【毒】に沈め   作:トリカブス

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 兵藤一誠は夜の町を駆けていた。

 彼だけではない、塔城小猫とそれからリアス・グレモリーの騎士である木場祐斗も共に、だ。

 三人が目指しているのは、駒王町の教会。目的は、一誠の出会った一人のシスターを助ける事。

 見返りなど無い。ただ、心の赴くままに。只管に、助けたいから助ける、という一種の自己満足的ヒーローの在り方。

 そんな彼だからこそ、周りの人々はついていきたいと思うのかもしれない。

 現に、まだまだそこまで繋がりの無い小猫と祐斗も目的地へと向けて駆けていた。

 

 息が切れてきた頃、ようやくその外観が見え始める。

 

「ハァ……!ハァ……!アーシア……ッ!」

 

 息を切らしながら、一誠の左手に光が集まる。

 現れるのは、紅蓮の籠手。龍の手(トゥワイス・クリティカル)と呼ばれる、凡庸な神器だ。その効果は、使い手の力を二倍する。

 ほぼ素人である一誠の倍加状態など、たかが知れているのだがそれでも無いよりはマシだ。

 勢いのままに敷地に足を踏み入れ、そのまま教会の扉を籠手のある左腕で殴り壊す。

 

「アーシアッ!!!……ッ!?」

 

 怒声と共に、教会へと足を踏み入れた一誠を出迎えたのは、濃密な血のニオイ。それこそ、一気呵成に突撃を敢行していた彼の足を止めさせて、顔を真っ青にさせるほどに濃密。

 吐き気を覚えるような教会内に、月の光が差し込んでくる。

 中は荒れていた。長椅子は幾つか粉砕され、床は砕けている場所、切断されている場所、穴が開いている場所等々。外観こそ保たれていたが、その内側は完全に廃墟のソレ。

 

 その最奥に、ソレは居た。

 艶があり美しかった髪は、その精神の崩壊を表しているのか荒れ果て、まるで泥水の様にうねっている。

 ボンテージのような煽情的な恰好は、しかしその左半身が真っ赤に汚れている為に、情欲よりも先に嫌悪が勝る事だろう。

 ソレ、改め堕天使レイナーレはゆっくりと、壊れた入口へと振り返った。その姿に、一誠は喉をひきつらせ、彼に比べれば経験のある小猫と祐斗もまた息を呑んだ。

 端正な顔立ちは見る影もない。

 白濁した両目からは、流したであろう血涙がそのまま痣の様に頬にこびりついており、だらしなく開かれた口からは淡い緑がうっすらと確認できる泡が垂れる。左首筋と右わき腹には、不自然な傷があり、蒼白な肌の色に反してそこだけが引き攣りを起こして、赤黒くなっていた。

 彼女だけではない。その右隣りにはレイナーレと同じく、白濁した目を向けるカラワーナが。

 そして、左隣には、

 

「な、んだアレ……」

「……多分、堕天使の一人、では?」

「“一人”と数えて良いかは、分からないけどね……」

 

 三人が見たのは、白っぽいピンク色の肉の塊。

 そこだけ、赤いペンキをぶちまけたかのように真っ赤に染まっており、同時にその近くの長椅子の残骸には肉片やら、()()()()()()()()()()()()()やら、革靴に包まれた膝より下の足が転がっていた。

 何故そんなものが転がっているのか。彼らには分からない。

 だが、その直後に答えは示される事になる。

 

「ギッ――――!?」

 

 突如、カラワーナが濁った奇声を上げる。

 両手で喉を押さえ、掻き毟り、天井を仰ぐ。虚ろに開いていた口からは、赤混じりの泡がせり上がって溢れ、喉を掻き毟る腕には不自然な赤い筋が幾つも浮かび上がっていた。

 何より大きな変化は、その腹部だろう。

 煽情的ともいえるくびれのあるウエスト。

 そこが今、不自然に服越しでも分かるほどに膨らみ始めていた。

 丁度あばら骨に覆われていない部分。内臓で言えば、腸が詰まっている部分か。

 そこが、腹水の様に膨らむ、膨らむ。それこそ、皮膚の張力の限界を確かめていると言われて納得させられそうなほどに。

 だが、現実はそんなコメディな事ではない。

 

 彼女の中で何が起きているのか。そもそも、()()()()()()()()()()()()()()

 これらの謎を解き明かすには、発端ともいえる【毒】を放った者の狙いを明かさねばならないだろう。

 

 前提として、堕天使達のゾンビ化は()()()()()()()()。もっと言うなら、ゾンビ化自体、彼は意図していなかった。

 では、そもそもの入れ込んだ毒の効力とは何だったのか。

 それを今、カラワーナは()()()()

 

「ァ――――」

 

 その音をあらわすなら、空気を詰め込まれた風船か。

 腹部のみならず、太もも、二の腕、胸部、前腕、頬、額、等々。

 最早、人の原型は留めていない。そして、人間であれ、風船であれ、限界以上に空気を詰め込まれれば、当然ながら弾ける。

 彼女もまた、例に漏れない。

 

「バッ――――!?」

「「「ッ!?」」」

 

 音にすれば、ボチュン、だろうか。年若い悪魔達には刺激の強すぎるスプラッタ。

 赤黒い肉が大きく弾け飛び、膨らんでいた部分は原形留めず周囲を赤く染めながら散ってしまう。逆に膨らんでいなかった部分は原形を留めて転がった。

 傍らでカラワーナが爆散した事で少し揺らいだレイナーレ。その左半身は、既に汚れていたのだが、更に赤く、どろりと汚れる。

 更に、衝撃に耐えきれず折れた骨が、突き刺さってもいた。

 

「うぷ……!」

 

 あまりの光景に、口元を押さえた一誠。既にその心は折れかけていた。

 だが、レイナーレが爆散したカラワーナによって横にずれた事によって見通せることになった先に()()存在を視認してその目を見開く。

 

「アーシアッ!」

 

 祭壇に背を預けて、ぐったりと目を閉じる金の聖女。

 彼女は、真っ赤に染まっていた。赤の目立たない修道服の所々には肉片がこびり付き、その白磁のような肌にも赤がこびり付く。

 一誠の呼びかけにも、彼女は目覚めない。

 代わりに、虚ろなレイナーレの目が一誠たちへと向けられる。

 

 彼の仕込んだ毒は、言ってしまえば時限爆弾の様なもの。それも()()()()()()爆弾だ。

 そも、【毒】とは何なのか。辞書的な説明ならば、生命活動に芳しくない影響を与える物質の総称、という事になっている。

 英語にするとより分かりやすく、毒全体をPoison。昆虫含めた動物などが、噛んだり刺したりして注入するものをVenom。そして、学術的概念として動物、植物、微生物を含む生物由来の毒をToxin。

 範囲で言えば、Poison>Toxin>Venomと範囲が狭くなっていく。

 

 だが、彼の、薬師孝明の【(特典)】は既存の概念で測れるものではない。

 人知を超えた存在が、暇つぶしの為に送り込んだ存在だ。そんな存在が、文字通りのものを渡すはずもない。

 

 【毒】とは、侵すものである

 【毒】とは、蝕むものである

 【毒】とは、染めるものである

 【毒】とは、脅かすものである

 

 結局のところ、この【毒】というのは、名を借りた別の物と称しても良い。

 だがしかし、同時に彼に与えられた力に関して【毒】と呼ぶ以外の呼称方が無いというのもある。

 実際、毒としての特性を有しているのだから。そこに+αが多分にくっついているだけで。

 

 長々と連ねたが、今回撃ち込まれた毒の効果は、モノとしては細菌に近い。

 爆発のメカニズムは、腐敗を基にし、メタンガスによる膨張からの爆発。より詳しく述べるのなら、この毒を撃たれた者は、生きながらにして死体と化していたのだ。

 死体は、微生物の分解が始まる。人体ならば、内臓器官から。この内臓が微生物に分解される際にメタンガスが発生する。本来は、もう少し色々とあるのだが、長くなる為割愛。

 カラワーナの腹部が膨らんだのは、このガスの影響。では、各部位が膨らんだのはどういうことなのか。

 何のことは無い。制限時間が経過した結果、毒素が一気に彼女の体を分解してガスが充満→爆発の流れが起きただけ。

 そして、件のゾンビ化ではあるが。こちらは、制限時間以内に増えろ、という命令を果たすために起きた事。

 痛覚のない死体同然であるため、無茶が利く。体のリミッターが外れていたのも、その為。

 爆発の寸前にカラワーナが苦しんだのは、彼女が自身の肉体の状況を認識できなかったから。その状態で喉が塞がれれば、無意識の内に苦しみ、喉を引っ掻いてもおかしいことは無い。

 

 何故ここまで七面倒な事をしたのか。

 一つは、彼自身が手を汚さない為。その辺りの証拠隠滅は抜かりなく、カラワーナの前に爆散したドーナシークの肉片は、服を残して消失。血だまりも消え、粉砕された長椅子だけがそこに転がるばかり。

 この辺りは、カビによる浸食と、人食いアメーバに近いかもしれない。

 もう一つは、明確な痛手を相手に与える為。わざわざ出向かずとも相手を全滅、ないしは最低でも半壊させるだけの効力を発揮させれば、それだけで相手は立て直しなどに手を取られる事になる。

 

 正々堂々?一対一?意地の勝負?クソ食らえだ。

 戦いの素晴らしさなど求めていないし、戦いの素人であるからこそ彼はどんな悪辣な手段であろうとも、それが自分の目的に適合するのなら平気で使う。

 

 場面は戻って、レイナーレと三人の戦いが始まっていた。

 だが、その戦局は一方的と言う他ない。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 絶叫と共に振り回される光の槍。この光こそが、悪魔にとっては致命的すぎる。

 今も、祐斗が己の神器で創り出した魔剣で一撃を受け止めるが、その直後に魔剣は全損。間一髪で振り下ろしを下がって避けたものの、その肌は間近を通った光の余波で泡立っている。

 そして、彼以上に苦戦を強いられるのが、小猫だ。

 彼女はその小柄な体躯に似合わない怪力を有している。そして耐久性も。

 しかし、悪魔の弱点である光そのものに対してはその耐久性は意味も成さない。

 何より彼女は素手だ。光の攻撃を防げない。

 

「ッ……!」

「小猫ちゃん!くっそ……!」

 

 光の槍に軽く腕を切られ、血を流す小猫に代わる様に、一誠が前に出る。

 とはいえ、彼の神器は己の力を倍加するだけのもの。ド素人である彼の力が二倍になった所で、ソレを遥かに上回る化物(レイナーレ)相手にいったいどれほどの事が出来るだろうか。

 咄嗟に、左腕を盾にすれば籠手に大きな傷を刻まれて吹き飛ばされた。ガード出来ただけ運が良かった。仮に間に合わなければ、彼の胴体は袈裟切りに切り捨てられていただろうから。

 祐斗が割り込めども、戦況は悪いまま。

 幸いなのは、今のレイナーレには技術の一つも無い点か。

 ただただ、暴れるだけ。力任せのソレは、当たれば危ないが、しかし的確に当てられるほど正確さは無い。

 何より、時間経過で勝ちが決まる現状。悪魔側はその事を知らずとも、これに関しては変えようのない事実だった。

 

「くっそ……」

 

 自分の弱さが際立つ。一誠は、ここで恐らく初めて自分の弱さを呪った。

 事実、彼は弱い。下手すると、現状この町における異能関係者の中で最弱と言っても良いかもしれないほどには。

 仕方がない。彼は素人。

 仕方がない。彼には才能が無い。

 仕方がない、仕方がない、仕方がない。

 

「――――ふっざけんなよ……!」

 

 握る拳が軋む。

 腹が立つ。今ここで何もできない自分に。何より、()()()()()()()()()()()()()()

 

 話は変わるが、神器というのは神が人々に与えた一種のシステムだ。

 それらは、超能力とも呼ばれる事があり、何より所持者の想いに応える。

 

「ッ!……は?」

 

 熱くなる左腕。思わず見下ろせば、深く刻まれていた傷が塞がり更にその形状にも変化が起きていた。

 溢れる力。そして、一定時間経過ごとに倍加する力。

 本来ならば、制限がある。あるのだが、しかし今の一誠には()()()()()()で止まる理由足りえなかった。

 

「木場ァッ!小猫ちゃんッ!」

「「!」」

「――――退いてくれッ!!!」

 

 端的な言葉。

 意思疎通など真面にできなさそうなものだが、しかしこの場において祐斗と小猫は正確に一誠の意思を酌み取れた。

 その場を飛び退きながら、祐斗の魔剣がレイナーレの足を貫いてその場に縫い止め、小猫の振るった長椅子が光の槍を叩き落す。

 一瞬の隙。しかし、それだけで十分だった。

 

「オオオオオッッッ!!!」

 

 溢れる力のままに突進。左こぶしを握り締め、思いっきり振り被る。

 うつろなレイナーレの顔が上がるものの、一誠は止まらない。

 恨みが無いと言えば、ウソになる。一生もののトラウマを植え付けられたと言っても過言ではない。もしも、彼女が理性在り、会話可能であればその拳は僅かにでも揺らいだかもしれない。

 だが、今は違う。彼のなけなしの本能が、目の前の相手を打倒しろと叫ぶのだ。

 

 うつろな顔面へと突き刺さる、左拳。

 肉の軋む音が響き、拳は振り抜かれる。

 吹き飛ぶレイナーレ。派手に教会後方のステンドグラスをぶち破って、その姿は墓地へと消えた。

 

「ッ、あ……はぁ……!」

 

 大きく息を吐き出すとともに、体から力が抜ける。

 それでも一誠は更に前へと駆け出していた。

 目指したのは、聖女のもと。

 駆け寄り、そしてその肩をゆする。

 

「アーシアッ!」

 

 近付き、その肩をゆすった所で、一誠は気が付く。

 血塗れに見えた彼女は、今では比較的綺麗な物。一応、目を凝らさなければ分からないが、修道服には血の跡が見て取れたが、それ位か。

 後から来た小猫が脈を見れば、僅かに本当に僅かにだが鼓動が残っていた。

 直ぐに病院へ。アーシアを抱き上げて立ち上がった一誠は、直後にその顔を青くする。

 

「うそ、だろ……」

 

 一誠の視線の先。つられて見た祐斗と小猫もその目を見開いた。

 

「ぁぁぁ……」

 

 どす黒い血を流しながら、潰れた顔面のままにレイナーレはそこに居た。

 正気などを問いただす程、既に精神は残っていないのだが、ただインプットされた命令の為だけに彼女は穴を這い出てきた。

 噛み痕が脈打ち、その腹部が膨らみ始める。

 逃げるべきだ。だが、その異様ともいえる威圧感を前に、年若い三人は動けずにいた。

 

 意識があろうと無かろうと、文字通りの()()()。自ら命を捨てるというその在り方。

 自身の身を大切にするのは、生物の生存本能に刷り込まれた意識の一つだ。

 それを捻じ曲げてしまう毒の恐ろしさ。本能的に彼らはそれを察したのかもしれない。

 一歩進むたびに、レイナーレの体は歪に膨らんでいく。

 かくかくと油の切れたブリキの人形の様に揺れる頭が歪で、その煽情的であった肢体が膨らんでいくさまが不気味で。

 三人が我に返った時には、既に目と鼻の先にまでレイナーレの接近を許してしまっていた。

 咄嗟に、一誠はアーシアを庇うように抱え込む。

 元々、限界突破のせいで体にガタが来ていたのだ。今この瞬間に猛烈なダッシュでその場から逃げる事など到底できなかった。

 そして、臨界を迎え――――

 

「――――滅びなさいッ!!!」

 

 直後、魔力の奔流に飲まれて消えた。

 如何に毒による改造の様なものが施されようとも、病巣の根本から叩かれてしまえば復活など出来はしない。

 レイナーレが消し飛び、入り口の方から足音が二つ。

 

「間に合ったかしら」

「部長!?」

 

 リアス・グレモリー、姫島朱乃の登場。一誠は驚きの声を上げた。

 その一方で、リアスは彼の抱えるシスターにその眉根を寄せる。

 

「無茶をしないで頂戴……それはそうと、さっきの彼女は堕天使、よね?何があったの?」

「それが……俺達にもよく、分からないんすよ」

「僕らが教会に突入した時に居たのは、堕天使が二人だけでした。その後に……一人が爆発して」

「ば、爆発?」

 

 リアスが首を傾げるが、しかし三人も特別説明できるわけではない。

 ただ、異常な事が起きていた。それだけは確か。

 

 こうしてこの夜は終わりを迎える。

 脅威は未だ、町より去っていないが。

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