1
『さぁ豪華メンバー、夢を乗せて天皇賞秋、スタートを切りました!!』
――ついに、運命の決戦が始まる。
開幕、いの一番に飛び出していくのはダイワスカーレットだ。常に先頭。常に一番。誰よりも先を走り誰よりも先にゴールする。彼女の走りは健在だ。
他、ウオッカは好意につけての先行策。見知ったところではエアシェイディもそれに続く形で中団に構えた。
対して――
「……二頭出遅れた。ドリームジャーニーと――“カンパニー”だね」
カンパニーは出遅れ。更に後方にG1ウマ娘のドリームジャーニーがつけたものの、全体を後ろから見る形だ。
「いやぁ、これはもしかしたら作戦かもしれませんよ。カンパニーさんもジャーニーさんも後方からの直線一気ができる末脚を持ってますから。秋天の外枠って時点でこれはアリだと思います」
心配そうなチケットをよそに、自分が後方からのレースをするウマ娘であれば、こういう奇策にも打って出るだろうなと考えるスカイとしては、そこまで気にするようなものではないと思った。
これは天皇賞秋の特殊な事情が関わってくる。
天皇賞秋のスタート地点は、直線が短い。一般的にレースにおいて大外枠というのは常に不利とされる枠番だが、天皇賞秋はこれが如実に現れるレースと言えた。
外枠から内に入ることは非常に難しく、ならばいっその事後方に控えてバ群を気にせず後方勝負というのはナシではない。
東京レース場は最終直線が長いからなおさらだ。
――レースは淀みなく進む。
そんなレースを、渦中にありながら冷静に観察する者がいた。
エアシェイディだ。
(――先頭はやっぱりスカーレットがいったわね。他にも逃げウマ娘はいたけど、うまくハナをとった形。対するウオッカとプスちゃんは私のすぐ目の前。概ね想定通りのレース展開だわ)
ダイワスカーレットに、ウオッカ。それからディープスカイ。三人の位置を確認しながらシェイディは前を進む。今回のレースで、三人のウマ娘が主役となることは目に見えている。
故にその位置を確認するのは自然極まりないわけだが――
(……カンパニーの姿がない。後方に下がった? ……大外枠に入った時点で、それは自然なことよ。気にしちゃだめ、今はあの三人だけを気にするの)
カンパニーの姿がない。
ここ数レースで先行策を取っていたカンパニーがいない。本来のカンパニーが追込ウマ娘であることを考えれば不思議はないが――それでも意識してしまう。
あの奇策を目の前で見てしまったシェイディは、どうしてもカンパニーにも意識が向いてしまうのだ。
だが、今回のカンパニーは11番人気。自分よりもさらに下位の人気なのだ。それを気にしてしまっていたら、そもそも上位人気三人と勝負することすらできないだろう。
(今はそれよりも――)
――レースは、淀みなく進む。
一つ、ただ一つの例外を除いて。
(――――ペースが早い!)
そう、このレースはかなりのハイペースでレースが進んでいた。
前半1000メートル。
通過タイムは――58秒7。
歴代の天皇賞秋を見ても、これ以上となると……というほどのハイラップ。
そうなると当然、このレースは
一般的に、ハイペースで進むレースは後方のウマ娘が脚を溜められて有利に進む。大ケヤキを抜けて、いよいよ迎える最終直線。
後ろから上位人気を見る形になっていたエアシェイディは、ここが勝負の瞬間だと確信した。
(――アタシは、銀メダリストじゃない。善戦ウマ娘なんかじゃない! もう負けない! カンパニーにも、ウオッカにも、スカーレットにも、プスちゃんにも!!)
脚に力を込める。
まだ勝負ができるだけの脚は残ってる。他のウマ娘を突き放し、ゴールへ向かうためのビジョンはある。
(アタシが! ここで!! 金メダルを――――!!!)
だが、
――――だが、
――――――――だが、現実は無情であった。
『――――残りさあ500と少々ッ!!』
一瞬、ふと、視線が、ヨコを、向いた。
向いて、しまった。
ずっと、ずっと、ずっと、
気にしないようにして、
見ないようにして、
考えないようにして、
いないものとして、
見たらだめなものとして、
ずっと、ずっと、ずっと、
『ディープスカイッッ! ディープスカイ勝手知ったる府中で!』
だって、だって、だって、
見たら解ってしまうから。
見たら諦めてしまうから。
見たら勝てないと――そう思ってしまうから。
見ようとしてこなかったものを、そこで見た。
『その外に先輩ダービーウマ娘のウオッカッッ!!』
怪物が、そこにいた。
場内が騒然とする。
誰もが思う、こんなハイペースではスタミナが持たない。後方有利のレースになる。とすれば当然、後ろのウマ娘達にもチャンスはある。
ダイワスカーレットが作ったこのペース。しかしそれ事態がスカーレットと――そして前目につけたディープスカイ等人気ウマ娘の疵になる。
誰もがそう思っていた。
そう思って、祈っていた。
だというのに、だっていうのに、だからというのに、
結果は全然そうじゃない。
気がつけば、前に立っているのは三人のウマ娘だった。
ダイワスカーレット。
ディープスカイ。
そして、
今この瞬間、勝負の世界に立っていたのはこの3人だけだった。
レベルが違う。
格が違う。
何もかもが遠すぎる――
最初から、解っていたんだ。
パドックで“彼女”を目にしてしまったその時から。
スタートした瞬間、レースを一瞬で支配してしまった“彼女たち”を見てしまったその時から。
どれだけ意識しないようにしても、
このレースに参加したほぼすべてのウマ娘が。
このレースは、
ウオッカと、ダイワスカーレット。
二人だけの世界なのだと、理解してしまった。
例外は――
『新旧ダービーウマ娘の決着になるか!!』
ディープスカイ。
この天皇賞秋に参加したもう一人のダービーウマ娘。
彼女だけが食らいつく、怪物たちに食らいつく。
『最内ダイワスカーレットは少し苦しくなったか!!』
前をゆく三人のウマ娘。
彼女たちはきっと、自分たちが想像もできないようなすさまじい形相で、勝利に手を伸ばそうとしているのだろう。
自分たちはそれを見ることすらできない。
勝負の場に立つことすら許されなかったから。
『ウオッカ!! ディープスカイ!! ディープスカイ!! ウオッカ!!』
遠い。
――遠い。
――――遠い。
『内からもう一度ダイワスカーレットが差し返す!! ダイワスカーレットが差し返す!!』
――――勝てない。
誰もが、そう思った。
(一体誰が――)
エアシェイディは、一瞬だけ顔を伏せた。
脚は残っていた。前に進むだけの力もあった。
今、もっともあの三人にバ身差が少ないのは自分だ。この中で、もっとも彼女たちに近づいたのは、自分だ。だというのに届かない。
確信してしまう。
彼女たちと、自分たちの間にある“差”を。
どうしたって届かない、絶対に超えられない壁を。
(――誰がこんな壁、超えられるっていうのよ)
負けを、悟ってしまったのだ。
金メダルと、銀メダル。絶対的な二つの差。
割って入ることのできないそれに、割って入れる者はいるのか? 銀メダルしか許されない自分たちに、金メダルを願う資格はあるのか?
どれだけ願っても出てこない答え。
どれだけ求めても手に入らない栄光。
それを、
もしも、手に入れられる者がいるとしたら、それはどんな奴なのだ――?
そんなシェイディの横に、
ふと、風が流れた。
誰もが気づいていなかった。
誰もが見落としていた。
その少女が、そこに割って入る可能性を。
カンパニーが、飛び込んでくる可能性を。
「なっ――」
吐息の中に音が混じった。
困惑の中に声が混じった。
後方から、ありえないほどの末脚で、カンパニーが突っ込んできている。
そのことに、エアシェイディはたった今気づいた。
どうやってここまで?
――府中の直線は長い、大きく横にバ群が広がって、なんとか抜け出そうとウマ娘たちが走る。結果、内が開くこともある。そこを割って入ってきたのだ。
最後方から、故に残っていた最速の末脚で。
ああ、そうか――と。
カンパニーは、
最初からあの三人を。
――後に伝説となるこのレースで。
走っていることすら“光栄”となってしまうような怪物たちのレースの裏で。
ただ一人――彼女だけが違っていた。
彼女だけが走っていた。
どこを? 府中の2000mを。
これまでカンパニーが何度も走り続けてきた、G1レースの一つに過ぎない。
多くのウマ娘が感じていた。
私たちはこのレースの主役じゃない。
あの三人に華を添える脇役でしかない。
そう、思わなかったものはいないだろう。本気でそう思わなくとも、心の何処かで考えなかったものはいないはずだ。
だが、ここに一人だけ例外がいた。
ただ一人、彼女だけが――――
カンパニーだけが、そうではなかった。
ならば――ゆえに、だとしたら。
(――――わからない)
カンパニーが、もとから感情の読み取れないウマ娘だからではない。
カンパニーが、この場にいる誰とも違うから、わからないのだ。
(――――きっと、彼女自身にもわからない)
ああ、だとしたら、
カンパニーは今、何を考えているのだろう――――
2
――始まりは、憧れだった。
多くのウマ娘たちが目指す栄光の舞台。
トゥインクルシリーズ。
その栄光に、一人の何処にでもいるウマ娘が憧れた。
その名をカンパニー。
どこにでもいると自称しながら、何を考えているかわからない、独特な個性を有したウマ娘。
ただ、そんな彼女の性根は決して個性的なものではなく、彼女の自意識通りごくごく“普通”なものだったのだ。ウマ娘なら、誰もが思い描く勝利の栄光。
それを目指して駆け出した、本当にごくごく当たり前の、どこにでもいるウマ娘がそこにいた。
それでも、本来ならその夢は夢のまま終わるはずだったのだ。
カンパニーの母が何気なくレースを走らないかと勧めていなければ、カンパニーが何気なくそれに肯定しなければ。
カンパニーの夢は、形になることすらなかった。
『ダイワスカーレットはまだ先頭ッ!!』
――音は届かない。ただ一人だけの世界でカンパニーは思う。
なんで? どうして夢を形にしようと思わなかったの?
自分が主役じゃないからだ。
カンパニーは、自分を特別だなんて思えなかった。むしろ、そうでないほうが自然なのだとすら思っていた。だってそうだろう? カンパニーの周りに、そんな特別なウマ娘はいなかった。
『ディープスカイッッ! ディープスカイ勝手知ったる府中で! その外に先輩ダービーウマ娘のウオッカッッ!!』
――周りの者達が諦めていくなかで、カンパニーだけは気付きすらしない。
テレビの向こう側には、凄いウマ娘たちがいっぱいいた。
観客席から眺める景色は、自分を無数の中の一なのだと自覚させた。
つまりそれは、“普通の人間”なら誰もが思う、当たり前の感覚がカンパニーには備わっていただけなのだ。
それは決してカンパニーが個性的な存在だったとしても、有していることに不思議はない。そういうものなのだから、これは決してカンパニーに限った話ではなく。
セイウンスカイも、ウイニングチケットも、エアシェイディだって持っている感覚だ。
ただ、走り出すウマ娘には、それを“忘れる”ことができるというだけで。
『新旧ダービーウマ娘の決着になるか!!』
――対決なんて知らない、決着なんて知らない。カンパニーはただ、走っているだけだ。
カンパニーにもそれは備わっていた。
努力を辞めないという彼女の特技は、彼女の勝負根性にもつながっていた。天才のように飛躍することはない。しかし、決して努力が止まることはない。
続けられるから前に進める。そうしてカンパニーは前に進み――そのたびに、自分の前にいるウマ娘たちを見続けてきた。
突きつけられるのだ。
『最内ダイワスカーレットは少し苦しくなったか!!』
――前が空いた。ゴールまで残りは少ない、これが最後の勝負。カンパニーは最後の力を足に込める。
そう、突きつけられる。
なにを?
言うまでもない。
『ウオッカ!! ディープスカイ!! ディープスカイ!! ウオッカ!!』
―――――勝てない。
――関係ない、ただ走る。前も後ろも関係ない。今自分にできる最速を。
今、自分にできる最高をここで叩き出す!!
ああ、けど
(―――――――――見えない)
『内からもう一度ダイワスカーレットが差し返す!! ダイワスカーレットが差し返す!!』
スカーレットはレースが始まる前にカンパニーに言った。
『――先輩って、走っている時に“何”を見てるんですか?』
それが、レースに影響を与えたというつもりはないけれど。
こうして、走って。
走って走って走ってわかった。
そうだ。
今、カンパニーは。
(私は今――――なにも見えてはいないんだ)
『これは大接戦! 大接戦ノ、ゴールッッ!!』
誰にも呼ばれず、誰にも願われず、誰の主役になることもできない。
それでも、走ることを諦められない。
ああ、カンパニーははどこに行けばいいのだろう。
いつまで走ればいいのだろう。
――――カンパニーは、果たして。
“なにを”見れば、良かったのだろうか。
3
騒然。
すなわちそれは、歓声と唖然が同居したかのような、不思議な状況だった。
秋の府中レース場。ついに迎えたG1レース“天皇賞秋”。名誉あるそのレースに、この時。新たな歴史の1ページが刻まれた。
ゴール板をウマ娘たちが駆け抜けた時、誰もが思ったのだ。
それは間違いなく事実であり、それは後に現実となった。
『1.57.2はレコードの赤い文字!』
実況の告げるその事実。勝者はこの天皇賞秋を世界で誰よりも早く駆け抜けたのだという事実。それだけではない、このレース場に集った因縁が、それを見届けた者たちが、これを“栄誉”であると認識していた。
「……とんでもないレースになりましたねぇ」
「………………うん」
セイウンスカイ。
ウイニングチケット。
共に、かつて名誉あるG1勝利を遂げた名ウマ娘。
菊花賞を逃げてレコード勝ちしたセイウンスカイ。
ダービーという“夢”のチケットを掴んだウイニングチケット。
今、そのレースに並ぶ歴史的なレースが、ここに誕生したのだ。
彼女たちの立場は特殊だ。彼女たちは、このレースを応援のために訪れた。誰の応援かといえば、言うまでもなくカンパニー。しかし、そんなカンパニーの応援という立場を抜きにしても、思わず言葉を失ってしまうようなレースだった。
――とはいえ、彼女たちはすぐに自分たちがこれまで見てきた“カンパニー”と、このレースのカンパニーを照らし合わせる。
「……カンパニーさん、あと少しでディープな方のスカイちゃんを差し切ってましたね」
「他の子たちは、レースの雰囲気に呑まれてた。カンパニーがあそこまで凄い末脚で迫れたのは、一人だけ雰囲気に呑まれてなかったからだね」
カンパニーは、レースが始まる前からどこか心ここにあらずという雰囲気だった。
自分の中の“どうして”という悩みを抱えたまま、レースに集中できているとは言いがたかった。
コレ自体は良くないことだ。結果として、カンパニーは敗れているわけだから。しかし、カンパニーは同時に、このレースの空気を完全に無視することができていた。
普通のレースなら、そんな集中できていない部外者などお呼びではない。
しかし、このレースに限っては違う。このレースは歴史に残るレースとなる。そう感じてしまった時、ウマ娘はレースに“呑まれて”しまうのだ。
だがカンパニーは違った。このレースで一人だけ、自分の問題に向き合っていた。
結果、誰もが心のなかで三人のマッチレースに“諦め”と“壁”を感じてしまった中、それを無視して凄まじい末脚で食らいつくことができたのだ。
「――でも、届かなかった。カンパニーにとっては、それがすべてだよ」
「…………ここから、ですね」
会場すべてが、伝説的マッチレースを繰り広げた三人へ意識を向ける中。
セイウンスカイと、ウイニングチケットはカンパニーを見ていた。
栄光を称える者たちから外れて、ただ一人地面を見る、迷えるウマ娘の姿を。
――かくして、伝説の天皇賞秋を四着で終えたカンパニーは、続くレースにて「マイルCS」を選択。カンパニー秋の定番ローテとなっているそのレースにて、カンパニーはこの天皇賞秋の成績を評価されてか、二番人気に推された。
結果は、四着。
最終直線、広がったウマ娘たちに押し出される形で大外を選択することになったカンパニーは、その末脚を炸裂させるも届かず。
秋のG1戦線を終えた。
4
『大外カンパニー! 大外カンパニー!!』
六年。
ウマ娘の現役生活は短い。まるでそれがウマ娘という存在の定めであるかのように、全盛であれる期間はごくわずか。
そんな中で、それほどの現役を継続するウマ娘は少ない。もちろん、決していないわけではないがカンパニーはかなり特殊な例といえる。
普通、長く現役を続けるウマ娘には大きな素質はないと言われる。それでも諦めきれないか、走り続けることで一つでも勝利がほしいと願うか。
どちらにせよ、長すぎる現役生活が勝利につながることはごく僅かだ。
しかしこの年、カンパニーは緒戦となった中山記念を勝利。連覇を飾って健在を誇示した。はっきり言おう、それは普通ではない。カンパニーは特別なウマ娘だ。
いわゆる“大器晩成”の名にふさわしい善戦ウマ娘。
――とはいえ、それが結果につながるかといえば難しいところ。
『キタキタキタ! 来たぁ!! ウオッカ迫る!!』
春のG1、安田記念。
府中マイルの大レースにおいて、この年もウオッカは伝説を作った。前には壁、絶望的なまでの状況から、まさかの抜け出し差し切り勝ち。
それをカンパニーは大外から眺めることとなる。
結果は四着。
そして続く宝塚記念においても、カンパニーはまさかの四着に終わった。
レースを終えて、カンパニーは立ち止まり、ウイニングランを見せるウオッカに視線を向ける。
その表情は、変化の薄い常のもの。考えは周囲からは読み取れない。
――レース場の歓声は、そのすべてが主役であるウオッカへとむけられていた。
視線を落とす。青を基調とした勝負服。
勝負服の希望はあるかと問われた時、なんとなしに答えたのは「青色がいい」という一言。正直なところ、果たして袖を通す日が来るのかという疑問もあったが、デビューしたその年に、菊花賞で初めてコレを身に着けた。
不思議と気が引き締まり、結果は良いものではなかったが――それ以来、カンパニーはこの勝負服が好きだ。両腕で、それを掻き抱くように体を抱きしめる。
吐息が漏れる。レースを終えた疲れと、重苦しい胸の内から漏れる吐息。
ああ、重い。
体が、重い。
(レースをするたびに、負けを重ねるたびに、重くなっていく)
それは、衰えか?
否、違う。カンパニーは
だから、きっと。
(これは……私の心の重りだ。負けるたびに私が私に載せていく、呪いのような重りなんだ)
ああ、きっと。
(私はもう、何度もこの勝負服は着られないだろうな)
そうして、夏。
カンパニーの顔は暗かった。
四度に渡るG1四着、長年の善戦ウマ娘としてのレース人生。カンパニーの名を知るウマ娘ファンは多い。去年のマイルCS二番人気は、正しくその証明と言えるだろう。
とはいえそれは、主役としての知名度ではない。
脇役。主役を彩る花としての知名度だ。
『俺、カンパニー好きだよ。何年も何年も頑張り続けて、一番にはなれないけど頑張るのに俺みたいなおっさんは弱いんだ。おっさんの星、みたいな? だから――』
『アタシ、カンパニーが好きなんです! あの頑張ってるけど勝てないところを応援したくなっちゃって。現実でうまくいかない自分を見てるみたいで……』
『やっぱカンパニーは凄いよな、アレだけ長い間、G1で善戦してるんだもん。そりゃあG1で勝てる実力はないかもしれないけど、ああいうシルバーコレクターは応援したくなるよな。だからこそ……』
『G1連続四着はむしろ伝説よね。これからも頑張って欲しいな。そう――』
――四度のG1四着という、他にない記録を打ち立てることになったカンパニーには、あるあだ名がつけられることとなった。
それは、ある意味名誉であり、不名誉。
他にはない特別でありながら、素直に受け取ることのできない証明だった。
『おっさんの星でいてくれ!
『これからも応援してます、ヨンパニーちゃん!』
『走れ、ヨンパニー! なんてな』
『――ヨンパニーには』
ヨンパニー。
――カンパニーの顔は、暗かった。
「はーい、おまたせしましたー!」
ふと、声がする。見ればセイウンスカイが、カンパニーの乗る車に乗り込んできた。
そう、夏。
夏といえばなにか。言うまでもなく合宿である。これは合宿へ向かう車だとカンパニーは聞いていた。――ただし、カンパニーが乗っているのはいつものバスではないのだが。
「いやぁ、不運ですねぇカンパニーさん。まさか手違いでバスに乗れない子が出ちゃうなんて」
「……そうだね」
なんと今回、トレセン学園の手違いで、二人ほどバスに乗れないウマ娘が出てしまったのだという。二人くらいなら、誰かの車に載せてもらえばいい。
というわけで白羽の矢が立ったのが、セイウンスカイとカンパニーなのだという。
なんでそうなったのかはさっぱり解らないが、とりあえず自己主張の薄いウマ娘であるカンパニーは、こういう時素直に上の言うことを聞くタイプだった。
それに、こうしてわざわざ別の車に乗ることも悪いことではない。なにせ――
「…………えっと、それじゃあ」
「よろしくお願いしますよー、
そこで、挨拶をしようとしたカンパニーを遮るように、スカイが手を挙げる。そう、この車に乗っているのは――否、この車を運転するのは、
「はーい、バッチグーよー!」
マブい、あまりにもマブいウマ娘だった。
トレンディな雰囲気なびかせて、後部座席に視線を向ける彼女の名前はマルゼンスキー。伝説的な記録を残したウマ娘。
またの名をスーパーカー。
「今日はふたりともヨロピクね!」
「はーい」
「よ、よろしくお願いします……」
セイウンスカイは全くどうじていないが、カンパニーからしてみればマルゼンスキーは雲の上の存在。あまりにも遠い相手である。
同じトレセン学園の生徒とは思えないくらいの。
逆に言えば――聞きたいことは山ほどある。貴重な機会を得られたとカンパニーは思っていた。
まぁ、そんな機会、どこにも存在しなかったのだが。
「それじゃあふたりとも!」
「はい!」
「は、はい」
ニッ、と笑みを浮かべてマルゼンスキーは、
「
そう、言ってのけたのだ。
へ? と首をかしげるカンパニーの体を、セイウンスカイがニッコリ笑みを浮かべたままがっしり固定して――
――直後、マルゼンスキーの車は光となった。
「あ、あばばばばっばばばば!」
思わず口を開いてしまったが運の尽き、あまりの速さにそんな声が漏れる中、カンパニーはスーパーカーによって移動する。
なになになになにのなに。
そんな思いが胸を支配すること、数分。
ふと、カンパニーは気づいた。
「あ、あれ――」
「どうしました? カンパニーさん」
外の景色を眺める。
――いない。
いや、それ自体はおかしなことじゃない。
……何がいない? ――バスが、いない。
これだけスピードを出しているのだから、はぐれてしまうのはおかしなことではないのだが。
「…………ねぇ、スカイ」
「はい?」
「
――明らかに、この道は合宿先への道ではない。
「……あは」
「あは?」
マルゼンスキーの好きそうなトレンディなBGMが流れる車内で、スカイはどこかいたずらっぽく笑みを浮かべてマルゼンスキーを見る。
対するマルゼンスキーもまた、それにうなずいてアクセルに力を込めると――スカイがぽつりと。
「……サボりましょう、カンパニーさん」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………何を?」
「
――その日。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………へ?」
人生で一度として練習をサボった経験がないカンパニーは、初めて。
人生で初めて、練習をサボった。
<天皇賞秋>
大接戦ドゴーン。流石に文字だと間抜けなのでのをノにしてそれっぽくしています。
大外が大不利と言われる秋天において、大外を引いたのと、結果的に出遅れたからか、このときのカンパニーは後方からの直線一気を仕掛けています。上がり最速を叩き出しての四着。実況には名前が残りませんが印象に残るレースでした。
シェイディがプスカくんのことをプスちゃんって呼んでますが何で読んでるのかは謎です。特に血統や鞍上的なつながりはありません。
<ヨンパニー>
ある意味カンパニーの代名詞。秋天から始まっての連続G1四着はなかなかの大記録。
本人的には不名誉なんですが、そもそもこう呼ばれるだけのウマがどれだけいるのか。
<合宿サボり>
一応モチーフはあって、5歳秋天を16着で終えたあと、カンパニーは次の年の春を全休しています。
これは馬主の以降で一度競馬を忘れようという意図があったためらしく、本作ではそれを引用して周りからのはからいで一度レースを忘れようと夏合宿サボりという形になりました。
この時の復帰戦の関屋記念は観客席手前の大外から差し切ってかつカンパニーが結構見応えがあるのでおすすめ。