奴隷船の船員になりましたが俺は元気です   作:犬八

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無職、回想録その2

「甲板長! 新入りだ、思いっきりこき使ってやりな!」

「なんだい、もしかしてずぶの素人がいるってのかい? 全く、そんな使えない奴を用意するだなんて何を考えているんだか」

「……俺だって出来れば働きたくなかったすよ、気が付いたらここにいたんで」

 

 クリストファー船長に案内されて、俺は船員達を指揮する女の下へ案内された。

 ぼさぼさの髪の毛を一つに纏めて、袖のない服を身に着けた二十歳前後の女性であった。

 見た目は普通の人間に見えるが、腰のあたりから伸びた長い尻尾と人間の耳に当たる部分が獣のものであり彼女は所謂、獣人であると分かる。

 甲板長はキッ、と縦に割れた目で俺を睨みつけると。

 

「成る程な、小僧は水夫狩りに狙われたってところか。だったらあたしから言うことは一つだ、早いところ船での生活に慣れな。じゃないと、馬鹿共みたくなるぞ」

「うわっ」

 

 指差した先に視線を向ければ、そこにいたのは縛り付けられて吊るされている数人の男達の姿があった。

 顔面は痣だらけで、背中に目を向ければ、皮がずる剥けており、肉が見えている部分もあった。恐らく、鞭を打たれて数時間は経ったのか剥き出しになった肉は変色しており、ハエが集っている様子が見て取られた。

 いったい、どうしてあぁなったのか?と訪ねれば。

 

「あいつらも小僧と同じ水夫狩りの被害者でな、働かされるのに納得いかないとかで反乱を起こそうとしてあの様だ。死にたくなければ真面目に働くことだな」

「……うっす、頑張ります」

 

 どうやらこの仕事場は命の価値だけではなく、水夫の価値も相当に低いようだ。……陸に帰りたい、でもあぁはなりたくない。

 そんな複雑な葛藤を抱きながら俺は小さく溜め息をつくと。

 

「そんなに心配するな小坊主。一度慣れたら二度と陸じゃ暮らせないのが船仕事ってもんだ、慣れたら楽しいぜ、俺が保証してやる」

「出来る限り、努力する所存です」

 

 船長の励ましに言葉を返した。

 ……とにかく、あぁならない為にも真面目に働くしかないか。住めば都っていうし、慣れれば奴隷船の仕事も悪くないかもしれない。

 

「そんじゃ甲板長、後は任せたぜ」

「任せな、私に掛かればどんな童だろうと一週間で海の男にしてやるさ」

 

 そう自慢げに胸を張る甲板長に対して、クリストファー船長はけらけらと笑いながらその場を去った。

 

「さて、小僧。それじゃあ軽くだが、船での仕事を教えてやると基本的には見張り仕事以外は自分で出来ることを見つけてそれをやれ、以上だ」

「……え、以上だって。あのー、他に何か説明解かないんすか? 例えば、大砲出したりマストを畳んだりとか」

「なんだ、船での仕事、分かってるんじゃないか。だったら十分な戦力になるな、ほら! とっとと散りな! サボってる姿見つけたらケツ蹴るから覚悟しときな!」

 

 な……なんつー無責任な。手厚く指導してくれるとか期待していなかったが、ここまで雑だとは。

 恐るべし、中世の船仕事。サボってたりしたりしたら、俺の同類みたくなる可能性高いし真面目に働こう。

 

 ● ● ●

 

 

 そんなわけで自分の出来る仕事を探すべく、船の中を探索しようとしたのだが。

 

「おい、坊主! 早く網持ってこい! 縄だけじゃいい加減限界だ!!」

「はい、ただいまぁー!」

 

 探索するよりも前に仕事を見つけてしまった。

 どうやら名前も知らないあの子を轢いた大砲は未だに大暴れしていたようで、何人かの水夫が必死に大砲をロープで固定している現場と遭遇した俺は網を両手に抱えて走り回っていた。

 この船に搭載されている大砲は約30門、その数が多いのか少ないのか分からないが、ともあれ大砲の殆どがロープで軽く固定されていただけのようで残るは固定すらされていない始末。

 それ故、揺れる船内で大砲は大暴れ、既に犠牲者(あの子以外で)も出ているようで船内はてんやわんやであった。

 漸く、一息付けた頃には空が茜色に染まっており、一日の終わりを感じさせていた。

 

「お疲れさん、どうだい? 船の仕事は?」

「……すっごく疲れました。仕事っつっても大砲縛ったり、縛る為の網を用意したりするだけでしたけど……甲板長はどんな仕事してたんすか?」

「あたしかい? あたしの仕事は仕事しながら、お前らがサボらないように見張って指示出して……まぁそんなところかね?」

 

 そう言われてみれば甲板長の体は煤や埃で汚れているな。

 あっちもあっちで大変だったみたいだけど、俺みたく汗だくって訳じゃないし比較的楽なのかな?

 こっちが死ぬ思いをしてその程度なのはそれはそれでムカつくが、まぁそんなことよりもだ。

 

「今日の仕事もこれで終わりっすね~、それじゃあ俺はこの辺で失礼させて……」

「何言ってるんだい? お前の仕事はまだ終わってないよ」

 

 えっ。

 

「今日の見張りはお前さんとジェームスの奴だ、とっとと見張り台に行きな」

「……うっす」

 

 ……こういう状況、なんていうんだっけ。

 期待外れというか、肩透かしというか……あぁ、この諺がこの状況にふさわしいかな。聞かれた所で異世界なんだから誰にも分からないし文句言われんだろ。

 

「頼む木の下に雨漏るって言うのが適切かな?」

「珍しい言葉ですね、どういう意味なんですか?」

 

 あぁ、それはな……って、えっ? 誰だ話しかけてきたのは?

 甲板長や船長じゃないだろうし、そもそもこの船に乗ってる連中は言葉の意味を知りたいなんて言う学があるとは思えない。

 じゃあいったい誰が?と声をした方へ振り向いてみれば。

 

「あんた誰!?」

「初めまして、私はこの船の船長を勤めております。リリーホワイト家の摘女、ミアと申します。貴方もこの船の労働者……じゃない、水夫ですわよね?」

 

 そこにいたのは金髪の髪を靡かせたミアと名乗る小さな少女であった。

 ……船長? 船長!? え、この船の船長ってクリストファー船長じゃないの? そういえばあの人、船長の1人だとか言ってたけどまさか、マジで船長複数いるのか?

 頭が二つでやっていけるのかよ、と俺が混乱しているとミア船長?は不思議そうに俺の顔を下から覗き込み。

 

「あの、どうなされましたか?私、何か可笑しなことを言ったでしょうか?」

「い、いやぁ……」

 

 異世界だと船長が二人いるのって普通なのかな? それをわざわざ聞いたとなると失礼なことになるだろうし……うん、下手をすれば鞭打ちが待ち構えている。

 どう答えるべきか、このまま黙っているのも心象に悪いだろう。

 

「あぁ、もしかして先にクリストファーにお会いしました? 船長が二人となると船乗りの方はまず驚くでしょうし仕方ありませんね」

「……あ、やっぱり船長が二人って普通じゃないんすね。俺、東の出なのでこっちじゃそれが普通なのかな、と」

 

 東の出なのは確かだし、クリストファー船長も俺の名前を聞いて東方の出か? とわざわざ確認してきたくらいだから、この世界にも日本、あるいはアジア的な国があるのは確かだろう。

 なら嘘は言っていないし、ある程度の誤魔化しは効くだろうから問題ないだろう。

 

「リリーホワイト家は昔から貿易で栄えた家なんです。摘女である私も、商売を学ぶ為、将来の為にと船長として船に乗せられまして……まぁ、ここまでなら比較的何処にでもよくある話なのですが」

 

 そこまで言うと、ミア船長は小さく溜め息を吐いて。

 

「お父様ったら心配性でして。私一人に船を任せるのは不安だからと、経験豊富なクリストファーをもう一人の船長として雇い入れましたの。船長が二人いる理由は私の経歴を穢さない為、それとベテランの彼を副船長扱いしたら反乱起こるかもしれませんし、報酬やら指揮系統やらで面倒事が起きるのでもうまとめて船長二人にしようということになりまして」

「はぁ、お嬢様ってのも大変なんすね」

 

 まぁ一般水夫……いや、見習い水夫の俺からしたら関係ない話なんだが。

 早い所、見張り台に向かわないと鞭打ちが待っている、適当に話を切り上げよう。

 

「それじゃあ俺はこの辺で失礼させていただきますね、まだ見張り仕事が残っているので」

「あ、ちょっとお待ちになって!」

 

 まだ話が終わってなかったのか。

 足を止めて、振り向けば、ミア船長は何故か、困り顔を浮かべていて。

 

「あの、もし宜しければなのですけど……私の話し相手になってもらえませんか? ほら、この船って学がない人ばかりでしょう? 私の話に付き合ってくれそうなの、クリストファーを除けば航海士のノーマさんと貴方くらいですの」

「あー……申し訳ありませんが、俺も仕事がありますので。そのノーマって人に話を聞いてもらったらどうでしょうか?」

「ノーマは航海日誌を付けるのに忙しいそうで。全く、彼女ったら真面目なんですから」

 

 女だったのか、ノーマさん。

 ともあれ、このまま船長命令? を無視するのは不味いし、遅刻しても不味いのは確かだ。

 

「それじゃあ見張り台に向かうまでの間、話し相手になるってのは」

「そうだ! 良いこと思いつきましたわ! マリアに今日の見張り番は別の者を回すように手配するので貴方は私とお喋りすればいいのですわ!」

「いや、流石にそういうわけには」

 

 マリアって……確か、甲板長の名前だったよな? わざわざ平船員を休ませる為に割と偉い人に命令したとなると、ミア船長の面子を傷つけることになるかもしれない。

 そもそも船長命令とはいえ、サボったら罰せられる危険性もあるし、彼女の面子を守る為にも断ろうとしたのだが。

 

「駄目……ですか?」

 

 まるで捨てられた子犬のように瞳を潤ませてこちらをじっと見つめてきた。

 

「……い、一日だけっすよ? 流石に何度もサボったら他の水夫への示しがつきませんし」

「やたっ! それじゃあマリアに代わりの水夫を用意するよう言ってきますね! 貴方は先に食堂へ向かってください!」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、花が咲いたような笑顔で船内へ駆けていく。

 ま、マジかぁ。俺もそんなに学があるわけじゃないし、この世界のお嬢様のお相手、務まるだろうか? ……なんて思ったのだが。

 

 ● ● ●

 

「まぁ、それではケンジローはどうなったんですの? 恋人も失い、復讐も終えた彼はいったいどのような末路を?」

「いや、まだまだ話は終わりませんよ。恋人の仇を討ったケンジローは旅を続けるんです、そこで彼が使う拳法と源流を同じとする武術家と出会ってですね……」

 

 船に乗って早二週間、なんだかんだで定期的にミア船長と話をする程度には仲良くなっていた。

 他の船員からは仕事をサボっていると思われて居心地は若干悪いが、ジェームスさんやジャームスさんみたく仲の良い船員もいるにはいるし、問い詰められたとしてもだ。

 お前らが俺の代わり……船長の話し相手出来るのなら変わってやる、と言ったら皆黙るしかないわけだから案外、何とかなるものだ。

 実際、俺と変わってミア船長の話し相手に立候補した奴は次の日、甲板に氷漬けの死体で見つかったわけだし(尚、死体は海に捨てた)……うん、ミア船長は怒らせないようにしよう。

 

「それで? ケンジローはどうなったんですの? 武術家達と出会い、どのような冒険を!?」

「船長、そろそろいい時間ですし眠った方がいいんじゃ」

「こんな面白い話を聞いたら眠れませんわ!」

 

 ……うん、今日の夜も眠れなさそうだ。


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