大日本帝国出身の堅物指揮官は今日も誘惑される。 作:気まぐれな富士山
彼が指揮官として就任してから数ヶ月が経った。
もう殆どのKAN-SENの名前は覚えており、だんだんと信頼も得てきた頃、彼の所にこんな話が飛んでくる。
「港に幽霊が出る?」
「ええ。ここのところ、白い人魂を見たとか長い髪の女性が歩いてたと艦隊で噂になってるのよ。駆逐艦の子たちが怖がってパトロールに行けないし………………」
「幽霊、か。通りで最近のパトロール報告は大型艦が増えたのか。」
「機動力の問題もあるし、軽巡洋艦以上の艦は出せないわ。どうしましょうか。」
「そうだな…………愛宕、行ってみるか。」
「私はちょっと忙しいわ。夜は空いてないかも。」
「赤城辺りは?」
「あの辺も同じような感じね。主力艦隊は期待しないで欲しいわ。」
「……………わかった。俺が行こう。」
「指揮官くん、大丈夫?幽霊怖くない?」
「大丈夫だ。念の為、空いている艦を連れていく。」
愛宕の甘かやかしをものともせず予定を取り付けた。
「わかったわ。適当に声かけとくわね。」
「助かる。」
「それで集まった面子が、これか。」
「これとはなんだ。これとは。あてらじゃ不満か?」
「いや、鬼怒は大丈夫だろうが、他は……………」
「島風は全くもって問題ありませんよ指揮官殿!幽霊ごときには負けませんとも!」
「安心するのだ指揮官!雪風様が幽霊だろうとなんだろうとぶっ飛ばしてやるのだ!」
「そうか……………綾波は?どうしてこの任務に?」
「雪風のセーブ役、です。幽霊はそこまで怖くないです。」
「…………なら、大丈夫か。今回はただのパトロールに俺が同行するだけだからな。」
ロリ色が強い面子でパトロールを始める。
夜の港は、煌々と輝く本部から少し離れた場所にある。
遠くに灯りは見えるが、実際足元を照らすのは懐中電灯と街路灯のみである。
夜型作戦時のサーチライト等はあるが、パトロールの度に使っていては電気代も馬鹿にならない。
「目撃情報は…………第三倉庫付近か。」
「この辺りだな。指揮官、用心してくれ。」
「うぅ…………暗闇怖いのだ………………」
「だから無理するなと……………みんな念の為、安全装置を解除していてくれ。」
指揮官の言葉と共に、いつでも抜刀できるよう、刀を構える艦船たち。
「指揮官。構える必要はあるのです?」
「元いたところでも似たようなことがあってな。幽霊が出ると騒がれていたところを調査したら、幽霊の正体が敵軍のスパイだったということがある。今回はそういった意味もふまえてのパトロールだ。」
「なるほどですね!ご安心ください指揮官殿!島風はテロリストだろうと倒してみせますとも!」
「シッ、静かに……………」
全員が警戒体制を取り、指揮官も銃のホルスターに手をかける。
「………………島風、何か聞こえるか。」
「……………足音がします。数は……………2人です。」
「わかった…………綾波、雪風は第四倉庫へ向かえ。異常があれば対応してよし。島風は外に出て周囲の警戒を頼む。鬼怒は俺とこのまま先行する。総員、何かあれば連絡を入れろ。有事の際の戦闘は……………各々の判断に任せる。」
「了解です。」
「任せるのだ!」
「行ってまいります!」
「……………よし、行くぞ。鬼怒。」
「了解だ指揮官。」
そろりそろりと忍足で隠れながら進むと、コソコソと話し声が聞こえる。
「なあ、大丈夫だよなコレ………………」
「大丈夫だって。リーダーを信じろよ。このまま行けば、いずれ重桜は俺らのものなんだから。」
「だからって、アズールレーンに情報を流すなんて…………いくらなんでも不味いんじゃないか?」
「お前も覚悟は決めてきた筈だろうが!これも重桜のためだ。アズールレーンと戦争したって、勝てやしないんだからさ。」
大方指揮官の予想通りだった。
重桜政府へのクーデター、および敵への情報漏洩だろう。
「彼奴らめ……………生かしておけぬ!」
「落ち着け鬼怒。もう少し情報が欲しい。」
「奴らは売国奴だぞ!?ここで斬らずしていつ斬るんだ!」
「落ち着けと言っている。まだ、まだだ………………」
指揮官が鬼怒を抑えつけていると、周囲を警戒していた島風から通信が入る。
『新たに2名、倉庫に入っていきます!巫女のような格好で、お面を被ってます。』
「巫女だと?まさか、内部に巫女の裏切り者がいるのか。」
巫女は神事に尽くす重桜の象徴のような存在である。
そんな巫女に裏切りがあれば、重桜どころか神子の尊厳に関わる。
「不味いな…………鬼怒。これから突撃する。俺は巫女の確保、お前は裏切り者の拘束だ。」
「了解!」
すると、裏切り者2人と巫女装束の2人が会話を始める。
「ハハッ、驚いたぜ。情報の交換相手が巫女とはな。ロイヤルもそこまで手を回すかね?」
「私語は必要ありません。例のブツを。」
「はいはい。これだろ?」
「……………はい、確かに。では、私たちはこれで。」
「そうだ、最近警備の連中もここを通るからな。気をつけろよ。」
「問題ありません。」
端的な会話。彼らは警戒していなかった。
誰も通るはずがなく、今日の警備シフトは空いていたから。
しかし、想定外の事態が起きる。
「な、うぐっ…………」
「おい、おまっ…………………」
兵士2人が峰打ちを受け気絶する。
「っ、何をして………………!?」
「動くな。そこの巫女。」
「裏切り者ども!覚悟しろ!」
背後からの殺気を感じ、振り返ると、紫髪の巫女が拳銃を向けられ、動けなくなる。
「はわわわ…………!」
「降伏しろ。少しでも怪しい素振りを見せれば引き金を引く。」
「……………してやられましたか。」
「兵士2人は気絶させた。後はそいつらだけだ!」
「よくやった。さて…………お縄に着いてもらおう。」
「……………………」
ジリジリと距離を取ろうとする。
重苦しい沈黙を破ったのはーーーーーー
「今です!」
「ッ!」バァンッ!ヒュンッ
迷いなく発砲した指揮官だったが、弾は空を切ってしまう。
「しまっ……………」
「えーい!」ドーン!
「がぁっ!?」
「指揮官!おのれぇぇ!」
「フッ!」
巫女2人は艤装を展開し、銃を向ける。
巫女の姿は解け、メイド服のKAN-SENとなる。
「KAN-SEN………!?」
「どど、どうしましょうシェフィ……………」
「こうなってしまった以上、逃げるしかありません!」
「行かせるものか!」
「う………がぁ……………」
吹き飛ばされた先から、立ち上がってきたのは指揮官だ。
「指揮官!無事か!?」
「ぬかった…………次は、外さん………………」
「う、嘘!?私、結構強めに突き飛ばしましたよ!」
「本当に人間か………?いや、そんなことはどうでもいい!」
銃を乱射する金髪の少女。
「ぐっ!」ギィン!ギィン!
全体的に発砲し、その隙に逃走する作戦らしい。
「ど、どいてくださいぃ!」
青紫の髪色に眼鏡をかけた少女と対峙する指揮官。
通常であれば、KAN-SENの力の前に人は無力だ。
さらに言えば、彼女はロイヤルメイド隊。多少は武道の心得もある。
通常、勝てる算段はない。
そう、通常なら。
「フッ!」
「うぎゃ!」
向かってきた彼女の内に入り、腕を支えてバランスを崩す。
合気道の基本技の一つ、隈落としだ。
「う、嘘ぉ!?動かない〜!?」
「1人確保した!」
「このっ……………!」
「やめておけ。彼女の腕が折れるぞ。」
「本気で言ってます………?」
「どれだけ強靭といえど、体の構造は人だ。ただ力があるだけでは押し返せない。へし折ることも可能だ。」
「あなたが折るより先に弾丸が当たります!」
「その弾丸より速く斬られたことはあるか?」ギラッ
「くっ…………」
手を断たれ、銃を捨てる。
「指揮官殿!ご無事ですか!」
「島風、拘束頼む。」
「了解です!動くな無礼者!」
「こやつらの身柄は、重桜が確保する。綾波は本隊に連絡して増援を呼べ。周辺海域に緊急体制を敷き、領海内の監視を徹底させろ。雪風は警備隊に連絡。反逆者を捕えろ。俺はこのまま本部に指示を送る。島風、鬼怒の2人は気を抜くな。いつでも首を刎ねる用意をしておけ。」
「了解!」
「本隊、KAN-SENへの緊急出動です。周辺海域への緊急体制を敷き、領海内の監視を徹底してください。」
「警備隊なのだ!?悪い奴らなのだ!早く来いなのだ!」
こうして、ただの噂調査がとんでもないことになってしまったのだった。
「反逆者2名は拘置所にて軍事裁判に拘置中、捕虜は尋問室にて待機しています。警備には実力派の高雄と龍驤がついているので、脱走の心配はないかと。」
「了解した。捕虜の尋問に関しては、肉体的な苦痛は与えるな。言葉で吐き出せるところまで出させろ。」
「お言葉ですが、それでは効果が薄いと思われますわ。あの巫山戯た格好、2人ともロイヤルメイド隊だと思われます。女王直属の部隊で、かなりの戦闘力を持っていると聞き及んでおります。そう簡単に口は割らないかと。」
「それが奴らに傷をつける理由にはならん。それをすれば、仲間意識の強いロイヤルは反抗意識を燃やすだろう。そうなれば、戦争も考えられる。それだけは避けなければならない。」
「避ける…………?指揮官様は、戦争を避けようと仰るのですか?」
足を止め、赤城に向かって振り返る。
「赤城。我々の意義はなんだ。我々重桜海軍の命は、この国を、国民を守ることにあるのだ。それはKAN-SENとて同じ…………人類の栄光のために創られたお前たちが、人類同士で争っていては話にならん。以降は、軽はずみに戦争などと口にするな。」
「っ……………失礼致しました。ご無礼をお許しください。」
「………………だが、もしも奴らが攻撃をしてきて、国民に被害が出るようならば……………戦争も厭わない。それも覚えておいてくれ。」
「はっ。この赤城、指揮官様の言葉を胸に刻み込みましたわ。」
戦争を軽はずみとして使わない上で、戦争も厭わないという発言。
彼は、戦争をするなら本気でやる、という意味を込めたのだろう。
尋問室に入っていく彼を見ながら、赤城は彼の言葉を繰り返した。
「防弾性の自動扉…………ここまでするのがKAN-SENか。」
「指揮官殿。ICカードを。」
「うむ。」シュッ ピピッ
扉が開き、中に入ると、メイド服の2人が椅子に座って紅茶を啜っていた。
「…………ティータイム中なのですが。」
「あら、あなた達にそのような自由があると思って?」
「指揮官殿の御前である。頭が高いぞ!」
「シェフィ、ほら。流石に片付けるわよ。」
「………………………」
茶器をしまい、備え付けの椅子に座る。
「先ずは、自己紹介から行こう。重桜海軍大元帥直属KAN-SEN部隊総指揮官、三島だ。俺の言葉は、この場での総意と思ってもらって構わない。そちらは?」
「…………タウン級軽巡洋艦、シェフィールド。」
「エディンバラ級のネームシップ、軽巡洋艦エディンバラです。」
「貴公らの行った活動は、我が国の機密を漏洩する行いとなり、通常であれば我が国の法によって裁かれる。しかし、我らが大元帥は国際的な平和を望んでいる。従って、貴公らには我々の求める情報を開示することを期待している。」
「必要無い、と言っておきましょう。私たちが情報を流すことは無く、あなた方はなすすべなく我がロイヤルの鉄槌の前に退かれます。」
「ッ!貴様先程から無礼だぞ!分をわきまえろ!」
「……………どうやら、本当に貴公らの口を割るのは難しそうだ。では、指揮官長としての判断を下そう。貴公らは………………」
所は変わってロイヤル艦隊の女王の間。
「女王!大変です!潜入調査中だったシェフィールドとエディンバラが捕虜として身柄を拘束されました!」
「ええ、聞いているわウォースパイト。丁度今、重桜の艦隊指揮官から連絡が入った所よ。それもご丁寧に手紙でね。」
「そうでありましたか。奴らは何と?」
「ベル。読み上げて頂戴。」
「はい。…………この度は、そちらに文を送らせて貰うことを、許していただきたく存じます。そちらが………………」
『そちらが送り込んだ密偵につきましては、我々重桜艦隊の迎賓として取り扱わせて頂いております。
さて、これらの件につきましては、我らの一存で決めるにはあまりにも事が大きすぎるかと思われます。これは我が国への外交的問題であり………………』
「長いわ。要約して。」
「要は、『これからの事について話し合おう。席はこちらに用意する』ということです。それも、陛下自らが出向け、と。」
「不届な!陛下。奴らの挑発に乗る必要はありません!このウォースパイトが出向いて………………」
「いえ、今回は私自ら向かうとするわ。シェフィールドとエディンバラは私にとって……………いえ、このロイヤル艦隊にとって重要なKAN-SENだもの。」
「ぐっ……………陛下の仰せのままに。」
かくして開かれる重桜とロイヤルの特別会談。
不死身の指揮官とロイヤルの女王は、はたして何を語らうのか。
「覚悟しておくことね…………重桜。」