな? 冗談で言って良いことじゃねぇぞ。オレの前で、それは……」
「うるさい!! 抜けるもん!!」
アカリは頭をいやいやと大きく振りながら叫んだ。
畳間は目を閉じていても、アカリの所作を感じ取れた。アカリの動きは、それくらい分かりやすかった。
だからこそ、畳間が滲ませた剣呑な気配は一瞬で霧散し、呆れが前面に押し出される。
「おま、抜ける
「うるさい!! うるさい!!!」
アカリがさらに大きく体を振りながら叫ぶ。もう自分でも何が何だか分かっていないのだろう。錯乱状態だ。その精神は暴走し、理性は死んでいる。
「アカリ。落ち着け。ホントに。頼むから。イナだってお前に……」
「―――その名を口にするな」
泣き喚く子供の様相から一転、アカリの体から、重く圧し掛かるような暗いチャクラが噴出する。
「な……」
アカリの尋常ではない様子に、畳間は息を呑んだ。
強い。畳間は単純にそう感じた。畳間とて万華鏡写輪眼の開眼による『変化』は知識として知っていた。しかし、下忍レベルだったアカリが並の上忍を越えるだけの力を放つほどに変化した現状を目の当たりにし、さすがに驚愕を隠せなかった。
だからこそ、畳間はもうこれ以上はダメだな、と決心する。もう問答で解決するような段階ではない。確信に迫ることを畳間は選択した。
「お前、まさかとは思うが……。違ったらごめん。オレのこと自惚れやろうって笑ってくれても構わねぇ。そのうえで聞きたいんだが……。お前……もしかしてオレのこと好きなのか……?」
「―――ッ」
息を呑む音。
「……」
沈黙。
静寂。
畳間は眼球にチャクラを込めて、幻術写輪眼に掛からないように幻術返しを発動し、体内のチャクラを活性化させて万全の体制を構築したうえで、薄っすらと瞼を持ち上げた。そしてちらりとアカリへと視線を送る。
「~~っ」
真っ赤だった。赤色だった。眼がではない。顔がだ。
最初、アカリの表情は困惑10割だった。畳間の言葉を理解できていない―――そんな様子だった。惚けた様に、口を開いていて停止していた。
だが、徐々に変わり始めた。畳間の言葉を噛み砕き、理解して、自覚していったのだろう。その認知の段階を経るにしたがって、アカリの唇はぎゅっと閉じられていき、瞳は潤み、震え始めた。体もまた震え、その両手はぎゅーと、短パンの裾を握りしめてた。
―――乙女は今、己が恋を自覚した。
(……マジかよ、おい。嘘だろお前。どうすんだよこれ……)
これに仰天し大混乱するのは畳間だった。
畳間はアカリの変化を見なかったことにして、静かに瞼を降ろした。
「アカリ。その、なんつーか。オレ、さっきも言ったけど……。イナと結婚するんだ。だから―――」
「ダメだ」
アカリが鋭く断じた。先ほどまでの、錯乱し我儘を喚く子供のそれでは無かった。冷たい女の声だった。
ああ、と畳間は後悔する。
藪蛇だった。さっきまでの方がましだった。
―――こいつ、何か……。
分かりやすいほどの変化だった。
「
穏やかな声だった。迷いもない。完全に闇に堕ちている。
(いや、そういうもんだってのは、知ったけど……。そんな堕ち方しなくても……)
「それは断る。オレはイナと結婚して、これからの人生を共に歩んでいく。アカリ。お前の気持ちには…応えられない。ごめんな。だけどオレはーーー」
「畳間」
なんとか説得をと、探るように言葉を続けていた畳間を遮って、アカリは畳間の名を呼んだ。
畳間にはそれが、まるで聞き分けの無い子供をあやし付けるかのような穏やかな声音に感じた。
そしてアカリはぞっとするほどの冷たい声で、言ったのだ。
「―――大丈夫。私はもう、届いたんだ」
恐ろしい。
オレはこの女が恐ろしい。
畳間は心の底から震えあがった。