大日本帝国出身の堅物指揮官は今日も誘惑される。 作:気まぐれな富士山
暗い世界。モヤの中を進む指揮官。
(ここは……………)
ふわふわと虚空に浮くような感覚。
すると、足元に何かを感じる。
(ッッ!!!)
「ぉぉ…………ぉぉぉぉぉ…………」
(お前、いやっ、お前たちはっ…………!!)
「どうして俺たちを…………殺してぇぇぇぇ…………」
「なぜぇぇあんたは生きてるぅぅぅ……………」
「あんたのせいで俺たちはぁぁぁ…………」
青白い顔。冷たい手。悍ましい声。
そこにいたのは、死人だった。それも、自分が戦場で殺してしまった敵兵や、自分のせいで死んだ部下、同じ戦線で死んだ同期たちだった。
気がつけば、死人たちは群れをなし、数えられないほどの死体たちが指揮官の足を掴んで離さない。
「ッ……!ガボッ!?」
虚空だったはずの場所は海となり、息が詰まる。
焦ってもがくも、死人の冷たい手が深海へ誘う。
(………あぁ………これが俺の罪、か…………確かに、自業自得だ、な……………)
次第に呼吸も忘れ、力も抜ける。
水面に向けた手の力が抜けていき、明るい陽の光はどんどんと遠のいていく。
全て諦めかけたその時。
「……………さん。………ひろしさん!」
(…………?誰かの………声?)
「目を開けて。前を向かなきゃダメよ。こんなところで諦めちゃダメ!」
それは、いつかの想い人の声であった。
「生きろ!お前の命を、未来に繋ぐんだ!」
「生きてください、隊長!俺たちの分まで!」
自分を救ったアメリカ兵。傷を負った自分の離脱を進めるために死んでいった部下。特攻で死んでいった同期。
彼の死を望む死人と同じか、それ以上の人々が、彼の手を握りしめ、水面に引っ張り上げる。
「指揮官様!この赤城、どこまでも指揮官様をお慕いしておりますわ♡」
「生きろ指揮官!今こそ、貴様の力が必要だ。」
「汝…………妾を置いて死ぬなど、しないでくれ…………まだやれるべきことは、あるはずであろう………?」
数々のKAN-SENもまた、手を差し伸べてくれていた。
(そうだ…………俺は生きねば………!殺した数よりも、生きねば!目を開けて、明日に向かって、生きねば!!)
水面がどんどん近づく。
明るい景色が近づいて、思いっきり息を吸った。
その瞬間、景色が暗転する。
「………ぶはぁっ!ハァッ、ハァッ、ここは……………」
飛び起きるとそこは、見知らぬ空間だった。
身体中水浸しで、頭から水滴が垂れる。
「なんだ、これは……………?」
「あら、お目覚めかしら?」
少女の声を聞き、そちらを向くと、そこには異形の少女が立っていた。
白い肌、黄色の瞳、そして後背に生える、タコのような触手。
戦場で度々の交戦報告があったセイレーンの下級個体と近しいものを感じた指揮官は、思わず警戒態勢をとる。
「貴様………セイレーン……!!」
「あらあら、起きて早々にそんな殺気を向けられちゃったら、話せることも話せないわ。今はただ、あなたを救ったタコのお姉さん、とでも思っておきなさいな。」
一時的に荒げた殺気を抑える指揮官。
確かに、彼女がセイレーンであると理解したところで、生身の人間ではセイレーンを殺せない。
武器もKAN-SENもいないこの場所で、抵抗する方が無意味だろう。
一先ず力を抜き、半分ほど水が浸ったカプセルにパシャリと倒れ込む。
「そう、それでいいのよ。」
「俺をどうするつもりだ…………改造して爆弾にでもするつもりか。」
「フフッ♪それも面白そうだけど、今はそんなことしないわ。あなたを治すって、彼女たちとの約束だもの。」
彼女たち、恐らくはビスマルクたち鉄血のKAN-SENを指しているのだろう。
「自己紹介が遅れたわね。私はオブザーバー。セイレーンの下層個体で、観測の役割を担っているわ。」
「オブザーバー…………その姿、報告書で見た記憶がある。正体不明のセイレーン個体。度々戦場に現れては、何もせず消えていく…………観測者と言うならば、辻褄が合う。」
「やっぱり聡いのね。話が早いのは好ましいわ。」
「それで、状況はどうなってる。あれから何日経った。」
「あなたが鏡面海域ごと消し飛ばされてから2日と5時間32分27秒が経過したわ。もっとかかると思ったのだけど………その回復力は超人的ね。今のところはビスマルクとプリンツ・オイゲンの作戦通りに進んでいるわよ。」
「わかった…………なら、少し休ませてもらおう。」
「その回復カプセル、気に入ったかしら?」
「いや…………出来ることなら普通のベットに寝かせて欲しいものだ。」
(ビスマルクたちの作戦とはいえ…………少々疲れた。それに、赤城たちにも心配をかけているだろう。戻ったら機嫌を取るのが大変そうだな…………)
指揮官が行方不明になってから2日と6時間が経過した、重桜大本営。
「姉さま。お食事をお持ちしました。」
「…………………」
「…………ここに置いておきます。気が向いた時にでも、食べてください。」
空になった指揮官室で、虚な瞳で机を撫でる赤城。
正気の戻らない顔で、食事も碌に取っていないことが伺える。
妹分である加賀も心配そうに赤城を見つめる。
「ダメだ………やはり食事にも殆ど口をつけてくださらない。」
「指揮官の存在が相当大きかったようだな…………それは、うちの愛宕も言えたことではないが。」
多くの者が悲しみ、営内の士気はどんどんと下がっていくことを嘆く加賀と高雄。
すると、二人の元に一人のKAN-SENがやってくる。
「加賀。赤城は何をしているのです。」
「天城………!?姉さまなら、指揮官室に…………」
「そうですか…………やはり、まだまだ甘い子ね。」
そう言うと天城は、指揮官室の扉を開く。
「赤城。鉄血の上級大将様から会談の申し入れですわ。今の総旗艦はあなたです。すぐに支度なさい。」
「…………天城、姉さま。」
「どうしたの?………まさか、指揮官様がいなくなってやる気をなくした、なんて言うんじゃないでしょうね。」
「…………………」
「………栄光なる一航戦が聞いて呆れますね。」
ツカツカと歩み寄り、突っ伏す赤城の胸ぐらを掴んで目を合わせる。
「しっかりなさい赤城!前を見て、歩くのです!」
「…………姉さま…………赤城は、赤城にはもう、世界が暗く見えるのです………指揮官様のいない世に、もう未練などありません…………私でなくとも、重桜には優秀な先導がおりますわ…………姉さまのような……………」
「…………私だけでしょうか。指揮官様が、まだ生きてると思っているのは。」
「ッッ!!?」
「考えてもみなさい。指揮官様は、霞のように突如として消えた。かとおとえば、鉄血領内からの死亡宣告。死体も無ければ、まともな見分も成されぬまま…………わかりませんか?私たちは、虚仮にされているのですよ。」
強い言葉で赤城を叱責する天城。しかし、その瞳はしっかりと赤城を見つめていた。
「それとも、あなたは指揮官様に消えて欲しかったのかしら。」
「っ、そんなことはっ……!!」
「だったら向きなさい!現実を見て、今を乗り越えるのです!その程度ですか、あなたの指揮官様への愛はッッ!!」
天城らしからぬ大声。
赤城の胸に天城の声が響き、虚だった瞳は再び輝きを取り戻す。
「いいえ…………いいえッ!赤城の指揮官様への愛は、誰にも止められませんわ!」
「その意気や良し!では、何をすべきか。もうわかりますね?」
「はい!ご心配をおかけして申し訳ありませんわ。天城姉さま。」
指揮官室を出る赤城の背には、もう先ほどのような憂いも迷いもない。
一先ず安心し、天城が胸を撫で下ろす。
「ッ、ごほっごほっ………!っく、はぁ………」
心が休まった瞬間、病が身体に牙を向く。
胸を抑え、口元に手を当てて一通り咳き込むと、掌には血が溜まっていた。
「まだ………倒れるわけには参りません………指揮官、様………!」
自分に言い聞かせるかのように指揮官を求め、天城は指揮官室を後にした。
赤城が会議室に向かうと、鉄血の上級大将と数名のKAN-SENが待機していた。
「お待たせいたしましたわ。」
「いえいえ。お気になさらず。しかし…………軍の任をKAN-SENに任せるとは、前の指揮官はかなりの物好きだったようだ。」
「…………まだ、亡くなったではありませんわ。現在総力を上げて捜索中でございます。指揮官様不在の際は、この赤城が全権代理を任されております故、どうぞお気になさらず。」
「ハッ、そうですか。」
「して、本日はどのようなご用件で。」
「えぇ。本日は要件が二つ、ございましてね?まず一つ目。この度、私ルーディー・ディーゲルマンは、宰相アドルフ・シュティマンからの勅命を受け、海軍大元帥となりましたことのご報告です。」
「ッ!」
「そして二つ目…………我々鉄血は、レッドアクシズからの脱退を宣言いたします。」
「なッ…………!?」
挑発的な表情のディーゲルマンは、愕然とした表情の赤城を見て、さらにニヤケが治らなくなっていた。
「……………ご自分が、何を言っているかお分かりで?」
「もちろん。君らKAN-SENに言われずとも理解している。我々は我が鉄血国民のために、貴様ら黄色い猿たちとの同盟を破棄する、と言っているのだ。」
いつの間にか敬語は取れ、相手を下に見るような言葉遣いになっていた。
「安心したまえ。少しであろうと、君らは志を共にした仲間だ。私の新世界秩序が成された時、君らも植民地として生かしてやろう。君らKAN-SENも名前を変えて、我らの戦力として使ってやる。」
「…………………………」
「では我々は帰国する。戻ったら調印式だ。それが終わったら、我々は全世界に宣戦布告する。既に君らの上層部は懐柔済みだから、精々我々への被弾を防ぐ盾となる覚悟をしておいてくれたまえよ。ハッハッハ!」
ひらひらと手を振り、高笑いをあげながら去っていく。
「っ、姉さま……………」
「…………馬鹿ね、私は。勝手に打ちひしがれて、勝手に諦めて……………気がついたら全て奪われて。」
「赤城………………」
そう言うと赤城は立ち上がり、ディーゲルマンの後を追う。
「ディーゲルマン様、いえ、鉄血大元帥様。」
膝を突き、首を垂れる赤城。
「私、総旗艦兼一航戦、天城型空母一番艦赤城。貴方様に忠誠を誓います。勝利と栄光、そして鉄血を支える重桜として、未来の王となる貴方様に、全てを捧げますわ。」
「……………やはり、君は賢いKAN-SENだ。この私に早くも跪き、重桜の地位を守らんとする君の行動は尊敬に値する。よかろう!では着いてきたまえ。君に私の調印式に同行する許可を与えよう。」
「ありがたき幸せ……………」
そうして赤城は彼の後ろをついていく。
「姉さま!」
「よせ加賀………!赤城が決めたことだ!拙者らには何も……………」
「しかし………………!!」
「加賀。」
赤城が振り向くと、その目は真っ直ぐに加賀の目を見ていた。
「重桜を………お願いね。」
端的に、しかしその言葉は重く。
赤城はすぐに前を向き、重桜を去っていった。
「姉さま…………!!姉さまぁぁぁぁーーー!!」
海軍大元帥となったディーゲルマンを乗せた戦艦ビスマルクの甲板から海上の景色を眺める赤城。
「何も無い海ばかり見て、何か楽しい?」
「何度見ても海は綺麗でしょう?心が洗われるようだわ。」
「……………あまり私を揶揄うな。海は、私たちにとっての戦場だ。美しいなど、感じたことはない。」
「あら、悲しい女ね。それはきっと、あなたが恋をしたことがないからだわ。」
「恋………ですって?」
「ええ。心だけでなく体まで、森羅万象の一切を燃やしても止まらない愛の炎……………その小さな種火が生まれ、炎へと成る過程。それが恋よ。あなたには、火種こそあれどまだ燻っている。燃え上がればきっと、美しい炎になるわ。その時、この世のどんな醜悪な世界も美しくなるはずよ。」
「……………くだらない。実にくだらないわ。あなたの想い人のいない恋路で、私たちが歩んできた茨の道を美化されたくはないわ。」
ビスマルクと話していると、何か大きな影が戦艦全体を覆う。
「なっ………?!これは……………!!」
島と見間違えるほどに巨大な船。
禍々しい黒と血のように通う赤のラインが恐怖を掻き立てる。
誰が見ても明らかなテクノロジーの差が、赤城の心にまで影を落とす。
「この巨大戦艦を降りた時……………その時また、海を綺麗だなんて言えるかしら?」
「何を………っが!?」
ビスマルクに首を掴まれ、手すりに叩きつけられる赤城。
瞬時に手首に拘束具が巻かれ、自由が奪われる。
「貴女はもう、我々の手の内よ。これより、鉄血は世界を手に入れる。赤城…………あなたはその鍵になる。」
「私が………?」
「重桜総旗艦である貴女を手中に収めれば、我々は重桜の実験を握ったも同然。そして、これから20時間をかけて貴女の力を解析し、貴女と同様の力を持った空母を量産する。出来上がった量産空母隊と鉄血KAN-SENで、我々は世界に宣戦布告する。それが、大元帥の目論見よ。」
兵士たち数名が赤城の肩を持ち、立たせる。
「連れて行きなさい。」
「はっ!」
「………ビスマルク!」
立ち去ろうとするビスマルクを呼び止める赤城。
「この船を降りる時に、また海を綺麗と言えるかと問いたわねよね。」
「……………………」
「当然よ。これから何をされるか知らないけど、きっとどうにかなるわ。私の愛が、燃え尽きることは無いもの。」
「………その威勢も、いつまでもつかしら。」
赤城の表情から笑みが消えることはなく、赤城はそのまま連れ去られる。
しばらく歩くと、謎の研究室のような場所に入る。
そこには、数人の研究者ディーゲルマンがいた。
「さて…………なにやら同志ビスマルクと楽しげな話をしていたようだが?」
「大した話ではございませんわ。乙女の恋話です。」
「恋話か。ククッ、確かに男の知るものではないな。」
「それで、大元帥様。こぉんな重しをつけられては、貴方様を感じられませんわ…………赤城、何をされてしまうのかしら?」
「なぁに、大したことではないよ。手錠も外す。君は間も無く、我らが同志になるのだからね。」
手錠を外されると、赤城は謎の機械に括り付けられ、磔にされる。
赤城以外の人間がモニタールームに移ると、機械が動き始める。
『これから20時間。君には地獄を見てもらう。しかし、それを乗り越えた時。君の願いは叶えられる。』
「ええ………必ず乗り越えてみせますわ。」
口では気丈に振る舞うが、赤城は死を覚悟していた。
(指揮官様…………この赤城、魂魄百万回生まれ変わっても、貴方を探しますわ。ですから…………見ていてください。私が、重桜を守るその勇姿を。)
「ッ……!震えて、いる…………?」
機械が駆動し、電流の流れる音がする。
覚悟を決めた心でも、今の赤城はツギハギの心。
繋ぎ止めた心から哀しみが漏れ出し、思わず声が漏れる。
「指揮官様………たす、けて……………」
苦し紛れに出た赤城の本音は、悍ましい機械音に掻き消された。
指揮官が目覚めてから13時間後。
セイレーン技術で生まれた巨大戦艦に合流する鉄血の重巡洋艦《プリンツ・オイゲン》の甲板で、重桜の制服を着る指揮官と鉄血KAN-SENのプリンツ・オイゲンは、遠方に見える巨大戦艦を見つめる。
「さて………これからどうするの?重桜の指揮官さん。」
「作戦通りに行く。たしか、俺と君たちは、ここで別れるんだったな。」
「そうじゃないわ。作戦通りなら、ここからは完全にアドリブ。それをどうするつもりなのってこと。」
「…………この艦には確か『アレ』が積んであったな。」
「『アレ』?…………まさか、本気?」
「本気も本気。というか、これしか道はない。万が一の時、君らも糾弾されたくはないだろう。」
「………ほんと、笑えないわ。」
「冗談は苦手だ。あれから13時間…………赤城がやるであろう行動は大体予測がつく。そして、もう間も無く巨大戦艦は鉄血本島に到着する。そこで調印式に出られればおしまいだ。それまでに、この話を御破算にするしかない。」
背を向け、艦の中に入って行く指揮官。
「待って!」
「……………なんだ。」
そんな指揮官を呼び止めるオイゲン。
「…………死ぬ気じゃないでしょうね。」
オイゲンには見えた。彼のその背中に映る、夥しい数の亡霊を。
そして、この男ならやりかねないという、謎の説得力を感じていた。
「…………重桜にも、日本にも、ロイヤルにも、鉄血にも思いを託された。こんな所で死ぬ訳にはいかん。」
「…………そう。わかった。もう聞かないわ。」
そう言うとオイゲンは指揮官に近づき、鉄血式の敬礼をする。
「生きて帰って。鉄血を………人類を救うのよ。」
「…………任せろ。」
そう言い残し、指揮官は艦の中へ入り、とある武器庫に向かう。
そこに置かれた、伝説の《失敗作》。
「待っていろ…………必ずその首、獲ってみせるからな…………!!」
指揮官の逆襲が、始まる。
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