矛盾を生じさせないように頑張ってはおりますが、所々で矛盾が生じてしまったらどうしよう、と考えつつの投稿でおります。
ところで、ブラウザゲームが止まらないのですが、どうすればいいのでしょうか。(中毒的な意味で)
斎藤義龍が稲葉山城を出立した日の前日、相良良晴一行と川賊川並衆一行、それに加えて明智光秀が墨俣の地を訪れていた。斎藤家のあらゆる隠密を出しぬいて、出立日時の情報を手に入れてきた蜂須賀五右衛門によって、墨俣城建築の日時を割り出すことができたのだ。
筏という形で木材を墨俣へと運び込んできた良晴は、持ちうる労働力のすべてを持ってして築城を始めていた。
後の世で言うところの墨俣一夜城。天下人、豊臣秀吉が成し遂げたという功績に相良良晴は挑戦しているのだ。
「どうしてこの私まで築城に携わらなければならないのですか!」
「口じゃなくて手を動かす!」
高貴な身分を自負する光秀はと言えば、自分自身が築城に携わりつつも、木材を肩に担いでいる現状を嘆いていた。いくら織田家勝利するためとはいえ、光秀自身は肉体労働には反対であった。『サル人間先輩に代わって、私が指揮をとってやれば問題ないのですぅ!』と言ってやりたいところであったが、件の良晴自身も肉体労働に従事していたために文句はそれしか言うことが出来なかった。
文句を言うために口を動かしている光秀に、前田犬千代が苦言を呈した。川並衆の他の男衆よりも重そうな木材を軽々と持ち上げると、率先して木材を積み上げていった。
「良晴さん、稲葉山城はまだ気づいていないみたいです!」
「そしたら半兵衛ちゃん! 半兵衛ちゃんは休憩中の川並衆を使って周囲の警戒を怠らないでくれ!」
索敵から戻ってきた竹中半兵衛の情報を耳に入れた良晴は、少しの間休憩を言い渡すと良晴は再び肉体労働へと戻っていく。半兵衛には呪符を使って式神を使用するだけの能力があるため、半兵衛自身が休憩していたとしても、前鬼が索敵出来るという強みがある。
それに加え、川並衆はごつい男性陣である。少しばかり肉体を休憩させただけで、彼らは簡単に体力を回復できるのだ。
「それにしても相良氏。事前に木材に印をつけておいて、それで筏を作り上げ、急流であるながりゃ川を下ることで、一夜城をきじゅこうなどちょ、流石はしゃがら氏でごじゃるな」
「よっしゃあああああ! 親分が噛んだああああ!」
「う、うるちゃいでごじゃるよ!」
この川並衆、頭領である五右衛門に海よりも深い忠誠を誓っている……、いや忠誠を超えた何かを胸にしまっているのであるが、こうして五右衛門が噛むたびに男泣きを見せるほどの感動を覚える人間たちの集まりであった。
五右衛門が噛み噛みで何かを言うたびに、川並衆の男衆は体力と気力を回復できるのである。当然、五右衛門がうるちゃいでごじゃる、とたしなめようとも決して止まらないのがいつもの彼らなのである。
「おいおい、こんなところで大声出さないでくれよ! 稲葉山城に気づかれたら、こんな夜半に築城している意味がなくなっちゃうだろ!」
「そうでござる! 今回の墨俣築城、速度と隠密性が鍵なのでごじゃるぞ!」
良晴の言葉に追随するように、再び五右衛門が川並衆をたしなめる。川並衆も、現状を省みてみると、たしかに騒いでいる場面じゃないと、誰からともなく仕事へととりかかり始める。
「全く騒がしい連中ですぅ」
「それでも、この連中をまとめあげられるのは良晴だけ」
「この騒がしさは別に嫌いではないです……けど、やっぱり怖いです、くすんくすん」
わいわいと騒ぎ立てながらも手を止めない川並衆と良晴達を見下ろしながら、三人は三人で和んでいたりする。なんだかんだと文句を言いつつも、光秀ですらも自分の手を止めることはなかった。
夜が明けるまで、もうそれほど時間はない。それでも相良良晴には焦りがなかった。皆が協力しあって築城している。失敗する未来など既に見えてはいなかった。
良晴の頬をつーっと流れる汗を手ぬぐいで拭き取ると、半兵衛は呪符を携えて瞑想に向かう。はにかみながら良晴へと笑顔を向けた半兵衛には、別に他意があったわけではない。しかしその真意は誰にもわからない。それを見た犬千代が『半兵衛ずるい』とまた騒ぎ立てるのを見て、『やっぱり騒がしい連中ですぅ』と笑顔の光秀。
無理難題であるものの墨俣築城を共にする仲間の間に、これ以上ないほどの絆が形成されていることを、良晴はうっすらと感じていた。
「よ、義龍様! す、す、墨俣の地に一晩で城が!」
「な、なんじゃと!? 親父殿でもそのような芸当……何をしたというのじゃ、織田軍は!」
尾張の織田家を打ち破るべく出陣した斎藤義龍の軍勢は、本陣に長井隼人正、岸勘解由、多治見修理を筆頭とした有力な国人衆。先遣隊には美濃三人衆が派遣されており、この情報も稲葉一鉄によってもたらされたものであった。
墨俣一夜城計画は、正に斎藤勢の度肝を抜いたのである。まさか一晩で城が建つなどということが、この世にあるものかと思ったのだ。
斎藤義龍は武人ではあるものの、斎藤道三譲りの知略と機略を併せ持つ人物であった。その彼ですら、一晩で城を建てる技術など知りもしなかった。織田家にはそれが出来るほど優秀な人材がいるということが、一番義龍を驚かせていた。
よもや半兵衛がとも思ったものの、竹中半兵衛は軍師であり陰陽師である。建築関係について言えば、素人同然のはずだった。
「い、如何なさいましょう? 城自体は小さいものですので、落とすのは簡単かとも思いますが……」
「いや、待て。織田には、竹中半兵衛が下っておるはずじゃ。……なれば、力押しは愚策……伊賀守に調査を命じさせよ」
情報を伝えに来た伝令は、短く返答を返すと、踵を返した。伊賀守とは、美濃三人衆の一人、安藤守就のことである。竹中半兵衛を育て上げた育ての父にして、叔父に当たる人物だ。内通の可能性がないわけではないものの、少なくとも半兵衛が襲うとは考えられなかった。安全に近辺を調査するのであればうってつけの人材だということだろう。
墨俣に城が一日で建ったということは確かに想定外ではあったものの、元々の思惑からはそれほど離れてはいなかった。作戦はそのまま実行できる、と義龍は内心ほくそ笑んでいた。
「義龍様……。伊賀守殿は竹中半兵衛殿の叔父、残る稲葉殿と氏家殿も確か親半兵衛派だったはず。ここは、内通の疑いを持って、織田家もろとも葬り去るべきでは?」
長井隼人正は、それを持ってして義龍にこう讒言した。義龍はそれを聞いて、深く頷いたのだ。稲葉と氏家というのは美濃三人衆の残り、稲葉一鉄と氏家卜全のことである。
竹中半兵衛に深く執着していたこの三人は、今後の美濃においては老害に等しい。織田家を討ち滅ぼした後の斎藤家は、古き良き時代に戻るのである。土岐源流の義龍の手によって、昔ながらの美濃を取り戻すのだ。
少なくとも、義龍の周囲に侍っている国人たちはそのように考えていた。斎藤義龍という人間であれば、それをやってくれると。
その期待に答えないわけにはいかない。義龍は、軍配を手にして墨俣城へと向けて振り下ろした。
「敵の城は張りぼてに等しい! 美濃三人衆もろとも、踏み潰すのじゃ!」
「義龍様のお下知じゃ! ものども、進め!」
「全軍出撃じゃ! 斎藤家の先勝祝いを掲げるのじゃ!」
そう、これで良い。若い連中というのは非常に扱いやすいものだ。
長井隼人正、岸勘解由、多治見修理の三人は、確かに国人衆をまとめている存在ではあった。だが、まだ若い。斎藤義龍という人物相手に腹芸で勝つのは無理があった。
新美濃三人衆とでも言うべきだろうか、その三人が出陣した後の本陣で、義龍はゆっくりと馬に跨った。感じる視線はたった一つ、本陣裏手の木の上からだ。
だが、義龍は敢えてそれを見逃した。今更乱波一人を取り逃がしたところで、作戦に変更はない。寧ろ織田の乱波を取り逃がしたのであれば、好都合であった。
「儂も親父殿の息子じゃ。そうそう利用されたりはせんよ……美濃の人害共には、儂もろとも道連れになってもらわなければのう」
義龍はちらりと、裏にそびえ立つ稲葉山城を視界に入れた。
娘は上手くやっていることだろうか。義龍に残された懸念はそれだけだった。自分よりも龍興に近しい家臣は稲葉山城に残してきていた。念のため、ということで城に残した城主、斎藤飛騨守は、この美濃でも最も与し易いほどの人物だ。
親父殿の、そしてこの儂にも流れている、美濃が誇る知略の血は脈々と受け継がれているはずなのだ。龍興であればやってくれるであろう。
義龍はそう信じて、墨俣城へと兵を進めた。
国人衆は彼を操っているように思いながらも、実質的には義龍によって踊らされていたのだ。蝮よりも与し易い、そう考えた彼らは、その時点で敗北していたのだ。
美濃の蝮は一人にあらず。斎藤義龍もまた、美濃に生まれた蝮なのである。
だが、そんな蝮でも読み取れないことというのがある。織田信奈という人物は、彼にも読み取れなかったのだ。
「織田本隊着陣……! 安藤殿、稲葉殿、氏家殿ともにご謀反! 墨俣城を本陣に、我が軍を駆逐しております!」
その知らせに義龍は戦慄した。斎藤道三が、どうして織田の姫を選んだのかが分かった気がした。
まさか読まれているなどとは思わなかったのだ。
「墨俣城を守るように織田軍が布陣! 先陣は柴田隊と明智隊! 墨俣城には、その他相良・丹羽の旗と織田本隊がいる模様です!」
義龍にも子飼いにしている忍衆がいる。その忍びが持ち込んできたそれは、あまりにも衝撃的だった。墨俣築城は囮というのが、普通の考えである。勿論、墨俣を前線の砦として設置しようという意図はあるだろうが、それを全軍で守るなどという大博打、当然とるはずがないと思っていた。
稲葉山城をほぼ空同然にして、墨俣を落とそうとしに来ることを読まれていなければありえない布陣だった。
明らかな野戦陣。墨俣の一夜城のそれも、野戦に備えられての砦であった。斎藤家は打って出て来る、それを誰かに読まれたということなのだろう。
斎藤義龍はこのとき初めて戦慄した。まるで、自分が織田に大敗するように動いていることを、誰かに見透かされているようで。
「儂をも手玉におくというのか。今孔明竹中半兵衛か、それとも蝮……親父殿なのか。あるいは相良良晴か。織田信奈本人であったとしても、その配下であったとしても……恐ろしいことにほかならぬわ」
これが、自分の人生ではおそらく最後の戦となる。最後の最後の戦の相手が、これだけの知恵者であったことは大変喜ばしいことだ。
出来れば織田の誇る勇将、柴田勝家と一騎打ちをしてみたいところではあったものの、自分の一時の感情の所為でこの舞台を台無しにするわけにはいかないのだ。
「全軍に通達せい! 無理に野戦で対応する必要はない……稲葉山は天然の要塞じゃ、籠城しておれば直ぐに織田も引き返そうぞ」
ここまで舞台が整っていれば、残りは彼の筋書き通りになるのも時間の問題だった。不自然にならないように、彼は稲葉山へと舞台を引かせていく。
龍興が牢屋に入れられている間に稲葉山城が落ちれば、自分の娘は戦争の責任を取られなくて済む。少なくとも、野戦で自分が戦死をするか虜囚になったとすれば、斎藤龍興という少女は、自分の思いとは裏腹にも織田に敵対することになるだろう。
義龍は、自分の娘に美濃を継がせたかったのだ。織田の保護下に入ってしまえば、斎藤家という戦国大名としての名は消えてしまうものの、娘はそこにこだわりはしないだろう。
ただ自分の愛していた美濃の民の幸せのみ確立出来るのであればそれで満足行くような子だ。仮に織田に下ったとしても、それで腐るような娘ではないと自負していた。
だからこそ義龍は、親の言葉に従おうとしたのだ。斎藤道三のしたためた「美濃譲り状」に従おうと。
「今川が動けば織田は引くはずじゃ! それまでの辛抱ぞ!」
心にもないことを言っていると、自分自身を義龍は嘲笑した。
そして、確信してしまった。この腹芸は、正しく親から受け継いだものなのではないか、と。
蛙の子が蛙であるように、蝮の親は蝮なのである。
「浅井殿は、まだ稲葉山城を訪れないのか。このままでは、織田と義龍めの戦も、決着がついてしまうではないか」
稲葉山城の一角では、斎藤飛騨守が愚痴をこぼしていた。斎藤龍興の入っている座敷牢の鍵を持っている彼は、戦場にいても邪魔になるだけだという理由で稲葉山の留守を任されていた。
そもそも稲葉山城には、斎藤飛騨守以外にも二人の武将がいる。
一人は不破光治、もう一人が竹腰尚光であり、どちらも龍興おつきの将であった。この二人、有事の際には何にもまして斎藤龍興を守るという指名を持っている。そのため、斎藤飛騨守が何かをしようものならば、すぐに葬ることができるように準備をしていたりする。
そして、実際に今がその有事のときなのである。斎藤飛騨守は、浅井長政と内通している。光治が隠れている間に見つけ出した、重要な情報であった。
「これで儂も一国一城の主……楽しみよのう」
しかしてこの斎藤飛騨守、この乱世で生き残るには余りにも自分に素直であった。元々斎藤家に仕えていた彼ではあるものの、魂胆がすぐに滲みでてくるためか奸臣として扱われていたのだ。それ故、一国一城の主はおろか、まともな仕事にすらありつけない始末であった。
道三の時代には当然のことながら政務の中心から離されていた彼であったが、義龍の代になると境遇が一変した。義龍は彼をも起用したのである。
当然義龍には別の思惑があるものの、彼はこういった化かし合いがあまり得意ではなかった。美濃に巣食いし害悪どもを、自分の代で一気に駆逐しようという思惑など、見通すことすらも出来なかったのだ。
更には、彼には戦の才能もなければ武の才能もない。あるのは、言ってしまえば人に取り入る才能くらいである。そんな彼は、自分が鍵をすられていることにもまた、気づいてはいなかった。誰かが自分の部屋を監視しているなどと、到底思っていなかったのだ。
それも当然のことであった。不破光治は忍びであり、その気配をただの人間が察知するなど無理な話だからである。稲葉山の留守をあずかっている自分の部屋に、許しもなく誰かが近寄るはずもない、などと、お気楽な彼の頭は弾きだしてしまったのである。
「……飛騨守、半兵衛を虐めていたことも許しがたいところでしたが……よもや浅井とつながっているとは」
「な、誰じゃ! 儂はこの稲葉山を義龍様より預かったのじゃぞ! 伺いもなく人の部屋に来るなどと……」
突然扉の先から響いた声に、斎藤飛騨守は戦慄した。自分が浅井長政とつながっていることを、知られるわけにはいかなかったのだ。扉の先にいる人間が誰かは分からなかったものの、相手はどうやら小娘のようだと強気に出ていた。
だが、次の言葉を聞くとみるみる飛騨守の顔色が変化していく。飛騨守が相手にしようとしている相手はそこいらの侍女であったり、自分より下の立場の将官であると思っていたのだが、予想を大きく裏切られることになったからである。
「自分の仕えている主君でしょう? その娘の声くらい覚えておいていただきたかったのですけれど」
開かれた扉の先にいたのは、本来であれば座敷牢の中に囚われているはずの存在だったのだ。自身が現在仕えている斎藤義龍の娘、斎藤龍興がそこにいた。
その後ろには自身の配下である光治と尚光を伴っての登場である。その手には刀が持たれており、自分を討とうとしていることなど、いかなる凡愚であっても即座に理解できる場面だ。
「こ、この儂を討とうと言うのか……! 儂は義龍様より稲葉山城の留守を……」
飛騨守がそのように弁明をするものの、龍興は当然聞く耳を持たなかった。何よりも、以前から自身の親友を事あるごとに虐めていた相手に対して、今更情けをかける必要も無いというのが龍興の正直な心情である。
そして何より、私欲にまみれた理由だけで主君を裏切ろうなどという魂胆が龍興には気に入らなかった。飛騨守が美濃を有する領主になったところで、彼女が愛する美濃の民はより困窮するだけに過ぎないのだ。
美濃は浅井に、そして飛騨守に食いつぶされるべき領土などでは決して無い。思いの方向性の違いは多々あれど、美濃を守り発展させてきた斎藤一族が背負っていくべきものなのだ。
「この地は、美濃は私達の土地です! ご自分の欲望に忠実なのは結構ですけれども、この美濃は……あなたのような人に食いつぶされるためにあるわけではない!」
「おのれ、貴様自身も義龍めを裏切った立場で何を言うか! ええい、もう主君の娘だのなんだのというのは知らん! 儂は浅井につくぞ!」
龍興を言い負かしたり、あるいは自分の利益になるように引き込めないかと考えていた飛騨守であったが、斎藤龍興の意思は固かった。思えば、憎き斎藤道三も同じように意思の固い人物であった。
どのような甘言にも惑わされず、商業を発展させる政策ばかりをやってきたものだと。思うように動かせる斎藤義龍ならともかく、動かせない斎藤龍興などここで斬ってしまえばいいのだと考えたのだ。斎藤道三をやることは出来なかったものの、小娘ひとりごとき殺めることくらい容易いことであると。
「この儂を敵に回したことを後悔するが……」
「この私を本気で怒らせたことを後悔するのですね。斎藤……飛騨守っ!」
刀を手にしようとした瞬間、龍興の振るった一閃が飛騨守の首をはね上げた。綺麗な放物線を描いて地面にごとり、と首が落ちる。
その一部始終を無表情で龍興は見届けると、背後に控える光治と尚光に声をかけた。
「奸臣、斎藤飛騨守は討ちました。これより美濃は、前国主斎藤道三に返すと……宣言を」
「しかし、義龍様はどうされる予定なのですか?」
以前とは見違えるように凛々しく佇んでいた龍興には、どこか王としての風貌が見え始めていた。斎藤飛騨守という奸臣を打ち倒し、美濃を守りぬいたという自信が、彼女の中で渦巻いていたのだ。
斎藤龍興はもう、何も知らない小鳥にあらず。彼女もまた、蝮として戦国の世に歩みだそうとしていたのだ。
「お父様の意向は既に読めました。あの人は……素直ではありませんから」
「では……」
「稲葉山城はこれより、織田家に下ります。斎藤家としての誇りを持つものは、一兵たりとも城に入れないように」
彼女が起こした二度目のクーデターは、しかして失敗はしなかった。稲葉山城に残された守兵は、斎藤龍興の言葉を聞くや否や即座に行動を起こした。
稲葉山城の城門を閉ざし、返ってくるであろう斎藤義龍の兵を迎え入れないように。
自分が斎藤義龍から家督を奪い取り、その家督を斎藤道三に返す。素直ではない父親の代わりに自分ができることといえばそれだけだというのが彼女の考えであったのだ。
「……お父様も守ろうとしていたこの美濃。美濃のためであれば……我ら斎藤一族は修羅にもなれるのですね」
それは彼女が身をもってして分かったことだった。誰しもが美濃のために身を犠牲にしているのだ。長良川の戦いで斎藤道三が。そして、今回の稲葉山騒動で斎藤義龍が。
もしもこれが原因で自分の夢をあきらめなければならなくなったとしても、美濃が無事であればそれでいい。美濃というのは、斎藤一族をつなぐ最も大事な要素だったのだ。
美濃の女蝮が、今ここに誕生したのである。
それでは、次回で美濃の動乱については終了になります。
美濃の一件が収まると、龍興も戦国に生きるものの一員としてあれこれ活躍してくれるはずです。
それでは、次回の新生織田家をお楽しみに…待っていただけると幸いです。