1.史実競走馬のウマ娘化モノとなります。
2.ゲームに出ていないウマ娘の名前がポンポン出ます。
3.ゲームよろしくサザエさん時空です。
4.本作の設定は作者の個人的な解釈が多分に含まれます。
以上を含みます。ご了承下さい。
全5話程度を予定しています。
1
『――――残りさあ500と少々ッ!!』
始まりは、憧れだった。
『ダイワスカーレットはまだ先頭ッ!!』
自分が、主役になれることなんてないと思ってた。
『ディープスカイッッ! ディープスカイ勝手知ったる府中で! その外に先輩ダービーウマ娘のウオッカッッ!!』
テレビの画面越しに走る彼女たちを。
観客席の向こうに走る彼女たちを。
ただ眺めているだけで、終わると思っていた。
『新旧ダービーウマ娘の決着になるか!!』
走り始めてからは、憧れが執着に変わった。
『最内ダイワスカーレットは少し苦しくなったか!!』
――勝てない。
『ウオッカ!! ディープスカイ!! ディープスカイ!! ウオッカ!!』
――勝てない。
『内からもう一度ダイワスカーレットが差し返す!! ダイワスカーレットが差し返す!!』
――――勝てない。
『これは大接戦! 大接戦ノ、ゴールッッ!!』
誰にも呼ばれず、誰にも願われず、誰の主役になることもできない。
それでも、走ることを諦められない。
ああ、私はどこに行けばいいのだろう。
いつまで走ればいいのだろう。
『出ました! 一着はウオッカ! 二着にダイワスカーレット、三着ディープスカイ!』
――――それは、
『四着――カンパニー!』
ヨンパニーと呼ばれた、少女の逆襲。
2
時はしばし遡る。
――冬から春へと変わる、寒さの中に鋭い日差しが垣間見える日のことだった。
トレセン学園の静かな朝に、少女の白い吐息が溢れる。
ジャージ姿の、鹿毛のウマ娘だった。今は朝練中なのだろう。緩やかなペースで、トレセン学園近くの河川敷を、一人走っている。
穏やかな足音だった。
小さく、かすかに伝わるような吐息である。
高等部としては平均的な身長。それに見合った体躯。ありふれた鹿毛という髪色。
どこをとっても彼女はトレセン学園の一般的なウマ娘であり――トレセン学園の一般的なウマ娘“そのまま”の少女であった。
名を、カンパニー。今、トゥインクルシリーズに挑戦する現役のウマ娘だ。
ふと、目の前に自分と同じトレセン学園のジャージを纏った少女が見える。
確か彼女は――
(――ライアンさん)
メジロライアン。
あのメジロ家のウマ娘で、最強ステイヤーの一人と噂されるメジロマックイーンと激闘を繰り広げた――名ウマ娘。彼女はこちらに気がつくと、華やかな笑顔を浮かべる。
「おはよっ! カンパニー!」
「……おはよう」
――キラキラしている。
びっくりするほど、当たり前のように自分に親しげな挨拶をしてきた。
自分とは正反対の、誰からも好かれるウマ娘だと、そう思う。
メジロライアンはそのまま手を降って通り過ぎていった。お互い、朝練のジャマをするのは悪いだろう、と。こんなところまで彼女の優しさが伺える。
地味で、無個性な自分とは正反対だ。
(……羨ましいな)
自慢ではないがこのカンパニー、人見知りである。
人前に出るとテンパったり、うまく言葉を出せなかったりして周りに迷惑を駆ける。そうでなくとも地味なのに、これでは周りから何を考えているかわからないと言われるのも当然だ。
ついたあだ名が、
とはいえ、別に周りから浮いているというわけではない。
一応、自分にだって仲のいいウマ娘はいるのだ。
「うおおおおおおおおおおっ! ダアアアアアアッシュ!」
元気な声が、見知った声が後ろから聞こえる。
カンパニーは、その声に少しだけ――本人にしてみれば満面の――笑みを浮かべて振り返る。
見ればそこには、見るからにやかましい、中等部の生徒が走ってきていた。
「――――ウオッカ」
ウオッカ。
中等部に所属する、カッコよさを追求するウマ娘。ちょっと子供っぽいところはあるが、カンパニーにしてみればカワイイ後輩である。
「カンパニー先輩! おはようございまーす!」
向こうも、前に自分が走っているのは解っていたのだろう、手を大きく振り上げて挨拶をしてくれる。どうだ、これが後輩に慕われる先輩ってもんだ。
先程まで全力疾走をしていたらしいウオッカは、緩やかなペースで走るカンパニーに並ぶと、一旦そのペースを落とした。自分に歩幅を合わせると同時に、息を整えているのだろう。
「先輩も朝練っすか? 俺もなんですよ!」
「うん、日課だからね」
「いやー、まだまだ寒いですね! なんかこう、芯が冷える、みたいな!」
「……その割には、暖かそうだけど」
息を整えるウオッカは、全力で走ってきたか頬が赤くなり、興奮と体温の上昇が見て取れる。運動で温まった身体は、かなり心地よいのではないだろうかというのがカンパニーの推測だ。
「だからこそですよ! なんかこう、心を燃やせ! みたいな?」
「ヒノカミ神楽でも使うつもり?」
「やってみたいっすねー! 全集中!」
なんて、お互いに好きなマンガの話をしたりしながら、軽く話していると。
「バカウオッカ――!!」
後ろから、すごい声が聞こえた。
びくり。
思わずカンパニーは自分が怒られたのではないかと、震えて止まってしまう。小心者の悲しきさがであった。
「げっ、スカーレット!」
だが、呼びかけられたのはウオッカの方だ。
そしてウオッカをこんな風に呼ぶウマ娘は、トレセン学園においてただ一人。
ダイワスカーレットに決まっている。
「あ、カンパニー先輩ごめんなさい! 驚かせちゃって!」
見れば、大きなツインテールの少女がこちらへ走ってきている。全体的なスタイルの良さも相まって、とにかく存在感のあるウマ娘だ。
思わずびくっとして立ち止まってしまったカンパニーに、申し訳無さそうな謝罪をしてくるスカーレット。彼女も真面目というか、まっすぐな気質である。
「う、ううん。……大丈夫、驚いちゃっただけ」
「ならよかったです。……いけないいけない」
思わず、ウオッカを見つけたことで叫んでしまったのだろう。周りのことを考えていなかったスカーレット――スカーレットが外面を気にしているのは有名な話だ――が反省とばかりに頬をむにむにする。
それから、気を取り直して。
「とにかく、ウオッカ! あんた何考えてんのよ! これアップって言ったでしょ?」
「い、いや……ライアン先輩がすげーかっけー感じで走ってて、いても立ってもいられなくって」
ライアン先輩。
どうやら彼女達もライアンとすれ違ったらしい。
思わずカンパニーも見惚れてしまうほどの、堂に入った走りっぷり、かっこよかった。ウオッカの琴線に触れるのも納得といった所。
とはいえ、タダのウォーミングアップで全力疾走はたしかにいただけない。
カンパニーは苦笑――しているようには見えないと周りによく言われる――しながら、ウオッカに呼びかける。
「だめだよ、ウオッカ。ムチャは、だめ」
「……あ、ぅ……すいませんでした、先輩」
「ったく、相変わらずカンパニー先輩の言うことは、ちゃんと聞くのね」
ごめんなさい、ウオッカがいつも。
と頭を下げるスカーレット。いい子だ、ちょっとあたりが強くて怖いところはあるけれど、間違いなくいい子だ。
「だってよぉ、すごいじゃん。カンパニー先輩」
「……そんなことない」
――ウオッカは、自分を慕ってくれている。
そのことは身にしみてよくわかっている。こうして何を考えているのかわからないと言われる自分に、これほど親身に声をかけてくれるのは彼女くらいのものだ。
……いや、友達がウオッカしかいないとうわけではなく。
それだけ深い関係の相手がウオッカしかいないというだけで……いや、堂々巡り。
とにかく、問題はそこではなく。
「……ダービーウマ娘に、そんな慕われるほど私はすごいウマ娘じゃない」
ダービーウマ娘。
日本ダービー。ウマ娘なら一度は憧れるクラシック戦線の一つ。世の中には、ダービーウマ娘こそが世代最強のウマ娘であるという者もいるくらい。
対して自分は――そもそも、G1で勝ったことがない。
「いやいや、そんなことないッスよ!」
ウオッカは、“かっこいい”に憧れるウマ娘だ。そんな彼女の憧れは、例えば圧巻の走りでクラシック三冠をもぎ取ったウマ娘“ナリタブライアン”。独特なスタイルと、年間無敗という他の誰にもなしえない偉業を成し遂げた世紀末覇王“テイエムオペラオー”。
そんな、他の誰もが認める名ウマ娘たちだ。
その中に、自分が含まれている。……普段の彼女の態度を考えるとそうとしか思えない。
それが、カンパニーには不思議でならない。だって、自分は――
「カンパニー先輩の、勝ちへの執念は、マジですごいんスよ!」
――自分はもう、
3
一般的に、多くのウマ娘の全盛期は三年から四年だと言われている。
一年目、ジュニア級。
二年目、クラシック級。
そして三年目、シニア級。
この三年が、ウマ娘にとってもっともだいじな三年間。
逆に言えば、
それを過ぎれば、自然のウマ娘の能力は低下していく。
全盛期を維持できるのは、それから精々一年。長く活躍するウマ娘でも、二年が限界だ。つまり、今のカンパニーは全盛期をすぎる時期にある。
だが、こんな話もある。
ウマ娘の身体能力は、十年は衰えない。
不思議な話だが、ウマ娘の全盛期には個人差が有るのだ。シニア級に入った時点でそれまでのパフォーマンスを発揮できなくなる早熟のウマ娘もいれば、五年以上の間トゥインクルシリーズの最前線を走り続けるウマ娘もいる。
他にも、全盛期を過ぎてトゥインクルシリーズから一線を退いたウマ娘が、現役ウマ娘に感化されてレースに参加することがある。
その時、ある程度の調整を行えば、当時の全盛期とまでは行かないが現役のウマ娘に混じっても問題なく走るだけの実力を取り戻すことができる。
数年レースに出ていなかったウマ娘が、一ヶ月の調整で能力を戻すなんてことはよくある話だ。
であれば、ウマ娘の“衰え”とはどこにあるのだろう。
どうして“衰え”が起きるのか。それに関しては諸説あるが、今のところ明確な答えというものは出ていなかった。
しいてあげる一つだけ、カンパニーに言えることとして――
――地面をける強い音が、トレセン学園の練習場に響いた。
風がその後を駆け抜けてカンパニーはゴール板を駆け抜ける。しばらくは速度を緩めて無理に止まらないようにしつつ、少ししてから足を止めて振り返った。
そこに、一人のウマ娘が立っている。――名をウイニングチケット。カンパニーの練習の面倒を見てくれる不思議な縁を感じるウマ娘だ。
「どう、だった?」
「んー……バッチリ!
――そう言って、ウイニングチケットがタイムを教えてくれた。
……しいてあげるなら一つだけ、カンパニーに言えることとして。
早熟と晩成の違い。
一般的に、三年で全盛期を迎えるのが普通のウマ娘。だが、中には先述のようにクラシックで全盛期が終わってしまうウマ娘もいれば、カンパニーのように五年目を迎えてもなお成長するウマ娘もいる。
間違いなく、カンパニーは晩成のウマ娘だった。
「ありがとうございました」
「んーん、いいのいいの! カンパニーはまだまだこれから良くなるよ! そうすればG1だって夢じゃないんだから!」
「……うん」
何故か、チケットにそう言われると、カンパニーは嬉しい。
だが、それと同時に思うのだ。
――これでは、だめだと。
「…………でも、まだ足りない」
「……」
「足りないの」
これでもまだ、G1には届かない。
走って解る。わかりすぎるほどに、G1が遠いということが。
「走るたびに、遠くなっていく」
これは、晩成のウマ娘ならば一度は感じることだ。
私達は、他のウマ娘とは違う歩幅で歩いている。普通が普通ではなくなって、どれだけ成長したとしても“置いていかれる”感覚は強く残る。
一度、追いつくことができるまで。
かつて置いていかれた誰かより先に、栄光に手を届かせるまで。
そしてカンパニーは、まだそこに手が届いていない。
「……私は、いつまでこうしていればいいんだろう」
「カンパニー……」
「……ごめんチケット。ちょっと、頭冷やしてくる」
「ううん、いいよ。……行ってらっしゃい」
今日は、トレーナーが予定で来ることができない。代わりにチケットに練習を見てもらっているが、無理は禁物だ。トレーナーからは、最低限身体を動かせば後は休んでいいと言われているから。
……身体はまだまだ走れる。心だって折れていない。
でも、頭は冷やさなければ、もう一度走れそうにない。
カンパニーは早く走るためではなく、風を浴びるために小走りでその場を立ち去った。
4
長くトレセン学園にいると、トレセン学園の人の流れというものは自然とわかってくるようになる。だから、この時間帯はここには誰もいないということも解ってくる。
時間帯によってその場所は変化するが、今の時間帯はこの裏庭が穴場スポットだ。
「……さっきまで雨降ってたから、ぬかるんでる」
ぴしゃん、ぴしゃん。
水たまりを靴が叩くたびに水が跳ねて、ぬかるんだ泥の感触が足に伝わる。もしも馬場がこんなだったら、走りきった後に服が大変なことになるんじゃいかなどと、適当なことを考えつつ。
ふと、その足が止まった。
「…………誰かいる」
いつも、自分が休憩に使っているベンチに、誰かが眠っていた。
制服姿だから練習中に休憩しているという感じではない。しかし、だったらなおのことこんな場所ではなく、寮に帰って寝ればいいのではないだろうか。
わざわざ、外で居眠りをする。こんな人気のない場所で。
ピンと来た。
(この子……サボってる)
なんてことだ。このトレセン学園――日本中のウマ娘の憧れである中央トレセンで、練習をサボって居眠をするなんて。
……この子は、もしかしたらすごい大物なのかも、と思って近づいてみる。
遠くからはわからなかったが――実際、その少女は大物ウマ娘に違いはなかった。
(――セイウンスカイ)
芦毛の少女。空色の髪が特徴的な、マニッシュの少女がそこにいた。
二冠馬だ。あのスペシャルウィークやキングヘイローとクラシックを戦った、名ウマ娘の一人。こんなところでサボっていていいのだろうか。
いや、彼女のサボりぐせは有名だ。よくないからこんなところでサボっているのだろう。
とはいえ納得である。自分以外にこんな穴場スポットを知っているウマ娘は、サボりの名手以外に存在しまい。
しかしこまった。これではここで休めそうにない。
というか、見ていてちょっと腹がたつくらい幸せそうに寝ている。流石に初対面の相手にそんなことをする勇気はないが。
だが、不幸があった。
ぬかるんだ地面は滑りやすい。如何に蹄鉄を打っていても、滑る時は滑る。それは特に、油断しているときにこそ起きるのだ。
ずるっと、カンパニーは滑った。滑って、セイウンスカイに激突した。
「んぎゃ!?」
「みゃっ」
二人分の声がほぼ同じ場所から重なって、二人は勢いよく地面に倒れ込む。雨の降った後の地面は汚れていた。ジャージ姿のカンパニーはともかく、スカイは大惨事である――
「え? なに? グルーヴさん? それともキング? あ、あははセイちゃんはちょっとお休みしてただけ、です、よー……?」
慌てて起きたスカイが、言い訳がましいセリフを並べ立てながら、当たりに視線をやって――それがトーンダウンしていく。
理由は単純。やがて口を閉じたスカイの顔には、はっきりくっきりと書かれていたのだ。
誰――――? と。
当然である、見知らぬ高等部のウマ娘がいきなり自分を押し倒してきたのだから。そして、当のウマ娘であるカンパニーは、持ち前のあがり症で思考が停止していた。
明らかに状況を理解できず――自分から押し倒してきたにも関わらず――困惑したまま停止している相手を見れば、頭の回転が早いスカイならすぐに理解できる。
これは事故だ、と。
そして、見知らぬ――と言ったがそれはあくまで面識がないだけであり、スカイは彼女の名前を知っている。
「にゃはは、困ったなぁ……えーっと? ……“カンパニー”さん?」
「え――あ、」
自分の名前を聞いて、カンパニーはようやく正気に戻った。
とても、とてもまずい……まずい……とても……といった状況だ。語彙力がナリタトップロードする中、慌ててカンパニーは起き上がろうとして。
「おっと……そのままですよー」
「え」
スカイに、それを押し留められた。
ぐいっと、顔が一気に近づけられる。タダでさえほとんど密着するような状況だというのに、それはマズイ。ただでさえスカイは女性人気の高いのだ。カンパニーにも、この状況にときめく程度の情緒は残っている。
まぁ、顔には出ないが。
「セイちゃんの居眠を見られてしまったからには、逃がすわけには行きません。このことは二人だけの秘密でーす。というまで、逃しませんよー?」
「…………」
言うわけない。
言えるわけない。
こんなことされて、大手を振って語るのは乙女心のお終いだ。ひっそりと胸に秘めて、なんなら墓場まで持っていくに決まってる。
全力で肯定する。一生の秘密にする。
そう答えようとして――しかし、ふと、思ってしまった。
「……どうして、私の名前を?」
思ってしまったら、ふいをついて口に出た。
まって、そうではない。
そうではないはずだ。先に言うべきことは。
そう、謝罪じゃないか。この状況はそもそも自分のせいで、スカイがそれを冗談として流そうとしてくれているだけ。お互いにこのことを秘密にするなら、気にする必要はない。
変わり者なスカイらしい言い回しではあるものの、間違いなくこちらを気遣っての一言だ。
それに対し、自分はなんだ?
図々しく質問をしている、何様だ?
「…………」
ほら、セイウンスカイだって神妙に黙ってしまった。さっきまでのおふざけ顔はどこへやら。もしや怒らせてしまったか?
だとすれば、悪いのはすべて自分じゃないか――
「あ、それですか? それはですね――セイちゃんがカンパニーさんのことを……」
「ごめんなさい」
言いながら、バッと立ち上がる。
結果として、スカイの言葉をバッサリ切り捨てる形になって。
スカイが、ぽかんとそれを見上げるなか。
「事故だったの。あなたのジャマをする気はなかった。……ごめんなさい」
誠実に、口数が少ないと言われるカンパニーにしては、はっきりと。
だが、それはそれとして、盛大にいろいろとバッサリ切り捨てて。
――そのやり取りが、傍から見れば。
もっといえば、セイウンスカイからしてみれば、どういう意味を持つやり取りだったか。その意味にはさっぱり気付かずに。
沈黙が訪れる。
カンパニーは申し訳無さそうに頭を下げ、スカイは顔を伏せて起き上がる。スカイに、悪いことをしてしまった。カンパニーの申し訳無さが加速するなか――
「――――アハハハハハハハ!」
セイウンスカイの、とてもとても楽しげな笑いが、人のいない裏庭に響いた。
「……? …………?」
首を傾げるカンパニー。
何が起きているのだろう。どうして彼女は楽しげに笑っているのだろう。彼女の制服を汚してしまったのは自分なのに。彼女の睡眠を邪魔してしまったのは自分なのに――
わけもわからない状態で、やがてスカイが笑い疲れたのか、お腹を抑えつつカンパニーを見る。
「セイちゃんがカンパニーさんを知ってた理由、でしたよね」
「えっ? あ、うん」
そういえば、そんな話だった。
よくわからない流れになってしまったけれど、そもそも自分はスカイにそう問いかけたのだ。
「理由は簡単。セイちゃんはカンパニーさんのファンなんです」
「……え?」
――ファン。
知っている、自分を応援してくれる人の存在だ。でも、それが目の前のウマ娘とイコールにならない。だって、基本的にトレセン学園のウマ娘は互いに同じレースを走る立場のものであり――その関係は、友人かライバルのどちらかに大別されるからだ。
もちろん、トレセン学園で人気を集めるウマ娘なら例外はあるが――それこそ、セイウンスカイがそうだ――カンパニーは、そうではない。
どこにでもいる、地味を体現したウマ娘である。
なのに、
「だから、カンパニーさん。もしよかったらなんですけどぉ、セイちゃんとそのー、並走……してもらえませんか?」
そんな風に言ってくる。
セイウンスカイの存在を、カンパニーは一理解することができなかった――
5
カンパニー。
“自称”地味を体現したウマ娘。
だが、その実態はトレセン学園を代表する“不思議”ウマ娘の一人だ。まず、何が不思議かといえば感情が不思議。カンパニーはとにかく表情が動かない。
本人は笑っているつもりでも、周りはそれを読み取れないのだ。
それでいて、本人は決してミホノブルボンのように情緒が乏しいわけでもないから、行動は普通のそれと変わらない。自分を平凡だと思っているなら、なおさらだ。
しかし、だからこそ周りからはその読み取れない感情故に、突然突飛な行動をしているようにみえる。
今回のスカイとのやりとりがその典型だ。
本人にしてみれば謝らなければ行けない状況で、不意に質問してしまったわけで。慌てて謝罪を優先しただけにすぎない。
しかし、スカイにしてみれば、自分のサボりがバレてしまったのをなんとかその場の勢いで誤魔化そうとした時に、突然そんなことを聞かれたのだ。
――興味を惹かれているカンパニー本人に。
はっきり言って、図星を突かれたようなものである。もしくは、急所か。どちらにせよその言葉はスカイにしてみれば嬉しいものだった。
親しくなりたい相手から、そういう発言が飛び出たのだ。
もはやサボりとか、誤魔化しとかどうでもいい。即座にそれに飛び付こう、なんて口を開いたところで、
盛大にフラれた。
もはや誰の目から見ても、それは口説こうとしたらバッサリ切り捨てられたようにしか見えなかった。そんなつもりはないんだろうと解っていても――わかっているからこそ――思わず惚れ惚れするくらいの振り方だった。
そして相手は仮にもセイウンスカイ。女子にフラれるなんて経験を生まれてこの方一度もしたことないような――モテウマ娘だ。
もちろんカンパニーにそんな自覚は毛頭ない。
あくまで、居眠をジャマして、服を汚してしまったことを謝罪している。状況が状況なら、ごくごく自然なやり取りにすぎないはずなのに。
彼女は天然でそれを告白シーンに変えてしまった。
ああ、つまりこれは。
セイウンスカイにしてみれば、言うまでもなく。
――おもしれー女、というやつだ。
(いやぁ、本当に話に聞いてた通りだったな)
その、あまりにも読み取れない仏頂面と、そこから突然とびだす天然塩対応。周りの状況も相まって、ある種伝説とすら言われるその光景から、ついたあだ名は
現在、トレセン学園で知る人ぞ知る、“迷”ウマ娘の一人であった。
だが、セイウンスカイが興味を持ったのはそこではなかった。
そんな不思議ウマ娘カンパニーには、別の顔がある。
具体的に言おう、ウオッカはそんな不思議ウマ娘のカンパニーに懐いているのではない。競技者として ――レースを走るカンパニーに彼女は懐いていた。
表情が乏しいが、感情自体は豊かである。
そんな少女が、いざレースの舞台に立てばどうか。
カンパニーの競走成績は、上澄みも上澄み。現役において上から数えたほうが早い――どころか彼女の主戦場であるマイル中距離の舞台であれば、間違いなく十指に入る実力を持つだろう。
しかし、G1は勝ちきれない。G1の舞台でも常に安定したパフォーマンスを発揮しながら、一着にはギリギリで届かない。そんなウマ娘である。
歴史的に見れば、名ウマ娘――G1を連覇するような猛者には届かない。だが、
そんな少女が五年もの間、パフォーマンスを下げるどころか、未だ全盛期に到達しないという程に常に成長を続けている。
見るものが見れば、それはあまりにも輝かしい姿であった。
そして、彼女は当然ながら、レースに対する執着は強い。
これだけ勝ちきれないにもかかわらず、勝利への執念を諦めないその姿は、正しく挑戦者だ。不屈にして不撓。そんな執念が鉄面皮の下に潜むウマ娘。
――ウオッカの憧れる、勝ちへの執着が強い、“かっこいい”ウマ娘の姿がそこにはあった。
彼女の練習をよく見ている、ウイニングチケットは言っていた。
「――カンパニーの走りはすごいんだ。絶対に勝つっていう、ウマ娘なら誰もが持っている執念が全然顔には出て来ない。なのに、走りがそれを物語ってる。
……見ていて、時々ゾクってすることがあるんだ。いつか、追いつかれてしまうかもしれない……って。それがカンパニーの走りなんだよ。
だから逆に言えば――いつか、いつかきっとカンパニーはG1に届く。栄光をつかめるんだ。そう思わせてくれるすごい走りを、カンパニーはずっと続けてる」
セイウンスカイが知っていた。
そんな走りをするウマ娘を。形は違えど、常に真っすぐで、常に勝ちを諦めない、すごいウマ娘を知っていた。――そんな
カンパニーの走りは、彼女とは違う。
才能あふれる向こう側の存在では、決してない。
だけど、だからこそ。
セイウンスカイは、カンパニーに惹かれた。
もしかしたら、自分は彼女に言葉をかけられるかもしれない。
トリックスターと呼ばれた自分なら。
才能で追いかけてくる誰かさんに、策で逃げ続けた自分なら。
できることがあるかもしれない、と。
――結論から言おう。その日、それは運命の出会いになった。
カンパニーと、セイウンスカイ。
勝ちきれない少女。ヨンパニーと呼ばれたウマ娘と、トリックスターと呼ばれた稀代の逃げウマ娘がその日出会った。
これは、勝ちに執着する一人のウマ娘が、有終の美を飾る物語。
<カンパニー>
自分を個性のない地味なウマ娘だと思っている不思議系無表情ウマ娘。
後方からの直線一気を得意とし、本作は基礎力が高いものの一流には一歩届かない立ち位置となっている。
ウオッカからは不思議系なところを「クールでかっこいい」と思われている。
チケットが練習を見ているのは、現実での血統の近さが由来。
セイウンスカイは言わずもがな。